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エデンという名の誰か2

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 俺と杵塚は顔を見合わせ、オートロックのドアを持っていたマスターキーで解錠して2人で中に飛び込んだ。
「グ、グググググ……」
 飛び込むなり、部屋でミクがエデンによって首を絞められ白目を剥いてヨダレを垂らす姿が目に入る。
「はぁっ⁉」
 あの家族思いのエデンが妹に牙を剥く姿は、現実、目の前でその光景を見せつけられても尚、信じ難いものだった。
 何で?
 何があった?
 沢山の疑問符が頭に浮かんだが、それを深堀りする猶予も無く、俺と杵塚は慌ててエデンからミクを引き離さそうとする。
「エデン!妹相手に何やってるんだよ!」
 まさか一瞬で妹の顔を忘れたとは言うまい。
「こいつが妹だって?笑わせる。パラサイトじゃないか」
 エデンは笑いながらミクの喉仏に両手の親指をつき立てている。ミクの方は抵抗も敵わずだらんと両腕を投げ出していた。
 これは兄弟喧嘩というレベルじゃない。
「エデンッ!!」
「エデン様!」
 男2人がかりでもなかなかエデンを引き離せない。
 なんだよ、これ、凄いパワーだ。
「な、んて馬鹿力して、ん、だっ!!」
 俺だってジム通いで培ったそれなりの筋肉がある。杵塚に至っては俺より上背があるというのに、細腕のエデンの力に圧倒されている。
 マジでミクを殺す気か⁉
 やっとの事でエデンからミクを引き離すと、ミクはだらりと杵塚に凭れ掛かり意識が無い。そして首には酷い痣が。
「杵塚、すぐ医務室に──」
「大事になっても救急車を呼んだ方が良い。ここじゃそいつは助からない。喉を潰してやったからね」
 エデンは悪びれるでもなく一仕事終えた様な素振りだ。
「杵塚、救急車」
 俺が言い終わるより先に杵塚はスマホで救急車を手配していた。
「自分でやったんじゃないか」
 俺がエデンを責める様にそう言うと、彼女は口をへの字にして肩を竦める。
「あんまり生意気でつい」
「ついってレベルじゃないだろ?」
「ついはついですよ」
「エデン、最近おかしくないか?」
 性格が明らかに真逆になってるじゃないか。
「何がですか?」
 今度は両手を上げて肩を竦めた。
「誰よりも家族を大切にする人だっただろ?」
 それはまるで慈愛に満ちた聖母の如き女性だったのに、今は子悪魔、いや、悪魔だ。
「私にとって家族は責任であり義務で、呪縛でもあった……万里と杉山さんを除いてはね」
「杉山さんは違うだろ?」
「家族になる筈の人だった、かな。残りの形式的なファミリーはさ、向こうの出方次第ですよ」
『形式的なファミリー』とか『向こう』とか、まるで他人事だな。
「ミクがよっぽど酷い態度をとったにしても、これはやり過ぎじゃないの?」
「やり過ぎだって?でも生きてる」
 エデンは肩を竦め、ぐったりしているミクを指差した。
「お前、いや、王配様は人の家族を殺したじゃないですかあ」
「それは……」
 言葉にならない。
 確かにそうだ。でも、だからって、そのせいでエデンがこんな風に?
 俺のせいで?
 俺がエデンを壊したのか?

