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246話 「密林ひょろひょろ その4」
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……はっ?!
なんか酔ってる時の変な記憶がある。夢の内容を覚えてるなんて珍しい。まあすぐ忘れるだろうが。
反転した今の私は頭が冴えている。多分夢と現実が混ざり合いながら森の中を移動していたんだろう。転んで頭を打ったことで夢から現実に引き戻されたようだ。これは良くも悪くもラッキーだな。ただ昔飼っていた犬に会えたのは嬉しかった。また会いたいものだが酔い過ぎてはダメだぞ私。
地面に寝転びながら周囲を見て見ると、私は猿の大群に囲まれているようだった。興奮しているので怒っている状態だな。
……げっ、あの群れはヤバい?!
あの猿はセルバザル。とても仲間想いで、攻撃されると一斉に仕返しをしてくるんだ。しかもやたら執念深い。出会っても相手にせず離れるべき動物だ。
しかも群れの奥の方。あれはセルバザルではない。あの頭が派手でフサフサなやつは魔物の猿だろう。ということはあれがこの群れを率いているボスか。魔物と動物が共生しているのはよくあることだ。
あの猿達は群れと言うより一つの生き物のような動きを見せている。多分統率力が上がるタイプの魔物がボスの力なのだろう。魔物の力によって対処法は変わるものだ。このタイプの相手には指示役であるボスを真っ先に倒すのがセオリーだな。
私のことは気付いていないというより放っておかれているようだ。転んでなかったら私も狙われていたかもしれない。いったいあの群れは何と戦っているんだ?
「はっ?!」
身の危険を感じて体を強引にひねる。私の元いた場所に体格のよい生き物がズドンと落ちて来た。危なかった。遅れてたら潰されていたぞ。
一瞬赤い何かが横切ったのが見えた。何かに怒っているような声がする。飛んで来た方向に頭を向けているので私ではなさそうだ。こいつの正体を確認するため、ゆっくりと顔を傾けて観察してみた。
……こいつ今話題になってる赤目のナマケルノじゃねえか?!
興奮状態になるとあまりにも急激に強くなり、セルバ要塞で一番戦闘力のあるBランクのパーティーが必死で逃げ帰ったというやつ。大きさは普通の個体と変わらないが、興奮すると目が赤くなるナマケルノがいるらしい。ギルドでは危険な特殊個体と認識され、Aランクの助けを待っているという。酒飲んでいるときに誰かが話してたな。
こいつは死んだふりしないと攻撃されるって話だ。動くものにだけ襲い掛かるという。じっとしていたらどこかに行ったぞ。噂通りで助かった。いや、助かったというより時間稼げただけか。まだ騒ぎは終わっていないからだ。猿や赤目の他にも様々な魔物たちが暴れ回っているようだぞ。
にしてもあの赤目の化け物を吹っ飛ばしたのは誰だ? セルバザルじゃ無理だろ。よく見るといろんな魔物が集まっているのが分かる。擬態が得意なヘビ、爆音で驚かせるトカゲ、やたら頑丈なカニや虫のような甲殻を持つ鳥もいる。あれらは魔力を使って戦っているから魔物だろう。あれのどれかか?
……うーん、この赤目のナマケルノを吹っ飛ばすような強者はいなさそうだぞ。見た感じ一番強いのは赤目のナマケルノである。
可能性として何か精神的な魔法が使われていたり、私の知らない未知の魔物が関係しているのかもしれない。この森は広いからなあ。
それにしてもここまで混沌とした乱闘は初めて見た。秩序なんてない。ひどい有様だ。
「うおっ?!」
破裂音にびっくりして振り返ると、巨大な白い骨みたいな腕が見えた。この森で死体を道具として使う生き物なんて初めて見たぞ?!
