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カッコウの卵

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 カザンが献上の儀を受け入れた事で俺は完全に浮足立っていた。
 それでも、機嫌が良いせいかヤサカには特に気を配っていたつもりだったが、何ぶん夜の営みに及ばない俺に苛立ちを覚えていたのも確かだ。
「たまには花でも贈るか」
 そんな安易な考えで王室に出入りしている行商の花屋からピンク系の花束を購入した。
「奥様への贈り物ですか?」
 世話好きそうなふっくらしたおばさんが俺に大きな花束を渡しながらそう尋ねてきて、俺はそれに営業スマイルで応対する。
「まあ、そんなところです」
「愛妻家でらっしゃるのね。王女様はピンク系のお花がお好きで、人様の贈り物としてもよくピンク系の物をお選びいただいてたんですよ」
「そうですか、それは丁度良かった。それからもう1つ、赤系の物もお願いします」
 未だエデンはカザンに乗っ取られたままだけど、ふと殺風景な部屋を花で彩ってやりたいと思った。
「もう1つ、ですか?」
「ええ」
 おばさんがキョトンとするのも無理はない。もう1つの花束は愛人宛に、なのだ。
「よろしいですか?」
「あっ、はいっ、直ぐに」
 俺が急かすとおばさんは詮索を止めて手際良く赤系の花束を用意し始める。
 日中、いきなり花束を持って部屋を訪問したらエデン……いや、カザンは驚くだろうな。と言うか、黙って部屋で大人しくしていればの話だけど。ここのところカザンは設けたルールを良い事に、活発に外(城の敷地内)へ遊びにばかり行っている。彼はエデンの健康管理も担っているので良く食べ、良く遊び、良く寝てくれてエデンの体は健康そのもので助かってはいるが、誰も居ない部屋を花束を持って訪ねるのも虚しいものがある。
 カザンは言わば永遠の少年だが、俺は奔放な彼が夜遊びを覚えやしないかとヒヤヒヤしていた。
「はいはい、出来ましたよ」
「ありがとうございます」
 おばさんから花束を受け取り、代金を渡していざエデンの部屋へ向かおうとすると、抱いていた花束の向こうに女性の細い脚が見えた。
「花束なんて誰に?」
 顔を確認しなくても、その甲高い声でそれがヤサカである事がすぐにわかった。
 まずいとこで出くわしたな。
 妻が1人に、花束が2つ。明らかに計算が合わないじゃないか。
 1つは貴方に、1つは愛人に、なんて言える訳が無い。
「君にだよ」
 俺は咄嗟に嘘をつく事にした。
 この際、いらぬ争いは避けて2つ共ヤサカに贈ろうと思ったのだ。
「2つも?」
 ヤサカははなから俺を信じる気が無く、いぶかしそうに俺を眺めている。
「先に赤い花束を用意してもらったんだけど、君がピンク系の花が好きだったのを思い出して、急遽2つ買ったんですよ」
 俺の嘘を傍観していたおばさんがそそくさと店じまいを始めた。色々と察してしまったらしい。
「へぇ……」
 ヤサカが手放しで喜ばないあたり、疑っているんだろうな。
「別に記念日でもないのにね」
 ほら。
「まるでご機嫌取りね」
「そんな、まさか」
 全部バレバレか。
「本当は2つ共多摩川エデンに贈ろうとしてたんじゃないの?」
 ボソリと呟かれたヤサカの言葉に内心ヒヤッとしたが、俺はそれを悟られない様にスマートな対応を心掛ける。
「妻以外の女性に花を贈る訳がないじゃないですか。ほら、今日はもう公務はありませんから、一緒に帰って花を活けましょう」
 俺がヤサカの腰に手を当ててエレベーターに誘導すると、彼女は納得のいっていない顔でそれに従った。
 エレベーターに乗り込むと、直ぐに室内が甘ったるい花の香りでいっぱいになる。
 自宅の高層階まで暫くあるが、密閉空間の圧迫感とか微弱な揺れも相まって酔いそうだと思っていると、先にヤサカが口元に手を当ててしゃがみ込んだ。
「……気分が悪い」
「え、大丈夫ですか?」
 俺は慌てて最寄りの階のボタンを押し、エレベーターが止まった所でヤサカを外に出すと、彼女は口元と腹部を押さえたまましゃがんで丸くなった。
 単なる乗り物酔いか?
 顔色が悪い。
 ヤサカの顔は血の気が引いて青白く、貧血も併発している様に見えた。
「今、医務室の者を呼びますから、少しだけ我慢してて下さい」
 そう言って俺がスマホを取り出そうとすると、それをヤサカに止められた。
「待って。いいの。大丈夫」
「でも全然顔色が悪いですけど?」
「大丈夫、直ぐに良くなるから」
 そうは言っても、ヤサカはその場にうずくまったままだ。
「お腹でも痛いんですか?」
「……」
「やっぱり助けを呼びましょう」
 こうしていても埒が明かない。俺はスマホの画面を開いた。
「待って!待って!」
「でも──」
 このままという訳にも──

「私、妊娠してるの」

「─────ん?」
 一瞬、理解が追いつかなかった。
 今、妊娠て言ったか?
「私も最近気付いたばかりで、妊娠5週目なの」
「5週目って」
 計算が合わないじゃないか。
 俺とヤサカは献上の儀以来肌を合わせていない。当然、5週間前なんて俺はヤサカに触れてもいないのだ、妊娠するはずがない。そうなると必然的に答えは出てきた。

 火遊びだ。

「誰の子?」
 別に怒り等は無かったが、ヤサカが他の男の子供を妊娠した事で俺(とエデン)の地位がおびやかされるのは大変都合が悪かった。
 正式な王配と言えど、世継ぎの子供がいなければ、俺は何の力も持たない単なる飾り物だ。
「マサムネ。だって貴方が構ってくれないから寂しかったんですものっ!」
 具合の悪そうだったヤサカが嘘みたいに元気に俺を責め立てる。
「そうですか、それは申し訳ない事をしましたね。俺はただ、貴方を大切にするあまり逆に手が出せなかったんです。1人で抱え込んで辛かったでしょう?」
 俺がそう言ってヤサカを抱き締めると彼女は子供みたいに大泣きした。
「どうして私を責めないのよ!」
「責めませんよ、ただ──」
 そう『ただ』だ。
「どうするんですか?」
 この子供を正式にマサムネの子供として産ませる訳にはいかない。
「どうするって、堕ろせって事?」
 ヤサカは涙でドロドロになった顔を上げた。
 まるでジョーカーみたいだな、と俺は冷静に思った。
「いえいえ、まさか、せっかく授かった命ですよ?」
 そう、文字通りせっかく授かった命なのだ、利用しない手はない。
「マサムネの子供なのに産めって事?氷朱鷺はそれでいいの?」
「子供に罪は無いでしょう?」
 俺はヤサカの背中をポンポンと優しく宥めた。
「でも──」
「堕ろしたいんですか?」
「そういうんじゃ……」
 ヤサカはどうするつもりだったのか、俺の一言一言に戸惑っている様だった。
「マサムネに妊娠の事は話しましたか?」
「まだ……」
 良かった。無駄に人を1人消さなくて済む。
「マサムネといたした時はアフターピルを使った、という事にしましょう」
「なんで?」
「この子供はマサムネの子供ではなく、俺等夫婦が授かったもの、として育てるんです」
「えっ、でも……」
「俺等夫婦には子供がいなかったから、喜ばしい事じゃないですか」
 そう、だって俺はこれからもヤサカと子作りするつもりは無かったし、何より、これで心置きなくエデンを孕ませられると思ったのだ。
 エデンに子供が出来れば、彼女は本当の意味でここを離れられなくなる。
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