王女への献上品と、その調教師

華山富士鷹

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カザン2

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 俺がミクの病室を訪ね、彼女の口から聞いたのは『カザン』という名前だった。

「カザン?」
「そう、お姉ちゃんが戦地から救出された時、自分をそう名乗ってた。しかもまるで別人みたいに振る舞ってて、両親も不気味がってた」
「それはいつまで?杉山さんもそれを知ってた?」
 俺はミクが横たわるベッドに腰掛け、スマホでエデンの過去のカルテを写した画像を確認する。
 カルテには戦時下でのPTSDとしか書かれていない。
「多分ね。でもそれも一瞬の事で、暫くしたらいつものお姉ちゃんに戻ってた」
「なるほど」
 それなら最近のエデンの奇行にも合点がいく。
 恐らくエデンには……

『カザン』という別人格がいる。

 エデンの心的ストレスやトラウマが限界を超えた結果、彼女は自身の残酷過ぎる体験を自ら形成した他の人格になすりつける事で心の調和を保っていたのだろう。逆に、そうする事でしか生きられなかったのだと思う。
 これを忌むべきか、悩ましいところはあるが、おかげでエデンがここまで生き延びてこられた事には感謝しか無い。
 ただ、そうとなると、エデンから無理やりカザンを取り除くのは彼女の心の崩壊にも繋がりかねない、という事だ。
 これは相当厄介だな。
 何よりあいつ(カザン)はここまで俺を出し抜いたかなりの食わせ物だ。慎重に扱わないと。
 まずはエデンを待ち伏せして捕まえて、この国1番のカウンセラーか精神科医をつけよう。これは俺の浅知恵だけでは手に負えないケースだ。

