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献上の儀当日(エデン)
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生きるのに疲れた時、旧い友人が現れて、少しだけ私の代わりに生きてくれると言った。
だから私は少しの間だけ現実から逃避し、眠っていた。
けれどその友人が疲れてしまった時、今度は私が彼の代わりに目覚める事になった。
「ん……」
寝ている間、ずっと『無』だった私の脳裏に万里や杉山さんの笑顔がフラッシュバックしてきて、涙で睫毛が濡れる感覚と、唇に軟く温い感触がして目が覚めた。
「?」
涙で視界がボンヤリする中、どアップで現れた人物を杉山さんと混同し、最初は彼から目覚めのキスをされているのだと思った。
え、でも、杉山さんは確か……
「杉山さん?」
まさか生きてた?
一瞬、そんな風に錯覚したが、相手の顔が離れていくと同時に目の焦点が合い、それが杉山さんではないと認識すると得も言われぬ絶望と恐怖が私を襲った。
「だっ、誰っ、氷朱鷺?!」
私は飛び起きてベッドの端に身を寄せる。
「え?」
私にキスした人物は氷朱鷺ですらなかったが、私同様、何が起こったのか混乱しているようだった。
ここは何処?
この人は?
私は確か、頭の中でカザンに再会して、それで意識を彼に託して……
その後の記憶が無い。
何が起こってる?
杉山さんの死の知らせを聞いてからどれくらい経った?
「おいおい殺し屋、俺を忘れたのか?鷹匠だろ?」
え、殺……殺し屋?
タカジョウ?
ダレー?
「タカジョウさん、すみません、分かりません」
『そして何で上半身裸で私にキスしたんですか?』なんて怖くて聞けない。しかもベッドで。
「分かりませんって、お前は俺に献上される為に、今日、ここへ来たんだろ?」
「献上っ⁉」
話がぶっ飛んてる。
私が眠っている間に、一体、カザンは何をしていたの?
ともあれこのタカジョウさんは献上される側、という事は王族か。でも王族のリストにタカジョウなんて名前の人はいたか?
タカジョウ、タカ・ジョウ、タカジ・ヨウ?
──知らん。
それが何故、私がこの人に献上されるはめに?
氷朱鷺はどうした?
納得はしていないけれど、私の主は氷朱鷺だった筈。何がどうなって私はタカジョウさんの献上の儀式を受けてる?
しかも事前?事後?どっち?
仮に事前として、彼が王族なら王女の王配様の名前を出せばワンチャン遠慮してくれるんじゃないか?
根本的な解決にはならないけれど、現状は打破出来るかもしれない。
「違うんです違うんです、私は何かの間違いでここにいるんです。だって私は氷朱鷺様の献上品として囲われていたんですから」
私はハカハカしながら早口で捲し立てた。
「お前が、氷朱鷺が目にかけていた献上品だったのか!」
意外な反応だった。
「ご存知なんですか?」
「まあな。そうか、どおりで見つからない訳だ。あいつが隠していたんだな」
タカジョウさんは私の預かり知らないところで何やら1人納得している。
「??そうなんです。秘蔵っ子なんです。ですから私を氷朱鷺様の所へ戻してくれませ──」
「駄目だ」
『んか?』と続けようとしてバッサリ切られた。
「え、でも、私は氷朱鷺様の献上品で──」
それでも私は食い下がる。何故なら、負けられない戦いがそこにあったからだ。
「献上品だが、まだ献上されていないからあいつの物って訳じゃない。それに献上品は王室の共有財産だ。それも、序列順に選べる。つまり俺が選べばお前は俺の物になる」
それはつまり、このお方は王女の王配様より身分が上、という事になる。
この男、一体、何者なんだ?
「あの、タカジョウさん、貴方は一体……?」
私が躊躇いがちに尋ねると、彼は何かに気付いた様子で答えた。
「あぁ、そうか、言ってなかったな。俺はこの国の第1王子、春臣だ」
「っだ‼」
第1王子‼‼‼‼‼
パワーワード!
