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これは私が経験した事じゃない
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その後、私と杉山さんは引き離され、彼は地下の独房、私は元いた氷朱鷺の後宮に戻された。足にはあのGPSが再度装着され、部屋に監禁された。その間、私は何度も脱走を図ったが、玄関の鍵すら開けられず、ただただドアに爪をたてては指先から無駄に血を流した。
「可哀想に、爪が剥がれてる」
この部屋には氷朱鷺が杵塚を従えてちょくちょく顔を出し、悪化していく私の怪我の手当てをしていた。
「……」
私は怒りを抑え、黙って氷朱鷺から包帯を巻かれる。
「杉山さんを助けに行くつもりなんだ?」
「……」
「爪が全部剥がれ切っても無理だよ。国、王室が相手じゃね」
「だったら窓から飛び降りる」
私の発言に、氷朱鷺の後方に立っていた杵塚がギョッとした。
「ここは高層階だよ、ミクがいるのに死んじゃうよ?それに窓は開かないようにしてるし、割れない物にかえてある。確認しただろ?」
氷朱鷺はベランダの窓付近に転がっている椅子に目をやる。
「杉山さんは私を助け出してくれた。今度は私が杉山さんを助ける」
「無駄だよ」
優しかった氷朱鷺の声音が冷たいものに変わった。
「氷朱鷺様」
杵塚が何かを察し、氷朱鷺に手を伸ばす。
「杉山さんはもう死んでるんだから」
「ぅ……」
嘘だ。
だけど心臓が壊れんばかりに鼓動が速まる。
「そんな訳ない。杉山さんが連行されてから1ヶ月も経ってないじゃない。話が飛躍し過ぎてる」
ドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッ
自分の心臓がうるさくて会話に集中出来ない。考えが纏まらない。頭の中がぐるぐるする。
待って、待って待って、冷静に、氷朱鷺の真意を見極めないと。
ドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッ
「起訴とか裁判とか判決とか上告とか、後は後は──」
とにかく刑を確定するまでに色々と時間がかかる筈だ。
「杉山さんが何の組織相手に何をしたか解ってるの?」
「人を殺した訳でもないのに!!」
私はカッとなり氷朱鷺の頬をビンタしようと立ち上がると、頭から冷や水でも被ったみたいに血の気が引いて不本意にも自分から氷朱鷺の胸に飛び込んでいた。
「エデン、ろくに食べてないんだから無理しないで座って」
「これが座っていられるか。杉山さんに会いに行く」
私は氷朱鷺を突き飛ばし、壁伝いに出口に向かう。
「だから杉山さんはもういないんだって。信じたくないのは分かるけど、杉山さんがした事はこの国では殺人より遥かに罪が重いんだ、現行犯なのにその場で射殺されなかっただけましさ。姦淫に至っては杉山さんも認めてる。このヤバさ、エデンだって調教師の時に習っただろ?」
氷朱鷺も苛立ってきたのか多少、口調が速まり、語尾に力が入る。
「知ってる。でも私は杉山さんが死ぬところを見てない」
私が振り返りもせず玄関のドアノブをガチャガチャ壊そうとしていると、後ろから氷朱鷺に両腕ごと押さえ込まれた。
「万里が死ぬところだって見ていなかったろ?でもエデンは万里の死を認めて受け入れた」
こいつ──
「よくもぬけぬけとそんな事が言えたな!万里の死は認めてもいないし受け入れてもない!終わった事の様に言うな!」
自身のこめかみで何かがブチッと切れる音がした。
「エデン、別に信じたくなければ信じなくてもいい。ただ、落ち着いたら墓参りに連れて行ってあげるよ」
「墓……?」
処刑どころかそこまで話が進んでいて、ついこの間まで一緒だった杉山さんが遠い過去の人に感じられた。
「待って待って、墓だって?おかしいよ、本当は杉山さんは何処にいるの?」
私は窮屈な氷朱鷺の腕の中でぐるんと旋回し、彼の顔を下から見上げる。
「だから土の下だよ」
「こんな時に冗談なんか止めて」
「だったら墓でも暴いてDNA検査でもしてみる?」
「そんな事……」
そんな事をして、もし本当にそれが杉山さんだったら?
