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226話 「ぱいすとーりー5」
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子供部屋にて。
「きゃきゃー!」
「ほらほら」
「お兄ちゃん早いー!」
アニーキーとアーネは末っ子であるメンテの面倒を見ていた。
お兄ちゃんお姉ちゃんに遊んで貰えてご満悦なメンテ。その様子を数人のメイドが微笑ましい表情で見つめている。
ただ見ているだけで心が癒される。ナンス家の天使達は今日もかわいい。
だがそんな平和は突如として崩れ去る。そう、あの時間がやってきたのだ。
「あにきー」
「ん、どうしたのメンテ?」
「ままは?」
「……母さん? んー、俺に聞かれても困るなあ」
「あーえ。ぱいぱいは?」
「え、おっぱい? それ私じゃなくてママに言ったらー??」
お昼寝の直前になるとおっぱいおっぱいとうるさくなる赤ちゃん。ナンス家の使用人およびメンテの兄弟にとっては、ただただ地獄のような時間である。
「あにきい」
「ごめんね。俺本当知らないんだ。今一緒に遊んでたでしょ?」
「あーえ」
「他の人に聞いてー」
「……………………。かへ、おっぱいは? みちゅね、おっぱいは?」
ターゲットを兄弟から大人へと変えるメンテ。手あたり次第に聞きまくっていく。しつこいうえに絶対諦めない。邪魔すると滅茶苦茶怒るどうしようもない悪魔である。
その悪魔に皆よそよそしい対応をし始める。
「ふう、やっとあっち行ったよ」
「本当しつこいよねー」
「アーネしっー! 聞こえたらまたこっち来るって」
「だって面倒なんだもん! お兄ちゃんもそーでしょ?」
「まあ俺もそう思うけどさ。赤ちゃんだからしょうがないよ」
「あれ赤ちゃんじゃなくてバカちゃんだよ? 頭おかしいもん」
「知ってる」
あまりの面倒くささに兄弟にすらボロクソ言われる悪魔である。
「あ、いいこと思いついたー! 今メンテはカフェさんのところにいるからあっち行こー」
「気付かれないように静かに行くよ」
「うん!」
他人に押し付けて逃げようとするアニーキーとアーネ。
だがそれを悪魔が見逃すはずがない!!
おっぱいのためなら普段聞こえない声もなぜか拾っちゃう。悪魔を舐めてはいけないのだ!!
「――えぐっ!」
「あ、メンテ気付いたー?!」
「え、もう?! でも早歩きすればいいんだよ。足遅いからね」
「お兄ちゃん頭いいー!」
悪魔が走るスピードはお~っそい。大人がゆっくりと歩く速度とたいして変わらないのだ。
そのことをよく知る兄弟は子供部屋から飛び出した。
「お兄ちゃん、メンテはー?」
「うわあ、ゆっくりついて来てるよ。あっち行けばいいのに」
「本当? ……きゃあああ、いっぱい来てるー?!」
後ろをチラッと確認するが悪魔と目を合わせることはない。目が合えば襲って来るのだ。気付いていないフリがどんどん上手になっていく兄弟であった。
「お兄ちゃん、カフェさん達も来てるよー??」
「こっちにメンテを押し付ける気じゃないかな……」
今いるメイドだけでは悪魔を止めることは出来ない。それを分かっているからこそメイド達は悪魔に協力して後を追っているのだ。
それはさながら大名行列。先頭は悪魔。その後にメイドと猫達が規則正しく並んで歩いている。誰一人と列を乱すことはなく無駄に恰好が良い。
逃げるなと凶悪な笑みを浮かべるメイド達。もはやメイドというより冥土だ。道連れにする気満々である。
「お兄ちゃんどうしよー??」
「もう少し早く歩こう。ついでに外に出ちゃえば追って来れないよ」
「さすがお兄ちゃん! 頭いいー!!」
さらに歩くスピードを速める二人。この勝負、逃げるが勝ちなのだ!
「これなら来れないねー」
「だろ? これなら諦めて追いかけてこないよ。メンテはカフェさん達に任せよう」
「そだねー」
「にゃー」
「「ん?」」
突然足元から猫の声がし、横を向くアニーキーとアーネ。二人は並走し始めた猫を見て目を見開いた。
「おっぱいは?」
「「――え!?」」
驚愕するアニーキーとアーネ。なんと、悪魔が猫の背に乗って二人に追いついたのだ。
この世界の猫は地球の猫に比べたら力が強い。人間の赤ちゃん一人ぐらいなら背中に乗せたって問題ないファンタジーな世界なのだ! おかしいと気にしてはいけないぞ。
猫の背中から二人に睨みをきかせこめかみに血管が浮き出す悪魔。赤ちゃんの顔としては完全にNG。つまりマジで怒っている。
この悪魔からそう易々と逃げることは出来ないのだ!!
