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悪魔の契約
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「──デン?エデン?」
『エデン』を呼ぶ声がして『僕』は目を開けた。
「はざまーす」
早い段階で目が覚めて良かった。
「こんな時に、野球部みたいなノリだな」
重っ。
春臣が覆い被さる形で僕を心配そうに見下ろしていた。
「お前はよく気を失うのか?献上品は健康体しかなれない筈だが?」
「貧血か、ナルコレプシーだと思う」
「両極端だな」
「よく、私が気を失っている間に事に及びませんでしたね?」
僕の前合わせははだけてほぼ裸みたいな事になっている。因みに和装なのでパンツやブラ等の下着は着けていない。
「さすがに初夜でそれはかわいそうだろ。葛藤はしたけど」
思った通りの紳士だな。これまで遊びでも献上品に手をつけなかっただけの事はある。
「氷朱鷺ならやってた」
こんなにガッチガチで、同じ男だから分かるけど、ほんとによく我慢したもんだ。
体が密着している分、春臣の欲求はダイレクトに伝わってきた。
「あいつはそんなに酷い奴なのか?」
「酷いってもんじゃないですよ。外道です、外道。私は度々監禁されてますし」
「もしかしてそれで国定公園に来れなかったのか?」
「そうです、流されちゃうから駄目だって」
「それは酷い奴だな笑」
春臣は顔を反らしてクックックと喉で笑いを堪えている。
自分のキャラクターを心得ているのか、あんまり人に爆笑している姿を見られたくないらしい。
「それに独占欲も強かったですし」
「お前が言ってた管理者とか強いパイプを持った偉い人ってのは氷朱鷺の事だったんだな」
顔を上げた春臣の顔はいつもの威厳あるものに戻っていた。
「そうです。私の弟や調教師を殺した人です」
「またそんな冗談を言って」
真顔で言ったが、やはりそんな荒唐無稽な話、そうそう信じられないだろう。
「ホントですよ。私を手に入れる為に2人を陥れて殺したんです」
「何?」
春臣の顔色が変わった。
「貴方は第1王子で、氷朱鷺より力がおありだから全て正直にお話します。まず、氷朱鷺は私の弟を見殺しにして、それから王配に即位すると権力を使って自身の調教師だった私を献上品にして囲ったんです。けれど私には当時恋人がいまして、氷朱鷺はわざとその彼を私の調教師にしたあげく、罠に嵌めて処刑したんです」
「あいつ、そんな好き放題してたのか」
春臣の表情がみるみる険しくなっていく。
「だから年齢もそうですけど、そもそも私には献上品になる資格なんて始めから無かったんです」
──と言うと春臣は己の後頭部をガシガシ掻いて視線を彷徨わせた。
「つまりあれか」
「何が言いたいかは分かります。処女じゃないです」
「そうか、恋人がいたんだもんな。指輪の相手かぁ……」
春臣はショックを受けた様にガクッとシーツに顔を埋めた。
どういうリアクションだ?
女に幻想でも抱いていたのか?
そんな質でもないだろうに。
「恋人もそうですけど、それ以前に、少年兵時代に捕虜になって、そこで暴行を受けたんです」
「お前──」
春臣はエデンの壮絶人生に絶句していた。
思った通り、義理人情に堅い。エデンに同情してるな。
「だからそのショックで怖くて恋人とも一度きりしかしてなくて」
「あっ‼悪い」
僕が振り絞って目尻に涙を滲ませると、春臣は飛び起きて僕を抱き起こし、僕のはだけた前合わせをきっちり閉じてくれた。
こいつ、やっぱり直情型の情に流されるタイプだな。真実を語って良かった。
それに都合が良い事にこいつは女にあまり興味が無いうえに、立場的に義務感で献上品を利用している。何なら献上品を蔑視しているところまであるじゃないか。それを利用しない手は無い。
取引の余地はある。
「大丈夫です。でも、こんな傷物、やっぱり氷朱鷺しか身請けしてくれないですよね」
僕はしおらしく春臣にしなだれかかった。
「バカ言え、そんな酷い奴にお前を渡せるか。俺のそばにいろ。俺のそばにさえいれば安全だから」
僕は春臣に体を引き寄せられ、強く抱き締められた。
情に脆いのは利用しやすくて助かる。
だって僕には守らなければならない者がいるから。
「良かった。ではひとつ、私と取引しませんか?」
「ん?」
背中に回された春臣の手がフリーズする。
「取引だって?」
「はいー」
僕は涙を拭って笑顔で応えた。
「何だ、お前の藪から棒は突飛過ぎてコワいんだが。しかもお前、前に言ってたけど二重人格なんだろ?」
春臣が僕の顔を覗き込む。
「はい、勿論勿論」
「勿論かよ。借金くらいなら俺が返してやるが?」
「え、いや、違くて違くて」
そうじゃない。
「何だ、何でも言ってみろ」
さすが第1王子、懐が深い。
僕はニヤッとする口元を右手で隠した。
いけないいけない、表情管理。
「貴方は即位式に追われる形で、恐らく適当に献上品を迎えたじゃないですか」
「まあ、それもどっかに行ってしまったが」
春臣はどうでも良い事の様に答えた。
やっぱり、相手は誰でも良いって事だな。
「その気も無いのに世継ぎだ何だと急かされて辟易している?」
よくある話じゃないか?
