王女への献上品と、その調教師

華山富士鷹

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 私はカザンとの約束を破った。
『必ず生きて2人でここを出るんだ』彼はそう言ったのに自分の命を私に捧げた。それはまるで彼が私との約束を破ったかに見える、が、そうじゃない。

 彼は私が妊娠するのを最初から見越していたのだ。

 確かに私は救出された時1人ではなかった。でも私は自分の意思で──

 ──恐ろしかったのだ。全てが。

 子供だったから、とも言えるけれど、それは言い訳には出来ない。きっといつか何処かで何らかの形で罰が下される。自分だけがこんなに幸せでいい筈がない。そうあってはいけないと、贖罪の気持ちすらあった。

 しかしこんな形でそれがやって来るとは想像も出来なかった。

 コンコン
 早朝、私と杉山さんがテラスでいつも通り朝食を摂っていると別荘のドアがノックされた。
「こんな僻地に来客が?」
 ここは観光地でも一般的な別荘地でもない。山奥の私有地にあるプライベート空間だ。そこにわざわざ訪ねて来るなんて、最初は山登りの遭難者かと思った。
「待ってて、見て来るから」
 杉山さんはそう言ったけれど、私は嫌な予感がしてそのすぐ後について行く。
 コンコンコンコン
 ノック音はだんだん強くなり、私の不安も増幅した。
「はいはい、今開けますよ」
 と杉山さんが解錠するや否や強引にドアが引かれ、そこに立つ人間と目が合う。

 氷朱鷺だった。

「やっと見つけたよ」
 久し振りに見た彼は笑っていてとても心臓に悪かった。
 ドッドッドッドッドッドッドッドッ
 山でヒグマにでも遭遇した様な驚きと恐怖が私を襲う。
「お前……何しに来た?」
 杉山さんは険しい顔をして私を守る様に背中に隠した。
「勿論、エデンを迎えに来た」
「話が違うだろ、エデンはもうお前の献上品じゃない」
「そう、俺の献上品じゃない。だから杉山さんを拘束しに来たんですよ」
 そうして氷朱鷺が顎をしゃくると、ドアの影にいた屈強な兵達が複数玄関に入り込み、暴れる杉山さんを後ろ手に拘束した。
「止めて!止めて!なんで⁉」
 私も兵に楯突いて杉山さんに加勢するがそれを氷朱鷺に後ろから押さえ付けられる。
「エデン、訳も解らずスタンガンを押し付けられたい?」
 氷朱鷺から、火花が散るスタンガンを見せつけられ、私は体の力を抜いた。
「手荒な事はしたくなかったから良かった」
 氷朱鷺の吐息が私の首筋に当たり悪寒がした。
「杉山さん、貴方を王室の献上品を誘拐し、姦淫した罪で処断します」
『王室の献上品』と聞いて杉山さんがなるほどなと思わず冷笑する。
「献上品自体、そもそもが王室の所有物であり、それに手を出した場合、処刑になる、て事だろ?」
「そうですね。残念ながら最初から俺に献上品を解雇する権限はなかった。何故ならエデンは俺の所有物ではなくまだ王室の所有物ですから」
 氷朱鷺は嫌味な笑い方をして杉山さんが悔しがるのを楽しんでいる様だった。
「書類を偽装したの⁉」
『献上品及び調教師契約解除通告書』が私の頭をよぎる。
「あれは単に最初から存在すらしない筈の書類だよ、エデン。王室のサインが無かったろ?」
 確かにあれは氷朱鷺名義で彼のサインしか無かった。つまり何の効力も持たない紙屑だったって事だ。
 なんて姑息な。
「氷朱鷺、お前、エデンの過去を暴き立てたうえでわざと俺に託して泳がせたんだな」
「こんなに泳がせるつもりはなかったんだけど、捜すのに手間取ってしまって。本当、嫉妬で胃がカラスミになるかと思いましたよ」
 私達を泳がせたところで杉山さんが必ずしも私に手を出すかなんて本人以外誰も解らない。ならばこの策は私が処女でない事前提で組まれたものという事になる。氷朱鷺は私の過去を全て調べ上げたうえでこの強行を実行したのだろう。
「卑怯者」
 私は腹の底から氷朱鷺を差別したが、彼はノーダメージのまま私の肩に顎を乗せる。
「なんとでも。最期に良い夢は見れましたか、杉山さん?」
 肩から伝わる振動で氷朱鷺が静かに喉を鳴らして笑ったのが分かった。
「杉山さんを殺すの?」
 いや、厳密に言うと杉山さん『も』だ。
「仕方が無いよ、エデン。残念ながら杉山さんは王室の物を盗んで汚したんだ、法律に乗っ取らないと」
「お前が仕向けたのに何が法律だ‼そうやって自分の手を汚さずに万里も殺しただろ‼」
 私は武者震いしながらあるはずの無い奥歯を噛み締める。
「俺が本当に殺したかったのは杉山さんだよ」
「俺を殺す為には大好きなエデンすら人質に出せるなんてな、余程俺が邪魔だったと見える」
「身を切る思いだったのは確かだよ。でもこれで報われる。何の障害も無くなる」
「いいや、杉山さんが死んだら私も死ぬ」
 これは決してハッタリとかじゃない。その覚悟はある。
「エデン、ミクが酷い目にあってもいいの?」
 ミクの名前を出され、私は膝から崩れ落ちた。
「なんでこんな酷い事をするの?」
「なんで?だってエデンだけが俺を助けてくれたんだ。エデンだけが俺を大事にしてくれたし、エデンだけが俺を家族として愛してくれた。俺にはエデンだけなんだ」
 その言葉には聞き覚えがある。私自身、杉山さんに対して思っていた事だ。でも、だからって氷朱鷺のやっている事を容認出来る訳ではない。
「だからって……」
「俺にはエデンが全てなんだよ」
 氷朱鷺から熱く愛を語られ強く抱き締められたが、私の心には何も刺さらない。寧ろ虚脱感の方が強くなった。それでも、杉山さんとミクの2人を助ける為なら何でもしようと思った。
「杉山さんとの婚約は破棄する。私が氷朱鷺の物になるから杉山さんの命は助けて」
「エデン!」
「無駄だよ、エデン。言ったろ?俺が杉山さんを殺すんじゃない。法律が杉山さんを処刑するんだ」
 やっぱり、そう言うと思った。氷朱鷺が杉山さんを殺そうが殺さまいがどのみち私を手に入れられるなら、邪魔者を排除出来る方を選ぶに決まっているんだ。
 でも懇願せずにはいられなくて、私はみっともなく氷朱鷺の脚に縋り付いて頭を下げた。
「お願いです!私はどうなってもいいですから、杉山さんの命だけは助けて下さい!」
「多摩川様……」
 氷朱鷺の影にいた杵塚が見兼ねて私の体を支え上げようとしたが、それを氷朱鷺は払い除ける。
「エデンはもう俺の物になるんだ、誰も触るな」
 氷朱鷺の中でそれはもう決定事項になっているのだ。
「ぅっ……」
 駄目だ。
 氷朱鷺は絶対に杉山さんを殺す。だって情のあった万里すら見殺しにしたのだ、杉山さんを見逃してくれる筈が無い。
 最初から分かっていた。私がどんなに頭を下げようと、彼の足を舐めようと、氷朱鷺は必ず邪魔者を排除すると。

 小さな命を捨てた罰が必ず下ると。
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