ん? 嗅いだことのないひどい匂いがする。まるで死体が腐敗しているかのようだな。ずっとこの森を調査してるが、アンデッドの存在は見たことも聞いたこともない。ならこの匂いは骨に肉が付いたまま武器として使っているあの魔物が原因か。
道具を使う魔物の方をじっくりと見る。残念ながら近くに邪魔な木があり、こちらからは木からはみ出た体の一部しか見えない。全体像が把握出来ないなあ。だが、近づくもの全てを一方的にぶっ飛ばしているのは分かった。
おいおい、あれはヤバいだろ。早すぎてよく見えないが、ムチのようなものまで振り回して近寄らさせてもくれねのか。複数の道具を使い分けているのはかなり知能が高い証拠だ。
あれが今回の争いの発端か? 最初は何かと軽く揉めただけだろう。そのうち他の生き物にも飛び火し、何かが猿に喧嘩を売って被害を拡大させたとみた。ここまで争いの規模が大きくなったのは猿のせいだろうな。猿だけここにいる全部の生き物とやり合っているからだ。というかあの猿の群れの数は異常だろ。数の暴力である。あんなのに襲われたら冒険者が誰も探索しに行けないぞ。
私の中ではあの猿と赤目とを同時にやりあっている道具を使う謎の魔物が一番厄介だと思うな。道具を体の一部のように扱ってやがる。下手したら人間より高度な技術を持っているかもしれない。そんな相手だからだ。
巻き込まれないように死んだふりし続けよう。今はチラッと目を開けて様子を探るのが最善だな。
「ん?」
なんだ?! 朝じゃないのに周りが急に明るくなった気がする。
何か嫌な予感がしたから起き上がろうとすると、こっちに向かって赤目のナマケルノのが突っ込んで来るのが見えた。
これタイミング的に絶対避けられないぞ。特にあの爪に触れるのだけは絶対にアウトだ。
何かないか?! うおおおおお。あ、あった。これで何とかするしかない!!
……って酒瓶じゃねえか?!
なんで武器を携帯せずに酒瓶なんて持ち歩いてんだ?! 何やってんだよ酔っていた私。もうこうなったらやるしかないぞ。覚悟を決めて振り回した。
バリーン!
「うげっ?!」
酒瓶のおかげでなんとか爪の直撃は避けられた。ナマケルノは突っ込むというより転がって来たので酒瓶でぶん殴ったら方向を少しズラせたのだ。まさか鈍器として活躍するとは。世の中何が起こるのか分からない。
なんとかナマケルノを体の横に移動させれた。ありがとう酒瓶。助かったよ……って私は酒瓶なんて注文してないぞ。森に行くときは水の保存が出来る魔道具に酒を入れて運ぶのだ。いったい私は誰の酒を持って来たんだろう。もう割れちまったし、何を呑んでいたのかも覚えてないぞ。
あー、頭がクラクラする。急に動いたから一気に酔いが加速したのだろう。
……おや? 森が静かだ。猿や他の生き物の気配が消えている。ここから移動したのだろうか。何もしていないが運良くこのピンチを切り抜けられたみたいだ。今日の私は本当に運が良い。
安心したら眠くなって来た。酔いと疲れがピークに達しているな。これは抗えない……。
…………で、私が目覚めたら町の英雄になっていた。
「さすがカエス!」
「やるじゃねえか!!」
「ただの酔っ払いじゃなかったんだな」
「町の門にナマケルノが出た時はびっくりしたよ」
「ずっと森から魔物の声が響き渡ってたもんな」
「え??」
「またまた、とぼけちゃってー」
「隠さなくても分かってるよ」
「よっ、ヒーロー!」
私は仲間に叩き起こされて話を聞かれる。頭が痛いからあまり動かさないで欲しい。二日酔いは反転しないのだ。もっと適用範囲増えてくれと願うばかりだ。
仲間の話によると、どうやら昨日の夜は森の様子がおかしかったらしい。猿の大群と魔物たちがセルバ要塞の近くで暴れたのが原因で、頑丈な壁の一部が壊される被害が出たらしい。あまりに大規模な争いだったため、夜中ずっと厳戒態勢が敷かれたそうだ。
そんな中、急に森から音がなくなった。不気味なほど不自然に。
冒険者の先鋭が森の様子を確認しようとセルバ要塞から出たところ、町の入り口でナマケルノを抱きかかえている私を発見。しかもそれは赤目のナマケルノ。それはそれで騒ぎが加速したのだとか。
要するに私が酔った勢いで森に入って騒ぎの原因を倒したと思われている。しかも森には赤目以外の魔物もいっぱい倒れており、これらは全て私がひとりでやってのけたらしい。まさに英雄だってさ。
………全く身に覚えがない。
何かしたという記憶が本当にないのだ。ただ夢を見ていた気はする。正直にそう答えよう。
「カエス、森でいったい何があったんだ?」
「昔飼っていた犬に会ったんだ」
「「「「「……」」」」」
おい、まだこいつ酔ってるわって顔をするの止めろ。さっきまで私をヒーローとか呼んでいたくせに。
それからセルバ要塞の偉い人が私のもとに訪れ、仲間たちと同じような質問をするんだ。だから同じように正直に答えたらみんなその変顔をする。ひどくないか? 一応ヒーローなのだろ??
ああ、なんか喉が渇いたなあ。ずっと話していたんだ、一口でいいから酒が欲しい。え、あるの?! じゃあ一口だけでいいから下さい。水も酒も一緒でしょ。
「報酬の話をしたい。まだハッキリとは分からないが、町からは最低でもこのぐらいは出ると思ってくれ。それとは別に例の赤目のナマケルノをこちらで買い取らせて頂いても良いだろうか? あとは他の魔物に関しても話がしたい。さすがにあの数をひとりで倒したとなるとランクが上がるだろう。私も力添えする」
「…………確か私が全部倒したな。だがこの作戦を立てたのは私のパーティー全員でだ。だから報酬は私一人ではなくパーティー全員分頼みたい。赤目に関しては仲間と相談するから少し待って欲しい。あと私の報酬には高級な酒は絶対に忘れずに。これが一番重要なことだ」キリッ
その報酬金額を聞いた瞬間、私はあることを閃いた。夢で見た犬の話はただの戯言。私達パーティーの手柄だと強く主張する。仲間と協力して一番儲けるアイディアを考える時間が欲しかったのだ。
後日、大金が手に入った私のパーティーは冒険者として活躍する力とそれなりの地位を得たのである。いやあ、あのときとっさの判断で仲間を巻き込んで良かった。これで酒を飲みながら働ける最高の環境を手に入れた。もう酒を飲んでも誰にも文句を言わせないぞ!
私はカエス。どんな悪い事でも良いことにするラッキーな冒険者。またいつか夢でペットに会えたらいいなあと思いつつ今日も働くのだ。
「がーごおお!」
「おーい、起きろカエス。もう朝だって」
「もう時間過ぎてるよ」
「ふえん? じゃ、しごといってくりゅー。ごおおおお」
「……寝たよ」
「はあ、今日もダメだったか」
「わざわざ起こしに来ても毎回仕事行って来るーって言って寝るんだもんなあ」
「仕事の前日は飲まないように監視した方がいいな」
「最近な、カエスは俺達に介護をさせるためにあの報酬を受け取らせたのでは? と思ってるんだ」
「リーダーも? 実は私もそうかなと思ってる」
「もう装備整えちゃったし、パーティーの拠点となる家まで買ったもんな」
「今更返品は無理だよね」
「そういえばカエスって酒飲んでるとき恐ろしく冴えた判断するときあるよな?」
「あはは、なら俺達はめられたのかもなあ」
「天才かバカかの区別がつかないよ」
「さすがカエス。何も考えてなさそうで考えてて偉い」
「いや、ダメ人間だよ……」
カエスに振り回されっぱなしな仲間達。このパーティーの苦悩はベテランと呼ばれるようになっても続いたという。
なんか酔ってる時の変な記憶がある。夢の内容を覚えてるなんて珍しい。まあすぐ忘れるだろうが。
反転した今の私は頭が冴えている。多分夢と現実が混ざり合いながら森の中を移動していたんだろう。転んで頭を打ったことで夢から現実に引き戻されたようだ。これは良くも悪くもラッキーだな。ただ昔飼っていた犬に会えたのは嬉しかった。また会いたいものだが酔い過ぎてはダメだぞ私。
地面に寝転びながら周囲を見て見ると、私は猿の大群に囲まれているようだった。興奮しているので怒っている状態だな。
……げっ、あの群れはヤバい?!
あの猿はセルバザル。とても仲間想いで、攻撃されると一斉に仕返しをしてくるんだ。しかもやたら執念深い。出会っても相手にせず離れるべき動物だ。
しかも群れの奥の方。あれはセルバザルではない。あの頭が派手でフサフサなやつは魔物の猿だろう。ということはあれがこの群れを率いているボスか。魔物と動物が共生しているのはよくあることだ。
あの猿達は群れと言うより一つの生き物のような動きを見せている。多分統率力が上がるタイプの魔物がボスの力なのだろう。魔物の力によって対処法は変わるものだ。このタイプの相手には指示役であるボスを真っ先に倒すのがセオリーだな。
私のことは気付いていないというより放っておかれているようだ。転んでなかったら私も狙われていたかもしれない。いったいあの群れは何と戦っているんだ?
「はっ?!」
身の危険を感じて体を強引にひねる。私の元いた場所に体格のよい生き物がズドンと落ちて来た。危なかった。遅れてたら潰されていたぞ。
一瞬赤い何かが横切ったのが見えた。何かに怒っているような声がする。飛んで来た方向に頭を向けているので私ではなさそうだ。こいつの正体を確認するため、ゆっくりと顔を傾けて観察してみた。
……こいつ今話題になってる赤目のナマケルノじゃねえか?!
興奮状態になるとあまりにも急激に強くなり、セルバ要塞で一番戦闘力のあるBランクのパーティーが必死で逃げ帰ったというやつ。大きさは普通の個体と変わらないが、興奮すると目が赤くなるナマケルノがいるらしい。ギルドでは危険な特殊個体と認識され、Aランクの助けを待っているという。酒飲んでいるときに誰かが話してたな。
こいつは死んだふりしないと攻撃されるって話だ。動くものにだけ襲い掛かるという。じっとしていたらどこかに行ったぞ。噂通りで助かった。いや、助かったというより時間稼げただけか。まだ騒ぎは終わっていないからだ。猿や赤目の他にも様々な魔物たちが暴れ回っているようだぞ。
にしてもあの赤目の化け物を吹っ飛ばしたのは誰だ? セルバザルじゃ無理だろ。よく見るといろんな魔物が集まっているのが分かる。擬態が得意なヘビ、爆音で驚かせるトカゲ、やたら頑丈なカニや虫のような甲殻を持つ鳥もいる。あれらは魔力を使って戦っているから魔物だろう。あれのどれかか?
……うーん、この赤目のナマケルノを吹っ飛ばすような強者はいなさそうだぞ。見た感じ一番強いのは赤目のナマケルノである。
可能性として何か精神的な魔法が使われていたり、私の知らない未知の魔物が関係しているのかもしれない。この森は広いからなあ。
それにしてもここまで混沌とした乱闘は初めて見た。秩序なんてない。ひどい有様だ。
「うおっ?!」
破裂音にびっくりして振り返ると、巨大な白い骨みたいな腕が見えた。この森で死体を道具として使う生き物なんて初めて見たぞ?!
ん? 嗅いだことのないひどい匂いがする。まるで死体が腐敗しているかのようだな。ずっとこの森を調査してるが、アンデッドの存在は見たことも聞いたこともない。ならこの匂いは骨に肉が付いたまま武器として使っているあの魔物が原因か。
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おいおい、あれはヤバいだろ。早すぎてよく見えないが、ムチのようなものまで振り回して近寄らさせてもくれねのか。複数の道具を使い分けているのはかなり知能が高い証拠だ。
あれが今回の争いの発端か? 最初は何かと軽く揉めただけだろう。そのうち他の生き物にも飛び火し、何かが猿に喧嘩を売って被害を拡大させたとみた。ここまで争いの規模が大きくなったのは猿のせいだろうな。猿だけここにいる全部の生き物とやり合っているからだ。というかあの猿の群れの数は異常だろ。数の暴力である。あんなのに襲われたら冒険者が誰も探索しに行けないぞ。
私の中ではあの猿と赤目とを同時にやりあっている道具を使う謎の魔物が一番厄介だと思うな。道具を体の一部のように扱ってやがる。下手したら人間より高度な技術を持っているかもしれない。そんな相手だからだ。
巻き込まれないように死んだふりし続けよう。今はチラッと目を開けて様子を探るのが最善だな。
「ん?」
なんだ?! 朝じゃないのに周りが急に明るくなった気がする。
何か嫌な予感がしたから起き上がろうとすると、こっちに向かって赤目のナマケルノのが突っ込んで来るのが見えた。
これタイミング的に絶対避けられないぞ。特にあの爪に触れるのだけは絶対にアウトだ。
何かないか?! うおおおおお。あ、あった。これで何とかするしかない!!
……って酒瓶じゃねえか?!
なんで武器を携帯せずに酒瓶なんて持ち歩いてんだ?! 何やってんだよ酔っていた私。もうこうなったらやるしかないぞ。覚悟を決めて振り回した。
バリーン!
「うげっ?!」
酒瓶のおかげでなんとか爪の直撃は避けられた。ナマケルノは突っ込むというより転がって来たので酒瓶でぶん殴ったら方向を少しズラせたのだ。まさか鈍器として活躍するとは。世の中何が起こるのか分からない。
なんとかナマケルノを体の横に移動させれた。ありがとう酒瓶。助かったよ……って私は酒瓶なんて注文してないぞ。森に行くときは水の保存が出来る魔道具に酒を入れて運ぶのだ。いったい私は誰の酒を持って来たんだろう。もう割れちまったし、何を呑んでいたのかも覚えてないぞ。
あー、頭がクラクラする。急に動いたから一気に酔いが加速したのだろう。
……おや? 森が静かだ。猿や他の生き物の気配が消えている。ここから移動したのだろうか。何もしていないが運良くこのピンチを切り抜けられたみたいだ。今日の私は本当に運が良い。
安心したら眠くなって来た。酔いと疲れがピークに達しているな。これは抗えない……。
…………で、私が目覚めたら町の英雄になっていた。
「さすがカエス!」
「やるじゃねえか!!」
「ただの酔っ払いじゃなかったんだな」
「町の門にナマケルノが出た時はびっくりしたよ」
「ずっと森から魔物の声が響き渡ってたもんな」
「え??」
「またまた、とぼけちゃってー」
「隠さなくても分かってるよ」
「よっ、ヒーロー!」
私は仲間に叩き起こされて話を聞かれる。頭が痛いからあまり動かさないで欲しい。二日酔いは反転しないのだ。もっと適用範囲増えてくれと願うばかりだ。
仲間の話によると、どうやら昨日の夜は森の様子がおかしかったらしい。猿の大群と魔物たちがセルバ要塞の近くで暴れたのが原因で、頑丈な壁の一部が壊される被害が出たらしい。あまりに大規模な争いだったため、夜中ずっと厳戒態勢が敷かれたそうだ。
そんな中、急に森から音がなくなった。不気味なほど不自然に。
冒険者の先鋭が森の様子を確認しようとセルバ要塞から出たところ、町の入り口でナマケルノを抱きかかえている私を発見。しかもそれは赤目のナマケルノ。それはそれで騒ぎが加速したのだとか。
要するに私が酔った勢いで森に入って騒ぎの原因を倒したと思われている。しかも森には赤目以外の魔物もいっぱい倒れており、これらは全て私がひとりでやってのけたらしい。まさに英雄だってさ。
………全く身に覚えがない。
何かしたという記憶が本当にないのだ。ただ夢を見ていた気はする。正直にそう答えよう。
「カエス、森でいったい何があったんだ?」
「昔飼っていた犬に会ったんだ」
「「「「「……」」」」」
おい、まだこいつ酔ってるわって顔をするの止めろ。さっきまで私をヒーローとか呼んでいたくせに。
それからセルバ要塞の偉い人が私のもとに訪れ、仲間たちと同じような質問をするんだ。だから同じように正直に答えたらみんなその変顔をする。ひどくないか? 一応ヒーローなのだろ??
ああ、なんか喉が渇いたなあ。ずっと話していたんだ、一口でいいから酒が欲しい。え、あるの?! じゃあ一口だけでいいから下さい。水も酒も一緒でしょ。
「報酬の話をしたい。まだハッキリとは分からないが、町からは最低でもこのぐらいは出ると思ってくれ。それとは別に例の赤目のナマケルノをこちらで買い取らせて頂いても良いだろうか? あとは他の魔物に関しても話がしたい。さすがにあの数をひとりで倒したとなるとランクが上がるだろう。私も力添えする」
「…………確か私が全部倒したな。だがこの作戦を立てたのは私のパーティー全員でだ。だから報酬は私一人ではなくパーティー全員分頼みたい。赤目に関しては仲間と相談するから少し待って欲しい。あと私の報酬には高級な酒は絶対に忘れずに。これが一番重要なことだ」キリッ
その報酬金額を聞いた瞬間、私はあることを閃いた。夢で見た犬の話はただの戯言。私達パーティーの手柄だと強く主張する。仲間と協力して一番儲けるアイディアを考える時間が欲しかったのだ。
後日、大金が手に入った私のパーティーは冒険者として活躍する力とそれなりの地位を得たのである。いやあ、あのときとっさの判断で仲間を巻き込んで良かった。これで酒を飲みながら働ける最高の環境を手に入れた。もう酒を飲んでも誰にも文句を言わせないぞ!
私はカエス。どんな悪い事でも良いことにするラッキーな冒険者。またいつか夢でペットに会えたらいいなあと思いつつ今日も働くのだ。
「がーごおお!」
「おーい、起きろカエス。もう朝だって」
「もう時間過ぎてるよ」
「ふえん? じゃ、しごといってくりゅー。ごおおおお」
「……寝たよ」
「はあ、今日もダメだったか」
「わざわざ起こしに来ても毎回仕事行って来るーって言って寝るんだもんなあ」
「仕事の前日は飲まないように監視した方がいいな」
「最近な、カエスは俺達に介護をさせるためにあの報酬を受け取らせたのでは? と思ってるんだ」
「リーダーも? 実は私もそうかなと思ってる」
「もう装備整えちゃったし、パーティーの拠点となる家まで買ったもんな」
「今更返品は無理だよね」
「そういえばカエスって酒飲んでるとき恐ろしく冴えた判断するときあるよな?」
「あはは、なら俺達はめられたのかもなあ」
「天才かバカかの区別がつかないよ」
「さすがカエス。何も考えてなさそうで考えてて偉い」
「いや、ダメ人間だよ……」
カエスに振り回されっぱなしな仲間達。このパーティーの苦悩はベテランと呼ばれるようになっても続いたという。
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