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生贄
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指名確実と言われた氷朱鷺の献上の儀が決まるまでに、氷朱鷺も私も最善の準備を進めてきた。王女の誕生日を機に献上される献上品が決まるとあり、私は氷朱鷺との別れを惜しむように毎日を送り、本日、その、王女の誕生日を部屋で固唾を飲んで迎える。
「どうしたの、こんなに晴れた朝に、そんな神妙な面持ちで」
無神論者の私が、リビングテーブルに置いたスマホを前にソファーで両手を組んで何かに祈りを捧げていると、氷朱鷺が隣に腰掛け、手にしていたコーヒーを私に渡してくれた。
「ありがとう。だって今日は献上の指名の日でしょ?さすがに緊張するよ。氷朱鷺はドキドキとか緊張しないの?」
聞いておいてなんだが、氷朱鷺は常にクールだから愚問だったかもしれない。今だってソファーに凭れて大きく伸びをしている。これが、緊張している男の様子には到底見えない。
「してるよ、ドキドキ」
どこがだよ。
「親の心、子知らずだな」
ダイニングテーブルに着いていた杉山さんがこちらに体を反らせて横槍を入れた。今朝は杉山さんと万里も合流して献上の指名を待っていたのだ。因みに万里はダイニングテーブルの杉山さんの向かい側に座っている。
「氷朱鷺、俺にはコーヒー、淹れてくれないんだ?」
「ケトルに余ったお湯が入ってますよ」
杉山さんは至って大人の対応だったが、氷朱鷺は彼とは目も合わさず、冷たく突き放す。
指名の緊張感もあるが、こっちの険悪な緊張感もなかなかのものだ。
「杉山さん、僕が美味しいコーヒーを淹れてあげます」
気を利かせた万里が席を立ち、キッチンでケトルを再加熱させる。
我ながら、万里は思いやりのある良い子に育ったものだ。不器用で不出来な子ながら、素直で一生懸命なところなんかは自慢の弟だと思う。万里は今回の献上の候補には上がっていなかったが、姉の贔屓目無しに、彼の性格はもっと評価されるべきだろう。
うまく、間男や王女の友達にでもなって後宮に入れればいいけれど……
「氷朱鷺はいいの?」
万里がキッチンから顔だけ出すと、氷朱鷺は反射的に万里の方を見たがすぐに目線を逸らし、脚を組んだ。
「俺はいい」
「はーい。じゃあ杉山さんのコーヒーだけスペシャルブレンドにしま~す」
「そのスペシャルブレンドってのが当たり外れがあって怖いんだよなぁ」
杉山さんはコーヒーを飲む前から苦い顔をして戦いている。
一体、何があった?
「インスタントだから大丈夫大丈夫」
キッチンからおよそコーヒーを淹れているとは思えないようなガチャガチャとした奇妙な音が聞こえてきて、私も不安になってくる。
「何が?」
「インスタントのブラックだから大丈夫なんだって」
その割、なにやら酸味のある薫りが立ち込めているが……駄目だ、祈りに集中出来ない。
「万里、インスタントのブラックなのに何をブレンドするかが不安なんだろ?」
杉山さんは敢えてキッチンを見ないようにその時を待っている。それはまるで毒を飲まされる覚悟を決めているようだ。
「えへへ」
キッチンから万里のハニカムような笑いが聞こえ、弟は完全に杉山さんをおちょくっているなと思った。
「えへへじゃないよ、まったくこの子は、いつも思いつきで変な創作をして、俺の事、実験台にしてるだろ?」
「刺激があって楽しいでしょ?」
「俺はお前に刺激より安定を求める」
「お、出来たよ」
万里がコーヒーを持ってダイニングに現れ、それを杉山さんに渡す。
「いつもありがとう」
なんだかんだ言っていたが杉山さんは実の弟を見るような目で万里からコーヒーを受け取った。
「また作ってあげます」
万里は万里で杉山さんを実の兄でも見るような目をして笑い、自分の席へと戻る。
「次は混じりっけ無しでね」
「ふぁい」
私は一連のやり取りを見ていて、2人は自分達の部屋でもこんな風に楽しく賑やかに過ごし、良い関係を保っているのだと思ったら、思いがけずほっこりしてしまった。
そんな時、遂にスマホのバイブが唸る。
「きたっ!」
私は咄嗟にリビングテーブル上にあった自分のスマホを手にした。
「え?」
スマホを覗いたが、画面はブラックアウトしたまま。献上の指名は調教師のスマホに直接連絡が来ると聞いていたが……
「あ、俺だ」
杉山さんがスラックスの尻ポケットからスマホを取り出し、スワイプして電話に出た。
「はい……はいはい……杉山ですけど、何か問題でも……え、はい、そうです………………えっ⁉それは確かですか?……ええ、はい、分かりました。では今晩」
何故か困惑する杉山さんは電話を切ると一度私の方を見て、それから万里に向き直って口を開く。
「万里、お前が指名された」
「えっ!!」
まるで他人事と指のささくれを取っていた万里は椅子から跳び上がり、私は私で持っていたスマホを床に落とした。
「ば、万里が⁉」
私は青天の霹靂、天地がひっくり返る程の大仰天で耳を疑ったが、当の本人が一番驚愕していて、その、あまりの重責に漏らしそうになっている。
「嘘でしょ、どうしよう……僕にそんな大役が務まる訳……」
「うちの弟が、なんで……」
自分で言うのもなんだが、献上レースにエントリーすらされていなかったような最下層の献上品である万里が、数多の有力候補をさしおいて王女の初夜の相手に抜擢されるなんて、何かの間違いではないだろうか?
確かに、諦めていた実の弟が一番に指名された事は喜ぶべき事だが、あまりに突拍子が無くて俄には信じ難い。それは杉山さんも同じで、未だスマホの画面を見ながら呆然としていた。
「いや、俺も確認したんだけど、王女が直々に万里を指名してるって……」
「直々⁉だって万里とは何の接点も無いし、王女の目に触れる機会なんて、演劇の牛車役の時とか乗馬の時くらいで……」
「万里はよく落馬してたから、人一倍目を引いてたんじゃない?ドジな男の方が母性本能をくすぐるだろ?」
氷朱鷺は選ばれなかったのにも関わらず落ち込んだ様子も無く、この状況を他人事のように傍観している。
氷朱鷺は落ちこぼれに先を越されたのに、ショックじゃないのか?
私の立ち位置としては、手塩にかけて育てた献上品が選ばれず、ライバルである実の弟が選ばれ、喜んでいいものやら悲しんでいいものやら感情がぐちゃぐちゃで、氷朱鷺に対しても、どう声をかけていいか悩ましいところだった。名誉な事だから万里にはおめでとうを言いたいところだが、私には氷朱鷺の心中が気掛かりで何も言えない。
そんな私を察し、杉山さんは万里を連れ、一旦部屋に戻ってくれた。
「氷朱鷺、今日は1日休みにして好きな事をしよう」
やはり、身内が初夜に選ばれ、私は氷朱鷺に負い目を感じていた。
「気を遣わなくていいよ。俺はもう少しエデンと一緒にいられるから嬉しいんだ」
強がり?それとも本心?
「それはそうだけど……」
「万里の準備を手伝いに行ってきてもいいんだよ?」
いつも私を独り占めしたがる氷朱鷺が、今日に限っては譲歩の姿勢を見せ、気を遣わせていたのは私の方なのだと反省した。
「万里の調教師は杉山さんだから、いくら万里の姉でもしゃしゃり出る訳にはいかないよ」
「……そう」
歯切れの悪い返事をするなと思い、ふと氷朱鷺の横顔を見ると、彼のこめかみから一粒の汗が流れ落ちるのが見えた。
「暑い?エアコンの温度下げようか?」
今日は天気はいいものの、過ごしやすい気温なのに、熱でもあるのだろうか?
何の気無しに氷朱鷺の額に手を当てようとすると、いきなり氷朱鷺にその手を叩かれた。
「ごめん」
怯えた獣のような目をした氷朱鷺を見て、ジンジンと熱く痛む右手を抱え、私は咄嗟に謝罪していた。
氷朱鷺なりに選ばれなかった事がショックだったのか、何か様子がおかしい。
「ごめん、ちょっと出掛けて来る」
「あっ……うん」
私は『何処へ?』と聞こうとしたが、その言葉を飲み込み、黙って氷朱鷺の背中を見送った。
もしかしたら氷朱鷺は王女の元へ抗議しに行ったのかもしれない、と思ったが、すぐに、彼がそんな惨めったらしい事をするはずがないと思い直し、詮索するのを止めた。
それから間もなくして杉山さんが部屋に戻って来た。
「エデン、さっきドアの音がしたけど、氷朱鷺は?」
「ちょっと出掛けるって」
「良かった。ちょっと2人で話がしたかったから」
そう杉山さんが言うので、私達はダイニングテーブルに向き合って座った。
「話ってなんですか?」
「いや、唐突過ぎて俺も困惑してるんだが、今回の事、おかしくないか?」
「万里が選ばれた事ですよね?」
第三者の目から見ても今回の決定には納得がいかないらしい。
「万里が相応しくないって言ってる訳じゃないんだ。あいつの本質を見たら、恋愛感情無しに誰もが好感をもつはずだから。ただ──」
そこで杉山さんは一呼吸おき、懐から取り出した煙草に火をつけた。そして天井に向けてその紫煙を吐き出す。
「不自然すぎやしないか?」
「それは私も思っていました。ただでさえ万里は献上品の中でも一番目立たない存在だったのに、それが王女から直々に指名されるなんて何かの間違いとしか思えません」
アイドル集団の中に1人だけ一般人(万里)が混ざってしまっていたような状況なのだ、杉山さんが疑問に思っても不思議は無い。
「万里本人も戸惑ってて、怯えてる。献上品として毎日勉強や鍛錬を積んできたけど、まさか自分が初夜の儀に選ばれるとは思ってなくて尻込みしてるよ」
「万里にはまだその覚悟は無いんですよ。辞退とか先送りには出来ないんですか?」
何しろとにかく唐突過ぎて誰もが心の準備が出来ていなかった。
「献上品が王女の誘いを断るなんて言語道断、もってのほかだ。庶民が王女の顔に泥を塗るんだ、この上もない失礼に値するだろ。追放は勿論、罰は免れない」
「そうですよね。万里が女であれば月のものと偽って延期する事も出来たけど、現状は何の手立てもない」
普通は上げ膳据え膳で出世まで出来て万々歳なんだろうけど、万里は臆病だから、きっと今頃プレッシャーに押し潰されてる。喜ばしい事なのになんか可哀想に思えて仕方がない。
「断る選択肢が無い今、なんとしても初夜を成功させるしかない。悪い、部屋が煙たくなったな」
杉山さんは我に返るとその一口しか口を付けていない煙草を慌ててテーブル上の灰皿で消した。
「いえ、それより、姉として考えたくもないですけど、万里が役目を果たせるのか心配で、あれは緊張しいですから、直前で、その……」
私は直接的な表現を避け、もじもじと意味不明なジェスチャーをして杉山さんの笑いを誘う。
「勃つか?」
杉山さんに軽く失笑され、あまつさえダイレクトに聞き返されてしまい、私は取り乱して頭を掻きむしった。
「うわぁー!考えるのもゾッとしますがその通りです!聞きたくもないですけど万里の性の知識とかテクニックっていかほどなんですかっ⁉」
私は恥を忍んで早口で一即多に尋ねる。それもこれも、とにかく姉として弟が心配なのだ。それ程献上の儀というのは神経質で、ヘマをしたらその場で調教師に首をはねられる死と隣り合わせの儀式なのだ、ただでさえ万里は要領の悪いぶきっちょさんだから、これがいてもたってもいられる訳がない。
「知識としては中2くらい?テクニックは、まあ、未知数?ご存知、うちは変わらず実地訓練とか指南なんかはしてないから、単に、俺の体験談とか持てる知識を口頭で伝えてるだけ。それを万里は顔を真っ赤にして聞いてるって感じ?どう?かわいいだろ?」
杉山さんはまるで自分の息子自慢でもするようにドヤッた。
「なんか、もっと心配になりました」
うちの弟がウブな事だけは分かった。
「大丈夫大丈夫。そこまでエグい体験談は伏せてあるから」
「それもなんか知りたくなかったです」
杉山さんは一体今までどれ程のエグい体験をしてきたのか、私の想像の範疇を越える。
「なんで?」
急に杉山さんが私の方へ身を乗り出し、カマトトぶって頬杖を着いた。
「えっ?」
突如話の内容が急展開し、私は目をパチクリさせる。
「妬けるから?」
杉山さん、なんか嬉しそうだな、てか、それどころじゃなくない?
「いえ、本当にエグそうでしたから。それより、そんな事を言ってる場合じゃなくてですね──」
杉山さんペースに飲まれそうになったが私は自分を取り戻し、スンとした態度でそう切り返す。
「はいはい。でもさ、献上の儀には調教師の俺がお目付け役として現場に待機するし、相手の王女も初めてだから俺が世話役として口出しする事も許されてる」
「なんか、国を挙げての変態プレイですね」
現実味の無い、倒錯した世界だ。これが長年続いてきた伝統と言うのだから、何がノーマルで何がアブノーマルなのか解らなくなってくる。
「AVだったらここで3Pになるんだけど、生憎王女は趣味じゃない」
杉山さんはクスクスと笑って人差し指で自身の鼻を2、3回なぞった。
ここでハニカムか?
「恐れ多い事を言いますね。そもそもお会いした事はあるんですか?」
「そりゃ俺もお金持ちだからね、社交界で何度か話すくらいはあったさ」
「うわぁ……顔見知りに初夜を見られるとか、私だったらその場で舌を噛み切って死んでますね」
顔見知りじゃなくても嫌だけど。たまに世間話をする警備のおじさんに自分の初夜を見られるようなもんか……絶対嫌だ!!