「ぱいは? ぱいぱいぱいぱい!!」
「きゃあああああ?! 前からいっぱい猫来たよー?!!」
「アーネ逃げるよ! いったん戻って……うわあああああああ?! 後ろからも!?」
賢い猫達はアニーキーとアーネを囲み逃げられないようにした。どこで覚えたのだろう、軍隊と同じような統率のとれた動き。もはや芸術と呼べるのではないか。
『にゃあああああああ!!』
「きえええええええええええええ!!!!!!!!」
「「助けてー!!」」
悪魔降臨により逃げても被害は出るのであった。みんなの戦いは続く。
◆
メンテお昼寝中。子供部屋にて。
「全然卒業しなさそうです……」
「もう無理じゃないですかね」
「諦めたら終わりですよ。給料下げられるかもしれませんしみんなで考えましょうよ」
「「「ヒソヒソ」」」
とあるメイド3人は、メンテのおっぱいに関する話をしていた。メンテに聞こえないように小さな声で。
と、そこに1匹の猫が子供部屋の入り口から現れる。
メイド達の横を静かに通り過ぎる1匹の猫。外から遊びに来た猫だ。毎日入れ替わるかのように来るので誰も気にすることはない。いつもの日常だ。
猫はメンテに近づいて行く。そして、寝ているメンテに話しかけた。
「ぐ~。ぐ~。ちゅぴ~」
「にゃ~(なんか静かに話してるぞ)」
「……えぐ?」
お昼寝の途中に突然目を覚ますメンテ。これはメンテと猫とで決めた合図だ。
ヒソヒソ小さな声で話すときは悪い事を企む連中(おっぱい卒業)が多いのだ。善良な猫の通報によりおっぱい警察は動き出す。
「何か良い方法はないですかねえ」
「まずは我慢を覚えさせないとダメじゃないですか? 最初が肝心ですよ」
「ではその方針で行って見ますか」
「わかりま……ひいいいい?!」
「「?!」」
そのとき1人のメイドは気付いた。いつの間にかお昼寝から起きていたおっぱい警察に!!
いつもなら歩くたびに音がうるさいおっぱい警察だが、こういうやましい話をしているときは物音を一切立てない。気配も何も感じず恐ろしいことこの上ない。
「……」←メンテ
「「「……」」」←メイド達
おっぱい警察と対峙するメイド達。
どこまで話を聞かれていたのかは分からない。メイド達は目で会話をし、話を戻した。まるでおっぱい警察に気が付いていないというフリをしながら。
「か、辛い食べ物は慣れればいけますから……ね?(ひえっ、メンテくんが疑いの目で見てる?!)」
「へえ。そ、そうなんだー(目が怖いから振り向けない)」
「次は鍋パしましょう!(きゃあああ、あの目ヤバいよおおお)」
「……」←メンテ
おっぱい警察は現行犯逮捕に踏み切るか否か、その判断に困っている。
「あれ~? そこにいるのはメンテくんかな?」←棒読み
「あ、本当だ。全然気付かなかったなあ」←棒読み
「いつもより起きるのが早いですねえ。気付きませんでした」←棒読み
「……」←メンテ
「「「(こわっ、何か言ってよ?!)」」」
「……えぐ」
「「「(……ふう)」」」
おっぱい警察に見過ごされたメイド達。なんとか誤魔化せたようだ。
泳がせ捜査から逃げれた3人のメイドは一息ついた。そんな彼女達におっぱい警察は話しかける。
「ちょといく」
「ちょと? 外ですかね?」
「この部屋から出たいんじゃないですか」
「そうなんですかメンテくん」
「はーい!」
こうして廊下に出るおっぱい警察とメイド達。もう機嫌は直ったのだろうか。メイドはおっぱい警察に話しかける。
「今日は良いお天気ですよ。メンテくん、お外で何の遊びをしましょう。追いかけっこでもしますか?」
「……」
「メンテくん? おーい。おーい」
「聞こえてませんね」
「どうしたのかな?」
「ちぇーれちゅ(整列)」
『にゃ!』
「「「(……ん?)」」」
と、ここでメイド達が気付いた。笑顔だがメンテの目がバッキバキのおっぱい警察のままだということに。
それだけではない。気付けばメイド達の周りに猫の集団が出来ていた。
これから大規模な犯罪組織の撲滅運動が開始される。この日のために猫達は厳しい訓練をして来た。悪と戦うための力を得た成果を今発揮する。
そう、これから行うのはパトロール。おっぱい警察による巡回の時間である!!
