209 / 242
209話 「職場体験 その5」
しおりを挟む
「メンテくん。これ完成品なんだけど持ってみて。どう?」
「はーい!」
嬉しそうな顔で受け取るメンテくん。軽い気持ちで見せただけ。なのに俺たちに地獄が訪れた。
「……」じぃー。
出来た小物をまじまじと見るメンテくん。すると急に雰囲気が変わる。
何かのスイッチが入ったのだろうか。頭の悪そうな可愛いだけの赤ちゃんから目つきの鋭い赤ちゃん? へとチェンジした。あまりの変化に異様な静けさに包まれた。
「えっと……、メンテくん的にはこれどうかな?」
「にゃにゃー!!」
「メンテくん?」
返事を無視して大きな声を出すメンテくん。感想を聞きたかっただけなのに様子がおかしい。
すると猫が近づいて来た。ん? 猫がなぜこの部屋にいるんだ? 1匹どころか数匹同時にやって来る。メンテくんもあの猫達も様子が少し変だな。
「ねえ、あれ見て?!」
「あの猫なんか持ってるな」
「あれは……木の板?」
「はあ? あんな持ってきて何するんだよ?」
「さあ」
猫達が何かを咥えた状態で近づいて来た。あれは木の板。なんでそんな物を猫が? 違和感の正体は物を運んでいたことのようだ。
何が起きているのか分からないので俺たちは猫達の様子見をした。
ある猫はメンテくんの持っていた小物を確認し、その小物を咥えて床に置く。メンテくんが猫に渡したように見えたな。別の猫はその小物の上に木の板を置く。迷いが一切ないスムーズな動きだ。流れるような一体感で作業を終わらせる。まるで猫達はこれからやることが分かっているかのように。
今からいったい何が始まるのだろう? 俺たち学生はみんな困惑していた。そして……。
「きええええええええええ!!」
「「「「「――?!」」」」」
メンテくんは木の板に飛び乗った。バキッと小物が壊れる音がした。全体重を乗っけて完成した小物押し潰したのだ。猫じゃなくてメンテくんがそれをやるのか?! 予想外だった。
「メメメ、メンテくんなんてことするの?! そんなことしちゃダメだよ!!」
「ゴミぃいいい!!」
「「「「「ゴミ?!」」」」」
完成した小物の感想を聞いただけなのにゴミ扱いして破壊するメンテくん。ひどい話だ。
「にゃにゃー!!」
「にゃお(持って来たぞ)」
「えぐ(ご苦労)」
メンテくんが猫を呼ぶと、今度は猫達がゴミ箱を引きずって持って来た。咥えられないからみんなで押して来たのか。すごいな……っていやいや、どういうことだよ?!
そこに小物だった物を掴んでメンテくんが投げ入れる。すごく雑にポイポイ入れてる。本当にゴミ扱いされているな。あれ完成品だったのに。
「こえゴミ。ごみあだめ。きぇえええええー!!」
一方的にブチギレて暴れ始めるメンテくん。そこには今まであった可愛げなんてなかった。例えるなら鬼のように怖い先生に似ている。本当に1歳なのか? 年齢詐称してるんじゃないか??
