王女への献上品と、その調教師

華山富士鷹

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水面下

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 エデンの秘密を知ってしまった時、俺は率直に強い庇護欲に駆られた。
 あの、俺を救ってくれた強き英雄、戦場の虎とも呼ばれた聖女ジャンヌ・ダルクの本当の姿が、失落させられた傷だらけの天使だったなんて、何ともやるせなくて堪らない気持ちになった。
 当時のその場にいてあげれていたらどんなに良かったか。
 結果的に杉山さんがエデンを救い出してくれた訳だが、感謝こそすれ、そんな彼が憎らしくもあった。
 仕方が無いのは解っている。でもこれじゃあ俺の入り込む隙なんか1ミリも無い。あれでエデンが杉山さんを好きにならない訳が無いじゃないか。
 今は、何度目かの完全なる敗北を感じている。
「諦めはつきましたか?」
 エデンの資料を纏めてくれた杵塚が、爪を噛んで悔しがる俺を見兼ねて話し掛けてきた。
「諦めだなんて、俺は元調教師のエデンにとって最善の幸せを提供しようと努力しているだけなのに」
 俺は資料をテーブルに投げ出し、革張りのソファーに凭れ掛かる。
「私の目から見ても、この多摩川様には幸せになってほしいと願うばかりです」
 杵塚はそう言って資料を封筒に戻した。
「そうだね。誰がどう見てもそう思うよ」
 エデンはきっと今頃、杉山さんと幸せに暮らしている。
 身が焦がれて胃が痛いくらいだ。
「頼んでた書類は上に通った?」
「勿論、ですが流石に氷朱鷺様の思う様にはいきませんでした」
 杵塚から新たに書類を受け取り、目を通す。身を焦がしたところで俺にはやらなければならない仕事が山積みだ。
「──まあ、仕方無い。これが妥当か」
 自分が望んだ結果とは少しかけ離れていたが、概ね良しとしよう。何事も望みすぎるのは良くない。欲をかいて逆に損をする可能性だってある。妥協も大事。ここは慎重に。
「それから……」
 杵塚が急に言い淀んだ。
「なんだ?他にも気落ちする様な報告が?」
 俺はため息をつきながら肘掛けに肘を着いてそこにこめかみを乗せる。
「とても申し上げにくいのですが、最近はヤサカ様が、氷朱鷺様が構ってくれないからと自らの献上品と面通ししているそうで……」
「トライアルしてるって?」
「そこまでは……ただ、元々付き合いのあるマサムネ様とお遊びになっていると──」
「お遊びになっていると、ってどうせお前から俺に耳打ちするようヤサカから言われたんだろ?」
 嫉妬深い構ってちゃんのしそうな事だ。
「えっ、いえ……」
 杵塚の顔色を見る限り、それは明らかだった。
「分かった。そちらの件も早急に対処しよう」
 俺は俺で妻のご機嫌を取り続けないと、足場が無ければこの仮のヤグラは簡単に崩れてしまう。
 俺は即座に立ち上がり、自宅のある高層階に向かう。
 捜し物は見つからないし、忙しい事だ。

「ただいま」
「あら、今日は早かったのね」
 俺が戻ると白々しくヤサカが出迎えてくれた。
『そう仕向けたのは自分だろ?』なんて言ったらどうなるやら。
「今日はどうしてか早くに貴方の顔を見たくなったので」
 まるでヤサカから与えられたシナリオを演じる茶番だ。
 この人はこんなんで俺を思い通りに動かして満足なのだろうか?
 疑問に思いながらも俺はヤサカが欲しがるままにキスをする。
 そして2人で夕食を囲い、ナイフやフォークで豪華な食事を摂る。
 まるで味がしない。
 貧乏臭くても、エデンが作る焦げたオムレツの方がずっと美味しかった。
 会話だって、ヤサカから一方的に人の悪口ばかりを聞かされホトホト参る。
 あーあ。
 エデンは元気だろうか?
 エデン達もこの地球上の何処かで食事をしているのだろうか?
 杉山さんと、2人だけで。
 胃が痛い。
 俺とエデン、全く対照的な生活を送っているだろう。

 食後、ご機嫌をとる意味でヤサカと風呂に入ったが、彼女の裸を見ても尚、エデンが心配でそのままベッドインとはならず、前戯だけで彼女を満足させ、寝かしつけた。
 エデンも今頃杉山さんと同じベッドに?
 俺は疲れ果てたヤサカに腕枕しながらボンヤリ天井を眺める。
 杉山さんはエデンに手を出すだろうか?
 杉山さんがエデンの過去をどこまで把握しているかによってそこら辺の対応は違ってくるかもしれない。
 エデンが敵兵から暴行を受けた事は何となく彼も想像しているに違いないけれど、その先、守秘義務を持つ病院の情報を金で買ったかまでは解らない。
 恐らく杉山さんは生粋の紳士だからそこには触れなかった筈。

 エデンが、あの半地下から救出された時、1人じゃなかったという事に。
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