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242話 「黒蝶は宇宙を舞う その4」
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ブラックホールが刻々と迫る中、第18宇宙に突如として出現した黒い棒のような物体。
緊急を要する事態か。それとも偽情報なのか。情報が少なすぎて姫様もすぐに判断出来る状況ではなかった。
そこで研究者達は手短に話し始める。
彼らは無駄話をしない。この船団に残ったのは研究狂いだけ。全宇宙から集められた宇宙最高の頭脳を持つ天才達だ。今までどんな事態も対処してきた人類存続のエキスパート軍団でもある。
彼らなら今回も素早く結論を出すだろう。姫様は黙ってことを見守る。邪魔をしてはいけないと分かっているのだ。
「フェイクか?」
「いえ、映像データに異常は見られません。複数のカメラがあれの出現を捉えています。何度見返しても突然現れたとしか……」
「観測値の変化は?」
「全く変化がありません。揺らぎすら起こらないのは不気味ですね」
「それなら既存のワープ技術は当てはまりませんな」
「我々が知らない移動方法が存在するとでも?」
「まさか……」
完全に未知なる現象。研究者達は表面上冷静なフリをしているが、内心では大いに揺れていた。あれを調べつくしたいと。
「あ?! 急に消失しました」
「消えただと?」
「カメラの故障じゃないのか?」
「いえ、本当に消えました。パッと一瞬で」
「うーん。やはり観測値に変化がありませんでした。ですが、第18宇宙に何かがいたのは明白でしょう」
「今すぐあれを解明したいところだ。くうっ、25さへなければ……」
「それは生き残ったあとにやればいいさ」
「楽しみだなあ」
もしかするとこれが元となり新しい技術が誕生するかもしれない。
研究者はここに来て新たなる課題を発見し大いに喜んだという。例えブラックホールが迫って来ていても彼らは研究に没頭する生き物なのだ。
「この問題は後回しにしてよさそうですな。今は25に集中しましょう」
「……」
「姫様? 姫様ー?」
「なあ、これは私の見間違えか?」
「……ふぉっ?! 今しがた消えたはずでは??」
姫様が見つけたもの。
それは別の場所に移動した黒い棒である。
これを皮切りに何度も第18宇宙の中を移動して回る黒い棒。探せば探す程色々な場所に出て来る。最新の船ですらこのような短時間の連続ワープは不可能。負担が大きすぎるからだ。
だがこの黒い棒はワープらしき移動を幾重にも繰り返す。今の文明の技術では再現不可能。そう結論づけられる異様なものであった。
研究者はやはり未知なる移動方法があるのだと確信したという。
もし今が観測史上最大の警戒レベルでなかったら発見されることがなかったであろう。偶然の産物とはこのことである。
「動きが止まりましたね」
「燃料が切れたのか?」
「今のうちに出来る限り調べておくか」
「お、あれ思ったより小さいぞ」
「人間とあまり変わらないサイズだな」
「脱出用の小型船? 違うな。宇宙スーツを来た人間とか?」
「では中に何者かがいると?」
「その可能性はないだろう。あれ程何度もワープしたら生身が持たず死ぬぞ」
「んひひ、どんな物質なんでしょうねえ」
急に動きが止まる黒い棒。今がチャンスだとばかりに研究者は解析を始めた。気になって仕方がないのである。そんな彼らをあきれ顔で見る姫様であった。
すると……。
「ぶはっ?!」
「ええええええ?!」
「なんじゃありゃあああ??」
「おい。急にどうした? 何か見つかったのか?」
「姫様、あと他のみなさんも落ち着いて聞いてください。あの黒い棒に目が……。め、目玉が生えて来ました」
「「「「「はあ??」」」」」
あり得ない現象に研究者ところか船団にいる全ての人々がざわついた。
最初は目だった。黒い棒に目玉が2個ぐにゃぐにゃと生えてくっ付いたのだ。
さらに観測していくと驚くべきことが起こる。
「あれは体ですかね?」
「生き物に変化しただと……?」