メンテくんだけでなく猫も動きがおかしい。なんだか失敗は許されないという空気をかもし出している。猫達はなんて真剣な顔をしているのだろう。本当に何が起きているのか分からない。
そんな意味不明な状況の中、誰かがふと思い出したかのようにつぶやいた。
「そ、そういえばダンディさんが目利きがなんとか言ってたよな?」
「…………!」
「まさかこれのことか?」
「今のが?!」
実は今日みんなで店のスタッフにメンテくんについて聞いてみたのだ。その結果、普通の赤ちゃんらしいだから相手をするのは簡単だよって教わったのだが一部気になる意見もあった。それはメンテくんは時折とんでもない集中力を発揮する。このときは恐ろしい、誰にも止めることは出来ない。ある意味ダンディさんそっくりだと。
まさに今起きている状況に当てはまるんじゃないか? と俺たちはみんな戸惑っていた。雰囲気変わりすぎてメンテくんというよりメンテくんさんだ。さん付けしないと殺されそう。
「……ん?」
気付けば俺の周りに猫がいっぱい集まっている。というか俺以外の学生の周りも囲んでいるな。
さっきから猫にじっと見られているけどこの状況は何?? というか店の中にこんなに猫いなかったよな? あ、部屋の入口からまた猫が入って来た。どんどん増えていくんだけど……。
そういえばこの猫達は店で飼っているのかと聞いたら、全部メンテくんがひとりで連れて来たとか言っていたな。冗談かと思ったけど本当なのかもしれない。
俺昔から猫というか動物の相手をするのが苦手なんだよなあ。小さい頃に猫に引っかかれたり犬に噛まれたのがトラウマになっている。このまま猫に囲まれていると課題に集中して取り組めないなと思っていたらメンテくんが動いた。
「ちゅぎ。はあく(次。早くしろ)」
「え、今度は俺の見たいのか? えっと……これだぞ。木で出来た剣、木刀だ! 男ならこのカッコ良さが分かるだろ?」
「えぐ。…………」じぃー
彼は将来鍛冶屋で働きたいと言っていた。見た目で分かる通り彼はドワーフだ。名前はテツオ。その名の通り鉄を加工するのが得意なやつだ。木の加工もお手の物らしいな。
そんな彼から受け取った剣の小物をじっと見つめるメンテくん。べたべたと指で触って確認する。そして……。
「えぐらぁああ!」グサッ
「いてええええええええ?!」
「くぉのゴミがぁああああああああー!!!!!!!!」
どうやら剣の先っぽが尖がっていて痛かったようだ。怒ってテツオの腕にぶっ刺した後、ぶん投げて破壊した。あの木刀はリアルに再現しすぎて細すぎだったから耐久性が皆無だった。
ひでえな……。というかわざわざテツオの腕に刺す必要はなかったのでは? と思っていると壊れたゴミを猫が掃除してゴミ箱に入れていた。
……どういうことだよ?! おかしい。絶対おかしい。なぜ猫がゴミ箱を活用しているんだ。この猫達賢すぎるだろ!! 昨日今日と店にいるのを見たけど行動が違いすぎる。
メンテくんも猫も普通の状態じゃないと思っていたら視線を感じた。今こっち向かれても困るんだけどなあ。ほら見ろ、メンテくんも猫も完全に俺をロックオンしている。次の犠牲者は俺みたいだ。
「みちお、はあくちろ(早く作れ)」
「俺? まだ完成したものはないよ。実は色々作ろうかなあと思っててさ」
「ちぬがよい(死ぬがよい)」
『しゃあああああ!!!』
「え? うがああああああ?!」
俺の周りを囲んでいた猫達に襲われた。何か悪い事したっけ?! という今死ねって言わなかったか??
それにさっきより猫が増えてる。何十匹いるんだろう。どんどん部屋が狭くなって足場がないんだが……。
「おちょい(遅い)」
「メンテくんちょっと待って。今アイディアを考えているんだ……。ダメだ、猫が離れてくれないから何も浮かばないぞ」
「ちにたいの?(死にたいの?)」
「俺に厳しくない?! 好きな物を作らせてくれないのか……」
「頑張れ」「お陀仏」「いいことあるさ」←他の学生
「はーい。ちゅぎはだえ?(次は誰?)」
「「「「「……」」」」」←目を逸らす学生たち
このようなことがあり、俺たち学生はメンテくんに完成した小物を順番に見せていった。合格を貰えたらそれを作る。不合格だったら猫に攻撃される。ある意味分かりやすい仕組みだった。
メンテくんの判定がとても厳しく、試作品だろうと妥協なんて許されない。誰もしゃべらずに集中して小物を作りまくり、なんとか全員合格することが出来た。この日は誰もかもが疲れ果て爆睡したそうだ。