「まあ、そうだな。そうだった」
ほら、やっぱり。
「ならちょうど良かった」
「何が?」
春臣がキョトンとしたが、これが直後に仰天に変わる。
「私は亡くなった恋人の子供を妊娠しているのですが、貴方の子供として受け入れてくれませんか?」
「はっ?」
春臣の目が点になった。
そりゃそうか。
「いや、だから──」
「分かった。分かったが、どういう取引だ?」
僕がもう一度復唱しようとすると春臣から両肩を掴まれて制止された。
「この子はA型なんですけど、まだ妊娠して日も浅い。細かい日数は極秘で誤魔化していただいたら貴方のご世継ぎ問題はすんなり解決するじゃないですか」
「それはそうだが、俺は──」
「そして私も、貴方のそばにいたら氷朱鷺からこの子を守れる。氷朱鷺はこの子を殺しかねないですから」
僕は春臣の言葉を遮って畳み掛けた。
現実問題、氷朱鷺が杉山さんの子供の存在を知ったら、彼は間違いなくこの子を殺す。
そんなもの絶対に阻止しなければ。これ以上、エデンから大事な物を奪わせる訳にいかない。
だからこそ、エデンとエデンの子供を守れるのは春臣しかいなかった。例えエデンが春臣の妻や愛人になろうと、僕が彼の足を舐めてでも彼を繋ぎ止めてやる。
今度こそ、僕が2人の命を守るんだ。
「なるほど」
春臣は狼狽えるでもなく、冷静にそう言った。
「女の事なんて、単なるビジネスパートナーくらいに思っておけばいいんですから、悪い話じゃないでしょう?貴方だって、愛だなんだと馬鹿馬鹿しい事をするつもりはない筈。それに例え他の献上品を身請けしたとしても都合良く子供が出来るとは限らないじゃないですか。まあ、私の子供が男の子とも限りませんけど。でも私なら、愛情で貴方を縛る事はないですから」
僕はなんとか押し切ろうと思い付く限りのセールスポイントを早口で並べたてた。すると春臣は落ち着いた様子で首を縦に振った。
「分かった。それでお前が助かるのなら、言う通りにしよう。ただ誤解しているようだが、俺はお前を──」
「分かってます分かってます。ちゃんと献上品としての務めは果たします」
春臣が何かを言いかけたが、僕は彼の気が変わるのを恐れてそれを遮り、半ば強引に彼にキスをした。
利害の一致。
契約の契りだ。
今日はとんだアクシデントだったが、結果論として春臣と契約を交わせたのは棚ぼただった。
しかしくれぐれも春臣に捨てられない様にしないと。
僕は積極的に春臣にキスしながらスルスルと右手を彼の下腹部分に忍ばせる。
「待て」
「エ?」
春臣に右手を掴まれた。
下半身があんなに苦しそうなのに、何を待つ必要がある?
「無理をするな。キスは良い。でも激しい運動は駄目だ」
「エエ?」
この人は何を──
「キスは良い」
何で2回ゆった?
そんで何でキスする?
