3 翡翠とセキレイさん、うっかり双子に転生してしまう

華山富士鷹

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嫉妬

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 セキレイさんとの毎日は一日一日がかけがえもなく尊くて、それから、禁欲的だ。
 私はセキレイさんを地獄に落とすまいと距離をおく一方で、彼の艶めかしい肢体にドキドキし、触れたいとか、触れられたいとかそんな事ばかりを思ってしまう。しかも、なまじ前世でセキレイさんと本番以外のエロい事をこなしてきた事もあり、彼の下半身や彼の触れ方、攻め方等が想像出来てしまうのが逆に辛い。
 なんで神様は、前世で一緒になれなかった私達をわざわざ双子に転生させて我慢させるのか、全く理解出来ない。生きて再び再会させてくれたのはいいけれど、双子じゃあ、前世より尚更一緒になれないじゃないか。しかも禁忌を犯したらセキレイさんの方を地獄に落とすとか、酷すぎる。私が落とされるならまだしも、何故、セキレイさんだけ?
 ※セキレイさんは前世で人を殺している。
 いや、ほんと、何でなんだ?
 とにかく、私はセキレイさんの妹に徹して、前世の記憶や神様との約束の事は秘密にしておこう。
 多分だけどセキレイさんにも前世の記憶がある。彼は度々前世の思い出になぞらえて行動している。それはまるで私を試すように。
 海辺の二人羽織の事は現世の今でもしっかり覚えている。当時感じたドキドキも全く色褪せる事は無く、頬を打つ風は厳しく冷たいのに、私の背中はセキレイさんを感じて熱く火照り、彼の脈打つ鼓動と共に自身の心拍数も天井知らずに高まった。

 あぁ、好きだ。

 瑪瑙さんや他の女を抱いてきたであろう、その憎き胸板も、私には彼を愛する材料で、その胸の内にいる間は恋人でいられるような気がした。
 けれどあれは単なる幻想。私の自己満足がそうさせたまやかし。
 そんな思いを現世でもする事になるなんて思ってもみなかった。
『恋人ごっこ』でしか手に入れられない関係。それを思い知らされた気がする。
 私達はどこまで行っても禁忌の関係にあるのだ。
 セキレイさんはこの事をどう思っているのだろう?
 そもそも前世でも現世でもセキレイさんの気持ちってやつを明確に聞いていない気がする。聞いたとしても、前世で『恋人ごっこ』や『かりそめの恋人』をしていた時だけ。これを真に受けていいものか、ちょっとした審議だ。
 神様いわく、私達は前世で一緒になれなかった悲運のカップル、とは言うものの、それでいくとセキレイさんには瑪瑙さんがいる。瑪瑙さんはこの世に転生していないようだけど、私がセキレイさんの双子の妹なのは、セキレイさんとは一緒になってはいけないからなのではないだろうか、と思う。何故かは解らないが、だからこそ神様は私達をわざわざ双子に転生させたのだろう。
 私とセキレイさんは運命の相手ではないのかもしれない。
 ──そう思って諦めよう。
 気持ちを押し殺して生きよう。大学に合格したらここを出よう。どうせここを出たってセキレイさんとは双子なのだから縁が切れる訳ではない。それが転生してからの唯一の利点だ。こんな時、セキレイさんと双子で良かったと思う。いくら恋人同士、夫婦であれ、所詮は他人同士、別れればそれまで。その点、血の繋がった家族、特に双子には特別な繋がりや切ってもきれない絆があるように思う。双子にはシンクロニシティやシンパシーがあると言うし。

 絆さえあればそれでいい。

 そう思っていた。
 けれど人間とは欲の出る生き物で、最初は、セキレイさんが自分の身近にさえいてくれればそれでいいと満足していた筈が、それを誰かに奪われそうになると惜しくなるのだ。

 その日も学校帰り、セキレイさんと一緒にスーパーへ買い物に行き、帰宅した。
 今日はまるまる太ったニシンを二尾購入し、それを焼いて一人一尾ずつ食べる予定だった。
 けれど予定は未定とはよく言ったもので、家のドアの前に思わぬ人物が座り込んでいて──

