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【弐章】浄罪師と使徒
危機
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「真面目に生きてれば何回だってやり直せるさ!」
蒼は秋山を落ち着かそうと必死だった。
「妻は浮気、娘には嫌われ…職場に相談相手すらいない…皆俺の不幸を楽しそうに聞いてんだ!」
裏返った声でそう言うと、ナイフを持つ手に力を入れた。
「だからって、お兄ちゃんは関係ないじゃない!」
千恵はそう言うと、秋山に向かって走り出した。蒼も決心をして走り出す。
「来るな!」
秋山の手にさらに力が込められた。蒼は危険を悟って足を止めた。けれども、千恵はそのまま走っていく…
「殺すぞ」
秋山の手は震えていた。一方、千恵はポケットの中から剃刀を取り出した。今では、女子は懐に護身用のナイフなどを持っているのが当たり前だ。けれど、千恵は一体どうするつもりなのか?もしや…
「千恵ちゃん!ダメだ」
蒼は無意識にそう叫んで千恵を追いかけた。このままだと千恵が犯罪者となってしまいそうだ。それでは、意味が全くないではないか…
「殺されるくらいなら…」
(殺した方がマシ)きっと、千恵はそう言うつもりだったのだろう。しかし、蒼の手が千恵の右肩を捕らえた。
「人殺しはダメだ」
「離して、離してっ!こんな所で死ぬなんて嫌よ」
「だからって、人殺ししたら終わりなんだよ」
「でも、ここで殺されるなんてごめんよ」
千恵は正気では無かったらしく、いつもの彼女ではなかった。まるで、何かにとり憑つかれているような…そんな感じだった。すると、秋山はこちらを眺めながら笑い出した。
「じゃあ…殺される前に、殺しちゃおうかな」
そして、秋山は真剣な顔になり、ナイフを持つ手に力を入れた。伊吹は覚悟したのか、全身の力を抜いて、深呼吸をしている。
蒼は伊吹から目をそらし、下を向いた。もう彼の耳には雨の音しか聞こえない、服に雨水が染み込んで全身重い、彼は強く目を閉じた。目蓋の裏側に映ったのは伊吹の笑顔だった…
その時、いきなり金属音のような音がして、蒼は目を開けた。それは、まるで鎖が絡まる時のような音だった。伊吹の方を見ると、彼は地面に転がっていた。
「伊吹っ」
慌てて伊吹のもとに近寄ろうとした蒼だが、異変に気がつき、その足を止めた。秋山の体全身に鎖のような物が巻きついているのだ。秋山は苦しそうに呻いている。これはどういう…
すると、伊吹がフラフラと立ち上がった。蒼は伊吹の無事が分かると、ほっと胸を撫で下ろした。どうやら、伊吹は何かに突き飛ばされただけらしい。
「……うっ」
秋山はビクともせずに、そのまま鎖に拘束されていた。次第にうめき声も聞こえなくなり、とうとう気絶してしまった。
「あぁ、間に合って良かった…」
すると、上から何者かが降りてきた。月の明かりが逆光となって、顔がよく見えないが、その人は女性だった。
「誰?」
蒼は目をこすって、その人間が何者なのかを把握しようとした。その人は蒼の所へゆっくりと向かっていく…だんだん顔が見えてきた。大きな瞳、肩につく程の栗色の髪、整った輪郭…
「えっ?蒼くん?」
どこかで聞いたことのある可愛らしい声、蒼は記憶を辿っていく、確か今日聞いたような…
「かっ…柏木?」
その声は柏木の物だった。蒼はびっくりし過ぎて、その場に崩れ落ちた。なんで柏木がここに?
