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202話 「とある村の守り神伝説 その3」

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 ドカーン、ズザーン! と森の中が騒がしい。明らかに自然が発する音でない。犬の魔物が暴れているのだろう。俺は音のなる方へ近づくと黒いもや? のようなものが見えて来た。

「……なんだ?」

 普通の森には存在しないであろう黒い何か。いろいろな森を探索しているが初めて見る怪現象であった。この謎の現象を黒いもやと呼ぶことにする。

 俺は足元に落ちている木の枝や石ころを黒い靄に投げてみた。毒ガスといった自然のトラップの可能性もある。物を投げて色々と確かめてみたのだが、よく分からなかった。なぜなら何も起きないからだ。この黒い靄は人体に触れても影響がないのだろうか?

「……はあ、仕方ない。これ高かったんだよなあ」

 俺は鞄からある物を取り出す。これは使い捨ての魔力ボール。使い捨てと言いながら1個1万円という高級品である。高いから勿体ないと今までずっと使わずにいたのだが、今回初めて使ってみようと決心した。ここで使わなかったら二度と使うことがないと思ったからだ。俺はボールを握ると黒い靄に向かって投げた。

「ん?」

 一瞬だけ光ったような光らなかったような。どっちだよと言いたくなる薄っすらとした光り方だった。だが俺の目は見逃さなかった。魔力ボールに反応あり。それだけでこの黒い靄は魔力が関わっている現象と判明したわけだ。さすが信頼のナンス製の魔道具。先輩に必需品だ買えと無理矢理買わされたのが役立った。

「……やっぱあっちからかよ」

 黒い靄はさっきからずっと大きな音のする森の奥の方から漂っていた。この現象は犬の魔物と何の関係があるのだろうか? 俺は身に着けていたマントを上手に使い、黒い靄が直接肌に触れないように移動した。


「――いた!」


 音のする場所までやって来ると、俺をしつこく追いかけて来た巨大な犬の魔物を発見した。やはり騒音の正体は犬の魔物だった。その犬の前には黒い何かが動いている。犬はあの黒い何かに反応して攻撃をしているようだ。

 あの黒いのは何だ? 距離が離れすぎているせいでよく見えない。これはよく勘違いされるのだが、俺の”不変”スキルは見え方が変わらないだけの力。明るさに関係なくハッキリと見えるだけだ。視力が良いから遠くまで見えるというわけじゃない。他にも物陰に隠れた相手を見る力もないしな。そういう力は”透視”や”把握”といった別のスキル持ちなら可能だろう。

 そういう理由で今回のように黒い靄があると邪魔で仕方がない。鬱陶しいから手で払いたいところが、あいにく俺はこの黒い靄に触れる勇気がない。正体不明な物は避けるべきだ。なにせあの犬の魔物が関わっているのだから。

「……行くか」

 俺は黒い何かの正体を把握するためにこっそり慎重に近づいて行く。黒い何かだけでなく犬にも見つからないように気配を殺しながら黒い靄の隙間を通っていく。ここなら相手に見つからない絶妙な距離だとゆっくり腰を下ろした瞬間、すごい轟音と風が吹いた。なにが起きたんだ?!


 ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!

「――?!」


 おいおい、嘘だろ?! あの犬が吹き飛んでやがる?!!! 冗談みたいな光景に俺は絶句した。



 ◆


 俺は犬を吹き飛ばしたであろう相手がいる方向を見る。そこには黒い何かがたたずんでいた。きっとあれがあの犬に何かをやったのだ。一瞬だけ黒い靄が晴れ、何か足のようなものが見えた。


 ……小さっ?!


 全身ハッキリとした姿は見えなかったが、そこには俺よりもはるかに小さな生き物がいた。こんな小さな生き物があの犬を吹き飛ばしたって? にわかに信じ難い話だ。

 それより気になるのは、小さな何かは黒い靄のようなものを体にまとっていたこと。犬を吹き飛ばした攻撃の余波で一瞬だけ黒い靄が晴れ、本体らしき姿を確認出来た。黒い靄の下には小さな黒い足があり、胴体らしき部分も真っ黒。全身黒である。だがすぐに見えなくなってしまったことから黒い靄を操って身を守っているのだと判断した。

 この黒い靄の発生源はこの小さな生き物だと分かった。どうりでハッキリと見えないわけである。でもそんな特徴を持つ生き物なんているのか? 俺は見たことも聞いたこともない。この黒い何かも犬の魔物同様に新種の魔物なのかもしれない。生き残ったら先輩に聞いてみよう。


 ドスーンという音を聞き、俺は犬に視線を戻す。やったか? と思ったら吹き飛ばされた犬は無事だった。普通にコロッとした顔で立っていやがる。あの犬、あれだけの攻撃を受けて倒れないっておかしいだろ?! 周囲の木々を根こそぎ巻き込んだ強烈な一撃だったぞ! あんな広範囲の攻撃をかわせるわけがない。俺だったら死んでいただろうに。