分からん。
第1王子の考える事はよう分からん。
僕は暫く、春臣からひたすらキスだけをされるという謎の時間を過ごした。
なんだかなぁ~
同情されすぎるのも考えものだ。
「プハッ」
全てを奪われそうなキスから開放され、僕は大きく酸素を取り込む。
「激しい運動は駄目で、激しいキスはいいんですか?なんかもってかれるかと思いましたよ、なんか」
普段、冷徹で堅苦しそうなのに、一体どこにこんな情熱を隠していたんだ?
これはあっちの方もかなり激しいだろうな。パワータイプ。
「脳貧血か?」
当の春臣は僕を見て満足そうに笑っているけど。
「脳貧血です」
僕が恨めしく春臣を睨むと、彼は宥める様に僕の両肩をポンポンと叩いた。
「悪かったよ。これでも我慢してるんだ」
「キスは細切れに」
「名言だな」
春臣がフッと笑って目尻に皺を寄せる。
意外とよく笑うな。出会った頃は鉄の男かと思ったのに。
「それで、朝までキスだけで繋ぐんですか?」
「他にあるか?」
「いやー、だって、手とかー、口とかー、股とかー、目玉とかあるじゃないですかあ」
「目玉って何だよ笑」
「それが目玉を舐める人もいるんですよ」
「お前の元恋人か?」
「違います。その人はノーマルで、シンプルで、優しくて、ねちっこかった」
僕はエデンの意識の中にいた時の事を詳細に思い返しながら話した。
杉山さんは良い人だった。僕もエデンも彼の事が大好きだった。
「ちょっと聞かなきゃ良かったな」
春臣が僕の肩に顔を埋めた。
「すみません、初夜のベッドでマナーが悪かったですね。配慮に欠けてました」
──と僕が言うと、春臣はそのままの姿勢で黙りこくった。
「……」
「……」
彼は暫く何かを考えていたかと思うと、やはりそのままの姿勢で尋ねてきた。
「じゃあ、指輪は?」
あぁ、そうか、いくら契約上の関係とはいえ、良くないよな。
そう分かっているのに外す気にはなれない。
「これはまだ……外す勇気がなくて」
ここまで好き勝手して、指輪まではずしたら、エデンは怒りを通り越して悲しむかもしれない。エデンの傷が癒えるまでは極力つけていたい。
「分かった。待とう」
なんか、普通は怒られて然りなのに、結構融通が利くというか、理解があるんだよな。
それに……
僕は春臣の手を取って彼の指先を撫でた。
「ちゃんと爪を切ってあるんですね」
「ん?まあ、そうだな。待ってる間に切った」
春臣は顔を上げて自身の指先を刮目した。
「相手方を傷付けないようにですよね?」
それは切りっぱなしじゃなく、綺麗にやすられている。
「まあ、女のデリケートな部分に突っ込むものだし」
今度は僕が春臣の肩に顔を埋めた。
「どうした?」
「いえ、貴方が第1王子で良かったなって」
安心してエデンを任せられる。それにエデンだって、きっと春臣を気にいる。
「俺も、お前がここに手違いで来てくれて良かったよ」
春臣はしみじみそう言うと、僕の感触を噛み締めるように僕を抱き締めた。
「それから、これからは、危ないから暫くは川に鰻を獲りに行くなよ?流されるからな」
「栄養を獲りに行きたかっただけなのになあ」
「栄養……そうか、お腹の子供に食べさせたかったのか」
春臣は一旦体を離し、僕の頭を撫でた。
「鰻は産後に俺が獲って来てやるよ。なんでも、ヤサカが妊娠中は鰻は駄目だって鰻のゼリー寄せを使用人に突き返していたからな。酒はやめられないくせにな」
「ヤサカ様が?」
「え、ああ、懐妊したらしい」
「やっぱり」
「やっぱりなのか?」
「いえ」
何となくヤサカの妊娠は分かっていた。僕に霊感は無いけど、昔から、妊娠している者は匂いで分かった。後は魂の数だ。
何度も言うようだが、くれぐれも、僕に霊感など無い。
──となると氷朱鷺の子供か。
しかし、そうか、ヤサカの妊娠が確定ならば、エデンとヤサカ、どちらが男の子を産むかで運命が大きく変わるな。
『エデン』を呼ぶ声がして『僕』は目を開けた。
「はざまーす」
早い段階で目が覚めて良かった。
「こんな時に、野球部みたいなノリだな」
重っ。
春臣が覆い被さる形で僕を心配そうに見下ろしていた。
「お前はよく気を失うのか?献上品は健康体しかなれない筈だが?」
「貧血か、ナルコレプシーだと思う」
「両極端だな」
「よく、私が気を失っている間に事に及びませんでしたね?」
僕の前合わせははだけてほぼ裸みたいな事になっている。因みに和装なのでパンツやブラ等の下着は着けていない。
