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【伍章】光に向かう蛾と闇に向かう真実
灯蛾の記憶①
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※ ※
―ユルシテクレ…月影…
使徒になった時、俺は友達がいなくて数十年間孤独だった。普通の人間と親しくなるのが怖かった。人間は年をとっていつか必ず死ぬ。死んだら俺のことも全て忘れてしまう。
一方、永遠の記憶を持つ俺は死んでも忘れられない。今までに会った人々のことを忘れられない。これがどんなに虚しくて、悲しくて…切ないことか。
だから俺は人と距離を置くようになった。そんな俺を仲間の使徒はつまらない奴だと思い、俺は仲間からも見放された。
毎日が地獄のようだった。まともに話せる人間がいない日々は息苦しかった。
どうして皆、あんなに笑顔なんだ?
ある日、河川敷に一人で座っていた時、俺は横で騒いでいた男女4人組を眺めながらそう思った。
どうせ忘れてしまうのに。どうせ忘れられるのに…
いずれリセットされるのなら、楽しい思い出など必要ないのではないか。忘れる時が悲しくなるだけだ。
俺は永遠の記憶を持っている。でも、それは俺にとっては決して嬉しいものではなかった。ただ生きているだけの俺は失うものなど何もなかった。良い思い出なんか一つも無かったんだ。
だから俺にそんな能力があっても無意味だ。出来るものなら、今笑っている奴らにこの能力を譲りたいよ。
河川敷で川を眺めていると、いつの間にか日が暮れていた。先程まで騒いでいたあの4人組も消えていた。
俺は溜息を吐いて立ち上がる。川面を覗き込むと、水流によって歪んだ俺の顔が映し出された。いや、もともと俺の顔はこうだったのかもしれない。心の歪みが顔に出たのかもしれないな。
それに比べて俺の後ろで光輝く満月は美しく、眩しかった。こんなに美しいモノがあったとは…俺はそのまま川面に映った月を眺めていた。
月を眺めていると、急に自分の存在がどんだけ無意味で、不必要なものなのか分かった。
心臓が痛くなる。このまま止まってしまうのではないかと思う程に…
無意識の内に俺の体は前に進んでいた。足元から冷たい流水の感覚が伝わってくる。それは俺の足先から足首、ふくらはぎ、そして太腿に伝わってきた。このまま進めば楽になれる。本当に消えることができる。魂ごと綺麗さっぱりこの世とはおさらばだ。俺はなんて馬鹿なんだろう。もっと早くからこうしていれば良かったんだ。そうすれば無意味な記憶なんか作らずに済む。自殺すれば良かったんだ。
冷たさが胸まで浸透した。俺は川面を見つめる。
月がゆらゆら乱れていた。俺が動く度に月の形が変形していく。でも大丈夫。もう少しで水面の揺れも無くなる。俺が動かなくなればいいんだ。
この月は俺が居ない世界を眩しく照らすだろう。
そう思っていたら、急に俺は後ろから誰かに抱きかかえられた。その人は俺を力ずくで河川敷まで引き上げると、
「何やっているの!馬鹿!」
その後、俺の頬に激痛が走った。その人は女性であった。泣きながら俺の肩を揺さぶり、何か叫んでいた。月に照らされた彼女の顔を見た俺はその女が浄罪師の使徒であることに気がついた。俺よりずっとランクが下の使徒だった。名前は忘れた。
「邪魔しないでくれ、もう嫌なんだよ」
「あなた、Aランクの灯蛾でしょ?」
女が俺の名前を知っていることにまず驚いた。俺の名前を覚えている奴がいたとは。
「だから、何だ?」
「Aランク使徒が自殺しようだなんて、真雛様が悲しむでしょう?」
女は俺より真雛様を心配していたようだ。
「お前には、関係ないだろ」
「関係あるわ!私も一応使徒なのよ。仲間なの!」
女はそう言うと、もう一度俺の頬を平手打ちした。けれど、その手は暖かく、優しさがあった。何だろ
う、急に涙が溢れてきた。人の優しさに触れたのは何年ぶりだろうか。
「ところで、君の名前は…」
名前を覚えていなかった俺に呆れた女は、
「月影」
そう言った。
それから、偶然その女と任務を共にすることが多くなった。初めは鬱陶しいなと思っていたが、時が経つ