「黒い棒ではなく黒い生き物だったと」
「おいおい、ここは宇宙空間だぞ?!」
「どうなってるんだ?」
黒い棒に目玉だけでなく、胴体や手や足のようなものが次々と生えて動物のような形になったのである。
この世界において、宇宙空間に生き物は存在しない。宇宙生物や宇宙怪獣。それは娯楽の中でしか存在しない幻想の怪物である。
その前提が覆される驚愕の瞬間であった。
「姫様、いかがなさいますか?」
「……ブツブツ」
「姫様?」
「これは25の影響か? いやしかしあり得ない。宇宙そのものの法則が変わってしまう……」
「……はっ?! すまない。さすがに私も動揺していたようだ。全船に告ぐ、撤退直前まであの生物も同時に観察し続けろ! 25もそうだがあの生き物にも何かがある気がする」
姫様はブラックホールの件もそうだが、あの黒い生き物も観測すべきと直感が働いたという。
「誰か生き物詳しい人いませんか?」
「開拓で第80以降の宇宙は調査してるが、あんな生物見た事ないよ」
「う~ん、宇宙動物図鑑にもデータがありませんね」
「もしかして滅びた第18の生物では?」
「その可能性はありそうだな。だが百年前に記録の大半が消えたから探すのは時間が掛るぞ」
「なあに、それはそれで楽しいじゃないか」
姫様の指示に一番喜んだのは研究者だったに違いない。
だが、それも長くは続かない。第18宇宙にブラックホールがたどり着いたのだ。
残された船団全ての人々に緊張が走る。
見ているだけであの渦に心まで飲み込まれそうになる。死という恐怖で自分達の無力さを改めて思い知らされたのだ。
きっと迫りくるブラックホールから謎の黒い生き物は逃げられないだろう。だがこの新発見は人類にとって役立つ可能性が大いにある。実在したという記録だけでも残そう。それが皆の共通認識だった。
……が。
『グゥオオオオオオオオオッ!!』
謎の黒い生き物が突如咆哮を放ったのだ。
ここは宇宙。空気のない真空状態。なのに船団にいる全ての人が宇宙生物の声を聞いたという。
原理は不明。この世界の法則を無視したかのような異質なものであった。
声だけではない。
その黒い体から何かが新しく伸び、急激に膨らんでいく。
まるで新たな銀河が生まれるかのごとく、神々しい神秘の翼を持つ巨大生物が誕生した。
ブラックホールが迫る中、完全にイレギュラーな事態の発生。
船団にいる全ての人が固唾を吞んだ。
そして、巨大生物はブラックホールに襲い掛かった。
「「「「「はあ?!」」」」」
逃げずに立ち向かっただと??
普通に考えてそんな危ないことはしない。あの生き物は頭が悪いのか? と思わず声が溢れ出た人が続出した。
我々人類は、今まであのブラックホールを消すためあらゆる手段を使った。だがどれだけ攻撃しても無意味だった。少しだけ消滅させたとしてもすぐに元に戻ってやり直し。それほどあのブラックホールは手が負えないものなのだ。
あまりに無謀なことをし始めたので、皆の口が開いたままになった。
が、あの生き物に普通の常識など通じない。
大きな翼がブラックホールと衝突したかと思うとぶち抜いた。
「「「「「え?!」」」」」
さらに黒かった全身を白く塗りつぶしながら強く発光し、逆にブラックホールを食らい始める。
白と黒とがぶつかり合い、最終的に白の割合が広がっていく。
巨大生物は時間が経てば経つほどさらに巨大化し、力を増しながら攻撃を続けた。
もう訳の分からない程巨大化した翼から謎のエネルギーが発生し、第18宇宙の存在そのものに歪みが生じ始めた。
その影響は周辺の宇宙に新星爆発よりもさらに大きな破壊を巻き起こした。
新星というより神聖というべき輝き。
その余波は勢いをあまり落とさず、第14宇宙に残る観測船団にまで届いた。
「防御急げ―!」
「シールド展開!」
「回避ぃいいい!!」
「「「「「うわああああ?!」」」」」
船団は何とか生き残ることが出来た。だが宇宙中に配置した観測機材のほとんど全てが巻き込まれて消失。現在正常に記録を残せるのは今乗っている船だけ。それも被害が最小限で済んだ極一部の船だけであった。