まずは近くにいた男に話しかけるおっぱい警察。職務質問だ。
「はーい!」
「お、今日もメンテくんは元気そうだな」
「おっぱいは?」
「え? どうしたんだ急に」
困惑する男はメイド達を見るが、メイド達は目を逸らす。余計な情報を渡してはいけない。おっぱい警察から分かってるよな? の視線を感じたからだ。察しが良い。
「おっぱいは?」
「それ俺に言われてもなあ」
「ギルティ」
「はい?」
「きえええええええええええ!!」
『しゃああああああああああああああ!!!!』
「うわあああああ!?」
襲い掛かるおっぱい警察と猫達。
猫達はたくみな連携で犯人を押し倒す。動けなくなったところを集団で取り押さえる。日頃の訓練の賜物だろう。日に日に猫達の動きが良くなっている。メイド達はドン引きである。
だが誰よりも正義感にあふれるおっぱい警察の動きが一番激しい。猫に倒された男の顔を蹴って蹴って蹴りまくる。その姿を見た猫達は尊敬する。さすが教官、常に本気だと。
このように現行犯は即逮捕しなければならない!!
逮捕した後は物理的な説得により心を叩き直す。悪事を染めた犯人を立ち直らせることもおっぱい警察の大事なお仕事。この様子を見ていたメイド達はおっぱい卒業を促す仕事を放棄し、おっぱい警察の味方をしようと決めたという。
気絶した男を踏みつけその場を去るおっぱい警察。また次のターゲットに向かって動き出す。外に出たあとも職務質問は続く。
「おっぱいは?」
「レディーさん呼んでこようか?」
「はーい! もんだいなち」
「お、おう。そうか(なんだったんだ??)」
おっぱい警察は善良な市民に優しい。
微妙そうな顔をするメイド達だがこの男は警備員。彼はおっぱいを卒業させる仕事を任せられていない。よっておっぱい警察との仲は良好なのだ。
「おっぱいは?」
「あー……おっぱい? あるんじゃないか」
「おっぱいは?」
「え? あると思うぞ」
「おっぱいは?」
「あるある。あると思うって」
「おっぱいは? ねえ、おっぱいは?」
「まだ続くの?! ある、あるよ。メンテくんはいい子だから。本当、おっぱい最高!」
おっぱい警察は素行の悪い市民には厳しい。特に一度裏切った者の顔や名前は絶対に忘れない。しつこく問い詰め反省しているかを確認し、裁くか否かを決める。
今回はセーフのようだ。この男はしっかり改心したのであろう。
「おっぱいは?」
「おっぱいもそうだけど俺は尻が好きだな」
「……」
「お菓子食うか?」
「はーい。もんだいなち」
おっぱい警察は賄賂に弱い。
「お仕事があるのでいったん離れますね」
「このうらぎりものがあああ。ちぬがおい!」
「え?!」
『しゃああああああああああああああ!!!!』
「いやああああああ?! 嘘です、ごめんなさあああああい」
離れようとするメイドは敵の内通者。悪質な犯罪者を発見したおっぱい警察は憤怒する。こうなっては謝っても遅い。死んで償うしかないのだ!
このようにおっぱい警察は相手を殺す高い権限も持っている。絶対に注意しなくてはならない。
なお内通者は改心したということで死刑は免れた。
こうして外での一仕事を終えたおっぱい警察。外に死体の山が築かれても問題ない。邪魔者は消すのがモットー。おっぱい警察は自分の正義のために仕事をするだけだ!!
