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鰻とカザン

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 ある日カザンが鰻が入ったバケツを持って部屋に帰って来た。

「……おかえり」
「どうも」
 俺が呆気にとられているにも拘らず、カザンは平常運行でそのまま風呂場へ行き、傍らにバケツを置いて湯船に水を張る。
「それ、どうするの?」
 俺はカザンの後ろからその肩越しに湯船を見下ろした。
「まずカルキを抜いて、それが抜けたらここにウナを入れて泥抜きをする」
 ウナ?
「泥抜きって、食べるの?」
 俺が水音に負けまいと声を張ると浴室にそれが響く。
「勿論勿論」 
 カザンは湯船に水が溜まっていくのをジッと見つめている。
 食べるのに名前を付けたのか?
「なんで?」
「滋養があるからね。栄養を摂らないと」
「なんで?」
「配給されてる食べ物じゃ足りないし」
 確かに献上品の配給は、体型維持に配慮した低カロリーな物ばかりで量も少なく、大食漢のカザンにはまるで足りない。ただそれは俺が毎日ここへ通って補っているので問題無いと思っていた。
 それでも足りないのか?
「言ってくれれば俺か杵塚が用意したのに」
「天然鰻を?」
「え、天然鰻が食べたかったの?」
 難易度高っ。
「うん」
 カザンが拗ねた様に頷き、不覚にも俺はそれをかわいいと思ってしまった。
 駄目だ、凛としたエデンの見た目とのギャップにやられてしまう。中身はクソ生意気なガキなのに。
「そもそも何処から仕入れたの?誰かに貰ったの?」
 俺は自制し、気を取り直して事情聴取を続ける。
「ウナ拾ったー」
「拾……ええ?」
 そうそう天然鰻なんて落ちてるもんじゃない。
「まさか国定公園の川に獲りに行ったの?」
 いるのか?天然ウナ。
「……」
 黙った。黙ったな。図星か。
 確かに城の敷地内であれば国定公園であろうと出入りを許可していたが、よもや川から鰻を獲って来るなんて、子供か。いや、子供か、今は子供、少年なのか。
「危ないじゃん。流されちゃったらどうするの?」
 危なっかしいな。室内で延々折り紙をされるよりも健全で良いけど、何よりもエデンの身の安全が心配だ。
 俺はつい小さい子供に言い聞かせるみたいな口調になってしまう。
「そのまま海に出る」
「ドザエモンでね」
 川も危ないけど、最近は国定公園で春臣が鷹狩をしていると聞いた。しかもあいつは俺の献上品にやたらと興味津々だったし、鉢合わせしても良くないからカザンの行動を制限するか。寧ろ今までが自由にさせ過ぎてたかも。
「やっぱり暫くは国定公園に入っちゃ駄目だよ」
「……」
 拗ねてる。かわいいな。
 まるでエデンが小さい子にでもなったみたいにかわいいけれど、これも俺を油断させる為のカザンの計算かもしれない。だってこの間は恐ろしく凶暴だったじゃないか。またいつ豹変するか分からない。例え献上の儀で体を交える約束をしたとしても、こいつに感情移入するのは危な過ぎる。
「拗ねても駄目。お前が国定公園に入れないよう、警備側に通達しておくから。退屈なら城内のシアタールームとかプレイルームに行ってみたら?流れるプールもあるじゃん」
「流されちゃうじゃん」
「海までは行かないでしょ?」
「……」
 拗ねた背中がやっぱりかわいい。見た目がエデンなだけに、今すぐ抱ける気がしてる。
「この体で際どいビキニを着てもいいの?」
 エデンがビキニ?
 興味がある。
「どんな?」
「Tフロント」
「ぶん殴るよ?」
 やっぱりビキニもTフロントも、人目につく所では着せられない。俺はいいけど。
「やっぱプールは駄目。温泉ならいいよ」
「あすこは王族だけ混浴が許されるらしいよ」
「じゃあ温泉も駄目」
 俺はいいけど他の王族は駄目だ。
「ダルッ」
 可愛かったエデン(カザン)が急に悪態をついて俺は現実に引き戻される。
「お前、反抗期なの?」
「思春期ではある」
 年齢的にはそうか。
 そこで俺は素朴な疑問を思いつく。
「思春期……その体で女の子に興味とかあったりするの?」
 カザンは概念だけど1つの人格だから何においても好みはある、筈。
「無いよ。毎日一緒に入浴する程の仲良し夫婦程レスになりやすいのと同じで、僕はエデンの体を見慣れ過ぎて女の子に興味が無くなった」
 エデンの裸を?
「想像はしてたけど、実際にお前の口から聞くとなんかムカつくな」
 俺は概念相手に嫉妬の炎を燃やした。
「ウナのせいで暫く湯船が使えないから温泉に行ってみたかったんだけどなぁ」
 カザンは水を止め、それからバケツの鰻を愛でる。
「自分で捕まえてきたんだろ、ウナのせいにするな。シャワーで我慢しろ」
「ねぇ、知ってる?」
「何?」
 また藪から棒に。
「ウナと一緒にお風呂に入ると、ウナはあっついお湯から逃げる為に人間の穴に入ってくるんだって」
「なんで今、その話をした?」
 怖……
 全オレ震撼。
「因みにドジョウやハモバージョンもあるみたいだけど、ハモは歯がギザギザで上級者向けだって」
 全く要らない無駄知識。
「だからなんで今、その話をした?」
 まさかエデンの体でそれを試そうってんじゃないだろうな?そのでっかいウナで。
 俺をとりとめもない不安が襲う。
「ウナを使った1人プレイはウナニー、ではハモを使った1人プレイは?」
 カザンが楽しそうに振り返り、俺にインタビューするみたいにエアマイクを差し出す。
 またまた藪から棒に。
「俺は答えないからな」
 俺は強めに突っぱねた。
「ハーモニーでしたー」

 やっぱり。

 アホの子だ。
「いいか、絶対にエデンの体でウナを試すなよ⁉」
「わーってるって」
 カザンは煩わしそうに後頭部を掻き毟った。
 悪っ。
 何だ、その悪びれた態度は、ほんとに不安なんだけど。
 やっぱりこいつからは目が離せない、そう思っていた矢先の事だ。

 1週間後、春臣が異例の献上品狩りを始めた。
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