44 / 63
アンノウン
しおりを挟む
僕は僕の守りたい女の子の為に出て来た。彼女が受けるであろう傷を全て担うのが僕の役目。
それで、僕が誰かって、それは追々判る事で、今はそんな場合じゃない。
今は、エデンの部屋に訪ねて来るであろう人物を朝からずっと待っている。
「遅いな。おいおい、チャンスは氷朱鷺の奴が戻る昼までだぞ?」
折り紙をする手に力が入る。
「絶対に氷朱鷺の留守を狙ってやって来る筈なんだけどな」
ガチャンッ!
玄関のドアの鍵が開く音がした。
「キタッ!!」
飛んで火に入る夏の虫だな。
僕は座っていた床から玄関まで猛ダッシュしてドアが開けられるのを待つ。
来たよ、キタキタ、協力者。
僕がここから脱出する唯一の手立てを持つ人物。そいつがドアを開けた。
「待ってましたよ、ヤサカ王女様」
僕に憎悪を抱く女性、ヤサカがそこに共も付けずに立っていた。
「まるで私が来るのを分かっていたみたいね?」
ヤサカは僕の肩を押して勝手に室内に侵入するとふてぶてしくソファーに座って両腕両脚を組んだ。
いいね、お冠だ。怒り心頭ってとこか。
僕がリビングへ行くとヤサカはタバコに火を着けた。
「換気して」
「タバコをお吸いになるんですね」
僕は言われるがままベランダの窓を開ける。
「吸わないわ」
その割美味しそうに吸うところを見ると、たまにこっそり吸ってストレスを発散しているんだろうな。
「王配様の留守を狙って私に根性焼きを入れに来たんですね」
「そうよ」
女子校のイジメみたいな事をするな。
「でも私の体に痕が残って王配様にバレたら、王女様は王配様からお叱りを受けるのでは?ともすれば愛想を尽かされるかも」
「だったら見えない所にやるわよ!!」
ヤサカはまるで山が噴火するみたいに激昂した。
短絡的で感情的で刹那的だ。己の感情のみに突き動かされてるって感じだ。だからこそこの女は、僕がちょっとつつけば氷朱鷺の留守を狙って必ずエデンをいじめに来ると思っていたんだ。
「王配様は私の体の隅々までご覧になられますけど?」
バンッ!!!!
何の前触れもなくヤサカが目の前のテーブルを蹴飛ばした。
おっとー
エデンが調教師講習で習った通り、ヒステリックな女らしいな。
「あんたみたいな女、穴に火の着いたタバコでも突っ込んでやるわよ!!!!」
ヤサカはタバコの灰が溢れ落ちるのも気にせず立ち上がってズカズカと僕の目の前に詰め寄った。
「王女命令よ、尻を出して四つん這いになりなさい」
「私が王配様に告げ口しないとでも?」
「言ったら殺す」
小学生かよ。
「私が死んだら王配様も後を追うと思いますけど?」
「そんな馬鹿な話──」
あるんだな~
「貴方が私を憎むのは解りますが、そんな衝動的に傷害事件を起こしてもお互いに建設的ではないじゃないですか。なのでここは1つ取引をしませんか?」
「取引?」
ヤサカは眉を寄せ、顎を突き出して腕を組んだ。
傲慢な女だな。
「貴方は私が目障りで仕方が無い」
「そうよっ!!」
ヤサカが食い気味に言い放つ。
直情的だ。
「忌々しくて今すぐ目の前から消えて欲しい?」
「当たり前でしょっ!!」
ヤサカはいちいち声を張り上げ、僕は彼女の血圧がちょっと心配になる(笑)
「じゃあ、貴方がここを開けっ放しにしている間に私はここを出て行きます」
「脱走の手助けをしろと?」
ヤサカは燻っていたタバコを窓から外へポイ捨てした。
「いえいえ、今日はたまたまドアに何かが挟まってオートロックがきかなかった、そういう事です。ただ王女様はここを開け放して出て行き、関所の警備兵に言伝だけしていただければ、私は勝手にここを出て行きますよ。その方がお互いの身の為でしょう?」
ヤサカは氷朱鷺から嫌われるのを最も恐れている。彼女にとって悪い話じゃない筈だ。
「氷朱鷺には私が協力したとバレない?」
ようやく乗ってきたか。
「まさか、私を憎んでいる人物が私に手を貸すとは誰も思いませんよ。関所の警備兵だって、王配と王女、立場の強い側につくだろうし、王女様が根回しした事は口が裂けても言わないかと」
「……」
「早くしないと菖蒲がここに遊びに来ちゃうかもしれませんねぇ」
僕はこれみよがしにチラッと視線を送る。
「……いいわ」
ヤサカは暫く考え込んだ後、首を縦に振った。
ヨシッ!!
