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ハネムーンへ
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あれきり氷朱鷺とは顔を合わす事も無く、私は彼から貰った腕時計だけを部屋に残してあっけなく城を後にすると、杉山さんと遠い異国の彼の別荘でゆっくりとした時間を過ごしていた。
「ここは緑が豊かで良い所ですね」
白亜のテラスから朝靄で霞む山あいの谷を見ていると、これまでの全ての残酷な出来事が嘘の様に感じる。
「少し寒くないか?」
後ろから杉山さんにカーディガンを掛けられ、肌寒さよりも心の温かみを噛み締めた。
「これで丁度良くなりました」
「エデンはここに来るのは初めてだったよね?」
杉山さんは私の隣で木の柵に腕を着く。
「そうですね、他の別荘には連れて行ってもらった事もあったんですけど、ここは初めてですね」
この白亜の豪邸は別荘にしておくには勿体無い程さり気ない豪華さをしている。鹿の角とかここらの谷を描いた風景画とか自然をコンセプトにした落ち着きのあるインテリアで統一されていた。
「ここは俺の爺さん婆さんが自分達でいちから建てた物なんだよ」
「お爺さんとお婆さんがいちから?」
結構な広さなのに、2人でこんな素敵な別荘を建てるなんて凄いな、舌を巻く。
「そう。結構広いから、完成までに婆さんが俺の父を産んで、その父もだいぶ大きくなった頃にだいたい形が出来たんだ」
杉山さんは昔を懐かしむ様にフッと笑った。
「だいたい、ですか?」
「この家はね、今でも増築し続けていて、この間まで父と母が2人で薪小屋を作っていたんだよ」
ウ◯ンチェスターハウスじゃん。
「へえ」
「今では代替わりして、俺が好きなように弄れるって訳」
「親子3代で1つの家を建てるなんて素敵な話ですね」
お金持ちなのに敢えて手作り、ほっこりしてるなあ。
「家の財力なら金の力で家を大きくする事なんて至極簡単さ。でも家の家族には逆に力を合わせて苦労してみる事の方が全然大事だったんだ」
「それはそうかも」
貧乏だった家でも、そんな精神があったら、なんて、ね。
「皆さん、建築の資格はあったんですか?」
そりゃあるよね、こんなにしっかりした造りなんだもの。
私は柵の造りを確かめる様に両手で揺すってみる。
何の歪みもガタつきも無く頑丈そうだ。
「無い無い。適当だよ」
そう言って杉山さんは目尻に皺を寄せて笑った。
「えっ」
急にテラスにいるのが怖くなった。見晴らしの良さが逆に怖い。
「大丈夫大丈夫、資格を持ってる人の監修の下で造られたから」
「そうですか、それは良かった」
──のか?
なるべく小さな動きで過ごそう。
「薪小屋なんかは動画を観ながら作ったらしいよ」
「時代ですね」
「俺達は犬小屋でも作る?」
杉山さんが頬杖を着いてこちらに向き直った。
代々夫婦で増築してるって言ってたけど、これはどういう意味なんだろう?
深く考え過ぎかな?
「犬を飼いたいんですか?」
「別荘だけど、エデンがここで暮らしたいのなら飼ってもいいかな。仕事で俺がいない時、お前が寂しいだろ?」
いよいよそれはどういう意味なんだ?
デリケートな話題だし、なんかソワソワするなあ。色々あり過ぎてよく分からない事になってたけど、私って杉山さんの婚約者なんだっけ?
「動物のお世話が務まるかどうか……飼われる方が可哀想かも」
「でも犬小屋は作ってみたいな。俺の代でこのしきたりを止めたくないし、犬は次の世代で飼ってもいいだろ?」
次の世代──
私にどう答えろと?
「先の話過ぎた?」
私が困惑していると杉山さんがその顔色を伺う。
「ええと、まあ、追いついてないです、頭が」
「そうか、でもさ、わりかし先の話でもないんじゃない?」
「え?」
「俺と犬小屋を作ってくれる?」
そう言うと杉山さんは私の前に立ち、ゆっくり片膝を着くと己の尻ポケットをゴソゴソ漁り、なおかつ私の左手を取る。
「えっ」
ただでさえ頭が追いついていなかったものを、今の杉山さんの挙動で私の脳は尚更パンクした。
「結婚して、エデン」
「ええっ‼」
すかさず杉山さんから左手の薬指に金の指輪を嵌められて、私はびっくりして卒倒するかと思った。
いや、婚約者だ、けれども‼
兆しはチラホラあったけど、何ぶん杉山さんはジゴロの為、リップサービスと本気の境目が曖昧で逆に分かりにくくて、急展開というか、早い、早すぎる。トントン拍子過ぎる。
「いや、だって、答える前に指輪嵌めてるし」
思わず本音がそのまま口から出た。
「断られると思ってないし」
イケメンの攻撃力は凄い。というか、だったら聞くなよ的な。
「別に答えなくていいよ。断られる前に口を塞ぐから」
杉山さんが立ち上がって覆い被さる様に私に柵ドンしてきたかと思うと、目前ギリギリまで顔を寄せてきた。
うわ、ギリシャ彫刻!