 そこから犬の動きは速かった。黒い何かに向かって接近して行く。おいおい、俺を追いかけていた時より動きが速いじゃないか。俺は手を抜かれて遊ばれていたのかとショックを受けていると、黒い何かが動いた。暗い夜の森にともしびがともる。



「……あつ?!」



 それは燃え盛る炎だった。極太の炎がムチのように柔らかくしなりながらあの犬の顔面を焼き払った。ついでにムチの余波で周囲の木々を燃やし尽くした。あちち、あっちぃ!! こっちまで熱が伝わって来たぞ?!

 ムチの攻撃が終わってから気付いたが、焼き尽くしたどころではなかった。土がドロドロに溶けていた。ここはもう森じゃない、ぐつぐつと煮えたぎるマグマの中だ。火山地帯にやって来たのかと錯覚してしまう光景だった。あの黒い何かは加減というものを知らないのか??

 ……これって魔法だよな? 森の中に巨大な火があるわけがない。天変地異でも起きたのかと思う威力だったぞ。だが犬は普通にドロドロしたマグマの上に立っていた。意味が分からないぞ。



「ん?!」



 今度は黒い何かから突風が吹く。すると犬が何かに弾かれるように後退していった。攻撃しているのか? 俺には何も見えないんだが……。さっきから何が起きているんだ?? と思い犬を見ていると、大地にわれめが割れ目が出来ていく。地面の傷跡から刃物のような何かを飛ばしているようである。

 目に見えない刃が飛んでいく? ……あ! それは風魔法かもしれない。確か空気を操って相手を切り裂く魔法があったはずだ。今あの黒い何かがその魔法を自在に操り攻撃をしているのだろう。

 だが俺はこんな大規模かつ強力な一撃を放つ風魔法を見たことがない。えぐれた穴の深さが笑えない程おかしなことになっている。俺の目だと落とし穴の先までよく見えるから深さが分かってしまうぞ。まあ1番おかしいのは、あの犬がこの一撃を何度も受けながら普通にピンピンしていることだが。



「水?!」



 今度は黒い何かから極太で長い水が現れた。

 どうやら黒い何かは魔法でムチのような物を生み出して攻撃しているようだ。驚くべきことは複数の属性を当たり前のように使っていること。得意な属性は1人1つが基本。複数の属性を同じように使える魔法使いは珍しいのだ。そういう点からこんなふざけた威力の魔法をポンポンと使えるのは、全て得意な属性という証だろう。体が小さいからと油断してはならないようだぞ。

 現れた水のムチは犬に向かって高速で飛んでいく。そのまま犬の顔面にグルグルと巻きついて離れなくなった。犬が水を払うような動きを見せるが効果はない。……もしかして犬を溺れさせて呼吸を止めようとしているのではないか? 完全に殺しに来ていやがる。なんてえげつない一撃なんだ!! だが犬の反撃により水のムチは霧散した。あたり一帯に雨が降る。天気を操っているかのような質量の水を生み出す黒い何かとそれに対抗できるバカデカい犬。どっちもヤバい。

 このとき俺は犬が何かを飛ばす姿を目撃していた。体から何か細いものを飛ばし、体に付いた水を全て吹き飛ばしたのだ。あの細さからして俺の靴に突き刺さっていた針じゃないか? マーキングだけでなく攻撃や防御にも応用出来るのか。怖すぎる。きっとフサフサした毛の中のどこかに針があるのだろう。毛が邪魔でよく見えないから厄介だ。



「うおっ?!」


 急にゴロゴロと音がしたかと思うと、光る何かが目の前を通り過ぎていった。これは雷を使った魔法か?! これもムチのような魔法の攻撃だと思うが早すぎて何も見えなかった。ジュワッと水が蒸発したような音がしてから攻撃が終わったことに気付いた。

 今度こそやったか?! と思ったがあの犬は普通に立っていた。見た目は少し焦げているなあという変化しかない。直撃したが耐えきったのだろう。なんて犬っころだ。頑丈さが半端じゃない。犬の様子を確認した黒い何かはすぐに次の行動に移った。



「今度は岩?!」



 あの黒い何かの攻撃はまだ終わらない。今度は地面から巨大な岩が何個も飛び出てきた。岩が幾重にも重なり合い、巨大なムチのような形になっていく。これは土を動かして岩を作っていることから土魔法だろう。戦争でも始める気か??

