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【弐章】浄罪師と使徒

三百年を超えて

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妙な物音が耳に響いて、蒼は目を覚ました。既に日は登っていて、部屋全体が見渡せる程の明るさになっていた。
上半身を起こしてみると、とんでもない光景が目に飛び込んできた。

「……?」

バリバリ、メリメリと音を立てていたのは、あの壁であった。壁全体が波を打っているのである。そして波に合わせて、例の埋まっている女の体がどんどんこちらに向かって出てきていた。さらに、灰色の粘土のような体からまるで脱皮でもしているかのように、パリパリと粘土が剥がれ落ちている。それは、薄く貼った紙粘土がボロボロと崩れているかのようにも見えた。
そして、灰色の粘土の下には白い肌が見えてきた。泥が付いている手を水で落としたときのようにどんどん粘土が床に落ちていく…

 蒼は驚きのあまり、声も出すことができなかった。

「とうとう…この時が来たんじゃな…」

後ろから黒羽の声が聞こえたので、蒼は慌てて振り返った。

「黒羽さん!」

「黒羽さんじゃなくて、黒羽で良い!」

「…黒羽」

黒羽はこちらに近づいて来た。

「真雛様のお目覚めじゃ、お辞儀をしていろ」

黒羽に急かされて、蒼はその場で座ったままお辞儀の体制になった。しかし、目の前の壁の様子が気になる蒼はチラッと目を壁の方に向けた。
 女の白い体が壁からどんどんこっちに出てくる。もう殆ど粘土は体から剥がれ落ちていた。よく見ると、その女はクリーム色の長い髪の毛、鼻は高く、まるで外国人のような容姿であった。左側が白、右側が黒の綺麗な袴を着ていた。
そして全てが壁から抜けて床にその女は落ちた。
床が軋む音がした。女はうつ伏せのままで、長い髪の毛を床いっぱいに広げていた。これではどこかのホラー映画である。クリーム色の髪、左側が白で右側が黒の袴、真っ白な肌…年は不明だったが、十分若く見える。二十歳前後といった感じだろうか。
蒼は自分の下げた頭の近くにあった女の髪の毛を手にとって、よく見てみた。

「……?」

それは、髪だと思っていたが、人間の毛ではなかった。

「とっ…鳥の羽?」

蒼の手にした物は人の毛ではなく、鳥の持つ、羽毛であった。その一本一本に羽の中枢にある太めの羽軸がきちんと存在していた。そして羽軸からは毛である羽弁が生えていた。要するに本物の羽そのものであった。羽の種類としては、水鳥の羽に近かった。しかも、長さが尋常でない…

「うっ…うぅ……」

女は意識を取り戻したらしく、もそもそと体を起こし始めた。すらっとした体型で、女性にしては背丈が高く、180cm近くはありそうだ。

「真雛様、よくぞお目覚めなされました」

黒羽は真雛に向かって丁寧にそう言うと、深々とお辞儀をした。どうやら黒羽は真雛の前では『…じゃ』とは言わず、正しい言葉遣いをするようである。蒼も何となく、黒羽の真似をして、二度程お辞儀をした。伊吹の方を見てみると、こんな状況にも関わらず、大口を開けて寝ていた。すると、黒羽が慌てて伊吹の口を閉じた。
そして、驚くことに口を閉じられても伊吹はびくともしなかった。蒼は昨晩伊吹が食べていたサンドイッチが本当に腐っていたのではないかと疑い始めた。

「すっ、すみません…真雛様…」

真雛は長い眠りから覚めたばかりだった為、目の焦点が合わず、アメジスト色の大きな瞳は泳いでいた。

「こっ、ここは…」

頭を抑えながら真雛はようやくこちらに目の焦点を合わせた。
蒼と目が合った真雛は気のせいか一瞬強ばった。その後、直ぐに彼女は蒼から視線を背けた。

「真雛様…お体の具合はいかがですか?」

「……我は大丈夫だ…それより…あれから何年がたったのだ?」

「三百年でございます」

真雛は特に驚いた様子もなく、

「そうか…」

そう言って、再び蒼に視線を戻した。
彼女は数十秒の間、沈黙であったが、やがて口を開いた。

「蒼…お前なのだな…」

蒼は真雛が自分の名前を知っていることに驚いた。いくら記憶が続いていても何故名前まで知っているんだ?自分は浄罪師が封印されてから七回も体が変わっているというのに…

「どうして、俺の名前を…」

真雛は白い手を蒼の額に当てて、

「我には見える。お前が付けられた今期の名が」
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