 でもこれは一時的なもので、時間が経てばエデンも元通りになる、筈。

 そんな事があってから1週間後、俺は約束通りエデンを社交パーティーに連れて来ていた。厳密には、俺はヤサカをエスコートし、エデンはヤサカの手前杵塚にエスコートしてもらい、互いに離れた場所で立食や他参加者との交流をしていた訳だが、黒の長袖タイトのワンピースを着たエデンがやけに艶かしくてハラハラしていた。初めて見るメイクアップ姿とか、ワンレンで斜め加減に杵塚を見上げる様子とか、周りから一目置かれている空気感とか、そこにドキドキする同じ熱量で嫉妬もしていた。
 あまり目立たぬ様にと言って聞かせていたが、エデンは社交場の片隅に居てもまるでスポットライトでも浴びているみたいに目を引く。しかもあまり社交的でなかったエデンが腕を組む杵塚、ボーイ、近くにいる参加者等と楽しげに雑談していて、離れたここからでは到底その話の内容なんか聞き取れやしないのについ耳をそばだててしまう。隣で話し掛けるヤサカや、寄ってくる社交会のハイエナどもの声なんて1ミリも届かない。
 身が焦がれる。
 この社交会には第1王子の春臣や各国の要人、資産家が数多く参加しており、接待で参加させられている献上品達がそのまま彼らに献上される事もままあるので、エデンにはそんな誘いがあっても、自分は王配様のお気に入りだとして断る様に強く言ってある、が、未だエデンが『あの調子』なので目が離せない。
 杵塚にも、エデンに悪い虫が付かないようサポートしろとは言ってあるが、今は、エデンと腕を組む彼にすらヤキモチを妬いている。
「……ぇっ!ねぇっ!!ねぇったら!!」
 急にヤサカから腕を引かれ、俺はエデンからこちらに意識を引き戻された。
「……どうされましたか?」
 俺はやれやれとため息が出そうになるのを飲み込む。
「どうされたじゃないわよ!ずっと上の空じゃない⁉」
 ヤサカは周りの目を気にしてか、小声で喚き散らした。
「今日は王配の交流パーティーでもあるのよ!さっきからずっと遠くを見て、隣にいる私の顔も少しは立ててくれたらどうなの⁉」
「すみません、こういった場は慣れないもので、緊張してしまって」
 俺は形ばかりのすまなそうな顔をした。
「緊張?どうだか、あの人の事が気になって仕方なかっただけじゃない」
 ヤサカは『あの人』と言ってエデンのいる方を顎でしゃくって見せた。
 全部バレていた訳か。まあ、いいけど。
「あの人もこういった場は不慣れなんで、何かやらかさないかとハラハラして見ていたんです」
「社交会マナーを教える側の元調教師が不慣れですって?」
 ヤサカは『ハンッ!』と鼻で嘲笑った。
「実際に自分で参加をするのは初めてだったのでしょう。気にし過ぎですよ。貴方こそパーティーを楽しんで。後でダンスでもしま──」
 俺がヤサカの機嫌をとろうと彼女の腰をさすると、いきなり横からエデンが顔を出した。
「えっ?」
 ノーマークだったせいで一瞬肝が冷える。
 杵塚は何をしているんだとその姿を探すと、エデンの後を追う様に片手にシャンパンを持って駆けて来た。
「エデン様!」
 俺が軽く杵塚を睨むと、彼はやってしまった、という顔をする。
「エデン様、飲み物をお持ちしましたのでバルコニーで嗜んではどうですか?」
「ありがとうございます。でも口をつける前に王女様にご挨拶しようと思って」
 そう言うとエデンは杵塚からシャンパングラスを受け取り、それをヤサカの鼻先に突き出した。
 いや、ちょっと待て。それは献上品であるエデンの立場としては流石に宣戦布告みたいじゃないか?
「エデン、調教師気分が抜けていないんじゃないの?」
 俺としてはエデンの元調教師という立場を利用して、元教え子がお世話になってます的な行動をした、という事に収めたかったのだが、ヤサカはそうは受け取らなかったらしく、こめかみに青筋を立てていた。
「ここは高貴な場よ?貴方ごとき立場の人間から挨拶される謂れはないわ!育ちが悪いのか、何の慎みも無いのね」
 ヤサカが手にしていたシャンパングラスを掲げそうになり、俺はそれを片手で押さえる。
 今、エデンに頭からシャンパンをぶっかけようとしただろ。
「挨拶は礼儀ですよ?礼儀に慎みなんかありません。私は純粋に王女様とお話してみたかっただけなのに、怖いですね」
 そう言ってエデンは悪戯っぽく笑うと俺の空いている方の腕に抱き着いてきた。
「え、エデン?」
 これは流石にヤサカの神経を逆撫でするだろ。
 普段、エデンは絶対に俺にすり寄ったりしないのにどうしたっていうんだ?
 俺はヤサカにビンタされても構わないが、エデンが彼女に何かされるのではとヒヤヒヤする。
「すみません、慣れないヒールで足元がぐらついて」
 さっきはヤサカが怖いと言って抱き着いてたじゃないか。酔ってるのか?
 ヤサカのきつすぎる香水のせいでエデンから酒の匂いを感知する事は出来ないが、とてもシラフでこういった強行に及んでいるとは思えない。
「貴方、私をおちょくってるのっ⁉」
 ヤサカが遂に声を荒らげ憤怒し、周りの視線が一斉に此方に向けられると、ワンテンポ遅れてエデンが床に尻もちを着いた。
「びっくりしたあ、急に大声をお上げになるなんて。ただでさえ慣れないヒールなのに、足を挫いて立てません」
 そう言うとエデンは一滴も溢していないシャンパン片手に俺の方に手を伸ばす。
 ヤバイ、修羅場になる、そう思ったが、これ以上エデンを放ってはおけず、俺はその手を掴んで彼女を抱えた。
「すいません、恩師が酔っ払っている様なので連れて行きます。また今度踊って下さい」
「ちょっと!」
 ヤサカはかなりお冠で顔を真っ赤にしていたが、杵塚が宥める様にバルコニーへと誘導し、彼女は人目を避ける様にそれに従っていた。
 本来なら杵塚にエデンを任せればいいのだろうが、今のエデンは危なっかしくて誰にも任せられない。

 何故ならエデンはしがみついた俺の腕にわざと胸を押し付けていたから。
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