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氷朱鷺
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初めてエデンを見た時、ジャンヌ・ダルクが俺を助けに来たのだと感銘を受けた。
躍動的に舞い戦うその姿は、俺が夢見たオルレアンの聖処女そのもの。
エデンは、貧困で夢も希望も無い陰鬱な生活を送る俺の救世主だった。
僕は一生この人に付いて行く。そう、心に決めた瞬間でもあった。
最初は、強くて優しいエデンに憧れ、彼女のようになりたいと思ったり、エデンを家族のように尊く感じていたけれど、あの日、ソファーで寝ていたエデンが杉山さんからキスされているのを目撃して、自分の中で何かが決定的に変わるのを感じた。
エデンが他の男に盗られる。
今までは、親を独占したい子供のソレだったけれど、その時の気持ちの胸くそ悪さといったら、いっぱしの男が抱く嫉妬心そのものだった。
エデンに触れていいのは自分だけだ。
そして思う、エデンに触れたいと──
気が付くと俺は、エデンをそういう目で見ていた。
意識してしまったら、風呂上がりのエデンのうなじや、無防備な寝姿に胸が熱くなり、やり場の無い熱情を抱え、おかしくなってしまいそうだった。
俺も、柳みたいに調教師と濃厚なキスをしてみたい。日常的なスキンシップ以上の事をしてみたい。奥歯が無いという口中に指を突っ込んでそこを感じてみたい。
俺はマジでどうかしている。変態なのかもしれない。
道場でエデンから寝技をかけられている時、俺は彼女の体の柔らかさに欲情した。エデンは鍛えているから、他の女性ならもっと柔らかくて抱き心地がいいのだろうけど、俺は圧倒的にエデンが良かった。エデン一択だ。
けれどそんな時、イレギュラーな存在が現れた。
エデンの弟、万里だ。
万里はエデンとは似ても似つかなかったが、彼がエデンと同じ血統である事に俺はとても興味が湧いた。
「氷朱鷺、ここって図書館ある?僕、図書館に行きたい!ね、案内してよ」
マナー講習が終わると同時に、隣で退屈そうにしていた万里が急に元気に立ち上がる。
まだあるって言ってないのに。
万里はエデンとは違って落ち着きがなかった。
しかも強引。
「ある。いいよ、案内する」
「うわーい、週刊漫画とかあるかなぁ?」
ねぇよ。
──と思ったが、エデンの弟である万里がどんな人間なのか気になり、俺は黙って万里を連れ出した。
「ここって、献上品が入っちゃいけないフロアがあるんでしょ?」
万里は好奇心旺盛なのか、窓の風景、通り過がりの献上品や使用人、様々な物に目を奪われている。
「ある。高層階は王室の人間のプライベート空間だから献上されない限り入れさせてもらえない。あとはフロアというより、射撃場とか薬品保管庫とか、俺ら献上品には関係のない場所も駄目だ」
「破ったらどうなるの?」
隣で並んで歩いていた万里がいきなり俺の顔を覗き込んできた。
「破るのか?」
「破んないよ、多分」
「多分て」
「僕、方向音痴だから、間違って迷い込みそうで自信ないんだもん」
頼りなっ、こいつポンコツだな。エデンとは大違いだ。
「破ったら調教師共々処罰される」
「え、ヤバ、僕のせいで杉山さんが処罰されたらどうしよ、あの人いい人なのに」
万里は本当に自信がないのか口元を引きつらせている。
「まあ、破ってもいいんじゃないか?」
「は?」
「なんでも」
杉山さんが処罰されようがどうだっていい。
「ふーん、ねぇ、時々氷朱鷺のとこ泊まりに行っていい?」
急だな。
「なんで?」
「姉ちゃんいるし、氷朱鷺とも仲良くなりたい。僕、人見知りだからさ、他に友達出来そうもないし。それに他の献上品の子って互いにバチバチじゃん?あ、でも、柳君は親切でいい人だよ?けど同い年の友達も欲しくて」
人見知りの割によく喋るな。
長い廊下を歩いていると、向こうから数名の献上品達が肩を組みながら歩いて来るのが見えた。
「まあ、いいけど」
エデンの弟だから許す。
弟といるエデンがどんなものなのかもよくよく見てみたいし。
「やった!今度、姉ちゃんに納豆オムレツ作ってもらおっと~あれ、僕の大好物なんだよね~」
納豆オムレツ……俺もエデンに作ってもらった事がある、思い出の味だ。万里がエデンの弟でなければ嫉妬していたところだ。
「久しぶりに耳かきもしてもらおうかな?」
耳かき⁉
それは膝枕ありきのやつか?
お、弟だから……
「自分でやれ」
「え?」
いくら仲良し兄妹と言えど、姉が弟の耳かきなんかするものか?
さてはこいつ、シスコンなのか?
「あれは人にやってもらうからいいんだよー」
「なら杉山さんにやってもらえ」
つい、俺の口調は冷たくなってしまう。
「えー、男の人にやられたら貫通しそう」
「いいじゃないか、風通しが良くなる」
「やだったら」
とかなんとか(万里が)ウダウダやっていると、向こうから来た3名の献上品のうちのピンク色の頭をしたガタイのいい奴と万里の肩が衝突し、万里はその反動で尻もちをついた。
「イテテ」
「おい、てめ、どこに目ぇつけてやがる?」
腰を押さえる万里に向かって、大作りな顔をしたピンク頭が見下ろすように怒鳴りつける。
「うわっ、不良だ、ごめんなさい」
万里は素直な性格なのか、頭を下げつつも思った事を口にして相手の火に油を注いだ。
「テメー、マジでいい度胸してんな。俺が誰だかわかってんのか?」
ピンク頭の傍らにいたモブ顔の少年2人は顔を見合わせニヤニヤしている。
この3人、講習会にもいたって事は同期か。
「すいません、僕、つい最近入ったばっかりで」
「なら覚えろ」
そう言ってピンク頭は怯える万里の胸ぐらを掴むと、片手でいっきに腕いっぱい持ち上げた。
「うわっ、えっ!?」
万里は空中で足をジタバタさせ、苦しそうに顔を歪める。
エデンの弟のくせに非力だな。おおかた、今までエデンに守られてきたから強くなる必要がなかったのだろう。
「マサムネだ。調教師はここで大臣をやってる叔父の娘、十和子。後宮入りが約束された高貴な身だ」
つまり逆らうな、という事か。
「その俺が、お前みたいな下民の顔面を崩壊させたとしても、何のお咎めも無いんだぜ?」
と言ってマサムネは下卑た笑みを浮かべている。
絵に描いたような悪玉だな。本当にやるぞ、こいつ。
俺は仕方なくマサムネの前に立ちはだかった。
「献上品の命である顔を傷つけるのは負け犬のする事だ。自分が大した顔じゃないからって他人を貶めるような事をするのは卑怯者以外の何者でもない。お前、恥ずかしくないのか?」
別に俺は、チビリそうに半べそをかく万里を憐れんで助けに入った訳ではない。ただ単に、エデンの弟だから助けなければと思ったのだ。
「はあ?お前、その女みてぇな面……氷朱鷺って奴か」
マサムネに上から睨みつけられたが、俺は屈する事なく奴を睨み返す。
「お前んとこの調教師、エデンだっけ?やに美人だったなあ?」
マサムネが山賊みたいな下衆な笑いを洩らし、俺は心底嫌悪した。
こいつがエデンの名を口にするだけで虫酸が走る。
何人たりとも、エデンをそういう目で見る奴は許せない。
俺は万里そっちのけで頭に血が上っていた。
気持ちが悪い。ゾッとする。こんな奴、去勢されて神官にでもなればいいのに。
そう思っていると、俺の体は勝手に動き出し、マサムネのイチモツを力いっぱい握り締めていた。
『ぎゃああああああああああっ!!』というマサムネの断末魔がフロア中に響き渡り、万里は痛がって背を丸くした奴の手から開放される。
「献上品の命であるイチモツを握り潰したら、お前はその資格を失う事になるなぁ?」
ガタイがいいくせに小さっ、こんなもの、ついてないのと同じだ。マジで潰すか?
俺が、激痛で悶るマサムネのイチモツをじりじりと潰しにかかっていると、マサムネの取り巻きや万里が泣きながら俺の腕にしがみついてきた。
「氷朱鷺!止めて!ぶつかった僕が悪いんだ。僕の為に喧嘩するのは止めて」
お前の為じゃねーよ。
「うるさいな」
「調教師の姉ちゃんにも迷惑がかかっちゃう!」
「……」
それは困る。
俺は黙ってマサムネのイチモツを開放した。
「てめっ、マジで後悔させてやるからな!!」
「いいさ、お偉い親戚に、女みてぇな奴からキンタマ握り潰されそうになったって泣きつけよ」
そんなもの、恥ずかしくて誰にも言えないだろうがな。
これを受けて取り巻き達は失笑しそうになる顔を背け、股間を押さえるマサムネを両脇から支えてその場から連れ出そうとした。
「氷朱鷺、マジ、ぜってー許さねーからなっ!!」
マサムネは取り巻き達に引き摺られるようにエレベーターホールまで連れて行かれた。
「氷朱鷺、ごめん、僕のせいで」
万里がすぐさま俺の肩に縋り付いて必死に謝罪してきたが、俺には何も響いてこなかった。
至極、どうでもいい。
報復されたとて、エデンに危害が及ばなければいい。その為には、俺は献上品として自分の地位を確立する必要がある。俺は今でこそ容姿端麗、成績優秀、文武両道、品行方正で後宮入りの有力株とされているが、これをもっと現実的に確固たるものにすれば、王家の人間以外、誰も俺には手出し出来ない。のし上がるまでだ。
のし上がって、最終的にエデンを──
「僕のせいで氷朱鷺が復讐されたらどうしよう……ごめん、氷朱鷺、ほんとにごめん!僕、一生懸命鍛えて氷朱鷺と一緒に戦う!」
そこは嘘でも『一生懸命鍛えて氷朱鷺を守る』じゃないのか?
こいつ、つくづく甘ったれだな。
「お前はそのままでいい。これは俺の問題だから、自分でなんとかする。お前はもう関わるな」
煩わしい。
俺は万里の腕を振りほどいたが、それでも彼は震える手で俺にしがみついた。
「嫌だ、僕は氷朱鷺のそばを離れない!!一緒に戦う!!」
「だから──」
ウザいんだよ、と思ったが、俺の腕を両手でしっかりと握り、羨望の眼差しで見上げてくる万里を見て、こいつは使えると直感した。
──というより、かねてから興味があった『エデンの弟』という万里の続柄に更に興味が湧いたのだ。
「分かった。万里、お前は俺のそばを離れるな。お前は俺が守ってやる」
俺がそう言うと、万里は目をキラキラさせて『うんっ!!』と元気に頷いた。
それからというもの、万里はこれを期に俺にベッタリになった。
「今夜は杉山さんもエデンも国外研修で帰らないから、ここに泊まってってもいい?」
ある晩の事、エデンは杉山さん含む調教師達と国外へ研修に出掛け、俺はリビングで万里と2人きりになっていた。
「……いいけど、なんで?」
俺はソファーでスマホをいじりながらエデンからのメールを待ちわびる。
返事が遅い。寝るにはまだ早い時間だし、杉山さんと何かあったんじゃあないだろうな?
俺はモヤモヤしながら左手親指の爪を噛んだ。
「なんでって、独りだと寂しいじゃん」
万里は俺の隣に腰掛け、体育座りで前後に揺れている。
「まあ、わからないでもない」
寂しいというより、エデンが今どうしているのか気掛かりで仕方がない。
こんな時、調教師と献上品の間に距離を感じる。エデンが心配で付いて行きたいのに、献上品は許可が無ければこの城からも出られない。おまけに杉山さんはしれっとエデンを狙っている。
エデンと杉山さんの事を考えるとおかしくなりそうだ。
『エデン、何してるの?』
『返事は?』
『声が聞きたい』
『電話していい?』
さっきからメールを連投しているが、俺のスマホは閑古鳥が鳴いている。
俺から電話しようか?
嫌われるか?
献上品の講習でも、しつこい男は嫌われると再三習った。
いや、でも、背に腹はかえられないか?
とにかく状況が知りたい。知って安心したい。確かめたい。どうにかテレビ電話で朝までエデンを拘束出来ないものか?
さすがのエデンでも引くか?
「ねえ、誰とメールしてるの?」
万里が退屈そうに俺のスマホを覗き込んできた。
「あ、姉ちゃん?」
「万里、お前には連絡来てるか?」
「え?杉山さんから?」
「エデンからだよ」
俺がイライラしながら言うと、万里はシャツの胸ポケットからスマホを取り出し、通知画面を開く。
「エデン?ええと、あっ、来てた!」
何っ?!
なんで万里には連絡するのに俺には返信しないんだよ。
チリチリと胸が焼けた。
「なんて?」
「氷朱鷺が寂しがってるから一緒にいてあげてだってー」
「……」
エデン、そうじゃない。そういう事じゃない。
「氷朱鷺、意外と寂しがり屋なんだね?」
だからそうじゃない。
「杉山さんからは?」
そうだ、杉山さんの動向もマークしなければ。
「え、杉山さん?ええと、あっ、お土産買ったよ~だって~♪」
『ほら』とウキウキの万里から見せられたのは、お土産を持った杉山さんとエデンの自撮り画像だった。
イラッ
これわざとだろ?
杉山さんの、俺に対する宣戦布告だろ?
クソ腹立つ。
マジで今すぐ金属バット持って杉山さんを滅多打ちにしてやりたい、マジで。
俺はイライラで頭から湯気でも上がるかと思った。
「万里、エデンって杉山と付き合い長いんだっけ?」
「え、呼び捨て……ま、まあ、10年以上なるかな?姉ちゃんが少年兵の時からだし。それからそのまま杉山さんとこで働かせてもらってたし」
万里は、俺のただならぬオーラを悟って体を硬くさせている。
「2人って、付き合ってたとかはないんだよな?」
少なくともエデンはそれを否定していたが、万が一という事もある。
「ない、けど、なんで?」
「別に」
良かった。
けどエデンは杉山さんの事をどう思っているんだろう?
杉山さんはエデンを女として見ているようだけど、エデンは奴を男として意識しているんだろうか?
モヤモヤ……
あぁっ、クソッ!!俺がもう少し大人だったら、杉山さんと同じ土俵に立てたのに。
「エデンて、どういう男が好みなんだ?杉山みたいのとか?これまで付き合った男はいるのか?いるなら、どんな奴だ?」
どうか年下好きであってくれ。
「あー……どうかな?姉ちゃんとは早くから離れ離れで暮らしてたから。ただ、姉ちゃんにちかしい男の人って言ったら杉山さんくらいしかいなかったし、姉ちゃん、捕虜として捕まった時に男の兵士から拷問を受けたから杉山さん以外の男性に対して警戒心が強くて、浮いた話なんか聞いた事もないよ。ほら、姉ちゃんて奥歯が無いだろ?あれ、拷問の痕なんだ」
『ほら』と言って万里は自分のエラの辺りを指差した。
「杉山さんには心を許してるって訳か」
そう言えば、エデンは俺には素肌を見せないくせに、杉山さんには当たり前のように肌を晒して、あまつさえ直接薬まで塗らせてたよな?
腹が立つというより、めちゃくちゃ悔しい。
エデンのエピソードを聞くと、彼女が杉山さんに対して気を許すのはわからないでもないが、5年も同じ寝室で寝る俺に肩すら見せてくれないのは、俺を信頼していない証拠じゃないか?
俺が生爪でも剥ぎそうな勢いでギリギリと親指の爪を噛んでいると、万里がスマホを投げ出し、拗ねて自身の両膝に顎を乗せた。
「姉ちゃんの話ばっかでツマンナイ」
「お前の姉ちゃんに興味があるからな」
エデンの事ならなんでも気になる。逆に、エデン以外の事は全く気にならない。なのに今は、エデンが他の男と一緒にいるのに手出しが出来ないなんて、ジレンマで発狂しそうだ。
今、こうしている間にも、エデンは杉山さんに何かされているかもしれないのに。
苦しい。今すぐエデンをどうにかしたい。
「……姉ちゃんとは、その、指南とかしてるの?」
急に万里は顔を赤らめ、モジモジと手遊びしながら聞きにくそうに俺に尋ねた。
「エデンは実地訓練しないって言ってた」
他の献上品達は自分の調教師と『最後まで』ヤッてるっていうのに、エデンは俺にキスすら教えてくれない。それどころか、俺が体を擦り寄せてそういう雰囲気に持って行こうとしても、逆に俺を避けるような素振りさえ見せる。これで寝室が一緒なんだから、蛇の生殺しもいいとこだ。
「お前のとこはどうなんだ?男✕男のペアなんて珍しいから、どうしてるんだ?」
「なんかよくわかんないけど、杉山さんから、女の悦ばせ方っていうのを口頭で教えてもらってる」
ヤリチンならではかよ。確かにあの人、相当遊んでそうな顔(ハンサム)してるもんな。
「男✕男ペアはハンデになるかと思ってたけど、何なら女の扱いに長けてる調教師の方が有利だったりするかもな」
まあ、童貞でいきなりトライアルとか、無理ゲーだけど。
……俺もそうか。
「……」
どうせエデンとやれないなら──
「でも、杉山さんからは女心は学べないんじゃないか?」
俺は万里の膝を掴み、強引にこちらを向かせた。
「それはまあ、確かに」
万里は、俺が自分に興味を示してくれた事が嬉しいのか、口角が上がっている。
単純な奴。こいつ、構ってちゃんか。
「杉山さんはお前にどんな風に接してるんだ?」
俺は万里が逃げ出さないよう、彼の脚を極限まで折り畳ませ、自身の体でその膝を割った。
「え?ふ、普通だよ。まるで本当の弟みたいに可愛がってくれる。ぼ、僕にとっていいお兄さんだよ」
万里は、初めて俺が距離を詰めた事で極度の緊張状態になっているようだった。俺自身、エデン以外の人間とここまで接近するのは護身術の授業以外では全く無い。
「へえ、じゃあ尚更女心は学べないな」
俺は照れて目を泳がせる万里に顔を寄せながら、彼の中にエデンの片鱗を探す。
よく見ると肌も綺麗だし、普通よりはかわいい顔をしてる。エデンには似てないけど、豆柴っぽいところがある。
「し、仕方ないよ、杉山さんは男だし。てか氷朱鷺、ち、近くない?」
万里はビクビクと震え、一見怯えているように見えたが、逃げないところを見ると、強ち嫌でもないのだろう。
エデンだったらこういう態度はとらないな。多分、サラッと俺をかわしていただろう。
「いやいや、杉山さんが駄目なだけで、女心を学ぶには男相手の方が都合がいいんだよ」
「ど、どゆこと?」
まあ、未熟な万里にはわからないだろうな。それも、まだ女を知る前だから尚更。だからこそ付け入るには今がチャンスなのだ。
「こういう事」
そう言って俺が万里の小振りな唇にキスをすると、彼は大きく目を見開いたまま硬直した。
万里が子供だからか?
みずみずしくて軟らかい。エデンもこんな感じなのだろうか?
「ひっ、ひとっ、ひとーーーっ!!」
万里は腰を抜かす程びっくり仰天していた。それこそ、天地がひっくり返りでもしたかのように。
「杉山さんから、キスの時は目を閉じるって聞かなかった?」
「あっ…………き、きいた」
たかだか口を合わせただけのフレンチなキスをしたってだけなのに、万里は乙女みたいにポヤッと意識を飛ばしている。
どうやら少しは女心を理解したらしい。
「どう?男からキスされる女の気持ちは?」
「ど、どうって、一瞬過ぎて何が起こったのか……」
「じゃあもう1回」
そう言って俺が再度顔を近付けただけで、万里はビンタでも受けるようにギュッと目をつぶった。
乙女か。
俺はその光景が面白くてわざとそのまま動きを止めた。
エデンのキス待ちの顔もこんなんだろうか?
……………ないな。
「ひ、氷朱鷺?」
万里が痺れをきらして薄目を開けたタイミングで、今度は噛み付くようにキスをした。
「あっ……」
万里が漏らした吐息は、俺が想像したエデンのそれとはまるで違っていたが、エデンの遺伝子とキスをしていると思うと少しだけ萠えた。
ヤバイ、俺、変態かも。いや、病気か?
でも少しはエデンに近付けた気がする。
ずっとエデンとこうしたかった。柳と菖蒲みたいなキスをエデンとしてみたかった。まさかこんなところで、こんな形で疑似体験が出来るとは……ちょっと虚しいか。でもそれだけじゃない。エデンの身内を手中に収めれば、何かと優位に事が運ぶかもしれない。最悪、万里を人質にエデンを手に入れる事も出来るかもしれないし。
俺は万里をとろけさせようと、持てる技術の全てを舌先に結集させて彼の口内をなぶった。
これが本当のエデンだったら……
俺は瞼を閉じ、エデンの唇を想像しながら夢中で万里の唇を貪る。
時にシャツの上から万里の果実を指で転がしながら。
体が熱い。
腰の奥が疼く。
「エデ……」
エデン。
俺は思う。エデンは俺に体を許してはくれないけど、エデンの遺伝子(?)を持ったエデンもどきならどうだろう?いや、似てない分、エデンかぶれか?
どっちでもいいが、エデンと同じ血が流れる万里が相手なら遠からずエデンとも繋がりを持てたも同然だよな。
まあ、せめてエデンの妹の方が良かったけど、エデン本人ではないという点ではどっちもどっちか。
エデン、エデンは俺に体を触らせてくれないから、俺は代わりに万里(弟)を奪う事にする。
そう、今はエデンかぶれで我慢してやる。
『今は』ね。
躍動的に舞い戦うその姿は、俺が夢見たオルレアンの聖処女そのもの。
エデンは、貧困で夢も希望も無い陰鬱な生活を送る俺の救世主だった。
僕は一生この人に付いて行く。そう、心に決めた瞬間でもあった。
最初は、強くて優しいエデンに憧れ、彼女のようになりたいと思ったり、エデンを家族のように尊く感じていたけれど、あの日、ソファーで寝ていたエデンが杉山さんからキスされているのを目撃して、自分の中で何かが決定的に変わるのを感じた。
エデンが他の男に盗られる。
今までは、親を独占したい子供のソレだったけれど、その時の気持ちの胸くそ悪さといったら、いっぱしの男が抱く嫉妬心そのものだった。
エデンに触れていいのは自分だけだ。
そして思う、エデンに触れたいと──
気が付くと俺は、エデンをそういう目で見ていた。
意識してしまったら、風呂上がりのエデンのうなじや、無防備な寝姿に胸が熱くなり、やり場の無い熱情を抱え、おかしくなってしまいそうだった。
俺も、柳みたいに調教師と濃厚なキスをしてみたい。日常的なスキンシップ以上の事をしてみたい。奥歯が無いという口中に指を突っ込んでそこを感じてみたい。
俺はマジでどうかしている。変態なのかもしれない。
道場でエデンから寝技をかけられている時、俺は彼女の体の柔らかさに欲情した。エデンは鍛えているから、他の女性ならもっと柔らかくて抱き心地がいいのだろうけど、俺は圧倒的にエデンが良かった。エデン一択だ。
けれどそんな時、イレギュラーな存在が現れた。
エデンの弟、万里だ。
万里はエデンとは似ても似つかなかったが、彼がエデンと同じ血統である事に俺はとても興味が湧いた。
「氷朱鷺、ここって図書館ある?僕、図書館に行きたい!ね、案内してよ」
マナー講習が終わると同時に、隣で退屈そうにしていた万里が急に元気に立ち上がる。
まだあるって言ってないのに。
万里はエデンとは違って落ち着きがなかった。
しかも強引。
「ある。いいよ、案内する」
「うわーい、週刊漫画とかあるかなぁ?」
ねぇよ。
──と思ったが、エデンの弟である万里がどんな人間なのか気になり、俺は黙って万里を連れ出した。
「ここって、献上品が入っちゃいけないフロアがあるんでしょ?」
万里は好奇心旺盛なのか、窓の風景、通り過がりの献上品や使用人、様々な物に目を奪われている。
「ある。高層階は王室の人間のプライベート空間だから献上されない限り入れさせてもらえない。あとはフロアというより、射撃場とか薬品保管庫とか、俺ら献上品には関係のない場所も駄目だ」
「破ったらどうなるの?」
隣で並んで歩いていた万里がいきなり俺の顔を覗き込んできた。
「破るのか?」
「破んないよ、多分」
「多分て」
「僕、方向音痴だから、間違って迷い込みそうで自信ないんだもん」
頼りなっ、こいつポンコツだな。エデンとは大違いだ。
「破ったら調教師共々処罰される」
「え、ヤバ、僕のせいで杉山さんが処罰されたらどうしよ、あの人いい人なのに」
万里は本当に自信がないのか口元を引きつらせている。
「まあ、破ってもいいんじゃないか?」
「は?」
「なんでも」
杉山さんが処罰されようがどうだっていい。
「ふーん、ねぇ、時々氷朱鷺のとこ泊まりに行っていい?」
急だな。
「なんで?」
「姉ちゃんいるし、氷朱鷺とも仲良くなりたい。僕、人見知りだからさ、他に友達出来そうもないし。それに他の献上品の子って互いにバチバチじゃん?あ、でも、柳君は親切でいい人だよ?けど同い年の友達も欲しくて」
人見知りの割によく喋るな。
長い廊下を歩いていると、向こうから数名の献上品達が肩を組みながら歩いて来るのが見えた。
「まあ、いいけど」
エデンの弟だから許す。
弟といるエデンがどんなものなのかもよくよく見てみたいし。
「やった!今度、姉ちゃんに納豆オムレツ作ってもらおっと~あれ、僕の大好物なんだよね~」
納豆オムレツ……俺もエデンに作ってもらった事がある、思い出の味だ。万里がエデンの弟でなければ嫉妬していたところだ。
「久しぶりに耳かきもしてもらおうかな?」
耳かき⁉
それは膝枕ありきのやつか?
お、弟だから……
「自分でやれ」
「え?」
いくら仲良し兄妹と言えど、姉が弟の耳かきなんかするものか?
さてはこいつ、シスコンなのか?
「あれは人にやってもらうからいいんだよー」
「なら杉山さんにやってもらえ」
つい、俺の口調は冷たくなってしまう。
「えー、男の人にやられたら貫通しそう」
「いいじゃないか、風通しが良くなる」
「やだったら」
とかなんとか(万里が)ウダウダやっていると、向こうから来た3名の献上品のうちのピンク色の頭をしたガタイのいい奴と万里の肩が衝突し、万里はその反動で尻もちをついた。
「イテテ」
「おい、てめ、どこに目ぇつけてやがる?」
腰を押さえる万里に向かって、大作りな顔をしたピンク頭が見下ろすように怒鳴りつける。
「うわっ、不良だ、ごめんなさい」
万里は素直な性格なのか、頭を下げつつも思った事を口にして相手の火に油を注いだ。
「テメー、マジでいい度胸してんな。俺が誰だかわかってんのか?」
ピンク頭の傍らにいたモブ顔の少年2人は顔を見合わせニヤニヤしている。
この3人、講習会にもいたって事は同期か。
「すいません、僕、つい最近入ったばっかりで」
「なら覚えろ」
そう言ってピンク頭は怯える万里の胸ぐらを掴むと、片手でいっきに腕いっぱい持ち上げた。
「うわっ、えっ!?」
万里は空中で足をジタバタさせ、苦しそうに顔を歪める。
エデンの弟のくせに非力だな。おおかた、今までエデンに守られてきたから強くなる必要がなかったのだろう。
「マサムネだ。調教師はここで大臣をやってる叔父の娘、十和子。後宮入りが約束された高貴な身だ」
つまり逆らうな、という事か。
「その俺が、お前みたいな下民の顔面を崩壊させたとしても、何のお咎めも無いんだぜ?」
と言ってマサムネは下卑た笑みを浮かべている。
絵に描いたような悪玉だな。本当にやるぞ、こいつ。
俺は仕方なくマサムネの前に立ちはだかった。
「献上品の命である顔を傷つけるのは負け犬のする事だ。自分が大した顔じゃないからって他人を貶めるような事をするのは卑怯者以外の何者でもない。お前、恥ずかしくないのか?」
別に俺は、チビリそうに半べそをかく万里を憐れんで助けに入った訳ではない。ただ単に、エデンの弟だから助けなければと思ったのだ。
「はあ?お前、その女みてぇな面……氷朱鷺って奴か」
マサムネに上から睨みつけられたが、俺は屈する事なく奴を睨み返す。
「お前んとこの調教師、エデンだっけ?やに美人だったなあ?」
マサムネが山賊みたいな下衆な笑いを洩らし、俺は心底嫌悪した。
こいつがエデンの名を口にするだけで虫酸が走る。
何人たりとも、エデンをそういう目で見る奴は許せない。
俺は万里そっちのけで頭に血が上っていた。
気持ちが悪い。ゾッとする。こんな奴、去勢されて神官にでもなればいいのに。
そう思っていると、俺の体は勝手に動き出し、マサムネのイチモツを力いっぱい握り締めていた。
『ぎゃああああああああああっ!!』というマサムネの断末魔がフロア中に響き渡り、万里は痛がって背を丸くした奴の手から開放される。
「献上品の命であるイチモツを握り潰したら、お前はその資格を失う事になるなぁ?」
ガタイがいいくせに小さっ、こんなもの、ついてないのと同じだ。マジで潰すか?
俺が、激痛で悶るマサムネのイチモツをじりじりと潰しにかかっていると、マサムネの取り巻きや万里が泣きながら俺の腕にしがみついてきた。
「氷朱鷺!止めて!ぶつかった僕が悪いんだ。僕の為に喧嘩するのは止めて」
お前の為じゃねーよ。
「うるさいな」
「調教師の姉ちゃんにも迷惑がかかっちゃう!」
「……」
それは困る。
俺は黙ってマサムネのイチモツを開放した。
「てめっ、マジで後悔させてやるからな!!」
「いいさ、お偉い親戚に、女みてぇな奴からキンタマ握り潰されそうになったって泣きつけよ」
そんなもの、恥ずかしくて誰にも言えないだろうがな。
これを受けて取り巻き達は失笑しそうになる顔を背け、股間を押さえるマサムネを両脇から支えてその場から連れ出そうとした。
「氷朱鷺、マジ、ぜってー許さねーからなっ!!」
マサムネは取り巻き達に引き摺られるようにエレベーターホールまで連れて行かれた。
「氷朱鷺、ごめん、僕のせいで」
万里がすぐさま俺の肩に縋り付いて必死に謝罪してきたが、俺には何も響いてこなかった。
至極、どうでもいい。
報復されたとて、エデンに危害が及ばなければいい。その為には、俺は献上品として自分の地位を確立する必要がある。俺は今でこそ容姿端麗、成績優秀、文武両道、品行方正で後宮入りの有力株とされているが、これをもっと現実的に確固たるものにすれば、王家の人間以外、誰も俺には手出し出来ない。のし上がるまでだ。
のし上がって、最終的にエデンを──
「僕のせいで氷朱鷺が復讐されたらどうしよう……ごめん、氷朱鷺、ほんとにごめん!僕、一生懸命鍛えて氷朱鷺と一緒に戦う!」
そこは嘘でも『一生懸命鍛えて氷朱鷺を守る』じゃないのか?
こいつ、つくづく甘ったれだな。
「お前はそのままでいい。これは俺の問題だから、自分でなんとかする。お前はもう関わるな」
煩わしい。
俺は万里の腕を振りほどいたが、それでも彼は震える手で俺にしがみついた。
「嫌だ、僕は氷朱鷺のそばを離れない!!一緒に戦う!!」
「だから──」
ウザいんだよ、と思ったが、俺の腕を両手でしっかりと握り、羨望の眼差しで見上げてくる万里を見て、こいつは使えると直感した。
──というより、かねてから興味があった『エデンの弟』という万里の続柄に更に興味が湧いたのだ。
「分かった。万里、お前は俺のそばを離れるな。お前は俺が守ってやる」
俺がそう言うと、万里は目をキラキラさせて『うんっ!!』と元気に頷いた。
それからというもの、万里はこれを期に俺にベッタリになった。
「今夜は杉山さんもエデンも国外研修で帰らないから、ここに泊まってってもいい?」
ある晩の事、エデンは杉山さん含む調教師達と国外へ研修に出掛け、俺はリビングで万里と2人きりになっていた。
「……いいけど、なんで?」
俺はソファーでスマホをいじりながらエデンからのメールを待ちわびる。
返事が遅い。寝るにはまだ早い時間だし、杉山さんと何かあったんじゃあないだろうな?
俺はモヤモヤしながら左手親指の爪を噛んだ。
「なんでって、独りだと寂しいじゃん」
万里は俺の隣に腰掛け、体育座りで前後に揺れている。
「まあ、わからないでもない」
寂しいというより、エデンが今どうしているのか気掛かりで仕方がない。
こんな時、調教師と献上品の間に距離を感じる。エデンが心配で付いて行きたいのに、献上品は許可が無ければこの城からも出られない。おまけに杉山さんはしれっとエデンを狙っている。
エデンと杉山さんの事を考えるとおかしくなりそうだ。
『エデン、何してるの?』
『返事は?』
『声が聞きたい』
『電話していい?』
さっきからメールを連投しているが、俺のスマホは閑古鳥が鳴いている。
俺から電話しようか?
嫌われるか?
献上品の講習でも、しつこい男は嫌われると再三習った。
いや、でも、背に腹はかえられないか?
とにかく状況が知りたい。知って安心したい。確かめたい。どうにかテレビ電話で朝までエデンを拘束出来ないものか?
さすがのエデンでも引くか?
「ねえ、誰とメールしてるの?」
万里が退屈そうに俺のスマホを覗き込んできた。
「あ、姉ちゃん?」
「万里、お前には連絡来てるか?」
「え?杉山さんから?」
「エデンからだよ」
俺がイライラしながら言うと、万里はシャツの胸ポケットからスマホを取り出し、通知画面を開く。
「エデン?ええと、あっ、来てた!」
何っ?!
なんで万里には連絡するのに俺には返信しないんだよ。
チリチリと胸が焼けた。
「なんて?」
「氷朱鷺が寂しがってるから一緒にいてあげてだってー」
「……」
エデン、そうじゃない。そういう事じゃない。
「氷朱鷺、意外と寂しがり屋なんだね?」
だからそうじゃない。
「杉山さんからは?」
そうだ、杉山さんの動向もマークしなければ。
「え、杉山さん?ええと、あっ、お土産買ったよ~だって~♪」
『ほら』とウキウキの万里から見せられたのは、お土産を持った杉山さんとエデンの自撮り画像だった。
イラッ
これわざとだろ?
杉山さんの、俺に対する宣戦布告だろ?
クソ腹立つ。
マジで今すぐ金属バット持って杉山さんを滅多打ちにしてやりたい、マジで。
俺はイライラで頭から湯気でも上がるかと思った。
「万里、エデンって杉山と付き合い長いんだっけ?」
「え、呼び捨て……ま、まあ、10年以上なるかな?姉ちゃんが少年兵の時からだし。それからそのまま杉山さんとこで働かせてもらってたし」
万里は、俺のただならぬオーラを悟って体を硬くさせている。
「2人って、付き合ってたとかはないんだよな?」
少なくともエデンはそれを否定していたが、万が一という事もある。
「ない、けど、なんで?」
「別に」
良かった。
けどエデンは杉山さんの事をどう思っているんだろう?
杉山さんはエデンを女として見ているようだけど、エデンは奴を男として意識しているんだろうか?
モヤモヤ……
あぁっ、クソッ!!俺がもう少し大人だったら、杉山さんと同じ土俵に立てたのに。
「エデンて、どういう男が好みなんだ?杉山みたいのとか?これまで付き合った男はいるのか?いるなら、どんな奴だ?」
どうか年下好きであってくれ。
「あー……どうかな?姉ちゃんとは早くから離れ離れで暮らしてたから。ただ、姉ちゃんにちかしい男の人って言ったら杉山さんくらいしかいなかったし、姉ちゃん、捕虜として捕まった時に男の兵士から拷問を受けたから杉山さん以外の男性に対して警戒心が強くて、浮いた話なんか聞いた事もないよ。ほら、姉ちゃんて奥歯が無いだろ?あれ、拷問の痕なんだ」
『ほら』と言って万里は自分のエラの辺りを指差した。
「杉山さんには心を許してるって訳か」
そう言えば、エデンは俺には素肌を見せないくせに、杉山さんには当たり前のように肌を晒して、あまつさえ直接薬まで塗らせてたよな?
腹が立つというより、めちゃくちゃ悔しい。
エデンのエピソードを聞くと、彼女が杉山さんに対して気を許すのはわからないでもないが、5年も同じ寝室で寝る俺に肩すら見せてくれないのは、俺を信頼していない証拠じゃないか?
俺が生爪でも剥ぎそうな勢いでギリギリと親指の爪を噛んでいると、万里がスマホを投げ出し、拗ねて自身の両膝に顎を乗せた。
「姉ちゃんの話ばっかでツマンナイ」
「お前の姉ちゃんに興味があるからな」
エデンの事ならなんでも気になる。逆に、エデン以外の事は全く気にならない。なのに今は、エデンが他の男と一緒にいるのに手出しが出来ないなんて、ジレンマで発狂しそうだ。
今、こうしている間にも、エデンは杉山さんに何かされているかもしれないのに。
苦しい。今すぐエデンをどうにかしたい。
「……姉ちゃんとは、その、指南とかしてるの?」
急に万里は顔を赤らめ、モジモジと手遊びしながら聞きにくそうに俺に尋ねた。
「エデンは実地訓練しないって言ってた」
他の献上品達は自分の調教師と『最後まで』ヤッてるっていうのに、エデンは俺にキスすら教えてくれない。それどころか、俺が体を擦り寄せてそういう雰囲気に持って行こうとしても、逆に俺を避けるような素振りさえ見せる。これで寝室が一緒なんだから、蛇の生殺しもいいとこだ。
「お前のとこはどうなんだ?男✕男のペアなんて珍しいから、どうしてるんだ?」
「なんかよくわかんないけど、杉山さんから、女の悦ばせ方っていうのを口頭で教えてもらってる」
ヤリチンならではかよ。確かにあの人、相当遊んでそうな顔(ハンサム)してるもんな。
「男✕男ペアはハンデになるかと思ってたけど、何なら女の扱いに長けてる調教師の方が有利だったりするかもな」
まあ、童貞でいきなりトライアルとか、無理ゲーだけど。
……俺もそうか。
「……」
どうせエデンとやれないなら──
「でも、杉山さんからは女心は学べないんじゃないか?」
俺は万里の膝を掴み、強引にこちらを向かせた。
「それはまあ、確かに」
万里は、俺が自分に興味を示してくれた事が嬉しいのか、口角が上がっている。
単純な奴。こいつ、構ってちゃんか。
「杉山さんはお前にどんな風に接してるんだ?」
俺は万里が逃げ出さないよう、彼の脚を極限まで折り畳ませ、自身の体でその膝を割った。
「え?ふ、普通だよ。まるで本当の弟みたいに可愛がってくれる。ぼ、僕にとっていいお兄さんだよ」
万里は、初めて俺が距離を詰めた事で極度の緊張状態になっているようだった。俺自身、エデン以外の人間とここまで接近するのは護身術の授業以外では全く無い。
「へえ、じゃあ尚更女心は学べないな」
俺は照れて目を泳がせる万里に顔を寄せながら、彼の中にエデンの片鱗を探す。
よく見ると肌も綺麗だし、普通よりはかわいい顔をしてる。エデンには似てないけど、豆柴っぽいところがある。
「し、仕方ないよ、杉山さんは男だし。てか氷朱鷺、ち、近くない?」
万里はビクビクと震え、一見怯えているように見えたが、逃げないところを見ると、強ち嫌でもないのだろう。
エデンだったらこういう態度はとらないな。多分、サラッと俺をかわしていただろう。
「いやいや、杉山さんが駄目なだけで、女心を学ぶには男相手の方が都合がいいんだよ」
「ど、どゆこと?」
まあ、未熟な万里にはわからないだろうな。それも、まだ女を知る前だから尚更。だからこそ付け入るには今がチャンスなのだ。
「こういう事」
そう言って俺が万里の小振りな唇にキスをすると、彼は大きく目を見開いたまま硬直した。
万里が子供だからか?
みずみずしくて軟らかい。エデンもこんな感じなのだろうか?
「ひっ、ひとっ、ひとーーーっ!!」
万里は腰を抜かす程びっくり仰天していた。それこそ、天地がひっくり返りでもしたかのように。
「杉山さんから、キスの時は目を閉じるって聞かなかった?」
「あっ…………き、きいた」
たかだか口を合わせただけのフレンチなキスをしたってだけなのに、万里は乙女みたいにポヤッと意識を飛ばしている。
どうやら少しは女心を理解したらしい。
「どう?男からキスされる女の気持ちは?」
「ど、どうって、一瞬過ぎて何が起こったのか……」
「じゃあもう1回」
そう言って俺が再度顔を近付けただけで、万里はビンタでも受けるようにギュッと目をつぶった。
乙女か。
俺はその光景が面白くてわざとそのまま動きを止めた。
エデンのキス待ちの顔もこんなんだろうか?
……………ないな。
「ひ、氷朱鷺?」
万里が痺れをきらして薄目を開けたタイミングで、今度は噛み付くようにキスをした。
「あっ……」
万里が漏らした吐息は、俺が想像したエデンのそれとはまるで違っていたが、エデンの遺伝子とキスをしていると思うと少しだけ萠えた。
ヤバイ、俺、変態かも。いや、病気か?
でも少しはエデンに近付けた気がする。
ずっとエデンとこうしたかった。柳と菖蒲みたいなキスをエデンとしてみたかった。まさかこんなところで、こんな形で疑似体験が出来るとは……ちょっと虚しいか。でもそれだけじゃない。エデンの身内を手中に収めれば、何かと優位に事が運ぶかもしれない。最悪、万里を人質にエデンを手に入れる事も出来るかもしれないし。
俺は万里をとろけさせようと、持てる技術の全てを舌先に結集させて彼の口内をなぶった。
これが本当のエデンだったら……
俺は瞼を閉じ、エデンの唇を想像しながら夢中で万里の唇を貪る。
時にシャツの上から万里の果実を指で転がしながら。
体が熱い。
腰の奥が疼く。
「エデ……」
エデン。
俺は思う。エデンは俺に体を許してはくれないけど、エデンの遺伝子(?)を持ったエデンもどきならどうだろう?いや、似てない分、エデンかぶれか?
どっちでもいいが、エデンと同じ血が流れる万里が相手なら遠からずエデンとも繋がりを持てたも同然だよな。
まあ、せめてエデンの妹の方が良かったけど、エデン本人ではないという点ではどっちもどっちか。
エデン、エデンは俺に体を触らせてくれないから、俺は代わりに万里(弟)を奪う事にする。
そう、今はエデンかぶれで我慢してやる。
『今は』ね。
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