今度は家の中へ捜査と休憩も兼ねて食堂へと向かうおっぱい警察。
「おう、メンテくんか。お腹でも空いたのか?」
「おっぱいは?」
「おっぱい? 今日はおっぱいじゃないぞ」
「ちけい(死刑)」
『しゃああああああああああああああ!!!!』
「ぎぃやあああああああああああ」
この悲鳴により食堂の中で働く使用人たちは気付く。今のメンテくんの頭の中にはおっぱいしかないのだと。
「やえ(やれ)」
『しゃああああああああああああああ!!!!』
「ちょ?! まだ何も聞かれてないんだけど。いて、いてええええ」
今ここにいる使用人は皆卒業したら? とおっぱい警察をバカにした前科がある。とても怪しい集団だ。
このような相手の場合、物理的に尋問していく。口答えや手を出せば公務執行妨害として取り押さえ対象となる。当然の処置だ。
無駄な記憶力をいかんなく発揮し蹂躙していくおっぱい警察。彼は正義の警察官。立派な赤ちゃんのお仕事をしているだけだ。何ら問題はない。
まだまだおっぱい警察の仕事は終わらない。
食堂を出た後は使用人の休憩室に突撃。ひとりひとり尋問をしていく。
「おっぱいは?」
「あると思います」
「おっぱいは?」
「いいんじゃないですかね」
「おっぱいは?」
「素晴らしいです」
「メンテ様、今あいつ目を逸らしました」←裏切りのメイドA(元内通者)
「ちょ?! なんてことを」
「裏切り者です!!」←裏切りのメイドB
「嘘ついても無駄ですよ」←裏切りのメイドC
「反省してませんね。やっちまってください」←裏切りのメイドA(元内通者)
「ちけい(死刑)」
『しゃああああああああああああああ!!!!』
「きゃあああ?!」
メイド達への取り調べは厳しく行うことになった。皆であーだこーだ言って罪を擦り付け合う暴露合戦が起きたからだ。
今回はおっぱい警察と一緒に取り調べを行っている3人のメイドが盛大に裏切ったという。特に内通者と呼ばれ死刑を免れたメイドが酷かった。
その後も泥沼の裏切り合いが続くのだがその話はおいておこう。見るに堪えない。
まだまだおっぱい警察の動きは止まらない。
休憩室を出た後、使用人たちの寝泊まりする部屋まで捜査範囲を広げる。個室まで逃げ込む相手のいるのだ。強制捜査を行う権限を持つおっぱい警察の出番である。
おっぱい警察はじーっとドアを見つめ今部屋の中に犯人がいるのかを確認する。居留守など通用するわけがない。メイド達に命令を下し、ドアを開けて貰う。ここから犯人の匂いがするようだ。
「ここ」
「わかりました」
ガチャ。
「動くな。メンテ様よ!」
「さぼりはダメでしょ」
「もう逃げられないわよ」
「ふぇええええ?! 鍵してたのになんで??」
このメイドは、メンテの動きにいち早く気付いて自室に逃亡した極悪人。今日の卒業を言う係は自分だと分かっていながら一目散に逃げたバックレメイドである。
とても悪質な行為におっぱい警察だけでなくメイド達も怒っていた。
「はーい。にゃにゃー!」
「にゃん」
「えぐ。きええええええ!!!」
ポイッ。ドオオーン!
猫から何かを受け取るおっぱい警察。部屋に向かって投げると爆発を起こし犯人を気絶させた。おっぱい警察はたくみに道具を使って犯人と戦うこともあるのだ!!
これはスピード逮捕であった。その後の判決はもちろん死刑なのは言うまでもない。
この事例のようにおっぱい警察がパトロールをしているとき、使用人たちがどこへ隠れようと無駄である。常に猫達が人間達を見張っているからだ。
「にゃごおお(こっちにも1人隠れてるぞ。ベッドの下だ)」
「しゃあああ(突撃ぃいいいい)」
『にゃあああああ!!』
「きゃあああ、ドア壊された?! こっち来ないでー?!!!!」
猫の目から逃れることは不可能だ。
またこの捜査中は毎回不思議なことが起こる。それは部屋の鍵をかけても必ず突破されることだ。
まさか夜中に子猫が入り込んで小細工をしているとは思いもよらないだろう。よって犯人の籠城作戦は絶対に失敗する。
「ひぃいいい!」
「メンテ様、容疑者が1人逃亡しました」
「逃がさないわよおおお」
「にゃー(あいつ窓から飛び出そうとしてるぞ)」
「にゃあ(先回りしとく)」
猫だけでなくメイド達も大活躍だ。
窓から外に逃げた逃亡犯は水たまりに落ちた。晴れているのになぜか窓の前だけ地面が濡れているのだ。これも夜中に子猫が作った罠。
相手の思考を読み、ここを通ると想定していたのだろうか。見事に引っかかった犯人の動きが鈍くなる。
「あぎゃ?!」
「にゃあああ(確保ー!!)」
『しゃあああああああああああああ!!』
逃亡犯が水たまりから出た瞬間、穴につまずいて転んだ。この穴も子猫のトラップである。そして、駆け付けて来た猫達に取り押さえられる。鮮やかな逮捕劇であった。
おっぱい警察は入念な準備を忘れない。真面目に取り組んでいる証だ。
この日、おっぱい警察の仕事は夕方まで続いた。逃れ切った罪人はいなかったという。
こうしてナンス家に平和が訪れた!!
