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2年後

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 それから2年の歳月が経ち、今は雪の無い冬を迎え、氷朱鷺は12歳になっていた。
 見た目はまだまだ子供だが、青年としての片鱗が見え始め、多少髪が硬くなり、背もぐんと伸びた。視線こそ私の方がまだ上だが、こうなると、もはや抜かされるのは時間の問題だ。

 そして今日は氷朱鷺の12回目の誕生日。ここへ入居してからは2度目の誕生日になる。1回目の誕生日には、氷朱鷺に頼まれてお守りを作った。氷朱鷺はその不出来なお守りを気に入り、今でも首から下げている。
 2度目の今日は、何にした物か、本人が何もねだらないので、今日の今日まで何も用意出来なかった。
「おはよう」
 私が朝食のアジを焼いていると、すぐ後ろから氷朱鷺の声がする。
「おはよう、ね、今日の晩御飯は何がいい?」
 私は箸でアジをつつき、魚焼きグリルを閉めると氷朱鷺の方を振り返った。
「まだ朝ご飯も食べてないのに夕飯の話?」
 と氷朱鷺は笑う。
 それもそうだけど……
「今日は特別な日でしょ?氷朱鷺に美味しい物を食べさせてあげたいの。欲しい物だって、言ってくれれば急いで用意するよ?」
「エデンからは、去年、お守りを貰ったから、後は特に欲しい物とかないし、美味しい物だって、毎日こうしてエデンが作ってくれるし」
 氷朱鷺はそうして胸の前で両手を振る。
 前から思っていたけれど、氷朱鷺はこれくらいの年齢にしては聞き分けが良すぎる。実の弟と比べてもそうだが、周りの献上品を見ても、反抗期で調教師が鞭で教育しているのを見た事がある。さすがにそれはやり過ぎだが、ある程度我儘言うくらいの方が子供らしくて人間味があるというか、可愛げがあると思う。勿論、そんな完璧な氷朱鷺に不満がある訳ではないが、あまりにいい子過ぎて不安になるのだ。
「好きな食べ物とか無いの?」
「エデンが作ってくれる物なら、なんでも好きだよ」
 ほら、100点満点の模範解答だ。人見知りで私にべったりなところは変わらないが、物分りが良すぎて拍子抜けする。
 氷朱鷺の普段の生活を見ていても、好き嫌いせず何でもよく食べたし、突出して何かに興味を持つ訳でもない。私には、彼が何を欲しているのか、さっぱり見当もつかなかった。
「ちょっとは我儘言ってくれてもいいのになぁ……」
 鞭を持ち歩く調教師達からすれば、贅沢な悩みかもしれない。
「そもそも誕生日を祝ってくれる調教師自体少ないって話だよ。ってか、焦げてる」
 氷朱鷺に魚焼きグリルを指差され、私が慌ててグリルの取っ手を引っ張ると、アジが黒煙を上げた炭に変わっていた。
「しまったぁ!」
「大丈夫、僕がエデンの為にハムを焼いてあげます」
 そう言って余裕を見せた氷朱鷺は、やはり完璧な少年だった。


 朝食中、私達はテーブルに向き合いながら程よく焼けたカリカリのハムを頬張っていた。
「氷朱鷺ってさ、何かやりたい事とか、趣味とか無いの?」
「え?ええと……」
 氷朱鷺は箸を握ったまま斜め上を見ながら考えを巡らせる。
「エデンとピクニックに──」
 そこまで口にして、氷朱鷺はいきなりテーブルに箸を落とした。

 手が震えている。

「ど、どうした?」
 私は中腰で落ちた箸を拾い、氷朱鷺に手渡した。
「ピクニックに行きたいの?」
 そう私が尋ねたが、氷朱鷺は黙って首を横に振る。
 顔面蒼白だし、何か様子がおかしいなと思っていると、ふと2年前の惨劇が私の頭を掠めた。
「城の国定公園内なら、献上品は調教師と一緒にいさえいれば罰せられる事は無いよ」
 恐らく氷朱鷺は、郡山に射殺された月波の事を思い出して怯えていたのだろう。
 子供ながらに目の前で人が射殺されたんだ、そりゃ怯えても仕方がない。
「ほんと?」
 氷朱鷺は探る様な目でこちらを見上げ、私は彼が可哀想になる。
「うん。それに氷朱鷺はいい子だし、私は何があろうと氷朱鷺を撃ったりしないから、行こう?」
「うんっ!!」
 そうして子供らしく全力で笑顔になった氷朱鷺を見て、私はホッとした。


 私は食後すぐに昼食用のサンドイッチをこさえ、氷朱鷺をバイクの後ろに乗せ、木漏れ日の中、国定公園の外れまで走った。
「風が気持ちいい」
 氷朱鷺が左手で私の腰に捕まりながら右手を高く上げる。
 東部国は年中すごしやすい春の陽気の緑の国だ、晴天の中、日中、ツーリングをするには最高のロケーションだろう。広大な敷地を誇る公園内には沢や滝、崖まで有り、兎や鹿等の野生動物も生息していて、時折、林の陰からひょっこり顔を出したりする。公園の外周はぐるっと一周谷深い崖になっており、グラウンドがある城の正門からでないと出入りが出来ない作りになっている。なので、私達が初日に通った正門のセキュリティを何個も通過しなければ城の敷地内から出られないのだ。
「エデン、カッコいい!僕もバイク運転してみたい!」
 ヘルメットでくぐもった氷朱鷺の声が風やバイクのエンジン音に混ざって聞こえてくる。
「大きくなったらね。ほら、ちゃんと掴まってて」
 腰に回された手を私はその上から片手でしっかり押さえた。
 氷朱鷺はまだまだ子供なんだから、自転車で十分だよ。そんなに早く成長しなくていいのに。ずっとバイクの後ろで私にしがみついてくる子供であってほしい。

 思えば、もう2回目の誕生日なんだな……

 そう思うと早い。
「大きくなったら、僕がエデンをバイクの後ろに乗せて走るんだ!」
 そう豪語する氷朱鷺だが、私は嬉しいんだが、寂しいんだか、訳の解らない何とも言えない気持ちになった。
 途中、バイクを停めて公園内の案内看板を見て現在地を確認し、そこから暫く北へ走ったところで崖っぷちにぶち当たり、私達は川音のする見晴らしのいいその場所でレジャーシートを広げる。
「わぁ、凄い!ここから僕の住んでた集落が見える」
 氷朱鷺が崖っぺりで霞がかって見える海の村を指差し、崖から身を乗り出した。
「氷朱鷺、危ないからこっちおいで」
 私はレジャーシートの四つ角に石を置き、崖っぺりの氷朱鷺を後ろから捕まえる。
「エデン、凄く深い谷だね」
 そのまま氷朱鷺がこの切り立った崖下を覗き込むと、不意に『あれ?』と声を漏らす。私はどうしたものかと氷朱鷺の視線の先に目を落とすと、崖の途中に黒いハギレの様な物を見つける。
 あれは……
 嫌な予感がした。
「エデン、あれ、なに?」
 氷朱鷺は訳も解らず純粋に尋ねてくるもので、心当たりのある私は言葉に詰まる。
 あれは多分……
「何処かから飛んで来た洗濯物が引っ掛かったんだね」
 私は咄嗟に嘘をついた。
 だって、落ちたら間違いなく即死する吸い込まれてしまいそうな高さの崖で、人間の『衣服』とおぼしき布が引っ掛かっているという事は、つまりそういう事な訳で、恐らく、脱走に失敗した献上品か、人生を悲観した献上品か、あるいは城で殺された遺体が投げ込まれたか、果ては郡山の様な事情を背負った者が身を投げたか、何にせよ、子供に聞かせていい内容ではない筈だ。
「ふぅーん、面白ーい」
「氷朱鷺、昨日焼いておいたクッキーがあるから、食べよう?」
 私はとにかく氷朱鷺をこの場から離してやりたかった。
「クッキー?エデンは凄いね。何でも出来ちゃう。僕は将来、エデンみたいにかっこよくなるんだ」
 私は2人羽織のように氷朱鷺を体で押してレジャーシートまで連れて行き、そのまま保冷バッグからいびつなクッキーを取り出すと、それを後ろから彼の目の前に運ぶ。
「私なんかかっこよくないし、料理もうまくないよ」
 私はこのクッキーを牛(ホルスタイン)のつもりで作ったのだが……
「わぁー……バイソン?」
 私は、子供が大人に気を遣う瞬間というのを体感した。
「氷朱鷺がそう言うのなら、そう」
 私は自分でも、上手い言い回しをしたもんだなと思う。
「じゃあ、これはカラス?」
「当たり」
「やった!」
 氷朱鷺に悪気は無いのだろうが、それは焦げたカモメだ。けれど、この不格好で不揃いなクッキーの正体を当てるゲームは、思いの外楽しく、私も氷朱鷺も喉を詰まらせながらあっという間にそのたいして旨くもないクッキーを完食する。
「ね、エデン、兎を探しに行こう」
「そうだね。園内の兎は割と人馴れしてるみたいだから、サンドイッチのレタスを持って探してみよっか?」
 私はすぐさま保冷バッグのサンドイッチからレタスを2枚引き抜き、その1枚を氷朱鷺に持たせた。
「そおっと草かげに近付いたらいるかもよ」
 私は氷朱鷺を連れ出し、暫く2人で獣道を忍び足で進んで行く。
「いたらいいなぁ。僕、家が貧しかったから、動物園とか水族館とか行った事がなくて」
 氷朱鷺は期待で胸を膨らましつつも寂しそうに笑った。
 そんな顔をされたら、私の母性本能はだだ漏れになってしまう。
 不遇の人生を歩んで来た氷朱鷺には、普通の子供と同じように豊かな経験をさせてあげたいが、調教師は特別な理由も無く献上品を外に連れ出す事は禁止されている。ここでせめて兎と触れ合わせてやりたいところだけど、果たしてそう上手くいくだろうか?
 しかし私の心配をよそに、先頭きって歩いていた氷朱鷺が背丈程もある草薮を前に立ち止まる。
 良かった、見つかったのかな?
 氷朱鷺はただ黙って草薮の向こう側を見つめていて、私は兎が逃げてはいけないと、息を殺して彼の横に立った。
「どれどれ……」
 私は必然的に手にしていたレタスを胸の高さまで掲げたが、目に飛び込んできた光景を目の当たりにし、固まる。

 菖蒲と柳が抱き合いながら絡みつくようなキスをしていた。

「エデン、あれはなに?」
 2人を見つめていた氷朱鷺がボンヤリと口にする。12歳の氷朱鷺とてキスくらいは知っているだろうが、なにぶん菖蒲と柳はヌルっとしたような熱烈な口付けをしていたので、彼なりに驚いたのだろう。
「何って……指南だよ。勉強。実地訓練」
 私は氷朱鷺の服の裾を引っ張り、2人からだいぶ離れた所で体裁を取り繕った。
「勉強?献上される為の?」
「そう。将来、氷朱鷺が王女の旦那さんになるにともなって、ああいう事をちゃんと勉強しておかないと恥をかくからね」
 氷朱鷺は自分から献上品になると言ったが、まだ幼かった彼には、献上品として王女の伴侶になるとはどういう事なのか、まだよく理解出来ていなかったのだと思う。私とて、調教師として氷朱鷺にこういった性教育や夜伽の所作を教えていかなければならないと解ってはいたが、まさか実地で指南するとは、理解が足りていなかった。
「そう、なんだ、へぇ……」
 氷朱鷺は今になって顔を赤くしている。
 そりゃ12歳であんなベチョベチョのキスシーンを目の当たりにしたら狼狽する。私だって、身近な人物が草かげでコソコソとあんな事をしているのを見たら、さすがに面食らう。
「僕も、いずれエデンと……あんな事、しちゃうの?」
 氷朱鷺はチラチラと横目で私の方を見上げては、もじもじと自分のシャツの裾を両手で揉んでいる。
 氷朱鷺もそろそろ思春期か?
「そろそろ氷朱鷺にもそういった事を教えていく事になるけど、うちは実地はしないから、安心して」
 私が遠くを見ながらポリポリと頭を掻くと、氷朱鷺は複雑な顔をしてこちらを見上げてきた。
「ぅ、うん……」
 今は好奇心旺盛な時期だから、氷朱鷺がそういう事に興味を持つのは解るが、私は、いくらなんでも我が子のように育ててきた彼にあんなあからさまなキスをしようとは思わない。それが調教師として当たり前の行動だとしても、だ。
「……」
「……」
 私達は、親子でアクション映画を見ている途中、主人公とヒロインが熱い抱擁を始めてしまったかのような変な空気になる。
「ほら、兎が見えたよ」
 そんな事はなかったが、私はたまたま風で揺れた氷朱鷺の後ろにあった草木を指差した。
「え、ほんと!?」
 氷朱鷺は一瞬でいつもの無邪気な少年に戻り、姿なき兎の影を追う。私はそれを見てホッと安堵した。


 サンドイッチも食べ終わり、結局、本格的に兎に会う事は出来なかったが、私達は和やかな時間を存分に楽しむ事が出来た。
 バイクで来た道を戻り、城に戻る頃にはだいぶ日も傾いていて、私達はヘロヘロになりながら部屋の前までやって来る。
「エデン、随分と遅かったのね」
 私が部屋のドアを開けようとすると、ちょうど柳と共に通りかかった菖蒲に声をかけられた。
「っあ、うん……」
 一瞬で私の脳裏に昼間の熱烈なキスシーンが蘇り、とんでもなく気まずさを感じてしまう。
「2人でお出かけ?」
 一方の菖蒲は柳と共にニコニコと通常運行だ。
 この2人があんな事を……
 やっぱり、私はつい2人を色眼鏡で見てしまう。氷朱鷺は終始無表情だったが、私の横で同じ事を思ったはずだ。
「う、うん。今日は氷朱鷺の誕生日だから、申請してピクニックに」
 因みに私の目が泳ぎまくっていた事は言うまでもない。
「へぇ、私達もピクニックに行ってたんだ」

 知ってます。

「あ、ああ、そうなんだ」
 私は気を遣ってすっとぼけた。なのに柳は友好的に氷朱鷺に語り掛けてくる。
「兎には会えた?」
「……別に」
 氷朱鷺は相変わらず私以外の人間には冷たく、無関心だ。表情だって無な顔をしている。
「兎じゃなくて、あんた達──」
「あーーーーーーーーーっと」
 私は氷朱鷺が言わんとしている事を察知し、声を張り上げてそれを阻止した。
「氷朱鷺もお腹が減っただろうし、戻るね」
 私は不自然なくらい会話の腰を折り、部屋のドアを開けてそこに氷朱鷺を押し込んだ。そしてそれを見た菖蒲も柳を自室に促す。
「柳も先に戻ってて」
「はい、菖蒲さん。お風呂沸かしておきますね」
 前から感じていたけれど、菖蒲と柳のところは主従関係がしっかりしていて、それでいて関係性は良好の様だ。献上品に過大な期待を寄せる調教師と、それに反抗する献上品も少なくないというのに、柳は絵に描いた様なしっかり者の良い子ちゃんで、周りの人間にもとても礼儀正しい。
「あ、ちゃんと手洗いうがいも忘れずにね」
「はーい。ではエデンさん、失礼します」
 柳は私にきっちり会釈し、部屋に戻る。
「どうも」
 うーん、出来た子だ。
 ドアが閉められたと同時に、菖蒲が突拍子もなく切り出す。
「エデン、そろそろ氷朱鷺にも性教育とかしてる?」
『とか』というのは、菖蒲と柳がしていたあの実地も含まれるのだろうか?
「うちはまだ子供だから全然。氷朱鷺はピュアだから、まだまだ先でいいかなって」
「ボチボチ教えた方がいいんじゃない?うちもそうだったけど、周りもあのくらいの頃には教えてたよ?」
「え、そうなんだ。ませてるな。そういうものなのかな?」
 氷朱鷺に性教育だなんて、幼児にワサビを食べさせるようなもので、刺激が強過ぎやしないか?
「エデンが知らないだけで、男の子は思ったより早熟だよ?」
 少なくとも、柳はそうなんだなって思った。
「性教育か……」
 私の目にはまだ氷朱鷺はいたいけな少年に見えるせいか、彼を無理矢理大人にさせるみたいで気が進まない。
 ならばと、私は菖蒲から借りて、氷朱鷺に子供向けの性教育の教科書を用意した。
 私が部屋に戻ると、氷朱鷺は既にディナーの支度を終えており、テーブルには特別な時にしか使わないような皿やナイフやフォークが並べられている。そして1丁前に空のワイングラスも2対置かれていた。
 ちょっと背伸びしたい年頃なのかな?
 まったく、大人になったのか、子供なのか、かわいい奴だなぁ。
「エデン、今日はご馳走でしょ?」
 相変わらず氷朱鷺は子供らしく屈託なく笑って私にまとわり付いてくる。
「氷朱鷺、支度しててくれたんだ?主役なのに、ごめんね。すぐに用意するから」
 そう言って私は、冷蔵庫から前日に仕込んでおいたビーフシチューを鍋ごと取り出し、ガスコンロで温め直す。今日は特別にパンも手作りの物だ。これも前日に氷朱鷺と2人で焼き上げた物。私が捏ねたのはココアを混ぜた熊(風)のパン、カザンは食紅を混ぜたタコのパン。お互いにいびつな仕上がりだが、今日はそれをとっかえっこしてビーフシチューと共に食べる。後はサラダや付け合せの魚料理に、さっぱりとした酢の物。あの大人びたワイングラスには氷朱鷺と国定公園で摘んだブドウで作ったブドウジュースを並々と注いだ。ご馳走と言うには些か慎ましやかではあったが、食後には3度失敗してようやく形になったイチゴのホールケーキもある。勿論、これもいびつだ。震える手で書いた『ヒトキ、誕生日おめでとう』の文字は下手くそ過ぎてよく読めないが、その分気持ちは伝わる筈。
「わぁ、僕の好きなのばっかりだ。エデンは僕の事、よく見ててくれてるね」
 氷朱鷺はテーブルに着き、私によって配置されていく料理を見渡しながら歓喜の声をあげた。
「氷朱鷺はなんでも残さず食べてくれるから迷ったけど、よくおかわりしてくれてたのがこれらだったから。別に1日くらい、城の外からピザとかフライドチキンを買って来ても良かったんだよ?」
 最後に、牛乳瓶に挿した国定公園の草花を傍らに飾り、私は氷朱鷺の目の前の椅子に着く。草花は流石に貧乏くさいけど、テーブルが多少は華やいだ気がした。
「んーん、これがいい。僕、エデンの料理が好きだから何でも嬉しいし、美味しい」
「物好きだね」
「じゃあ、いただきます」
 氷朱鷺が手を合わせ、私もそれに続いて合掌する。
「いただきます」
 氷朱鷺は元々貴族のような気品のある立ち振る舞いをしていたし、それにつけて日々のマナー訓練のおかげでだいぶ大人びた物の食べ方をしていたが、気のせいか、今日は普通の家庭で子供が母親から好物を作ってもらったかのように美味しそうに食べてくれていた。
 まだまだ子供だな。
「氷朱鷺、口の端にシチューがついてるよ?」
 私が指を指して指摘すると、氷朱鷺は我に返ってちょっと恥ずかしそうにそれをナプキンで拭った。
「見られてると食べにくいよ」
「いや、氷朱鷺がまだ子供で安心してるんだよ。ずっとこのままでいてくれたらいいのになぁって」
 私はテーブルに頬杖を着いてしみじみそう思う。
 氷朱鷺が月波のように18で献上されるのだとしたら、あと6回しかこうして2人で誕生日を祝えないのか……
「僕、子供じゃないよ」
 氷朱鷺は口を尖らせた。
「そうだね」
 可笑しい。子供は皆そうやって反発するんだ。私も氷朱鷺と同じ頃にはそうやって強がっていたっけ。
 愛おしい我が少年氷朱鷺、君はいくつになっても私の子供だ。
「僕は早く大人になって、エデンを安心させてあげるんだ」
 氷朱鷺はそうやっていつも息巻いているけれど……
「そっか、ありがとう、氷朱鷺」
 意味解って言ってるのかな?
 そうなったら、私達は離れ離れになるのに。でも、これは敢えて言わないでおこう。


 それから食後に5号サイズのホールケーキを2人で直接フォークで食べ進め、揃って胸焼けを起こした。
「2人じゃ5号は大き過ぎたね」 
 私は胸を押さえ、口直しにケーキに乗っていたイチゴを頬張る。
「でも来年もこの大きさで作って。残しても、次の日ちゃんと完食するから」
 氷朱鷺が懇願するような目でこちらを見上げた。
「分かった。それで、氷朱鷺は本当に欲しい物とかないの?」
 去年も、彼は遠慮して何もねだらなかった。私としては、彼の日頃の労を労ってあげたいところなのだけれど。
「無……あっ……」
 今年も氷朱鷺は自身の胸の前で手を振ったが、何かを思いついて手を止めた。
「ん?」
「ある、かも」
「え、何?」
 常に謙虚な氷朱鷺が、珍しい。しかもモジモジと言いにくそうなところを見ると、ゲーム機とか、スマホとか、ちょっと高価な物なのかも──

「キス、したい……」

 ──しれ、な……い?
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