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亡霊との再会

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 それから暫くして春臣とエデンの結婚式当日がやってきた。式自体は国一番の歴史を誇る街の教会で身内のみが集まって行われるが、城からそこまでの距離はオープンカーで移動し、新しき王妃のお披露目となる。
 潜在意識の中で話し合った訳ではないが、春臣との結婚に後ろ向きなエデンに代わり、僕が晴れのこの日に純白のウェディングドレスを着ていた。
 ウェディングドレスなんて初めて着るが、重いし苦しいし暑いしで意識が飛びそうだ。気を抜いたらエデンに意識がパスしそうな勢いだ。
 エデンの精神的な負担がそのまま母体への負担になっては大変だ。ギリギリまで僕が持ちこたえないと。
 っていう勝手な使命感だけど。
 けれどいざオープンカーに乗ると、車酔いによる悪阻の悪化と賑やかな沿道の群衆に酔ってしまい、すこぶる調子が悪いのが顔に出てしまっていた。そのせいで春臣は群衆への愛嬌も顧みず、真っ青な僕の心配ばかり。流石に僕も、わざわざ2人をお祝いしに駆けつけて来てくれた人々に申し訳が立たず、引きつる笑顔で懸命に手を振った。
「そんなに無理をするな、引き返したっていいんだぞ?」
「いえ、ただ酔っただけです」
「だが……」
「大丈夫です。馬車ならアウトだったけど、車ならなんとか。それに教会まであと少しですし、お色直しで休憩が入りますから」
「教会で休んで、駄目なら式は延期だ」
「延期……」
 ふと、結婚に後ろ向きなエデンの事を思い出し、今ならまだ後戻りは出来るのかとボンヤリ考えた。
 エデンは春臣との結婚を望んでいないのに、このまま僕が結婚を決行していいものか?

 結婚だけに。

「……」
 サブ。
 僕はエデンに自分の幸せ像を押し付けて自己満足に浸っていやしないか?
 ここまで考え無しの勢いだけで猛進してきたが、少しは立ち止まって考えてみるべきか?

 なんて、最善の相手は春臣しかいないんだ、今更良い人ぶって悩んだところで答えは決まってる。

 ゴーだ。

 教会へ着くと、僕はせり上がる胃を抱え、花嫁の控室にあるベンチシートに横になる。
 「ウェディングドレスが皺になるけど、ゲロをぶちまけるより良い」
 式は1時間後。会場スタッフは気を遣って僕を1人にしてくれた。
「ハァ、ちょっと休もう」
 僕は瞼を閉じてその上に片腕を乗せる。
 男なのに、ついに僕も結婚か。
 いや、僕じゃない、エデンと春臣の結婚か。
 最近は、自分が単なるエデンの概念だと忘れそうになる。
 あと少し、あと少しだ。あと少し頑張れば、エデンも諦めがついて、杉山さんを忘れて春臣と幸せに──

「エデン」

 気配や足音もしなかったのに、すぐ近く、なんなら耳元付近で男の声がした。
 えっ?
 聞いた事のある声だ。
 だが春臣じゃない。

 そんな筈ない。

 そんな馬鹿な事、ある筈がない。
 目を開けるのが怖かった。
 嘘だ。
 心拍数が急速に上がり、悪阻が酷くなる。
 落ち着け、これは何かの間違いだ。単なる空耳じゃないか?

 だって僕には霊感が無いから。

「エデン」

 空耳とスルーしたいのにやっぱり男が僕(エデン)を呼んでいて、そっと僕の額に手を当ててその存在を決定的なものにする。
 温かい、温もりのある手だ。
 生きてる。間違いなく生きている人間の手。

 杉山さんの手だ。

 そんな、だって、あり得ない!
 杉山さんは死んだ筈だ。処刑されたって、氷朱鷺が──

 ──されてなかったのか?
 杉山さんは処刑されずに生きていたって事か?
 どうやって生き延びた?
 国を敵に回してどうやって?
 金の力?
 確かに杉山さんの財閥は王室より金を持ってる。何なら世界を牛耳る資産家の5本指にも入る。逆に、そんな男をいとも容易く処刑なんか出来るのか……いやいや、世界のトップ達だからこそ暗殺や変死が多いじゃないか。じゃあこれは何なんだ?

 まさか、氷朱鷺が嘘を?

 それなら合点がいく。簡単な話だ。エデンに、杉山さんは死んだと信じ込ませて諦めさせたところにつけいればいいんだ、実際に処刑せずともマインドはコントロール出来る。それに財閥相手じゃその方が容易だし、利口というもの。監禁状態の情弱なエデンを騙すくらい、訳なかったって事か。
 左遷した氷朱鷺の腐れ外道が、最後にとんだサプライズをかましやがる。
 しかしこれが本当に生きた杉山さんだとして、なんで生きてここに姿を現した?

 今、このタイミングで!!

 だってエデンはもう、春臣と結婚して子供共々幸せに暮らすんだ、なのに、なんでこのタイミングで現れるんだよっ!!
 どうする、目を開けるか?
 起きて話し合うべき?
 エデンと杉山さんはいがみ合って離れ離れなった訳じゃない。互いに愛し合っていたのを引き裂かれただけだ、それを元に戻してあげるのが道理というものじゃないか?
「エデン」
 僕が考えあぐねいていると再度声をかけられ、ギクッとして肩が揺れてしまう。
 まだ混乱して考えが纏まっていないのに──
「起きてるのは分かってる。でも落ち着いて、そのままで聞いて」
 僕は黙って杉山さんの声がする方に耳をすました。
「式が始まる前に、一緒にここから逃げよう」
「‼」
 僕の肩がビクッと先刻より大きく揺れる。
 逃げる?
 駆け落ちするって事?
 国外逃亡?
 僕の心臓がバクバク脈打ち、汗でウェディングドレスを湿らせた。
「心の準備が出来たら教会の裏に来て。車を手配してある」
 そう言うと杉山さんの気配は室内から消えた。
 僕は物凄い勢いで飛び起き、無意識に詰めていた息を漏らす。
「はぁ、はぁ……なんで、なんでもっと早くエデンの前に現れなかったんだよ‼」
 僕はあまりの悔しさに己の両膝を両の拳で殴打した。
「くそぅ、なんだってこのタイミングで……」
 でもまだ、まだ間に合う。
 今、このタイミングで杉山さんの手を取れば、エデンは杉山さんと、杉山さんの子供とで幸せに暮らせる。そうだ、エデンの腹の子の本当の父親だぞ、実の父親の元で暮らすのが子供の一番の幸せじゃないか。春臣の子供として政権争いに巻き込まれるよりずっと良い。今ならまだ間に合う。いや、今しかない。これを逃したら杉山さんとは永遠に離れ離れになる。
 エデンを起こすか?
 エデンを起こして杉山さんの無事を知らせる?
 きっとエデンは泣いて喜ぶ。
 当たり前に杉山さんの手を取って王妃という立場を捨てる。

 でも僕は──

 僕は、僕は──

 こんな時に思い出すのは、不器用に笑いかけてくる春臣の笑顔だった。
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