「エデン、唐突過ぎて混乱するのは分かるよ、でも真実なんだ、受け入れるしかない」
受け入れるもなにも、杉山さんは本当に死んだの?
でも確かに、調教師が献上品を誘拐しただけでもその場で射殺される。それが杉山さんは誘拐及び姦淫の罪まで被っていたんじゃあ……
氷朱鷺の話を信じざるを得ない条件は揃っていた。そしてそれを決定づけるかの様に氷朱鷺から残酷な事実を告げられる。
「杉山さんはもうこの世にはいない」
「ぁっ……」
声が──
否定したいのに喉が締まって声が出せない。
「──!!」
氷朱鷺を死ぬほど罵倒して顔面にパンチをくらわしてやりたいのに手足の自由が利かない。それどころかまるで自分の物じゃないみたいに力が入らない。こうして氷朱鷺に抱かれて支えられていなかったら私は立っている事もままならなかった。
「エデン、大丈夫?ちゃんと呼吸出来てる?」
氷朱鷺の不安そうな顔が霞んで見える。
「っ……」
喉がヒューヒューいって上手く酸素を取り込めない。手足が痺れる。頭がボンヤリする。
何も考えたくない。
このまま息が出来ずに窒息死してしまいたい。
私が一連の事象に抵抗するのを止め、敢えて力を抜いて身を任せると、私の体重がかかるままに氷朱鷺はその体を床に寝かし、ボタンを開けて気道を確保した。
「顔色が悪い」
氷朱鷺の方こそ青い顔をして私を見下ろしている。
「医務室に連絡します!!」
バタバタと慌てる杵塚。
私には全て他人事に見えた。
私には心の支えが2つあった。1つは万里。屈託無く甘えてくる弟に、私は明日も頑張ろうという気持ちになれた。もう1つは杉山さん。頼れる彼のそばにいると、私はそんなに頑張らなくていいんだと心が楽になった。そうして心のバランスをとってきた。でも今は支えを1つ失くし、2つ失くし、自分の足では立っていられなくなってしまった。
耐えられない。
これは本当に私が経験している事か?
自分の身に降りかかった事?
もしそうなら、こんなの耐えられない。息が出来ない。
生きていけない。
もう疲れた。
前にもこんな事があったな、なんて。
その時はどうしたんだっけ?
確かあの時──
あの時、誰かが──
──私を救ってくれた。
「可哀想に、爪が剥がれてる」
この部屋には氷朱鷺が杵塚を従えてちょくちょく顔を出し、悪化していく私の怪我の手当てをしていた。
「……」
私は怒りを抑え、黙って氷朱鷺から包帯を巻かれる。
「杉山さんを助けに行くつもりなんだ?」
「……」
「爪が全部剥がれ切っても無理だよ。国、王室が相手じゃね」
「だったら窓から飛び降りる」
私の発言に、氷朱鷺の後方に立っていた杵塚がギョッとした。
「ここは高層階だよ、ミクがいるのに死んじゃうよ?それに窓は開かないようにしてるし、割れない物にかえてある。確認しただろ?」
氷朱鷺はベランダの窓付近に転がっている椅子に目をやる。
「杉山さんは私を助け出してくれた。今度は私が杉山さんを助ける」
「無駄だよ」
優しかった氷朱鷺の声音が冷たいものに変わった。
「氷朱鷺様」
杵塚が何かを察し、氷朱鷺に手を伸ばす。
「杉山さんはもう死んでるんだから」
「ぅ……」
嘘だ。
だけど心臓が壊れんばかりに鼓動が速まる。
「そんな訳ない。杉山さんが連行されてから1ヶ月も経ってないじゃない。話が飛躍し過ぎてる」
ドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッ
自分の心臓がうるさくて会話に集中出来ない。考えが纏まらない。頭の中がぐるぐるする。
待って、待って待って、冷静に、氷朱鷺の真意を見極めないと。
ドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッ
「起訴とか裁判とか判決とか上告とか、後は後は──」
とにかく刑を確定するまでに色々と時間がかかる筈だ。
「杉山さんが何の組織相手に何をしたか解ってるの?」
「人を殺した訳でもないのに!!」
私はカッとなり氷朱鷺の頬をビンタしようと立ち上がると、頭から冷や水でも被ったみたいに血の気が引いて不本意にも自分から氷朱鷺の胸に飛び込んでいた。