それは流石に氷朱鷺の七光り(?)は通用しない。
絶体絶命。
袋の鼠だ。
どうする?
私に断る権利はない。
それに私は処女じゃない。それがバレたら私は処断だ。
まずい、まず過ぎる。カザンならどうしてた?カザンなら上手く(?)立ち回れたのに。
「それで」
「それで?」
「お前の名前は?」
隠す必要もないか。
「……エデン。多摩川エデンです」
「エデンか。そうか、エデン」
春臣が私の名前を復唱し、満足気ににんまりした。
何だ?
「あの、春臣様」
私は一歩引く感じで切り出した。
「春臣でいい」
「春臣さん、話の感じだとまだ私は貴方に献上されていないと思うんですけど、氷朱鷺の献上品である私が手違いでここへ来たって事は、春臣さんがお選びになった、元々ここへ来る筈だった献上品がいるんじゃないですか?」
そうだ、飛び込みで来た奴より自分で選んだ奴の方が絶対良いに決まってる。何しろ自分で選んだんだから!
春臣、今ならまだ間に合う。
「さあ、でも誰も訪ねて来ないし、そもそもここは使用中は誰も入ってはいけない事になっている。何の心配もいらない。防音だしな」
そういう事じゃない。
「でもでも氷朱鷺様が待っているんで」
……
待て。これで氷朱鷺がいる献上の儀の間に逃げ込んだら、氷朱鷺にヤラれるだけなんじゃないか?
……
その場しのぎだけどそこら辺はボイコットしよう。
というか、カザンはどういうつもりでこの状況を作り出したんだ?
めっちゃ追い込まれてるんですけど。さては脱走に失敗してこの状況まで詰められた?
んなアホな。
「献上品に恋愛感情なんて無いと思っていたが、氷朱鷺が好きなのか?」
「いえ、全然」
即答。
「なら良いじゃないか」
何が?
そういう事じゃない。
「氷朱鷺には正妻がいるが俺には誰もいない──」
春臣は言いながらシーツごと私を引き寄せ、自身の脚の間に私を置く。
「他に愛人を作る気も無いし──」
蛇に睨まれた蛙の如く硬直する私に春臣は尚も続ける。
「あいつよりも俺に献上された方がずっとメリットがあるし──」
少しずつ春臣が身を乗り出してきて、じりじりと私を追い詰めていく。
「俺も、お前を手に入れたら一生大事にする──」
これはキスを迫られているなと直感し、私が上体を倒して距離をとると、そのまま春臣に体重をかけられて押し倒された。
万事休す。
「お前は俺が嫌いか?」
「滅相もないですっ」
誰が、この国の次期王に嫌い(NO)だと言えよう。
圧迫面接。
「良かった。少し混乱している様だが、お前がこの部屋に入ったのが悪い」
んな理不尽な。
私は両腕を突っ張って全力で春臣の分厚い胸板を押し返すが、彼はその両腕を掴んで私の頭の上で一纏めに押さえ込む。
あっ、これ、駄目なやつだ。
こんな事が前にもあった。
あの半地下で。
「そんなに緊張するな。大丈夫、初めてだろうが痛くはしない」
とは言え力が強い。多分、身体を鍛えているから無意識なのだろう。
「っ……」
声が出ない。
あの時の恐怖とリンクして体が動かない。
「少年みたいに兎や鰻を獲って喜んでいた奴とこんな事をすることになるなんてな。寧ろ唆る」
そうして春臣は私に濃厚なキスをする。
思い出されるあの光景。
脳裏に焼き付くあの光景。
現実世界で見るこの光景。
その3つが重なり合い、私は呪文の様にあの言葉を繰り返す。
『これは自分が体験している事じゃない』
『これは自分が体験している事じゃない』
『これは自分が体験している事じゃない』
春臣から腰紐を解かれた瞬間、私はまた深い眠りに落ちていった。
だから私は少しの間だけ現実から逃避し、眠っていた。
けれどその友人が疲れてしまった時、今度は私が彼の代わりに目覚める事になった。
「ん……」
寝ている間、ずっと『無』だった私の脳裏に万里や杉山さんの笑顔がフラッシュバックしてきて、涙で睫毛が濡れる感覚と、唇に軟く温い感触がして目が覚めた。
「?」
涙で視界がボンヤリする中、どアップで現れた人物を杉山さんと混同し、最初は彼から目覚めのキスをされているのだと思った。
え、でも、杉山さんは確か……
「杉山さん?」
まさか生きてた?