につれて、不思議と笑顔が増えた。彼女の前なら心の底から笑えるようになっていた。こんなことは初め
てだった。俺は月影に心を開くようになった。
何処へ行く時も彼女と一緒だった。いつしか俺にとって彼女は月のような存在となっていた。月がないと何も見えないように、彼女がいないと何も見えなくなってしまうような…そんな気がした。
だから、俺は月影と一緒に生きていく。そう誓った。俺は真雛様が与えてくれた「記憶が永久に続く能力」を本当にありがたく思った。この能力さえあれば、俺はずっと月影を覚えていられる。そして、彼女も俺のことを忘れないでいてくれる。浄罪師の使徒に生まれて良かったと、俺はその時初めて思った。
それから時が経ち、俺がSランク使徒になった時、彼女は自分のことのように俺を祝福してくれた。
でも俺はそんなに嬉しくなかった。Sランクになると真雛様の下で直属になって遣えなくてはいけないから…月影と一緒に居られる時間が少なくなってしまう。
まだBランクだった月影は自分もいつか必ずSランクになって真雛様の下で遣えると張りきっていた。俺もそんな月影を応援していた。彼女はいずれ俺の近くにまた来ると、そう信じていた。
そんなある日、偶然任務先が月影と被った日があった。久しく会っていなかった彼女と会えると思うと、俺は嬉しくて前日は一睡も出来なかった。
その時の任務は、とある盗賊が人殺しをしないように阻止することだった。
いざ現場に行ってみると、盗賊が人から金を強引に奪っている所だった。盗賊の人数は五人で、それぞれがナイフや銃を手に持っていた。
抵抗する人間に苛立ったのか、その中の一人が銃口を向けてその人を殺そうとしたのだ。俺たちは慌てて男を止めて取り押さえた。
取り押さえられた盗賊達は、武器を捨て、二度とこのようなことはしないと俺たちに誓った。俺もその言葉を信じて、散々言い聞かせた後、彼らの縄を解いて開放してやった。
これはいつものことだった。浄罪師の使徒は人を傷つけたりはしない…言葉で人を正しい方向に持っていく…これが俺たちの仕事…(どうしてもダメな時は多少の暴力は与えたが)
―でも、それが間違いだった。
―ユルシテクレ…月影…
使徒になった時、俺は友達がいなくて数十年間孤独だった。普通の人間と親しくなるのが怖かった。人間は年をとっていつか必ず死ぬ。死んだら俺のことも全て忘れてしまう。
一方、永遠の記憶を持つ俺は死んでも忘れられない。今までに会った人々のことを忘れられない。これがどんなに虚しくて、悲しくて…切ないことか。
だから俺は人と距離を置くようになった。そんな俺を仲間の使徒はつまらない奴だと思い、俺は仲間からも見放された。
毎日が地獄のようだった。まともに話せる人間がいない日々は息苦しかった。
どうして皆、あんなに笑顔なんだ?
ある日、河川敷に一人で座っていた時、俺は横で騒いでいた男女4人組を眺めながらそう思った。
どうせ忘れてしまうのに。どうせ忘れられるのに…
いずれリセットされるのなら、楽しい思い出など必要ないのではないか。忘れる時が悲しくなるだけだ。
俺は永遠の記憶を持っている。でも、それは俺にとっては決して嬉しいものではなかった。ただ生きているだけの俺は失うものなど何もなかった。良い思い出なんか一つも無かったんだ。
だから俺にそんな能力があっても無意味だ。出来るものなら、今笑っている奴らにこの能力を譲りたいよ。
河川敷で川を眺めていると、いつの間にか日が暮れていた。先程まで騒いでいたあの4人組も消えていた。
俺は溜息を吐いて立ち上がる。川面を覗き込むと、水流によって歪んだ俺の顔が映し出された。いや、もともと俺の顔はこうだったのかもしれない。心の歪みが顔に出たのかもしれないな。
それに比べて俺の後ろで光輝く満月は美しく、眩しかった。こんなに美しいモノがあったとは…俺はそのまま川面に映った月を眺めていた。
月を眺めていると、急に自分の存在がどんだけ無意味で、不必要なものなのか分かった。
心臓が痛くなる。このまま止まってしまうのではないかと思う程に…