◆
3日目以降もメンテくんの暴れっぷりがヤバかった。
「きええええええええええ!!!!」
「きゃー?!」
木で出来た人形の胴体を両手で掴んでぽっきりと折るメンテくん。赤ちゃんは掴む力は強い。
「ほちょおおおおい、このくちょが!!(細すぎるだろ、このクソが!!)」
「ひいいい、ごめんなさい。作ります、ちゃんと作りますから」
「はやくちろ。ぶっころちゅぞおおおおおお!!!!」
掴む力だけでなく口も悪い意味で強かった。誰が1歳の赤ちゃんにこんな乱暴な言葉を覚えさせたんだろう。
メンテくんには何か目的があるのだろう。納得いくものが出来るまで俺たちに小物を作らせまくる。良い感じの小物が完成すると満足そうな顔をするのだ。ふざけてやっているわけではないようだと誰も文句を言えなかった。
ただそのやり方は問題があるなと思った。信じられないぐらい多くの猫達に監視されながら俺たちに必死に作らせるからっだ。不合格の小物を見つけてるたびにメンテくんは怒り、しっかりと修正するまで猫に囲まれたまま逃がさない。
悪口や小言を言うと猫達が一斉に襲い掛かる罰もあった。この猫達、人間の言葉が分かるのかというぐらい正確に狙って来る。完全に恐怖で支配していたな。
生まれた頃からメンテくんのことを知っているスタッフの話によると、この状態のメンテくんのことを皆は”メンテ教官”と呼んでいるらしい。教官モードに入ると猫を操れるようになるとか。
どおりで猫が軍隊みたいな統率された動きをするわけだ。うん、おかしい。俺は今何を思って納得したんだろう。疲れで脳がヤバくなったのだろうか。
「メンテ教官、これはどうでしょうか?」
「……はーい!」
「ありがとうございます!」
みんなで何度か確認した結果、教官モードになるのは目利きの判別をするときだけと判明した。職場体験の仕事中や昨日メンテくんが家に帰るときには普通の可愛い赤ちゃんだったからだ。というわけで自由時間の課題の作業だけこの姿を見せるのだろう。怒られないように集中しよう。
「こえは?」
「こ、これはまだ未完成というか右に曲がっているので修正中です。……メンテ教官。これをどうぞ」
「…………えぐ。もぐもぐ」
「あいつきたねえ?!」
「お菓子渡してるわ」
「おい見ろ、猫の攻撃が優しくなってるぞ?! こっちは血が出るぐらい引っ掻かれてるのに向こうは肉球をぽんぽんして手加減してやがるぞ」
「卑怯なり!!」
メンテ教官は賄賂に弱かった。教官がそれでいいのかと思ったけど1歳なのでしょうがない。
その後もあいつはお菓子を渡し続けて体罰を加減して貰っていた。何回も同じことをするとメンテ教官は猫の分も出せと要求し始める。猫が一列に並んで待っていたらもうないと言い、お菓子を貰えなかった猫が一斉に襲い掛かって気絶するまでボコボコにされた。メンテくんは猫を止めもせず逆にもっとやれよと怒っていた。賄賂は全員一致で禁止することになった。
メンテくんが帰った後、俺たち学生は反省会を開いた。
最初はメンテくんの頭おかしくなったのかなと思ったけど、捨てられた小物を確認したら怒った理由を理解した。これは左右対称じゃないとか大きな傷や穴があるなとか。そりゃゴミ扱いされるわけだと俺たちみんなで納得したのである。
ちょっと見ただけでメンテくんは良し悪しを判断出来るらしい。ダンディさんのメンテくんの目利きの良さがすごいって話は冗談かと思ったら本当だったようだ。ソノヒトさんもメンテくんがいると役立つとか言っていたのはこのことが分かっていたからだろう。
さすがに木の中の空洞まで見つけたときはみんなびびった。持っただけで違和感に気付くなんてすごいな。
なんやかんやあり、俺たち学生は5日間メンテくんにしごかれながら課題を無事達成。20個どころか強制的に100個も作らされていた。さすがに猫だけでなく護身用の魔道具を持ち出して攻撃して来たときは死ぬかと焦った。
そんな俺たちにメンテくんはよくやったという表情で甘えて来る。教官モードじゃないと普通に可愛い。このギャップがたまらない。クセになってきたな。
正直な話、メンテくんのアドバイスが的確で役に立ったと思う。実はこの店の中で誰よりも1歳の赤ちゃんが有能なんじゃないか? という疑惑が学生たちの間で生まれたのは言うまでもない。
職場体験も残り2日。明日からは販売の仕事の手伝いだ。頑張って乗り切ろう!