これからもおっぱい警察と訓練された猫達の活躍は続く。
おまけ。とある新入り猫のなげき。
思ってた戦いと全然違うにゃ?! 普通もっとこう縄張りがどうこうやるもんでしょ? 飼い猫の争いって怖いんですね。あともっと訓練を優しくして下さい。毎日あれはきついです……。
「きゃきゃー!」
「ほらほら」
「お兄ちゃん早いー!」
アニーキーとアーネは末っ子であるメンテの面倒を見ていた。
お兄ちゃんお姉ちゃんに遊んで貰えてご満悦なメンテ。その様子を数人のメイドが微笑ましい表情で見つめている。
ただ見ているだけで心が癒される。ナンス家の天使達は今日もかわいい。
だがそんな平和は突如として崩れ去る。そう、あの時間がやってきたのだ。
「あにきー」
「ん、どうしたのメンテ?」
「ままは?」
「……母さん? んー、俺に聞かれても困るなあ」
「あーえ。ぱいぱいは?」
「え、おっぱい? それ私じゃなくてママに言ったらー??」
お昼寝の直前になるとおっぱいおっぱいとうるさくなる赤ちゃん。ナンス家の使用人およびメンテの兄弟にとっては、ただただ地獄のような時間である。
「あにきい」
「ごめんね。俺本当知らないんだ。今一緒に遊んでたでしょ?」
「あーえ」
「他の人に聞いてー」
「……………………。かへ、おっぱいは? みちゅね、おっぱいは?」
ターゲットを兄弟から大人へと変えるメンテ。手あたり次第に聞きまくっていく。しつこいうえに絶対諦めない。邪魔すると滅茶苦茶怒るどうしようもない悪魔である。
その悪魔に皆よそよそしい対応をし始める。
「ふう、やっとあっち行ったよ」
「本当しつこいよねー」
「アーネしっー! 聞こえたらまたこっち来るって」
「だって面倒なんだもん! お兄ちゃんもそーでしょ?」
「まあ俺もそう思うけどさ。赤ちゃんだからしょうがないよ」
「あれ赤ちゃんじゃなくてバカちゃんだよ? 頭おかしいもん」
「知ってる」
あまりの面倒くささに兄弟にすらボロクソ言われる悪魔である。
「あ、いいこと思いついたー! 今メンテはカフェさんのところにいるからあっち行こー」
「気付かれないように静かに行くよ」
「うん!」
他人に押し付けて逃げようとするアニーキーとアーネ。
だがそれを悪魔が見逃すはずがない!!
おっぱいのためなら普段聞こえない声もなぜか拾っちゃう。悪魔を舐めてはいけないのだ!!
「――えぐっ!」
「あ、メンテ気付いたー?!」
「え、もう?! でも早歩きすればいいんだよ。足遅いからね」
「お兄ちゃん頭いいー!」
悪魔が走るスピードはお~っそい。大人がゆっくりと歩く速度とたいして変わらないのだ。
そのことをよく知る兄弟は子供部屋から飛び出した。
「お兄ちゃん、メンテはー?」
「うわあ、ゆっくりついて来てるよ。あっち行けばいいのに」
「本当? ……きゃあああ、いっぱい来てるー?!」
後ろをチラッと確認するが悪魔と目を合わせることはない。目が合えば襲って来るのだ。気付いていないフリがどんどん上手になっていく兄弟であった。
「お兄ちゃん、カフェさん達も来てるよー??」
「こっちにメンテを押し付ける気じゃないかな……」
今いるメイドだけでは悪魔を止めることは出来ない。それを分かっているからこそメイド達は悪魔に協力して後を追っているのだ。
それはさながら大名行列。先頭は悪魔。その後にメイドと猫達が規則正しく並んで歩いている。誰一人と列を乱すことはなく無駄に恰好が良い。
逃げるなと凶悪な笑みを浮かべるメイド達。もはやメイドというより冥土だ。道連れにする気満々である。
「お兄ちゃんどうしよー??」
「もう少し早く歩こう。ついでに外に出ちゃえば追って来れないよ」
「さすがお兄ちゃん! 頭いいー!!」
さらに歩くスピードを速める二人。この勝負、逃げるが勝ちなのだ!
「これなら来れないねー」
「だろ? これなら諦めて追いかけてこないよ。メンテはカフェさん達に任せよう」
「そだねー」
「にゃー」
「「ん?」」
突然足元から猫の声がし、横を向くアニーキーとアーネ。二人は並走し始めた猫を見て目を見開いた。
「おっぱいは?」
「「――え!?」」
驚愕するアニーキーとアーネ。なんと、悪魔が猫の背に乗って二人に追いついたのだ。
この世界の猫は地球の猫に比べたら力が強い。人間の赤ちゃん一人ぐらいなら背中に乗せたって問題ないファンタジーな世界なのだ! おかしいと気にしてはいけないぞ。
猫の背中から二人に睨みをきかせこめかみに血管が浮き出す悪魔。赤ちゃんの顔としては完全にNG。つまりマジで怒っている。
この悪魔からそう易々と逃げることは出来ないのだ!!
「ぱいは? ぱいぱいぱいぱい!!」
「きゃあああああ?! 前からいっぱい猫来たよー?!!」
「アーネ逃げるよ! いったん戻って……うわあああああああ?! 後ろからも!?」
賢い猫達はアニーキーとアーネを囲み逃げられないようにした。どこで覚えたのだろう、軍隊と同じような統率のとれた動き。もはや芸術と呼べるのではないか。
『にゃあああああああ!!』
「きえええええええええええええ!!!!!!!!」
「「助けてー!!」」
悪魔降臨により逃げても被害は出るのであった。みんなの戦いは続く。
◆
メンテお昼寝中。子供部屋にて。
「全然卒業しなさそうです……」
「もう無理じゃないですかね」
「諦めたら終わりですよ。給料下げられるかもしれませんしみんなで考えましょうよ」
「「「ヒソヒソ」」」
とあるメイド3人は、メンテのおっぱいに関する話をしていた。メンテに聞こえないように小さな声で。
と、そこに1匹の猫が子供部屋の入り口から現れる。
メイド達の横を静かに通り過ぎる1匹の猫。外から遊びに来た猫だ。毎日入れ替わるかのように来るので誰も気にすることはない。いつもの日常だ。
猫はメンテに近づいて行く。そして、寝ているメンテに話しかけた。
「ぐ~。ぐ~。ちゅぴ~」
「にゃ~(なんか静かに話してるぞ)」
「……えぐ?」
お昼寝の途中に突然目を覚ますメンテ。これはメンテと猫とで決めた合図だ。
ヒソヒソ小さな声で話すときは悪い事を企む連中(おっぱい卒業)が多いのだ。善良な猫の通報によりおっぱい警察は動き出す。
「何か良い方法はないですかねえ」
「まずは我慢を覚えさせないとダメじゃないですか? 最初が肝心ですよ」
「ではその方針で行って見ますか」
「わかりま……ひいいいい?!」
「「?!」」
そのとき1人のメイドは気付いた。いつの間にかお昼寝から起きていたおっぱい警察に!!
いつもなら歩くたびに音がうるさいおっぱい警察だが、こういうやましい話をしているときは物音を一切立てない。気配も何も感じず恐ろしいことこの上ない。
「……」←メンテ
「「「……」」」←メイド達
おっぱい警察と対峙するメイド達。
どこまで話を聞かれていたのかは分からない。メイド達は目で会話をし、話を戻した。まるでおっぱい警察に気が付いていないというフリをしながら。
「か、辛い食べ物は慣れればいけますから……ね?(ひえっ、メンテくんが疑いの目で見てる?!)」
「へえ。そ、そうなんだー(目が怖いから振り向けない)」
「次は鍋パしましょう!(きゃあああ、あの目ヤバいよおおお)」
「……」←メンテ
おっぱい警察は現行犯逮捕に踏み切るか否か、その判断に困っている。
「あれ~? そこにいるのはメンテくんかな?」←棒読み
「あ、本当だ。全然気付かなかったなあ」←棒読み
「いつもより起きるのが早いですねえ。気付きませんでした」←棒読み
「……」←メンテ
「「「(こわっ、何か言ってよ?!)」」」
「……えぐ」
「「「(……ふう)」」」
おっぱい警察に見過ごされたメイド達。なんとか誤魔化せたようだ。
泳がせ捜査から逃げれた3人のメイドは一息ついた。そんな彼女達におっぱい警察は話しかける。
「ちょといく」
「ちょと? 外ですかね?」
「この部屋から出たいんじゃないですか」
「そうなんですかメンテくん」
「はーい!」
こうして廊下に出るおっぱい警察とメイド達。もう機嫌は直ったのだろうか。メイドはおっぱい警察に話しかける。
「今日は良いお天気ですよ。メンテくん、お外で何の遊びをしましょう。追いかけっこでもしますか?」
「……」
「メンテくん? おーい。おーい」
「聞こえてませんね」
「どうしたのかな?」
「ちぇーれちゅ(整列)」
『にゃ!』
「「「(……ん?)」」」
と、ここでメイド達が気付いた。笑顔だがメンテの目がバッキバキのおっぱい警察のままだということに。
それだけではない。気付けばメイド達の周りに猫の集団が出来ていた。
これから大規模な犯罪組織の撲滅運動が開始される。この日のために猫達は厳しい訓練をして来た。悪と戦うための力を得た成果を今発揮する。
そう、これから行うのはパトロール。おっぱい警察による巡回の時間である!!
