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241話 「黒蝶は宇宙を舞う その3」

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「姫様、大変です!」
「何事だ?」
「観測中のブラックホールに異変が生じました!」
「ついに始まったか……」

 ここは第14宇宙。観測の星・ニャガバディア。

 この日、宇宙全体に激震をもたらす大事件が起こる。



 まずはこの世界について語ろう。

 この世界の人間は、宇宙を渡り歩きながら幅広く活動している。非常に高度な宇宙文明が築き上げられた社会で人類は大いに繁栄している。

 が、今から約百年前。第25宇宙の宇宙空間において突如巨大なブラックホールが観測される。

 そのブラックホールは途轍もない大きさまで膨張し、観測史上最速のスピードで宇宙空間を移動していった。人類は超光速航法、別名ワープの技術を用いて脱出する他に逃げる手段はなかった。

 瞬く間に星や太陽を。あらゆる命を全て飲み込んだ。

 被害は周辺の宇宙をも巻き込み、第15~24宇宙を同時に滅ぼした。この滅びた宇宙の中に人類最大の拠点惑星があり、全人類の半数以上が消失したと言われている。

 これが人類史上最悪のブラックホール災害である。

 その後、このブラックホールは第15~25宇宙をぐるぐると回り続けることとなる。

 さいわい第26宇宙方面へ進まなかったため、人類は第26宇宙以降の惑星を中心に活動することを余儀なくされた。

 これがこの世界の歴史の分岐点となる。

 第1~14宇宙はブラックホールを観測、および対策が必須となった。ブラックホールの軌道を計算した結果、第1~14宇宙の全てに衝突の可能性ありと予測されたからだ。いつがズレるか分からない。人類は強い不安に苛まれた。

 そこで人類は新たな技術を模索し、急激に文明を発展させていくこととなる。

 第26以降の宇宙では人が住めるような環境の惑星が少なく、逃げ延びた人々の移住問題が頻繁に起こった。そこで新たな惑星を求め宇宙探索をすることになった。

 これが宇宙開拓時代の始まりである。

 今では第102宇宙までが見つかったが、人類が居住出来る環境の惑星はそう多くない。しかし、資源が豊富な星々が数多く発見され、技術の進化に大いに役立つこととなる。


 人類はブラックホールを機に争いを止めた。生き延びるために手を取り合ったのだ。




 そして、話は冒頭に戻る。

 第14宇宙。観測の星・ニャガバディア。そこには滅びた宇宙の生き残りとその子孫が集まっている。

 いつか失われた故郷で暮らしたい。そういう思いでブラックホールの研究が日々進められていた。

 冒頭の姫様というのは、その宇宙の生き残った王族の子孫である。今では全宇宙をまとめる若いリーダーとして活躍している。


「想定される進路は?」
「……第6宇宙まではほぼ確実に。最悪の場合、第1宇宙まで全て飲み込まれます」
「クソッ!」ドンッ
「落ち着いてください姫様」
「私たちは25の前では無力。まだ力が足りないのだ……」


 姫様は悔しいという感情を抑えられなかった。今では25とういう数字は忌まわしいものとして広がっており、第25宇宙で発生したブラックホールを差す暗喩でもある。

 この場にいた全員が姫様と同じ気持ちだ。人の力ではあの災害に抗えない。本当に無念でならなかった。

 だが、今はそれを我慢するしかない。それが生き残るために必要なのだから。


「ですが、私たちの研究は間に合いました」
「そうだったな。第1~14宇宙につぐ、今すぐワープの準備を開始せよ!」


 生き延びるためには逃げるしかない。

 あのブラックホールが百年前と同じ動きをするならばもう猶予はない。宇宙船のワープに失敗したという記録が数多く残っているからだ。

 最近の研究で、離れていてもあの巨大なブラックホールの影響を受けると判明した。時空が乱れることでワープが正常に働かなくなるのだ。近づくほどそれは顕著になっていく。実際第15宇宙にブラックホールが接近したときは、第14宇宙周辺のワープが安定しないと報告されている。

 百年前に生き延びたのはこうした状況の中、運よくワープに成功した人達だけである。

 以上のことからブラックホールの対策は、近づく前に遠くへ移動するしかない。

 生き残った全ての人類は力を合わせた。第1~14宇宙は居住惑星が多い。その全ての惑星ごと別の宇宙へワープさせる技術を確立させたのはごく最近のことだ。

 これは宇宙開拓で豊富なエネルギーを発見したことにより実現された最先端の技術。残された最後の手段であり、人類の希望。それがこの日、初めて実行された。賭けに出たと言ってもいい。


「第10、第9、第8。無事避難成功しました!」
「おお!」
「よっしゃー!」
「間に合った!」
「第7、第6も移動開始。……目標地点への誤差なし。避難成功しました」
「「「「「わあああああ!!」」」」」