「関所の警備兵に私のGPSを壊させるのも忘れずに」
これで1つ目の問題は解決した。
次は──
あの足手まといを連れ出さないとなあ。
「じゃあ王女さん、グッドラック!」
僕は片手を上げて軽快に部屋を後にした。
「楽勝。ちょろこいもんだな」
まるで脱出ゲームをしているみたいに楽しかった。
関所に着くと、ヤサカの手配により警備兵は僕の足のGPSを外し、見ないふりをして外界へのゲートを開けてくれた。
「ハハ、ありがとう、グッドラックグッドラック!」
僕の足取りは軽い。
貧乏だけど、平和な世の中で好きに暮らしたい。僕はエデンの園へ行くんだ。
「何の波もなくて、退屈で、誰からも傷付けられない安全な暮らしが出来る」
僕は楽し過ぎてヒャッハーなんて声まで出していたかもしれない。
けれどそこで思わぬアクシデントが──
「エデン様」
背後から『今の』僕を呼ぶ声がした。
僕が関所を出てたった数メートルの所だった。
関所の裏手に杵塚がいたのだ。
「エデン様、お待ちを」
翼を折られた気分だ。
僕は振り返らずに止まった。
「私はまた捕まるんですね。やっと焦げた半地下から脱出出来たと思ったのに、逆戻りだ」
「……」
杵塚が無言のまま僕の背後に近付いて来たのがわかった。
もはやこれまでか。最終手段のプランBはあまり気がすすまないんだけどなあ。
脱走はする。でも往生際悪くみっともない抵抗はエデンが良しとしない。
僕が両手を上げると、杵塚は後ろからその手に紙切れの様な物を握らせた。
「?」
手を広げて見てみると、それは紙切れではなく数枚の万札だった。
「え?」
「先立つ物が無いと苦労しましょうから。氷朱鷺様には、エデン様に逃げられました、とだけ伝えておきます」
それはつまり、見逃してくれるのか?
「どうしてですか?」
ここまでしてもらう義理は無いが。
「エデン様には心より幸せになっていただきたいと思ったんです」
こいつ、イイヤツだな。
堅苦しい口調と雰囲気をしているけれど、当然ながら同情心のある奴に悪い奴はいない。
「そうですか。じゃあ、私からもチップを」
そう言って僕は受け取った万札の1枚を杵塚の胸ポケットに押し込んだ。
「えっ」
当たり前だけど杵塚は戸惑っている。何故ならそれは杵塚の金だから。
「アッハッ、グッドラックグッドラック!」
僕は踵を返して後ろ手に大きく手を振った。
いやー良い事をすると気分が清々しい。
多少、すっちまったが、残りの金でなんとかなろう、グッジョブ杵塚!
「さあて、次……の前に花を買って寄り道しないと」
それから僕は王室の広大な敷地を離れて公道に出ると、バスに乗って街を抜け、田舎の原風景を走る鉄道に無賃乗車で飛び乗った。果樹園を抜け、田園を抜け、海岸沿い、山並み、あらゆる風景をひた走り、やがて景色が荒廃し始めた頃に列車は終電となる。
随分遠くまで来たものだ。一面の焼け野原が夕焼けで赤く染まってしまった。
誰もいない瓦礫の町を夕日を背に突き進む。どんよりとした町並みもそうだが、自分のひょろ長い影がスレンダーマンみたいで薄気味悪い。視覚効果か、自分がたてているジャリジャリとした足音すらおどろおどろしい。
いざ『あの場所』に近づくと僕の足取りは極端に重くなり、そこに到着した途端、完全に足が止まった。
僕が来たのは、エデンが捕虜として凌辱されたあの半地下のシェルター。
僕がエデンに食べられた場所だ。
それで、僕が誰かって、それは追々判る事で、今はそんな場合じゃない。
今は、エデンの部屋に訪ねて来るであろう人物を朝からずっと待っている。
「遅いな。おいおい、チャンスは氷朱鷺の奴が戻る昼までだぞ?」
折り紙をする手に力が入る。
「絶対に氷朱鷺の留守を狙ってやって来る筈なんだけどな」
ガチャンッ!
