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236話 「空のとまり木 その2」

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 今からはるか昔。

 とある小さな森に一本の木が生まれた。

 その木は長い年月を生き、ゆっくりとゆっくりと大きくなっていった。

 木の成長とともに緑豊かな大地が広がり、いくつもの新たな生命を誕生させた。

 木はたくさんの恵みをもたらし、様々な生き物の居場所を作った。

 道に迷ったらあの巨木を見ろ。あれがこの森の中心だ。

 木はいつしか森のシンボルのように愛される存在になっていた。

 そんな木も寿命を迎えようとしていた。

 あとは朽ちるだけの運命だ。

 私の役目はお終い。あとは若い世代に森をたくそう。

 木の命が消える瞬間、突如として地震が発生した。

 ゴゴゴ。

 地面がゆっくりと盛り上がり。

 ゴゴゴゴゴゴッ。

 という轟音と共に木が徐々に浮かび上がっていった。





 木は死ぬ瞬間に新しい力を獲得し、大地から空に浮かぶ木へと進化した。





 浮かび上がった木は不安定な状態であった。重すぎて真っすぐ立つバランスをとることが出来なかったのだ。

 そこで体をわざと倒すことで安定感を得た。そのままふわりふたりと浮かび上がっていく。

 この様子を森に生きる全ての生き物が目にしていた。まるで天に帰るかのごとく、黄金に光輝く神聖な木の姿を見て尊んだと後世に伝えられている。


 死の間際から復活した木は考えた。今度は空に住む生き物のために生きよう。それが私の新たな役割になるであろうと。

 こうして木はたくさんの空飛ぶ生き物の住処になったのだ。

 大地ではなく空から全てを見守る母なる木として世界中に知れ渡ることになったのである。



 そして、現在。

 木はたくさんの子供を生み、世界中に浮遊する木が広がっている。

 空を飛ぶ生き物の間では、この木々のことを”とまり木”と呼んでいた。

 この木の傍では争いが禁止されている。木は空を飛ぶ生き物にとって貴重な足場。地上のように天敵たる生き物がいないため、安全地帯と認知されているからだ。

 空の生き物にとって安らぎの楽園。子育ての聖地。そういう意味で”とまり木”は神聖化され大事にされている。




 そんなある日。

 一番最初に空に浮かんだ創世の”とまり木”ことマザーのもとにお客様が訪れた。それは黒く小さな猫であった。


「おーい、あれ見ろ」
「何あれ?」
「今の時代では猫って言うんだっけ?」
「猫だねえ」
「珍しい」
「はい、解散」
「わーい」
「ふわふわ~」


 マザーの周りにはとある生き物が住んでいる。

 この会話をしている半透明な生き物の正体は、動物精霊。

 彼らはマザーの枯れ落ちた葉っぱから生まれた存在。マザーが大地を育んだ時代の生き物を姿形をしている。

 黄金の力により、マザーの地上を懐かしむ記憶が精霊の姿に関わったらしい。

 そんな動物精霊は突然現れた猫に興味を示したようだ。


「みゃお」


「……あの猫こっち見て話しかけて来てない?」
「見えてるわけないよ」
「気のせいだって」
「そうだね」
「はい、解散」


 この動物精霊は透明な姿をしている意思を持った魔力だ。見える存在は少なく、触れたり声を聞くのも難しい。例え存在がかき消されたとしてもマザーの魔力が源なので復活は容易。マザーが生きている限り永遠の命があるに等しい。

 さらに彼らの天敵となりえる生き物は上空にいない。むしろマザーの守り神のような感じなので手出ししようと思う生き物は存在しなかった。

 よって非常に穏やかな生態をしている。他の生き物がいても全然気にしないのだ。

 だが、中には好戦的な動物精霊もいるようだ。


「おかしいだろ!!」


 この動物精霊はマザーが大地にいた頃のイタチのご祖先的な姿をしている。


「あれは飛べない生き物だ!!」


 空に生きる生き物には羽があったり、空を飛ぶ不思議な力がある。だがあの猫からは何ら力を感じられない。明らかにここにいるのはおかしいと分かるのがイタチの主張である。


「まあまあ落ち着けって」
「はあ? 落ち着いていられるかっての。あの猫はどうやってここに来たんだよ!!」
「さあ」
「まあ悪意ないからここにいるんだし」
「気にするだけ無駄だって」
「だねー」
「ふわふわー」