近っ‼
私が恥じらいから咄嗟に顔を背けると、杉山さんはクスクス笑い出す。
「キスされるかと?」
そりゃされるかと思うよ!
「だって近いから……からかわないで下さい」
きっと顔面真っ赤だ、恥ずかしい。
「するよ」
急に杉山さんの顔が真面目になったかと思うと彼は私の顎を持って自分の方に向かせ、キスを落とした。
上を向いているうちに肩からカーディガンが滑り落ちていったが、そんな事はどうでもいい。
別にキスが嫌だった訳じゃないけどとても長い時間していた気がする。
「口がふやけるかと」
杉山さんが離れるなり、私は酸素を求めて深呼吸した。
恥ずかし過ぎて呼吸がままならなくて脳貧血を起こしかけていた気がする。
「アハッ、ごめん」
謝り方が全然悪そうじゃない。
「それで返事は?」
「順番がおかしいじゃないですか」
私は杉山さんを軽く睨みながら恨み言を言った。
「振る?」
「……いえ、喜んで」
私がしぶしぶOKしたみたいな形になったが、心の底ではとても嬉しかった。
この人とずっと一緒にいたい。
犬小屋だって飽きること無く一緒に沢山作りたい。
子供を産んで、育てて、孫の顔なんか見て、退屈でも平凡でも貧乏でもいいから山あり谷ありの人生、この人と一緒に乗り越えたい。
「良かった」
「ほんと事後報告ですね」
でもこのくらい強引じゃなかったら、私は万里の死に打ちのめされたままずっと独りだったと思う。
杉山さんには感謝だ。
「その指輪、ダイヤが内側に付いてるんだよ」
と言って杉山さんから左手薬指を指され、私はその手を何度もひっくり返しながら凝視する。
「え、内側だと見えないじゃないですか」
ダイヤは装飾品なのに何故わざわざ内側に?
「そう、外さないと見えないから、絶対に外さないで」
と言って杉山さんは子供っぽく笑った。
「意地悪なシステムですね」
「遊び心だよ」
「別に光り物に興味は無いですけど、そんな事をされると凄く気になるじゃないですか」
「エデンの瞳の色と同じダイヤが付いてる」
杉山さんから今度は目元を指され、私は目をぱちくりさせる。
「ブルーダイヤ?」
「そう、綺麗だよね」
杉山さんは悪気無く微笑んでいるが、ブルーダイヤって不吉で有名だよな……?
「き、綺麗でしょうね」
見ないでおこう。
「絶対に見ないって約束して」
「勿論ですっ‼」
私は杉山さんとかたく指切りをした。
「しかしここへ来て1週間、手も握らなかったのに急展開ですね」
勿論、寝室も別。恋人というか婚約者だが、杉山さんが婚前交渉しない派とは到底思えない。
「それ聞く?」
とか言いながらさり気に杉山さんが私の両手を握ってくる。
「保護された動物って環境に慣れるまで時間がかかるだろ?」
「私は野犬ですか」
「それに、ほら、キスはまあいけるけど、なんていうか、キスから発展してその先に至るまでにエデンを怖がらせるかも、とか?」
杉山さんが急に歯切れ悪く頭を掻いた。気まずいから、とかそういう感じではなく、私に気を遣っている感じ。
「怖くは……ない、ですけど」
……何のこっちゃ‼
自分で言ってて歯痒くなる。
「冗談であれこれ試してはエデンの大丈夫な事を探り探り確認してきたけど、いざこうなってみるとこっちが怖くなるっていう不思議な現象に襲われてる」
「へえー……」
ちょっと待て、私はいつから杉山さんから試されていたのだろう?
「籍はまだだけど、一応、これがハネムーンだし、どうしたもんかなーって」
「そこまで手の内を明かしますか?」
「いきなりこられても怖いだろ?」
今更!!