「こっちだって弟みたいに思ってる万里の初めてを見せられるんだ、気まずいったらないよ。一体、どんな顔をしてビギナー2人のパコパコを見ればいいんだか」
パコパコ……他に言い方があっただろうに。
「エデンだって他人事じゃないだろ、氷朱鷺が献上されたら同じ目にあうんだから」
そうだった、万里の事で頭がいっぱいで失念していた。
「そう、なん、ですよね……」
一時はデキレースで氷朱鷺が指名されると思っていたのに、何故かそこまで深くは考えていなかった。そう言えばそうか。
「嫌?」
今度は真面目なトーンで尋ねられ、私は目を丸くする。
「えっ?」
何が?
「氷朱鷺が他の女とやるの」
そんな突然言われても、氷朱鷺は私以外の女性とはまともに話そうともしなかったし、王女との逢瀬でも、一体氷朱鷺はどんな事を話すのか想像すら出来なかったのだ、それをいきなり『氷朱鷺が他の女とやるの』を想像しろと言われても……
「想像出来ません」
「じゃあ分かりやすく言うと、氷朱鷺の○○○が王女のあすこに出たり入ったりするのを平常心で見ていられる?」
トントン、と杉山さんから真剣な顔でテーブルをつつかれ、私は反応に困る。
「そういう笑えないセクハラ、止めて下さい」
「俺は真剣だよ。笑ってないだろ?俺はかねがね、どうしてエデンはハッキリ氷朱鷺をはねつけないのか考えてたんだけど、もしかしてエデンは、氷朱鷺に家族の情以上のものを感じているんじゃないかって思ったんだよ」
「まさか」
自分なりには氷朱鷺を自分から遠ざけてきたつもりだけど、逆に、家族の情があったからこそ、氷朱鷺を傷つけないようにハッキリ跳ね除けられなかったのも確かだ。それを愛だと言われても困る。
「自分じゃ解らない事もあるだろ?」
そんな事を言われたら、私が何を言い返してもそういう事になるじゃないか。杉山さんは私に何を言わせたいのか。
「……」
「でも駄目だよ。例えエデンが俺をふったとしても氷朱鷺だけは駄目だ。あれはエデンに悪影響を与える」
「杉山さんは氷朱鷺の事嫌いですよね」
「嫌ってはないが、氷朱鷺は天災と一緒なんだよ。純粋で悪意は無いんだろうが災いを生む。誰も災害を好む奴なんかいないだろ?」
単に相性が良くないだけなのに、まったくな言い草だ。
「翻弄はされますけど、災いだなんて酷いじゃないですか」
杉山さんと氷朱鷺の話をすると決まって嫌な空気が流れる。
喧嘩したい訳じゃないのに。
「そういうとこなんだけどな」
杉山さんは困ったように笑い、小さくため息をつきながら背凭れに凭れる。
「はぁ……」
「まあ、それはさておき、話が脱線したけど、万里の知識とかテクニックはさして問題ないけど、勃つ勃たないは本人次第だから、そこらへんはちょっと思うところがあって俺も頭を悩ませてる」
「思うところですか?」
「いや、それが、万里と氷朱鷺の事なんだけど──」
「俺と万里が何ですって?」
杉山さんの話を遮るように氷朱鷺が部屋に戻って来た。
「氷朱鷺」
相変わらず氷朱鷺は杉山さんの前では眉間に皺が寄っている。
「杉山さん、万里の準備で忙しいんじゃないんですか?」
言葉にも棘があるし。
「──そうだな、今日のところは帰るよ」
杉山さんが重い腰を上げ、氷朱鷺とは目も合わさず私にだけ手を上げ、私はそれに反応してペコリと会釈した。
「杉山さんと何を話してたの?」
杉山さんが部屋を去り、玄関のドアが閉まると同時に氷朱鷺が私の面前まで迫って来た。
まるで浮気を疑う夫じゃないか。
「万里が王女のお役に立てるか心配してただけだよ」
「大丈夫でしょ、やりたい盛りなんだから。ゲイでもあるまいし」
氷朱鷺が軽く答えた。
私はあまり深刻に考え過ぎていたかもしれない。
「そうだよね、余計な心配だよね。氷朱鷺、今日は1日オフだから一緒に公園にでも──」
「いや、止めておく。ちょっと気分が良くないから部屋で休ませて」
「あ……そぅ……」
氷朱鷺の気分転換にでもと思ったが、具合が悪いのなら仕方がない。
「朝……って言うか、昼ご飯は?」
「横になるからいい」
氷朱鷺は終始私と目を合わさず、心無しか素っ気ない様子で寝室へと行ってしまった。
ついさっきまでは『俺はもう少しエデンと一緒にいられるから嬉しいんだ』と言っていたのに、何か突き放されたみたいだ。
結局、氷朱鷺は昼も夜も飲まず食わずで寝室にこもっていた。
こうなると私も心配になり、一応ノックしてから寝室へ入る。
「氷朱鷺、みかんの缶詰めだけでも食べない?あれ好きでしょ?」
寝室へ入ると、氷朱鷺は横になると言っていたのにベッドに座って虚ろな目をしていた。
「いらない」
──と氷朱鷺は目を伏せたまま。
具合が悪そうというより、元気が無いという方が適切だと思った。
「具合は?少しは良くなった?横にならなくていいの?」
「最悪だよ」
「頭痛?腹痛?熱は?」
そう言いながら氷朱鷺に近寄ってその額に手を伸ばすと、片手で彼にそれを軽くいなされた。
「熱は無い。吐き気がする」
「氷朱鷺、あーんしてあげるから無理してでも缶詰め食べよ?それからでないと胃薬は飲めないから」
私は中腰で両膝に両手を着いて下から氷朱鷺の顔を覗き込む。
「いらない」
プイッて感じに氷朱鷺は私から顔を背けた。
「いらないって……」
「俺の事はいいから万里についててあげて。もしこのまま王女に気に入られたり、王女が懐妊したりなんかしたらいきなり万里が手の届かない存在になってしまうよ?」
「それは分かってるけど、それ以前に私は氷朱鷺の調教師でもあるんだから世話を焼かせてよ。具合が悪いなら看病するし、落ち込んでるなら話を聞く」
「ごめん、独りになりたいんだ」
氷朱鷺はそれきり、俯いて私の方を見る事はなかった。
「そっか、ご飯は冷蔵庫にあるからいつでも好きな時に食べて」
この時の私は、氷朱鷺は自分が選ばれなくて落胆しているだけなのだと安易に考えていた。
寝室を出て、私はソファーに座って何気なくリモコンでテレビをつけクイズ番組を観ていたが、番組で出題されるクイズの内容自体が頭に入ってこず、ただひたすらにクイズに正解した人の歓喜のリアクションをボーッと眺めていた。
「ハァ……」
万里はどうしているだろう?
壁の掛け時計は午後8時を示している。この時分なら今頃万里は準備を済ませ、部屋で待機しているだろう。
「ハァ……」
万里が心配でため息ばかりが溢れる。
何も手につかない。
万里の様子を見に行くか?
「駄目だ、私は氷朱鷺の調教師なんだから。それに万里には万里の調教師がいる。私の出る幕じゃない」
そう自分に言い聞かせるものの『万里が手の届かない存在になってしまうよ?』という氷朱鷺の言葉がどうにも引っ掛かり、気付いた時には部屋を飛び出していた。
何か胸騒ぎがする。
「万里っ!」
私が部屋を出ると、ちょうど杉山さんや使いの者達に囲まれて歩く和装の白い夜着を着た万里の後ろ姿に出くわす。
「エデンッ!!」
万里は私に気付くと、振り返ってこちらに駆け寄り、飛び付いてきた。
「良かった、最後に会っておきたかったんだけど、迎えの人達に自分の調教師以外の人と会うのを止められてて」
万里が早口でそう言う通り、彼の周りにいた黒い和装の男達がすぐに万里を引き戻しに来る。
これじゃあ、まるで万里が連行されるみたいじゃないか。
「万里、大丈夫なの?怖くない?緊張してる?」
私は和装の男達に取り押さえられそうになりながらも必死で万里にしがみつく。
「大丈夫。動揺してたけど、今はもう心が決まって穏やかだよ。心配かけてごめんね。家族にもそう伝えて」
何故か万里が今生の別れみたいな事を口走り、私の不安が加速した。
「何?何でそんな事を言うの?王女に無礼さえはたらかなければ何て事はないんだよ?杉山さんだって付いてるから、心配しないで」
私は見納める様に万里の顔を見つめ、心を込めて彼の額にキスをする。
「うん。姉ちゃん、今までありがとう。大好きだよ」
そう言うと万里は最後に強く私を抱きしめ、自らその手を離した。
「お手間かけてすみません、行きます」
万里は私に背を向け、その、男にしては華奢で頼りない肩で風を切り、堂々と歩き出す。
真っ青になって右往左往すると思ったのに、あの弱虫だった子が、立派になったものだ。
「エデン、大丈夫だから、後は俺に任せて」
私は、同じく黒い和装をした杉山さんに腰をポンポンと優しく叩かれ安心するものの、ふと目に入った彼の帯刀を見て膝が震えた。
有事の際、杉山さんはこれで万里を切り捨てるんだ。
「エデン、大丈夫、大丈夫。何があろうとこれは使わないから」
私の目線に気付き、杉山さんは腰に挿していた刀が死角になるよう体を半分先の方に向けて慌てて歩き出す。
「杉山さん、万里の事を頼みました」
私は深々と頭を下げ、万里の一行を見送った。
これが、私が万里を見た最後の姿だった。
その夜、私はリビングのソファーで眠れぬ夜を過ごし、朝方になって恐ろしい夢を見た。夢の中で万里が王女に無礼をはたらき、その場で黒装束の何者かに首をはねられるというもの。私は弟の首が宙を舞った瞬間、思い切り息を飲んで飛び起きた。
「ッハァッハァハァ……」
「おっと、大丈夫?随分うなされてたね」
足元に杉山さんが腰掛け、ちょっとびっくりした様子でこちらを見ていた。
「杉山さん、いつの間に……?」
また勝手に……
変なところを見られたと、私は繕うようにボサボサの髪を直す。
「実は結構前に戻って、エデンの足元で考え事をしてた」
結構前だって?
絶対、変な顔をして寝てたのに。
「ドアチェーンを付けなきゃ……」
「ん?」
「いえ、あの、万里は大丈夫でしたか?」
私はソファーと杉山さんの腰に挟まれた両足を引っこ抜き、前のめりになって尋ねた。
「大丈夫、ちょっとハラハラしたけど、薬を使ったから万事滞りなく進んだ」
そう言って杉山さんは疲れた顔で微笑む。
「薬ですか?」
「ああ、調教師講習で習ったろ?緊急時のバイ○グラさ。万里は健康で若いから心臓に悪いと思って砕いたのをこっそり飲ませた。落ち着いて見えたけど、初めてだし、俺に見られてたから緊張してたんだろうな」
杉山さんは黄昏れた目をして頬杖を着き、フゥとひとつため息ついた。
「そうですか、万里がお世話になりました」
一応、なんとか初夜を乗り切ったようで私はようやく安堵する事が出来た。
「いいよ、俺は何もしてないからね……そうしたら、次は俺達の番だよな?」
杉山さんからニコッと首を傾げられ、私は迂闊にもそれをかわいいと思ってしまう。
「何がですか?」
「万里が初夜に選ばれて、次は氷朱鷺が選ばれたら、俺もエデンも調教師じゃなくなる。エデンは、調教師を辞めたら俺の所に来る約束だろ?」
そんな約束したか?
「覚えてません」
「でももう決定してる事だから」
「強制連行じゃないですか」
「嫌なの?」
あぁ、でも、嫌じゃない。だってこのまま杉山さんと縁が切れるのは寂しい。寧ろ凄く嫌だ。これからもずっと一緒にいたい。でも引っ掛かるのは、自分達の関係性。
「嫌じゃないです。でも、ええと、なんて言うか、その……」
私はどういう心持ちで杉山邸に行けばいいんだろう。
「何か引っ掛かる?」
「はい。恋人のふりをしてるだけなのに、そこまで厄介になっていいのかなって……あっ!勿論、一従業員として雑務はちゃんとこなします。なんなら杉山さんの用心棒として警護もします」
私はワタワタと自身の胸の前で両手を振り、そんな私を見て杉山さんが声をあげて大笑いした。
「俺はエデンに用心棒を求めてる訳じゃないよ」
「でも、それで杉山さんと一緒にいられるのなら、私は肉の盾に徹します」
家族以外の人にこんな事を言えるのは、私が杉山さんを好きだからからだと思う。でもこんな時に、氷朱鷺にも同じ事が言えるな、なんて変な事を思ってしまう。2人への想いは全然別物なのに。
「エデン、俺が言いたいのはさ、これからは俺が一生お前を守るって事」
杉山さんは笑うのを止め、柔らかいけれど真剣な面持ちで私の頬を両手で挟み、おでこ同士をくっつける。
「意味、解る?」
「はい。勿論勿論」
養ってくれるって事か?
私は超至近距離の麗しい顔面に臆し、目を泳がせながら早口で答えた。
子供の頃、私が熱を出すと杉山さんがこうして熱を測ってくれてたっけ。あの時は別に何とも思わなかったのに、今はとても緊張している。彼に息が当たりそうで息をつけない。ある種、目のやり場にも困る。
でも、私はこの人とキスした事があるんだっけ?
油断していてどんな感じでされたかはわからないけれど、こんな風に顔を寄せられたんだよね……
ハズッ!!