 マザーは黄金の力に守られている。マザーに悪意があるものの侵入は許さず、見るどころか存在そのものを感じることすら出来ない。

 たまたまここに近づいた生き物もマザーに許されない限り弾かれる。そして、その弾かれたという認識すら出来ないのだ。

 この鉄壁の守りを突破されたことは一度たりともない。

 それなのにここに猫がいる。ということはマザーに許された珍しい生き物なのであろう。


「皆が言いたいことは分かる。でも俺は文句を言いに行ってやる!」
「お、またやんの?」
「懲りないねえ」
「まあ応援しとこうか」
「いったれー」
「頑張れよ」
「あははは」


 どうせ相手には自分達の姿が見えていないのだ。目の前で堂々と馬鹿にしてやるぜとイタチは動き出した。

 この行動は動物精霊にとっての度胸試しみたいな遊びである。


「おいそこの猫。早くここから消えやがれ!」
「みゃお?」
「っへへ、びびりやがって。羽がないとかなめてんのか? バーカバーカ!!」
「にゃ」
「へぶらああああ?!」
「「「「「え?!」」」」」


 しっぽが伸びて軽く小突かれた。その様子に他の動物精霊たちもあたふたし始めた。

 あの猫、俺たちが見えているだと?!!

 ただの小さい猫かと思いきやとんだ能力を持つ猫だったようだ。


「あの猫僕達のこと見えてるね」
「しっかり認識してそう」
「しかも触って来たし」
「多分声も聞こえてるかも」
「あれすごい力を持ってるんじゃない?」
「ならここまで飛んで来てもおかしくないか」
「だねえ」
「じゃあ解散!」


 誰がどう見てもイタチがおちょくるから悪い。

 猫はイタチに興味を持ってただ小突いただけ。ちょっかいをかけなければ何事も起きなかったのを皆分かっていた。ただの自業自得だなあと。

 だが、イタチだけは納得しなかったようだ。


「絶対許さねええええええ!!」


 その様子に他の動物精霊はあきれ顔で見ていた。だが事態は一変する。


「これは緊急事態だ、あのならず者をやっつけろ!!」
「はぁ?!」
「え?!」
「あいつ何やってんの?!」


 イタチは呼び寄せの力を使ったのだ。

 それは”とまり木”を守るために周辺の生き物の力を借りること。緊急のときだけ使われる力であり、マザーから生まれた動物精霊が使える唯一の力。

 どう考えてもやりすぎだ。逸脱している。周囲の動物精霊はイタチに駆け寄った。


「おい、やめろ」
「力を無駄なことに使うな!」
「ママに怒られるよ」
「もう遅い。全部あの猫が悪いんだ」


 イタチは動物精霊に囲まれて責められても反省することはなかった。

 むしろ事はすでに起きている。今更何をしようと遅いとイタチはほくそ笑んでいた。

 そして、たくさんの鳥がマザーに向かって飛んで来た。

 1羽1羽が各々5メートル近い大きな鳥であり、今飛んでいる場所の近くを縄張りとしている。とまり木のピンチに急いで羽ばたいて来たのだ。

 あの鳥は地上では要塞鳥と呼ばれる頑丈な鷹である。全身が鉱物で出来ており、その中でも特に羽としっぽが鋭く尖っていることで有名だ。触れるだけで切り刻まれる刃物のような鋭さを持つ。縄張りに入れば容赦なく何度も突っ込んで来る非常に危険な生き物だ。

 また地上でも動きも油断してはいけない。強靭な脚力による一撃や鋭く尖った嘴で相手を翻弄することもある。全身刃物であるため近づくだけでも困難。硬いため離れて攻撃してもろくにダメージが与えられないという厄介な身体を持つ鳥である。

 冒険者たちの間では刃こぼれがひどくなると相手にしたくない人も多い。群れになると危険度が増すため高ランク冒険者の出番となる。見つかる前に逃げるのが一般的な対処法となる。

 そんな要塞鳥の大群がマザーを守るためにやって来ていた。緊急という意味で徹底的に敵を探し滅ぼす。猫は逃げることも隠れることも困難であろう。


「ああ……」
「終わったね」
「何もしていないのに」
「可哀そうに」


 動物精霊はこの猫がどんな目に合うのかを想像し悲しんだ。何も悪い事をしていないのにあんまりだと。

 が、予想外のことが起こる。



 グォオオオオオオオオオオン!!!!!!!!!



 猫の口元に異常な程の力が集まったかと思うと、それを要塞鳥に向かって解き放ったのだ。


「……は?」←イタチ
「「「「「……え?」」」」」


 猫は何事もなかったかのように飛来してきた要塞鳥を全て地上に落とした。何が何羽来るのか全てが分かっていたかのように悠々と。

 動物精霊達は顔を青ざめ、ぞっとした。あの猫ヤバいんじゃないかと。


「おい、てめええ! どうすんだよ!!」
「あの猫絶対やべえ奴じゃねえか!」
「し、知らなかったんだよ」
「知らなかったですむわけねえだろ!」
「殺されちゃう」
「ひええええ」


 圧倒的な強者の力の前に動物精霊の混乱は拍車をかけた。動物精霊は逃げ出し隠れるものとイタチをボコボコにするもの二つに分かれたという。

 この様子を猫がじぃっと見ていた。まるで全てを見透かされるかのような目をしている。

 そんなときだ。



「ピィイイイイ!!!」



 要塞鳥の群れを率いるボスがやって来た。

 この鳥は要塞鳥の特殊個体。種族として規格外の大きさであり、全長が推定50メートル。翼を広げた翼開長の姿では120メートルを超える大鷹である。

 普通の個体とは違い食べた鉱物を自由に操る力を持っている。体の金属の大きさも鋭さも自由自在に動かすことが可能だ。また口からドロドロの金属のブレスを吐きだし、相手の動きを封じることもある。他にも相手を追跡する金属の羽を飛ばし相手を切り刻む技もあるため、羽ばたいているだけで死をまき散らす。戦闘力が通常個体とは別次元だ。

 何より脳が異常に発達したことで高い知性を兼ね備えており、群れを率いて集団戦を得意としている。個でも群でも大きな力を発揮するのだ。

 ここら近隣で敵なし。空の王者に名を連ねる者である。

 この世界に住む人類はまだこの要塞鳥の特殊個体の存在を知らない。もし見つかったら国が存亡を掛けて動くことになるだろう。


「うわあ」
「一番強いの来ちゃった」
「巻き込まれる?!」
「ひゃああん」


 ボスたる要塞鳥の特殊個体は仲間がやられたのを見て怒りをあらわにしていた。一直線にマザーに向かって来ている。

 動物精霊は焦った。ここであの鳥と猫が争えばマザーもただでは済まないのが目に見えて分かったからだ。

 イタチのせいでマザーに無駄な力を使わせることになる。誰もがイタチを許さないであろう。





 そんなときだ。


 猫の姿が変わったのだ。


 その小さな真っ黒の猫に黄色い模様が現れ、虎柄模様のように広がった。


 さらに体がどんどん大きくなっていく。


 そこに小さな猫はいなかった。いるのは力が解き放たれたであろう真の姿。


 荒れ狂う凄まじい力の奔流に世界が揺れ、空間の震えがいつまで経っても止まらない。


 バチバチと圧倒的な何か覇を唱えるオーラのような威圧感が溢れ出続ける。


 黒い濃密な闇の死の気配が辺り一帯を包み込み始め、恐怖で場を支配した。


 このとき動物精霊は本能的に理解した。あれに少しでも触れたら存在が完全に消滅する。あの猫はそういう我々の天敵たる力を持つ生物だと。


 猫は右腕を上に向かって振り上げた。


 ものすこいスピードでどんどん膨らんでいく。


 要塞鳥のボスの倍以上の大きさになったかと思うと振り下ろした。



 ズドォーーーーン!