「なおかつロマンチックにしてあげたいし?希望のシチュエーションは?」
「それ聞きますか?」
「希望には沿ってあげたい。ハード?ソフト?」
杉山さんは楽しそうに鞭打つジェスチャーをした。
ワクワクしてんな。
「コンタクトじゃないんですから」
シチュエーションか、考えた事無かった。何でか性に関する事は無意識に避けてきたというか、考えないようにしてた。自分の性癖とか、笑っちゃう。でも、そうか、ハネムーンだし、真剣に考えてみよう。
うーん……………
「普通で良いと思います」
「普通の裁量ってか、匙加減が分からないよ」
うーん……………
私は空を見上げ、漠然と外は嫌だなと思った。
「テラスは駄目」
「勿論勿論。それで?」
「それで……」
うーん……………
「ごめんごめん、そこまで深く考えなくていいんだよ。ハネムーンだからってエデンの慣れない事を無理にしようとは思わないし、俺はいつまでも待てるし」
しまった、また気を遣わせてしまった。それに考えたところで未熟な私に答えは導き出せない。ならばと、私は杉山さんの両手を引いてリビングへと誘導する。
「とりあえず私が爪を切ってあげます」
私がそう言うと杉山さんは意外そうな顔をしてされるがままリビングの床に座った。
「爪を切って、手を洗って、キスをして、後は杉山さんに委ねます」
そうして私は1本1本杉山さんの爪を緊張しながら切った。1本切り終わる毎に、まるでこれから杉山さんに抱かれるカウントダウンをしている様でどんどん心拍数が上がった。
大きくて厚みのある手だ。この手で胸とか揉まれるんだろうか?
いまにも叫び出しそう。
「じゃあ手を洗らおっか?」
「……はい」
私達はキッチンで並んで入念に手を洗う。
はたから見たら間抜けだな。そして私達は朝っぱらから何をしようとしているのか?
洗い終わると杉山さんが両手を広げて屈み、それを斜めにした。
「何ですか?」
すし◯んまい?
「お姫様抱っこする?」
「いや、己の足で歩いて行きます」
私にそれは似合わない。
私はズカズカと杉山さんの寝室まで己の足で歩いて行った。
「なんか逞しいね」
後ろから杉山さんに優しく背を押され、そのままベッドに座る。
良かった、カーテンが閉まってるから薄暗い。
「ねえ、エデン、ここからは冗談じゃなくなるけど本当にいいの?」
杉山さんが床に片膝を着いて、確認する様な真摯な目で真っ直ぐこちらを見上げるので、私は黙って頷いた。
「じゃあ、キスから始めよっか」
その言葉を皮切りに杉山さんが私にキスの雨を降らせた。
「ここは緑が豊かで良い所ですね」
白亜のテラスから朝靄で霞む山あいの谷を見ていると、これまでの全ての残酷な出来事が嘘の様に感じる。
「少し寒くないか?」
後ろから杉山さんにカーディガンを掛けられ、肌寒さよりも心の温かみを噛み締めた。
「これで丁度良くなりました」
「エデンはここに来るのは初めてだったよね?」
杉山さんは私の隣で木の柵に腕を着く。
「そうですね、他の別荘には連れて行ってもらった事もあったんですけど、ここは初めてですね」
この白亜の豪邸は別荘にしておくには勿体無い程さり気ない豪華さをしている。鹿の角とかここらの谷を描いた風景画とか自然をコンセプトにした落ち着きのあるインテリアで統一されていた。
「ここは俺の爺さん婆さんが自分達でいちから建てた物なんだよ」
「お爺さんとお婆さんがいちから?」
結構な広さなのに、2人でこんな素敵な別荘を建てるなんて凄いな、舌を巻く。
「そう。結構広いから、完成までに婆さんが俺の父を産んで、その父もだいぶ大きくなった頃にだいたい形が出来たんだ」
杉山さんは昔を懐かしむ様にフッと笑った。
「だいたい、ですか?」
「この家はね、今でも増築し続けていて、この間まで父と母が2人で薪小屋を作っていたんだよ」
ウ◯ンチェスターハウスじゃん。
「へえ」
「今では代替わりして、俺が好きなように弄れるって訳」
「親子3代で1つの家を建てるなんて素敵な話ですね」
お金持ちなのに敢えて手作り、ほっこりしてるなあ。
「家の財力なら金の力で家を大きくする事なんて至極簡単さ。でも家の家族には逆に力を合わせて苦労してみる事の方が全然大事だったんだ」
「それはそうかも」
貧乏だった家でも、そんな精神があったら、なんて、ね。
「皆さん、建築の資格はあったんですか?」
そりゃあるよね、こんなにしっかりした造りなんだもの。
私は柵の造りを確かめる様に両手で揺すってみる。
何の歪みもガタつきも無く頑丈そうだ。
「無い無い。適当だよ」
そう言って杉山さんは目尻に皺を寄せて笑った。
「えっ」
急にテラスにいるのが怖くなった。見晴らしの良さが逆に怖い。
「大丈夫大丈夫、資格を持ってる人の監修の下で造られたから」
「そうですか、それは良かった」
──のか?
なるべく小さな動きで過ごそう。
「薪小屋なんかは動画を観ながら作ったらしいよ」
「時代ですね」
「俺達は犬小屋でも作る?」
杉山さんが頬杖を着いてこちらに向き直った。
代々夫婦で増築してるって言ってたけど、これはどういう意味なんだろう?
深く考え過ぎかな?
「犬を飼いたいんですか?」
「別荘だけど、エデンがここで暮らしたいのなら飼ってもいいかな。仕事で俺がいない時、お前が寂しいだろ?」
いよいよそれはどういう意味なんだ?
デリケートな話題だし、なんかソワソワするなあ。色々あり過ぎてよく分からない事になってたけど、私って杉山さんの婚約者なんだっけ?
「動物のお世話が務まるかどうか……飼われる方が可哀想かも」
「でも犬小屋は作ってみたいな。俺の代でこのしきたりを止めたくないし、犬は次の世代で飼ってもいいだろ?」
次の世代──
私にどう答えろと?
「先の話過ぎた?」
私が困惑していると杉山さんがその顔色を伺う。
「ええと、まあ、追いついてないです、頭が」
「そうか、でもさ、わりかし先の話でもないんじゃない?」
「え?」
「俺と犬小屋を作ってくれる?」
そう言うと杉山さんは私の前に立ち、ゆっくり片膝を着くと己の尻ポケットをゴソゴソ漁り、なおかつ私の左手を取る。
「えっ」
ただでさえ頭が追いついていなかったものを、今の杉山さんの挙動で私の脳は尚更パンクした。
「結婚して、エデン」
「ええっ‼」
すかさず杉山さんから左手の薬指に金の指輪を嵌められて、私はびっくりして卒倒するかと思った。
いや、婚約者だ、けれども‼
兆しはチラホラあったけど、何ぶん杉山さんはジゴロの為、リップサービスと本気の境目が曖昧で逆に分かりにくくて、急展開というか、早い、早すぎる。トントン拍子過ぎる。
「いや、だって、答える前に指輪嵌めてるし」
思わず本音がそのまま口から出た。
「断られると思ってないし」
イケメンの攻撃力は凄い。というか、だったら聞くなよ的な。
「別に答えなくていいよ。断られる前に口を塞ぐから」
杉山さんが立ち上がって覆い被さる様に私に柵ドンしてきたかと思うと、目前ギリギリまで顔を寄せてきた。
うわ、ギリシャ彫刻!
近っ‼
私が恥じらいから咄嗟に顔を背けると、杉山さんはクスクス笑い出す。
「キスされるかと?」
そりゃされるかと思うよ!
「だって近いから……からかわないで下さい」
きっと顔面真っ赤だ、恥ずかしい。
「するよ」
急に杉山さんの顔が真面目になったかと思うと彼は私の顎を持って自分の方に向かせ、キスを落とした。
上を向いているうちに肩からカーディガンが滑り落ちていったが、そんな事はどうでもいい。
別にキスが嫌だった訳じゃないけどとても長い時間していた気がする。
「口がふやけるかと」
杉山さんが離れるなり、私は酸素を求めて深呼吸した。
恥ずかし過ぎて呼吸がままならなくて脳貧血を起こしかけていた気がする。
「アハッ、ごめん」
謝り方が全然悪そうじゃない。
「それで返事は?」
「順番がおかしいじゃないですか」
私は杉山さんを軽く睨みながら恨み言を言った。
「振る?」
「……いえ、喜んで」
私がしぶしぶOKしたみたいな形になったが、心の底ではとても嬉しかった。
この人とずっと一緒にいたい。
犬小屋だって飽きること無く一緒に沢山作りたい。
子供を産んで、育てて、孫の顔なんか見て、退屈でも平凡でも貧乏でもいいから山あり谷ありの人生、この人と一緒に乗り越えたい。
「良かった」
「ほんと事後報告ですね」
でもこのくらい強引じゃなかったら、私は万里の死に打ちのめされたままずっと独りだったと思う。
杉山さんには感謝だ。
「その指輪、ダイヤが内側に付いてるんだよ」
と言って杉山さんから左手薬指を指され、私はその手を何度もひっくり返しながら凝視する。
「え、内側だと見えないじゃないですか」
ダイヤは装飾品なのに何故わざわざ内側に?