「あまり理解してないのに適当に返事をするところは昔と変わらないな。それで、エデンは俺の誘いを受け入れるの?」
「はい。勿論勿論」
とにかく早くこのイケメンな顔面から逃れたい。
「良かった。俺のプロポーズを受け入れてくれたって事よな?」
『プロポーズ、ナンノコッチャ』と超至近距離で杉山さんを刮目すると、彼は笑う詐欺師の如く、してやったりな顔をしていた。
「あまり理解していないのに適当に返事をしちゃあ駄目だよ。こんな事になるからね」
そんな事を言われても、私は『しまった!!』とか『どうしよう』なんて動揺は無くて、寧ろ嬉しくて、自然と首を縦に振っていた。
「偽装結婚でもいいんです」
「えっ、いやいや、いやいやいや」
杉山さんは呆気にとられ、唇の端を引きつらせる。
「いい?エデン、ここから話す事はよーく、よおーく集中して聞くんだよ?いい?」
私は黙って頷く。
てか、なんか子供に言い聞かせるような言い方だな。いいけど。
「俺はエデンと恋人のふりをしていたつもりなんかない。最初からエデンを恋人として見てた」
えっ、そうしますと、杉山さんはいつから私を女として意識しだしたのか、気になる。いや、だって、こっちはつい最近まで杉山さんを男と認識してなくて数々の痴態を晒してきたような……えっ?
「ぁっ、はぃ」
意表をつかれ、私の声は裏返る。
「なんでって、俺はエデンの事が好きだからね」
「好……」
『好き』って言ったか?
空耳か?
なんだか杉山さんの優しいテノールを聞いていると夢心地でボンヤリする。
「意味、解る?」
「はい、ざっと」
杉山さんが私に好意を持ってくれてたって事だよね。
「えっ、ざっと!?参ったなぁ」
文字通り杉山さんは困り笑いをした。
「なんか、凄く、ちゃんと伝わってない気がする」
「あの、杉山さん」
私が呼ぶと、杉山さんが私とバッチリ目線を合わせてきたので、私は勇気を振り絞ってその唇に自身の唇を合わせてみた。
サラッと、触れたか触れないかの微妙なキスだったが、自分からこんな事をしたのは今が生まれて初めてで、全身から湯気が上がるかと思った。
「間違ってたらすいません、こういう意味ですよね?」
もし、このごに及んで杉山さんの私への好きが単なる博愛によるものだとしたら、私の一世一代のキスは人生最悪の黒歴史となる。それで自意識過剰のキス魔という称号を自分に与える事になる訳だが……
ドキドキしながら杉山さんの動向を伺うと、彼は目を点にした後、ちょっと頬を高潮させながら仕切り直すように丁寧なキスをしてきた。
杉山さんとは付き合いが長いけれど、今、ようやく分かり合えた気がする。
杉山さんに何度も唇をついばまれながら、一方では身に余る程の幸せを噛み締めつつ、一方で隣の部屋で眠る氷朱鷺の事を考えては罪悪感に浸った。
万里の後宮入りが決まったとはいえ、氷朱鷺の献上の儀はまだなのにこんな事をしていていいのだろうか?
「杉……さ……ん」
キスとキスの合間に私が杉山さんの名を呼ぶと、彼は私の唇を解放し、いつもの穏やかな笑顔を少し桃色に染めてこちらを覗き込む。
いつも顔色を変えない人が頬をピンクに染めるなんて、ちょっとかわいい。
「何?怖かった?気を遣ったつもりだけど、こんなに顔を赤くして」
そう言って杉山さんが私の頬を裏手で撫で、今の自分が茹でダコであると自覚するといっきに恥ずかしさに拍車がかかった。
「杉山さんもピンクですよ」
私が悔し紛れにそう言うと、杉山さんは照れ笑いをしながら自身の後頭部を掻いた。
「いや、こんな、小鳥がするようなフレンチキス、初めての時ですらもっと、こう……って考えたら逆に尊くなって興奮しちゃって……ごめん、なさい。失言しました」
私が突っ込む前に、杉山さんは言っている途中でしおらしく頭を下げる。大の大人のそんな姿に少しだけ萌えたのは言うまでもない。
なんか、ずっと完璧な杉山さんを見てきたせいか、こういう気の抜けた姿を見ると、そのギャップにキュンとしてしまう。
違う違う、今はそんな事を考えている場合じゃない。
「それはいいですけど、隣の部屋に氷朱鷺もいますし、私はまだ調教師なのでここまでにしましょう」
「随分と理性的で現実派だなあ。夢から覚めたみたいだよ。氷朱鷺には付き合ってるって言ってあるんだからいいんじゃない?」
杉山さんは私の左手を掬い取り、その甲に軽くキスをする。
「信じないって言ってました」
「なら尚更見せつけた方がいい。キスマークでもつけようかな?」
「駄目駄目駄目、反抗期ですから逆効果ですよ。ただでさえ力じゃ敵わないんですから」
私は杉山さんから自分の手を引ったくると、これ以上何かされまいとソファーから立ち上がった。
「ヤバい、凄く心配になってきた。そもそも恋人が他の若い男と同棲してるって異常だよな?しかも同じ寝室で。心配で胸が焼け焦げそう」
そう言って杉山さんは両手で自身の顔を覆って『らしからぬ』しぐさをする。
杉山さんて、恋人の前ではちょっと子供っぽいのかな?
杉山さんを知る歴代の彼女達がちょっと妬ける。
「だったらあまり氷朱鷺を刺激しないで下さいね」
「分かった」
しゅんとしながらも、素直に従う杉山さんがかわいい。
「じゃあ、朝ご飯を作りますね」
そうして私が台所に立とうとした時、杉山さんのスマホが唸り、彼が『はい……今ですか?今は隣の○○○号室にいますけど』と対応するとすぐにこの部屋のインターホンが鳴らされ、彼は慌てて玄関のドアを開けた。
何やら男の物々しい声が聞こえ、次いで杉山さんの『えっ⁉』と驚く声がして私がパタパタと玄関に走ると、そこに複数名の制服を着た警備兵達が立っており、杉山さんを連行しようとしていた。
「どうしたんですか?」
私が杉山さんの前に出ようとすると、それを彼自身に止められる。
「エデン、それが……」
杉山さんが話しにくそうに口を開くと、代わりに先頭にいた調教師長が説明を始めた。
「白井氷朱鷺の時の騒動もありましたし、姉の多摩川さんには事後報告にしようと考えていましたが、最早隠し立て出来ないようなのでご説明しますと、本日、多摩川万里を王女への傷害の罪で死刑とします」
「はっ⁉」
今、何て言った?
聞き間違いか?
死刑とかなんとか──
調教師長があまりに簡単に死刑と口にするものだから、私の頭は理解が追い付かない。
この老紳士は何を仰ってるんだ?
「万里が王女に手でも上げたんですか?」
そんな筈ない、万里は虫も殺せぬ優しい子だ、何かの間違いに決まってる。杉山さんだって、万里は良くやったと言っていたじゃないか。
私は万里を絶対的に信じていた為、はなから調教師長の話は信じていなかった。
「多摩川さん、貴方が取り乱すのは無理もありません。多摩川万里は王女に対して暴力等は一切ふるっていませんので」
「じゃあなんで!?」
私はこの理不尽極まりない話に思わず声を荒らげる。目上の人がどうとか、調教師長がどうとか、王室権力がどうとか、そんなものはどうでも良かった。
「この事は調教師及び献上品には伏せてあったのですが、王女の最初のお相手になる献上品は王女に血を流させた罪として処刑されるしきたりになっているんですよ」
調教師長はその老いて弛んだ目元のせいで真顔なのかニヤけているのか判別がつかなかったが、心苦しそうな雰囲気は微塵も感じられなかった。なんと言うか、原因と結果が直結していて、こうなって当然という体できている。けれども、だからと言ってそれで納得が出来る筈がない。
「そんな馬鹿な話があるかっ!そんな事、知ってたら誰も献上品なんかやらないし、やらせない」
私は頭に血が上り、激しい気性で調教師長に掴み掛かろうとして、その腕を杉山さんに止められる。
「エデン、だからだよ。候補がいなくなるからわざと黙ってたんだ。調教師にだって、途中で献上品へ情がうつって逃亡の幇助をさせない為に言わなかった、そうだろ?」
杉山さんがそうして調教師長に顎をしゃくって見せると、彼は悪びれるでもなく淡々と説明を続けた。
「その通りです。これは避けては通れない事例ですから、誰かが王室の生贄になる必要がありました。勿論、多摩川万里の功績を称え、調教師や多摩川万里のご家族には余りある報酬が贈られます。ただ、表沙汰には出来ない内容ですので多摩川万里という存在は闇に葬り去られる事になるでしょう。残念ですが人々の記憶以外の記録は全て抹消され、無かった事になります」
「はっ」
何が『残念ですが』だ、少しも残念そうな顔をしていないじゃないか。すまし顔でカンペでも読むようにスラスラとテンプレートみたいな言葉を並べ立てて、単なる人でなしだ。
でも、ここで私が取り乱して暴れるのはまだ早い。
「報酬なんかいりません。寧ろ一生タダ働きでいいですから万里を解放して下さい!!」
私はプライドもかなぐり捨て、地べたに這いつくばって土下座をした。床に頭を強打したが、アドレナリンが噴出しているせいか痛みはない。
「エデン……俺からも頼みます。賄賂ならいくら積んでも構いませんので」
杉山さんは膝を着き、私を庇うように背中に手を回した。
「杉山さん、いくら金を積んだところで王女が血を流した事実は変えられません。頭を下げるのも時間の無駄です。刑の執行は間もなくですから参りましょう」
そう言って調教師長が体をずらすと、後ろに控えていた警備兵2人が杉山さんを両脇から抱え上げ、引き摺る様に部屋の外へと連行する。
「ちょっと待って下さいっ!!なんで杉山さんを連れて行くんですか⁉」
私も後を追って部屋を出ると、最後尾に回っていた調教師長が両腕を腰に回した状態で尋ねてきた。
「貴女も調教師だから分かっているでしょう?」
調教師長はシワシワの片瞼を持ち上げ、私に目配せする。
「何がっ……」
思いたる事はあった。そしてどうしてか、思い出したのは月波と郡山の事。
嘘でしょ……
背筋が凍った。
「献上品の罪は調教師が罰する。それが調教師の責任です」
「あの崖で、私に氷朱鷺を撃たせようとした時のように、杉山さんにもその残酷な役を背負わせるつもりですか!?これが人間のやる事か?合意の元で行われた情事なのに、なんで弟が殺されなければならないのか、またその死刑執行役を無理矢理育ての親である調教師にやらせるなんて、悪魔の考えたシステムとしか思えない。調教師に銃口を向けて脅しておいて、何が調教師の責任だ!!悪趣味め」
調教師長を罵倒したところで彼はただ自分の仕事をこなしているだけで、兵士として人を撃っていた私と同じ立場にあるのだ、それではまるで自分を罵倒しているのとなんら変わらない。
これが因果応報ってやつか。バチが当たったのか。
「エデン!大丈夫だ、俺は絶対に万里を撃ったりしない」
杉山さんは警備兵に無理くり連れ去られようとしながらも、何度もこちらを振り返ってはジタバタと抵抗していた。
「杉山さんっ!!」
私は杉山さんの方まで駆け寄り、彼の腕に縋り付くように並走する。
「杉山さん、でもっ、でもっ、それだと杉山さんが撃たれます」
杉山さんが万里を撃たなければ王室へ背いたものとして杉山さんが撃たれる。それが調教師としての規約。
「万里を撃つよりましだ」
「駄目です、だから──」
だからって、どうするのが一番ベストなんだ?
杉山さんは万里を撃たなければ自分が撃たれる。けれど杉山さんが撃たなくても万里は撃たれる。それなら始めから杉山さんが万里を撃てば杉山さんは助かる。でも、これじゃあどう転んでも万里は殺される。
私の思考が伝わったのか、杉山さんはそれ以上何も言わなかった。
私は狡い。万里が杉山さんに撃たれるのが最善と決まっているのに、ハッキリ『万里を撃って下さい』と言えなかった。その一言があれば例え杉山さんが万里を撃ったとしても、少なからず杉山さんの罪悪感は薄れた筈なのに、だ。
私は杉山さんがにっこり笑って連行されて行く様子を、まるで映画のスロー再生でも観ているようにボンヤリと見送った。
なんでこんな時でも笑顔なんだろう。
「……大変だ、止めないと。杉山さんは万里と心中するつもりだ」
頭が白紙の状態からワンテンポ遅れて回転し始める。
氷朱鷺の時ももう駄目かと諦めかけたがなんとななった。それは氷朱鷺が王女のお眼鏡に叶ったからだ。今回は、恐らく王女が氷朱鷺を守る為に万里を生贄の身代わりにしたのだろう。それがなんで万里だったのかはわからない、わからないけど、今はどうでもいい。もし、万里を救える人がいるとしたら、それは王家の者だけだ。王女なら万里を救えるかもしれない。けど、私の力では王女を動かす事は出来ない。謁見すらさせてもらえない。だとしたら、もう、頼みの綱は──
私は一縷の望みを胸に自室へ飛び込み、リビングのソファーに座る氷朱鷺に詰め寄った。
「氷朱鷺、万里が王女に血を流させた罪とかで杉山さんに処断される事になって、それで今、杉山さんが連れてかれて──」
私がえらい早口で訳のわからない事を喚き散らすと、氷朱鷺は驚く程落ち着いた様子で私の両肩を撫で擦った。
「エデン、落ち着いて」
「落ち着いてられないっ、今、とにかく今、万里が処刑されそうで、でも杉山さんは万里を撃たないって言ってて、そうしたら2人共死ぬ事になるし、私にはどうしようも無くて──」
そもそも王女が万里を選んだのに、彼女が万里を救う為に動いてくれるか可能性が低い。でもお気に入りの氷朱鷺の願いなら、もしかしたら、もしかしたら、万にひとつでも可能性はあるんじゃないか?