玄関のドアの鍵が開く音がした。
「キタッ!!」
飛んで火に入る夏の虫だな。
僕は座っていた床から玄関まで猛ダッシュしてドアが開けられるのを待つ。
来たよ、キタキタ、協力者。
僕がここから脱出する唯一の手立てを持つ人物。そいつがドアを開けた。
「待ってましたよ、ヤサカ王女様」
僕に憎悪を抱く女性、ヤサカがそこに共も付けずに立っていた。
「まるで私が来るのを分かっていたみたいね?」
ヤサカは僕の肩を押して勝手に室内に侵入するとふてぶてしくソファーに座って両腕両脚を組んだ。
いいね、お冠だ。怒り心頭ってとこか。
僕がリビングへ行くとヤサカはタバコに火を着けた。
「換気して」
「タバコをお吸いになるんですね」
僕は言われるがままベランダの窓を開ける。
「吸わないわ」
その割美味しそうに吸うところを見ると、たまにこっそり吸ってストレスを発散しているんだろうな。
「王配様の留守を狙って私に根性焼きを入れに来たんですね」
「そうよ」
女子校のイジメみたいな事をするな。
「でも私の体に痕が残って王配様にバレたら、王女様は王配様からお叱りを受けるのでは?ともすれば愛想を尽かされるかも」
「だったら見えない所にやるわよ!!」
ヤサカはまるで山が噴火するみたいに激昂した。
短絡的で感情的で刹那的だ。己の感情のみに突き動かされてるって感じだ。だからこそこの女は、僕がちょっとつつけば氷朱鷺の留守を狙って必ずエデンをいじめに来ると思っていたんだ。
「王配様は私の体の隅々までご覧になられますけど?」
バンッ!!!!
何の前触れもなくヤサカが目の前のテーブルを蹴飛ばした。
おっとー
エデンが調教師講習で習った通り、ヒステリックな女らしいな。
「あんたみたいな女、穴に火の着いたタバコでも突っ込んでやるわよ!!!!」
ヤサカはタバコの灰が溢れ落ちるのも気にせず立ち上がってズカズカと僕の目の前に詰め寄った。
「王女命令よ、尻を出して四つん這いになりなさい」
「私が王配様に告げ口しないとでも?」
「言ったら殺す」
小学生かよ。
「私が死んだら王配様も後を追うと思いますけど?」
「そんな馬鹿な話──」
あるんだな~
「貴方が私を憎むのは解りますが、そんな衝動的に傷害事件を起こしてもお互いに建設的ではないじゃないですか。なのでここは1つ取引をしませんか?」
「取引?」
ヤサカは眉を寄せ、顎を突き出して腕を組んだ。
傲慢な女だな。
「貴方は私が目障りで仕方が無い」
「そうよっ!!」
ヤサカが食い気味に言い放つ。
直情的だ。
「忌々しくて今すぐ目の前から消えて欲しい?」
「当たり前でしょっ!!」
ヤサカはいちいち声を張り上げ、僕は彼女の血圧がちょっと心配になる(笑)
「じゃあ、貴方がここを開けっ放しにしている間に私はここを出て行きます」
「脱走の手助けをしろと?」
ヤサカは燻っていたタバコを窓から外へポイ捨てした。
「いえいえ、今日はたまたまドアに何かが挟まってオートロックがきかなかった、そういう事です。ただ王女様はここを開け放して出て行き、関所の警備兵に言伝だけしていただければ、私は勝手にここを出て行きますよ。その方がお互いの身の為でしょう?」
ヤサカは氷朱鷺から嫌われるのを最も恐れている。彼女にとって悪い話じゃない筈だ。
「氷朱鷺には私が協力したとバレない?」
ようやく乗ってきたか。
「まさか、私を憎んでいる人物が私に手を貸すとは誰も思いませんよ。関所の警備兵だって、王配と王女、立場の強い側につくだろうし、王女様が根回しした事は口が裂けても言わないかと」
「……」
「早くしないと菖蒲がここに遊びに来ちゃうかもしれませんねぇ」
僕はこれみよがしにチラッと視線を送る。
「……いいわ」
ヤサカは暫く考え込んだ後、首を縦に振った。
ヨシッ!!