一瞬、そんな風に錯覚したが、相手の顔が離れていくと同時に目の焦点が合い、それが杉山さんではないと認識すると得も言われぬ絶望と恐怖が私を襲った。
「だっ、誰っ、氷朱鷺?!」
私は飛び起きてベッドの端に身を寄せる。
「え?」
私にキスした人物は氷朱鷺ですらなかったが、私同様、何が起こったのか混乱しているようだった。
ここは何処?
この人は?
私は確か、頭の中でカザンに再会して、それで意識を彼に託して……
その後の記憶が無い。
何が起こってる?
杉山さんの死の知らせを聞いてからどれくらい経った?
「おいおい殺し屋、俺を忘れたのか?鷹匠だろ?」
え、殺……殺し屋?
タカジョウ?
ダレー?
「タカジョウさん、すみません、分かりません」
『そして何で上半身裸で私にキスしたんですか?』なんて怖くて聞けない。しかもベッドで。
「分かりませんって、お前は俺に献上される為に、今日、ここへ来たんだろ?」
「献上っ⁉」
話がぶっ飛んてる。
私が眠っている間に、一体、カザンは何をしていたの?
ともあれこのタカジョウさんは献上される側、という事は王族か。でも王族のリストにタカジョウなんて名前の人はいたか?
タカジョウ、タカ・ジョウ、タカジ・ヨウ?
──知らん。
それが何故、私がこの人に献上されるはめに?
氷朱鷺はどうした?
納得はしていないけれど、私の主は氷朱鷺だった筈。何がどうなって私はタカジョウさんの献上の儀式を受けてる?
しかも事前?事後?どっち?
仮に事前として、彼が王族なら王女の王配様の名前を出せばワンチャン遠慮してくれるんじゃないか?
根本的な解決にはならないけれど、現状は打破出来るかもしれない。
「違うんです違うんです、私は何かの間違いでここにいるんです。だって私は氷朱鷺様の献上品として囲われていたんですから」
私はハカハカしながら早口で捲し立てた。
「お前が、氷朱鷺が目にかけていた献上品だったのか!」
意外な反応だった。
「ご存知なんですか?」
「まあな。そうか、どおりで見つからない訳だ。あいつが隠していたんだな」
タカジョウさんは私の預かり知らないところで何やら1人納得している。
「??そうなんです。秘蔵っ子なんです。ですから私を氷朱鷺様の所へ戻してくれませ──」
「駄目だ」
『んか?』と続けようとしてバッサリ切られた。
「え、でも、私は氷朱鷺様の献上品で──」
それでも私は食い下がる。何故なら、負けられない戦いがそこにあったからだ。
「献上品だが、まだ献上されていないからあいつの物って訳じゃない。それに献上品は王室の共有財産だ。それも、序列順に選べる。つまり俺が選べばお前は俺の物になる」
それはつまり、このお方は王女の王配様より身分が上、という事になる。
この男、一体、何者なんだ?
「あの、タカジョウさん、貴方は一体……?」
私が躊躇いがちに尋ねると、彼は何かに気付いた様子で答えた。
「あぁ、そうか、言ってなかったな。俺はこの国の第1王子、春臣だ」
「っだ‼」
第1王子‼‼‼‼‼
パワーワード!