「お願い、王女にこの処刑を止めさせて!!」
私は氷朱鷺の前で膝を着き、頭を下げた。
「エデン、頭を上げて。王女が決めた事だから、それは俺にも無理だ。たかだか献上品の俺の話に彼女が耳を傾けてくれる筈がない。決定は絶対に覆らないよ」
「頼むだけでいいから、お願い」
私は床に額を擦り付けるように土下座する。
恥も外聞もない、あの2人を救う為ならなんでもしてやる。
「エデン、止めてよ、俺に土下座するエデンの姿なんて見たくない」
「私じゃ2人を救えない。下手に暴れても勝ち目が無いどころか田舎の家族まで根絶やしにされる。でも氷朱鷺なら、王女に直談判出来る。頼むから、電話のひとつでもしてほしい。万里と杉山さんを救えるなら何でもするから。他に方法がないんだっ!!」
「何でも?」
氷朱鷺は身を乗り出し、私の顎を掬って上を向かせた。氷朱鷺と目が合うと、彼は爛々と瞳を輝かせていた。
「何でも」
嫌な予感がしたが、何を言われても従う覚悟はあった。
「じゃあエデン、俺の物になるって約束してくれたら手を尽くしてあげる」
「えっ?」
こんな時に何を言っているんだ?
人の命がかかっているのに、私の弱みにつけ込んで駆け引きしようって言うのか?
「私は杉山さんと婚約していて……」
本当は当分言わないつもりだったが、それは言い訳のように力無く口から漏れた。
「信じないよ。どうせ俺にエデンを諦めさせる為の嘘なんでしょ?」
「嘘じゃない」
今回は本当だ。
「ああ、そう。信じないけどね。けど仮にそれが本当だとして、俺の願いを叶えないと婚約者もなにも無いよ?」
クッと氷朱鷺が意地悪な笑みを浮かべる。
生意気だ。
「体を差し出せばいいの?」
浮気にはなるが、それで2人の命が救えるなら耐えてみせよう。例えそれで杉山さんから婚約破棄されても、2人が生きてさえいればそれで満足だ。
「いやいや、その婚約とやらも解消してもらう。それで今後一切杉山さんには会わないと約束してよ」
氷朱鷺はチッチッチッと舌打ちしながら人差し指を振った。
「さっきから要望が増えてないか?」
「どうするの?時間がないよ?」
氷朱鷺は腕時計もしていない自分の手首を指差す。
「分かった」
考えている暇なんか無かった。こうしている間にも万里や杉山さんは窮地に立たされているかもしれない。万里なんかは泣き喚きながら命乞いをしているだろう。そう思うと、もう、胸が張り裂けそうで堪らなかった。例え婚約を破棄したとしても、杉山さんの命にだって代えられない。
「じゃあキスして」
「時間がないって言ったのは氷朱鷺でしょ?」
「キスだけ」
寧ろ焦っているのは俄然こちらの方だ。いや、だからこそ、氷朱鷺は私の足元を見るような事を言っているのだろう。
「後にして、早く王女に電話して!」
「エデン、こうして押し問答してる時間があるならさっさとキスした方が早いよ。何故なら俺はキスしてもらわなきゃ絶対に電話しないから」
「何考えてるの⁉人の命がかかってるんだよ⁉」
氷朱鷺の人でなしっぷりに一瞬、手を出しそうになるが、今は得策ではない。私は唇を噛み締め、憤りをやり過ごす。
早く、早くしないと万里どころか杉山さんもどうなるかわからない。そう思うと、私の動悸はかなりの速度でビートを刻み、全身から汗が吹き出して手足まで震えた。
「だったら早くしろよ」
氷朱鷺にそんな口をきかれるのが初めてで、普通だったらカチンときて彼を叱りつけていただろうが、今の私は焦燥としていて半ばヤケクソに氷朱鷺の唇に自分の唇をぶつけた。
「痛っ」
ガチンと唇越しに歯がぶつかり、氷朱鷺は自分の唇を押さえる。
「キスした。早く電話して!!」
「今のはキスとは言わないよ。エデンは調教師のくせにキスが下手だね。凄くガサツだよ。まるで頭突きみたいだったじゃん。あれは暴力だよ。酷いね、前歯が折れるかと思ったよ」
「唇と唇が合わされば、それはどんな形であれキスだ」
「とても調教師の言うセリフとは思えないね。だったら人口呼吸は?」
「屁理屈なら後で聞くから早くして!!」
私は駄々を捏ねるみたいに両手で床を激しく叩く。
手も前歯もジンジンする。
これ以上は待てない。
「ハァ、分かったよ。隣で電話してくるから、続きはその後にしよう。俺がエデンにちゃんとしたキスの仕方からそれ以上の事も教えてあげる」
氷朱鷺はダラダラと仕方なさそうに立ち上がり、親指で寝室を指し、それから電話しに行った。
残された私は体育座りで両手を組み、何かに向かってただただ必死に祈りを捧げる。
「お願いです。どうか2人を無事に帰して下さい。その為なら私は悪魔に魂を売ってもいいですから」
そのセリフを何セットか繰り返していると、寝室から氷朱鷺が戻って来て私のすぐ背後に膝を着いた。
ドキッとした。
私が魂を売った悪魔が自分のすぐ後ろで私をどうしてやろうかと息巻いている。彼を拒む権利を失った私は無力そのもの。まな板の鯉の気持ちだった。
「電話して説得したよ」
「ありがとう……」
「……」
「……」
沈黙が痛い。
「エデン、こっちを向いてくれる?」
「え?」
耳朶に氷朱鷺の唇が触れ、私はその湿った感触と吐息と声にビクリと肩を怒らせた。
「なんで?」
今振り向いたら絶対にキスされる。絶対に振り向くものか。
「俺は約束を守った。エデンも約束を果たすべきだろ?」
そう言いながら氷朱鷺がそろりそろりと両手を私の肩に回してきた。
「まだ、2人の無事を確認するまではしない」
私は氷朱鷺から身を守るみたいに前屈みに両脚を抱き、その膝に顔を埋める。
「俺が約束したのは電話をするところまでで、2人の無事を確認するところまでじゃない」
「どっちにしたって2人の無事を確認するまではそんな気になれない」
逆に、友人、知人の安否がわからないこの状況下で盛れる神経が理解出来ない。
「エデン、約束は約束だ。エデンがその気になるのを待ってたら来世になるだろ?それとも、エデンが俺相手にその気になる時があるなら俺にも待つ甲斐があるけど」
「ならない」
「だろ?って言うのも悲しい話だけど」
フッと笑った氷朱鷺の息が私の耳朶を掠め、背中に鳥肌が立った。
本能的なものか、今日の氷朱鷺をやけに怖く感じる。
「それに、氷朱鷺が言うように婚約破棄しなければ不貞行為になる」
苦痛だが、氷朱鷺との約束は守るつもりだ。ただ、今は2人の事が心配過ぎて何もしたくない。例え氷朱鷺から何かされても、きっと私は背徳心と罪悪感で舌を噛み切りたくなるだろう。
「婚約なんてただの口約束で、結婚してる訳じゃないし、俺は気にしない」
「私が気にする」
この子に他人への思いやりの心が無いのは、私の育て方が悪かったに違いない。
「分かった。じゃあ今は印だけつけるよ」
「印って……ちょっと!!」
氷朱鷺が私の襟元を強引に引っ張ったかと思うと、露わになった首筋に舌を這わせ、吸い付いた。
調教師の講習で習ったやつだ。キスマークか。
これは、マークをつけた相手が自分の物だと知らしめる為のマーキングだと聞いたが、一体、氷朱鷺はどんなつもりでこんな事をしているやら。私を自分の物にすると言っていたけど、献上品である己の立場を忘れてやしないだろうか?
「嫌だって」
私が嫌がって首を縮めると、氷朱鷺は更に執拗にマーキングを続けた。
「これくらい、大人しくしててよ」
何がこれくらいだ、弟だと思っていた奴から首に所有者の証をつけられるこっちの身にもなれって話だ。どうすれば氷朱鷺にこのゾッとする感覚が伝わるのか?
「やめろ!」
私はそのナメクジみたいな氷朱鷺の舌使いにいい加減嫌気がさし、彼を突き飛ばして尻もちを着かせた。
「酷いね」
氷朱鷺は口元を拭いながら体勢を立て直す。
「ごめん、ちょっと様子を見に行って来る」
そう言って私は立ち上がり、玄関へと向かう。
約束したくせに突き飛ばしたのは少しやりすぎたかもしれないが、今は氷朱鷺に気を遣えるだけの余裕は無く、兎にも角にも万里と杉山さんの安否が気遣われた。
杉山さんが連行されてからどれくらい経ったか、行き違いになってもいいから2人を迎えに行こう。
そう思っていると、玄関ドアの向こうからドタドタと騒々しい足音がした。そしてその足音は丁度私のいるドアの前でピタリと止まり、今度はガチャガチャとドアを開ける音がする。
「杉山さん?」
杉山さんが万里を連れ帰って来てくれたのだと思った。ドアが開いたら一番に万里を抱きしめてやろう、そう思っていた。
ガチャッ
ドアが開き、私が反射的に両手を拡げて万里を迎え入れようとしたがそこに万里の姿は無く、杉山さんだけが青い顔をして立っていた。
「杉山さん、万里は?」
杉山さんは答えるより先にスッポリと私の頭を抱き、武者震いのようにブルブルと腕を震わせる。
ただ事ではない、そう直感した。
「杉山さん、万里は?」
私は彼の胸に抱かれ、くぐもった声で再度聞き返す。
「エデン、落ち着いて聞いてほしい」
『落ち着いて聞いてほしい』このセリフは良くない知らせの前置きによく使われる言い回しじゃないか。
逆にその言葉が私を不安の波へと突き落とした。
動悸がする。
胸騒ぎが半端ない。
杉山さんの二の句を聞くのが物凄く怖い。
大丈夫、万里は大丈夫。だってさっき氷朱鷺が電話で手を回してくれたんだから。氷朱鷺の時みたいに今回もなんとかなった筈だ──
──と、私は自分を納得させた。
「エデン、万里が死んだ」
「ぇ……?」
苦しげに絞り出された杉山さんの言葉が、私の心臓を鷲掴みにする。
聞き間違いかな、今『万里が死んだ』って言った?
おかしい、そんな筈はない。だって氷朱鷺が電話で──
「万里は俺に気を遣って自分で崖から飛び降りたんだ」
杉山さんの感情的な声が、どこか遠くの方で聞こえているようだった。
私は、地に足は着いているのに体がフワフワ浮いているような感覚に囚われ、気が付くと杉山さんの支え無しでは立っていられない程膝が笑っていた。
「そんな、そんな筈無い。処刑は氷朱鷺が止めてくれて……」
「氷朱鷺が?」
杉山さんが怪訝な顔をする。
「そう、氷朱鷺が王女に電話をして止めさせるように言ってくれて……」
「そんな話、何も……」
その言葉通り、杉山さんは寝耳に水と言った様子で耳を疑っていた。
「どうやら間に合わなかったようだね」
背後から氷朱鷺の声がして私達が振り返ると、そこに無機質な顔をした氷朱鷺が立っていて、彼は私達のやり取りを聞いていた筈なのにとても平静で無感情な様に見えて、いっそ不気味なくらいだった。
「お前は本当に電話したのか?」
「杉山さん」
杉山さんが氷朱鷺を疑う様な事を言い出し、私は憔悴しながらも彼を止める。
「勿論だよ。エデンと取引したからね」
「取引だって?」
「氷朱鷺っ!」
こんな時に──
いくら万里と杉山さんを救う為とは言え、杉山さんとの婚約を破棄し、私が自分の体を売るような真似をしたと杉山さんが知ったら、彼は自分を責めるだろうし、同時に軽はずみな決断をした私に幻滅もするだろう。尻軽の売女と蔑んだ目で見られるかもしれない。
「エデンがあんたとの婚約を破棄して俺の物になる事を条件に、王女に電話した」
無情にも氷朱鷺が何の躊躇いも無くズバズバと真実を語り、私は杉山さんに顔向け出来ず、彼の方を見られなかった。
覚悟はしていた事だから仕方が無いけれど、万里を失った悲しみも相まってどん底に突き落とされた気分だ。
「エデン……」
頭上から降らされる杉山さんの声は哀憐の情を含んでいて私に同情しているようだった。
「ごめんなさい、杉山さん」
「そういう事だから、エデンの事は俺に任せて帰ってもらえますか?」
「お前は、こんな時に何を言ってるんだ?エデンの弱みにつけ込んで無理矢理彼女をものにして、お前はいいかもしれないが、エデンの気持ちを考えた事があるのか?」
「でも約束は約束だ。エデンの事は俺が慰めるんで、杉山さんはここを出る準備でもするといい」
私は2人のやり取りを呆然自失の状態で聞き流していると、いきなり氷朱鷺に腕を掴まれて思い切り抱き寄せられる。
「痛い」
強く腕を引っ張られた痛みと、氷朱鷺の胸板にぶつけた額がジンジンした。でも、それもまるで他人事のようで自分とは乖離して思えた。
「お前、本当に自分勝手な奴だな。人の足元を見てさ。エデン、そんな子供じみた口約束、守る義理は無いよ」
そうして杉山さんから手を差し伸べられ、私は暫しそれをボンヤリ眺めた後、何も考えずにその手を取る。
とにかく今は、ただ氷朱鷺の元を離れたかった。氷朱鷺はちゃんと約束を果たしてくれたのだろうが、彼の元にいては気がおかしくなりそうで耐えられないと思った。
「……氷朱鷺、電話してくれてありがとう。約束の事は後で話し合おう。今は少し……休ませてほしい。杉山さん」
私がそう言うと、氷朱鷺は顔を歪めて私に手を伸ばしてきたが、杉山さんが私を抱え込むようにその手を避け、足早に部屋から連れ出してくれた。
氷朱鷺が追って来るだろうと杉山さんは慌てて私と共に自室に飛び込んだが、玄関に並べられた万里のシューズや壁に掛けられた万里の道着、実家に居た時から使っていた万里のマグカップ等が次々目に入り、私は堪らなくなって杉山さんの胸で泣き崩れた。
この部屋にある物は何一つ見られない。ここは万里の部屋で、彼の面影がそこかしこに存在している。
本人はもう、この世のどこにもいないのに。
「駄目だ……見られない……」
私はみっともなく嗚咽を漏らしながら杉山さんの胸でわんわん泣いた。杉山さんはそんな私を何も言わず強く抱き締め背中をさすり続けてくれた。
色んな後悔が頭を巡ったが、考えたところで万里は帰って来ないと思い当たっては何度も絶望し、私はとうとう考える事を止めてしまった。
意識の遠くの方でこの部屋のインターホンが鳴らされる音や、ドアを激しくノックする音が聞こえたが、今はその全てがどうでもいい。
「どうしたの、こんなに晴れた朝に、そんな神妙な面持ちで」
無神論者の私が、リビングテーブルに置いたスマホを前にソファーで両手を組んで何かに祈りを捧げていると、氷朱鷺が隣に腰掛け、手にしていたコーヒーを私に渡してくれた。
「ありがとう。だって今日は献上の指名の日でしょ?さすがに緊張するよ。氷朱鷺はドキドキとか緊張しないの?」
聞いておいてなんだが、氷朱鷺は常にクールだから愚問だったかもしれない。今だってソファーに凭れて大きく伸びをしている。これが、緊張している男の様子には到底見えない。
「してるよ、ドキドキ」
どこがだよ。
「親の心、子知らずだな」
ダイニングテーブルに着いていた杉山さんがこちらに体を反らせて横槍を入れた。今朝は杉山さんと万里も合流して献上の指名を待っていたのだ。因みに万里はダイニングテーブルの杉山さんの向かい側に座っている。
「氷朱鷺、俺にはコーヒー、淹れてくれないんだ?」
「ケトルに余ったお湯が入ってますよ」
杉山さんは至って大人の対応だったが、氷朱鷺は彼とは目も合わさず、冷たく突き放す。
指名の緊張感もあるが、こっちの険悪な緊張感もなかなかのものだ。
「杉山さん、僕が美味しいコーヒーを淹れてあげます」
気を利かせた万里が席を立ち、キッチンでケトルを再加熱させる。
我ながら、万里は思いやりのある良い子に育ったものだ。不器用で不出来な子ながら、素直で一生懸命なところなんかは自慢の弟だと思う。万里は今回の献上の候補には上がっていなかったが、姉の贔屓目無しに、彼の性格はもっと評価されるべきだろう。
うまく、間男や王女の友達にでもなって後宮に入れればいいけれど……
「氷朱鷺はいいの?」
万里がキッチンから顔だけ出すと、氷朱鷺は反射的に万里の方を見たがすぐに目線を逸らし、脚を組んだ。
「俺はいい」
「はーい。じゃあ杉山さんのコーヒーだけスペシャルブレンドにしま~す」
「そのスペシャルブレンドってのが当たり外れがあって怖いんだよなぁ」
杉山さんはコーヒーを飲む前から苦い顔をして戦いている。
一体、何があった?
