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【参章】とある少女の魂

特別な武器

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昨日の雨は嘘のように止み、今朝は朝から晴れていた。

 あの後、警察が屋上に上がってくる前に、蒼たちは学校を抜け出して、鴉ノ神社に向かった。恐らく、屋上に残された、秋山は警察に捕まり、千恵は保護されたのだろう…
伊吹はあの後、抜け殻のようになってしまった。それも無理はない、自分の妹が前世で殺人を犯したことがあったという事実を知ってしまったのだから…
昨夜、蒼と柏木で抜け殻のような伊吹を神社まで運んで行った。黒羽や白羽にも手伝ってもらって、ようやく神社に着くことができたのだ。

 そして、神社に戻っても真雛の姿は見当たらず、結局そのまま神社で一夜過ごし、気がついたら朝になっていた。
 目を覚ました蒼は、拝殿の前で寝ている伊吹と柏木を残し、一人で神殿のある奥へ向かった。
 神殿の手前まで来た蒼はその小さい神殿の壁に耳を当てて、中の様子を確かめた。

『汚れし己の魂…汚れし己の魂…浄罪できぬ己の魂…消え失せろ…』

 その言葉が聞こえた後、神殿の中から凄まじい光が放たれ、蒼は咄嗟に目を瞑った。七つの光線は広範囲に飛んでいった。
 その時、頭上から声がした。

「おぬし、ここは真雛様の領域じゃ、勝手に近づくんじゃない」

 声の主は黒羽であった。どうやら、神殿の屋根に留まっていたようである。

「黒羽…さっきのは…」

「真雛様の捨魂じゃよ」

「しゃこん?」

「捨魂とは、人殺しの魂を一生、生まれ変わらないように世の中から消えさせることじゃ、真雛様は人がどこかで亡くなる度にこうして捨魂や浄罪を行うんじゃ」

 真雛の仕事には二つある。まず、人殺しを行っていない魂は、汚れを綺麗に拭き取って無垢な魂へ戻して、再び輪廻転生させる。これを『浄罪』と呼ぶ。そして、もう一つの仕事が『捨魂』である。

