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アンノウン2

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 あの半地下に入ると、当時の凄惨な光景がまざまざと脳裏に蘇った。
 歯を食いしばって凌辱に耐えた日々、その果に監禁され、ドアの隙間から差し込む光を絶望的な思いで眺めていた。年上だから、男だから僕が何とかしなきゃ、取り乱す事も泣き叫ぶ事も許されなかったけれど、その実、エデンは僕の希望になっていた。僕はどうなっても、エデンさえ助かってくれれば僕は──

 そして僕はエデンの概念となった、とさ。

 ──なんて、綺麗な話では纏められないか。
「生き残った方も地獄だっただろう。ごめんね、エデン。希望を押し付けてごめん。罪悪感を植え付けてごめん」
 そう僕は小声で懺悔した。
「大丈夫、あれは全て僕が経験した事で、君の経験じゃない。苦しみの感情全てを僕が引き受けるよ」
 それでもエデンは杉山さんとの情事や彼の死が引き金となって全てを思い出してしまった。そのおかげで僕が暗躍する事になった訳だけど、こうなったら全力でエデンを演じて彼女を幸せにしてやりたい。だって僕はあの時、ここでエデンを守るって決めたんだもの。
「例え僕が鬼になろうと、悪魔になろうと、ね」
 僕は当時壁を背に2人で座っていた場所に立ち、真正面に見える出入口を眺める。
「ドアが開いてる」
 最後にエデンだけが見た光景だ。でも不思議なもので、僕自身の脳裏にもそれが焼き付いている。生身の僕が知り得ないエデンの記憶、又はエデン自身すら知り得ない彼女の記憶も全て僕が経験したかの様に流れ込み、エデンが産まれてからこれまで、相当抑圧されて生きてきた事が窺えた。
「可哀想な人だ」
 僕は足元にあった骨の断片を拾う。
「誰の骨だろう?」
 足元には煤けたペンダントも落ちている。
「誰の遺品だろう?」
 ここでは沢山の民間人、捕虜達が亡くなった。何がどれやら何も判らない。
 僕はその骨を持ったまま半地下を出ると、それをそっと出入口に置いた。
「漸く出られたよ、誰かさん」
 そう言って僕はそこを後にした。

 それから僕は近くの公園を訪ねる。ここはその地区で戦死した遺体を埋葬した簡易墓地になっている。戦時中はそこら中で亡くなった人々を浅く掘られた公園に纏めて埋めていたのだ。広い公園のあちこちが盛り土でモーグルのコブみたいになっており、名無しの墓標が沢山見受けられた。

 この何処かに『僕』が埋まっている。

 ひとつひとつ、僕は歩きながら墓標の名前を確認していく。
「暗くて見づらいな」
 目を凝らし、沈みゆく夕日に急かされながら急ぎ足で墓標を見て行くと、ある1つの墓標の前で立ち止まる。
「あった」

『カザン』

 墓標にはそれだけが書かれていた。
「杉山さんが建ててくれたのか」
 杉山さんはエデン救出当時、彼女が口にした僕の名前をそのまま墓標にしてくれたらしい。
「良い人を好きになったね、エデン」
 僕は持参した花を墓前に手向ける。
「自分の墓に花を手向けるなんてね」
 僕はフッと自嘲した。
「本当に死んじゃったんだ」
 不思議な気持ちだ。
「よく頑張ったね」
 そう言って僕は、僕を労った。

「安らかに」

 僕は合掌し、頭を垂れた。

 そこから僕は来た道を途中まで戻り、郊外にある総合病院を訪ねる。その頃にはとっぷりと日も沈み、外来受付はとうに過ぎていたが、僕はナースステーションに問い合わせ、入院しているミクの病室まで来た。
 コンコン
 一応、ノックはしたが返事は無い。
 ミクの意識は戻ったと聞いていたが、まだ朦朧とした状態なのかもしれない。
 僕は構わず戸をスライドさせ、その個室に入ると、ベッドがある場所はぐるりとカーテンで覆われていた。
「ミク、お出掛けしよう」
 そう言いながら僕がカーテンを思い切り開けると、そこにミクの姿は無く、代わりに──

 氷朱鷺が座っていた。

「──なんだ、勘の良い奴だな」
 思わず本音が口をついて出る。
「こんな時間に1人でお見舞いなんてね、まるで妹を連れて逃亡するみたいじゃないか」
 氷朱鷺の声は穏やかだったが腹の底では何を考えているやら、あの淀みきったガラスの目が僕を脅している様に見えた。
「全てお見通しなんですね。ミクは?」
 まさかここ(病院)で待ち伏せするとは、食えない奴。
「ミクは別の病院に移した」
「なんで私がここに来るって分かったんですか?」
「貴方の様子がおかしかったから。きっと、わざとミクを城から出して、その後でここに迎えに来るだろうと思ってね。その為にミクの首を締めたんでしょ?」
「いいや、ネックになってる大元を殺してから城を脱出しようと思ったけど、思わぬ足手まといが息をふきかえしたから仕方無く迎えに来たんですよ」
 ミクの事は、エデンの足枷になるから殺そうと思っていたが、直前でエデンの意志が働き、結果、こういった事態になってしまった。
 やはりエデンに害を成す足手まといは殺しておくんだった。
「エデンは絶対に家族を手にかけたりしないんだけどなあ?」
 氷朱鷺がこれみよがしに言った。
 こいつ、さては……
 ピンときた。

「そうだろ、カザン」
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