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【伍章】光に向かう蛾と闇に向かう真実
新月に集う使徒達
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暗闇に溶け込む一匹の鴉が木の上に留まっている。
時刻は0時の手前、夜空には今にも消えてしまいそうな程細い月が浮かんでいた。周囲には月の光に勝るほどの輝きを持った星たちが散らばっている。
一匹の黒い鴉は僅かな月明かりの下、明日には見えなくなるであろう光を見つめていた。ただひたすら月を見つめては、ため息を漏らす。
明日はとうとう新月だ。灯蛾と対面したあの日からあっという間に時は経ち、遂に新月の夜を迎えようとしていた。日々欠けていく月を見る度に黒羽や蒼たちは憂鬱な気分になった。
新月が来たら灯蛾が必ずここにやってくる…
勝つ保証は全く無い。灯蛾がどう攻めてくるかも、いつ来るのかさえ分からないのだから…
あの後、世界中に散らばっている他の使徒を集めて灯蛾の襲撃に備えようと考えたが、こんな街中で大勢の使徒が集結したら、一大事になってしまうということで、結局有能なAランク使徒30名しか呼ばなかった。
蒼たちSランク使徒を入れても33人…灯蛾はもっと大勢で攻めてくる可能性が高いというのに…
無数の星を見納めするかのようにじっと見つめた後、鴉はゆっくりと瞼を閉じた。もう明日には見られなくなるかもしれない夜空はその後も、キラキラと輝いていた。
「それでは、あなたたちは西門をお願いします」
次の日、太陽が半分顔を隠した頃、真雛は33人の使徒を3チームに分けて、それぞれに指示を出してい
た。
鴉ノ神社には三つの門がある。まず、正門である北門、そして西門、東門と配置されている。それぞれの
門に1チームずつ配属して灯蛾が何処から来ても良いようする作戦である。
皆、真雛の指示を真剣な表情で待っている。さすがAランク使徒、見た目からして屈強な者が多かっ
た。蒼の横に立っている男はまるでレスラーのような屈強ぶりである。
じろじろと蒼が顔を覗き込んでいることに気がついたその男は、
「私の顔に何か着いているかしら?」
大きな体とは裏腹に、まさかのお姉言葉に蒼の体に鳥肌が走る。
「い…いえ、何も」
こいつとはあまり関わらない方が良いと判断した蒼はそう言って目を逸した。
「では、蒼チームは北の正門をお願いします」
「は、はいっ!」
いきなり名前を呼ばれた蒼は、顔を上げて返事をする。すると、隣にいる例の奴が、
「あんた、本当にSランクの使徒なの?なんか頼りないわねぇ。線も細いし、顔色も青白いみたいだし」
と、耳元で囁いたので、蒼は苦笑いを浮かべて適当にあしらった。
「生まれつきです…」
このオカマと同じチームであることに後悔が隠しきれない蒼は深いため息を漏らした。
そして最後に、真雛は告げる。
「以上で3チームの配置は決まりです。今からチームごとに指定された場所に行き、灯蛾の侵入を防いで
下さい」
真雛の一声で、全ての使徒達が一斉に動き出した。蒼も負けずに走り出す。
チーム構成は至って単純で、1チーム11体勢で、うち一人がSランクとなっている。つまり、蒼と柏
木、伊吹が一人ずつそれぞれのチームに配属されているのである。これで能力的に均衡という訳だ。
「蒼…北は頼んだぞ」
別れ際に西門に配属された伊吹が蒼の肩を叩いて笑顔でそう言った。おそらく伊吹の笑顔の裏に数え切れ
ない程の不安があるのだろう…彼はいつもより硬い表情で笑っていた。
「蒼くん、私は東門を守るから、北は宜しくね…」
普段と違って、元気のない声で柏木はそう言うとそのまま走って行った。
蒼は走っていく二人の背をただ黙って見つめることしか出来なかった。もしかしたらもうお互いの顔を見
られないかもしれない…そう思うと体が思うように動かなくなってしまった。浄罪師の真雛が仮に灯蛾に
よって倒されたら、もう…永遠の記憶はなくなってしまうだろう…もう、二人のことも忘れてしまうだろう…
自分がこうして浄罪師の使徒として生きていたことも…今までの自分も、そして…
―幼い頃亡くした母親のことも
全部忘れてしまうだろう。
人間の命は儚い。せいぜい生きて百年前後。動物の命なんてもっと儚い。犬なんかは20年も生きてい
ることが出来無い。それなのに、彼らは生きている。それでも笑顔で、前を向いて生きている。死ぬと分
かっていても…
終わりがあるからこその命なのかもしれない。
それに比べて蒼は長く生きてきた…確かに彼にも終わりはあったが、記憶がリセットされない以上、「本当
の死」は訪れていない。けれど、浄罪師の使徒をやっていた頃の記憶は無いため、それ以前の自分はまだ
取り戻せてはいない…これは一種の「死」というのだろうか…
けれど、「死」を何度か経験している蒼にとってそれがどんなに苦しくて耐え難いことか手に取るよう
にわかる…それが為に、彼の不安は増していった。
「ちょっとあんた?何ぼーっとしてんのよ」
耳に響いたドスの効いた声に、ビクンと背筋を伸ばした蒼は慌てて走り出す。
「すみません…ちょっと考え事をしていて…」
走りながら言う蒼の後を追いながら、例のオカマは、
「死ぬなんて考えちゃダメよ。そう思ったらもう終わり…闇しか残らないわ」
