王女への献上品と、その調教師

華山富士鷹

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エデンの目論見

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 最近のエデンが何を考えているのかサッパリ解らない。
 今日は早朝から第1王子の春臣と姉妹国の外交に来ていた、訳だ、が、すっかり破天荒になってしまったエデンの事が気掛かりで相手国の老いた国王夫妻の話が全く頭に入ってこないでいた。

「おい」

 国王夫妻に城の庭園を案内される道すがら、図体のでかい春臣から軽く脚を蹴られる。
「いたっ……何ですか?お義兄さん」
 春臣とは王配になった折に公式な挨拶を交わしたきりだったが、キリッと整った掘り深男前な顔が不機嫌そうに歪められていた。
 柔和な雰囲気の杉山さんとは真逆の、お堅い漢なイメージの男だ。趣味が格闘技や鷹狩という事で体格も良いし、ふんどしや和太鼓が似合いそうな硬派な見た目をしていて俺と違って雄味が強い。年齢は確かエデンと同じくらいで、伴侶はまだいない。
「ゆくゆくはお前ら夫婦がここを継いで統治するんだ、真面目に話を聞いたらどうなんだ?」
 春臣は抑え気味ではあるがぶっきらぼうにそう言った。
「お義兄さんに子供が出来なくて私達夫婦に王子が産まれたら、ここを継ぐのはまた別の方になるじゃないですか」
 ここは通常、本国を継げなかった王位継承権上位の者が継ぐサブ物件の1つだ、俺達夫婦に王子が産まれて王位を継承してしまえば独身である春臣が継ぐ可能性だって充分にある。因みにここの国王は春臣の父親である現国王の弟にあたる人物だ。子供が出来なかった為、王族の誰かにこの小さな国と城を明け渡す事になっている。
「それは俺が衰退して退位してからの話だろ。今は俺が王位継承権第1位だ」
「まあ、確かに、仮住まいにはなるかもしれませんね」
 正直、俺と春臣は折り合いが悪い。愛想が無いところは似た者同士なのでどちらも相容れないのだ。
「……」
「……」
 関係者一同の靴音と優しい旋毛風の音だけが響く。
「ここは妻が監修した植木の迷路でして、城のテラスから見下ろすと迷子になっている訪問者を観察する事が出来るんです。面白いでしょう?」
 国王から薔薇の咲き誇った見事な植木の迷路を紹介されるが、俺の頭の中はエデンの事でいっぱいだった。
 エデンのあの振る舞いはいつまで続くんだろう?
 やはりちゃんとしたカウンセリングとか精神科に連れて行くべきか?
 本人が嫌がりそうなものだけど。
 ミクはミクで外の病院に入院したきりだし、お見舞いと称して騙し討で精神科を受診させるか?
 外からカウンセラーや精神科の医師を入れるのも変な噂がたちそうでエデンに良くないし。
 今は何やってんのか……ペットカメラでも設置しておくんだった。
 今朝俺が部屋を訪れた時はぐっすり眠っていたが、俺の留守中、大人しく折り紙でもしててくれればいいんだけど。
「お前、側近の杵塚はどうした?」
 庭を散策中、春臣からまた脚を小突かれた。
 なんだ、偉そうな奴だな。
「置いてきました」
 他人とはあまり不必要なコミュニケーションなんかとりたくないのに、面倒だな。
「なんで?」
 面倒くさっ。
「目にかけている献上品に何かあった時の為に……」
 俺はボンヤリし過ぎてつい口を滑らせた。
「色恋に陶酔とは馬鹿馬鹿しい話だ」
 呆れるくらいなら聞くなよ、面倒くさいな。
「……」
 何も言う気になれなかった。
 直系の春臣には、エデンを手に入れたくてここまで上り詰めた俺の心情なんて逆立ちしても解るまい。
 エデンが全て。
 エデン以外何も欲しくない。
 エデン命。
 自分でも異常なのは分かっているが、愛故の執着なのだ。特定の人物しか愛せないパラフィリアの持ち主なのかも。万里の事だって、エデンの遺伝子が無ければ興味すら持たなかった。

 ……これ、俺がカウンセリングを受ける必要がないか?

 ──それはさておき、エデンはどうして大事にしてきた妹のミクを殺そうとしたんだろう?
 喉仏を潰しにきてたから、やっぱりあれはどう見ても殺意があったよな?
 俺は熟考しながら植木の迷路を1人で突き進んで行く。
 エデンは、家族は呪縛だったと言っていたけど、本音はそうでも、献上品として独り立ちしたミクをわざわざ始末する必要なんかあったか?
 殺るならパラサイトの両親の方だろ。
 まあ、離れているから、面会させたらミクと同じ事になるかもしれないが……でもそれなら、ミクより両親と会う事を要求する筈じゃないか?
 別に会おうと思えば俺がいくらでも手配した訳だし、現にこの間面会している。
 何故、ミクなんだ?
 それになんでエデンはわざとヤサカの神経を逆撫でする様な振る舞いをしたんだ?
 ヤサカへのヤキモチなんて絶対に無いだろ。

 エデンは嘘をついてる。

 これは間違いない。
 ただ、その嘘やこれらの異常行動全てに意味があるとすれば、一体何を目論んでいるのか?
 相次ぐ愛する人達の排除によりエデンの頭のネジが飛んだだけとも捉えられるけど、これは少し事情が違う様な気がする。だってエデンは人格が変わって狡猾になった気がするし。そう思うとエデンの天真爛漫な子供っぽい振る舞いも演技に思える。本当は強かで虎視眈々と何かの機会を狙ってるんじゃないか?
 機会……
 思い当たるのは2つ。

 1つは俺の寝首をかく事。

 子供返りと見せかけて俺を油断させているとか?
 あり得過ぎる。自慢じゃないが心当たりしかない。しかも俺はエデンから度々殺されかけているし。
 でももしそれがそうなら、特段どうしようという事でもない。俺が一生気をつければ良いだけだ。
 だったらもう1つは──

 脱走しかない。

 でもエデンの例の行動と脱走に何の関連性が?
 それに献上品はそうやすやすと城から外に出られないし、エデンに限っては俺の権限が無いと城の関所は越えられない。仮に例え菖蒲がエデンの脱走を手助けしても関所で捕まるか、警備兵に連行される。GPSだってあるし、あれは鍵か工具が無いと外せないだろうし、そもそもあの部屋にだって鍵が掛かっている。あれは俺が持つ鍵か、管理人が持つマスターキーでしか開けられない。
 そうだ、いくらエデンに協力者がいようと脱走なんて絶対の絶対に無理だ。それにエデンに協力者する者なんか──

「いない」

 俺は角を曲がった先で植木の壁にぶち当たり、歩を止めた。

 いや、待て、協力者(同士)なんて最初から必要なかったんじゃないか?
 胸騒ぎがした。
 一つ一つのタイミングが全て計算されたものだとしたら、エデンは俺が城を留守にするこの日を脱走の日に選ぶだろう。
「まずいな」
 謎が解けてしまった今、俺はすぐにエデンを捕まえに行かないと、彼女を失う事になる。
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