 その後俺は無事にエデンを確保し、城に連れ帰った。
「単刀直入に聞くけど、何でお前が出てきた?エデンはどうしてる?エデンに代われよ」
 エデンの部屋に戻るなり、俺はソファーに腰掛けたカザンを問い詰める。
「何で出てきたって?本気で聞いてるの?」
 カザンは脈絡もなく笑い出した。
「杉山さんに抱かれて過去のトラウマが呼び起こされでもしたか?」
「なーにおめでたい事言ってんだよ、全部お前のせいに決まってんだろ、サイコパスが」
「口が悪いな」
 見た目が『エデン』なだけに頭が混乱しそうだ。
「正体がバレたんじゃあ、もうエデンを演じる必要は無いからね」
「だったらエデンに代われよ」
「僕はエデンを守る為に存在してるんだ、エデンに害を成す者がいるってーのにおめおめと引き下がる訳ないだろ?」
「害を成す?俺はエデンを一生守り切る気でいるけど?」
「守る?守る、ね。アッハッ、守るだって?」
 そこでカザンは盛大に笑い転げる。
「お前が壊した」
 カザンは目の前のテーブルにびっしりと並べられた折り紙の犬小屋を左の拳で叩き潰した。
「お前が、エデンの、精、神、をぶっ壊したんだろうがっ‼‼‼」
 カザンは発狂し、一言叫ぶ毎に両の拳で無差別に犬小屋を叩き潰しまくる。テーブル上にはぺちゃんこに潰された犬小屋が散乱し、カオスな状況になっていた。
「ハハ、お前がエデンの幸せをぶち壊したのに、どの面下げてエデンに会いたいって言ってるんだか、面白いなあ」
 カザンは急に落ち着きを取り戻し、何事もなかったかの如くソファーに座り直した。
 狂気だ。
 これがエデンの精神世界なのか?
 カザンてのが男なのは分かったが、詳しい人格設定はどうなっているのだろう?
 策士で狡賢いところはあるが、精神的に割と幼い部分もある。まだ少年くらいか?
「分かった。じゃあ、お前と少し話がしたい。まずは自己紹介したらどうだ?俺の事はだいたい知ってるよな?」
「知ってるさ。エデンの記憶は全て把握してるからな」
 多重人格者の事はよく解らないが、エデンとカザンのシステムはそういう事になっているらしい。
「歳は、お前が感じた通りさ」
「……」
 勘が良いな。少年て事で間違い無いようだ。
「役割的には何を担ってる?」
 確か、他人格てのは各々に役割があり、意味があって行動していると聞いた。
「僕にはエデンの不利に立ち向かう役があってね。まあ、エデンを守る守護霊てとこ」
「なるほど。それで、どういうタイミングで人格が切り替わるんだ?」
「それはエデンの心の動き次第だし、僕がエデンに危険を感じても切り替わる。要は気まぐれさ」
「なるほど」
 水をかけたら正気に戻るとか、そんな簡単な話では無いらしい。
「それで、今はエデンに不利な状況?エデンに危険が差し迫ってる?エデンに心の健康が戻れば人格は切り替わるんだろ?」
「アッハッ、それ、本気で言ってる?」
 ワンテンポ遅れてカザンが失笑した。
「トラウマの再来と杉山さんの死でエデンの心の均衡が崩れてお前が出て来たんだろ?」
「お前は自分自身がエデンの脅威になってるとは考えないのか?」
 カザンは笑い過ぎて滲んだ目尻の涙を手で拭う。
「俺はエデンを傷付けようとか危険にさらそうなんて思っちゃいないし、そんな事、した事が無い。それにエデンにとっては俺の元に居る方が何不自由無い暮らしが出来るし、不利どころか優位な人生が送れるじゃないか。感情論抜きに、お前の目で客観的に見てもそうだろ?」
「そうだね、感情論抜きにしたら、全くもってその通りだ。王配様の元で静かに暮らしてさえいたらエデンは安泰だ。でも僕は貴方の妻を怒らせてしまったから、ここに居たら虐められちゃうかも」
 カザンはソファーで脚を伸ばし、大きく伸びをした。
 俺の妻を恐れている人間の態度ではないようだが。
「まあ、言ってきかせてはおくけど」
「なかなかマスオさんの立場では難しそうだね」
「上手くやるさ」
 実際、頭の痛い問題ではあるけど。
「よろしく。じゃあ、互いにより良い生活を送る為にルールを設けない?」
「ルール?」
 何だかきな臭いな。
「そう。ルールさえ守ってくれたら僕……もとい、エデンはここに留まるよ」
「例えば?」
 魅力的な提案に俺は興味を唆られた。
「1つは、人格の切り替えを強制しない。エデンの心の負荷を考えて、自然な成り行きに任せるんだ」
「分かった。待つ」
「気長にね」
「……」
 いつまで待てば?
 俺は少し不安になる。
「後は、もう少し自由を」
「今のこの状況でエデンやお前を信用しろと?」
 脱走した直後に言われてもね。
「城の敷地内でだけで良いから、図書館に行ったり、乗馬をしたり、国定公園内を適度に散歩させてほしい。勿論、GPS無しで」
「それは……」
 流石にそれは心配過ぎる。
「僕はエデンを守る為にいるんだ、自殺の心配は無いよ」
 確かにエデン(宿主)に危険が及べば間違いなくカザンがそれを阻止するだろう。そこら辺の信頼度は高い。それに部屋に監禁してストレスを溜められても困るし、それがもとでまた脱走を図られるのも良くない。それならルール内で自由にさせた方がウィンウィンか。
「分かった。ただ、建物を出る時はちゃんと連絡して」
「いいよ。それからエデンに性的な事は強要しない」
「約束は出来ない」
 だってエデンは俺の愛人だ。
「エデンが嫌がってる」
「杉山さんはした」
 俺はムッとして口を尖らせる。
 今すぐエデンとしたい訳じゃないけれど、杉山さんが許されて僕が許されないのは許せない。
「杉山さんの事は嫌がってなかった」
 図星過ぎて俺は更にムッとした。
「お前はエデンの心の中まで覗けるのか?」
 俺はエデンに嫌われているけれど、時間をかければいつかはエデンだって少しくらいは……
「僕はエデンだよ?でもエデンは僕じゃない」
「なんだよ、ナゾナゾか何かか?」
 回りくどい話は好きじゃない。
「僕はエデンの全てを把握してるけど、エデンはそうじゃない。エデンは僕の経験を共有してる訳じゃないんだ」
「じゃあエデンにはカザンでいる時の記憶は無いのか?」
「基本的にはそうだけど、それも、エデンに必要とあれば僕が彼女に状況を教える。全ては僕次第ってとこだね。ケースバイケースさ」
「……あぁ、そう」
 ぶっちぎりですっげー厄介。
 けど交渉の余地はあるな。
「じゃあ寧ろ俺がエデンの知らない間に献上の儀を済ませたら、エデンはトラウマを思い出さなくて済むんじゃないか?」
「アッハッ、お前、僕とやりたいの?」
 こいつ、人を馬鹿にした様に笑うな。
「違う、エデンとやるんだ」
「エデンは入れ物の名前じゃないよ」
「僕はエデンで、エデンは僕じゃないって言ってたろ?」
 自分でも訳が解らなくなりそうだが、根本は『エデン』だ、と思いたい。俺も、杉山さんへの対抗心で引くに引けなくなっていた。
「確かに言ったし、僕がエデンの危機管理を統括しているから、言ってしまえば全て僕次第な訳だけど、僕も、やるなら杉山さんでないと。お前は好みじゃない。エデンが嫌がるから僕に交渉を持ち掛けたんだろうど、残念だったね」
「別に、お前が相手だったら今、こうして無理矢理犯してもエデンは傷つかないって事じゃないか」
『こうして』と言いながら俺はソファーの肘掛けにカザンを押し倒した。
 間近でまじまじと見てもやはり見た目はエデンそのものなんだけど、やってみたらやっぱ違った、なんてギャップを感じるのだろうか?
 そもそもカザンはエデンの一部で、彼女の概念だ、大まかに見て『エデン』じゃないのか?
 いくら脳内がカザンでも、遺伝子はエデンなんだし。
「俺に犯されてエデンがショック受けない為にもお前はエデンにヤられた事実を話せないんだよな?」
 このカザンの総括システムを逆手に取ればそういう事になる。だったらそれを利用しない手はないじゃないか。
「僕に我慢を強要する気?僕、に」
「概念が男ってだけで、体は女じゃないか」
 俺は証明する様にカザンのシャツの胸元を人差し指で広げた。
 軟かそうな丘陵が少しだけ顔を出し、俺の触手を煽る。
「ゲスだな。女を酒で酔わせて無理矢理犯す性犯罪者と何ら変わらない。そういうところが杉山さんとの決定的な違いなんだよ」
 下から見上げるカザンの視線が『エデンの上目遣い』に見えて俺の体温が少しだけ上がった。
「俺はちゃんとエデンのブレーンと交渉してるじゃないか。お前がエデンの概念なら、お前の決定はエデンの決定と同じだ」
「そのブレーンが拒否してますけど?」
「エデンの体に怪我を負わせたくなかったら、黙って俺を受け入れるのもブレーンの仕事じゃないか?」
 乗りかかった船というか、自分でも何処までが冗談か解らなくなってきた。ただ1つだけ言えるのは、あわよくば、てやつだ。
 我ながら汚い手だ。
 けれどエデンがエデンなままに抱けるのなら、始めから苦労はしていない。
「そもそもエデンに何不自由無い平和な暮らしを送らせてやりたいからルールを設けて俺の愛人として生きていくって決めたんだろ?なら献上の儀は不可避じゃないか」
「献上の儀なんて、エデンは処女じゃないんだから、やらなければやらなくてもいい筈だろ?」
 カザンは俺の不躾な手を払い除けた。
「そうもいかないさ、形式的にはやらないと。ただ見届け人がうっすいカーテン越しに見学してるから、血の着いたシーツの提出はなんとかなるとして、やらない訳にはいかないけど?」
 とかなんとか笑。
 自分でも必死で笑ける。
「……なるほどね。完全に理解した。一理ある。だからって無意味に今やる必要は無い」
 カザンは暫く考えた後、納得して俺の口車に乗ってきた。
「練習したら?」
 俺が嘯くと、カザンは片腕で下から俺の胸元を押し返す。
「ぶん殴るよ?」
 軽蔑の眼差しはエデンそのものなんだけどなあ。
「分かったよ、それで充分だ。欲は出さない」
 俺は両手を上げてカザンの上から退く。

 そしてカザンは1ヶ月後に献上の儀を執り行うものとして合意した。

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