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万里の逆襲

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 僕は昔から、自分には無い物を持つ人にとても惹かれた。誰もがそうなのかもしれないけれど、僕には無い物が圧倒的に多かったから、それがコンプレックスとなって執着へと変わったのだと思う。
 始めは姉のエデンに憧れた。
 姉はとても利発な人で、何をやっても何でも人並み以上にこなし、かと言ってそれを鼻にかける事もなく、控え目で愛情深く、責任感のある女性だった。
 僕はいつも、姉の背を追っては少しでも彼女の生き様に近付こうと試行錯誤した。
 でも気付いてしまった。その人に憧れている以上、一生その人にはなれないのだ。憧れとはもはや崇拝だという事に気付いた時、僕は僕で生きるしかないのだと悟ってしまった。だから僕は、僕が憧れる人がとても尊い。例え何をされても歓びにさえ思えた。
 そして次に憧れたのが氷朱鷺だ。彼は、僕が憧れた初めての他人で、初恋だった。ひと目見た時から目を奪われて、すぐに夢中になった。周りから言わせればこれは単なるミーハーなのかもしれないけれど、彼の凛とした姿や生き様が僕の目にはとても鮮烈に映り、氷朱鷺という人間に近付けば近付く程魅了された。
 だから氷朱鷺からキスされた時、僕は他を寄せ付けない彼からの認識を得られたようで物凄く嬉しかった。それ以上の関係を迫られた時も、雄としてのプライドなんて簡単に捨てられた。彼に求めてもらえるなら、僕はただの『穴』という存在でも全然構わない、そう思っていた。
 でもいざ氷朱鷺が王女から一目置かれるようになったら僕の心は掻き乱された。それは同じ献上品というライバルとしての焦りでは無く、一緒にいられる時間が損なわれるという焦燥感だ。
 最初から解っていた事なのに、氷朱鷺が遠くに行ってしまう喪失感は並の物ではない。今朝も、氷朱鷺は公式に献上品の講習を免除されて王女の元へと行ってしまった。
 僕は独りで講習へ行き、隅っこで講習を受け、ボッチ飯を食らい、講習終了後には最速で姉の部屋へ行ってダイニングテーブルで氷朱鷺の帰りを待つ。
「氷朱鷺、何時くらいに戻るかな?」
 キッチンで夕飯の支度をするエデンの背中に問い掛けた。
 昨日は夜の9時だった。そんなに遅くまで何をしていたのだろう?
 トライアル前の献上品は王女に触れてはいけない決まりになっているけれど、僕は良からぬ想像をしては胸を焦がした。別に、氷朱鷺の事を応援しない訳ではないけれど、王女が美人だったら嫌だなとか、些細な嫉妬くらいはある。
「んー、どうかな?夕飯までには戻りたいって言ってたけど、昨日も同じ事言ってたし」
 そう言いながらエデンは4人分の食器を用意している。
「杉山さんも呼ぶの?」
「万里がいなかったら、あの人は独りで食事するはめになるでしょ?せっかくだから皆で食べよ?」
 エデンは社交的な方ではないが博愛主義者だ。身近な人達への配慮は欠かさない。
「氷朱鷺は杉山さんの事嫌いなのに?こないだの事もあるし、喧嘩しちゃうかもよ?」
 彼らの険悪ぶりはここらでは有名になりつつある。杉山さんは表には出さないが、氷朱鷺の方がもうね……僕は2人共大好きだから見ていてハラハラするのだ。
「まあ、ギスギスはするかもね。でも野生動物も、水場では争わないって言うし」
 エデンは戦場で戦っていたのにも関わらず、時々、平和ボケしているなあという時がある。まさに今!!
「ワニは水を飲みに来た草食動物を襲うけど?ワニは水場でしか狩りをしないんじゃなかったっけ?」
「あぁ、そうか、ワニがいたね。一本取られた。大丈夫。喧嘩してもなんとかなるよ」
 エデンは呑気に微笑んでいるけど、ついこの間、彼らは互いを撃ち殺そうと殺伐としていたって話じゃないか。
「今夜はコーンポタージュ?」
 まろやかなコーンの香りが鼻に優しい。
「そう。万里の好きなツブツブ入りだよ」
 そう言ってエデンは杉山さん用のシャンパンを戸棚から取り出す。因みにこれは杉山さんが勝手に置いていった物だ。
「ふーん、コーンポタージュがトマトスープにならないといいけど」
 そのシャンパンボトル、凶器には充分だな、なーんて。
「縁起でもない事言わないの」
 フニャッとエデンに笑われたが、僕の方は、無くも無い話だなと思った。
「ねぇ、エデン」
 僕は両腕をテーブルに置き、その上に顎を乗せて突っ伏す。
「ん?」
「エデンは杉山さんの事、好き?」
「そうだね、好きだよ」
 エデンは真顔でアッサリと認めた。これは多分、僕の質問の意味を理解していないとみた。
「じゃあ……氷朱鷺は?」
「好きだよ」
「どっちも好きなの?」
「どっちも好きだよ」
 やっぱりね。
 僕としては、恋愛の対照として好きなのかを聞きたいのに、エデンは博愛的な意味で答えているようだった。
 ならばこれならどうだ?
「キスしたいのは?」
 実の姉にこんな事を聞くのはちょっと照れるが、僕はどうしても知りたかった。
「どうしてそんな事聞くの?」
 エデンの方は全く動じていない様子だけど。
「思春期、だからかな。ねぇ、どうなの?」
「誰かにキスしたいなんて思った事無いよ」
 そう言ってエデンはまた僕に背を向けて夕飯の用意を始める。
「じゃあ、氷朱鷺とキスした?」
「……してないよ。うちは指南しないって氷朱鷺にも言ってあるし。男同士だからそっちもそうでしょ?」
「あ、うん。男同士だからね」
 ドキッとした。
 恐らくBLの世界を知らないであろう姉に氷朱鷺との情事がバレたらどうなるのか、ちょっと怖かった。軽蔑はされないだろうけど、ドン引きはされるかもしれない。そして何より、大事に育てた献上品が同性愛の道に走ったとあってはさすがのエデンも動揺するだろう。