「はーい!」
嬉しそうな顔で受け取るメンテくん。軽い気持ちで見せただけ。なのに俺たちに地獄が訪れた。
「……」じぃー。
出来た小物をまじまじと見るメンテくん。すると急に雰囲気が変わる。
何かのスイッチが入ったのだろうか。頭の悪そうな可愛いだけの赤ちゃんから目つきの鋭い赤ちゃん? へとチェンジした。あまりの変化に異様な静けさに包まれた。
「えっと……、メンテくん的にはこれどうかな?」
「にゃにゃー!!」
「メンテくん?」
返事を無視して大きな声を出すメンテくん。感想を聞きたかっただけなのに様子がおかしい。
すると猫が近づいて来た。ん? 猫がなぜこの部屋にいるんだ? 1匹どころか数匹同時にやって来る。メンテくんもあの猫達も様子が少し変だな。
「ねえ、あれ見て?!」
「あの猫なんか持ってるな」
「あれは……木の板?」
「はあ? あんな持ってきて何するんだよ?」
「さあ」
猫達が何かを咥えた状態で近づいて来た。あれは木の板。なんでそんな物を猫が? 違和感の正体は物を運んでいたことのようだ。
何が起きているのか分からないので俺たちは猫達の様子見をした。
ある猫はメンテくんの持っていた小物を確認し、その小物を咥えて床に置く。メンテくんが猫に渡したように見えたな。別の猫はその小物の上に木の板を置く。迷いが一切ないスムーズな動きだ。流れるような一体感で作業を終わらせる。まるで猫達はこれからやることが分かっているかのように。
今からいったい何が始まるのだろう? 俺たち学生はみんな困惑していた。そして……。
「きええええええええええ!!」
「「「「「――?!」」」」」
メンテくんは木の板に飛び乗った。バキッと小物が壊れる音がした。全体重を乗っけて完成した小物押し潰したのだ。猫じゃなくてメンテくんがそれをやるのか?! 予想外だった。
「メメメ、メンテくんなんてことするの?! そんなことしちゃダメだよ!!」
「ゴミぃいいい!!」
「「「「「ゴミ?!」」」」」
完成した小物の感想を聞いただけなのにゴミ扱いして破壊するメンテくん。ひどい話だ。
「にゃにゃー!!」
「にゃお(持って来たぞ)」
「えぐ(ご苦労)」
メンテくんが猫を呼ぶと、今度は猫達がゴミ箱を引きずって持って来た。咥えられないからみんなで押して来たのか。すごいな……っていやいや、どういうことだよ?!
そこに小物だった物を掴んでメンテくんが投げ入れる。すごく雑にポイポイ入れてる。本当にゴミ扱いされているな。あれ完成品だったのに。
「こえゴミ。ごみあだめ。きぇえええええー!!」
一方的にブチギレて暴れ始めるメンテくん。そこには今まであった可愛げなんてなかった。例えるなら鬼のように怖い先生に似ている。本当に1歳なのか? 年齢詐称してるんじゃないか??