「瑠璃」
 そう言ったセキレイさんの目が明らかに動揺して揺れていた。
 ドアの前に鎮座していた瑠璃さんはこちらに気付くとすっく立ち上がり、不機嫌そうにこちらに詰め寄って来る。
 ただ事ではないと思った。
 なんで瑠璃さんが家のドアの前に座っていて、それから凄い形相で私を睨みつけるのか、嫌な予感がした。
 あの目は嫉妬に狂った人の目だ。それを私に向けるのは、私がセキレイさんと一緒にいるからではないだろうか?
 瑠璃さんはセキレイさんの事が好きなんじゃないのかな、と思った。
 でもそれだけじゃない。なんか、縄張りを荒らされた狼みたいな雰囲気を醸し出している。
 一体瑠璃さんは、セキレイさんとどんな関係にあるのだろう?
 セキレイさんは瑠璃さんの事を知らないと言っていたけれど……
 なんかモヤモヤする。
「なんでここに?」
 セキレイさんが短くため息をついた。
「なんでって、セキレイがほったらかしにするからここまで来たんじゃない!」
 瑠璃さんは怒号が通路に響くのも構わずセキレイさんを責立てる。
『ほったらかしにするから』とか、私は聞いていてなんとなく二人の間柄や事情が解りそうで怖くなった。
 なんかゾワゾワする。
 よく見ると瑠璃さんて美人だなとか思ったら悲しくなってきた。
「自分から距離をおいたんだろ?それに俺は何度も──」
「私はセキレイに頭を冷やす時間をあげただけでしょ⁉それをいい事に女を連れ込むなんてサイッテー!!」
 これは明らかにカップルの痴話喧嘩だ。こんなやり取りを聞いていると、目の前の現実から目を逸らし、耳を塞ぎたくなった。
「転校生も、私がセキレイと付き合ってるのを知っててセキレイにちょっかい出したの⁉」
 私は瑠璃さんから啖呵を切られ、やっぱりそうなんだと愕然とする。
 そりゃセキレイさんはイケメンだからモテるだろうし、別に何かに操を立てなければならない訳でもない。それに私はセキレイさんの妹だから彼を責める事も落ち込む事もないのに、なんだか物凄くショックで地面に体がめり込みそうなくらい全身が重くなった。
「違います。ちょっかいも何も、私、セキレイさんの生き別れの双子の妹で、最近ここに引き取られただけなんです」
 だから気にしないで下さいとまでは言えなかった。
「はぁ⁉全然似てないじゃない」
 瑠璃さんは怪訝な顔をして私達二人を交互に見比べている。
「でも本当なんです。血が繋がってるんです」
 言っていて、なんで私がこんな弁解をしなければならないのか虚しくなってきた。
「瑠璃、もういいだろ?今日はもう帰ってくれないか?近所迷惑になってる」
 セキレイさんが諭す通り、通路の先ではこちらの様子を窺うおば様方がチラホラ出現していた。
「……分かった。明日学校で話ましょ」
 瑠璃さんは少しだけ納得したのか、その日は大人しく帰ってくれた。
「あの、セキレイさん、帰らせて良かったんですか?」
 私がおどおどと尋ねると、セキレイさんは私を落ち着けるように『いいんだよ』と頭をポンポンしてくれた。
「せめて夕飯でも食べて行ってもらったら良かったのに」
 瑠璃さんはここでどのくらいセキレイさんを待ったのだろう?
 待っている間、どんな気持ちでいたのだろう?
 そんな事を思うと後ろめたさでいっぱいになった。
「でもニシンが二尾しか無いだろ」
「私、別にニシンなんて好きじゃないから良かったのに……」
 嘘だ。今も昔も私はニシンとセキレイさんが大好きだ。
「──そうだったな。さ、家に入ろう」
「……はい」
 私は素直に家に入ったが、頭がボンヤリして、自分が今何をしているのか全く解らなくなっていた。
 二人はいつから付き合っていたんだろう?
 どっちから告白したのかな?
 勿論、好きだから付き合ってたんだよね。今は距離をおいているみたいだけど、二人はどこまで進んだんだろう?
 セキレイさんは童貞だと言って私と恋人ごっこをしていたから、キスくらいまで?
 セキレイさんがあんなに私に積極的だったのは、全部、瑠璃さんにしたい事を私で予行演習してたって事?
 私はそこまで想像して急に胸が悪くなった。
 息苦しい。息が詰まる。吐き気がする。
 前世でセキレイさんと瑪瑙さんが隣の部屋でいたしていた時の事を思い出す。自分は邪魔者で、決して瑪瑙さんとは同じ土俵にすら立てないと自分に言い聞かせていた時の事だ。
 あんな思い、二度としたくないと思っていたのに、歴史は繰り返されるのか。
 自分で決めた道だから仕方がないのは解ってる。でもセキレイさんと再会するには他に選択肢がなかった。こうなる事を予見していなかった訳ではないけれど、いざ、こうして目の当たりにすると、セキレイさんと再会してしまった事が果たして正解だったのか解らなくなる。何も知らずに各々別の次元で暮らしていた方が互いの為にも良かったんじゃないだろうか、そう思ってしまう。
「翡翠」
 部屋に入ったまま微動だにしないでいると、後ろにいたセキレイさんから声をかけられた。
「あっ、はい。すみません、ぼうっとしてました」
「ニシンは俺が焼いておくから、先にシャワーでもしたら?」
 セキレイさんがそう言うので、私はセキレイさんの部屋に着替えを取りに行く。
 そこでクローゼットから着替えを取り出し、ベッドから朝に脱ぎ散らかしたTシャツを回収してリビングに戻ろうとすると足に何か当たった。屈んでよく見てみると、くるくるに捲くられた布団から何か小さなパッケージの様な物がはみ出していて、私はそれを引き抜いて驚嘆した。
「これっ⁉」
「どうした?」
「どわっ!!」
 いきなり背後から声をかけられ、私は咄嗟にそのパッケージを着替えの中に隠す。
「どっ、どうしたんですか、なんなんですか、突然、藪から棒に」
 私は狼狽して自分が何を言っているのか右も左も解らなくなっていた。
「え、藪から棒か?このままニシン焼いたら制服に匂いが付くと思って、俺も着替えを取りに来たんだよ」
「そうですか、では、また」
 私は逃げるようにその場を去り、脱衣所に駆け込んだ。
「なんで、こんな、どうして?」
 私は着替えの中からさっきのパッケージを取り出した。
「なんでセキレイさんの布団からゴムが出てきたんだ?」
 何度、いかに凝視したところでそれはまごうことなき避妊具。薄々の極薄、簡単装着タイプで6個綴りになっている。
 布団からはみ出てたって事は、きっと枕の下に忍ばせてあったのだろう。
 思い返してみると、普段、眼鏡を掛けないセキレイさんが枕元に眼鏡を置いていた気がする。セキレイさんが眼鏡を掛けるのは指南中に互い違いになった時だけだ。
 じゃあこれは……

 心臓が止まりかけた。

 眼鏡もゴムも、瑠璃さんに使おうとしてたやつだ。
 きっと二人が喧嘩していなければ、今頃はあの寝室でチョメチョメを──
「うっ……」
 胃が、胸が苦しい。目の奥が痛い。精神的にも物理的にも過度のストレスが私を苦しめる。
 どうしよう、どうしたらいい?
 辛すぎてセキレイさんの顔が見れない。きっと笑えないし、言葉も出ない。あの部屋にはもう入れない。セキレイさんに会いたくない。一人になりたい。何も見たくないし聞きたくない。意識すら手放したい。何も考えたくない。
 私はパニックになり、無意識のまま靴下で風呂場に侵入していた。
 熱いお風呂に暫く潜って外界との繋がりを遮断したかった。
「今日に限ってシャワーだなんて……」
 凄く大儀だ。
 なんにも手につかないからなんにもしたくないのに……
 私はその場で服を脱ぎ、制服が皺になるのも構わず脱衣所にそれを投げた。
「機能性重視の6個綴りだなんて、セキレイさんの考えそうな事だ」
 それをセキレイさんが瑠璃さんに使っている姿を想像してしまい、私は頭から冷水を浴びまくった。
 不思議と全然冷たく感じなかった。
 人は何故、煩悩を打ち捨てる為に滝行をするのか、今解った。

 けれど私の煩悩は消えなくて、長らく冷水を浴びた後、唇を真紫にしてリビングへ出た。
 どうしよう、あの部屋には入りたくないけど、機能性重視の6個綴りを戻さないと、私がこれを見つけた事がセキレイさんにバレてしまう。でも戻したらセキレイさんは瑠璃さんとこれを使うかもしれない。しかも6回も。でも戻さないと二人は生でやるかもしれない。まだ高校生なのに、それは良くない。

 戻そう。

 妹の私が勝手な嫉妬で二人を邪魔するのは間違ってる。セキレイさんには自由に恋愛する権利がある。私だって、セキレイさんを地獄に落とさないと決めたんだから、寧ろ二人を応援しないと。今は目先のミッションをクリアしなければ。だってセキレイさんは脱チェリ出来ると思って眼鏡まで用意して本番を楽しみにしていたんだから。薄々の極薄の6個綴りを携えて!
 きっと仲直りしたら使うよね。
 セキレイさんの妹である限り、こういう事には慣れておかないと。
「おい、さっきから何を突っ立てるんだ?」
「どわっ!!」
 セキレイさんが私の目の前に立ち、ひらひらと私の視界を手で遮った。
 目の前に来るまで全然気付かなかった。
 てかセキレイさん、普通だな!
「あっ、オニイサン……」
「オニイサン?」
 セキレイさんには恋人がいるのに、未だに恋人ごっこのままの呼び方をするのには抵抗があった。
「オニイサン」
「セキレイさん、な?」
「……」
 セキレイさんは私が首に掛けていたタオルを使って濡れた頭をグリグリと拭いてくれた。
 いつもは幸せを感じるこんなコミュニケーションも、今の私にはしんどくて、どうしても引きつった顔になる。
 平気なふりをしないと、セキレイさんに変に思われる。
「ちゃんと乾かしたのか?毛先が濡れてた」
「だ、大丈夫です」
 簡単な返答なのに変な声が出た。しかも不自然に顔を背けてしまった。
 私はいそいそとセキレイさんの部屋へ行き、ゴムをセキレイさんの枕の下に押し込む。
 他に変な玩具とか出てこないよね……
 下手にこの部屋の物を触るのが怖くなってしまった。
 この部屋で寝るのやだな。というか、セキレイさんと同じ空間にいるのが耐えられないかも。食欲も無いし、ヤキモチでおかしくなりそう。
 それでも急に私が食べなくなったらセキレイさんが心配する。そう思い、私が重い足取りでダイニングテーブルに着くと、部屋着姿のセキレイさんも向かい側に座る。
 うぅ、真正面はキツい。
 私は顔が上げられなくて目の前の料理を凝視する。するとメインディッシュのニシンはカラッと揚げられハーブまで添えられていた。
「塩焼きじゃないんですね」
 私はニシンの意外な姿に思わずそのように尋ねていた。
 塩焼き以外食べたことが無かったけど、これはこれで美味しそうだ。
「いや、翡翠はそこまでニシンが好きそうじゃなかったからアレンジしてみた」
「へ、ぇ……」
 多分、セキレイさんは私に前世の記憶を呼び起こさせようとしてどうしても私にニシンを食べさせたかったのだと思う。
 セキレイさんはなんで、そこまでして私の記憶を取り戻そうとするんだろう?
 自分の事を思い出してほしいから?
 それだけ?
「食べれる?」
 本当は食欲が無いんだけど、私が食べやすいようにセキレイさんが手を尽くしてくれたと思うとやっぱり無碍には出来ない。そういう優しさは素直に嬉しいし、そういうところが好き……だから辛いの無限ループ!
「美味しそうですね、いただきます」
 私は箸を持ち、セキレイさんに見守られる中ニシンにかぶりつく。まず最初に食欲を促すハーブの香りが口いっぱいに広がり、それからカリフワな白身の自然な塩美に舌鼓を打つ。
「美味しいです。凄く食べやすいです」
「そうか」
 ──と言ったセキレイさんの生温い視線が眩しい。
 すげー見るじゃん。
 食べづら……
「アルファベットのポテトもあるから」
「えっ、あ、はぃ……」
 セキレイさんに言われて手元を見ると、アルファベットを模したフライドポテトが大皿に山盛りになっていた。
 あぁ、これは……期待されてるな。と言うのも、私は前世でこのポテトを使ってよく遊んでいたから、セキレイさんはそんな微笑ましい光景を待ち侘びているのだと思った。
 そんな気分じゃないのに……
 私が普通にフライドポテトを食べようとすると、セキレイさんが残念そうに食事を始める。
 なんなんだ?
 そんな残念そうにされても、過去と現在とでは状況が違うじゃないか。
 あの頃は無邪気で、純粋な気持ちでセキレイさんと一緒にいられたのに、今の私ときたら、セキレイさんの彼女を目の当たりにして臍を曲げている重い女だ。
 嫌になる。
 セキレイさんに罪は無いのに、私はどうしても卑屈になってしまう。
 セキレイさんの事がこんなに好きなのに、その分憎く思えたりするなんて、私は嫌な奴だ。
 私は妹。妹に徹するんだ。妹なら兄に彼女がいても嫉妬したりしない。寧ろ二人を祝福しないと。
「……」
「食べないの?」
 私が思い詰めた顔をしてポテトを見ていると、セキレイさんからノールックで話しかけられた。
「えっ、あっ、食べます食べます」
 私は焦って箸でL字のポテトを摘む。
「飛びます飛びます、みたいに言うんだな」
 セキレイさんはフッと笑って箸を置いた。
「はぁ、まぁ……」
 私はなんだか憂鬱で摘んだポテトを口にする事が出来ない。
「食欲ない?」
「ごめんなさい」
 私はそっとポテトを自分の小皿に置き、ついでに箸も脇に置いた。
「謝る事ないさ。そんな時もある。もっと冷たくてチュルっとした物でも食べるか?」
「いえ……」
 ………………………………いや、冷たくてチュルっとした物ってナニ?!
 素麺とか?
 いや、別に何でもいいけども。
「さっきの事、気にしてる?」
 さっきの事、というと、やっぱり瑠璃さん襲来の事だよね。
「どうして、気にする訳ないじゃないですか。だって私、妹ですよ?」
 そう、私は妹。妹なのだ!
「ほんとに?」
「勿論です。なんで気にする必要があるんですかぁ」
 タッハーなんて笑ってみたけれどなんにも楽しくない。辛いときに笑う笑顔がこんなにしんどいなんて思わなかった。
「兄の俺は気にしてるのに?」
 セキレイさんが真剣な眼差しでこちらを見つめてきて、私は蛇に睨まれた蛙の如くフリーズする。
「え?」
「正直、瑠璃との事はお前には知られたくなかったし、その前にちゃんとけりをつけようと思ってた」
「けりって?」
「瑠璃とは、元々お前と会う前から何度も別れ話をしていたがなかなか別れてくれなくてな」
「えっ!!」
 私は、淡々と語るセキレイさんとは相反して大きく声をあげた。
「え、でも……」
 それじゃあ、あのゴムは?
 もしかしてずっと前から枕の下に置いてて忘れてたとか?
 でもあれは私と寝床を交換した後にセットされた物だから、ずっと前からとは考えにくい。セキレイさんは私と会う前から瑠璃さんと別れようとしてたって事は、あのゴムは誰に使おうとして用意された物なんだ?
 いや、まさか、そんな筈は──
 私はある一つの考えに到達し、ゴクリと生唾を飲む。
「何を考えてる?」
「いえ、何も……」
 言えない。言える筈がない。