「インスタントだから大丈夫大丈夫」
キッチンからおよそコーヒーを淹れているとは思えないようなガチャガチャとした奇妙な音が聞こえてきて、私も不安になってくる。
「何が?」
「インスタントのブラックだから大丈夫なんだって」
その割、なにやら酸味のある薫りが立ち込めているが……駄目だ、祈りに集中出来ない。
「万里、インスタントのブラックなのに何をブレンドするかが不安なんだろ?」
杉山さんは敢えてキッチンを見ないようにその時を待っている。それはまるで毒を飲まされる覚悟を決めているようだ。
「えへへ」
キッチンから万里のハニカムような笑いが聞こえ、弟は完全に杉山さんをおちょくっているなと思った。
「えへへじゃないよ、まったくこの子は、いつも思いつきで変な創作をして、俺の事、実験台にしてるだろ?」
「刺激があって楽しいでしょ?」
「俺はお前に刺激より安定を求める」
「お、出来たよ」
万里がコーヒーを持ってダイニングに現れ、それを杉山さんに渡す。
「いつもありがとう」
なんだかんだ言っていたが杉山さんは実の弟を見るような目で万里からコーヒーを受け取った。
「また作ってあげます」
万里は万里で杉山さんを実の兄でも見るような目をして笑い、自分の席へと戻る。
「次は混じりっけ無しでね」
「ふぁい」
私は一連のやり取りを見ていて、2人は自分達の部屋でもこんな風に楽しく賑やかに過ごし、良い関係を保っているのだと思ったら、思いがけずほっこりしてしまった。
そんな時、遂にスマホのバイブが唸る。
「きたっ!」
私は咄嗟にリビングテーブル上にあった自分のスマホを手にした。
「え?」
スマホを覗いたが、画面はブラックアウトしたまま。献上の指名は調教師のスマホに直接連絡が来ると聞いていたが……
「あ、俺だ」
杉山さんがスラックスの尻ポケットからスマホを取り出し、スワイプして電話に出た。
「はい……はいはい……杉山ですけど、何か問題でも……え、はい、そうです………………えっ⁉それは確かですか?……ええ、はい、分かりました。では今晩」
何故か困惑する杉山さんは電話を切ると一度私の方を見て、それから万里に向き直って口を開く。
「万里、お前が指名された」
「えっ!!」
まるで他人事と指のささくれを取っていた万里は椅子から跳び上がり、私は私で持っていたスマホを床に落とした。
「ば、万里が⁉」
私は青天の霹靂、天地がひっくり返る程の大仰天で耳を疑ったが、当の本人が一番驚愕していて、その、あまりの重責に漏らしそうになっている。
「嘘でしょ、どうしよう……僕にそんな大役が務まる訳……」
「うちの弟が、なんで……」
自分で言うのもなんだが、献上レースにエントリーすらされていなかったような最下層の献上品である万里が、数多の有力候補をさしおいて王女の初夜の相手に抜擢されるなんて、何かの間違いではないだろうか?
確かに、諦めていた実の弟が一番に指名された事は喜ぶべき事だが、あまりに突拍子が無くて俄には信じ難い。それは杉山さんも同じで、未だスマホの画面を見ながら呆然としていた。
「いや、俺も確認したんだけど、王女が直々に万里を指名してるって……」
「直々⁉だって万里とは何の接点も無いし、王女の目に触れる機会なんて、演劇の牛車役の時とか乗馬の時くらいで……」
「万里はよく落馬してたから、人一倍目を引いてたんじゃない?ドジな男の方が母性本能をくすぐるだろ?」
氷朱鷺は選ばれなかったのにも関わらず落ち込んだ様子も無く、この状況を他人事のように傍観している。
氷朱鷺は落ちこぼれに先を越されたのに、ショックじゃないのか?
私の立ち位置としては、手塩にかけて育てた献上品が選ばれず、ライバルである実の弟が選ばれ、喜んでいいものやら悲しんでいいものやら感情がぐちゃぐちゃで、氷朱鷺に対しても、どう声をかけていいか悩ましいところだった。名誉な事だから万里にはおめでとうを言いたいところだが、私には氷朱鷺の心中が気掛かりで何も言えない。
そんな私を察し、杉山さんは万里を連れ、一旦部屋に戻ってくれた。
「氷朱鷺、今日は1日休みにして好きな事をしよう」
やはり、身内が初夜に選ばれ、私は氷朱鷺に負い目を感じていた。
「気を遣わなくていいよ。俺はもう少しエデンと一緒にいられるから嬉しいんだ」
強がり?それとも本心?
「それはそうだけど……」
「万里の準備を手伝いに行ってきてもいいんだよ?」
いつも私を独り占めしたがる氷朱鷺が、今日に限っては譲歩の姿勢を見せ、気を遣わせていたのは私の方なのだと反省した。
「万里の調教師は杉山さんだから、いくら万里の姉でもしゃしゃり出る訳にはいかないよ」
「……そう」
歯切れの悪い返事をするなと思い、ふと氷朱鷺の横顔を見ると、彼のこめかみから一粒の汗が流れ落ちるのが見えた。
「暑い?エアコンの温度下げようか?」
今日は天気はいいものの、過ごしやすい気温なのに、熱でもあるのだろうか?
何の気無しに氷朱鷺の額に手を当てようとすると、いきなり氷朱鷺にその手を叩かれた。
「ごめん」
怯えた獣のような目をした氷朱鷺を見て、ジンジンと熱く痛む右手を抱え、私は咄嗟に謝罪していた。
氷朱鷺なりに選ばれなかった事がショックだったのか、何か様子がおかしい。
「ごめん、ちょっと出掛けて来る」
「あっ……うん」
私は『何処へ?』と聞こうとしたが、その言葉を飲み込み、黙って氷朱鷺の背中を見送った。
もしかしたら氷朱鷺は王女の元へ抗議しに行ったのかもしれない、と思ったが、すぐに、彼がそんな惨めったらしい事をするはずがないと思い直し、詮索するのを止めた。
それから間もなくして杉山さんが部屋に戻って来た。
「エデン、さっきドアの音がしたけど、氷朱鷺は?」
「ちょっと出掛けるって」
「良かった。ちょっと2人で話がしたかったから」
そう杉山さんが言うので、私達はダイニングテーブルに向き合って座った。
「話ってなんですか?」
「いや、唐突過ぎて俺も困惑してるんだが、今回の事、おかしくないか?」
「万里が選ばれた事ですよね?」
第三者の目から見ても今回の決定には納得がいかないらしい。
「万里が相応しくないって言ってる訳じゃないんだ。あいつの本質を見たら、恋愛感情無しに誰もが好感をもつはずだから。ただ──」
そこで杉山さんは一呼吸おき、懐から取り出した煙草に火をつけた。そして天井に向けてその紫煙を吐き出す。
「不自然すぎやしないか?」
「それは私も思っていました。ただでさえ万里は献上品の中でも一番目立たない存在だったのに、それが王女から直々に指名されるなんて何かの間違いとしか思えません」
アイドル集団の中に1人だけ一般人(万里)が混ざってしまっていたような状況なのだ、杉山さんが疑問に思っても不思議は無い。
「万里本人も戸惑ってて、怯えてる。献上品として毎日勉強や鍛錬を積んできたけど、まさか自分が初夜の儀に選ばれるとは思ってなくて尻込みしてるよ」
「万里にはまだその覚悟は無いんですよ。辞退とか先送りには出来ないんですか?」
何しろとにかく唐突過ぎて誰もが心の準備が出来ていなかった。
「献上品が王女の誘いを断るなんて言語道断、もってのほかだ。庶民が王女の顔に泥を塗るんだ、この上もない失礼に値するだろ。追放は勿論、罰は免れない」
「そうですよね。万里が女であれば月のものと偽って延期する事も出来たけど、現状は何の手立てもない」
普通は上げ膳据え膳で出世まで出来て万々歳なんだろうけど、万里は臆病だから、きっと今頃プレッシャーに押し潰されてる。喜ばしい事なのになんか可哀想に思えて仕方がない。
「断る選択肢が無い今、なんとしても初夜を成功させるしかない。悪い、部屋が煙たくなったな」
杉山さんは我に返るとその一口しか口を付けていない煙草を慌ててテーブル上の灰皿で消した。
「いえ、それより、姉として考えたくもないですけど、万里が役目を果たせるのか心配で、あれは緊張しいですから、直前で、その……」
私は直接的な表現を避け、もじもじと意味不明なジェスチャーをして杉山さんの笑いを誘う。
「勃つか?」
杉山さんに軽く失笑され、あまつさえダイレクトに聞き返されてしまい、私は取り乱して頭を掻きむしった。
「うわぁー!考えるのもゾッとしますがその通りです!聞きたくもないですけど万里の性の知識とかテクニックっていかほどなんですかっ⁉」
私は恥を忍んで早口で一即多に尋ねる。それもこれも、とにかく姉として弟が心配なのだ。それ程献上の儀というのは神経質で、ヘマをしたらその場で調教師に首をはねられる死と隣り合わせの儀式なのだ、ただでさえ万里は要領の悪いぶきっちょさんだから、これがいてもたってもいられる訳がない。
「知識としては中2くらい?テクニックは、まあ、未知数?ご存知、うちは変わらず実地訓練とか指南なんかはしてないから、単に、俺の体験談とか持てる知識を口頭で伝えてるだけ。それを万里は顔を真っ赤にして聞いてるって感じ?どう?かわいいだろ?」
杉山さんはまるで自分の息子自慢でもするようにドヤッた。
「なんか、もっと心配になりました」
うちの弟がウブな事だけは分かった。
「大丈夫大丈夫。そこまでエグい体験談は伏せてあるから」
「それもなんか知りたくなかったです」
杉山さんは一体今までどれ程のエグい体験をしてきたのか、私の想像の範疇を越える。
「なんで?」
急に杉山さんが私の方へ身を乗り出し、カマトトぶって頬杖を着いた。
「えっ?」
突如話の内容が急展開し、私は目をパチクリさせる。
「妬けるから?」
杉山さん、なんか嬉しそうだな、てか、それどころじゃなくない?
「いえ、本当にエグそうでしたから。それより、そんな事を言ってる場合じゃなくてですね──」
杉山さんペースに飲まれそうになったが私は自分を取り戻し、スンとした態度でそう切り返す。
「はいはい。でもさ、献上の儀には調教師の俺がお目付け役として現場に待機するし、相手の王女も初めてだから俺が世話役として口出しする事も許されてる」
「なんか、国を挙げての変態プレイですね」
現実味の無い、倒錯した世界だ。これが長年続いてきた伝統と言うのだから、何がノーマルで何がアブノーマルなのか解らなくなってくる。
「AVだったらここで3Pになるんだけど、生憎王女は趣味じゃない」
杉山さんはクスクスと笑って人差し指で自身の鼻を2、3回なぞった。
ここでハニカムか?
「恐れ多い事を言いますね。そもそもお会いした事はあるんですか?」
「そりゃ俺もお金持ちだからね、社交界で何度か話すくらいはあったさ」
「うわぁ……顔見知りに初夜を見られるとか、私だったらその場で舌を噛み切って死んでますね」
顔見知りじゃなくても嫌だけど。たまに世間話をする警備のおじさんに自分の初夜を見られるようなもんか……絶対嫌だ!!
