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腹に抱えた秘密
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これは結婚式当日を迎える少し前の話。かねがね、エデンの口から発せられる『杉山さん』という名前にはとっかかりがあった。
何の変哲も無い、どこにでもある苗字。エデンの今は亡き元恋人で元調教師だと言うが、一体、どんな奴なのか、興味をひかれた。
俺は多忙な公務の中、折を見て書斎へと行くと調教師の登録証を確認していく。
『杉山』という苗字を探してペラペラと紙を捲っていくと、1枚だけ、それと思しき書類を見つける。
「多摩川エデンの方では正式に登録はされていないみたいだが、多摩川万里の調教師として登録されてる。多摩川万里は氷朱鷺に殺されたエデンの弟か」
調教師の登録証に顔写真は無いが、杉山のフルネームを見て驚いた。
「財閥の御曹司じゃないか」
社交界で何度か挨拶を交わした事のある人物だ。
「なんだって財閥の御曹司様がただの公務員である調教師なんか」
金持ちのお戯れにしては壮大に時間をかけてる。これはやはり、杉山がエデンに入れ込んでいたからとしか言いようがないな。
「あの社交界荒らしの女たらしが1人の女にここまで手間をかけてるんだ、本気だったに違いない」
そしてエデンも、そんな杉山に心から惹かれていたのだろう。
見れば解る。
エデンは今でも杉山の事を愛してる。
妬けるな。
記憶の中の杉山は相当な『顔の天才』でプレイボーイだった。故に何処へ行っても死ぬ程モテていた。器量良しのエデンとも抜群につり合いがとれている。それこそ、強面の俺とは比べ物にならないくらい。
「……」
俺はこんなに卑屈な人間だったか?
杉山が相手だと性格も歪む。
それ程、杉山は色んな意味で良い男だった。
「ふぅ……」
死んだ相手に嫉妬したところで時間の無駄だとは思ったが、俺にはどうしても気になる事があった。
エデンの口から亡くなったと聞いていた杉山を別の国の公務で見かけていたからだ。
その当時は『杉山』が『あの御曹司の杉山』とは露知らず、何の気にも留めていなかったが、あの柔らかな物腰と出で立ちは間違いなく杉山だった。
噂ではヤバイ男の女に手を出したとかで国外に拉致されていたと聞いていたが、その男が氷朱鷺だったとは、今となっては全ての納得がいく。
エデンは今でも杉山が死んだと信じている。
けれど俺が口を開けば、エデンは杉山の元へ戻れる。
子供の本当の父親に、だ。
所詮俺は単なるエデンの養分で、契約を結んで成立した仮の婚約者だ。今となってはお邪魔虫と呼んでもいい、部外者だ。エデンを杉山の所へ戻してやるのが普通であり、道理だ。
しかし当然の事をするまでなのに、俺には激しい葛藤があった。
エデンにこの事を伝えるのか?
エデンは自分を二重人格だと言うが、時折見せる警戒心の無い無防備な姿に、俺相手にやっと心を開いてくれたのかと愛おしく思っていた、のに、今更エデンを手放す?
思い出されるのは、エデンと過ごした奇怪で愉快だった尊い日々。これからもそれが永遠に続くと信じて疑わなかった、のに、エデンを杉山に返す?
嫌だ。絶対に嫌だが、エデンの幸せを考えたら、俺はエデンを返す『べき』なんだ。
そもそもここで悩む事自体おかしい事で、自分は卑しい人間なんだ。
──そう理解している、のに、俺はこの事実を腹に抱えたまま結婚式当日を迎えてしまった。
エデンをこんなに好きになるとは……
もはや俺は、エデンを手放せなくなっていた。
けれど俺は、パレードのさなか、雑踏の中に杉山を見つけてしまう。
お祝いムード一色で、民衆はお祭り騒ぎで浮かれているのに、杉山はまるで喪中の様に暗い顔をして1人だけ浮いていた。
陽キャで影のあるイメージはなかったのに、彼の目の奥に仄暗い闇まで感じる。
『泥棒猫』
そんな風に言われている様な気がした。
エデンは杉山に気付いていない。
このままやり過ごせばエデンは俺の物だ。
でも──
これでいいのか?
卑怯じゃないか?
フェアじゃない。
これから一国を担う国王がこんなんでいいのか?
男らしくないだろ。
だがあれこれ悩んでいるうちにオープンカーは教会へ着いてしまい、エデンは花嫁の控室へと入った。
結局、言えなかった。
エデンを手放したくないのに、後悔している自分もいて、陰鬱な思いを腹に抱えたままふと通路の窓から外を見ると、裏口へ向かう杉山の姿を見かける。
もしかして……
エデンを取り返しにここまで来たのか?
警備員を呼べば杉山を止める事が出来る。
でも悲運の2人の不幸の上に成り立つ自己満の幸せに何の価値がある?