メンテくんだけでなく猫も動きがおかしい。なんだか失敗は許されないという空気をかもし出している。猫達はなんて真剣な顔をしているのだろう。本当に何が起きているのか分からない。
そんな意味不明な状況の中、誰かがふと思い出したかのようにつぶやいた。
「そ、そういえばダンディさんが目利きがなんとか言ってたよな?」
「…………!」
「まさかこれのことか?」
「今のが?!」
実は今日みんなで店のスタッフにメンテくんについて聞いてみたのだ。その結果、普通の赤ちゃんらしいだから相手をするのは簡単だよって教わったのだが一部気になる意見もあった。それはメンテくんは時折とんでもない集中力を発揮する。このときは恐ろしい、誰にも止めることは出来ない。ある意味ダンディさんそっくりだと。
まさに今起きている状況に当てはまるんじゃないか? と俺たちはみんな戸惑っていた。雰囲気変わりすぎてメンテくんというよりメンテくんさんだ。さん付けしないと殺されそう。
「……ん?」
気付けば俺の周りに猫がいっぱい集まっている。というか俺以外の学生の周りも囲んでいるな。
さっきから猫にじっと見られているけどこの状況は何?? というか店の中にこんなに猫いなかったよな? あ、部屋の入口からまた猫が入って来た。どんどん増えていくんだけど……。
そういえばこの猫達は店で飼っているのかと聞いたら、全部メンテくんがひとりで連れて来たとか言っていたな。冗談かと思ったけど本当なのかもしれない。
俺昔から猫というか動物の相手をするのが苦手なんだよなあ。小さい頃に猫に引っかかれたり犬に噛まれたのがトラウマになっている。このまま猫に囲まれていると課題に集中して取り組めないなと思っていたらメンテくんが動いた。
「ちゅぎ。はあく(次。早くしろ)」
「え、今度は俺の見たいのか? えっと……これだぞ。木で出来た剣、木刀だ! 男ならこのカッコ良さが分かるだろ?」
「えぐ。…………」じぃー
彼は将来鍛冶屋で働きたいと言っていた。見た目で分かる通り彼はドワーフだ。名前はテツオ。その名の通り鉄を加工するのが得意なやつだ。木の加工もお手の物らしいな。
そんな彼から受け取った剣の小物をじっと見つめるメンテくん。べたべたと指で触って確認する。そして……。
「えぐらぁああ!」グサッ
「いてええええええええ?!」
「くぉのゴミがぁああああああああー!!!!!!!!」
どうやら剣の先っぽが尖がっていて痛かったようだ。怒ってテツオの腕にぶっ刺した後、ぶん投げて破壊した。あの木刀はリアルに再現しすぎて細すぎだったから耐久性が皆無だった。
ひでえな……。というかわざわざテツオの腕に刺す必要はなかったのでは? と思っていると壊れたゴミを猫が掃除してゴミ箱に入れていた。
……どういうことだよ?! おかしい。絶対おかしい。なぜ猫がゴミ箱を活用しているんだ。この猫達賢すぎるだろ!! 昨日今日と店にいるのを見たけど行動が違いすぎる。
メンテくんも猫も普通の状態じゃないと思っていたら視線を感じた。今こっち向かれても困るんだけどなあ。ほら見ろ、メンテくんも猫も完全に俺をロックオンしている。次の犠牲者は俺みたいだ。
「みちお、はあくちろ(早く作れ)」
「俺? まだ完成したものはないよ。実は色々作ろうかなあと思っててさ」
「ちぬがよい(死ぬがよい)」
『しゃあああああ!!!』
「え? うがああああああ?!」
俺の周りを囲んでいた猫達に襲われた。何か悪い事したっけ?! という今死ねって言わなかったか??
それにさっきより猫が増えてる。何十匹いるんだろう。どんどん部屋が狭くなって足場がないんだが……。
「おちょい(遅い)」
「メンテくんちょっと待って。今アイディアを考えているんだ……。ダメだ、猫が離れてくれないから何も浮かばないぞ」
「ちにたいの?(死にたいの?)」
「俺に厳しくない?! 好きな物を作らせてくれないのか……」
「頑張れ」「お陀仏」「いいことあるさ」←他の学生
「はーい。ちゅぎはだえ?(次は誰?)」
「「「「「……」」」」」←目を逸らす学生たち
このようなことがあり、俺たち学生はメンテくんに完成した小物を順番に見せていった。合格を貰えたらそれを作る。不合格だったら猫に攻撃される。ある意味分かりやすい仕組みだった。
メンテくんの判定がとても厳しく、試作品だろうと妥協なんて許されない。誰もしゃべらずに集中して小物を作りまくり、なんとか全員合格することが出来た。この日は誰もかもが疲れ果て爆睡したそうだ。
◆
3日目以降もメンテくんの暴れっぷりがヤバかった。