「こっちだって弟みたいに思ってる万里の初めてを見せられるんだ、気まずいったらないよ。一体、どんな顔をしてビギナー2人のパコパコを見ればいいんだか」
パコパコ……他に言い方があっただろうに。
「エデンだって他人事じゃないだろ、氷朱鷺が献上されたら同じ目にあうんだから」
そうだった、万里の事で頭がいっぱいで失念していた。
「そう、なん、ですよね……」
一時はデキレースで氷朱鷺が指名されると思っていたのに、何故かそこまで深くは考えていなかった。そう言えばそうか。
「嫌?」
今度は真面目なトーンで尋ねられ、私は目を丸くする。
「えっ?」
何が?
「氷朱鷺が他の女とやるの」
そんな突然言われても、氷朱鷺は私以外の女性とはまともに話そうともしなかったし、王女との逢瀬でも、一体氷朱鷺はどんな事を話すのか想像すら出来なかったのだ、それをいきなり『氷朱鷺が他の女とやるの』を想像しろと言われても……
「想像出来ません」
「じゃあ分かりやすく言うと、氷朱鷺の○○○が王女のあすこに出たり入ったりするのを平常心で見ていられる?」
トントン、と杉山さんから真剣な顔でテーブルをつつかれ、私は反応に困る。
「そういう笑えないセクハラ、止めて下さい」
「俺は真剣だよ。笑ってないだろ?俺はかねがね、どうしてエデンはハッキリ氷朱鷺をはねつけないのか考えてたんだけど、もしかしてエデンは、氷朱鷺に家族の情以上のものを感じているんじゃないかって思ったんだよ」
「まさか」
自分なりには氷朱鷺を自分から遠ざけてきたつもりだけど、逆に、家族の情があったからこそ、氷朱鷺を傷つけないようにハッキリ跳ね除けられなかったのも確かだ。それを愛だと言われても困る。
「自分じゃ解らない事もあるだろ?」
そんな事を言われたら、私が何を言い返してもそういう事になるじゃないか。杉山さんは私に何を言わせたいのか。
「……」
「でも駄目だよ。例えエデンが俺をふったとしても氷朱鷺だけは駄目だ。あれはエデンに悪影響を与える」
「杉山さんは氷朱鷺の事嫌いですよね」
「嫌ってはないが、氷朱鷺は天災と一緒なんだよ。純粋で悪意は無いんだろうが災いを生む。誰も災害を好む奴なんかいないだろ?」
単に相性が良くないだけなのに、まったくな言い草だ。
「翻弄はされますけど、災いだなんて酷いじゃないですか」
杉山さんと氷朱鷺の話をすると決まって嫌な空気が流れる。
喧嘩したい訳じゃないのに。
「そういうとこなんだけどな」
杉山さんは困ったように笑い、小さくため息をつきながら背凭れに凭れる。
「はぁ……」
「まあ、それはさておき、話が脱線したけど、万里の知識とかテクニックはさして問題ないけど、勃つ勃たないは本人次第だから、そこらへんはちょっと思うところがあって俺も頭を悩ませてる」
「思うところですか?」
「いや、それが、万里と氷朱鷺の事なんだけど──」
「俺と万里が何ですって?」
杉山さんの話を遮るように氷朱鷺が部屋に戻って来た。
「氷朱鷺」
相変わらず氷朱鷺は杉山さんの前では眉間に皺が寄っている。
「杉山さん、万里の準備で忙しいんじゃないんですか?」
言葉にも棘があるし。
「──そうだな、今日のところは帰るよ」
杉山さんが重い腰を上げ、氷朱鷺とは目も合わさず私にだけ手を上げ、私はそれに反応してペコリと会釈した。
「杉山さんと何を話してたの?」
杉山さんが部屋を去り、玄関のドアが閉まると同時に氷朱鷺が私の面前まで迫って来た。
まるで浮気を疑う夫じゃないか。
「万里が王女のお役に立てるか心配してただけだよ」
「大丈夫でしょ、やりたい盛りなんだから。ゲイでもあるまいし」
氷朱鷺が軽く答えた。
私はあまり深刻に考え過ぎていたかもしれない。
「そうだよね、余計な心配だよね。氷朱鷺、今日は1日オフだから一緒に公園にでも──」
「いや、止めておく。ちょっと気分が良くないから部屋で休ませて」
「あ……そぅ……」
氷朱鷺の気分転換にでもと思ったが、具合が悪いのなら仕方がない。
「朝……って言うか、昼ご飯は?」
「横になるからいい」
氷朱鷺は終始私と目を合わさず、心無しか素っ気ない様子で寝室へと行ってしまった。
ついさっきまでは『俺はもう少しエデンと一緒にいられるから嬉しいんだ』と言っていたのに、何か突き放されたみたいだ。
結局、氷朱鷺は昼も夜も飲まず食わずで寝室にこもっていた。
こうなると私も心配になり、一応ノックしてから寝室へ入る。
「氷朱鷺、みかんの缶詰めだけでも食べない?あれ好きでしょ?」
寝室へ入ると、氷朱鷺は横になると言っていたのにベッドに座って虚ろな目をしていた。
「いらない」
──と氷朱鷺は目を伏せたまま。
具合が悪そうというより、元気が無いという方が適切だと思った。
「具合は?少しは良くなった?横にならなくていいの?」
「最悪だよ」
「頭痛?腹痛?熱は?」
そう言いながら氷朱鷺に近寄ってその額に手を伸ばすと、片手で彼にそれを軽くいなされた。
「熱は無い。吐き気がする」
「氷朱鷺、あーんしてあげるから無理してでも缶詰め食べよ?それからでないと胃薬は飲めないから」
私は中腰で両膝に両手を着いて下から氷朱鷺の顔を覗き込む。
「いらない」
プイッて感じに氷朱鷺は私から顔を背けた。
「いらないって……」
「俺の事はいいから万里についててあげて。もしこのまま王女に気に入られたり、王女が懐妊したりなんかしたらいきなり万里が手の届かない存在になってしまうよ?」
「それは分かってるけど、それ以前に私は氷朱鷺の調教師でもあるんだから世話を焼かせてよ。具合が悪いなら看病するし、落ち込んでるなら話を聞く」
「ごめん、独りになりたいんだ」
氷朱鷺はそれきり、俯いて私の方を見る事はなかった。
「そっか、ご飯は冷蔵庫にあるからいつでも好きな時に食べて」
この時の私は、氷朱鷺は自分が選ばれなくて落胆しているだけなのだと安易に考えていた。
寝室を出て、私はソファーに座って何気なくリモコンでテレビをつけクイズ番組を観ていたが、番組で出題されるクイズの内容自体が頭に入ってこず、ただひたすらにクイズに正解した人の歓喜のリアクションをボーッと眺めていた。
「ハァ……」
万里はどうしているだろう?
壁の掛け時計は午後8時を示している。この時分なら今頃万里は準備を済ませ、部屋で待機しているだろう。
「ハァ……」
万里が心配でため息ばかりが溢れる。
何も手につかない。
万里の様子を見に行くか?
「駄目だ、私は氷朱鷺の調教師なんだから。それに万里には万里の調教師がいる。私の出る幕じゃない」
そう自分に言い聞かせるものの『万里が手の届かない存在になってしまうよ?』という氷朱鷺の言葉がどうにも引っ掛かり、気付いた時には部屋を飛び出していた。
何か胸騒ぎがする。
「万里っ!」
私が部屋を出ると、ちょうど杉山さんや使いの者達に囲まれて歩く和装の白い夜着を着た万里の後ろ姿に出くわす。
「エデンッ!!」
万里は私に気付くと、振り返ってこちらに駆け寄り、飛び付いてきた。
「良かった、最後に会っておきたかったんだけど、迎えの人達に自分の調教師以外の人と会うのを止められてて」
万里が早口でそう言う通り、彼の周りにいた黒い和装の男達がすぐに万里を引き戻しに来る。
これじゃあ、まるで万里が連行されるみたいじゃないか。
「万里、大丈夫なの?怖くない?緊張してる?」
私は和装の男達に取り押さえられそうになりながらも必死で万里にしがみつく。
「大丈夫。動揺してたけど、今はもう心が決まって穏やかだよ。心配かけてごめんね。家族にもそう伝えて」
何故か万里が今生の別れみたいな事を口走り、私の不安が加速した。
「何?何でそんな事を言うの?王女に無礼さえはたらかなければ何て事はないんだよ?杉山さんだって付いてるから、心配しないで」
私は見納める様に万里の顔を見つめ、心を込めて彼の額にキスをする。
「うん。姉ちゃん、今までありがとう。大好きだよ」
そう言うと万里は最後に強く私を抱きしめ、自らその手を離した。
「お手間かけてすみません、行きます」
万里は私に背を向け、その、男にしては華奢で頼りない肩で風を切り、堂々と歩き出す。
真っ青になって右往左往すると思ったのに、あの弱虫だった子が、立派になったものだ。
「エデン、大丈夫だから、後は俺に任せて」
私は、同じく黒い和装をした杉山さんに腰をポンポンと優しく叩かれ安心するものの、ふと目に入った彼の帯刀を見て膝が震えた。
有事の際、杉山さんはこれで万里を切り捨てるんだ。
「エデン、大丈夫、大丈夫。何があろうとこれは使わないから」
私の目線に気付き、杉山さんは腰に挿していた刀が死角になるよう体を半分先の方に向けて慌てて歩き出す。
「杉山さん、万里の事を頼みました」
私は深々と頭を下げ、万里の一行を見送った。
これが、私が万里を見た最後の姿だった。
その夜、私はリビングのソファーで眠れぬ夜を過ごし、朝方になって恐ろしい夢を見た。夢の中で万里が王女に無礼をはたらき、その場で黒装束の何者かに首をはねられるというもの。私は弟の首が宙を舞った瞬間、思い切り息を飲んで飛び起きた。
「ッハァッハァハァ……」
「おっと、大丈夫?随分うなされてたね」
足元に杉山さんが腰掛け、ちょっとびっくりした様子でこちらを見ていた。
「杉山さん、いつの間に……?」
また勝手に……
変なところを見られたと、私は繕うようにボサボサの髪を直す。
「実は結構前に戻って、エデンの足元で考え事をしてた」
結構前だって?
絶対、変な顔をして寝てたのに。
「ドアチェーンを付けなきゃ……」
「ん?」
「いえ、あの、万里は大丈夫でしたか?」
私はソファーと杉山さんの腰に挟まれた両足を引っこ抜き、前のめりになって尋ねた。
「大丈夫、ちょっとハラハラしたけど、薬を使ったから万事滞りなく進んだ」
そう言って杉山さんは疲れた顔で微笑む。
「薬ですか?」
「ああ、調教師講習で習ったろ?緊急時のバイ○グラさ。万里は健康で若いから心臓に悪いと思って砕いたのをこっそり飲ませた。落ち着いて見えたけど、初めてだし、俺に見られてたから緊張してたんだろうな」
杉山さんは黄昏れた目をして頬杖を着き、フゥとひとつため息ついた。
「そうですか、万里がお世話になりました」
一応、なんとか初夜を乗り切ったようで私はようやく安堵する事が出来た。
「いいよ、俺は何もしてないからね……そうしたら、次は俺達の番だよな?」
杉山さんからニコッと首を傾げられ、私は迂闊にもそれをかわいいと思ってしまう。
「何がですか?」
「万里が初夜に選ばれて、次は氷朱鷺が選ばれたら、俺もエデンも調教師じゃなくなる。エデンは、調教師を辞めたら俺の所に来る約束だろ?」
そんな約束したか?
「覚えてません」
「でももう決定してる事だから」
「強制連行じゃないですか」
「嫌なの?」
あぁ、でも、嫌じゃない。だってこのまま杉山さんと縁が切れるのは寂しい。寧ろ凄く嫌だ。これからもずっと一緒にいたい。でも引っ掛かるのは、自分達の関係性。
「嫌じゃないです。でも、ええと、なんて言うか、その……」
私はどういう心持ちで杉山邸に行けばいいんだろう。
「何か引っ掛かる?」
「はい。恋人のふりをしてるだけなのに、そこまで厄介になっていいのかなって……あっ!勿論、一従業員として雑務はちゃんとこなします。なんなら杉山さんの用心棒として警護もします」
私はワタワタと自身の胸の前で両手を振り、そんな私を見て杉山さんが声をあげて大笑いした。
「俺はエデンに用心棒を求めてる訳じゃないよ」
「でも、それで杉山さんと一緒にいられるのなら、私は肉の盾に徹します」
家族以外の人にこんな事を言えるのは、私が杉山さんを好きだからからだと思う。でもこんな時に、氷朱鷺にも同じ事が言えるな、なんて変な事を思ってしまう。2人への想いは全然別物なのに。
「エデン、俺が言いたいのはさ、これからは俺が一生お前を守るって事」
杉山さんは笑うのを止め、柔らかいけれど真剣な面持ちで私の頬を両手で挟み、おでこ同士をくっつける。
「意味、解る?」
「はい。勿論勿論」
養ってくれるって事か?
私は超至近距離の麗しい顔面に臆し、目を泳がせながら早口で答えた。
子供の頃、私が熱を出すと杉山さんがこうして熱を測ってくれてたっけ。あの時は別に何とも思わなかったのに、今はとても緊張している。彼に息が当たりそうで息をつけない。ある種、目のやり場にも困る。
でも、私はこの人とキスした事があるんだっけ?
油断していてどんな感じでされたかはわからないけれど、こんな風に顔を寄せられたんだよね……
ハズッ!!