「さすがに初夜でそれはかわいそうだろ。葛藤はしたけど」
思った通りの紳士だな。これまで遊びでも献上品に手をつけなかっただけの事はある。
「氷朱鷺ならやってた」
こんなにガッチガチで、同じ男だから分かるけど、ほんとによく我慢したもんだ。
体が密着している分、春臣の欲求はダイレクトに伝わってきた。
「あいつはそんなに酷い奴なのか?」
「酷いってもんじゃないですよ。外道です、外道。私は度々監禁されてますし」
「もしかしてそれで国定公園に来れなかったのか?」
「そうです、流されちゃうから駄目だって」
「それは酷い奴だな笑」
春臣は顔を反らしてクックックと喉で笑いを堪えている。
自分のキャラクターを心得ているのか、あんまり人に爆笑している姿を見られたくないらしい。
「それに独占欲も強かったですし」
「お前が言ってた管理者とか強いパイプを持った偉い人ってのは氷朱鷺の事だったんだな」
顔を上げた春臣の顔はいつもの威厳あるものに戻っていた。
「そうです。私の弟や調教師を殺した人です」
「またそんな冗談を言って」
真顔で言ったが、やはりそんな荒唐無稽な話、そうそう信じられないだろう。
「ホントですよ。私を手に入れる為に2人を陥れて殺したんです」
「何?」
春臣の顔色が変わった。
「貴方は第1王子で、氷朱鷺より力がおありだから全て正直にお話します。まず、氷朱鷺は私の弟を見殺しにして、それから王配に即位すると権力を使って自身の調教師だった私を献上品にして囲ったんです。けれど私には当時恋人がいまして、氷朱鷺はわざとその彼を私の調教師にしたあげく、罠に嵌めて処刑したんです」
「あいつ、そんな好き放題してたのか」
春臣の表情がみるみる険しくなっていく。
「だから年齢もそうですけど、そもそも私には献上品になる資格なんて始めから無かったんです」
──と言うと春臣は己の後頭部をガシガシ掻いて視線を彷徨わせた。
「つまりあれか」
「何が言いたいかは分かります。処女じゃないです」
「そうか、恋人がいたんだもんな。指輪の相手かぁ……」
春臣はショックを受けた様にガクッとシーツに顔を埋めた。
どういうリアクションだ?
女に幻想でも抱いていたのか?
そんな質でもないだろうに。
「恋人もそうですけど、それ以前に、少年兵時代に捕虜になって、そこで暴行を受けたんです」
「お前──」
春臣はエデンの壮絶人生に絶句していた。
思った通り、義理人情に堅い。エデンに同情してるな。
「だからそのショックで怖くて恋人とも一度きりしかしてなくて」
「あっ‼悪い」
僕が振り絞って目尻に涙を滲ませると、春臣は飛び起きて僕を抱き起こし、僕のはだけた前合わせをきっちり閉じてくれた。
こいつ、やっぱり直情型の情に流されるタイプだな。真実を語って良かった。
それに都合が良い事にこいつは女にあまり興味が無いうえに、立場的に義務感で献上品を利用している。何なら献上品を蔑視しているところまであるじゃないか。それを利用しない手は無い。
取引の余地はある。
「大丈夫です。でも、こんな傷物、やっぱり氷朱鷺しか身請けしてくれないですよね」
僕はしおらしく春臣にしなだれかかった。
「バカ言え、そんな酷い奴にお前を渡せるか。俺のそばにいろ。俺のそばにさえいれば安全だから」
僕は春臣に体を引き寄せられ、強く抱き締められた。
情に脆いのは利用しやすくて助かる。
だって僕には守らなければならない者がいるから。
「良かった。ではひとつ、私と取引しませんか?」
「ん?」
背中に回された春臣の手がフリーズする。
「取引だって?」
「はいー」
僕は涙を拭って笑顔で応えた。
「何だ、お前の藪から棒は突飛過ぎてコワいんだが。しかもお前、前に言ってたけど二重人格なんだろ?」
春臣が僕の顔を覗き込む。
「はい、勿論勿論」
「勿論かよ。借金くらいなら俺が返してやるが?」
「え、いや、違くて違くて」
そうじゃない。
「何だ、何でも言ってみろ」
さすが第1王子、懐が深い。
僕はニヤッとする口元を右手で隠した。
いけないいけない、表情管理。
「貴方は即位式に追われる形で、恐らく適当に献上品を迎えたじゃないですか」
「まあ、それもどっかに行ってしまったが」
春臣はどうでも良い事の様に答えた。
やっぱり、相手は誰でも良いって事だな。
「その気も無いのに世継ぎだ何だと急かされて辟易している?」
よくある話じゃないか?
