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俺の人生
俺の人生(完)
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それから四十二年後
鉛色の空から綿飴のような雪が降っている。街はクリスマスムードである。駅前の繁華街は希望で満ちた人々で溢れかえっていた。
この街の雰囲気も数十年前と比べると随分と変わった。昔はもっと人が少なくて…あそこ、今俺が立っている位置から右側に数十メートル行ったところには美味しい蕎麦屋があったな…今はカラオケ店に変わってしまったが…と、そんなことを考えながら俺は白い息を吐くと、駅前のベンチに腰を下ろした。
その後、俺は持っていた大きな鞄から毛布を取り出して全身に巻き始めた。こうでもしないと俺の身体は耐えられないのだ。
それからだった…周囲の人間がこっちをチラ見しては、そっぽを向いて逃げるように去っていくのは…もうお分かりだと思うが、俺は行く宛のないホームレスだ。だから家(金)は無い。家族も…今はもういない…いや、どこかにはいるはずだが…約四十年間音信不通なのである。今年、七十二歳を迎えた俺の傍らには誰ひとりして居なかった。
居るのはベンチの上に置かれた食べかけのコンビニ弁当を夢中で拾っている烏くらいだった。俺がその烏に近寄ると彼は慌てて飛び去っていった。残ったのは烏の白い糞だけ。俺はさらに虚しくなった。人目も気に掛かるのでひと寝入りしようと横になって瞼を閉じた。
あれから何時間たったのか、空はもうすっかり暗くなっていた。
空から目を離して街を見渡すとイルミネーションがキラキラと輝いている。空の星より数千倍明るく感じた。ベンチから起き上がって歩き出す…けれど三歩程歩いた途端に左足から俺は崩れ落ちてしまった。実はもう何日も何も口にしていないのだ。公園の水くらいは少し飲んだが、あれは冷たすぎて二口で精一杯だ。これではまるで負け犬である。
思えば、俺の人生が転落し始めたのはあの時からだった…
俺は幼い頃から勉学に長けていた。両親も俺の将来が楽しみで、期待され続けて俺は成長した。高校はもちろん県内1位の学力を持つ私立高校へ入学した。高校でも常に学年トップを維持し続けた。スポーツも勉学も俺の右に出る人間は居なかった。大学も有名な国立大学へ入学し、俺はそこで優秀な成績を修めた。大学を卒業した俺は二十二歳という若さで、会社を設立させた。主に便利商品を開発・製造する会社である。我社の商品は、今で言うと、ユニバーサルデザイン商品のような物である。最初は8人しかいなかった従業員も次第に増えていき、3年後にはその十倍にまで増えた。俺の会社は売上も常に右肩上がりであった。
そして俺は二十五歳の時、ふたつ年下の恵美子と結婚した。彼女はこの会社の従業員第一号であった。明るくてとてもやさしい性格であった。次の年、息子の雅史が生まれ俺達は幸せに満ち溢れていた。
しかし、息子が六歳の時、俺の会社と提携を結んでいた会社が潰れた。その会社は俺の親友である正蔵の勤めていた会社である。その会社は長谷株式会社と言って、日本でも有数の会社であった。その会社の下請けとなった俺の会社は設備投資や人材を多く雇ったりして、事業を拡大させていった。しかし、長谷株式会社が不正行為をしたために倒産して、俺の会社も借金が返済できなくなり、倒産したのだ。そこから、俺の人生は急落下した…
妻は俺に離婚届を渡して息子を連れて家を出て行ってしまった。
それは当然の結果だと思う。俺は妻のことを一度も恨んだことはない。逆の立場だったら自分も同じことをしていただろう。家族も会社も全て無くした俺は借金地獄の生活を余儀なくさせられた。
そんな生活が数年続き、俺はとうとう自己破産に踏み切った。
自己破産した後、俺はアルバイトで日々、食いつないでいく日々を送った。ボロボロのアパートでの一人暮らし。部屋は狭い台所と四畳半の畳の部屋のみで、風呂は無かった。
借金取りこそ来ないものの、貧しすぎる生活に嫌気がさして私は何度も…自殺したいと思った。けれど、それを実行に移す勇気も無ければ度胸も無かった。孤独死…そんなのは嫌だった。せめて誰かに看取られて死にたかった…欲を言うと、妻や息子に看取られて死にたかった…だから俺は生きた…いつか妻と息子が帰ってきてくれることを願って。だから俺は今までずっと生きて来た。
恵美子と雅史が帰ってくるまで俺は生きていたかった…
月日は流れ、俺は六十歳となって、なけなしのアルバイトで働くことさえ出来なくなった。当然貯金など無かった俺は、ホームレスへと成り果てた。
そして、現在の俺がここ…駅前のベンチの下に蹲っている。
俺は小さく息をすると、道端に仰向けになった。その拍子にズボンのポケットから全財産(500円)と一枚の紙が出てきた。俺はその一枚の紙を拾って、顔の前に持ってきた。それは息子が六歳の時に撮った写真である。ランドセルを背負った息子はにっこりと微笑んでいる。
よく考えてみると、こんな状況、前にも体験したことがあるような気がした。
遠い昔…俺が長く変な夢を見た日…そして、夢から覚めると、三年間の記憶がまるで無かったんだ。あの時見た夢の世界にそっくりだ。
確かあの日、この500円玉を持って、あそこのパチンコ屋に行って…
鉛色の空から綿飴のような雪が降っている。街はクリスマスムードである。駅前の繁華街は希望で満ちた人々で溢れかえっていた。
この街の雰囲気も数十年前と比べると随分と変わった。昔はもっと人が少なくて…あそこ、今俺が立っている位置から右側に数十メートル行ったところには美味しい蕎麦屋があったな…今はカラオケ店に変わってしまったが…と、そんなことを考えながら俺は白い息を吐くと、駅前のベンチに腰を下ろした。
その後、俺は持っていた大きな鞄から毛布を取り出して全身に巻き始めた。こうでもしないと俺の身体は耐えられないのだ。
それからだった…周囲の人間がこっちをチラ見しては、そっぽを向いて逃げるように去っていくのは…もうお分かりだと思うが、俺は行く宛のないホームレスだ。だから家(金)は無い。家族も…今はもういない…いや、どこかにはいるはずだが…約四十年間音信不通なのである。今年、七十二歳を迎えた俺の傍らには誰ひとりして居なかった。
居るのはベンチの上に置かれた食べかけのコンビニ弁当を夢中で拾っている烏くらいだった。俺がその烏に近寄ると彼は慌てて飛び去っていった。残ったのは烏の白い糞だけ。俺はさらに虚しくなった。人目も気に掛かるのでひと寝入りしようと横になって瞼を閉じた。
あれから何時間たったのか、空はもうすっかり暗くなっていた。
空から目を離して街を見渡すとイルミネーションがキラキラと輝いている。空の星より数千倍明るく感じた。ベンチから起き上がって歩き出す…けれど三歩程歩いた途端に左足から俺は崩れ落ちてしまった。実はもう何日も何も口にしていないのだ。公園の水くらいは少し飲んだが、あれは冷たすぎて二口で精一杯だ。これではまるで負け犬である。
思えば、俺の人生が転落し始めたのはあの時からだった…
俺は幼い頃から勉学に長けていた。両親も俺の将来が楽しみで、期待され続けて俺は成長した。高校はもちろん県内1位の学力を持つ私立高校へ入学した。高校でも常に学年トップを維持し続けた。スポーツも勉学も俺の右に出る人間は居なかった。大学も有名な国立大学へ入学し、俺はそこで優秀な成績を修めた。大学を卒業した俺は二十二歳という若さで、会社を設立させた。主に便利商品を開発・製造する会社である。我社の商品は、今で言うと、ユニバーサルデザイン商品のような物である。最初は8人しかいなかった従業員も次第に増えていき、3年後にはその十倍にまで増えた。俺の会社は売上も常に右肩上がりであった。
そして俺は二十五歳の時、ふたつ年下の恵美子と結婚した。彼女はこの会社の従業員第一号であった。明るくてとてもやさしい性格であった。次の年、息子の雅史が生まれ俺達は幸せに満ち溢れていた。
しかし、息子が六歳の時、俺の会社と提携を結んでいた会社が潰れた。その会社は俺の親友である正蔵の勤めていた会社である。その会社は長谷株式会社と言って、日本でも有数の会社であった。その会社の下請けとなった俺の会社は設備投資や人材を多く雇ったりして、事業を拡大させていった。しかし、長谷株式会社が不正行為をしたために倒産して、俺の会社も借金が返済できなくなり、倒産したのだ。そこから、俺の人生は急落下した…
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それは当然の結果だと思う。俺は妻のことを一度も恨んだことはない。逆の立場だったら自分も同じことをしていただろう。家族も会社も全て無くした俺は借金地獄の生活を余儀なくさせられた。
そんな生活が数年続き、俺はとうとう自己破産に踏み切った。
自己破産した後、俺はアルバイトで日々、食いつないでいく日々を送った。ボロボロのアパートでの一人暮らし。部屋は狭い台所と四畳半の畳の部屋のみで、風呂は無かった。
借金取りこそ来ないものの、貧しすぎる生活に嫌気がさして私は何度も…自殺したいと思った。けれど、それを実行に移す勇気も無ければ度胸も無かった。孤独死…そんなのは嫌だった。せめて誰かに看取られて死にたかった…欲を言うと、妻や息子に看取られて死にたかった…だから俺は生きた…いつか妻と息子が帰ってきてくれることを願って。だから俺は今までずっと生きて来た。
恵美子と雅史が帰ってくるまで俺は生きていたかった…
月日は流れ、俺は六十歳となって、なけなしのアルバイトで働くことさえ出来なくなった。当然貯金など無かった俺は、ホームレスへと成り果てた。
そして、現在の俺がここ…駅前のベンチの下に蹲っている。
俺は小さく息をすると、道端に仰向けになった。その拍子にズボンのポケットから全財産(500円)と一枚の紙が出てきた。俺はその一枚の紙を拾って、顔の前に持ってきた。それは息子が六歳の時に撮った写真である。ランドセルを背負った息子はにっこりと微笑んでいる。
よく考えてみると、こんな状況、前にも体験したことがあるような気がした。
遠い昔…俺が長く変な夢を見た日…そして、夢から覚めると、三年間の記憶がまるで無かったんだ。あの時見た夢の世界にそっくりだ。
確かあの日、この500円玉を持って、あそこのパチンコ屋に行って…
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