 でも良かった。氷朱鷺はエデンとキスすらしていないのか。もしかして氷朱鷺の初キスと初体験の相手は僕⁉
 顔がニヤける。エデンが背を向けててくれて良かった。
 そこに、ガチャガチャと鍵の開く音がして杉山さんが入って来た。
「あれ、杉山さん。万里、呼んどいてくれたんだ」
 エデンは振り返って杉山さんの顔を見るなりそう聞いてきた。
「ううん。杉山さんが勝手に来たー」
 そう、誰も呼んでいないのに彼は勝手に作った合鍵で勝手にエデンと氷朱鷺の部屋に入って来たのだ。
 そう、彼はそういう男だ。それが杉山さんなのだ。金と顔面偏差値が良ければ何をしても許されると思っている(?)残念なイケメンなのだ(でも凄くいい人)
「あぁ、部屋を間違えた」
 嘘つけ。
「なんかいい匂いがするね」
 杉山さんはスーツのジャケットを脱ぐと、まるでここの主かの様にそれをハンガーに掛けて壁の取っ掛かりに引っ掛ける。
「コーンポタージュだって。杉山さんもコーンポタージュ好き?」
「エデンの料理なら何でも好きだよ」
 おお、100点満点の解答!!
 だがエデンは料理に夢中で聞いていない。
 どんまい、二枚目。
「エデンのコーンポタージュはツブツブが沢山入ってるんだよ」
「え、クルトン?」
 杉山さんはコンタクトを外すと同時に目から鱗も落ちたようだ。
「コーン。9割ツブツブ」
「それはビジュアル的に震撼するね。でも食べごたえはありそうだ。スープって腹にたまらなくて食べた気がしないからそのくらいがちょうどいいかもねー」
 やっぱモテモテの色男は何でも肯定して受け入れるんだな。勉強になる。
 あ、杉山さんの事は、憧れてはいないが尊敬はしている。僕にとっては、この何とも言えないシュールな空気感が心地よい。姉の旦那さんにはもってこいだと思う。エデンの方も、杉山さんには気を許しているように思えるし、美男美女で2人はお似合いだ。このままくっついちゃえばいいのに。
「氷朱鷺は?今夜も王女のとこ?」
「そう。なんか気に入られたみたいでこのところ毎日呼び出されてます。でも、氷朱鷺ももう献上の儀を受けられる歳なのに、なんでかそっちのお声掛けはないんですよね」
 献上品はトライアルで王女に個人的にアプローチをかけ、良ければ献上の儀でベッドインとなる。今の氷朱鷺はなし崩し的にトライアルみたいな事になっていて、他にトライアルを受け入れられている献上品がいないのにもかかわらず一向に進展がない。僕としては嬉しいけど、それでいて氷朱鷺には献上品として上手くいってほしい。
「ん、まあ、乙女心に色々あるんじゃないかな?」
「そんなもんですかねぇ」
「そんなもんさ」
 ──という2人のやり取りを聞いていて、途中、杉山さんの歯切れが悪くなったのが気になった。
 なんだろう?
 気のせいか?
 ともあれ、杉山さんが来たのをきっかけに、僕達は氷朱鷺を待たずして夕食の席に着いた。
 杉山さんは毎度の如く庶民の食卓に感銘を受け、エデンにお酌されるがままシャンパンを飲み進める。
「何かおつまみになるような物でもご用意しましょうか?」
 エデンが気を利かせて席を立とうとすると、隣の杉山さんがその腕を掴んで席に戻す。
「気を遣わなくていいから、エデンも飲むといいよ。せっかく大人になったのに、大人の楽しみを知らないのはいっそ罪だよ」
 逆に杉山さんが席を立ち、戸棚からシャンパングラスを取り出すと、そこにシャンパンを注いでエデンに差し出す。
 めっちゃなみなみに注ぐやん。
「杉山さん、上司にお酒を注がれたら断りようがないじゃない。それ、パワハラってゆーんだよ。姉ちゃん酔わせてどうする気?えっちだな~」
 僕が冷やかし半分で杉山さんに正面から後ろ指を指すと、彼は意味深に『それが、上司じゃないんだなあ』と笑ってエデンの肩をポンポンと叩いた。
「あ、今度はセクハラだぁ」
「同意があればセクハラにはならないんだよ」
『な?』と杉山さんがエデンに同意を求めると、彼女ははぐらかすようにシャンパングラスをあおった。
「エデンは照れ屋だね。でもゆっくり飲まないと体に悪いよ」
 いや、どの口が言ってんだ。
「そう言えば姉ちゃんって、お酒初めて?氷朱鷺といる時は飲んでる?」
 エデンの耳が赤くなるのを見て、ふとそう思った。いつも禁欲的なエデンが乱れる様はこれまで見た事がない。彼女が風邪をひいた時ですら、病人とは思えない程いつも通りでキチッとしていた。今にして思うと、それはまるでロボットみたいだった。
「いや、氷朱鷺と2人の時は油断ならないから」
「どういう意味?」
 氷朱鷺の前では酔えない理由があるのか?
「今日は後見人の俺がいる訳だから、存分に飲んで潰れても心配ないよ。ちゃんと介抱するから」
 さっきまで『ゆっくり飲め』と気遣っていた輩が『飲んで飲んで』とエデンを唆す。
 うーん、杉山さんは食えない人だけど、柔和な良い人だから心配ないか。エデンも、杉山さんにだけは背中を見せれるようだし。姉ちゃんが楽しめればそれでいい。
「杉山さんがいれば安心安心~♪」
 僕は僕で鼻歌まじりにソフトドリンクをがぶ飲みした。
「え、うん……」
 エデンはエデンで猜疑心溢れる瞳で杉山さんを睨んでいるが、なんだかんだで勧められるままシャンパンを飲んでいる。
「そんな目で見なくても、酔い潰して、介抱するふりして襲ったりしないから安心して」
「杉山さん、誰もそこまで言ってません」
「しらふのエデンには敵わないからってここぞとばかりにグイグイ飲ませてる訳じゃないよ?」
「飲みづらっ」
「杉山さん、なんか下心が透けて見える言い方だなぁ。でも、まあ、しらふの姉ちゃんだったら速攻相手を射殺してたね」
『へへん』と僕は胸を張った。
 姉ちゃんは戦場の虎と言われた伝説のスナイパーだ、狙った獲物は逃さないところが弟の誇りでもある。
「というか、私の酒癖が悪かったらどうするんですか?銃乱射で皆殺しにするかもしれませんよ?知りませんけど」