 皆安堵の声を浮かべた。泣き出す者もいた。

 百年の時をへてブラックホールの対処に成功したのだ。人類が踏み出した新たな1歩である。


「……」
「姫様?」
「いや、なんてもない」


 姫様は思う。これは一時の逃げであると。

 このまま宇宙がなくなっていけば人類の居住する惑星がなくなり、近い未来に争いが起こるであろう。現在人口は少しずつ回復しているため、いずれ食糧危機も予想される。深刻な問題だ。

 そもそもあのブラックホールをどうにかしないと人類に明るい未来はないのだ。故郷に戻れる日は永遠に来ないまま。喜んでばかりいられないのだ。


「皆の者聞け。この星は今から第51宇宙へワープする。第1~第5宇宙も準備が終わり次第飛ぶそうだ。今回こそ我々は生き残るぞ! だがギリギリまで25を観測するのが私たち研究者の戦いだ! 残る勇気のある者だけニャガバディア観測艦に続けー!!」
「「「「「うおおおおおお!!」」」」」


 この第14宇宙は一番ブラックホールに近い場所にあり、観測に適している。名前だけだと第26宇宙の方が近いように思われるが、実際はとんでもなく距離が開いているため観測に不向きだ。

 よってこの第14宇宙に全宇宙から先鋭の観測船が集まり、宇宙最大規模の観測船団が結成されている。

 一般人の住む惑星は一足先にワープで安全な宇宙に避難させ、勇敢に残った人だけが観測船に乗ってブラックホールの観測を始めた。

 とても危険な任務だが人類の未来のために必要なことである。

 万が一に備えて戦闘向けの戦艦も護衛として同行している。ちなみに姫様の乗るニャガバディア観測艦は観測と戦闘の両方が兼ね備えられた超大型船だ。


「姫様……」
「なあに、心配するな。この観測艦は他の星や惑星と同期している。例え飲み込まれたとしても情報は残り続けるさ。それより我々は25に勝たねばならん。それに多少の危険など承知の上だ」


 姫様の覚悟は相当なものだ。全宇宙のリーダー、ニャガバディア観測艦の船長、観測船団の船団長。その重要なポジションを一人で抱えている。誰から見ても重圧はそうとうなものだと分かる。

 だが何としてもやりとげる強い意思。その熱意が皆に勇気を与えていく。

 姫様を攻める者などいない。姫様のおかげで人類がひとつにまとまったとも言える。皆が己の役割を全うし始めた。

 そして、10分もしないうちに衝撃の報告が訪れた。


「例の25は第23宇宙に到達。繰り返す第23宇宙に到達」
「はあ?! 異変が起きてから1時間経っていないぞ」
「もう第24宇宙を飲み込んだっていうのか」
「こ、これが史上最速の移動……」
「ワープなしでこの速さだと? 100年前に起きた悪夢の再来じゃないか」


 宇宙と宇宙の間の距離はかけ離れている。今ではどこでもワープすれば簡単に移動が出来るが、普通に旅をするなら船で数年かかるような距離だ。

 そんな距離を1時間たらずに移動する化け物。それが25と呼ばれる宇宙最大のブラックホールだ。

 100年前のワープ技術では近い宇宙にしか飛べなかった。それに比べ今は制限なく好きな宇宙に飛べるぐらい技術が進歩しているのだが、移動速度においては未だに25に勝てる見込みはない。


「第14宇宙到達まで1日持たないだろう」
「100年前の人はよく生き残ったな。先祖に感謝しなくては」
「化け物め……」


 研究者は多少同様したが、そこはプロ。すぐ冷静に25を観測を続けたのである。


「第17宇宙と第18宇宙の間までなら25の影響を受けないのは確認済みだ。だから第18宇宙を観測終え次第避難しろ。分かっているな?」
「姫様、すでに無人船や観測機器は位置に付いていますって。いつでも逃げられますぜ」
「こちとらもう準備終わっとるぞ」
「何度も訓練したから余裕だぜ」
「私達のことより姫様の心配をさせてくださいよ」
「ふっ。皆頼もしいな。だが言わせてくれ。誰一人欠けずに生き残る。これは私からの絶対命令だ!」
「「「「「おおおおおお!!」」」」」


 姫様の熱い言葉が皆の心をひとつにした。


 ブラックホールは第22宇宙、第21宇宙、第20宇宙、第19宇宙と順に通過していった。時間は計算した予測通り。観測も順調だ。

 第18宇宙にブラックホールがたどり着く前に姫様は全ての船に指示を出す。


「撤退準備開始。いつでもワープ可能な状態を維持しつつ観測せよ」
「ひ、姫様。待って下さい。あわわわ」
「何事だ?」
「緊急事態かもしれません」


 とある船の観測者が慌てふためくように姫様の通信に介入した。普段であれば無礼と言われてもおかしくないだろう。


「言葉で説明するよりこれを……」


 そして、全ての船にリアルタイムの映像が流れて……。


「「「「「…………は?」」」」」


 驚愕の声をあげた。



 第18宇宙の中心。



 そこに突如として黒い棒のような何かが出現したのだ。



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