 要塞鳥のボスを一撃で叩き落とした。




「「「「「……………………はっ?」」」」」




 争いはあっけなく終わった。

 猫は何事もなかったかのように小さくなり、動物精霊を見ていた。


 そのとき、動物精霊にマザーの声が届いたという。


 動物精霊達はマザーの声の通りすぐ猫に媚び始めた。へい、旦那肩揉みましょうか? いらない。いやあ、何でもしますよ本当に。このイタチが全てやります。本当に。絶対です。はい。

 その後、猫はマザーに体をなすりつけ大きな傷跡を作った。そのままどこかへ行ってしまったのである。



 呆然と佇む動物精霊達。

 そんな彼らに向かってマザーは語り始めた。


『あれはどこか遠くへ行きました。もう安心です』


「よかった」
「わーい」
「ふう」
「助かった」

 安堵の声が響き始めた。が、しかし。


『しかし、この表面に残った傷がとれません。これを目印にまた来る可能性があります』


「また来るの?!」
「嘘だろ?!」
「き、傷の治療は出来ないんですか?」


『さっきから何度も試していますが全く効果はありあせん。おそらく治ることはないでしょう』


「そ、そんなあ」
「終わった……」
「ひええ」

 マザーの声に動物精霊達は絶望的な表情になった。

 そして、今までどんな生き物がいても大して気にしなかったことに初めて危機感を覚えたのか。彼らから疑問がマザーに向かって噴出したのである。

「まま、あれはいったい何?」
「あれって猫ですよね?」
「まま。おしえて」
「ままー!」
「ママー!」
「おい、ママが困ってるだろ」
「皆落ち着け―!」

 そんな声にマザーも答え始めた。


『あれは私も初めて見ました。何らかのいただきでしょう』


「「「「「?!!!!!」」」」」


 息を吞む動物精霊達。あれは何かの頂点に立つ生き物なのだとマザーが断言したからだ。

 それから動物精霊達は静かに。そして、真剣にマザーの話を聞き始めた。


『猫のような見た目でしたが本当に猫であるのかどうかも怪しいものです。隠蔽の力が私を上回っているので正体が全く分かりませんでした。黒い何かとしか答えることが出来ません』


 正体不明の黒い何らかの生き物。マザーでもそれぐらいしか分からなかったという。

 多分そんな化け物みたいな猫がいるわけないだろと言いたいのだろうが。


『また私はここに入る許可を一切出ていません。先程いつの間にか黄金の力が弱まっているのを感じ、すぐに張り直しました。思えばあのとき頂に突破されたのでしょう。全く悪意がなかったので存在にすら気が付きませんでした。あなた達の方が先に気付いたぐらいです』


 マザーの力の源は、根元から吸収されるエネルギーである。これは太陽の光や大気にある力を吸い込んだり、大怪我や老衰で木の上で亡くなった生き物の死体から得られるものだ。木にとっての栄養みたいなものである。

 それを元に作り出されるのが黄金の力。神に匹敵すると言われているものだ。それを軽々と突破したのがくだんの猫である。


『幸いなことにあの頂は気まぐれなようです。好戦的でなく助かりました。敵対しなければ問題ありませんね。また来たら対処を任せます。黄金の力など頂にとってはちっぽけなものです。私はただの木。木偶の坊……』


「まま?!」
「ママいじけちゃった」
「ちょっとどうするのよ!」
「おい、元はと言えばてめえのせいだろ。どうしてくれるんだ!」
「今度あれが来たらお前が対処しろよ」
「ひいい?! 俺が悪かったけどそれだけは勘弁してくれ」
「逃げるなイタチ野郎!」
「みんなやっちまえー!」
「「「「「おう!!」」」」」


『それと言い忘れていましたがこのままだと地上に落下します。先程頂は黄金の力どころか周囲のエネルギー全てを吸収し、自身の力に変えて鳥を落としたのです。頂は神聖な力もその真逆の力すら軽く扱えるようです。今は太陽の光だけでかろうじに浮いており、高度を保つのも限界です。少しでも雲に隠れたら真っ逆さまでしょう』


「た、たいへんだ?!」
「ストーップ! イタチを殴るのは後だ!」
「緊急。緊急で何でもいいから呼び寄せろー!」
「他の木にも連絡しなきゃ」
「急げー!」
「ママ死なないで!」


 こうしてたびたび遊びに来る謎の黒い猫に翻弄されまくることになったという。木と動物精霊の平穏は続く。いや続くのかな? うん。きっと続くよ。頑張れ!










 作者メモ。時系列

猫「見えないなあ(にらみつける)」
黄金「ぎゃあああああ?!」
猫「あれ? 急に木が見えたぞ。何あれ乗っちゃえ」
マザー「黄金が消えかかってる?! ……あれ、異常なし? 気が緩んでたのかも。張り直そう」
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