「……え?」
「……え?」

 その瞬間、現場が凍りついた。
「すっ、杉山さんがいれば安心安……心……?」
 本当にそうか?
 杉山さんは軍にいたけど役職は参謀で、しかも社会経験の為に入隊したただのミーハーだ。彼にエデンを止められるのか?
「大丈夫。俺達調教師の銃には1発しか弾丸が込められていない」
 それ、どちらかは死ぬかもしれないって話じゃん。
「撃ちませんよ。なんか眠くなってきましたから。私は飲むと眠くなるタイプなんだと思います。良かったですね」
 と言う割にエデンは少し耳を赤くしただけで後は平常通りだ。我が姉ながら隙がなくて舌を巻く。
「背筋はシャキッとしてるし、呂律も回っているし、可愛げの無い酔っぱらいだなあ」
 なんて杉山さんはぼやいていたけど、彼の恵比寿顔を見ると、姉ちゃんの事が可愛くて仕方ないんだろうなあと思う。
「なんか、酔っていて怠いのに、自分の中で葛藤があって、人に醜態を晒すとか、弱いところを見せるのは恥だし、ここが戦場だったらと思うと、しっかりしなきゃってなるんですよね」
「職業病というより、戦争によるPTSDなんじゃないのか?戦場に出てから今まで熟睡出来てないんじゃない?」
「そうかもしれません。毎晩悪夢を見るんですけど、夢を見ながら考え事をしていますから」
「器用だね。でもエデン、もうしっかりしなくても、しっかり者の俺がついてるから大丈夫。戦場みたいに不安があって熟睡出来ないなら、たとえ気休めでも俺が隣で見張っててやるから」
「杉山さん、違う意味で姉ちゃんが寝られないでしょ」
「いやいや、別にお前の姉ちゃんの寝込みを襲ったりしないから」
「どーだろ、男は皆狼だから」
「お前な、誰も恋人の寝込みを襲ったりしないだろ」
「ふーん……え?」