「そう、外さないと見えないから、絶対に外さないで」
と言って杉山さんは子供っぽく笑った。
「意地悪なシステムですね」
「遊び心だよ」
「別に光り物に興味は無いですけど、そんな事をされると凄く気になるじゃないですか」
「エデンの瞳の色と同じダイヤが付いてる」
杉山さんから今度は目元を指され、私は目をぱちくりさせる。
「ブルーダイヤ?」
「そう、綺麗だよね」
杉山さんは悪気無く微笑んでいるが、ブルーダイヤって不吉で有名だよな……?
「き、綺麗でしょうね」
見ないでおこう。
「絶対に見ないって約束して」
「勿論ですっ‼」
私は杉山さんとかたく指切りをした。
「しかしここへ来て1週間、手も握らなかったのに急展開ですね」
勿論、寝室も別。恋人というか婚約者だが、杉山さんが婚前交渉しない派とは到底思えない。
「それ聞く?」
とか言いながらさり気に杉山さんが私の両手を握ってくる。
「保護された動物って環境に慣れるまで時間がかかるだろ?」
「私は野犬ですか」
「それに、ほら、キスはまあいけるけど、なんていうか、キスから発展してその先に至るまでにエデンを怖がらせるかも、とか?」
杉山さんが急に歯切れ悪く頭を掻いた。気まずいから、とかそういう感じではなく、私に気を遣っている感じ。
「怖くは……ない、ですけど」
……何のこっちゃ‼
自分で言ってて歯痒くなる。
「冗談であれこれ試してはエデンの大丈夫な事を探り探り確認してきたけど、いざこうなってみるとこっちが怖くなるっていう不思議な現象に襲われてる」
「へえー……」
ちょっと待て、私はいつから杉山さんから試されていたのだろう?
「籍はまだだけど、一応、これがハネムーンだし、どうしたもんかなーって」
「そこまで手の内を明かしますか?」
「いきなりこられても怖いだろ?」
今更!!
「なおかつロマンチックにしてあげたいし?希望のシチュエーションは?」
「それ聞きますか?」
「希望には沿ってあげたい。ハード?ソフト?」
杉山さんは楽しそうに鞭打つジェスチャーをした。
ワクワクしてんな。
「コンタクトじゃないんですから」
シチュエーションか、考えた事無かった。何でか性に関する事は無意識に避けてきたというか、考えないようにしてた。自分の性癖とか、笑っちゃう。でも、そうか、ハネムーンだし、真剣に考えてみよう。
うーん……………
「普通で良いと思います」
「普通の裁量ってか、匙加減が分からないよ」
うーん……………
私は空を見上げ、漠然と外は嫌だなと思った。
「テラスは駄目」
「勿論勿論。それで?」
「それで……」
うーん……………
「ごめんごめん、そこまで深く考えなくていいんだよ。ハネムーンだからってエデンの慣れない事を無理にしようとは思わないし、俺はいつまでも待てるし」
しまった、また気を遣わせてしまった。それに考えたところで未熟な私に答えは導き出せない。ならばと、私は杉山さんの両手を引いてリビングへと誘導する。
「とりあえず私が爪を切ってあげます」
私がそう言うと杉山さんは意外そうな顔をしてされるがままリビングの床に座った。
「爪を切って、手を洗って、キスをして、後は杉山さんに委ねます」
そうして私は1本1本杉山さんの爪を緊張しながら切った。1本切り終わる毎に、まるでこれから杉山さんに抱かれるカウントダウンをしている様でどんどん心拍数が上がった。
大きくて厚みのある手だ。この手で胸とか揉まれるんだろうか?
いまにも叫び出しそう。
「じゃあ手を洗らおっか?」
「……はい」
私達はキッチンで並んで入念に手を洗う。
はたから見たら間抜けだな。そして私達は朝っぱらから何をしようとしているのか?
洗い終わると杉山さんが両手を広げて屈み、それを斜めにした。
「何ですか?」
すし◯んまい?
「お姫様抱っこする?」
「いや、己の足で歩いて行きます」
私にそれは似合わない。
私はズカズカと杉山さんの寝室まで己の足で歩いて行った。
「なんか逞しいね」
後ろから杉山さんに優しく背を押され、そのままベッドに座る。
良かった、カーテンが閉まってるから薄暗い。
「ねえ、エデン、ここからは冗談じゃなくなるけど本当にいいの?」
杉山さんが床に片膝を着いて、確認する様な真摯な目で真っ直ぐこちらを見上げるので、私は黙って頷いた。
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