「あまり理解してないのに適当に返事をするところは昔と変わらないな。それで、エデンは俺の誘いを受け入れるの?」
「はい。勿論勿論」
とにかく早くこのイケメンな顔面から逃れたい。
「良かった。俺のプロポーズを受け入れてくれたって事よな?」
『プロポーズ、ナンノコッチャ』と超至近距離で杉山さんを刮目すると、彼は笑う詐欺師の如く、してやったりな顔をしていた。
「あまり理解していないのに適当に返事をしちゃあ駄目だよ。こんな事になるからね」
そんな事を言われても、私は『しまった!!』とか『どうしよう』なんて動揺は無くて、寧ろ嬉しくて、自然と首を縦に振っていた。
「偽装結婚でもいいんです」
「えっ、いやいや、いやいやいや」
杉山さんは呆気にとられ、唇の端を引きつらせる。
「いい?エデン、ここから話す事はよーく、よおーく集中して聞くんだよ?いい?」
私は黙って頷く。
てか、なんか子供に言い聞かせるような言い方だな。いいけど。
「俺はエデンと恋人のふりをしていたつもりなんかない。最初からエデンを恋人として見てた」
えっ、そうしますと、杉山さんはいつから私を女として意識しだしたのか、気になる。いや、だって、こっちはつい最近まで杉山さんを男と認識してなくて数々の痴態を晒してきたような……えっ?
「ぁっ、はぃ」
意表をつかれ、私の声は裏返る。
「なんでって、俺はエデンの事が好きだからね」
「好……」
『好き』って言ったか?
空耳か?
なんだか杉山さんの優しいテノールを聞いていると夢心地でボンヤリする。
「意味、解る?」
「はい、ざっと」
杉山さんが私に好意を持ってくれてたって事だよね。
「えっ、ざっと!?参ったなぁ」
文字通り杉山さんは困り笑いをした。
「なんか、凄く、ちゃんと伝わってない気がする」
「あの、杉山さん」
私が呼ぶと、杉山さんが私とバッチリ目線を合わせてきたので、私は勇気を振り絞ってその唇に自身の唇を合わせてみた。
サラッと、触れたか触れないかの微妙なキスだったが、自分からこんな事をしたのは今が生まれて初めてで、全身から湯気が上がるかと思った。
「間違ってたらすいません、こういう意味ですよね?」
もし、このごに及んで杉山さんの私への好きが単なる博愛によるものだとしたら、私の一世一代のキスは人生最悪の黒歴史となる。それで自意識過剰のキス魔という称号を自分に与える事になる訳だが……
ドキドキしながら杉山さんの動向を伺うと、彼は目を点にした後、ちょっと頬を高潮させながら仕切り直すように丁寧なキスをしてきた。
杉山さんとは付き合いが長いけれど、今、ようやく分かり合えた気がする。
杉山さんに何度も唇をついばまれながら、一方では身に余る程の幸せを噛み締めつつ、一方で隣の部屋で眠る氷朱鷺の事を考えては罪悪感に浸った。
万里の後宮入りが決まったとはいえ、氷朱鷺の献上の儀はまだなのにこんな事をしていていいのだろうか?
「杉……さ……ん」
キスとキスの合間に私が杉山さんの名を呼ぶと、彼は私の唇を解放し、いつもの穏やかな笑顔を少し桃色に染めてこちらを覗き込む。
いつも顔色を変えない人が頬をピンクに染めるなんて、ちょっとかわいい。
「何?怖かった?気を遣ったつもりだけど、こんなに顔を赤くして」
そう言って杉山さんが私の頬を裏手で撫で、今の自分が茹でダコであると自覚するといっきに恥ずかしさに拍車がかかった。
「杉山さんもピンクですよ」
私が悔し紛れにそう言うと、杉山さんは照れ笑いをしながら自身の後頭部を掻いた。
「いや、こんな、小鳥がするようなフレンチキス、初めての時ですらもっと、こう……って考えたら逆に尊くなって興奮しちゃって……ごめん、なさい。失言しました」
私が突っ込む前に、杉山さんは言っている途中でしおらしく頭を下げる。大の大人のそんな姿に少しだけ萌えたのは言うまでもない。
なんか、ずっと完璧な杉山さんを見てきたせいか、こういう気の抜けた姿を見ると、そのギャップにキュンとしてしまう。
違う違う、今はそんな事を考えている場合じゃない。
「それはいいですけど、隣の部屋に氷朱鷺もいますし、私はまだ調教師なのでここまでにしましょう」
「随分と理性的で現実派だなあ。夢から覚めたみたいだよ。氷朱鷺には付き合ってるって言ってあるんだからいいんじゃない?」
杉山さんは私の左手を掬い取り、その甲に軽くキスをする。
「信じないって言ってました」
「なら尚更見せつけた方がいい。キスマークでもつけようかな?」
「駄目駄目駄目、反抗期ですから逆効果ですよ。ただでさえ力じゃ敵わないんですから」
私は杉山さんから自分の手を引ったくると、これ以上何かされまいとソファーから立ち上がった。
「ヤバい、凄く心配になってきた。そもそも恋人が他の若い男と同棲してるって異常だよな?しかも同じ寝室で。心配で胸が焼け焦げそう」
そう言って杉山さんは両手で自身の顔を覆って『らしからぬ』しぐさをする。
杉山さんて、恋人の前ではちょっと子供っぽいのかな?
杉山さんを知る歴代の彼女達がちょっと妬ける。
「だったらあまり氷朱鷺を刺激しないで下さいね」
「分かった」
しゅんとしながらも、素直に従う杉山さんがかわいい。
「じゃあ、朝ご飯を作りますね」
そうして私が台所に立とうとした時、杉山さんのスマホが唸り、彼が『はい……今ですか?今は隣の○○○号室にいますけど』と対応するとすぐにこの部屋のインターホンが鳴らされ、彼は慌てて玄関のドアを開けた。
何やら男の物々しい声が聞こえ、次いで杉山さんの『えっ⁉』と驚く声がして私がパタパタと玄関に走ると、そこに複数名の制服を着た警備兵達が立っており、杉山さんを連行しようとしていた。
「どうしたんですか?」
私が杉山さんの前に出ようとすると、それを彼自身に止められる。
「エデン、それが……」
杉山さんが話しにくそうに口を開くと、代わりに先頭にいた調教師長が説明を始めた。
「白井氷朱鷺の時の騒動もありましたし、姉の多摩川さんには事後報告にしようと考えていましたが、最早隠し立て出来ないようなのでご説明しますと、本日、多摩川万里を王女への傷害の罪で死刑とします」
「はっ⁉」
今、何て言った?
聞き間違いか?
死刑とかなんとか──
調教師長があまりに簡単に死刑と口にするものだから、私の頭は理解が追い付かない。
この老紳士は何を仰ってるんだ?
「万里が王女に手でも上げたんですか?」
そんな筈ない、万里は虫も殺せぬ優しい子だ、何かの間違いに決まってる。杉山さんだって、万里は良くやったと言っていたじゃないか。
私は万里を絶対的に信じていた為、はなから調教師長の話は信じていなかった。
「多摩川さん、貴方が取り乱すのは無理もありません。多摩川万里は王女に対して暴力等は一切ふるっていませんので」
「じゃあなんで!?」
私はこの理不尽極まりない話に思わず声を荒らげる。目上の人がどうとか、調教師長がどうとか、王室権力がどうとか、そんなものはどうでも良かった。
「この事は調教師及び献上品には伏せてあったのですが、王女の最初のお相手になる献上品は王女に血を流させた罪として処刑されるしきたりになっているんですよ」
調教師長はその老いて弛んだ目元のせいで真顔なのかニヤけているのか判別がつかなかったが、心苦しそうな雰囲気は微塵も感じられなかった。なんと言うか、原因と結果が直結していて、こうなって当然という体できている。けれども、だからと言ってそれで納得が出来る筈がない。
「そんな馬鹿な話があるかっ!そんな事、知ってたら誰も献上品なんかやらないし、やらせない」
私は頭に血が上り、激しい気性で調教師長に掴み掛かろうとして、その腕を杉山さんに止められる。
「エデン、だからだよ。候補がいなくなるからわざと黙ってたんだ。調教師にだって、途中で献上品へ情がうつって逃亡の幇助をさせない為に言わなかった、そうだろ?」
杉山さんがそうして調教師長に顎をしゃくって見せると、彼は悪びれるでもなく淡々と説明を続けた。
「その通りです。これは避けては通れない事例ですから、誰かが王室の生贄になる必要がありました。勿論、多摩川万里の功績を称え、調教師や多摩川万里のご家族には余りある報酬が贈られます。ただ、表沙汰には出来ない内容ですので多摩川万里という存在は闇に葬り去られる事になるでしょう。残念ですが人々の記憶以外の記録は全て抹消され、無かった事になります」
「はっ」
何が『残念ですが』だ、少しも残念そうな顔をしていないじゃないか。すまし顔でカンペでも読むようにスラスラとテンプレートみたいな言葉を並べ立てて、単なる人でなしだ。
でも、ここで私が取り乱して暴れるのはまだ早い。
「報酬なんかいりません。寧ろ一生タダ働きでいいですから万里を解放して下さい!!」
私はプライドもかなぐり捨て、地べたに這いつくばって土下座をした。床に頭を強打したが、アドレナリンが噴出しているせいか痛みはない。
「エデン……俺からも頼みます。賄賂ならいくら積んでも構いませんので」
杉山さんは膝を着き、私を庇うように背中に手を回した。
「杉山さん、いくら金を積んだところで王女が血を流した事実は変えられません。頭を下げるのも時間の無駄です。刑の執行は間もなくですから参りましょう」
そう言って調教師長が体をずらすと、後ろに控えていた警備兵2人が杉山さんを両脇から抱え上げ、引き摺る様に部屋の外へと連行する。
「ちょっと待って下さいっ!!なんで杉山さんを連れて行くんですか⁉」
私も後を追って部屋を出ると、最後尾に回っていた調教師長が両腕を腰に回した状態で尋ねてきた。
「貴女も調教師だから分かっているでしょう?」
調教師長はシワシワの片瞼を持ち上げ、私に目配せする。
「何がっ……」
思いたる事はあった。そしてどうしてか、思い出したのは月波と郡山の事。
嘘でしょ……
背筋が凍った。
「献上品の罪は調教師が罰する。それが調教師の責任です」
「あの崖で、私に氷朱鷺を撃たせようとした時のように、杉山さんにもその残酷な役を背負わせるつもりですか!?これが人間のやる事か?合意の元で行われた情事なのに、なんで弟が殺されなければならないのか、またその死刑執行役を無理矢理育ての親である調教師にやらせるなんて、悪魔の考えたシステムとしか思えない。調教師に銃口を向けて脅しておいて、何が調教師の責任だ!!悪趣味め」
調教師長を罵倒したところで彼はただ自分の仕事をこなしているだけで、兵士として人を撃っていた私と同じ立場にあるのだ、それではまるで自分を罵倒しているのとなんら変わらない。
これが因果応報ってやつか。バチが当たったのか。
「エデン!大丈夫だ、俺は絶対に万里を撃ったりしない」
杉山さんは警備兵に無理くり連れ去られようとしながらも、何度もこちらを振り返ってはジタバタと抵抗していた。
「杉山さんっ!!」
私は杉山さんの方まで駆け寄り、彼の腕に縋り付くように並走する。
「杉山さん、でもっ、でもっ、それだと杉山さんが撃たれます」
杉山さんが万里を撃たなければ王室へ背いたものとして杉山さんが撃たれる。それが調教師としての規約。
「万里を撃つよりましだ」
「駄目です、だから──」
だからって、どうするのが一番ベストなんだ?
杉山さんは万里を撃たなければ自分が撃たれる。けれど杉山さんが撃たなくても万里は撃たれる。それなら始めから杉山さんが万里を撃てば杉山さんは助かる。でも、これじゃあどう転んでも万里は殺される。
私の思考が伝わったのか、杉山さんはそれ以上何も言わなかった。
私は狡い。万里が杉山さんに撃たれるのが最善と決まっているのに、ハッキリ『万里を撃って下さい』と言えなかった。その一言があれば例え杉山さんが万里を撃ったとしても、少なからず杉山さんの罪悪感は薄れた筈なのに、だ。
私は杉山さんがにっこり笑って連行されて行く様子を、まるで映画のスロー再生でも観ているようにボンヤリと見送った。
なんでこんな時でも笑顔なんだろう。
「……大変だ、止めないと。杉山さんは万里と心中するつもりだ」
頭が白紙の状態からワンテンポ遅れて回転し始める。
氷朱鷺の時ももう駄目かと諦めかけたがなんとななった。それは氷朱鷺が王女のお眼鏡に叶ったからだ。今回は、恐らく王女が氷朱鷺を守る為に万里を生贄の身代わりにしたのだろう。それがなんで万里だったのかはわからない、わからないけど、今はどうでもいい。もし、万里を救える人がいるとしたら、それは王家の者だけだ。王女なら万里を救えるかもしれない。けど、私の力では王女を動かす事は出来ない。謁見すらさせてもらえない。だとしたら、もう、頼みの綱は──
私は一縷の望みを胸に自室へ飛び込み、リビングのソファーに座る氷朱鷺に詰め寄った。
「氷朱鷺、万里が王女に血を流させた罪とかで杉山さんに処断される事になって、それで今、杉山さんが連れてかれて──」
私がえらい早口で訳のわからない事を喚き散らすと、氷朱鷺は驚く程落ち着いた様子で私の両肩を撫で擦った。
「エデン、落ち着いて」
「落ち着いてられないっ、今、とにかく今、万里が処刑されそうで、でも杉山さんは万里を撃たないって言ってて、そうしたら2人共死ぬ事になるし、私にはどうしようも無くて──」
そもそも王女が万里を選んだのに、彼女が万里を救う為に動いてくれるか可能性が低い。でもお気に入りの氷朱鷺の願いなら、もしかしたら、もしかしたら、万にひとつでも可能性はあるんじゃないか?