 黒い何かは岩のムチを素早く動かして犬を物理的に潰しにかかった。なんて殺意の高い攻撃なんだ! 対する犬は巨大な前足を使い、岩を砕きにかかる。お互い受けるのではなく攻めることを選んだようだ。

 これは純粋なパワー比べ。いや真っ向勝負だ。岩は崩れるも再生を繰り返し、何度も何度も復活しては犬を攻めまくる。犬はご自慢の巨体を生かし、みなぎるパワーだけで岩を粉々に粉砕していく。犬は身体強化でもしているのか? あの質量の岩を一撃で破壊しまくる。しばらくすると岩の再生が止まった。どうやらこの勝負、犬の勝ちのようだ。

 岩が完全に崩れると、今度は別の色のムチが現れていた。相手を休ませない。黒い何かの怒涛の魔法ラッシュが続く。


「光?!」


 今度は光魔法らしきムチが出てきた。光魔法を使う魔物は穏やかな性質を持つらしいが俺は違うと思う。犬よりこの黒い何かの方が暴れまくって森を破壊しているようにしか見えないからだ。

 それはさておき、俺の目からすると光魔法の光は適度に光っているように見える。普通の人は眩しすぎて目を閉じてしまうのが光魔法の強みの1つだ。まあ俺には全然効かないがな。だがあの犬の目には効果があったみたいだ。眩しさで一瞬動きが止まったぞ。この様子は”不変”のスキルがなかったら見逃していたな。光のムチはその瞬間を待ってましたと言わんばかりに犬に当たり……砕け散った。

 強度が足りなかったのか? それとも予想外のことが起きたのだろうか。俺には不思議と黒い何かがが首を傾げたように見えた。少しだけ人間臭さを感じたが、そんな考えは一瞬で吹き飛んだ。まだ黒い何かの攻撃が終わっていなかったからだ。



「これは……。ゴクリ」



 犬の目が元に戻る前に黒いムチが出てきた。色的にあれは闇魔法だろう。光と闇は相反する魔法なので両方使える人は稀だ。だがあの黒い何かは複数の属性魔法を使うことから予想は出来た。さっきからやりたい放題だからな。あの黒い何かは人知を超えた魔法の使い手なのだろう。

 それにしてもあのムチのまっ黒さは似合っている気がする。全身真っ黒で禍々しさが倍増しているのだ。黒いムチは大地をえぐって全てを無にしていった。今までのムチと比べたら破壊力が段違いすぎる。……ってやりすぎだろ?! 森が、森がなくなっていくぞ! この黒い何かは破壊の化身的な存在なのか?? こっちにムチが飛んで来たら終わりだ。頼むからこっちにだけは来ないでくれ!!

 それからはもう滅茶苦茶だった。黒いムチが動くたびに森が滅んでいった。何もないまっさらな状態に早変わり。ここに森があったなんて話をしても誰も信じないだろう。犬の魔物とは違う意味で危険だった。



 俺は黒い何かと犬の戦闘を止められない。出ていけばすぐ死ぬことは目に見えているので見守るしかない。お互い潰しあってくれたらいいが被害が大きすぎる。というかもう遅いぐらいだ。今俺が出来ることなんてあるのか? 暴れている黒い何かを見続け、ふと何かに気付いた。何かあの姿を最近見たよな。なんだっけ……。



 ――――――――お、お土産の守り神?!!!!



 確かヘイワ村のお土産は店によって形がバラバラだった。俺は架空の存在だから形は曖昧、そういう商売で儲けているのだと思っていた。それに村の住民も神の名前なんて誰も知らないって言っていたしな。だが今の俺には分かる。あの小さな生き物は黒い靄のような物を出しているから、見る方向や場所によって姿形が変わるということを。昔の人がそれを伝えたくて伝承を残していったのだとしたら……?


 今あそこで暴れている黒いの、もしかしてヘイワ村で祀られている守り神なんじゃないか??


 そう思うと土地を汚され怒り狂って暴れている姿を想像出来た。光より闇魔法が強いのはそういうことな気がする。なるほどな、こんな強い魔物がヘイワ村の近くにいるから他の魔物は本能的に近寄らないはずだ。ヘイワ村に魔物が出ない原因を見つけてしまったぞ。伝説の魔物。これは今後しばらく騒ぎになるな……。

 偶然かもしれないが、俺は黒い何かの正体が何となく分かってしまった。おかげで落ち着きながらこの状況を整理してみた。

 今ヘイワ村の守り神と呼ばれる存在が犬の魔物と戦っている。この守り神らしき黒い魔物は人間に敵対していない。むしろ森を荒らす魔物から土地を守ってくれていたありがたい存在だろう。俺は黒い何かこと守り神を応援するべき。守り神は味方だ! 俺はそう決めた。


 頑張れ守り神! 俺は戦えないけど見守っているぞ!!


 守り神vs犬。この時点ではどちらが勝つのか分からないな。この戦いの結末を見届けるのが俺の仕事になるだろう。
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