光が消え去った後、船団にいる全ての人が目を見開いた。
ブラックホールの反応がなくなっていたのだ。
急いで宇宙超遠望カメラを起動し、第18宇宙があった場所を映し出す。
『グゥオオオオオオオオオッ!!(お前ごときの吸い込みが赤ちゃんの吸引力に勝てるわけねえだろうが。出直してこい!!)』
残っていたのは黒い翼を大々的に広げた巨大生物。また原理不明の謎の雄たけびをあげている。第18宇宙はギリギリ存続しているようだった。
誰も理解が追いつかない中、姫様だけが小さな声でつぶやいた。
「……なんて。なんて美しいんだ」
このとき姫様はこう思っていた。
あの形、あの姿。ヒラヒラと舞う羽ばたき。見間違うはずがない。
あれは私の故郷の惑星にのみ存在していたとされる絶滅した生き物。もう二度と見ることは出来ないと言われていた幻の存在。
そして、我が王族の家紋の象徴。
あれは……蝶だ。蘇った蝶が私たちを守ってくれたのだ。
「黒蝶……」
まるで夢見る乙女のように顔を真っ赤にしながら姫様はつぶやいた。その綺麗な声はハッキリと船団にいる全員の耳に入っていった。
ブラックホール消滅後、しばらくじっとしていた巨大生物。
後に付けられた個体名、黒蝶。
黒蝶はふと動き出すと船団とは反対方向を向き、何かを求めるような動きを見せた。
そのまま神秘的で神々しい巨大な翼を使って舞い上がる。
翼が動くたび、鱗粉のようなものがキラキラと宇宙に舞い散る。
その輝きは第14宇宙にいる人の肉眼で見られるまで遠くに届いていた。
幻想的な光景を残しながら、遠くへと飛んでいく。
そのまま徐々に宇宙に溶け込んで誰にも見えなくなった。
あまりの移動の速さに観測出来たのは少しの間だけ。撮影機材はほぼ壊滅していたため、実質人間の目で見た姿が一番綺麗に映っていただろう。
「あのキラキラ採取しましたよ!」
「おお! 成分の分析は出来たか?」
「該当なし。完全に未知の物質ですってこれ」
「素晴らしい。あれを再現出来れば我々人類はブラックホールに怯えることはないのだな」
「うあああああ?!」
「どうした?」
「物質が消えていく。どうやって保管すればいいんだー?!」
黒蝶については結局何も分からずじまいであった。研究に研究を重ねていくがやはり何も分からず、それは伝説と化していく。
「姫様……」
「……はあ。一旦ここから離れる。それから本当にブラックホールがなくなったか調査が必要だな。明日から忙しくなるぞ」
黒蝶の出現と第25宇宙のブラックホールの消失。
この前代未聞の大事件が新たな歴史の1ページを刻むこととなる。
そして、この功績により姫様は宇宙の歴史上最高の女王と呼ばれるようになるのだ。
あの事件から数日後。
「おい」
「姫様どうなさいましたか?」
「これはなんだ?」
「これですか? これは今流行の姫様の動画ですね。じいや、感激しました。男っぽい姫様にもこんな一面があったのですね。今、全宇宙で話題になっております。黒蝶と黒蝶と誰もが姫様の顔を真似をしながらつぶやいています。姫様も黒蝶のように宇宙を舞うのが上手ですな」
「こんな恥ずかしいもの即刻取り消せえええ!!」
「ぐえっ?! 首を閉めないで姫様ぁああ」
「立ち位置的にこれを撮ったやつお前だろうがあああああ!!」
姫様的にはあの大事件よりこっちの問題の方が大変であった。
あの事件後、関係者のひとりがインタビューで宇宙中に向けてこう語ったのだ。姫様はすごく肝っ玉が据わっている女性だ。だがとても判断力に優れた王であり、我々は彼女のおかげで生還出来た。何よりあの『黒蝶』という綺麗な声の響きと乙女の顔が今でも忘れられない。と。
そのインタビューが終わると同時に、黒蝶ではなく姫様の様子を映し続けたものが流出して宇宙一有名な動画となる。
おかげで姫様は黒蝶の女王としてイジられ……じゃなく愛され続けることとなる。功績よりただのつぶやきが未来永劫語り継がれるなんて思いもしなかったという。
以上、とある世界が平和になったニュースでした。めでたしめでたし。
ちなみにこの姫様のいる世界とあの黒蝶を放った頭のぶっ飛んだ子猫のいる世界。この二つは完全に異なる別の世界である。やはりあの子猫が関わるとろくなことが起きないようだ。
緊急を要する事態か。それとも偽情報なのか。情報が少なすぎて姫様もすぐに判断出来る状況ではなかった。
そこで研究者達は手短に話し始める。
彼らは無駄話をしない。この船団に残ったのは研究狂いだけ。全宇宙から集められた宇宙最高の頭脳を持つ天才達だ。今までどんな事態も対処してきた人類存続のエキスパート軍団でもある。
彼らなら今回も素早く結論を出すだろう。姫様は黙ってことを見守る。邪魔をしてはいけないと分かっているのだ。
「フェイクか?」
「いえ、映像データに異常は見られません。複数のカメラがあれの出現を捉えています。何度見返しても突然現れたとしか……」
「観測値の変化は?」
「全く変化がありません。揺らぎすら起こらないのは不気味ですね」
「それなら既存のワープ技術は当てはまりませんな」
「我々が知らない移動方法が存在するとでも?」
「まさか……」
完全に未知なる現象。研究者達は表面上冷静なフリをしているが、内心では大いに揺れていた。あれを調べつくしたいと。
「あ?! 急に消失しました」
「消えただと?」
「カメラの故障じゃないのか?」
「いえ、本当に消えました。パッと一瞬で」
「うーん。やはり観測値に変化がありませんでした。ですが、第18宇宙に何かがいたのは明白でしょう」
「今すぐあれを解明したいところだ。くうっ、25さへなければ……」
「それは生き残ったあとにやればいいさ」
「楽しみだなあ」
もしかするとこれが元となり新しい技術が誕生するかもしれない。
研究者はここに来て新たなる課題を発見し大いに喜んだという。例えブラックホールが迫って来ていても彼らは研究に没頭する生き物なのだ。
「この問題は後回しにしてよさそうですな。今は25に集中しましょう」
「……」
「姫様? 姫様ー?」
「なあ、これは私の見間違えか?」
「……ふぉっ?! 今しがた消えたはずでは??」
姫様が見つけたもの。
それは別の場所に移動した黒い棒である。
これを皮切りに何度も第18宇宙の中を移動して回る黒い棒。探せば探す程色々な場所に出て来る。最新の船ですらこのような短時間の連続ワープは不可能。負担が大きすぎるからだ。
だがこの黒い棒はワープらしき移動を幾重にも繰り返す。今の文明の技術では再現不可能。そう結論づけられる異様なものであった。
研究者はやはり未知なる移動方法があるのだと確信したという。
もし今が観測史上最大の警戒レベルでなかったら発見されることがなかったであろう。偶然の産物とはこのことである。
「動きが止まりましたね」
「燃料が切れたのか?」
「今のうちに出来る限り調べておくか」
「お、あれ思ったより小さいぞ」
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「脱出用の小型船? 違うな。宇宙スーツを来た人間とか?」
「では中に何者かがいると?」
「その可能性はないだろう。あれ程何度もワープしたら生身が持たず死ぬぞ」
「んひひ、どんな物質なんでしょうねえ」
急に動きが止まる黒い棒。今がチャンスだとばかりに研究者は解析を始めた。気になって仕方がないのである。そんな彼らをあきれ顔で見る姫様であった。
すると……。
「ぶはっ?!」
「ええええええ?!」
「なんじゃありゃあああ??」
「おい。急にどうした? 何か見つかったのか?」
「姫様、あと他のみなさんも落ち着いて聞いてください。あの黒い棒に目が……。め、目玉が生えて来ました」
「「「「「はあ??」」」」」
あり得ない現象に研究者ところか船団にいる全ての人々がざわついた。
最初は目だった。黒い棒に目玉が2個ぐにゃぐにゃと生えてくっ付いたのだ。
さらに観測していくと驚くべきことが起こる。
「あれは体ですかね?」
「生き物に変化しただと……?」
「黒い棒ではなく黒い生き物だったと」
「おいおい、ここは宇宙空間だぞ?!」
「どうなってるんだ?」
黒い棒に目玉だけでなく、胴体や手や足のようなものが次々と生えて動物のような形になったのである。
