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報復

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 そう言えば、いつか誰かが俺に報復するとタンカを切って逃げ去った事があったが、まさか、王家に披露する演劇の配役からその報復劇が始まるとは思ってもみなかった。

『かぐや姫役 白井氷朱鷺』

 俺と万里が演習室に着いた時には、既にホワイトボードにそのように書かれていた。
 因みに万里は問答無用で牛車の牛役だ。
「王女の前で女形をやらせるなんて、献上品としてアピール出来ないじゃん。こんなの嫌がらせだよ!!」
 ホワイトボードを他人事のように傍観していた俺よりも、万里の方がいきりたっていた。
 こいつは喜怒哀楽が激し過ぎる。
 嫌いなタイプだ。
 俺はエデンみたいな静かな人間が好きなのに。
「そういうお前は牛だろ。顔も出ないじゃないか」
 ただでさえ地味メンなのに、人の事より自分の事を心配するべきじゃないか?
「ケンタウルスみたいにすれば──」
「キモいわ」
「僕の事はどうでもいいんだよ!!はなから望み薄なんだから。それより氷朱鷺の方が心配だよ!せっかく氷朱鷺は有望株なのに、そのカッコ良さを半減させるような事をするなんて、絶対マサムネの報復だよ」
「分かってる」
 こすい手を使ったもんだな。
「氷朱鷺、怒ってないの?」
「別に、他人を陥れないと上にのし上がれない奴は、所詮、その程度の人間なんだ。そんな奴に先なんかあるもんか。仮にコネで後宮入り出来たとしても、コネで人間の心までは掴めない。何のハンデにもならないよ」
 怒るというより、呆れるより他ない。
「氷朱鷺……」
 ふと視線を感じて横にいた万里に目をやると、彼は熱を帯びた視線でこちらを見上げていた。
「なんだよ?」
 こっち見んな。
「かっこいい……」
 うっとりすんな。
「……」
 万里に手を出してからというもの、彼は事あるごとに俺をそういう目で見てくる。
 鬱陶しいな。
「でも氷朱鷺、氷朱鷺なら女形でも充分そのカッコ良さを発揮出来るよっ!!」
 万里が両拳を握り締めて、俺に熱意のある激励をしてくるが、俺との温度差が違い過ぎて疲れる。
「どうも」
「僕はさ、氷朱鷺のカッコ良さを引き立たせる為なら牛だろうが何だろうが構わないんだ」
 だから頬を赤らめるな。
 まったく……
「お前、エデンと全然違うな」
「え?」
 俺がべろっと口を滑らすと、万里は夢から醒めたような顔をした。
「何でもない。そこがお前のいいところだよ」
 万里を利用する為には、せいぜい彼に夢を見せ続けないといけない。
 俺は万里を慰めるように彼の頭をポンポンと撫でた。
「うんっ!」
 嬉しそうに笑って、万里は姉のエデンにとても懐いてはいるが、同時に彼女に対する劣等感も持ち合わせていて、時々、比べられる事に卑屈になる傾向にある。
「牛、頑張れよ」
「うんっ!」
 単純だな。
「ヒトミちゃ~ん」
 演習室の出入口からマサムネのご機嫌な声がして、室内にいた献上品達にいっきに嫌な空気が漂った。
 日頃から後ろ盾を傘に横柄な行いをしてきたマサムネは、一般の献上品達からえらく煙たがられていた。もっとも、マサムネはその後ろ盾のおかげで誰に盾突かれる事無く好き放題していたが、俺は奴にひれ伏すつもりは1ミリも無い。奴はエデンを下卑た目で見ていたのだ、それを知った時から俺の中でマサムネは敵認定された。
「ヒトミちゃん、良かったなあ?かぐや姫役なんてある意味目立つから、王女の目にとまるよなあ?」
 マサムネは嫌味ったらしく強弱のあるトーンでそう言いながら、取り巻き達と笑いながら俺の肩に腕を回してきた。
 脳筋なのか、腕がズシリと重くて力では敵わなそうだ。
「氷朱鷺に触るなっ!!」
 すかさず万里がマサムネの腕を振り払おうとしたが、俺はそれを制止し、されるがままにする。
「それで?帝役はお前か?」
 ホワイトボードには主役のかぐや姫よりもでかでかと『帝役 荒木マサムネ』と書かれていた。
 滑稽で面白いな。
「なんだお前、俺を口説く役じゃないか。いや、ほんと、お似合いだな」
 俺が鼻で笑うと、マサムネは顔を真っ赤にして一度俺を突き飛ばすとそのまま殴りかかってきた。
 俺は、マサムネが主役の顔に痣を作ったらどうなるのか見ものでそれを甘んじて受けようと思っていたのだが、目の前に万里が飛び込んできて──

 ガンッ

 ──と骨と骨がぶつかるような音がして、マサムネに殴られた万里が背中から俺に倒れ込んだ。
「いっ……たぁ……」
 万里は俺に支えられ、殴られた顎を押さえて涙目になっている。
「万里、お前、痛いの苦手だったろ?なんでわざわざ殴られに行くんだよ?」
「なんでって、俺みたいなありがちな顔はどうなってもいいけど、氷朱鷺の綺麗な顔に痣が出来るのは許せなくて」
「それで身代わりに?」
「うん」
 安い男だ。
 でも使える。
「そんな事、しなくていい。同じ細胞の話だろ?顔面の価値なんか関係ない。俺はお前が殴られるのを良しとしない」
「氷朱鷺……」
 万里は俺のいい加減な話にうるっときたのか、振り返って上目遣いに黒目を揺らしていた。
 単純だな。素直な奴だから騙されやすいのか。
「マサムネ、今度から殴るなら俺を殴れよ。ただ、俺はかぐや姫役を成功させて王女の寵愛を受ける予定だから、そうなればお前も手を出せないなあ?」
「ハッ、女装役なんかが王女の目にとまるかよ?俺が何の為に最有力候補をオカマにしたて上げようとしてると思ってんだよ?候補から除外させる為に決まってんだろ?」
 半笑いで舐めた口調のマサムネを見ていると、あまり乗り気ではなかった演劇にやる気を感じてきた。
「別に女形だろうが、馬役だろうが、人目を引く魅力さえあれば何の支障もない。逆に、いい配役でありながら人目につかない方が恥をかくよなあ?」
 これは一種のプレッシャーだ。そのプレッシャーの事まで念頭に入れてなかったマサムネは一瞬ギクリと口の端を引きつらせる。
 マサムネは単細胞だから、人を陥れるのにばかり意識がいっていて、その先の事まで頭が回っていなかったらしい。実に低俗で愚かしい。
「コネで演劇の評価まではどうにか出来ないと思うけど?コネで人を感動させられる自信が無ければ他人を陥れて自分にいい配役を割り振れないよなあ?」
「てめぇ……」
 図星なのか、マサムネはぐうの音も出ないようだ。
 あーあ、こいつにコネさえ無ければ、俺はエデンみたいにこいつとやりあえたのに。
 エデンみたいに戦いたかった。
 エデンみたいになりたい。
 でも今は、俺は俺として戦わなければ。
 俺は万里をシャンと立たせ、肩を叩いた。
「万里、練習しよう」

 それから俺は演劇に重点を置き、寝る間も惜しんで練習に励んだ。
 舞の稽古は勿論、女性的な仕草や立ち振舞、どうしたら演技に艶が出るのか、目の前のエデンをお手本にこっそり学んだ。
 しかし見れば見る程、エデンを女性として意識してしまって、逆に自分の中の雄の部分が高まってしまう。
 エデンの品のある脚の組み方や目線一つをとっても、俺にしてみたら、なんだかセックスシンボルそのものに見えてしまって、気が散る……
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