「まあ、そうだな。そうだった」
ほら、やっぱり。
「ならちょうど良かった」
「何が?」
春臣がキョトンとしたが、これが直後に仰天に変わる。
「私は亡くなった恋人の子供を妊娠しているのですが、貴方の子供として受け入れてくれませんか?」
「はっ?」
春臣の目が点になった。
そりゃそうか。
「いや、だから──」
「分かった。分かったが、どういう取引だ?」
僕がもう一度復唱しようとすると春臣から両肩を掴まれて制止された。
「この子はA型なんですけど、まだ妊娠して日も浅い。細かい日数は極秘で誤魔化していただいたら貴方のご世継ぎ問題はすんなり解決するじゃないですか」
「それはそうだが、俺は──」
「そして私も、貴方のそばにいたら氷朱鷺からこの子を守れる。氷朱鷺はこの子を殺しかねないですから」
僕は春臣の言葉を遮って畳み掛けた。
現実問題、氷朱鷺が杉山さんの子供の存在を知ったら、彼は間違いなくこの子を殺す。
そんなもの絶対に阻止しなければ。これ以上、エデンから大事な物を奪わせる訳にいかない。
だからこそ、エデンとエデンの子供を守れるのは春臣しかいなかった。例えエデンが春臣の妻や愛人になろうと、僕が彼の足を舐めてでも彼を繋ぎ止めてやる。
今度こそ、僕が2人の命を守るんだ。
「なるほど」
春臣は狼狽えるでもなく、冷静にそう言った。
「女の事なんて、単なるビジネスパートナーくらいに思っておけばいいんですから、悪い話じゃないでしょう?貴方だって、愛だなんだと馬鹿馬鹿しい事をするつもりはない筈。それに例え他の献上品を身請けしたとしても都合良く子供が出来るとは限らないじゃないですか。まあ、私の子供が男の子とも限りませんけど。でも私なら、愛情で貴方を縛る事はないですから」
僕はなんとか押し切ろうと思い付く限りのセールスポイントを早口で並べたてた。すると春臣は落ち着いた様子で首を縦に振った。
「分かった。それでお前が助かるのなら、言う通りにしよう。ただ誤解しているようだが、俺はお前を──」
「分かってます分かってます。ちゃんと献上品としての務めは果たします」
春臣が何かを言いかけたが、僕は彼の気が変わるのを恐れてそれを遮り、半ば強引に彼にキスをした。
利害の一致。
契約の契りだ。
今日はとんだアクシデントだったが、結果論として春臣と契約を交わせたのは棚ぼただった。
しかしくれぐれも春臣に捨てられない様にしないと。
僕は積極的に春臣にキスしながらスルスルと右手を彼の下腹部分に忍ばせる。
「待て」
「エ?」
春臣に右手を掴まれた。
下半身があんなに苦しそうなのに、何を待つ必要がある?
「無理をするな。キスは良い。でも激しい運動は駄目だ」
「エエ?」
この人は何を──
「キスは良い」
何で2回ゆった?
そんで何でキスする?
