王女への献上品と、その調教師

華山富士鷹

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鷹狩

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 献上品の講習会では様々な事を習う。
 護身術とか、一般教養とか、城のルールやマナー、馬術に生け花、茶道まで。その中でも僕が熱心に聞き入ったのは、第1王子春臣を知るという講習だった。内容としては、春臣の経歴、人格、趣味嗜好、得意分野、好みの女性のタイプに至るまで、国家機密に触れない程度の個人情報を学び、それを各自が分析するといったもの。
 なるほどなるほど、春臣は硬派で亭主関白な質だが未だトライアルや献上の儀に興味無し、趣味が体を動かす事で得意分野は鷹狩か。
 別に、氷朱鷺に囲われているエデンには必要の無い情報かもしれないが、僕には凄く面白い暇つぶしになった。
「なるほどねぇ、鷹狩、僕も興味がある」
 僕は中階層の講習室から国定公園上を舞う鷹を眺め、ほくそ笑む。
「しかもA型、気が合いそうだ」

 講習が終わると、僕はその足で国定公園へ向かった。途中、城内で補修作業をしていた業者から針金をいくらか分けてもらい、お手製の弁当とそれを持って上空の鷹がいる地点に行く。
「この辺かなぁ。いやぁ、自由に敷地内を闊歩出来るって本当に楽しいなぁ。氷朱鷺の奴には心よりの感謝だ」
 僕は持って来た針金でループを作り、それを細い獣道や兎の巣穴の前に括り付けていった。
「さぁて、後はこの開けた場所で唐揚げ弁当でも食べようなかぁ?」
 僕はパンパンと手の汚れを払うと近くの切り株に座って弁当の包みを開き、唐揚げのみが沢山詰まった弁当を爪楊枝でつまんでいく。
「ウマー、美味しい物を好きなだけ食べれるって本当に幸せだ。生きている事に感謝だね」
 なんて言いながら唐揚げを堪能していると、すぐ近くまで鷹の鳴き声が迫ってきた。
「近いな。しかも低い。そろそろか」
 僕は空を見上げて鷹の位置を確認すると切り株に立ち、爪楊枝に刺した唐揚げを天高く掲げる。
 ピューイッ
 一層鷹の声を近くに感じたかと思うと、鷹の黒い影が瞬く間に僕の唐揚げを掠め取って行った。
「凄い、風だけが通り過ぎて行ったみたいだ、カッコイイ‼」
 動物園なんかに行った事すらなかった僕は、鷹との初めての触れ合いになみなみならぬ興奮を覚える。
「もう1回やってみよう」
 僕はさっきと同じ様に唐揚げを掲げ、鷹が来るのをワクワクしながら待つ。
 そしてまた黒い影がこちら目掛けて一直線に飛んできて、一瞬で唐揚げをかっさらう。
「カッコイイなぁ」
 そうして鷹が消えた方をうっとりと眺めていると、後ろの林の方からガサガサと葉や草木を掻き分ける様な物音がした。
「おい、家の鷹に変な物を与えるな」
 僕が振り返ると、そこには姿勢良く馬に跨った長身の男が。
 無骨に整った威厳のある顔つき、鷹狩が趣味の春臣の特徴と合致してる。
 こいつが第1王子の春臣か。
「こんにちは、お兄さん、あれはお兄さんの鷹でしたか」
「お兄さん……」
 春臣は面食らった顔をした。
「いえ、ね、ここで唐揚げ弁当を食べていたら鷹が飛んで来て私の唐揚げをさらって行ったんです」
 僕は手振り身振りで興奮しながらその時の感動を伝える。
「嘘をつくな。お前が唐揚げを餌付けしていたのを見たぞ」
 春臣は堅苦しい表情のまま僕を見下ろした。
 冗談の通じないタイプか。
「ハハ、バレましたか、あんまりカッコイイ鷹なんで呼び寄せてみたくなってしまって」
「人間の食べ物を獣に与えるもんじゃない」
 春臣は口をへの字に曲げて僕を叱ったが、彼はこの怒り顔がマストなのかもしれない。ずっとこの顔だ。
「だったら人間同士、一緒に食べませんか?」
「は?」
 春臣が間の抜けた声を出す。
 まあ、彼にしてみたら僕の申し出は大変無礼で突拍子も無く、素っ頓狂なものだったのだろう。それにちょっと呆れている部分も見受けられる。
「唐揚げ、沢山作りすぎたんで」
 でも僕は誘いの手を緩めない。
「いや、だからって……」
 例え春臣が引いていようと。
「ほら、いいからいいから、早く早く、冷めちゃいますよ?」
 猛攻だ。
「いつ作ったんだよ?」
「早朝です」
「とっくに冷めてるだろ」
「冗談ですよ。ほら、早くしないと貴方の鷹に盗賊カモメされますよ」
「ややこしい言い方をするな。まったく、無茶苦茶だな」
 春臣は調子が狂ったのか仕方無く馬を降り、僕の近くにあった切り株に腰掛けた。
「やっと折れましたね。さあ、どうぞ」
 僕は春臣が座った隣の切り株に腰掛け、唐揚げが入った弁当箱を彼に差し出す。
「押しが強いんだよ」
「貴方が押しに弱いだけですよ」
「まったく、変な奴に絡まれたな」
 春臣はぶつくさ言いながらも唐揚げを爪楊枝で一突きにし、それを頬張る。
「……旨いな」
 春臣はよく味わった後、そう一言だけ呟いた。なんだかんだ言いつつ、嘘はつけない性質らしい。なるほど、硬派で曲がった事が嫌いなんだな。
「塩麹に漬けたんでやわらかくてジューシーに仕上がってるかと」
「自分で作ったのか?」
 春臣は感心しながらどんどん唐揚げを食べ進めていく。こんなに食べっぷりが良いと作り手としても悪い気はしない。
「シェフが作ったとでも?」
「いや、本当に旨かったから」
 思った事をド直球に伝えてしまうところが素直でかわいらしい。天邪鬼で捻くれ者の氷朱鷺とは真逆のタイプだ。
「別に献上品は料理を習う必要は無いんですけど、ややこしい事に、私は元々調教師をしてまして、その時代に自分が調教していた献上品の栄養管理をしていた時に講習会で習ったレシピなんです」
 説明するのが難しい。自分でも途中から何を言っているのか分からなくなった。
「お前、献上品なのか?」
 春臣の、唐揚げを食べる手が止まる。
「そうです。20歳は越えてますけど、元調教師の献上品です」
「ややこしい奴だな。それが何で1人で国定公園にいるんだ?城の敷地内と言えど、屋外を女1人でいるのは危ないだろう。調教師はどうした?許可は貰ってるのか?」
 基本的に献上品は見目麗しく魅力的な者達ばかりだ。いくら身内とはいえ城内の飢えた兵士に襲われる、なんて事も無くはない。しかも献上品同士のいざこざで嵌められてハメられる、なんて事も過去にあったとかなかったとか。しかし城の敷地内であれば国定公園に1人で出掛けたとしても射殺はされない。ただ各々の調教師の許可がいる、という訳だ。真面目な春臣はそこら辺を危惧しているのだ。
「最近、調教師を亡くしまして、それで?自由にやらせてもらってます。許可は、もっと偉い人から貰ってるので大丈夫です」
「もっと偉い人って?」
 春臣はまた唐揚げを食べ始める。余程気に入ってくれた様だ。
 気持ちいいくらい遠慮なく食べてくれるな。
「言えません。言ったらお兄さんを消さなければならなくなります」
「消されるか」
 僕のボケにもちゃんとツッコんでくれるところが話していて楽しい。とっつきにくい性格なのかと思っていたが、案外話の分かる奴でホッとした。
「とにかく、強いパイプがあるんです」
「生々しいな」
 フッと春臣が不意に笑い、その場は和やかな空気になる。
「生々しいんです」
「お前、名前は?」
 おっと、女に興味の無かった春臣が、少しは僕に関心を持ってくれたらしい。
「言えません」
 けれど今はその時ではない。何故なら僕(エデン)は氷朱鷺の献上品だから。
「それも言えないのか?」
 ここで名前を明かして、春臣に会った事が氷朱鷺にバレたら、それこそエデンの不利になる。
「無駄な殺生はしたくないですから」
「いや、消されるか!」
 僕の贔屓目か、ツッコんでいる春臣もどことなく楽しそうだ。
 好感触だな。良い友達になれそうだ。
「調教師をしてたって、何で調教師が献上品になったんだ?」
「話すと長くなるので今は話しません」
「今はって、だったらいつ話すんだよ?」
「次週、お楽しみに」
 僕は口元に人差し指を立てて春臣にウィンクした。
「アニメの次回予告かよ。秘密の多い奴だな」
「ミステリアスな方が魅力的だと献上品の講習で習いましたからね」
「献上品の講習、ね」
 春臣は飽き飽きした様に言った。
 調教された人工のプロ献上品達に嫌気でもさしているのだろう。
「ごちそうさま。旨かったよ」
 いつの間にか春臣はあんなに沢山あった唐揚げを全て平らげていた。
「この後も鷹狩を?」
「いや、鷹も鳥舎に戻ったみたいだし、仕事に戻る。殺し屋は?」
 春臣がサラッと尋ねる。
「え、殺し屋ですか?」
 そんな真顔で冗談言う?