俺としてはエデンを手放したくはない、が、どんな結果になっても尾を引くのは嫌だ。
ここはエデンに選ばせよう。
何の変哲も無い、どこにでもある苗字。エデンの今は亡き元恋人で元調教師だと言うが、一体、どんな奴なのか、興味をひかれた。
俺は多忙な公務の中、折を見て書斎へと行くと調教師の登録証を確認していく。
『杉山』という苗字を探してペラペラと紙を捲っていくと、1枚だけ、それと思しき書類を見つける。
「多摩川エデンの方では正式に登録はされていないみたいだが、多摩川万里の調教師として登録されてる。多摩川万里は氷朱鷺に殺されたエデンの弟か」
調教師の登録証に顔写真は無いが、杉山のフルネームを見て驚いた。
「財閥の御曹司じゃないか」
社交界で何度か挨拶を交わした事のある人物だ。
「なんだって財閥の御曹司様がただの公務員である調教師なんか」
金持ちのお戯れにしては壮大に時間をかけてる。これはやはり、杉山がエデンに入れ込んでいたからとしか言いようがないな。
「あの社交界荒らしの女たらしが1人の女にここまで手間をかけてるんだ、本気だったに違いない」
そしてエデンも、そんな杉山に心から惹かれていたのだろう。
見れば解る。
エデンは今でも杉山の事を愛してる。
妬けるな。
記憶の中の杉山は相当な『顔の天才』でプレイボーイだった。故に何処へ行っても死ぬ程モテていた。器量良しのエデンとも抜群につり合いがとれている。それこそ、強面の俺とは比べ物にならないくらい。
「……」
俺はこんなに卑屈な人間だったか?
杉山が相手だと性格も歪む。
それ程、杉山は色んな意味で良い男だった。
「ふぅ……」
死んだ相手に嫉妬したところで時間の無駄だとは思ったが、俺にはどうしても気になる事があった。
エデンの口から亡くなったと聞いていた杉山を別の国の公務で見かけていたからだ。
その当時は『杉山』が『あの御曹司の杉山』とは露知らず、何の気にも留めていなかったが、あの柔らかな物腰と出で立ちは間違いなく杉山だった。
噂ではヤバイ男の女に手を出したとかで国外に拉致されていたと聞いていたが、その男が氷朱鷺だったとは、今となっては全ての納得がいく。
エデンは今でも杉山が死んだと信じている。
けれど俺が口を開けば、エデンは杉山の元へ戻れる。
子供の本当の父親に、だ。
所詮俺は単なるエデンの養分で、契約を結んで成立した仮の婚約者だ。今となってはお邪魔虫と呼んでもいい、部外者だ。エデンを杉山の所へ戻してやるのが普通であり、道理だ。
しかし当然の事をするまでなのに、俺には激しい葛藤があった。
エデンにこの事を伝えるのか?
エデンは自分を二重人格だと言うが、時折見せる警戒心の無い無防備な姿に、俺相手にやっと心を開いてくれたのかと愛おしく思っていた、のに、今更エデンを手放す?
思い出されるのは、エデンと過ごした奇怪で愉快だった尊い日々。これからもそれが永遠に続くと信じて疑わなかった、のに、エデンを杉山に返す?
嫌だ。絶対に嫌だが、エデンの幸せを考えたら、俺はエデンを返す『べき』なんだ。
そもそもここで悩む事自体おかしい事で、自分は卑しい人間なんだ。
──そう理解している、のに、俺はこの事実を腹に抱えたまま結婚式当日を迎えてしまった。
エデンをこんなに好きになるとは……
もはや俺は、エデンを手放せなくなっていた。
けれど俺は、パレードのさなか、雑踏の中に杉山を見つけてしまう。
お祝いムード一色で、民衆はお祭り騒ぎで浮かれているのに、杉山はまるで喪中の様に暗い顔をして1人だけ浮いていた。
陽キャで影のあるイメージはなかったのに、彼の目の奥に仄暗い闇まで感じる。
『泥棒猫』
そんな風に言われている様な気がした。
エデンは杉山に気付いていない。
このままやり過ごせばエデンは俺の物だ。
でも──
これでいいのか?
卑怯じゃないか?
フェアじゃない。
これから一国を担う国王がこんなんでいいのか?
男らしくないだろ。
だがあれこれ悩んでいるうちにオープンカーは教会へ着いてしまい、エデンは花嫁の控室へと入った。
結局、言えなかった。
エデンを手放したくないのに、後悔している自分もいて、陰鬱な思いを腹に抱えたままふと通路の窓から外を見ると、裏口へ向かう杉山の姿を見かける。
もしかして……
エデンを取り返しにここまで来たのか?
警備員を呼べば杉山を止める事が出来る。
でも悲運の2人の不幸の上に成り立つ自己満の幸せに何の価値がある?
俺としてはエデンを手放したくはない、が、どんな結果になっても尾を引くのは嫌だ。
ここはエデンに選ばせよう。
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