「真雛様は一日中、浄罪や捨魂を行っているのか?」

 蒼がそう黒羽に聞いた直後、神殿から真雛が出てきた。

「一日中ではない。夕方から朝にかけて主に行っているのだ」

 真雛はそう言うと、紫色の瞳を輝かせながら、微笑んだ。

「真雛様、お疲れ様です」

 黒羽は直ぐに、屋根から降りると、蒼の肩の上に留まった。

「任務遂行ご苦労だった」

 真雛は蒼に向かってお礼を言うと、

「昨夜は、浄罪や捨魂の作業で忙しくて、帰って来たお前たちに礼も言えなかった…」

「いいえ、別にいいんですよ」

蒼は照れくさそうに、手を振った。すると、真雛は何か思い出したかのように、

「お前たちに昨夜渡そうと思っていた物があるのだ。伊吹と柏木もここに呼んで来てくれ」

そう言って、神殿の中へ戻ってしまった。蒼は首を傾げながら黒羽を見ると、

「取りあえず、二人をここへ連れて来てからのお楽しみじゃ」

黒羽は話の内容が既に分かっているようだった。蒼は、急いで拝殿まで戻り、大の字になって寝ている伊
吹とダンゴムシの様に丸くなって寝ている柏木を起こした。

「何だ、蒼か?俺は今眠いんだよ」

昨夜、塞ぎ込んでまるで抜け殻の様になっていた伊吹とは大違いで、いつもの伊吹に戻っていた。伊吹の
良いところは、悪いことを後に引きずらない性格だということだ。

「もう朝なの?」

柏木もようやく目を覚ました。蒼は起きたばかりの二人に真雛が呼んでいると告げて、神殿へ連れて行っ
た。



神殿へ着いた三人を真雛は迎えた。彼女の右肩には黒羽、左肩には白羽が留まっている。そして、真雛の前には黒色の風呂敷に包まれた物が置いてあった。

「蒼、伊吹、朱音…今から三人に我からプレゼントを差し上げます」

プレゼント?真雛のプレゼントとは一体何なのか、蒼たちは様々な考えを巡らせた。

「プレゼントって何だよ」

伊吹はそう言いながら、真雛の前に置いてある風呂敷に手をかけた。

「それは…」

真雛が言い終わる前に、伊吹は風呂敷をはぐった。宙に舞う黒い風呂敷…

その下には、直径1.2メートル程の刀と、黒い手袋、鎖でできたウィップが置かれてあった。

「何だ?これ」

「これは、三人がこれから使う武器です。お前たちはこれ以外の武器は使用禁止にします」

 すると、柏木が鎖でできたウィップを手にとった。

「これ…私が持っていた物だ」

 確かにそのウィップは柏木が秋山を縛り付けた物にそっくりだった。

「それは、昨日、わたくしがあなたに返したものですわ」

 柏木は不思議そうに白羽を見つめ、

「でも、昨日学校の屋上に置いてきちゃったけど…」

「あの後、わたくしがこっそり回収したんですの」

「そうだったんだ…てっきりもう戻って来ないと思っていた。このウィップは浄罪師の使徒をしている時、
ずっと使っていたものだから…良かった」

 彼女はウィップを手に取ると、大切そうに握り締めた。全ての記憶を取り戻した柏木はもう既に、浄罪師の使徒そのものである。

「じゃあ、俺はこれで決まりだな」

 笑顔で伊吹は刀を手にとった。すると、真雛は首を横に振った。

「いや、その刀は蒼の使っていた物です」

「俺が使っていた刀…」

「蒼が?」

「然様、これは蒼の刀です」

刀を手に取ると、真雛は蒼のもとに駆け寄った。
真雛から受け取ったその刀は思っていたより軽く、片手で軽々と持つことができた。

「これが、俺の持っていた刀…」

 その刀は漆塗りを施された真っ黒な鞘に刺さっていた。蒼は唾をゴクリと飲み込み、慎重に刀を鞘から出した。
 緊張で手が震えたが、何とか刀を抜き取ることができた。鞘から出した直後、刃先が日光を反射し、眩しく光った。思わず、目をしかめる。刃は鋭く、何でも切れそうである。刀の長さからして、この刀は大太刀であろう。すっとした細さ、柄は黒と赤の千鳥模様だった。

「蒼、その刀でそこの樹を斬ってみなさい」

真雛の言う通り、蒼は近くにあった太めの樹に向かって刀を振った。

振られた刃は一瞬にして太い幹を真っ二つに斬り、切り口より上にある幹は反対側へと落ちていった。切
り口を恐る恐る覗いてみると、まるで精密機械で斬ったかのように、綺麗に斬られてあり、樹齢が容易く
分かる程であった。

「うわ、半端ねぇ…」

 切り口を覗き込みに来た伊吹が信じられないと、目を丸くした。蒼はというと、恐怖と驚きで言葉が出せなかった。

「蒼、次にその刀で横にいる伊吹を斬ってみなさい」

え…なんだって?伊吹を斬ろと?人間をあれほど殺すなと言っていた真雛が人を斬ってみろと?しかも、斬
れ味の確認のためだけに?伊吹の存在って…

「ふ、ふざけるなよ、真雛!俺は御免だぜ…」

「そうですよ、真雛様。俺にはできません」

「心配は要りませぬ、良いからやってみなさい」

 ずっと首を左右に振っている蒼に我慢できなくなったのか、真雛は、

「では、仕方ありませぬ」

 そう言って、右手を蒼に向けて伸ばし、手を握り締めた。その直後、刀を持った蒼の右腕が勝手に動き、刀を伊吹に向けて構えさせた。

「おっ、おい蒼。辞めろよ…」

「違うんだ、勝手に手が…」

 蒼の意思とは反対に、動き続ける右腕。これは間違いなく真雛による仕業だった。左手で右腕を押さえつけるが、動きを封じることは出来ず、とうとう伊吹の腹目掛けて刀が振られた。
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