「きええええええええええ!!!!」
「きゃー?!」
木で出来た人形の胴体を両手で掴んでぽっきりと折るメンテくん。赤ちゃんは掴む力は強い。
「ほちょおおおおい、このくちょが!!(細すぎるだろ、このクソが!!)」
「ひいいい、ごめんなさい。作ります、ちゃんと作りますから」
「はやくちろ。ぶっころちゅぞおおおおおお!!!!」
掴む力だけでなく口も悪い意味で強かった。誰が1歳の赤ちゃんにこんな乱暴な言葉を覚えさせたんだろう。
メンテくんには何か目的があるのだろう。納得いくものが出来るまで俺たちに小物を作らせまくる。良い感じの小物が完成すると満足そうな顔をするのだ。ふざけてやっているわけではないようだと誰も文句を言えなかった。
ただそのやり方は問題があるなと思った。信じられないぐらい多くの猫達に監視されながら俺たちに必死に作らせるからっだ。不合格の小物を見つけてるたびにメンテくんは怒り、しっかりと修正するまで猫に囲まれたまま逃がさない。
悪口や小言を言うと猫達が一斉に襲い掛かる罰もあった。この猫達、人間の言葉が分かるのかというぐらい正確に狙って来る。完全に恐怖で支配していたな。
生まれた頃からメンテくんのことを知っているスタッフの話によると、この状態のメンテくんのことを皆は”メンテ教官”と呼んでいるらしい。教官モードに入ると猫を操れるようになるとか。
どおりで猫が軍隊みたいな統率された動きをするわけだ。うん、おかしい。俺は今何を思って納得したんだろう。疲れで脳がヤバくなったのだろうか。
「メンテ教官、これはどうでしょうか?」
「……はーい!」
「ありがとうございます!」
みんなで何度か確認した結果、教官モードになるのは目利きの判別をするときだけと判明した。職場体験の仕事中や昨日メンテくんが家に帰るときには普通の可愛い赤ちゃんだったからだ。というわけで自由時間の課題の作業だけこの姿を見せるのだろう。怒られないように集中しよう。
「こえは?」
「こ、これはまだ未完成というか右に曲がっているので修正中です。……メンテ教官。これをどうぞ」
「…………えぐ。もぐもぐ」
「あいつきたねえ?!」
「お菓子渡してるわ」
「おい見ろ、猫の攻撃が優しくなってるぞ?! こっちは血が出るぐらい引っ掻かれてるのに向こうは肉球をぽんぽんして手加減してやがるぞ」
「卑怯なり!!」
メンテ教官は賄賂に弱かった。教官がそれでいいのかと思ったけど1歳なのでしょうがない。
その後もあいつはお菓子を渡し続けて体罰を加減して貰っていた。何回も同じことをするとメンテ教官は猫の分も出せと要求し始める。猫が一列に並んで待っていたらもうないと言い、お菓子を貰えなかった猫が一斉に襲い掛かって気絶するまでボコボコにされた。メンテくんは猫を止めもせず逆にもっとやれよと怒っていた。賄賂は全員一致で禁止することになった。
メンテくんが帰った後、俺たち学生は反省会を開いた。
最初はメンテくんの頭おかしくなったのかなと思ったけど、捨てられた小物を確認したら怒った理由を理解した。これは左右対称じゃないとか大きな傷や穴があるなとか。そりゃゴミ扱いされるわけだと俺たちみんなで納得したのである。
ちょっと見ただけでメンテくんは良し悪しを判断出来るらしい。ダンディさんのメンテくんの目利きの良さがすごいって話は冗談かと思ったら本当だったようだ。ソノヒトさんもメンテくんがいると役立つとか言っていたのはこのことが分かっていたからだろう。
さすがに木の中の空洞まで見つけたときはみんなびびった。持っただけで違和感に気付くなんてすごいな。
なんやかんやあり、俺たち学生は5日間メンテくんにしごかれながら課題を無事達成。20個どころか強制的に100個も作らされていた。さすがに猫だけでなく護身用の魔道具を持ち出して攻撃して来たときは死ぬかと焦った。
そんな俺たちにメンテくんはよくやったという表情で甘えて来る。教官モードじゃないと普通に可愛い。このギャップがたまらない。クセになってきたな。
正直な話、メンテくんのアドバイスが的確で役に立ったと思う。実はこの店の中で誰よりも1歳の赤ちゃんが有能なんじゃないか? という疑惑が学生たちの間で生まれたのは言うまでもない。
職場体験も残り2日。明日からは販売の仕事の手伝いだ。頑張って乗り切ろう!
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
236
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる