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無理ゲーフラグ
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現世では、俺は前世と同じ『渡辺』の姓を受け、名前も『セキレイ』と付けられ、そのまんま『渡辺セキレイ』として今日まで生きてきた。見た目もそのまんま、長身のイケメンだ。もてない筈がない。
「セキレイ!」
そう言って教室に入って来たのは隣のクラスの瑠璃(ルリ)だ。彼女とは彼女の告白で半年程付き合っていたが、俺はその我の強さに疲れ、何度も別れを告げている、が、今も尚、彼女面で接してくる。そもそも付き合ったきっかけが背格好とかフォルムが翡翠に似ていたから。因みに目は翡翠と違って吊り目だ。美人ではあるが、系統や性質は全くの真逆。瑠璃の勢いに押されて付き合ったものの、おかげでやることはやっていてちょっと後ろめたかったりもする。別に、翡翠に操を立てたところで彼女に再会出来る訳でもないし。
俺に前世の記憶はあっても、前世で関係した誰かに会ったのはたったの一度も無い。もしかしたらこの時代の、この次元に転生したのは自分だけなのかもしれないと思っている。
今世でも、互いに割り切った愛の無い結婚をして一生を終えるのだと思う。
「今朝はなんで先に行っちゃったの⁉」
瑠璃は俺が座る窓側の席に詰め掛け、両手で机を叩いた。当然、周りにいた同級生達は何事かと横目でこちらの様子を窺っている。
もうちょっと人目も考えてほしいものだ。
「別に待ち合わせしてなかったろ?」
俺は頬杖を着いてため息を吐いた。お察しの通り、こういった瑠璃の難癖はいつもの事なのだ。
「カップルなんだから一緒に登校するのは当たり前じゃない!」
そんな法律があったら、俺は真っ先に銃殺だな。てか今まで何十回と別れ話をしてきたのに、こいつにはそれを聞き入れる機能というのが欠落しているのか?
「カップルなら、な」
そもそも別方向に住んでいるのに、わざわざ高校の近くで待ち合わせして見せびらかす様に登校する必要も無いと思う。まるで自分達は今もラブラブですってアピールしているようだ。
「カップルなんだからするでしょ、当たり前だよ⁉」
そう言いながら瑠璃は人目も気にせずバシバシ机を叩いてくる。
俺は瑠璃のこういうところが苦手だ。彼女はいつも一方通行で、相手が自分の思い通りにならないとこうして喚き散らすのだ。
「だから、俺達はもう──」
「やめて!朝からそんな話、聞きたくない!」
瑠璃は俺に言わせまいと強引にカットインし、上目遣いで俺を睨みつけてくる。
いや、お前は朝だろうが昼だろうが夜だろうが俺の話を聞き入れた事なんかなかっただろうが。
「いつならいいんだよ……」
俺は尻すぼみに呟き、深いため息をついてぐったりする。
早くこの時間が過ぎれば良い。
瑠璃から責められれば責められる程、俺は翡翠が恋しくなる。
翡翠のいない世界はこんなにも退屈なのか。
「帰りも私の委員会が終わるまで待っててよ!!」
それにしてもえらい剣幕だな。そこまで詰め寄る事か?
俺は犯罪者か。
もはや相手にするのも疲れる。
「何騒いでるの?浮気でもしたの?」
あまりに瑠璃が騒ぐので、ちょうど前の席に座りかけた日野が冷やかすように声をかけてきた。
「そうじゃない」
日野は物腰が柔らかく、威圧的なオーラを放つ俺に物怖じしない数少ない友人の一人だ。見た目も、棘の無い感じで常に恵比寿顔だ。
「なら、彼女の親でも殺した?駄目だよ、セキレイ」
おい。
んな訳あるか。
「マジでそれに匹敵するわよ」
そうかよ。
翡翠に会いたい。
「なんで神様は無駄に前世の記憶を残したのか……」
いっそ残酷だ。
俺がため息混じりにそう言うと、日野は目を丸くする。
「え、セキレイ、スピリチュアルの人?」
「違う」
「でも前世の記憶がある人はあるって聞くよな。俺が思うに、それは忘れちゃいけない記憶だから残されてるんじゃないの?」
「何の意味も無いのに?」
「思い出に意味なんかあるか?記憶は財産だし、思い出は宝だ。自分自身が大切にしてるから忘れられないんだろ。どうでもいい記憶なんだったら、今からでも忘れられるし」
「……」
俺が忘れたくないと思ったから残っただけの記憶なのだとしたら、俺は相当未練たらしい男なのだろう。翡翠に会えないのなら、いっそ忘れた方が楽だろうに、それでも俺は自分を慰める為に毎日毎日翡翠と過ごした日々を反芻している。
嫌いなアボカドをペーストにする翡翠。
不器用なくせにやたらプレゼントを手作りしたがる翡翠。
強情で意地っ張りで愛らしい翡翠。
そんな翡翠がいない世界は絶望的につまらない。
いつも通りヌルっと始まるホームルーム。その後に始まる授業では、どの教科も念仏にしか聞こえない。体育は汗をかかない程度に参加して、部活もせずに家に帰る。親父が忙しいので家ではだいたい独りで飯を食って、明日の天気予報をチェックしたらスマホで料理動画を観ながら寝落ちする、そんな毎日を送っている。変わり映えの無い毎日、それは俺の誕生日でも同じだと思っていた。
あの日までは──
その日は瑠璃に捕まる事なく家路に着けた。
父親は出張の為、俺は自分で鍵を開けて家に入っていたのだが、どういう訳か、その日は鍵が空いていた。
「やば、今朝閉め忘れたか?」
でも今朝はちゃんと鍵を閉めた筈だ。因みにこのマンションは建物自体が古いのでオートロック式ではない。
……となると、空き巣か?
そっと玄関の戸を開けると、そこに女物のローファーが揃えてあった。
空き巣がローファー?
そんな話、聞いた事が無い。ともすればストーカーか?
何にせよ、勝手に鍵を開けて入って来たという事は、良からぬ輩に違いない。そう思い、俺は壁を背に、抜き足差し足忍び足でリビングへと向かう。こうなると、もはやどっちが空き巣かわかったもんじゃない。
リビングのドアの前に立つと、摺りガラスの向こうに人影が見え、俺は先手必勝とばかりにドアを勢いよく開け放ち、その人影に思い切りタックルした。
パンッ!!
と乾いた爆発音がして、それから俺は火薬の匂いがする中、倒れ込んだ人影に馬乗りになる。
「何だよ、何か発砲したか?」
何故か細かい紙テープが俺の頭から被さり、視界を邪魔する。
クラッカー?
なんで?
そう思って紙テープを退けると、開けた視界から信じられない者が見えた。
「翡翠っ⁉」
それはずっと恋い焦がれた、まごうことなき想い人、翡翠の姿だった。
翡翠は制服のブレザーを着ていたが、前世の可憐な姿のまま、驚いた顔をしてこちらを凝視していた。
あの青い瞳、猫っ毛のショートヘア、一つ一つが小さく繊細な顔のパーツ、まさしく翡翠そのもの。
「お前も転生してたのか!!」
俺は喜びのあまり、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている翡翠を抱き上げ、そのまま彼女の顔を両手でホールドして熱いキスをし──ようとして目の前でクラッカーを発射され、驚いた勢いで後ろのドアに背中をぶつける。
「何、すんだよ」
俺はまたしても頭から紙テープの嵐を浴び、それを絡め取る。
「オニイサン、ここは日本ですよ!口にキスするなんて、兄妹でもありえません!」
そう言うと翡翠はゴソゴソとブレザーのポケットから3発目のクラッカーを取り出し、その照準を俺に合わせた。
「ちょちょちょちょちょ、ちょっとタンマ!撃つな」
別に目の前でクラッカーを発射されたところで怪我はしなかったが、こちらの心臓がもたない。俺は両手を前に突き出し、ディフェンスの姿勢をとる。
「翡翠だよな?」
なんで『オニイサン』呼び?
そしてなんで拒絶された、俺。
前世ではキス以上パコパコ未満の際どい事もしていたのに。
色々と謎は多く、俺は混乱していた。
「翡翠です、オニイサン」
だからなんで『オニイサン』なんだよ。
嫌な予感はしていた。
「オニイサンじゃなくてセキレイだろ?」
「オニイサンのセキレイさんです」
待て待て、何か噛み合わない。今『オニイサンのセキレイさん』っつったか?
「俺はひとりっ子だが?それになんで勝手に家に入って来た?」
どうやって鍵を開けたんだ?
ピッキングか?
「お父さんから聞いてないんですか?」
「聞いてない」
父親が忙しいせいか、男親であるせいか、こんな事、親父は一言も言っていなかった。
「私はオニイサンの生き別れの妹です。母が流行りの感染症で急死して、こちらに引き取られたんです」
「はぁっ⁉」
青天の霹靂。まさにこの言葉が相応しい。
嫌な予感はしていたが、まさか翡翠がこの世に転生して俺の妹になっていたなんて……
「あ、双子の妹です」
その蛇足によって俺はダメ押しの一撃をくらう。まるで天国から地獄の最下層まで突き落とされた気分だ。
「ついでに誕生日を祝おうとサプライズでクラッカーを構えて待ってたんです」
そう言って翡翠はクラッカーの紐を引っ張ろうとした。
「だから撃つなって」
クラッカーは前世から嫌いなんだよ。
……ん?
翡翠の奴、俺がクラッカー苦手だって知らないのか?
「翡翠、前世の記憶が無いのか?」
前世の翡翠なら知っていた情報なのに、ちょっと忘れてただけか?
「は?」
「え?」
翡翠に『この人、何言ってんの?』という顔をされ、俺は全てを悟った。
翡翠に前世の記憶は無い。
愕然とした。
「嘘だろ……」
翡翠に前世の記憶が無いのなら、現世の俺達はマジで本当に一般的な双子の兄妹にすぎない。せっかく翡翠に会えたのに、会えたその瞬間から決して叶わぬ恋という絶対的、絶望的フラグが立つなんて、神様は本当に残酷だ。例え双子と言えど翡翠に前世の記憶さえあれば、俺が彼女に愛を告げたとしても軽蔑はされなかっただろうに。
どっかの国では、前世で結ばれなかった悲運の男女は、神様の計らいで男女の双子に転生させるらしい。
けれど翡翠の死を知った日、俺は双子でもいいから翡翠に生きて再び会いたいと神に願った。
彼女とは前世では決して結ばれる事はなかった。互いに別の道を歩み、別のパートナーと一生を過ごした。だからこそ、叶うものなら来世ではきっと恋人同士になりたいと、そう思っていたけれど、翡翠を永遠に失うくらいなら、どんな形であれ一緒にいたいと思ってしまった──のが元凶だったのかもしれない。
いや、それが元凶に違いない。
双子じゃあ、今世でも翡翠と一緒になれないじゃあないか!
「セキレイ!」
そう言って教室に入って来たのは隣のクラスの瑠璃(ルリ)だ。彼女とは彼女の告白で半年程付き合っていたが、俺はその我の強さに疲れ、何度も別れを告げている、が、今も尚、彼女面で接してくる。そもそも付き合ったきっかけが背格好とかフォルムが翡翠に似ていたから。因みに目は翡翠と違って吊り目だ。美人ではあるが、系統や性質は全くの真逆。瑠璃の勢いに押されて付き合ったものの、おかげでやることはやっていてちょっと後ろめたかったりもする。別に、翡翠に操を立てたところで彼女に再会出来る訳でもないし。
俺に前世の記憶はあっても、前世で関係した誰かに会ったのはたったの一度も無い。もしかしたらこの時代の、この次元に転生したのは自分だけなのかもしれないと思っている。
今世でも、互いに割り切った愛の無い結婚をして一生を終えるのだと思う。
「今朝はなんで先に行っちゃったの⁉」
瑠璃は俺が座る窓側の席に詰め掛け、両手で机を叩いた。当然、周りにいた同級生達は何事かと横目でこちらの様子を窺っている。
もうちょっと人目も考えてほしいものだ。
「別に待ち合わせしてなかったろ?」
俺は頬杖を着いてため息を吐いた。お察しの通り、こういった瑠璃の難癖はいつもの事なのだ。
「カップルなんだから一緒に登校するのは当たり前じゃない!」
そんな法律があったら、俺は真っ先に銃殺だな。てか今まで何十回と別れ話をしてきたのに、こいつにはそれを聞き入れる機能というのが欠落しているのか?
「カップルなら、な」
そもそも別方向に住んでいるのに、わざわざ高校の近くで待ち合わせして見せびらかす様に登校する必要も無いと思う。まるで自分達は今もラブラブですってアピールしているようだ。
「カップルなんだからするでしょ、当たり前だよ⁉」
そう言いながら瑠璃は人目も気にせずバシバシ机を叩いてくる。
俺は瑠璃のこういうところが苦手だ。彼女はいつも一方通行で、相手が自分の思い通りにならないとこうして喚き散らすのだ。
「だから、俺達はもう──」
「やめて!朝からそんな話、聞きたくない!」
瑠璃は俺に言わせまいと強引にカットインし、上目遣いで俺を睨みつけてくる。
いや、お前は朝だろうが昼だろうが夜だろうが俺の話を聞き入れた事なんかなかっただろうが。
「いつならいいんだよ……」
俺は尻すぼみに呟き、深いため息をついてぐったりする。
早くこの時間が過ぎれば良い。
瑠璃から責められれば責められる程、俺は翡翠が恋しくなる。
翡翠のいない世界はこんなにも退屈なのか。
「帰りも私の委員会が終わるまで待っててよ!!」
それにしてもえらい剣幕だな。そこまで詰め寄る事か?
俺は犯罪者か。
もはや相手にするのも疲れる。
「何騒いでるの?浮気でもしたの?」
あまりに瑠璃が騒ぐので、ちょうど前の席に座りかけた日野が冷やかすように声をかけてきた。
「そうじゃない」
日野は物腰が柔らかく、威圧的なオーラを放つ俺に物怖じしない数少ない友人の一人だ。見た目も、棘の無い感じで常に恵比寿顔だ。
「なら、彼女の親でも殺した?駄目だよ、セキレイ」
おい。
んな訳あるか。
「マジでそれに匹敵するわよ」
そうかよ。
翡翠に会いたい。
「なんで神様は無駄に前世の記憶を残したのか……」
いっそ残酷だ。
俺がため息混じりにそう言うと、日野は目を丸くする。
「え、セキレイ、スピリチュアルの人?」
「違う」
「でも前世の記憶がある人はあるって聞くよな。俺が思うに、それは忘れちゃいけない記憶だから残されてるんじゃないの?」
「何の意味も無いのに?」
「思い出に意味なんかあるか?記憶は財産だし、思い出は宝だ。自分自身が大切にしてるから忘れられないんだろ。どうでもいい記憶なんだったら、今からでも忘れられるし」
「……」
俺が忘れたくないと思ったから残っただけの記憶なのだとしたら、俺は相当未練たらしい男なのだろう。翡翠に会えないのなら、いっそ忘れた方が楽だろうに、それでも俺は自分を慰める為に毎日毎日翡翠と過ごした日々を反芻している。
嫌いなアボカドをペーストにする翡翠。
不器用なくせにやたらプレゼントを手作りしたがる翡翠。
強情で意地っ張りで愛らしい翡翠。
そんな翡翠がいない世界は絶望的につまらない。
いつも通りヌルっと始まるホームルーム。その後に始まる授業では、どの教科も念仏にしか聞こえない。体育は汗をかかない程度に参加して、部活もせずに家に帰る。親父が忙しいので家ではだいたい独りで飯を食って、明日の天気予報をチェックしたらスマホで料理動画を観ながら寝落ちする、そんな毎日を送っている。変わり映えの無い毎日、それは俺の誕生日でも同じだと思っていた。
あの日までは──
その日は瑠璃に捕まる事なく家路に着けた。
父親は出張の為、俺は自分で鍵を開けて家に入っていたのだが、どういう訳か、その日は鍵が空いていた。
「やば、今朝閉め忘れたか?」
でも今朝はちゃんと鍵を閉めた筈だ。因みにこのマンションは建物自体が古いのでオートロック式ではない。
……となると、空き巣か?
そっと玄関の戸を開けると、そこに女物のローファーが揃えてあった。
空き巣がローファー?
そんな話、聞いた事が無い。ともすればストーカーか?
何にせよ、勝手に鍵を開けて入って来たという事は、良からぬ輩に違いない。そう思い、俺は壁を背に、抜き足差し足忍び足でリビングへと向かう。こうなると、もはやどっちが空き巣かわかったもんじゃない。
リビングのドアの前に立つと、摺りガラスの向こうに人影が見え、俺は先手必勝とばかりにドアを勢いよく開け放ち、その人影に思い切りタックルした。
パンッ!!
と乾いた爆発音がして、それから俺は火薬の匂いがする中、倒れ込んだ人影に馬乗りになる。
「何だよ、何か発砲したか?」
何故か細かい紙テープが俺の頭から被さり、視界を邪魔する。
クラッカー?