分からん。
第1王子の考える事はよう分からん。
僕は暫く、春臣からひたすらキスだけをされるという謎の時間を過ごした。
なんだかなぁ~
同情されすぎるのも考えものだ。
「プハッ」
全てを奪われそうなキスから開放され、僕は大きく酸素を取り込む。
「激しい運動は駄目で、激しいキスはいいんですか?なんかもってかれるかと思いましたよ、なんか」
普段、冷徹で堅苦しそうなのに、一体どこにこんな情熱を隠していたんだ?
これはあっちの方もかなり激しいだろうな。パワータイプ。
「脳貧血か?」
当の春臣は僕を見て満足そうに笑っているけど。
「脳貧血です」
僕が恨めしく春臣を睨むと、彼は宥める様に僕の両肩をポンポンと叩いた。
「悪かったよ。これでも我慢してるんだ」
「キスは細切れに」
「名言だな」
春臣がフッと笑って目尻に皺を寄せる。
意外とよく笑うな。出会った頃は鉄の男かと思ったのに。
「それで、朝までキスだけで繋ぐんですか?」
「他にあるか?」
「いやー、だって、手とかー、口とかー、股とかー、目玉とかあるじゃないですかあ」
「目玉って何だよ笑」
「それが目玉を舐める人もいるんですよ」
「お前の元恋人か?」
「違います。その人はノーマルで、シンプルで、優しくて、ねちっこかった」
僕はエデンの意識の中にいた時の事を詳細に思い返しながら話した。
杉山さんは良い人だった。僕もエデンも彼の事が大好きだった。
「ちょっと聞かなきゃ良かったな」
春臣が僕の肩に顔を埋めた。
「すみません、初夜のベッドでマナーが悪かったですね。配慮に欠けてました」
──と僕が言うと、春臣はそのままの姿勢で黙りこくった。
「……」
「……」
彼は暫く何かを考えていたかと思うと、やはりそのままの姿勢で尋ねてきた。
「じゃあ、指輪は?」
あぁ、そうか、いくら契約上の関係とはいえ、良くないよな。
そう分かっているのに外す気にはなれない。
「これはまだ……外す勇気がなくて」
ここまで好き勝手して、指輪まではずしたら、エデンは怒りを通り越して悲しむかもしれない。エデンの傷が癒えるまでは極力つけていたい。
「分かった。待とう」
なんか、普通は怒られて然りなのに、結構融通が利くというか、理解があるんだよな。
それに……
僕は春臣の手を取って彼の指先を撫でた。
「ちゃんと爪を切ってあるんですね」
「ん?まあ、そうだな。待ってる間に切った」
春臣は顔を上げて自身の指先を刮目した。
「相手方を傷付けないようにですよね?」
それは切りっぱなしじゃなく、綺麗にやすられている。
「まあ、女のデリケートな部分に突っ込むものだし」
今度は僕が春臣の肩に顔を埋めた。
「どうした?」
「いえ、貴方が第1王子で良かったなって」
安心してエデンを任せられる。それにエデンだって、きっと春臣を気にいる。
「俺も、お前がここに手違いで来てくれて良かったよ」
春臣はしみじみそう言うと、僕の感触を噛み締めるように僕を抱き締めた。
「それから、これからは、危ないから暫くは川に鰻を獲りに行くなよ?流されるからな」
「栄養を獲りに行きたかっただけなのになあ」
「栄養……そうか、お腹の子供に食べさせたかったのか」
春臣は一旦体を離し、僕の頭を撫でた。
「鰻は産後に俺が獲って来てやるよ。なんでも、ヤサカが妊娠中は鰻は駄目だって鰻のゼリー寄せを使用人に突き返していたからな。酒はやめられないくせにな」
「ヤサカ様が?」
「え、ああ、懐妊したらしい」
「やっぱり」
「やっぱりなのか?」
「いえ」
何となくヤサカの妊娠は分かっていた。僕に霊感は無いけど、昔から、妊娠している者は匂いで分かった。後は魂の数だ。
何度も言うようだが、くれぐれも、僕に霊感など無い。
──となると氷朱鷺の子供か。
しかし、そうか、ヤサカの妊娠が確定ならば、エデンとヤサカ、どちらが男の子を産むかで運命が大きく変わるな。
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