この世界において、宇宙空間に生き物は存在しない。宇宙生物や宇宙怪獣。それは娯楽の中でしか存在しない幻想の怪物である。
その前提が覆される驚愕の瞬間であった。
「姫様、いかがなさいますか?」
「……ブツブツ」
「姫様?」
「これは25の影響か? いやしかしあり得ない。宇宙そのものの法則が変わってしまう……」
「……はっ?! すまない。さすがに私も動揺していたようだ。全船に告ぐ、撤退直前まであの生物も同時に観察し続けろ! 25もそうだがあの生き物にも何かがある気がする」
姫様はブラックホールの件もそうだが、あの黒い生き物も観測すべきと直感が働いたという。
「誰か生き物詳しい人いませんか?」
「開拓で第80以降の宇宙は調査してるが、あんな生物見た事ないよ」
「う~ん、宇宙動物図鑑にもデータがありませんね」
「もしかして滅びた第18の生物では?」
「その可能性はありそうだな。だが百年前に記録の大半が消えたから探すのは時間が掛るぞ」
「なあに、それはそれで楽しいじゃないか」
姫様の指示に一番喜んだのは研究者だったに違いない。
だが、それも長くは続かない。第18宇宙にブラックホールがたどり着いたのだ。
残された船団全ての人々に緊張が走る。
見ているだけであの渦に心まで飲み込まれそうになる。死という恐怖で自分達の無力さを改めて思い知らされたのだ。
きっと迫りくるブラックホールから謎の黒い生き物は逃げられないだろう。だがこの新発見は人類にとって役立つ可能性が大いにある。実在したという記録だけでも残そう。それが皆の共通認識だった。
……が。
『グゥオオオオオオオオオッ!!』
謎の黒い生き物が突如咆哮を放ったのだ。
ここは宇宙。空気のない真空状態。なのに船団にいる全ての人が宇宙生物の声を聞いたという。
原理は不明。この世界の法則を無視したかのような異質なものであった。
声だけではない。
その黒い体から何かが新しく伸び、急激に膨らんでいく。
まるで新たな銀河が生まれるかのごとく、神々しい神秘の翼を持つ巨大生物が誕生した。
ブラックホールが迫る中、完全にイレギュラーな事態の発生。
船団にいる全ての人が固唾を吞んだ。
そして、巨大生物はブラックホールに襲い掛かった。
「「「「「はあ?!」」」」」
逃げずに立ち向かっただと??
普通に考えてそんな危ないことはしない。あの生き物は頭が悪いのか? と思わず声が溢れ出た人が続出した。
我々人類は、今まであのブラックホールを消すためあらゆる手段を使った。だがどれだけ攻撃しても無意味だった。少しだけ消滅させたとしてもすぐに元に戻ってやり直し。それほどあのブラックホールは手が負えないものなのだ。
あまりに無謀なことをし始めたので、皆の口が開いたままになった。
が、あの生き物に普通の常識など通じない。
大きな翼がブラックホールと衝突したかと思うとぶち抜いた。
「「「「「え?!」」」」」
さらに黒かった全身を白く塗りつぶしながら強く発光し、逆にブラックホールを食らい始める。
白と黒とがぶつかり合い、最終的に白の割合が広がっていく。
巨大生物は時間が経てば経つほどさらに巨大化し、力を増しながら攻撃を続けた。
もう訳の分からない程巨大化した翼から謎のエネルギーが発生し、第18宇宙の存在そのものに歪みが生じ始めた。
その影響は周辺の宇宙に新星爆発よりもさらに大きな破壊を巻き起こした。
新星というより神聖というべき輝き。
その余波は勢いをあまり落とさず、第14宇宙に残る観測船団にまで届いた。
「防御急げ―!」
「シールド展開!」
「回避ぃいいい!!」
「「「「「うわああああ?!」」」」」
船団は何とか生き残ることが出来た。だが宇宙中に配置した観測機材のほとんど全てが巻き込まれて消失。現在正常に記録を残せるのは今乗っている船だけ。それも被害が最小限で済んだ極一部の船だけであった。
光が消え去った後、船団にいる全ての人が目を見開いた。
ブラックホールの反応がなくなっていたのだ。
急いで宇宙超遠望カメラを起動し、第18宇宙があった場所を映し出す。
『グゥオオオオオオオオオッ!!(お前ごときの吸い込みが赤ちゃんの吸引力に勝てるわけねえだろうが。出直してこい!!)』
残っていたのは黒い翼を大々的に広げた巨大生物。また原理不明の謎の雄たけびをあげている。第18宇宙はギリギリ存続しているようだった。
誰も理解が追いつかない中、姫様だけが小さな声でつぶやいた。
「……なんて。なんて美しいんだ」
このとき姫様はこう思っていた。
あの形、あの姿。ヒラヒラと舞う羽ばたき。見間違うはずがない。
あれは私の故郷の惑星にのみ存在していたとされる絶滅した生き物。もう二度と見ることは出来ないと言われていた幻の存在。
そして、我が王族の家紋の象徴。
あれは……蝶だ。蘇った蝶が私たちを守ってくれたのだ。
「黒蝶……」
まるで夢見る乙女のように顔を真っ赤にしながら姫様はつぶやいた。その綺麗な声はハッキリと船団にいる全員の耳に入っていった。
ブラックホール消滅後、しばらくじっとしていた巨大生物。
後に付けられた個体名、黒蝶。
黒蝶はふと動き出すと船団とは反対方向を向き、何かを求めるような動きを見せた。
そのまま神秘的で神々しい巨大な翼を使って舞い上がる。
翼が動くたび、鱗粉のようなものがキラキラと宇宙に舞い散る。
その輝きは第14宇宙にいる人の肉眼で見られるまで遠くに届いていた。
幻想的な光景を残しながら、遠くへと飛んでいく。
そのまま徐々に宇宙に溶け込んで誰にも見えなくなった。
あまりの移動の速さに観測出来たのは少しの間だけ。撮影機材はほぼ壊滅していたため、実質人間の目で見た姿が一番綺麗に映っていただろう。
「あのキラキラ採取しましたよ!」
「おお! 成分の分析は出来たか?」
「該当なし。完全に未知の物質ですってこれ」
「素晴らしい。あれを再現出来れば我々人類はブラックホールに怯えることはないのだな」
「うあああああ?!」
「どうした?」
「物質が消えていく。どうやって保管すればいいんだー?!」
黒蝶については結局何も分からずじまいであった。研究に研究を重ねていくがやはり何も分からず、それは伝説と化していく。
「姫様……」
「……はあ。一旦ここから離れる。それから本当にブラックホールがなくなったか調査が必要だな。明日から忙しくなるぞ」
黒蝶の出現と第25宇宙のブラックホールの消失。
この前代未聞の大事件が新たな歴史の1ページを刻むこととなる。
そして、この功績により姫様は宇宙の歴史上最高の女王と呼ばれるようになるのだ。
あの事件から数日後。
「おい」
「姫様どうなさいましたか?」
「これはなんだ?」
「これですか? これは今流行の姫様の動画ですね。じいや、感激しました。男っぽい姫様にもこんな一面があったのですね。今、全宇宙で話題になっております。黒蝶と黒蝶と誰もが姫様の顔を真似をしながらつぶやいています。姫様も黒蝶のように宇宙を舞うのが上手ですな」
「こんな恥ずかしいもの即刻取り消せえええ!!」
「ぐえっ?! 首を閉めないで姫様ぁああ」
「立ち位置的にこれを撮ったやつお前だろうがあああああ!!」
姫様的にはあの大事件よりこっちの問題の方が大変であった。
あの事件後、関係者のひとりがインタビューで宇宙中に向けてこう語ったのだ。姫様はすごく肝っ玉が据わっている女性だ。だがとても判断力に優れた王であり、我々は彼女のおかげで生還出来た。何よりあの『黒蝶』という綺麗な声の響きと乙女の顔が今でも忘れられない。と。
そのインタビューが終わると同時に、黒蝶ではなく姫様の様子を映し続けたものが流出して宇宙一有名な動画となる。
おかげで姫様は黒蝶の女王としてイジられ……じゃなく愛され続けることとなる。功績よりただのつぶやきが未来永劫語り継がれるなんて思いもしなかったという。
以上、とある世界が平和になったニュースでした。めでたしめでたし。
ちなみにこの姫様のいる世界とあの黒蝶を放った頭のぶっ飛んだ子猫のいる世界。この二つは完全に異なる別の世界である。やはりあの子猫が関わるとろくなことが起きないようだ。
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