浄罪師 ーpresent generationー

弓月下弦

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【弐章】浄罪師と使徒

夜の職員室

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黒羽の提案した作戦はこうだ。

犯行自体は夜中に起こると考えられたから、まず、今から気づかれないように秋山湊人を監視して、犯行直前までの彼の行動を解析して、犯行のタイミングを逃さないようにし、その時(秋山が人を殺す時)になったらそれを阻止する、という具合だ。
 黒羽に急かされて、二人は職員室の出口が見えるところに移動した。しかし、物置の影に息を潜めて待つこと、三時間。ほとんどの先生は帰宅したのにも関わらず、肝心な秋山先生は出てくる事はなかった。

「おい、これはどういうことだ?」

 伊吹はイライラした口調でそう言うと、我慢できなくなったのか、いきなり立ち上がった。

「おい、おぬしっ!ダメじゃよ、待ちなさい」

 黒羽は猛スピードで伊吹の目の前に飛んで行き、彼の動きを阻止した。

「だってよ、いつまで経っても秋山先生来ないぞ?もう直接見に行くしかないだろ」

 確かに、伊吹の言う通りである。現在時刻は七時を上回っていた。この物騒な世の中で、七時まで学校に残っている先生なんていやしない。ということは、秋山は既にこっそり帰っているかもしれない。それとも、犯行現場は…

「……、じゃが、彼はまだ職員室にいるぞ、濁り初めの魂の気配が感じられる、近くに居るはずじゃ」

「じゃあずっと待ってんのかよ」

「それしか方法は無いんじゃ」

 と、黒羽と伊吹が言い合っている時、突然職員室のドアが開いた。黒羽は羽を使って伊吹の口を塞いだ。蒼も咄嗟に両手で口を塞ぐ。
 中から出てきたのは、勿論、秋山先生だった。相変わらずピシッとした姿勢で歩いていく。幸い、先生は蒼たちが隠れている物置とは逆方向へ歩いて行った。

「追うんじゃ」

 黒羽の一言の後、蒼と伊吹は静かに彼の後を追っていく…
 秋山先生に付いていくと、家庭科室に辿りついた。

「家庭科室かよ」

「先生は何のようでここに来たんだ?」

「まぁ、待ってなさい」

 蒼たちは、家庭科室へ入っていった先生が再び外へ出てくるのを待った。先生は約五分後に、ある物を持って出てきた。それは、家庭科室には必ずある物。そして決して外には持ち出してはいけない物だった。

「おい、マジかよ…」

「包丁だよね…あれ」

 驚いたことに、秋山先生は刃渡り十五センチ程の包丁を右手に持って出てきたのだ。それは明らかに、不審行為であった。恐らく先生は今夜、この学校内で犯行を起こすつもりらしい。

「もう決まりじゃな、奴はこの学校内で犯行を起こすんじゃ」

 全てを悟ったような口調で黒羽は二人に言った。
 蒼はその時、嫌な予感がした。この学校にいる人間といえば自分達以外考えられないのだ。ということは被害を受けるのは彼らになる確率が高い。それとも誰か他に人間がいるのだろうか…

 その後、先生は再び職員室に戻るのかと思われたが、職員室の横にあるトイレに入っていった。そりゃ、三時間以上も職員室に引き込もっていたのだから当たり前の事だった。
 しかし、三十分以上経っても先生がトイレから出てくる事はなかった。

「妙じゃな…」

 先ほどまで、自信過剰だった黒羽が自信なさげに呟いた。

「これってまさか…」

 蒼も急に不安になっていった。包丁を持ったままトイレに入って、しかも三十分以上出てこない先生…この行動が意味するものとは…

「自殺…なんて事はないよな?」

 絞り出したような声で伊吹は言った。手足は震えて、顔色は真っ青だ。

「可能性が無いとは言えん…自殺も立派な殺人じゃからの」

 自殺、それは他人ではなく自身を殺める行為。当然、人である自分を殺すのだから犯罪に値するはずだ。

「じゃあ、早く助けに行かないと…」

 トイレに向かおうとする蒼の裾を黒羽は咥えた。

「ちょっと待て、確かに自殺かもしれないが、そうと決まった訳じゃない」

「でも、いつ自殺するか分からないじゃないか!」

 小声で言ったはずが少々大きめの声になってしまって、蒼は慌てて口を噤んだ。

「魂の濁り具合がまだ、足りんのだよ…人殺しや自殺をする直前の魂はもっと濁るはずじゃ」

「じゃあ、どうしてトイレから出てこないんだよ」

 すると、上の階から誰かが階段を下りてくる音が聞こえた。足音からして、二人か。けれど、しゃべり声はしなかった。こんな時間にまだ人がいたとは…

「……!」

 降りてきた二人を見るなり、蒼は自身の目を疑った。伊吹も驚きすぎて尻餅をついていた。

「なんで…千恵が…」

 その二人の内、一人は千恵だったのだ。確か、千恵は今日、キャンプをしに行っているはずだ。何故、千恵が学校にまだいるのか… 

※      ※

「大丈夫だよね、もう誰もいないよね…」

 職員室のドアの前に立った千恵は不安そうな声で言った。彼女の声は震えていた。

「大丈夫だよ、もう八時過ぎだよ?誰も居ないって」

 紗香はそんな千恵を元気づけるかのように言った。
 紗香はリュックから針金を取り出すと、職員室のドアを開けようとした。

「あれ?」

 職員室のドアは鍵が掛かっていなかった。紗香は首を傾げる。

「なんで…ドアに鍵が掛かっていないの?」

 不安が増したのか、千恵は涙声であった。

「きっと、かけ忘れだよ、学校ってセキュリティがしっかりしているから、外からの部外者侵入の心配は無いからね、先生たちの平和ぼけだよ」

 平和ぼけ、そんな言葉が昔は使われていた。現在で口にするのは恐らく紗香だけである。

「そうかな…」

 二人は息を飲んで、ドアを開けた。
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