「見たんだろ?枕の下にあったゴム」

 ドキッとした。
 心臓が止まるかと思った。
「み、見てません」
 私は激しく動揺して頭が真っ白になる。
 なんで、気付かれてた⁉
 うわ、ハッズ、ハッズい。
 私は恥ずかしいのと情けないのとで身悶えそうになるのを下唇を噛むことで抑える。
「お前は嘘をつくのが下手だな」
 またしてもフッとセキレイさんから軽く笑われ、私はぐうの音も出ない。
「……」
 なんで、ゴムを見られた本人の方が余裕があるんだ。恥ずかしくないのか。心臓がフサフサなのか?
 普通、気まずくなるでしょーが!!
「あれが何の為にあるか解るか?」
「なっ、なんでそんなデリケートな事を妹に聞くんですか?」
 デリカシーというものが無いのか?
 いや、セキレイさんには最初からそんな機能は備わっていなかったか。
「俺は妹と思ってないからだよ」
「そりゃ最近再会したばかりだから仕方ないですけど、だからって、自宅にデリヘルを呼ぼうなんて、そんな……」
 高校生のくせに不純だ。
「凄い斜めな発想だな」
 セキレイさんは顔を背けて僅かに肩を震わせている。
「違うんですか?」
「違うわ」
 だったらなんで?
 誰に使う為にあれを?
「だから、俺はお前を妹と思っていないって言ったろ?」
 そう言ったセキレイさんが熱を含んだ目で視線を合わせてきて、私は怖くなって目の前のポテトに視線を落とした。
 何、今の色っぽい視線。それに、今、なんて言った?
 そんな事を今のこの状況で話すのはおかしくないか?
 胸騒ぎがした。
 すぐに会話を止めるべきだと頭の中で警鐘が鳴る一方で、その先が知りたいという衝動もあった。でも、やっぱり、知るのが怖い。
「な、何を言ってるんですか、オニイサン」
 いつの間にか笑い飛ばす事すら出来なくなっていた。
「オニイサンじゃなくて、セキレイさん、な。別に呼び捨てでもいいけど」
 ドッドッドッドッドッ
 動悸が凄い。全身から冷や汗も吹き出している。
 なのにセキレイさんは止まってくれなかった。

「あれはお前に使いたくて用意してたんだ」
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