それは流石に氷朱鷺の七光り(?)は通用しない。
絶体絶命。
袋の鼠だ。
どうする?
私に断る権利はない。
それに私は処女じゃない。それがバレたら私は処断だ。
まずい、まず過ぎる。カザンならどうしてた?カザンなら上手く(?)立ち回れたのに。
「それで」
「それで?」
「お前の名前は?」
隠す必要もないか。
「……エデン。多摩川エデンです」
「エデンか。そうか、エデン」
春臣が私の名前を復唱し、満足気ににんまりした。
何だ?
「あの、春臣様」
私は一歩引く感じで切り出した。
「春臣でいい」
「春臣さん、話の感じだとまだ私は貴方に献上されていないと思うんですけど、氷朱鷺の献上品である私が手違いでここへ来たって事は、春臣さんがお選びになった、元々ここへ来る筈だった献上品がいるんじゃないですか?」
そうだ、飛び込みで来た奴より自分で選んだ奴の方が絶対良いに決まってる。何しろ自分で選んだんだから!
春臣、今ならまだ間に合う。
「さあ、でも誰も訪ねて来ないし、そもそもここは使用中は誰も入ってはいけない事になっている。何の心配もいらない。防音だしな」
そういう事じゃない。
「でもでも氷朱鷺様が待っているんで」
……
待て。これで氷朱鷺がいる献上の儀の間に逃げ込んだら、氷朱鷺にヤラれるだけなんじゃないか?
……
その場しのぎだけどそこら辺はボイコットしよう。
というか、カザンはどういうつもりでこの状況を作り出したんだ?
めっちゃ追い込まれてるんですけど。さては脱走に失敗してこの状況まで詰められた?
んなアホな。
「献上品に恋愛感情なんて無いと思っていたが、氷朱鷺が好きなのか?」
「いえ、全然」
即答。
「なら良いじゃないか」
何が?
そういう事じゃない。
「氷朱鷺には正妻がいるが俺には誰もいない──」
春臣は言いながらシーツごと私を引き寄せ、自身の脚の間に私を置く。
「他に愛人を作る気も無いし──」
蛇に睨まれた蛙の如く硬直する私に春臣は尚も続ける。
「あいつよりも俺に献上された方がずっとメリットがあるし──」
少しずつ春臣が身を乗り出してきて、じりじりと私を追い詰めていく。
「俺も、お前を手に入れたら一生大事にする──」
これはキスを迫られているなと直感し、私が上体を倒して距離をとると、そのまま春臣に体重をかけられて押し倒された。
万事休す。
「お前は俺が嫌いか?」
「滅相もないですっ」
誰が、この国の次期王に嫌い(NO)だと言えよう。
圧迫面接。
「良かった。少し混乱している様だが、お前がこの部屋に入ったのが悪い」
んな理不尽な。
私は両腕を突っ張って全力で春臣の分厚い胸板を押し返すが、彼はその両腕を掴んで私の頭の上で一纏めに押さえ込む。
あっ、これ、駄目なやつだ。
こんな事が前にもあった。
あの半地下で。
「そんなに緊張するな。大丈夫、初めてだろうが痛くはしない」
とは言え力が強い。多分、身体を鍛えているから無意識なのだろう。
「っ……」
声が出ない。
あの時の恐怖とリンクして体が動かない。
「少年みたいに兎や鰻を獲って喜んでいた奴とこんな事をすることになるなんてな。寧ろ唆る」
そうして春臣は私に濃厚なキスをする。
思い出されるあの光景。
脳裏に焼き付くあの光景。
現実世界で見るこの光景。
その3つが重なり合い、私は呪文の様にあの言葉を繰り返す。
『これは自分が体験している事じゃない』
『これは自分が体験している事じゃない』
『これは自分が体験している事じゃない』
春臣から腰紐を解かれた瞬間、私はまた深い眠りに落ちていった。
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