「お願い、王女にこの処刑を止めさせて!!」
私は氷朱鷺の前で膝を着き、頭を下げた。
「エデン、頭を上げて。王女が決めた事だから、それは俺にも無理だ。たかだか献上品の俺の話に彼女が耳を傾けてくれる筈がない。決定は絶対に覆らないよ」
「頼むだけでいいから、お願い」
私は床に額を擦り付けるように土下座する。
恥も外聞もない、あの2人を救う為ならなんでもしてやる。
「エデン、止めてよ、俺に土下座するエデンの姿なんて見たくない」
「私じゃ2人を救えない。下手に暴れても勝ち目が無いどころか田舎の家族まで根絶やしにされる。でも氷朱鷺なら、王女に直談判出来る。頼むから、電話のひとつでもしてほしい。万里と杉山さんを救えるなら何でもするから。他に方法がないんだっ!!」
「何でも?」
氷朱鷺は身を乗り出し、私の顎を掬って上を向かせた。氷朱鷺と目が合うと、彼は爛々と瞳を輝かせていた。
「何でも」
嫌な予感がしたが、何を言われても従う覚悟はあった。
「じゃあエデン、俺の物になるって約束してくれたら手を尽くしてあげる」
「えっ?」
こんな時に何を言っているんだ?
人の命がかかっているのに、私の弱みにつけ込んで駆け引きしようって言うのか?
「私は杉山さんと婚約していて……」
本当は当分言わないつもりだったが、それは言い訳のように力無く口から漏れた。
「信じないよ。どうせ俺にエデンを諦めさせる為の嘘なんでしょ?」
「嘘じゃない」
今回は本当だ。
「ああ、そう。信じないけどね。けど仮にそれが本当だとして、俺の願いを叶えないと婚約者もなにも無いよ?」
クッと氷朱鷺が意地悪な笑みを浮かべる。
生意気だ。
「体を差し出せばいいの?」
浮気にはなるが、それで2人の命が救えるなら耐えてみせよう。例えそれで杉山さんから婚約破棄されても、2人が生きてさえいればそれで満足だ。
「いやいや、その婚約とやらも解消してもらう。それで今後一切杉山さんには会わないと約束してよ」
氷朱鷺はチッチッチッと舌打ちしながら人差し指を振った。
「さっきから要望が増えてないか?」
「どうするの?時間がないよ?」
氷朱鷺は腕時計もしていない自分の手首を指差す。
「分かった」
考えている暇なんか無かった。こうしている間にも万里や杉山さんは窮地に立たされているかもしれない。万里なんかは泣き喚きながら命乞いをしているだろう。そう思うと、もう、胸が張り裂けそうで堪らなかった。例え婚約を破棄したとしても、杉山さんの命にだって代えられない。
「じゃあキスして」
「時間がないって言ったのは氷朱鷺でしょ?」
「キスだけ」
寧ろ焦っているのは俄然こちらの方だ。いや、だからこそ、氷朱鷺は私の足元を見るような事を言っているのだろう。
「後にして、早く王女に電話して!」
「エデン、こうして押し問答してる時間があるならさっさとキスした方が早いよ。何故なら俺はキスしてもらわなきゃ絶対に電話しないから」
「何考えてるの⁉人の命がかかってるんだよ⁉」
氷朱鷺の人でなしっぷりに一瞬、手を出しそうになるが、今は得策ではない。私は唇を噛み締め、憤りをやり過ごす。
早く、早くしないと万里どころか杉山さんもどうなるかわからない。そう思うと、私の動悸はかなりの速度でビートを刻み、全身から汗が吹き出して手足まで震えた。
「だったら早くしろよ」
氷朱鷺にそんな口をきかれるのが初めてで、普通だったらカチンときて彼を叱りつけていただろうが、今の私は焦燥としていて半ばヤケクソに氷朱鷺の唇に自分の唇をぶつけた。
「痛っ」
ガチンと唇越しに歯がぶつかり、氷朱鷺は自分の唇を押さえる。
「キスした。早く電話して!!」
「今のはキスとは言わないよ。エデンは調教師のくせにキスが下手だね。凄くガサツだよ。まるで頭突きみたいだったじゃん。あれは暴力だよ。酷いね、前歯が折れるかと思ったよ」
「唇と唇が合わされば、それはどんな形であれキスだ」
「とても調教師の言うセリフとは思えないね。だったら人口呼吸は?」
「屁理屈なら後で聞くから早くして!!」
私は駄々を捏ねるみたいに両手で床を激しく叩く。
手も前歯もジンジンする。
これ以上は待てない。
「ハァ、分かったよ。隣で電話してくるから、続きはその後にしよう。俺がエデンにちゃんとしたキスの仕方からそれ以上の事も教えてあげる」
氷朱鷺はダラダラと仕方なさそうに立ち上がり、親指で寝室を指し、それから電話しに行った。
残された私は体育座りで両手を組み、何かに向かってただただ必死に祈りを捧げる。
「お願いです。どうか2人を無事に帰して下さい。その為なら私は悪魔に魂を売ってもいいですから」
そのセリフを何セットか繰り返していると、寝室から氷朱鷺が戻って来て私のすぐ背後に膝を着いた。
ドキッとした。
私が魂を売った悪魔が自分のすぐ後ろで私をどうしてやろうかと息巻いている。彼を拒む権利を失った私は無力そのもの。まな板の鯉の気持ちだった。
「電話して説得したよ」
「ありがとう……」
「……」
「……」
沈黙が痛い。
「エデン、こっちを向いてくれる?」
「え?」
耳朶に氷朱鷺の唇が触れ、私はその湿った感触と吐息と声にビクリと肩を怒らせた。
「なんで?」
今振り向いたら絶対にキスされる。絶対に振り向くものか。
「俺は約束を守った。エデンも約束を果たすべきだろ?」
そう言いながら氷朱鷺がそろりそろりと両手を私の肩に回してきた。
「まだ、2人の無事を確認するまではしない」
私は氷朱鷺から身を守るみたいに前屈みに両脚を抱き、その膝に顔を埋める。
「俺が約束したのは電話をするところまでで、2人の無事を確認するところまでじゃない」
「どっちにしたって2人の無事を確認するまではそんな気になれない」
逆に、友人、知人の安否がわからないこの状況下で盛れる神経が理解出来ない。
「エデン、約束は約束だ。エデンがその気になるのを待ってたら来世になるだろ?それとも、エデンが俺相手にその気になる時があるなら俺にも待つ甲斐があるけど」
「ならない」
「だろ?って言うのも悲しい話だけど」
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「婚約なんてただの口約束で、結婚してる訳じゃないし、俺は気にしない」
「私が気にする」
この子に他人への思いやりの心が無いのは、私の育て方が悪かったに違いない。
「分かった。じゃあ今は印だけつけるよ」
「印って……ちょっと!!」
氷朱鷺が私の襟元を強引に引っ張ったかと思うと、露わになった首筋に舌を這わせ、吸い付いた。
調教師の講習で習ったやつだ。キスマークか。
これは、マークをつけた相手が自分の物だと知らしめる為のマーキングだと聞いたが、一体、氷朱鷺はどんなつもりでこんな事をしているやら。私を自分の物にすると言っていたけど、献上品である己の立場を忘れてやしないだろうか?
「嫌だって」
私が嫌がって首を縮めると、氷朱鷺は更に執拗にマーキングを続けた。
「これくらい、大人しくしててよ」
何がこれくらいだ、弟だと思っていた奴から首に所有者の証をつけられるこっちの身にもなれって話だ。どうすれば氷朱鷺にこのゾッとする感覚が伝わるのか?
「やめろ!」
私はそのナメクジみたいな氷朱鷺の舌使いにいい加減嫌気がさし、彼を突き飛ばして尻もちを着かせた。
「酷いね」
氷朱鷺は口元を拭いながら体勢を立て直す。
「ごめん、ちょっと様子を見に行って来る」
そう言って私は立ち上がり、玄関へと向かう。
約束したくせに突き飛ばしたのは少しやりすぎたかもしれないが、今は氷朱鷺に気を遣えるだけの余裕は無く、兎にも角にも万里と杉山さんの安否が気遣われた。
杉山さんが連行されてからどれくらい経ったか、行き違いになってもいいから2人を迎えに行こう。
そう思っていると、玄関ドアの向こうからドタドタと騒々しい足音がした。そしてその足音は丁度私のいるドアの前でピタリと止まり、今度はガチャガチャとドアを開ける音がする。
「杉山さん?」
杉山さんが万里を連れ帰って来てくれたのだと思った。ドアが開いたら一番に万里を抱きしめてやろう、そう思っていた。
ガチャッ
ドアが開き、私が反射的に両手を拡げて万里を迎え入れようとしたがそこに万里の姿は無く、杉山さんだけが青い顔をして立っていた。
「杉山さん、万里は?」
杉山さんは答えるより先にスッポリと私の頭を抱き、武者震いのようにブルブルと腕を震わせる。
ただ事ではない、そう直感した。
「杉山さん、万里は?」
私は彼の胸に抱かれ、くぐもった声で再度聞き返す。
「エデン、落ち着いて聞いてほしい」
『落ち着いて聞いてほしい』このセリフは良くない知らせの前置きによく使われる言い回しじゃないか。
逆にその言葉が私を不安の波へと突き落とした。
動悸がする。
胸騒ぎが半端ない。
杉山さんの二の句を聞くのが物凄く怖い。
大丈夫、万里は大丈夫。だってさっき氷朱鷺が電話で手を回してくれたんだから。氷朱鷺の時みたいに今回もなんとかなった筈だ──
──と、私は自分を納得させた。
「エデン、万里が死んだ」
「ぇ……?」
苦しげに絞り出された杉山さんの言葉が、私の心臓を鷲掴みにする。
聞き間違いかな、今『万里が死んだ』って言った?
おかしい、そんな筈はない。だって氷朱鷺が電話で──
「万里は俺に気を遣って自分で崖から飛び降りたんだ」
杉山さんの感情的な声が、どこか遠くの方で聞こえているようだった。
私は、地に足は着いているのに体がフワフワ浮いているような感覚に囚われ、気が付くと杉山さんの支え無しでは立っていられない程膝が笑っていた。
「そんな、そんな筈無い。処刑は氷朱鷺が止めてくれて……」
「氷朱鷺が?」
杉山さんが怪訝な顔をする。
「そう、氷朱鷺が王女に電話をして止めさせるように言ってくれて……」
「そんな話、何も……」
その言葉通り、杉山さんは寝耳に水と言った様子で耳を疑っていた。
「どうやら間に合わなかったようだね」
背後から氷朱鷺の声がして私達が振り返ると、そこに無機質な顔をした氷朱鷺が立っていて、彼は私達のやり取りを聞いていた筈なのにとても平静で無感情な様に見えて、いっそ不気味なくらいだった。
「お前は本当に電話したのか?」
「杉山さん」
杉山さんが氷朱鷺を疑う様な事を言い出し、私は憔悴しながらも彼を止める。
「勿論だよ。エデンと取引したからね」
「取引だって?」
「氷朱鷺っ!」
こんな時に──
いくら万里と杉山さんを救う為とは言え、杉山さんとの婚約を破棄し、私が自分の体を売るような真似をしたと杉山さんが知ったら、彼は自分を責めるだろうし、同時に軽はずみな決断をした私に幻滅もするだろう。尻軽の売女と蔑んだ目で見られるかもしれない。
「エデンがあんたとの婚約を破棄して俺の物になる事を条件に、王女に電話した」
無情にも氷朱鷺が何の躊躇いも無くズバズバと真実を語り、私は杉山さんに顔向け出来ず、彼の方を見られなかった。
覚悟はしていた事だから仕方が無いけれど、万里を失った悲しみも相まってどん底に突き落とされた気分だ。
「エデン……」
頭上から降らされる杉山さんの声は哀憐の情を含んでいて私に同情しているようだった。
「ごめんなさい、杉山さん」
「そういう事だから、エデンの事は俺に任せて帰ってもらえますか?」
「お前は、こんな時に何を言ってるんだ?エデンの弱みにつけ込んで無理矢理彼女をものにして、お前はいいかもしれないが、エデンの気持ちを考えた事があるのか?」
「でも約束は約束だ。エデンの事は俺が慰めるんで、杉山さんはここを出る準備でもするといい」
私は2人のやり取りを呆然自失の状態で聞き流していると、いきなり氷朱鷺に腕を掴まれて思い切り抱き寄せられる。
「痛い」
強く腕を引っ張られた痛みと、氷朱鷺の胸板にぶつけた額がジンジンした。でも、それもまるで他人事のようで自分とは乖離して思えた。
「お前、本当に自分勝手な奴だな。人の足元を見てさ。エデン、そんな子供じみた口約束、守る義理は無いよ」
そうして杉山さんから手を差し伸べられ、私は暫しそれをボンヤリ眺めた後、何も考えずにその手を取る。
とにかく今は、ただ氷朱鷺の元を離れたかった。氷朱鷺はちゃんと約束を果たしてくれたのだろうが、彼の元にいては気がおかしくなりそうで耐えられないと思った。
「……氷朱鷺、電話してくれてありがとう。約束の事は後で話し合おう。今は少し……休ませてほしい。杉山さん」
私がそう言うと、氷朱鷺は顔を歪めて私に手を伸ばしてきたが、杉山さんが私を抱え込むようにその手を避け、足早に部屋から連れ出してくれた。
氷朱鷺が追って来るだろうと杉山さんは慌てて私と共に自室に飛び込んだが、玄関に並べられた万里のシューズや壁に掛けられた万里の道着、実家に居た時から使っていた万里のマグカップ等が次々目に入り、私は堪らなくなって杉山さんの胸で泣き崩れた。
この部屋にある物は何一つ見られない。ここは万里の部屋で、彼の面影がそこかしこに存在している。
本人はもう、この世のどこにもいないのに。
「駄目だ……見られない……」
私はみっともなく嗚咽を漏らしながら杉山さんの胸でわんわん泣いた。杉山さんはそんな私を何も言わず強く抱き締め背中をさすり続けてくれた。
色んな後悔が頭を巡ったが、考えたところで万里は帰って来ないと思い当たっては何度も絶望し、私はとうとう考える事を止めてしまった。
意識の遠くの方でこの部屋のインターホンが鳴らされる音や、ドアを激しくノックする音が聞こえたが、今はその全てがどうでもいい。
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