「エデン、ろくに食べてないんだから無理しないで座って」
「これが座っていられるか。杉山さんに会いに行く」
私は氷朱鷺を突き飛ばし、壁伝いに出口に向かう。
「だから杉山さんはもういないんだって。信じたくないのは分かるけど、杉山さんがした事はこの国では殺人より遥かに罪が重いんだ、現行犯なのにその場で射殺されなかっただけましさ。姦淫に至っては杉山さんも認めてる。このヤバさ、エデンだって調教師の時に習っただろ?」
氷朱鷺も苛立ってきたのか多少、口調が速まり、語尾に力が入る。
「知ってる。でも私は杉山さんが死ぬところを見てない」
私が振り返りもせず玄関のドアノブをガチャガチャ壊そうとしていると、後ろから氷朱鷺に両腕ごと押さえ込まれた。
「万里が死ぬところだって見ていなかったろ?でもエデンは万里の死を認めて受け入れた」
こいつ──
「よくもぬけぬけとそんな事が言えたな!万里の死は認めてもいないし受け入れてもない!終わった事の様に言うな!」
自身のこめかみで何かがブチッと切れる音がした。
「エデン、別に信じたくなければ信じなくてもいい。ただ、落ち着いたら墓参りに連れて行ってあげるよ」
「墓……?」
処刑どころかそこまで話が進んでいて、ついこの間まで一緒だった杉山さんが遠い過去の人に感じられた。
「待って待って、墓だって?おかしいよ、本当は杉山さんは何処にいるの?」
私は窮屈な氷朱鷺の腕の中でぐるんと旋回し、彼の顔を下から見上げる。
「だから土の下だよ」
「こんな時に冗談なんか止めて」
「だったら墓でも暴いてDNA検査でもしてみる?」
「そんな事……」
そんな事をして、もし本当にそれが杉山さんだったら?
「エデン、唐突過ぎて混乱するのは分かるよ、でも真実なんだ、受け入れるしかない」
受け入れるもなにも、杉山さんは本当に死んだの?
でも確かに、調教師が献上品を誘拐しただけでもその場で射殺される。それが杉山さんは誘拐及び姦淫の罪まで被っていたんじゃあ……
氷朱鷺の話を信じざるを得ない条件は揃っていた。そしてそれを決定づけるかの様に氷朱鷺から残酷な事実を告げられる。
「杉山さんはもうこの世にはいない」
「ぁっ……」
声が──
否定したいのに喉が締まって声が出せない。
「──!!」
氷朱鷺を死ぬほど罵倒して顔面にパンチをくらわしてやりたいのに手足の自由が利かない。それどころかまるで自分の物じゃないみたいに力が入らない。こうして氷朱鷺に抱かれて支えられていなかったら私は立っている事もままならなかった。
「エデン、大丈夫?ちゃんと呼吸出来てる?」
氷朱鷺の不安そうな顔が霞んで見える。
「っ……」
喉がヒューヒューいって上手く酸素を取り込めない。手足が痺れる。頭がボンヤリする。
何も考えたくない。
このまま息が出来ずに窒息死してしまいたい。
私が一連の事象に抵抗するのを止め、敢えて力を抜いて身を任せると、私の体重がかかるままに氷朱鷺はその体を床に寝かし、ボタンを開けて気道を確保した。
「顔色が悪い」
氷朱鷺の方こそ青い顔をして私を見下ろしている。
「医務室に連絡します!!」
バタバタと慌てる杵塚。
私には全て他人事に見えた。
私には心の支えが2つあった。1つは万里。屈託無く甘えてくる弟に、私は明日も頑張ろうという気持ちになれた。もう1つは杉山さん。頼れる彼のそばにいると、私はそんなに頑張らなくていいんだと心が楽になった。そうして心のバランスをとってきた。でも今は支えを1つ失くし、2つ失くし、自分の足では立っていられなくなってしまった。
耐えられない。
これは本当に私が経験している事か?
自分の身に降りかかった事?
もしそうなら、こんなの耐えられない。息が出来ない。
生きていけない。
もう疲れた。
前にもこんな事があったな、なんて。
その時はどうしたんだっけ?
確かあの時──
あの時、誰かが──
──私を救ってくれた。
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