「はい」
見かけに寄らず、もっともな事を口にしたオカマに蒼は内心驚いた。
時刻は0時の手前、夜空には今にも消えてしまいそうな程細い月が浮かんでいた。周囲には月の光に勝るほどの輝きを持った星たちが散らばっている。
一匹の黒い鴉は僅かな月明かりの下、明日には見えなくなるであろう光を見つめていた。ただひたすら月を見つめては、ため息を漏らす。
明日はとうとう新月だ。灯蛾と対面したあの日からあっという間に時は経ち、遂に新月の夜を迎えようとしていた。日々欠けていく月を見る度に黒羽や蒼たちは憂鬱な気分になった。
新月が来たら灯蛾が必ずここにやってくる…
勝つ保証は全く無い。灯蛾がどう攻めてくるかも、いつ来るのかさえ分からないのだから…
あの後、世界中に散らばっている他の使徒を集めて灯蛾の襲撃に備えようと考えたが、こんな街中で大勢の使徒が集結したら、一大事になってしまうということで、結局有能なAランク使徒30名しか呼ばなかった。
蒼たちSランク使徒を入れても33人…灯蛾はもっと大勢で攻めてくる可能性が高いというのに…
無数の星を見納めするかのようにじっと見つめた後、鴉はゆっくりと瞼を閉じた。もう明日には見られなくなるかもしれない夜空はその後も、キラキラと輝いていた。
「それでは、あなたたちは西門をお願いします」
次の日、太陽が半分顔を隠した頃、真雛は33人の使徒を3チームに分けて、それぞれに指示を出してい
た。
鴉ノ神社には三つの門がある。まず、正門である北門、そして西門、東門と配置されている。それぞれの
門に1チームずつ配属して灯蛾が何処から来ても良いようする作戦である。
皆、真雛の指示を真剣な表情で待っている。さすがAランク使徒、見た目からして屈強な者が多かっ
た。蒼の横に立っている男はまるでレスラーのような屈強ぶりである。
じろじろと蒼が顔を覗き込んでいることに気がついたその男は、
「私の顔に何か着いているかしら?」
大きな体とは裏腹に、まさかのお姉言葉に蒼の体に鳥肌が走る。
「い…いえ、何も」
こいつとはあまり関わらない方が良いと判断した蒼はそう言って目を逸した。
「では、蒼チームは北の正門をお願いします」
「は、はいっ!」
いきなり名前を呼ばれた蒼は、顔を上げて返事をする。すると、隣にいる例の奴が、
「あんた、本当にSランクの使徒なの?なんか頼りないわねぇ。線も細いし、顔色も青白いみたいだし」
と、耳元で囁いたので、蒼は苦笑いを浮かべて適当にあしらった。
「生まれつきです…」
このオカマと同じチームであることに後悔が隠しきれない蒼は深いため息を漏らした。
そして最後に、真雛は告げる。
「以上で3チームの配置は決まりです。今からチームごとに指定された場所に行き、灯蛾の侵入を防いで
下さい」
真雛の一声で、全ての使徒達が一斉に動き出した。蒼も負けずに走り出す。
チーム構成は至って単純で、1チーム11体勢で、うち一人がSランクとなっている。つまり、蒼と柏
木、伊吹が一人ずつそれぞれのチームに配属されているのである。これで能力的に均衡という訳だ。
「蒼…北は頼んだぞ」
別れ際に西門に配属された伊吹が蒼の肩を叩いて笑顔でそう言った。おそらく伊吹の笑顔の裏に数え切れ
ない程の不安があるのだろう…彼はいつもより硬い表情で笑っていた。
「蒼くん、私は東門を守るから、北は宜しくね…」
普段と違って、元気のない声で柏木はそう言うとそのまま走って行った。
蒼は走っていく二人の背をただ黙って見つめることしか出来なかった。もしかしたらもうお互いの顔を見
られないかもしれない…そう思うと体が思うように動かなくなってしまった。浄罪師の真雛が仮に灯蛾に
よって倒されたら、もう…永遠の記憶はなくなってしまうだろう…もう、二人のことも忘れてしまうだろう…
自分がこうして浄罪師の使徒として生きていたことも…今までの自分も、そして…
―幼い頃亡くした母親のことも
全部忘れてしまうだろう。
人間の命は儚い。せいぜい生きて百年前後。動物の命なんてもっと儚い。犬なんかは20年も生きてい
ることが出来無い。それなのに、彼らは生きている。それでも笑顔で、前を向いて生きている。死ぬと分
かっていても…
終わりがあるからこその命なのかもしれない。
それに比べて蒼は長く生きてきた…確かに彼にも終わりはあったが、記憶がリセットされない以上、「本当
の死」は訪れていない。けれど、浄罪師の使徒をやっていた頃の記憶は無いため、それ以前の自分はまだ
取り戻せてはいない…これは一種の「死」というのだろうか…
けれど、「死」を何度か経験している蒼にとってそれがどんなに苦しくて耐え難いことか手に取るよう
にわかる…それが為に、彼の不安は増していった。
「ちょっとあんた?何ぼーっとしてんのよ」
耳に響いたドスの効いた声に、ビクンと背筋を伸ばした蒼は慌てて走り出す。
「すみません…ちょっと考え事をしていて…」
走りながら言う蒼の後を追いながら、例のオカマは、
「死ぬなんて考えちゃダメよ。そう思ったらもう終わり…闇しか残らないわ」
「はい」
見かけに寄らず、もっともな事を口にしたオカマに蒼は内心驚いた。
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