「もしかして、蒼くんも…浄罪師の使徒?」
浄罪師という言葉を柏木から聞いた蒼は、信じられないと、頭を抱え込んだ。まさか、柏木も同じ境遇の者だったなんて…蒼はしばらく思考停止状態となっていたがふと、我に返った。
「まさか柏木も…」
柏木は首を縦に振った。すると、後ろから伊吹が近づいて来た。
「お前も浄罪師の使徒だったのか…」
「あなたは、今朝蒼くんと一緒にいた人だよね?」
伊吹は柏木に話しかけられた途端、気のせいか、気恥かしそうに目をそらした。
「まっ、まあな」
「名前は?」
伊吹は柏木の顔を見ずに、
「影山伊吹…だけどよ」
いつもの声より小さかった。どうやら、彼は初めての柏木との会話に戸惑っているようだ。
「伊吹くん…もしかして、あなたも浄罪師の使徒?」
「そうだけどよ…」
「凄い!私の仲間が二人もいるなんて!」
柏木は手を合わせて嬉しそうに言うと、自分の斜め横に立ち尽くしている紗香に、
「あ、あなたは早く警察に連絡してきて」
「は、はいっ」
柏木からそう言われた紗香は返事をすると、慌てて屋上から出て行った。
「あの子は?」
紗香が居なくなった後、柏木は蹲っている千恵の所へ歩いて行った。
「こっ、こっち来ないでっ」
差し伸ばされた柏木の手を叩くと、千恵は涙声で叫んだ。予期せぬ出来事に声も出ない柏木。
「……、」
千恵はまるで獣のような目つきで柏木を睨みつけ、手にしている剃刀をコンクリートの地面に突き立てた。剃刀とコンクリートがぶつかり合った音が周囲に響き渡った。
「ちっ…千恵ちゃん?」
蒼は千恵の変貌ぶりにどうすればいいか分からなくなり、気がついたら千恵の所へ向かって走っていた。良く分からないが、このまま千恵を放って置いたら危険な気がした。
「離してっ」
「どうしたんだよ!」
剃刀を持っている手を掴んで、千恵の動きを封じた。
「私は人を殺そうとしたのよ、一瞬でも、そう思ってしまったの!」
千恵は自分が秋山を殺してしまおうと思ったことに責任を感じているようだ。
「でも、千恵ちゃんはまだ何もしていないだろ?」
蒼は彼女の手から剃刀を奪うと、遠くへ投げ捨てた。
「でも…私は…殺そうとしたのよ」
「大丈夫よ、まだ間に合うわ」
柏木はそう言うと千恵に近づき、彼女の肩を持って抱き寄せた。
「本当?」
「本当だよ」
すると、突然、空中から何か白い物体と黒い物体が舞い降りてきた。
「無事任務完了じゃな」
周囲の黒に溶け込んだその黒い体、そしてオヤジのようなあの声…黒羽であった。
「黒羽、今までどこに行っていたんだよ」
「人間がいるとどうも居づらくてな…」
「だからって…」
「あなたが蒼さん?」
若い女の声?のようなものが聞こえて来て、声の方を見るとそこには、全身真っ白で、体長は黒羽と同じくらいの鴉が立っていた。
蒼は秋山を落ち着かそうと必死だった。
「妻は浮気、娘には嫌われ…職場に相談相手すらいない…皆俺の不幸を楽しそうに聞いてんだ!」
裏返った声でそう言うと、ナイフを持つ手に力を入れた。
「だからって、お兄ちゃんは関係ないじゃない!」
千恵はそう言うと、秋山に向かって走り出した。蒼も決心をして走り出す。
「来るな!」
秋山の手にさらに力が込められた。蒼は危険を悟って足を止めた。けれども、千恵はそのまま走っていく…
「殺すぞ」
秋山の手は震えていた。一方、千恵はポケットの中から剃刀を取り出した。今では、女子は懐に護身用のナイフなどを持っているのが当たり前だ。けれど、千恵は一体どうするつもりなのか?もしや…
「千恵ちゃん!ダメだ」
蒼は無意識にそう叫んで千恵を追いかけた。このままだと千恵が犯罪者となってしまいそうだ。それでは、意味が全くないではないか…
「殺されるくらいなら…」
(殺した方がマシ)きっと、千恵はそう言うつもりだったのだろう。しかし、蒼の手が千恵の右肩を捕らえた。
「人殺しはダメだ」
「離して、離してっ!こんな所で死ぬなんて嫌よ」
「だからって、人殺ししたら終わりなんだよ」
「でも、ここで殺されるなんてごめんよ」
千恵は正気では無かったらしく、いつもの彼女ではなかった。まるで、何かにとり憑つかれているような…そんな感じだった。すると、秋山はこちらを眺めながら笑い出した。
「じゃあ…殺される前に、殺しちゃおうかな」
