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秘密の規約

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 これは賭けだった。

 昔から、王室や政府には法など関係無い訳で、王女のハートさえ掴めれば俺の脱走は不問になると踏んでいた。
 王女の顔や性格もわからず、ましてや近付く事すらかなわない状況で彼女を誘惑するのには無理があったが、演劇で興味を引かせる事には成功した。

 死なせるには惜しい人材だと。

 勿論、ここまでぎりぎりになるとは思わなかったが、そのおかげで収穫もあった。
 エデンが俺を撃とうとした時、暗に、一緒に死んでくれると言ってくれた事。
 あの時は本当に死ぬかもしれないと思ったけれど、エデンのひと言で死んでもいいとさえ思えた。いや寧ろ、エデンと一緒に死にたいなんて馬鹿な事も思った。
 エデンは俺を弟としてしか見てくれないけれど、自分の命をかけても一緒にいてくれると言ったのが嬉しかった。
 これだからエデンを諦められないんだ。
 俺はその場で伝令に捕まり、エデンとの熱い抱擁も叶わず王女の元へと連行された。


 ここは城の上層階にある温室フロア。フロア全体が1つの温室になっていて、亜熱帯のジャングルを模した室内にはカラフルな南国の鳥や蝶が飛び交い、最奥には滝のカーテンまであった。俺は軽く身体検査をされた後、ここに単身で送り込まれ、訳もわからず広いジャングルを探索する。
「豪勢な事だ」
 少し歩みを緩めると、肩に宝石みたいな光りを放つ蝶がとまり、俺はそれを迷わず手で払う。
 鱗粉が……
「蝶が嫌い?」
 突然、後方から滝の音に混ざって女の声がして振り返ると、いかにもおてんばそうな赤毛にそばかすの健康的な女が手を振りながら近付いて来た。
 これが王女?
 王女の防犯上、顔を見るのは初めてだったが、第一印象としては……好奇心旺盛そうに目をキラキラさせているあたり、この女は生まれた時から蝶よ花よと夢いっぱいに育てられてきたのだろう。何の苦労も知らずに育った奴はあまり好きじゃない。偏見だが、万里がいい例だ。天真爛漫で甘ったれてる。
「いえ、ただ、舞っている蝶の方が綺麗じゃないですか」
 なんて、嘘も方便。いかに綺麗でも、蛾みたいに鱗粉があるじゃないか。それにこれは虫だ。腹の辺りをよく見ると幼虫っぽい。まあ、元は幼虫だけど。俺がこんな嘘をつくのも、全てはエデンの為。だから王女への印象操作は大事だ。
「虫がお好きなんですか?」
 俺は献上品の講習で習った上品な微笑みをそのまま実践する。
「蝶々は好きよ?でもゴキブリとか芋虫はさすがに無理」
 同じ虫なのに、表面上の美しさだけを見ている奴にはそのものの根幹までは見えないんだな。そんな奴には上辺だけの微笑みでも充分通用するだろう。おまけに相手は世間知らずの箱入り娘だ。取り入りやすい。講習で習った女性心理学が役に立ちそうだ。
「ここは初めてでしょう?」
 王女がニカッと笑うと、小麦色の肌に白い歯列だけが悪目立ちする。
 インプラントか?
 暗闇でブラックライトを当てたら歯だけが浮きそうだな。
「はい。とても綺麗で、手入れが行き届いてますね」
 その言葉に嘘は無い。本物のジャングルにとてもよく似せていて、纏まりのあるレイアウトになっている。
「私が監修したのよ」
 王女は誇らしげにそう言ったが、要は何もしない現場監督だろう。
「亜熱帯地域を模して造られたんですか?」
「そうよ。あの蝶々も、亜熱帯地域にのみ生息する珍しい蝶々なの」
 とか言いながら遠い目をしているあたり、防犯上、あまり外へ出歩けなくてフラストレーションが溜まっているのだろう。
 俺らは献上品になってから外出に制限がかけられたが、王女ともなれば生まれてからずっと抑圧されて育ったに違いない。まずは共感を生む事から始めよう。
「そうですか、俺は地元とここしか知らないので異国へ来た気分です」
「地元って?」
「海岸の近くに住んでいました。初めてここへ来た時にはあまりの建物の高さに驚嘆しました。地元は小さな漁村でしたので、灯台より高い建物を見た事がなかったんです」
「街へ出ようとは思わなかったの?」
 王女はキョトンと目を丸くした。
「憧れはありましたけど、そんな余裕はなかったですね」
「献上品をやってなかったら漁師をしてた?」
 エデンに助けられていなかったら、俺は今頃奴隷として売られていた。でもそんな重い話を王女に打ち明ける気は無い。
「どうですかね、これが漁師っぽく見えますか?」
 そう言って俺がいたずらっぽい嘘笑いを向けると、王女は頬を赤くして片手で胸を押さえ、俯いた。
「みっ、見えない見えない。良い意味で氷朱鷺に荒波は似合わないよ。都会に住んでたら絶対アイドルとかモデルにスカウトされてたって!」
 王女は焦ったように早口で捲し立てている。
 反応は上々。純粋培養で男に不慣れなのか。エデンもここまで素直だったらもっとかわいいのに……いや、それだとエデンがエデンじゃない、か。
「そんなのには興味ありません。最初から献上品になるつもりでしたし」
「良かった……あっ、いや、変な意味じゃないの」
 王女は取り乱し、俺から顔を背けたままブンブンと自身の胸の前で大きく両手を振った。
「別に変な意味でも構わないですよ。大事なのは、貴方がたかが献上品の名前を知ってくれていたって事」
「あっ、そう、そうなの!先日の演劇を観て感動して会ってみたくなって、それでパンフレットの名前を見て、ここへ来てもらったの」
「そうですか。でもあれは女形だったので……実際に会ってみたらイメージとかけ離れてますよね?」
「ううん、氷朱鷺はどっちも綺麗よ」
 やはり、この人は上辺しか見ていない。あの美しい蝶を見るような目で俺を見ている。
「そうでもないですよ。ほら、袖を捲ったら意外と節だってますし、骨もゴツゴツしてる。血管も太くて浮いてる。むさい男そのものです」
 俺はシャツの袖を捲り、王女の前にその腕を差し出して見せた。
 俺は王女を女として見ていないが、彼女には俺を男として見てもらわなければ困る。
「全然全然、男性の腕だけど、程よく筋肉質で芸術的よ。綺麗なものだわ」
「そんなに褒められても、俺だって男ですから、綺麗じゃない部分もあるんです。それもお見せしましょうか?」
 俺がシャツの裾に手を掛けると、王女は両手で自分の顔を隠し、頭から湯気を上げて卒倒した。
「そんな、初対面なのにーーーーっ!!」
「ふふ、すみません。冗談ですよ。楽しくてつい、からかってしまいました」
 普段はエデンの前でしか笑わない俺も、営業と思えばいくらでも営業スマイルが出来た。それもこれも全てエデンの為。
「もうっ!!私の方が歳上なのにっ!」
 王女はむくれてハムスターのように頬を膨らませた。
「すみません。でも初見が女形でしたから、どうしても貴方に男として見てもらいたくて」
「おかげで凄い混乱してるわ」
 王女は頭痛でもするのか、頭を抱えている。
「急ぎ過ぎましたね。ほら、手を出して下さい。少しずつ慣らしていきましょう」
 俺が片手を掲げると、王女は戸惑いながらも同じように片手を掲げた。
「なぁに?」
「大きいでしょう?指が長くて、エデ──調教師にはピアニストの手だと言われました」
 王女の手よりもひと回り、ふた周り大きい自分の手を互いの体温を感じる絶妙な距離で近づける。手を触れさせていないのに、冷めきった俺の体温には彼女の熱が熱く感じた。
「あの……」
 暫くそのままの時間を過ごすと、痺れをきらした王女が躊躇いがちに口を開いた。
「はい?」
「触れてこないのね?」
 王女は何かを期待していたのか、少し残念そうだった。
「はい。献上品はトライアル以外で王女に触れてはいけませんので。それに、少しずつ慣らすと言ったでしょう?」
 俺がニコッと微笑むと、王女は耳まで赤くして両手で自身の顔を扇ぐ。
「少しは男として意識していただけましたか?」
「じゅっ、充分よ」
「それは良かった。ところであの滝の裏には入れるんですか?」
 俺は温室の最奥にある落差3メートルの滝を指差す。
 探索中に気付いたが、温室と言えどここには防犯カメラが数多く点在している。
 別にうつされて困るような事はしないが、王女とは秘密を共有するような親密性を築く事が大事だと思った。
「あっ、あすこはね、私の隠れ家なのよ。ベンチもあるのよ」
 王女はよくぞ聞いてくれたと言わんばかりに手を打って揚々と答えた。
「隠れ家ですか。じゃあ、カメラも無いんですね」
「な、無いわ。何する気?」
 王女は先刻の事もあり、少しだけ俺を警戒している。
「何もしませんよ。ただカメラがあると、俺は献上品として振る舞ってしまうので、カメラの無いところで本当の自分を見てほしいと思ったんです。決してイヤらしい事を思った訳ではないですから安心して下さい」
「献上品として、それも問題だからね!」
 ビシッと鼻先を指され、俺は『はいはい』と苦笑いして滝へと歩き出した王女の背を追った。
「ここは苔がむしてて滑り易いから、気をつけてね」
「はいはい」
 滝の裏側へ回ると、そこには人ひとり通れそうな通路があり、トンネルのように向こう側のジャングルと繋がっていて、真ん中には長めのベンチが置かれていた。
「ちょっと暗いけど、逆に落ち着くでしょ?」
「そうですね。隠れ家にはもってこいです」
「私、ここでね、寝転がってお昼寝したり──」
 王女が振り返って楽しそうに俺をトンネル内にいざなおうとすると、彼女は岩の段差に躓いてバランスを崩した。後ろ向きにベンチ目掛けて倒れ込もうとしたところで、俺は咄嗟にその背中を抱いて彼女を救う。
「ほんと、滑り易いですね」
 皮肉も込めて冗談を言うと、王女は赤面して俺から離れた。
「意地悪ね。ずっと氷朱鷺のペースでムカつく!!」
 王女はドスンとベンチに腰を下ろし、ふてぶてしく腕と脚を組む。
 俺より歳上だが、反応ややってる事は子供っぽいな。正直、子供は苦手なんだけど。
「それはすみません。隣に座ってもよろしいですか?」
 俺がそう言うと、王女はむくれているわりに端へ少し移動した。
「恐れ入ります」
 嫌われた訳ではなさそうだ。
 俺はその空いたスペースに腰掛けた。
「……」
 ──黙ってるけど。
「どうしたんですか?俺が献上品の掟を破って貴方に触れた事を怒ってらっしゃるんですか?でも、転んで硬いベンチに後頭部を打って死にそうな人を見殺しには出来ないでしょう?不可抗力ですよ。それにここにはカメラが無い。今のは1人の人間として貴方に触れたんですよ」
「そういうとこ、そういう手慣れた感じが癪なの」
「お嫌いですか?」
「そんな事言ってない。でも遊び慣れてそうで嫌。氷朱鷺は普段からそうなの?」
「献上品に遊び人なんかいませんよ。献上品は王女だけを愛していますから」
「それってなんか虚しい。まるでインプットされたアンドロイドをあてがわれている気分だわ。それに献上品なんて富や権力を狙って夫の座を争っているでしょう?本当に私を愛してくれる人なんかいないわ」
「難しく考え過ぎですよ。政略結婚のお見合いと思う事です。入口はそうでも、人間同士の事ですから、そこに真実の愛だっていくらでも誕生しますよ」
「まるで他人事ね」
 おっといけない。
「俺はまだトライアルにも参加させてもらっていない部外者ですから」
「トライアルね……何回かした事あるけど、恐怖とか緊張とか迷いがあって、結局誰ともしなかった」
 王女は思い詰めた顔をして流れ落ちる水に足を伸ばし、つま先でパシャパシャとその水流を蹴り上げた。
「朝までトランプでもしてたんですか?」
 俺は靴と靴下を脱ぎ捨てると、モーゼの十戒の如く滝を割り、向こう側へ両脚をつき出す。
 冷たくて心地いい。
「ウノよ」
「じゃあ、俺とはオセロをして下さい」
「最近はトライアルを休んでるの」
「別にトライアルに参加したい訳じゃないですよ。ここでまた俺と遊んで下さい」
「変な人」
「ここが気に入ったんです」
 ここへエデンとピクニックに来れたら最高なのに。一緒に鳥に餌付けしたり、花の香りを嗅ぎながらサンドイッチやここに成っている南国のフルーツを食べたり、この滝の裏でいけない事をしたり──
「そこはお世辞でも、王女様に会いたくてって言うのが献上品てものじゃないの?」
 確かに、それが献上品のセオリーだ。けれど王女は言いなりの献上品に飽き飽きしている。ここは彼女の思い通りにいかない方が好転するだろう。
「俺はインプットされたアンドロイドとは違いますから、初対面の方にそんな軽々しい事は言いません」
「憎い人ね」
「嫌いじゃないでしょう?」
 あざとい女より、勝ち気な女の方が押しに弱いと講習で習った。
「……オセロ、私は白だから」
 そうして王女も靴と靴下を脱ぎ、滝に思い切り両足を突っ込んだ。
「はい。仰せのままに」
 だいぶ無理はしたが、寡黙な俺にしてはなかなかうまくやれた。


 次回会う約束を取り付け、俺は足早に部屋へと戻った。
 部屋のドアを開けるといきなり人影が腰に飛びついてきて、俺はてっきりエデンが熱い抱擁を交わしに抱きついたのだと思い、その顔を両手で包む。
「エデン、ただいま。帰って来……おい」
「えっ?」
 エデンだと思っていたその顔を上に向けると、エデンとは程遠い坊っちゃん面の万里と目が合った。
 なんでお前なんだよ。
「氷朱鷺、良かった!!おかえりって、ええっ?!」
 俺はムスッとして万里を振り解き、そのまま彼を置き去りにしてリビングのドアを開ける。
「エデン」
 リビングでは、エデンが両手を揉みながらこちらに向かって立ち尽くしていた。
「氷朱鷺……」
「どうしたの?エデン」
 エデンは俺が王女のお眼鏡に叶ったのにも関わらず、あまり嬉しそうではなかった。寧ろ俺に申し訳なさそうにしている。
「ごめん、氷朱鷺。怖い思いをさせてごめん。私に力が無くてごめん」
「そんな事か。そんなもの全然気にしてない」
 そこで俺はエデンの二の腕を掴むと、彼女の右耳に顔を寄せ、囁いた。
『寧ろエデンが俺と共に死んでくれるって言った時、とても嬉しかったんだ』
「あの、万里がいるから」
 エデンは自分の襟足に手を掛けて一歩下がり、そうする事で俺を遮断した。
「別にキスしようとした訳でもな──」
『──いのに』と不満を吐露しようとしたが、エデンに口元を押さえられ、俺は仕方なく言葉を飲み込む。
「ファグは?」
 俺がモゴモゴしながら両手を広げてハグのジェスチャーをすると、エデンは渋い顔をして声を潜めた。
「万里がいてもいなくても駄目だよ」
「信じられない」
 一時は絶体絶命の窮地にまで追い込まれたのに、感動の再開を喜ぶ機会すら与えてくれないのか。

 鬼だな。

「氷朱鷺、僕がハグしてあげます」
 俺達のやり取りをじっと見ていた万里が、エデンの代わりに両腕を大きく開く。
「なんだよ、すしざ○まいかよ」
 俺は万里を一瞥するとそのままゴロンとソファーに横になった。
「ちがーう!!」
 万里は地団駄を踏んでいたが、疲れていた俺はそのまま目を閉じる。

 今日は疲れたが、上手くやれた。

 あともう少し。もう少しで俺の願いが叶う。


 それから俺はことあるごとに王女から温室へと呼び出された。
 いつしか、俺の温室への出入りが顔パスとなり、少なからず城での信用もえられた。そんな折──
「ねぇ……氷朱鷺は……もう、献上の儀が解禁されたのよ、ね?」
 いつも通り温室の滝の裏でだべっていると、隣に座っていた王女がもじもじしながら尋ねてきた。
「そうですね。もう18ですから、俺は今夜にでも貴方の部屋へ夜這いに行けます」
 普通なら気恥ずかしくて言えない事も、俺は平常心のまま軽々しく口にする事が出来た。
「やだぁ、冗談……やめてよ」
 俺とは対照的に、王女は肩をいからせてガチガチに緊張しているようだった。
 もしも俺が少しでも彼女に気があったなら、この様子を可愛らしいと捉えていたのだろうが、残念ながら俺に何の感動も無い。
「冗談じゃなくて、正式に貴方の寝所へ行っていいですか?」
 俺は王女の横顔を穴が空きそうな程熱い視線で見つめた。
「氷朱鷺は献上品で、王女を愛するように教育を受けてきたけど……本当のところはさ、どうなの?」
 王女は固唾を飲み、脚をバタつかせながら聞きづらそうに俺の返事を窺ってくる。滝の流れる騒音の中に居ながら、彼女の心音が音や振動で伝わってくるようだった。
「俺は献上品として様々な勉強をしてきました。勿論、人を愛する心理学というのも実際に習いました。けれど講習で得られたのは知識や先入観だけで、愛を学んだのはこの滝の裏でした」
 なんて、微塵も思っていないけれど、そう言ってこの女が思い通りに動かせるなら安いものだ。
「それってつまり──」
 王女は急にこちらを向いて目を輝かせた。
「ヤサカ王女、以前、そうしたように手を掲げて下さい」
「手を?」
「はい」
 王女が右手を胸の高さに掲げると、俺はその手に自身の左手をスレスレまで近付ける。
「今はまだ貴方に触れる事も、愛を告白する事も出来ませんが、献上の儀がくれば俺の想いを伝えられます」

 だから俺を選べ。

 そして俺は、逢瀬を重ねた今なら良い返事が聞けるだろうと思っていた。
 しかし──
「氷朱鷺、その事なんだけど……氷朱鷺を初夜には呼べないの」
 王女の表情がみるみる曇り、彼女は掲げていた右手を下ろした。
 時期尚早だったか?
「俺に何か不満でもありましたか?」
「全然っ、全然そういうんじゃなくてね……」
 王女は焦りながらわたわたと両手を振る。
「他にめぼしい候補がいるんですか?連日、こうして俺と逢瀬を重ねながらも、それに平行して誰か他の献上品と会ってたんですか?」
 王女にはその権利というものがあったが、俺は敢えて彼女をそのように責めた。
「そんなっ、まさか。私には氷朱鷺だけよ」
「じゃあどうして?マサムネですか?あれにはコネがあると聞きました」
「違う違う、斡旋されて何度か話した事はあるけど、終始傲慢で気にくわなかったからそれきり会ってない」
「じゃあ何なんですか?」
 焦れる。こういう、女のはっきりしない態度が俺を苛つかせる。それが王女にも伝わるのか、彼女は意を決したように渋々口を開いた。

「王女のヴァージンを奪った者は、王女に怪我を負わせたとして処刑されるの」

「え?」
 それは寝耳に水だった。だってそんな事、献上品の規約には一言も書かれていなかった。でもよく考えると、歴史的にも王家にはそんな確約がつきまとっていた。それが未だに続いているとは思わなかったが、恐らく献上品の規約にその事が記されていなかったのは、それにより献上品が逃げ出すのを防ぐ為だったに違いない。それと同じような理由で、この事は調教師にも知らせていなかった筈だ。そうでなければ献上品を逃がす調教師が出る恐れもあるし。 
「私、初めては氷朱鷺以外考えられないけど、氷朱鷺には死んでほしくないの」
 それを聞いて安心した。けれど、じゃあ、王女は誰を最初に選ぶのか?

 その、濡衣とも言える罪を着せられて無惨に殺される哀れな献上品を──

「決められない。私のせいで罪もない誰かが殺されると思うと怖くて……だからずっとトライアルを避けてたの」
 王女は両手で頭を抱えそのまま蹲る。
 苦悩しているのか。この際、王家がどれ程の不要献上品を処断と称して処刑や人身売買(売春や臓器売買)してきたか、というのは敢えて問わないでいてやろう。まさに温室で育ったおめでたい箱入り娘には、俺が育ての親である調教師から射殺されかけた事は無かった事になっているのだろう。逆に助けられた身としては恨んではいないが……なるほど、これは好機じゃないか。それなら『処刑されて当たり前』みたいなクズを勧めたら、王女の安い罪悪感も軽減される。なんなら俺がその罪人を選んで差し上げれば王女も気が楽というもの。クズなら1人だけ心当たりがある。俺にとっては目の上のタンコブだ。いなくなったらせいせいする。
「では、罪を犯した罪人を選んだら処刑の手間が省けるんじゃないですか?」
「献上品に罪人が?」
 王女が涙目になった顔を上げた。
「はい。献上品同士ギスギスしていますからね、中には見えないところで障害事件を起こしてる輩もいる訳です。俺も、一生消えない深手を負わされました」
 俺がマサムネ達に負わされた矢傷の辺りをそれとなくさすると、それを見た王女は自身の握り締めた拳にグッと親指の爪を立てた。
 そう、献上品は王家の所有物だ。その献上品を王家の許可無しに傷付けるのは例え同じ献上品であっても大罪だ。それなら、大きな後ろ盾のあるマサムネのコネがどこまで通用するのか見ものじゃないか。何しろ今の俺には王女というヒエラルキー最高位に君臨する最大の後ろ盾がある。それを今使わない手は無い。どうせマサムネはエスカレーター式にコネで王女の後宮へ入れる。そこでまかり間違って王女との間に子供でも出来たら後々厄介だ。俺が王女の正式な夫になれたとしても、世継ぎが生まれなければ俺はただの王女の腰巾着なのだから。
「その人の名前は?」

「はい、それは──」

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