なんで?
そう思って紙テープを退けると、開けた視界から信じられない者が見えた。
「翡翠っ⁉」
それはずっと恋い焦がれた、まごうことなき想い人、翡翠の姿だった。
翡翠は制服のブレザーを着ていたが、前世の可憐な姿のまま、驚いた顔をしてこちらを凝視していた。
あの青い瞳、猫っ毛のショートヘア、一つ一つが小さく繊細な顔のパーツ、まさしく翡翠そのもの。
「お前も転生してたのか!!」
俺は喜びのあまり、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている翡翠を抱き上げ、そのまま彼女の顔を両手でホールドして熱いキスをし──ようとして目の前でクラッカーを発射され、驚いた勢いで後ろのドアに背中をぶつける。
「何、すんだよ」
俺はまたしても頭から紙テープの嵐を浴び、それを絡め取る。
「オニイサン、ここは日本ですよ!口にキスするなんて、兄妹でもありえません!」
そう言うと翡翠はゴソゴソとブレザーのポケットから3発目のクラッカーを取り出し、その照準を俺に合わせた。
「ちょちょちょちょちょ、ちょっとタンマ!撃つな」
別に目の前でクラッカーを発射されたところで怪我はしなかったが、こちらの心臓がもたない。俺は両手を前に突き出し、ディフェンスの姿勢をとる。
「翡翠だよな?」
なんで『オニイサン』呼び?
そしてなんで拒絶された、俺。
前世ではキス以上パコパコ未満の際どい事もしていたのに。
色々と謎は多く、俺は混乱していた。
「翡翠です、オニイサン」
だからなんで『オニイサン』なんだよ。
嫌な予感はしていた。
「オニイサンじゃなくてセキレイだろ?」
「オニイサンのセキレイさんです」
待て待て、何か噛み合わない。今『オニイサンのセキレイさん』っつったか?
「俺はひとりっ子だが?それになんで勝手に家に入って来た?」
どうやって鍵を開けたんだ?
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「聞いてない」
父親が忙しいせいか、男親であるせいか、こんな事、親父は一言も言っていなかった。
「私はオニイサンの生き別れの妹です。母が流行りの感染症で急死して、こちらに引き取られたんです」
「はぁっ⁉」
青天の霹靂。まさにこの言葉が相応しい。
嫌な予感はしていたが、まさか翡翠がこの世に転生して俺の妹になっていたなんて……
「あ、双子の妹です」
その蛇足によって俺はダメ押しの一撃をくらう。まるで天国から地獄の最下層まで突き落とされた気分だ。
「ついでに誕生日を祝おうとサプライズでクラッカーを構えて待ってたんです」
そう言って翡翠はクラッカーの紐を引っ張ろうとした。
「だから撃つなって」
クラッカーは前世から嫌いなんだよ。
……ん?
翡翠の奴、俺がクラッカー苦手だって知らないのか?
「翡翠、前世の記憶が無いのか?」
前世の翡翠なら知っていた情報なのに、ちょっと忘れてただけか?
「は?」
「え?」
翡翠に『この人、何言ってんの?』という顔をされ、俺は全てを悟った。
翡翠に前世の記憶は無い。
愕然とした。
「嘘だろ……」
翡翠に前世の記憶が無いのなら、現世の俺達はマジで本当に一般的な双子の兄妹にすぎない。せっかく翡翠に会えたのに、会えたその瞬間から決して叶わぬ恋という絶対的、絶望的フラグが立つなんて、神様は本当に残酷だ。例え双子と言えど翡翠に前世の記憶さえあれば、俺が彼女に愛を告げたとしても軽蔑はされなかっただろうに。
どっかの国では、前世で結ばれなかった悲運の男女は、神様の計らいで男女の双子に転生させるらしい。
けれど翡翠の死を知った日、俺は双子でもいいから翡翠に生きて再び会いたいと神に願った。
彼女とは前世では決して結ばれる事はなかった。互いに別の道を歩み、別のパートナーと一生を過ごした。だからこそ、叶うものなら来世ではきっと恋人同士になりたいと、そう思っていたけれど、翡翠を永遠に失うくらいなら、どんな形であれ一緒にいたいと思ってしまった──のが元凶だったのかもしれない。
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