「関所の警備兵に私のGPSを壊させるのも忘れずに」
これで1つ目の問題は解決した。
次は──
あの足手まといを連れ出さないとなあ。
「じゃあ王女さん、グッドラック!」
僕は片手を上げて軽快に部屋を後にした。
「楽勝。ちょろこいもんだな」
まるで脱出ゲームをしているみたいに楽しかった。
関所に着くと、ヤサカの手配により警備兵は僕の足のGPSを外し、見ないふりをして外界へのゲートを開けてくれた。
「ハハ、ありがとう、グッドラックグッドラック!」
僕の足取りは軽い。
貧乏だけど、平和な世の中で好きに暮らしたい。僕はエデンの園へ行くんだ。
「何の波もなくて、退屈で、誰からも傷付けられない安全な暮らしが出来る」
僕は楽し過ぎてヒャッハーなんて声まで出していたかもしれない。
けれどそこで思わぬアクシデントが──
「エデン様」
背後から『今の』僕を呼ぶ声がした。
僕が関所を出てたった数メートルの所だった。
関所の裏手に杵塚がいたのだ。
「エデン様、お待ちを」
翼を折られた気分だ。
僕は振り返らずに止まった。
「私はまた捕まるんですね。やっと焦げた半地下から脱出出来たと思ったのに、逆戻りだ」
「……」
杵塚が無言のまま僕の背後に近付いて来たのがわかった。
もはやこれまでか。最終手段のプランBはあまり気がすすまないんだけどなあ。
脱走はする。でも往生際悪くみっともない抵抗はエデンが良しとしない。
僕が両手を上げると、杵塚は後ろからその手に紙切れの様な物を握らせた。
「?」
手を広げて見てみると、それは紙切れではなく数枚の万札だった。
「え?」
「先立つ物が無いと苦労しましょうから。氷朱鷺様には、エデン様に逃げられました、とだけ伝えておきます」
それはつまり、見逃してくれるのか?
「どうしてですか?」
ここまでしてもらう義理は無いが。
「エデン様には心より幸せになっていただきたいと思ったんです」
こいつ、イイヤツだな。
堅苦しい口調と雰囲気をしているけれど、当然ながら同情心のある奴に悪い奴はいない。
「そうですか。じゃあ、私からもチップを」
そう言って僕は受け取った万札の1枚を杵塚の胸ポケットに押し込んだ。
「えっ」
当たり前だけど杵塚は戸惑っている。何故ならそれは杵塚の金だから。
「アッハッ、グッドラックグッドラック!」
僕は踵を返して後ろ手に大きく手を振った。
いやー良い事をすると気分が清々しい。
多少、すっちまったが、残りの金でなんとかなろう、グッジョブ杵塚!
「さあて、次……の前に花を買って寄り道しないと」
それから僕は王室の広大な敷地を離れて公道に出ると、バスに乗って街を抜け、田舎の原風景を走る鉄道に無賃乗車で飛び乗った。果樹園を抜け、田園を抜け、海岸沿い、山並み、あらゆる風景をひた走り、やがて景色が荒廃し始めた頃に列車は終電となる。
随分遠くまで来たものだ。一面の焼け野原が夕焼けで赤く染まってしまった。
誰もいない瓦礫の町を夕日を背に突き進む。どんよりとした町並みもそうだが、自分のひょろ長い影がスレンダーマンみたいで薄気味悪い。視覚効果か、自分がたてているジャリジャリとした足音すらおどろおどろしい。
いざ『あの場所』に近づくと僕の足取りは極端に重くなり、そこに到着した途端、完全に足が止まった。
僕が来たのは、エデンが捕虜として凌辱されたあの半地下のシェルター。
僕がエデンに食べられた場所だ。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
10
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる