On my deathbed 〜せめて妻と子に看取られて~

弓月下弦

文字の大きさ
上 下
4 / 24
私の人生

私は今、過去にいる

しおりを挟む
―黒の視界が赤に変わった。

 瞼を再び開けると、そこはどこかのレストランであった。床は大理石で、天井には豪華なシャンデリアがいくつかぶら下がっていた。テーブルには赤ワインとグラタンが二つずつ置かれている。私には訳が分からなかった。何故、駅前のベンチの下からこんな豪華なレストランに移動しているのだ?私は夢を見ているのか?大体、目の前に居る短髪で黒縁メガネの二十代後半らしき男は誰だ?

「雄二、今日はお前に話があって、ここに呼んだんだ」

この声…どっかで聞いたことがあるような…因みに雄二とは私の名前である。

「あ…え?」

状況が全く掴めない私は首を傾げた。七十五歳の私の脳は今にも故障しそうである。
すると突然その男は頭を下げてこう言った。

「頼む。俺の借金の保証人になってくれ」

借金の保証人…まさか…こいつって…

「正蔵?お前なのか」
「は?」

正蔵は目を丸くした。

「正蔵!お前のせいで!」

無意識に怒りがこみ上げた私は彼に掴みかかった。席を立ってから、私は自分の体の異変に気が付いた。体が妙に軽いのだ。まるで若返ったかのように…

「どどど、どうしたんだよ。雄二、いきなり…」

正蔵の肩から手を離した私は、自分の手をまじまじと見てみる。その手は皺だらけの手のひらではなく、二十代のハリのある手のひらだった。そこで私は確信した。

 ここはあの日、私が借金の保証人にさせられた日だと…
でもいったいどうやって?これは現実に起こっていることなのか、だとしたら…

「いや、今のことは気にしないでくれ」

私は、一旦落ち着いてみることにした。過去に戻ったという事は、もしかしたら未来を変えられるかもしれない、しかも、借金の保証人になった日に戻ったということは、断りさえすれば借金を免れる。私は神様に見捨てられていなかった…ああ神よ、ありがたや、ありがたや…

改めて周囲を見渡すと他の客が私のことをじっと見ている…私がいきなり怒鳴りだし、正蔵に掴みかかったからだろう…

「お前、大丈夫か?正気か」
「すまない、きっとこのワインのせいだよ」

私はとっさにワインのせいにした。

「…でもお前、まだ一口もそれ飲んでないだろう?」

しまった。まだ私はワインを飲んでいないのか、 

「冗談だよ、冗談。ところで借金の保証人って…」

「まったく、驚かせるなよな…実は、俺もお前みたいに自分の会社を設立しようと思っているんだ。でも、そのための資金が足りなくて…借金をしようと思って…」

正直、私が正蔵を驚かせたというより、彼の依頼内容の方が千倍驚きだ。大体、大会社で働いているのに何故自分の会社が欲しいのだろうか…人間の欲は計り知れないものである。

「やめとけ…借金なんてしたらもう終わりだぞ、なにせお前が今借りようとしているところは闇…」

『闇金』と言いかけて私は慌てて口を噤んだ。どうやら私は過去に戻っているらしかった。ということは、軽々と話すと、色々とまずい気がする。大体信じてもらえるはずがない。

「とにかく、借金なんてするな。私は借金をして散々な目にあった奴をよく知っている」

もちろん自分のことだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

すれ違ってしまった恋

秋風 爽籟
恋愛
別れてから何年も経って大切だと気が付いた… それでも、いつか戻れると思っていた… でも現実は厳しく、すれ違ってばかり…

〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。

藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった…… 結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。 ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。 愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。 *設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 *全16話で完結になります。 *番外編、追加しました。

旦那様には愛人がいますが気にしません。

りつ
恋愛
 イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。 ※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

【コミカライズ&書籍化・取り下げ予定】お幸せに、婚約者様。私も私で、幸せになりますので。

ごろごろみかん。
恋愛
仕事と私、どっちが大切なの? ……なんて、本気で思う日が来るとは思わなかった。 彼は、王族に仕える近衛騎士だ。そして、婚約者の私より護衛対象である王女を優先する。彼は、「王女殿下とは何も無い」と言うけれど、彼女の方はそうでもないみたいですよ? 婚約を解消しろ、と王女殿下にあまりに迫られるので──全て、手放すことにしました。 お幸せに、婚約者様。 私も私で、幸せになりますので。

処理中です...