まずは近くにいた男に話しかけるおっぱい警察。職務質問だ。
「はーい!」
「お、今日もメンテくんは元気そうだな」
「おっぱいは?」
「え? どうしたんだ急に」
困惑する男はメイド達を見るが、メイド達は目を逸らす。余計な情報を渡してはいけない。おっぱい警察から分かってるよな? の視線を感じたからだ。察しが良い。
「おっぱいは?」
「それ俺に言われてもなあ」
「ギルティ」
「はい?」
「きえええええええええええ!!」
『しゃああああああああああああああ!!!!』
「うわあああああ!?」
襲い掛かるおっぱい警察と猫達。
猫達はたくみな連携で犯人を押し倒す。動けなくなったところを集団で取り押さえる。日頃の訓練の賜物だろう。日に日に猫達の動きが良くなっている。メイド達はドン引きである。
だが誰よりも正義感にあふれるおっぱい警察の動きが一番激しい。猫に倒された男の顔を蹴って蹴って蹴りまくる。その姿を見た猫達は尊敬する。さすが教官、常に本気だと。
このように現行犯は即逮捕しなければならない!!
逮捕した後は物理的な説得により心を叩き直す。悪事を染めた犯人を立ち直らせることもおっぱい警察の大事なお仕事。この様子を見ていたメイド達はおっぱい卒業を促す仕事を放棄し、おっぱい警察の味方をしようと決めたという。
気絶した男を踏みつけその場を去るおっぱい警察。また次のターゲットに向かって動き出す。外に出たあとも職務質問は続く。
「おっぱいは?」
「レディーさん呼んでこようか?」
「はーい! もんだいなち」
「お、おう。そうか(なんだったんだ??)」
おっぱい警察は善良な市民に優しい。
微妙そうな顔をするメイド達だがこの男は警備員。彼はおっぱいを卒業させる仕事を任せられていない。よっておっぱい警察との仲は良好なのだ。
「おっぱいは?」
「あー……おっぱい? あるんじゃないか」
「おっぱいは?」
「え? あると思うぞ」
「おっぱいは?」
「あるある。あると思うって」
「おっぱいは? ねえ、おっぱいは?」
「まだ続くの?! ある、あるよ。メンテくんはいい子だから。本当、おっぱい最高!」
おっぱい警察は素行の悪い市民には厳しい。特に一度裏切った者の顔や名前は絶対に忘れない。しつこく問い詰め反省しているかを確認し、裁くか否かを決める。
今回はセーフのようだ。この男はしっかり改心したのであろう。
「おっぱいは?」
「おっぱいもそうだけど俺は尻が好きだな」
「……」
「お菓子食うか?」
「はーい。もんだいなち」
おっぱい警察は賄賂に弱い。
「お仕事があるのでいったん離れますね」
「このうらぎりものがあああ。ちぬがおい!」
「え?!」
『しゃああああああああああああああ!!!!』
「いやああああああ?! 嘘です、ごめんなさあああああい」
離れようとするメイドは敵の内通者。悪質な犯罪者を発見したおっぱい警察は憤怒する。こうなっては謝っても遅い。死んで償うしかないのだ!
このようにおっぱい警察は相手を殺す高い権限も持っている。絶対に注意しなくてはならない。
なお内通者は改心したということで死刑は免れた。
こうして外での一仕事を終えたおっぱい警察。外に死体の山が築かれても問題ない。邪魔者は消すのがモットー。おっぱい警察は自分の正義のために仕事をするだけだ!!