 ん?
 恋人って言った?
 聞き間違いか?
 テンポ良く進んでいた会話のキャッチボールが突如滞った。
 暫くの沈黙の後、杉山さんが幸せそうにエデンの肩を引き寄せ、駄目押しの一手を打つ。
「俺達、付き合ってるんだ」
「ええっ!!」
 僕は驚嘆して椅子ごと後ろに戦いた。
「なっ?」
「……はい」
 僕がぐいんとエデンの顔を凝視すると、彼女は『説明するのが面倒だな』という顔をして頷いた。
「は……そりゃあ、また、めでたい事で……」
 いや、僕はかねがね、2人がくっついたらいいなあとは思っていたけど、いざ本人達から衝撃の事実を告白されるとさすがにビビる。だって杉山さんはモテモテで特定の恋人を作らなかった人だし、エデンはエデンで生きる事に精一杯でそんな事にはまるで興味がなかった。それに2人共そんな素振りを見せなかったじゃないか。なんか、僕はエデンの弟で杉山さんの飼う献上品なのになんも知らなくてちょっと寂しい。
 あ、でも、2人が付き合い始めたのはいつからなんだろう?
「ね、いつから?」
 まさかエデンが少年兵の頃からじゃないよね⁉
 もしそうなら杉山さんはとんでもねー変態ロリコン野郎だ。
「んー、最近」
 杉山さんの返答で僕はホッと肩の力が抜ける。返答次第では杉山さんをぶん殴っていたところだ。
「でもさ、杉山さんてエデンが少年兵の頃からエデンを世話してたでしょ?」
「そうだね」
 杉山さんはまるで紅茶でも嗜むようにシャンパンを飲んでいる。その優雅な様はさながら中世ヨーロッパの貴族だ。ほんとに泥臭さゼロの人だな。
「最初は親心で姉ちゃんに目をかけてくれてたんだよね?」
「まあね」
「それがどのタイミングで異性として好きになったの?」
 返答次第では杉山さんをぶん殴るかもしれない。
「あのね、万里、君は眠る時意識的に、アッ、今、眠りにつく、なんて思わないだろ?」
「それはわかんないけどさぁ、何時頃に眠ったかくらいはだいたいわかるじゃん?」
「大人がよくわからない表現で上手くお茶を濁そうとしてるのに逃してくれないね」
「姉ちゃんも気になるでしょ?」
 僕がエデンに同意を求めると、彼女は鉄面皮でしれっと返した。
「ならないよ。杉山さんが本当の事を言うとも限らないから」
 こういう時はノロケて『やだ~』とか照れるのが普通じゃないのか?
「おー、サラッと矢を放つね~ま、そういう事だよ」
「ええー!つまんない。じゃあ、姉ちゃんのどこが好き?」
 僕は駄々っ子するように脚をジタバタさせる。
「それは簡単だ。例えば、高くて手の届かない所にある物を取るのに人を頼らないで自分でなんとかしてしまうところ。固くて開かない瓶とか、瓶を割ってでも絶対に自分で開けようとするとことか、例えゴキブリが出ても素手で倒せるとことか、家族の為に自分を犠牲に出来るところとか、人に敬意は表すのに絶対に気を許さないところとか、誰にもなびかないとことか、俺は好きだな」
「誰にもなびかないって、付き合ってるんなら杉山さんにはなびいてるでしょ?」
「そう見える?」
「うーん、よくわかんない」
 落ち着き払ったエデンを見てみても、弟の僕にすら彼女の本心は読めない。
 うーん……なんだろう、この既視感。
「だろ?」
 ああ、わかった。この感じ、エデンは氷朱鷺に似てるんだ。
 クールで読めない、誰にもなびかないとことか、そのまんまじゃないか。
「でも付き合ってるんだよね?」
「そうだよ。俺の片思いだけどね」
 付き合ってるのに片思いとか、付き合ってるって言えるのか?
「それ、付き合ってるって言えるの?」
「俺が言い切ればそうなる」
「言い切ったね」
「エデンは押しに弱いからね。言い切ったもん勝ちだよ」
 僕と氷朱鷺の事も、微妙な関係性だけど、僕が言い切れば『良い仲』って事に出来るのだろうか?
「それで満足なんだ。杉山さんてマッチョなハートしてる」
 僕も杉山さんくらい図々しくて、鋼のハートをしていたら幸せに生きられただろう。
「寧ろ誰彼構わず尻尾を振るような女は嫌いだからね」
「杉山さんて猫派でしょ?」
「どっちも興味ないけど」
「そこらへんは姉ちゃんと同──」
 僕がテーブルの上で組んだ腕に顎を乗せようとした時、エデンが目を閉じたまま杉山さんの肩に凭れかかった。
「あぁ、遂に落ちたね。ほら、エデン、ここで寝たら風邪ひくよ?何より、俺が動けない」
 そう言って杉山さんは苦笑いしたが、どことなく嬉しそうに見える。
「運んで……下さ……い」
 エデンはうわ言のようにそう述べ、だらりと体の力を抜いて杉山さんに身を預けた。
 姉ちゃんが人に頼るなんて珍しい。目からウロコだ。
「普段は絶対に自分から俺を頼らないくせに」
 杉山さんは予めエデン周りのグラスや食器を遠くへ寄せ、それからエデンの脇の下に手を差し込む。その彼の指先がちょうど姉の横乳の辺りに添えられていて、僕は見てはいけないものを見ている気になった。決して杉山さんはわざととか、邪な気持ちでそんな事をした訳ではない、と思いたい。
「姉ちゃんの、人を頼らないとこが好きなんでしょ?」
「そのギャップもまた好きなんだよ」
「ふーん」
 ふとスマホの画面に目をやると、氷朱鷺がいつ帰って来てもおかしくない時刻になっていて、僕はエデンと杉山さんの空気を壊したくなくて席を立つ。
「杉山さん、姉ちゃんの事、頼みました。僕はお邪魔虫なので部屋に戻るね」
 エデンが杉山さんを信頼して身を任せるなら、僕も彼を信頼して姉を任せられると思った。
 何より2人は恋人同士なんだ、なかなかイチャつく時間もタイミングも場所も無いから、こうして僕が気を遣ってあげなきゃ。
 それにいい感じの2人を見ていたら、なんだか僕も氷朱鷺に会いたくなってしまったのだ。
「杉山さん」
「ん?」
「信用してますから」
 でも一応釘は刺すけど。
「本当に信用してたらそんな事言わないだろ?」
「杉山さんも所詮漢だからね~」
「大丈夫。眠っていてもエデンの方が俺より強いんだから、合意無しに何も出来ないよ。お前は俺より姉を信用しろ」
「まあ、それもそうだよね~氷朱鷺の事は僕が朝まで引き止めておくから、せいぜいイチャイチャすればいいさ」
「ませてるな。じゃあな」
 そう言って杉山さんがエデンを抱えて寝室へと向かったタイミングで僕はヒラヒラと手を振り、2人を残して部屋を出た。ドアを背に、スマホで氷朱鷺に『今夜、杉山さんは故郷に戻って帰らないから、僕の部屋に泊まりに来てよ』とメールを送信すると、通路の先から紺のスーツを着た氷朱鷺がスマホを見ながら歩いて来た。
「氷朱鷺、メール見た?」
「今見た」
 氷朱鷺はいつも通りそっけないけど、まさか、王女相手にもこんな態度じゃないよね?
 王女に対するヤキモチはあるけど、それより氷朱鷺の身の安全の方が心配だ。
「ご飯は?食べた?まだなら僕が──」
「食べた。帰る」
 氷朱鷺は僕の話を遮り、早々に自分の部屋のドアノブに手を掛ける。
「ちょちょちょちょちょ、ちょっと待って、せっかく杉山さんが留守なんだから久しぶりに遊ぼうよ」
 今はまずい。杉山さんとエデンが2人でいるところを氷朱鷺が見てしまったら殺し合いになりかねない。
 なんだ、この、無駄なスリル。怖すぎ!!
「疲れてるんだ」
 確かに氷朱鷺は疲れた顔をして鬱陶しそうに僕をやり過ごしたが、僕は逆にこれは好機なんじゃないかと思った。疲れた時こそ男はムラムラするものだし。
「氷朱鷺は動かなくていいから、僕が氷朱鷺の疲れを癒やしてあげる」
 僕は無理くり氷朱鷺の手を引いて僕と杉山さんの部屋へと引き摺り込む。
「俺はエデンに癒やしてほしいんだけど?」
「姉ちゃんは調教師長に呼ばれて出て行ったよ」
 氷朱鷺にこんな嘘をつくのは後ろめたいけれど、殺し合いを回避する為には仕方がない。それに氷朱鷺が王女に献上されてしまったら僕には会うことも難しくなる。今少し、別れを惜しむ時間がほしい。
「こんな遅い時間に?」
 部屋の玄関まで来て、氷朱鷺が訝しむように足を止めた。
「氷朱鷺のトライアルも大詰めだからね、時間が無いんでしょ」
 当然の疑問だから方便もスラスラ出てきた。
「……」
「僕と遊ぶ時間だって、これが最後かもしれないから、いいでしょ?」
 こんな事を思うのは僕だけなんだろうか?
 氷朱鷺にも同じ気持ちでいてほしいのに、彼は感情を表に出さないから何を考えているか解らない。別に僕らは付き合っている訳でも、これからの進展を望める訳でも無いけれど、情が湧いた仲ではある筈だ。氷朱鷺にとって、僕は他の誰よりも特別な存在である、と思いたい。
「……」
 氷朱鷺は暫く考え、惰性的にリビングへと歩を進めた。
「ここはタバコ臭くて嫌いなんだよ」
 氷朱鷺はそう言いながらもネクタイを緩め、真っ暗なリビングのソファーに深く腰を下ろす。
「我慢して。少ししたら慣れるよ」
 僕が部屋の電気を点けようと壁のスイッチを探ると、氷朱鷺に『このままでいい』と止められ、クイクイッと人差し指で自分の元に来るよう指示してきた。宴の始まりを予見させられるようなドキドキが僕を支配して、言わずもがな腰が甘く痺れる。
「最後かもしれないから、氷朱鷺の顔を見ながらしたい」
 せめてカーテンの隙間から月明かりでも差していればニヒルな氷朱鷺のご尊顔が拝めたかもしれないが、今夜は生憎の新月だ、不気味な人影しか見えない。これじゃあ誰が相手か見えないじゃないか。僕は、欲情して上気した氷朱鷺の色っぽい表情を一生の慰めとして目に焼き付けておきたいのに。
「どうせ後ろから突くから電気を点けたって無駄だ」
 確かに、経験則から氷朱鷺はどうやらバックが好きらしいけど、僕としては正面でキスしながらいたすのが望ましかった。
「あ、うん……うん……」
 僕は煮えきらない態度でいながらも氷朱鷺の元に膝ま着く。
 ここで氷朱鷺の機嫌を損ねたら行為自体が反故にされかねない。
「口で……」
 恐れ多いとは思ったが、僕が氷朱鷺のズボンのチャックに手を伸ばすと、彼はそれをかわして立ち上がった。
「しなくていい。後ろを向いてテーブルに手を着いて」
「うん……」
 未だ不満はあったが、僕は従順に言われた通りにした。
「声、我慢出来る?出来ないならネクタイで塞ぐけど」
 口を塞いだらキス出来ないじゃないか。氷朱鷺はどうして、こう、鈍感なのかな。僕は欲にまみれた行為よりもキスみたいな精神的繋がりを持てる行為の方が好きなのに。
「優しくしてくれるなら大丈夫、だと思う」
 自信はない。サイズ的な問題で微妙なラインではあるけど、口を塞がれるのは嫌だ。
 それにもし氷朱鷺と交わるのが今夜で最後だとしたら、例え不毛でも、僕はちゃんと自分の気持ちを彼に伝えたい。氷朱鷺が献上されても、僕という存在がいた事を少しでも思い出してほしいから。
「分かった。痛くしないようにする」

 ──そう約束したのに、僕は氷朱鷺の思惑通り、真っ暗な室内で、後ろからこれでもかと激しく突かれ、半ば失神するように気を失った。

 痛い。

 凄く痛い。

 夢かうつつか、そんな狭間の中で僕は尻に鋭い痛みを感じていた。まるで傷跡を抉られてるみたいに。

 でもこんなに激しく氷朱鷺に求めてもらえるなんて、僕は幸せ──

「──デンッ」

 氷朱鷺が何か言ってる。

「エ……デ……ッ!!」

 え?
 なんて?
 僕は朦朧とした意識の中、耳にだけ集中力を注ぐ。

「エデンッ!!」

 今度はハッキリと聞こえた。
 氷朱鷺が姉ちゃんの名前を呼んでる!?
 どうして?
 こんなに痛いのに、僕はこれが本当に現実なのか俄には信じられなかった。
 なんでこんな時に姉ちゃんの名前を呼ぶの?
 氷朱鷺は姉ちゃんから指南を受けてない筈なのに、なんでやってる最中にその名前を呼ぶの?
 おかしい、異常だよ。
 後ろから、ありもしない僕の胸を揉んで、暗闇で姉ちゃんの名前を呼んで、酷いくらいサイコじゃないか。
 氷朱鷺は姉ちゃんとこういう事をしたかったって事?
 え、じゃあ、もしかして──
 僕は背筋に寒気を感じ、全身に鳥肌を立てた。

 氷朱鷺はエデンの実弟である僕をエデンの身代わりにしてる?

 だから電気を点けるのを止めたんだ。だから後ろからやったんだ。だから声を我慢しろと言ったんだ。
 考え出すとキリが無かった。
 いやいや、そんなはず無い。氷朱鷺がノンケで、女である姉ちゃんの代わりに男を抱くなんて事、まず有り得ないだろう。そもそも身体の造りが全く違うし、僕と姉ちゃんとでは顔の系統も全然違う。いや、でも『穴』という点では相違ないかもしれない。電気を消せば『穴』は『穴』なんだから。キスだってそうだ。唇の軟らかさに男女差なんか無いと言うし……
 僕は白く燻ぶるような煙が、蒸気機関車のそれみたいにどんどんどす黒い煙に変わっていくような激しいモヤモヤを胸に感じ、吐き気さえもよおす。
 そして考えたくもない結論に到達してしまう。

 僕の好きな男は僕の姉を愛している。

 僕は無理な体勢で氷朱鷺から唇を奪われ、一瞬で『氷朱鷺はエデンにキスしてるつもりで僕にキスしてる!!』と自覚したら、自分が可哀想で、惨めで酷い気持ちになった。
 いつも冷たい氷朱鷺が、僕に対してこんな熱いキスをする訳がないんだ。
「やっ」
 息継ぎの合間を縫い、僕は必死で氷朱鷺を拒絶するが、彼は『エデンの幻影』に夢中で執拗に僕の唇を求め、僕は尚更自分の惨めさに情けなくなる。
「やめてったら!!」
 僕は僕の中にある氷朱鷺への想いを断ち切るように彼の胸板を突き飛ばした。
 交わりが反故になるとか、これからの僕らの関係性に影響が出るとか、そんな事はもうどうでも良かった。
 氷朱鷺は僕に押された衝撃で一歩後ろに下がり、乱れた前髪を軽く掻き上げる。
 そんな何気ない仕草が憎らしくもカッコいいのだからたちが悪い。
「……なんだよ、餃子でも食べたのか?」
 氷朱鷺は興ざめしたように息を吐いた。
「氷朱鷺、今、何を考えながらキスしてた?」
「……」
 氷朱鷺は、僕が全てを確信した事を察し、ただ黙ってこちらを見据えている。その表情に、焦りとか狼狽といった感情は全く無く、僕は逆にそれが彼の無関心を示唆しているようでとても悲しかった。
「姉ちゃんが好きなんでしょ?」
 実際に口にすると、氷朱鷺を責める為に発した言葉が諸刃の剣となって僕の胸を抉る。
「好きだよ」
 その当然のように発せられた言葉で、更に僕のハートは致命傷を負う。
 分かってた事じゃないか。
 僕の頬を温い液体が伝ったが、暗くて氷朱鷺に見えていなくて良かったと思った。
「僕を姉ちゃんの代わりにしてたんだ?」
「してた」
 そこは嘘でも『違う』と言ってくれた方が僕は容赦なく氷朱鷺を責められたのに。
「どうして……僕は男だし、姉ちゃんと似ても似つかないじゃんか」
「男とか、似てるかどうかなんてどうでもいい」
「じゃあなんで?氷朱鷺なら、他にも融通が利く女の子がわんさかいるじゃん」
 氷朱鷺に誘われれば、姉ちゃん以外の女は皆落ちるだろうに。
「俺はエデンのそっくりさんとやりたい訳じゃない。エデンとやりたいんだよ。けどエデンは……だからエデンの遺伝子で自分を慰めてた」
 氷朱鷺は悪びれるでもなく、淡々とそう語った。
「エデンの遺伝子……たったそれだけで?」
 愕然とした。目に見えない分子の為に僕を抱いたなんて信じられない。氷朱鷺はどこか狂ってる。
「それだけ」
「僕に悪いとは思わなかったの?」
「ウィンウィンだと思ってたけど」
 よくもいけしゃあしゃあと、氷朱鷺は僕の好意を利用していただけじゃないか。
 それで喜んでいた僕も僕だけど……
 悔しい。
 何が悔しいかって、氷朱鷺がこんな時でも涼しい顔をしているのが僕のプライドをズタズタにするのだ。
 情けない。涙が止まらない。
 僕は氷朱鷺にバレないよう静かに鼻をすする。
 これ以上惨めになりたくない。氷朱鷺がウィンウィンだと言うなら、僕だけが傷付くなんて割に合わない。
「そっか、でも氷朱鷺、僕とエデンに血の繋がりは無いよ」
 悔し紛れの大嘘だったけれど、こうでも言わない限り僕の気がおさまりそうもなかった。
 氷朱鷺は途端に表情を曇らせ、不機嫌そうに自身の腰に手を当てる。
「姉ちゃんはよそから引き取られた子だからね。でも本人はそれを知らされてないから言っちゃ駄目だよ」
 こうでも言っておけば僕の嘘がバレる事はないだろう。
 僕はまだ氷朱鷺が好きだから、彼に平手打ちをかます事は出来ないけど、これくらいの嘘をついてもバチは当たらないと思う。氷朱鷺もちょっとは苦しめばいい。人の恋心を弄ぶとどんな気持ちになるか、体感すればいいんだ。
 そう思ったら、僕は自分の嫌な部分を止められなくなっていた。
「どう?エデンとは違う生き物を抱いた気持ちは?」
 僕は人生で初めて人を鼻で笑った。
「時間の無駄だった。もうしない」
 氷朱鷺は僕に対して憎しみの感情を持つとか、裏切られて絶望するといった負の感情は一切見せず、ただただギャンブルで数千円すってしまった程度の反応しかしなかった。
 僕の価値はその程度のものだったんだ。
 氷朱鷺を詰めれば詰める程、自分へのダメージが強くなる。どうしたら氷朱鷺に傷を追わせる事が出来るのか、そんな事ばかりが頭をよぎる。
 そんな時、氷朱鷺が呆れて部屋を出ようと僕に背を向けたので、僕はまだぶつけ足りなかった棘をその背中にぶつけた。
「まだ部屋には帰らない方がいいよ」
 僕の言葉で氷朱鷺は足を止める。
「何?」
「姉ちゃんは杉山さんと一緒にいる」
 僕がにんまりとそう言うと、氷朱鷺は足音もうるさく、激昂して僕の胸ぐらを掴み上げた。
「お前、嘘をついたのか!?」
「姉ちゃんも杉山さんも相思相愛だから誰にも邪魔させないよ。だから僕は親離れ出来ない氷朱鷺を誘惑したんだ。別に君の事が好きだった訳じゃない。僕が一番愛しているのはエデンだ。エデンが幸せになれば君の事なんかどうでもいい」
 泣きながらそうして嘯く僕はいかに滑稽だったか、恥知らずだったか、みっともなかったか、でもそうする事でしか自分を保てなかったのだ。
 氷朱鷺がぎりぎりと苦虫を噛み潰したような顔をして、僕は内心『いい気味』と思った。
「帰る」
 氷朱鷺は僕を解放し、再び踵を返したが、僕は彼の肩を掴んで引き戻す。
「もう手遅れだよ。それに2人の間を邪魔したところで氷朱鷺はもうすぐ献上されるじゃないか。お邪魔虫が消えれば必然的に2人は結婚してめでたしめでたしさ」
「そうとは限らないし、そうはさせない」
 そこまでエデンに固執する氷朱鷺に腹が立ち、僕は嫌味に拍車をかけた。
「いくら足掻いたところで人の気持ちは変えられないんじゃないかなあ?自分の運命だってそうさ。氷朱鷺は交配パンダみたいに国の敷いたレールに乗って王女との子供を作って成り上がりの王座に着くんだ。エデンの事は諦めるしか選択がないと思うけど?」
「そんな選択肢ははなから無い」
 氷朱鷺に睨まれたけれど、僕は本当の事を言ったまでだ。姉ちゃんと杉山さんには幸せになってほしいし、氷朱鷺は姉ちゃんを諦める必要がある。嫉妬という他意も、まあ、少なからずあるけど。
 氷朱鷺はそれでも僕を引きずったまま玄関へ行こうとするので、僕は最終手段に出る。
「だからもう手遅れだって。姉ちゃんは杉山さんと結ばれたよ」
「あいつを殴り殺して無かった事にする」
「ハァ……氷朱鷺、君が2人の邪魔をするなら、僕は姉ちゃんに氷朱鷺から乱暴されたってバラすよ?」
 そう脅すと氷朱鷺はピタリと動きを止めた。
 そりゃあそうだろう、誇張して言ったが、エデンに『弟』を犯したとバレれば、氷朱鷺はエデンから嫌われるどころか軽蔑されて縁を切られるんだから。
「俺を誘惑したって言ってなかったか?」
「そう。全部僕の計画通りさ。本当は、家族の為に命をかけて働いてた姉ちゃんを楽させたくて献上品になったけど、僕には献上品の素質がないからさ、姉ちゃんを杉山さんとくっつけて玉の輿に乗らせようと思ってね。そしたら姉ちゃんにべったりの氷朱鷺が邪魔になって誘惑した訳だけど、それでも氷朱鷺が邪魔になる場合にはこれをネタに脅そうとも思ってた」
 嘘から出た誠とはこの事か、腹いせに適当な憎まれ口をきいてるうちに物事の辻褄が合致してしまった。
「姉ちゃんは、実の弟だと思ってる僕と、赤の他人の君の、どっちを信じるかな?」
 もう、涙なんか止まっていた。悪役を演じるつもりが悪役になりきっていたのかもしれない。それ程僕は氷朱鷺の事が好きだったのだ。こうして彼に背を向けられても、関心を引けているだけまだ良かった。
「この事を話したら、姉ちゃんはたいそう氷朱鷺を憎むだろうね。しかも理由が、エデンと同じ遺伝子を持つ弟とやって、エデンを犯してる気になりたかった、なんてさ、間違いなく気持ち悪がられて軽蔑されるよ」
「万里」
 僕に煽られ、氷朱鷺が押し殺したような声で僕を呼ぶ。
「何?」
 僕に背を向けているが、氷朱鷺は余程悔しかったのか、背中から並々ならぬ怒りのオーラが溢れ出ていた。
 これで少しは僕の気持ちが分かったんじゃないかな。
「……何でもない」
 氷朱鷺はいつもの冷静さを取り戻そうとしていたが、壁に着かれた右の拳が強く強く握り締められていたのを見て、僕は僅かに冷や汗をかいた。

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