そして、秋山は真剣な顔になり、ナイフを持つ手に力を入れた。伊吹は覚悟したのか、全身の力を抜いて、深呼吸をしている。
蒼は伊吹から目をそらし、下を向いた。もう彼の耳には雨の音しか聞こえない、服に雨水が染み込んで全身重い、彼は強く目を閉じた。目蓋の裏側に映ったのは伊吹の笑顔だった…
その時、いきなり金属音のような音がして、蒼は目を開けた。それは、まるで鎖が絡まる時のような音だった。伊吹の方を見ると、彼は地面に転がっていた。
「伊吹っ」
慌てて伊吹のもとに近寄ろうとした蒼だが、異変に気がつき、その足を止めた。秋山の体全身に鎖のような物が巻きついているのだ。秋山は苦しそうに呻いている。これはどういう…
すると、伊吹がフラフラと立ち上がった。蒼は伊吹の無事が分かると、ほっと胸を撫で下ろした。どうやら、伊吹は何かに突き飛ばされただけらしい。
「……うっ」
秋山はビクともせずに、そのまま鎖に拘束されていた。次第にうめき声も聞こえなくなり、とうとう気絶してしまった。
「あぁ、間に合って良かった…」
すると、上から何者かが降りてきた。月の明かりが逆光となって、顔がよく見えないが、その人は女性だった。
「誰?」
蒼は目をこすって、その人間が何者なのかを把握しようとした。その人は蒼の所へゆっくりと向かっていく…だんだん顔が見えてきた。大きな瞳、肩につく程の栗色の髪、整った輪郭…
「えっ?蒼くん?」
どこかで聞いたことのある可愛らしい声、蒼は記憶を辿っていく、確か今日聞いたような…
「かっ…柏木?」
その声は柏木の物だった。蒼はびっくりし過ぎて、その場に崩れ落ちた。なんで柏木がここに?
「もしかして、蒼くんも…浄罪師の使徒?」
浄罪師という言葉を柏木から聞いた蒼は、信じられないと、頭を抱え込んだ。まさか、柏木も同じ境遇の者だったなんて…蒼はしばらく思考停止状態となっていたがふと、我に返った。
「まさか柏木も…」
柏木は首を縦に振った。すると、後ろから伊吹が近づいて来た。
「お前も浄罪師の使徒だったのか…」
「あなたは、今朝蒼くんと一緒にいた人だよね?」
伊吹は柏木に話しかけられた途端、気のせいか、気恥かしそうに目をそらした。
「まっ、まあな」
「名前は?」
伊吹は柏木の顔を見ずに、
「影山伊吹…だけどよ」
いつもの声より小さかった。どうやら、彼は初めての柏木との会話に戸惑っているようだ。
「伊吹くん…もしかして、あなたも浄罪師の使徒?」
「そうだけどよ…」
「凄い!私の仲間が二人もいるなんて!」
柏木は手を合わせて嬉しそうに言うと、自分の斜め横に立ち尽くしている紗香に、
「あ、あなたは早く警察に連絡してきて」
「は、はいっ」
柏木からそう言われた紗香は返事をすると、慌てて屋上から出て行った。
「あの子は?」
紗香が居なくなった後、柏木は蹲っている千恵の所へ歩いて行った。
「こっ、こっち来ないでっ」
差し伸ばされた柏木の手を叩くと、千恵は涙声で叫んだ。予期せぬ出来事に声も出ない柏木。
「……、」
千恵はまるで獣のような目つきで柏木を睨みつけ、手にしている剃刀をコンクリートの地面に突き立てた。剃刀とコンクリートがぶつかり合った音が周囲に響き渡った。
「ちっ…千恵ちゃん?」
蒼は千恵の変貌ぶりにどうすればいいか分からなくなり、気がついたら千恵の所へ向かって走っていた。良く分からないが、このまま千恵を放って置いたら危険な気がした。
「離してっ」
「どうしたんだよ!」
剃刀を持っている手を掴んで、千恵の動きを封じた。
「私は人を殺そうとしたのよ、一瞬でも、そう思ってしまったの!」
千恵は自分が秋山を殺してしまおうと思ったことに責任を感じているようだ。
「でも、千恵ちゃんはまだ何もしていないだろ?」
蒼は彼女の手から剃刀を奪うと、遠くへ投げ捨てた。
「でも…私は…殺そうとしたのよ」
「大丈夫よ、まだ間に合うわ」
柏木はそう言うと千恵に近づき、彼女の肩を持って抱き寄せた。
「本当?」
「本当だよ」
すると、突然、空中から何か白い物体と黒い物体が舞い降りてきた。
「無事任務完了じゃな」
周囲の黒に溶け込んだその黒い体、そしてオヤジのようなあの声…黒羽であった。
「黒羽、今までどこに行っていたんだよ」
「人間がいるとどうも居づらくてな…」
「だからって…」
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