今度は家の中へ捜査と休憩も兼ねて食堂へと向かうおっぱい警察。
「おう、メンテくんか。お腹でも空いたのか?」
「おっぱいは?」
「おっぱい? 今日はおっぱいじゃないぞ」
「ちけい(死刑)」
『しゃああああああああああああああ!!!!』
「ぎぃやあああああああああああ」
この悲鳴により食堂の中で働く使用人たちは気付く。今のメンテくんの頭の中にはおっぱいしかないのだと。
「やえ(やれ)」
『しゃああああああああああああああ!!!!』
「ちょ?! まだ何も聞かれてないんだけど。いて、いてええええ」
今ここにいる使用人は皆卒業したら? とおっぱい警察をバカにした前科がある。とても怪しい集団だ。
このような相手の場合、物理的に尋問していく。口答えや手を出せば公務執行妨害として取り押さえ対象となる。当然の処置だ。
無駄な記憶力をいかんなく発揮し蹂躙していくおっぱい警察。彼は正義の警察官。立派な赤ちゃんのお仕事をしているだけだ。何ら問題はない。
まだまだおっぱい警察の仕事は終わらない。
食堂を出た後は使用人の休憩室に突撃。ひとりひとり尋問をしていく。
「おっぱいは?」
「あると思います」
「おっぱいは?」
「いいんじゃないですかね」
「おっぱいは?」
「素晴らしいです」
「メンテ様、今あいつ目を逸らしました」←裏切りのメイドA(元内通者)
「ちょ?! なんてことを」
「裏切り者です!!」←裏切りのメイドB
「嘘ついても無駄ですよ」←裏切りのメイドC
「反省してませんね。やっちまってください」←裏切りのメイドA(元内通者)
「ちけい(死刑)」
『しゃああああああああああああああ!!!!』
「きゃあああ?!」
メイド達への取り調べは厳しく行うことになった。皆であーだこーだ言って罪を擦り付け合う暴露合戦が起きたからだ。
今回はおっぱい警察と一緒に取り調べを行っている3人のメイドが盛大に裏切ったという。特に内通者と呼ばれ死刑を免れたメイドが酷かった。
その後も泥沼の裏切り合いが続くのだがその話はおいておこう。見るに堪えない。
まだまだおっぱい警察の動きは止まらない。
休憩室を出た後、使用人たちの寝泊まりする部屋まで捜査範囲を広げる。個室まで逃げ込む相手のいるのだ。強制捜査を行う権限を持つおっぱい警察の出番である。
おっぱい警察はじーっとドアを見つめ今部屋の中に犯人がいるのかを確認する。居留守など通用するわけがない。メイド達に命令を下し、ドアを開けて貰う。ここから犯人の匂いがするようだ。
「ここ」
「わかりました」
ガチャ。
「動くな。メンテ様よ!」
「さぼりはダメでしょ」
「もう逃げられないわよ」
「ふぇええええ?! 鍵してたのになんで??」
このメイドは、メンテの動きにいち早く気付いて自室に逃亡した極悪人。今日の卒業を言う係は自分だと分かっていながら一目散に逃げたバックレメイドである。
とても悪質な行為におっぱい警察だけでなくメイド達も怒っていた。
「はーい。にゃにゃー!」
「にゃん」
「えぐ。きええええええ!!!」
ポイッ。ドオオーン!
猫から何かを受け取るおっぱい警察。部屋に向かって投げると爆発を起こし犯人を気絶させた。おっぱい警察はたくみに道具を使って犯人と戦うこともあるのだ!!
これはスピード逮捕であった。その後の判決はもちろん死刑なのは言うまでもない。
この事例のようにおっぱい警察がパトロールをしているとき、使用人たちがどこへ隠れようと無駄である。常に猫達が人間達を見張っているからだ。
「にゃごおお(こっちにも1人隠れてるぞ。ベッドの下だ)」
「しゃあああ(突撃ぃいいいい)」
『にゃあああああ!!』
「きゃあああ、ドア壊された?! こっち来ないでー?!!!!」
猫の目から逃れることは不可能だ。
またこの捜査中は毎回不思議なことが起こる。それは部屋の鍵をかけても必ず突破されることだ。
まさか夜中に子猫が入り込んで小細工をしているとは思いもよらないだろう。よって犯人の籠城作戦は絶対に失敗する。
「ひぃいいい!」
「メンテ様、容疑者が1人逃亡しました」
「逃がさないわよおおお」
「にゃー(あいつ窓から飛び出そうとしてるぞ)」
「にゃあ(先回りしとく)」
猫だけでなくメイド達も大活躍だ。
窓から外に逃げた逃亡犯は水たまりに落ちた。晴れているのになぜか窓の前だけ地面が濡れているのだ。これも夜中に子猫が作った罠。
相手の思考を読み、ここを通ると想定していたのだろうか。見事に引っかかった犯人の動きが鈍くなる。
「あぎゃ?!」
「にゃあああ(確保ー!!)」
『しゃあああああああああああああ!!』
逃亡犯が水たまりから出た瞬間、穴につまずいて転んだ。この穴も子猫のトラップである。そして、駆け付けて来た猫達に取り押さえられる。鮮やかな逮捕劇であった。
おっぱい警察は入念な準備を忘れない。真面目に取り組んでいる証だ。
この日、おっぱい警察の仕事は夕方まで続いた。逃れ切った罪人はいなかったという。
こうしてナンス家に平和が訪れた!!
これからもおっぱい警察と訓練された猫達の活躍は続く。
おまけ。とある新入り猫のなげき。
思ってた戦いと全然違うにゃ?! 普通もっとこう縄張りがどうこうやるもんでしょ? 飼い猫の争いって怖いんですね。あともっと訓練を優しくして下さい。毎日あれはきついです……。
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