「殺し屋だろ、秘密が多くて俺を消す消す言ってるんだから。嫌なら名前を教えろ」
「殺し屋でいいです」
「だろ?」
「私も、兎の罠を仕掛け終わったんで、戻りますかね」
 春臣が立ち上がったので、僕もいそいそと空の弁当箱を仕舞って立ち上がる。
「兎の罠?」
 春臣が馬に跨がろうとして足を止める。
「はい。針金のやつです。馬の通り道には仕掛けてないですけど、一応、ご注意を」
 僕は兎の罠をジェスチャーで表現し、仕掛けた場所を大まかに指差した。
「獲って食うのか?」
 春臣が珍しい物でも見る様な目で僕を凝視してくる。
 それもそうだろう。こんなうら若き女性が、あんなモフモフでかわいい兎を食べると言うんだから、耳を疑いたくもなる。普通の男性ならドン引きするだろうが、春臣は虫も殺せないぶりっ子タイプの女性を嫌う傾向にあるので多少ワイルドな方が逆に印象は良い筈だ。
「はい、食べます食べます」
「兎を?」
「はい。皮をテロっと剥いて、ぶつ切りにして煮込むんです」
「兎を?」
 春臣は瞬きするのも忘れて驚いている。
「はい。兎鍋です」
「お前、凄いな」
 好印象、と言うより、春臣から尊敬の眼差しで見られた。
「お兄さんも鷹で兎を狩るでしょう?」
「自分では捌かないし、そのまま鷹の餌にしてる。殺し屋、お前、ちゃんと食べさせてもらってないのか?というか、悪い。お前の弁当食べ尽くして」
 春臣は何度か馬の首を撫でた後に長い脚を振り上げて馬に跨った。
 脚、なっがー、真っ黒な馬に乗るとまるで帝王みたいなオーラが出るな。
「大丈夫です。何も問題ありません。兎は、少年兵をしていた時によく撃ち獲って食べてましたから。もっと栄養を摂りたくて罠を仕掛けたんです。今日は時間が無かったですけど、明日、兎の罠を見に来た時には鰻の罠を仕掛けようかなって。あれも滋養があって旨いですよね」
「なんか、逞しいな。スナイパーだったのか?」
 春臣は馬の手綱を握り、その場に留まっている。
「はい。非力でしたので」
「そうか、苦労しただろう」
 基本、春臣は凛々しい顔面のせいで常に強面な訳だが、初見の顔と今の顔とではだいぶ顔つきがやわらかくなった気がした。
「全然。では帰り道、お気をつけて」
 僕が手を振って春臣を見送ろうとすると、彼に馬上からその手を引かれた。
「いや、乗れよ」
「おっ、おっ、おぉぉ‼」
 僕は春臣に引き上げられるまま、彼の股の間に収まる形で騎乗する。
「変な声を出すな」
「咄嗟にキャーとか黄色い声を出せない質でして」
 これは勿論、僕もそうだけど、エデンにも言える事だ。
「そこら辺は評価してやるよ」
 やっぱり春臣は女の子女の子している女性が苦手なようだ。しかしながら後ろから僕に覆い被さる様に馬を走らせているところを見ると、女性自体が苦手という事でもないらしい。
「別に歩いて帰れたのに」
「だから、危ないっつってんだろ」
 言い方は厳しいが、思いやりは有り、と。悪い奴ではないようだ。
「お兄さんが送り狼かも」
「お前、落とすぞ」
「キャーッ‼」
 僕がおちゃらけて黄色い声を出すと、春臣に後ろから肩を当てられた。
「お前な、出せるじゃないかよ、黄色い声」
「出ましたね、咄嗟に」
 僕がフッと空気が抜けた様に笑うと、それに誘われて春臣も僅かに笑ってくれた。
「まったくおかしな奴だな」
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