無意識の内に俺の体は前に進んでいた。足元から冷たい流水の感覚が伝わってくる。それは俺の足先から足首、ふくらはぎ、そして太腿に伝わってきた。このまま進めば楽になれる。本当に消えることができる。魂ごと綺麗さっぱりこの世とはおさらばだ。俺はなんて馬鹿なんだろう。もっと早くからこうしていれば良かったんだ。そうすれば無意味な記憶なんか作らずに済む。自殺すれば良かったんだ。
冷たさが胸まで浸透した。俺は川面を見つめる。
月がゆらゆら乱れていた。俺が動く度に月の形が変形していく。でも大丈夫。もう少しで水面の揺れも無くなる。俺が動かなくなればいいんだ。
この月は俺が居ない世界を眩しく照らすだろう。
そう思っていたら、急に俺は後ろから誰かに抱きかかえられた。その人は俺を力ずくで河川敷まで引き上げると、
「何やっているの!馬鹿!」
その後、俺の頬に激痛が走った。その人は女性であった。泣きながら俺の肩を揺さぶり、何か叫んでいた。月に照らされた彼女の顔を見た俺はその女が浄罪師の使徒であることに気がついた。俺よりずっとランクが下の使徒だった。名前は忘れた。
「邪魔しないでくれ、もう嫌なんだよ」
「あなた、Aランクの灯蛾でしょ?」
女が俺の名前を知っていることにまず驚いた。俺の名前を覚えている奴がいたとは。
「だから、何だ?」
「Aランク使徒が自殺しようだなんて、真雛様が悲しむでしょう?」
女は俺より真雛様を心配していたようだ。
「お前には、関係ないだろ」
「関係あるわ!私も一応使徒なのよ。仲間なの!」
女はそう言うと、もう一度俺の頬を平手打ちした。けれど、その手は暖かく、優しさがあった。何だろ
う、急に涙が溢れてきた。人の優しさに触れたのは何年ぶりだろうか。
「ところで、君の名前は…」
名前を覚えていなかった俺に呆れた女は、
「月影」
そう言った。
それから、偶然その女と任務を共にすることが多くなった。初めは鬱陶しいなと思っていたが、時が経つ
につれて、不思議と笑顔が増えた。彼女の前なら心の底から笑えるようになっていた。こんなことは初め
てだった。俺は月影に心を開くようになった。
何処へ行く時も彼女と一緒だった。いつしか俺にとって彼女は月のような存在となっていた。月がないと何も見えないように、彼女がいないと何も見えなくなってしまうような…そんな気がした。
だから、俺は月影と一緒に生きていく。そう誓った。俺は真雛様が与えてくれた「記憶が永久に続く能力」を本当にありがたく思った。この能力さえあれば、俺はずっと月影を覚えていられる。そして、彼女も俺のことを忘れないでいてくれる。浄罪師の使徒に生まれて良かったと、俺はその時初めて思った。
それから時が経ち、俺がSランク使徒になった時、彼女は自分のことのように俺を祝福してくれた。
でも俺はそんなに嬉しくなかった。Sランクになると真雛様の下で直属になって遣えなくてはいけないから…月影と一緒に居られる時間が少なくなってしまう。
まだBランクだった月影は自分もいつか必ずSランクになって真雛様の下で遣えると張りきっていた。俺もそんな月影を応援していた。彼女はいずれ俺の近くにまた来ると、そう信じていた。
そんなある日、偶然任務先が月影と被った日があった。久しく会っていなかった彼女と会えると思うと、俺は嬉しくて前日は一睡も出来なかった。
その時の任務は、とある盗賊が人殺しをしないように阻止することだった。
いざ現場に行ってみると、盗賊が人から金を強引に奪っている所だった。盗賊の人数は五人で、それぞれがナイフや銃を手に持っていた。
抵抗する人間に苛立ったのか、その中の一人が銃口を向けてその人を殺そうとしたのだ。俺たちは慌てて男を止めて取り押さえた。
取り押さえられた盗賊達は、武器を捨て、二度とこのようなことはしないと俺たちに誓った。俺もその言葉を信じて、散々言い聞かせた後、彼らの縄を解いて開放してやった。
これはいつものことだった。浄罪師の使徒は人を傷つけたりはしない…言葉で人を正しい方向に持っていく…これが俺たちの仕事…(どうしてもダメな時は多少の暴力は与えたが)
―でも、それが間違いだった。
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