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蜜柑色の彼と好きな物と嫌いな物と
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しおりを挟むそんな中、時間がないから早く食えと急かされて、誰のせいで食べるのが遅くなったのだと苛立ちながら、僕は弁当を食べ切り僕達は教室へと戻った。戻る途中、芦家はそれ以上何も言わず、絶対に来いとしつこくは言っては来なくて、黙って隣の席に腰掛けると芦家は直ぐにいつも通りクラスメイト達に取り囲まれ、チャイムが鳴るまで楽しそうに他のクラスメイト達と談笑をして、練習試合の事で盛り上がってるようだった。
その様子を窺いながら、僕は次の授業の準備をする。
チャイムが鳴り、芦家の周りに集まっていたクラスメイト達は各々自分の席へと戻って、授業が始まる。
授業の間中、僕は熱が籠った彼の言葉を反芻していた。
何の意味も、理解も出来ない言葉。でも、僕は1番を取るための努力を知っている。
芦家は本気の声でそう言って真剣な眼差しを向けた。本気で、何の関係性もないのに1番になると宣言して、それを僕に捧げると言ったのだ。
自分の為じゃなく、他の誰でもなく僕にそれを持ってくると。
バスケットボールの事なんて、何も詳しくないけれど、並大抵な事ではないのは理解できる。
関係ない話だろ、理論が破綻した戯言だろと、冷めたピアノにしか興味がない自分自身の声が囁くのと同時にピアノをしていた時に自分自身がコンクールで一位になる為に、努力していた自分自身の声が見に行くべきだと囁いてきて、僕は唇を噛み締める。
授業に集中出来ずに、時間だけが過ぎ去って放課後となった。
瞬間、隣の席で音を立てて立ち上がった芦家の横顔は穏やかながら、急いでいるようで取り囲まれる前に颯爽と立ち去ろうとしていた。
僕の後ろを通った瞬間「待ってるぜ」と小さく囁いて、僕が振り返る頃にはもう彼は教室から出て行ってしまった。
「今日、バスケ部練習試合らしいぜ、芦家も出るんだって、見に行く?」
「何処と?」
「茜海高校だって、昔からのライバル校でそっちも強豪だってよ」
「へぇ、どっちが強いの?」
「どっちもどっちだって」
「バスケ部気合い入ってるって先輩言ってたよ」
「芦家君見に行こうよっ」
「絶対かっこいいよね、見学時間直ぐ終わっちゃってあんま見れないけど試合中は見学自由なんだって!」
「行こ行こ~っ!楽しみ」
男女共に、楽しそうな声をあげて見学へと向かう為か体育館側の昇降口に向かい歩いていくクラスメイト達を尻目に、僕はいつも通り玄関に向かう昇降口へと向かう。
僕には関係ない、意味のない、芦家が勝手に言い出した事なんかに付き合う義理なんて無いのだと、自分に言い聞かせて一回まで降りて下駄箱へ向かう。
シューズからローファーへと履き替えようとした時、僕はため息を吐いて履き替える事なく、振り返り昼間、芦家と共に食事する為に向かった体育館の方へと歩き出す。
今だけだ。少しだけ。今日だけ、魔がさしただけなのだと、誰でも無い自分自身に言い訳をした。
体育館の周りには人集りが出来ていた。あまりの混み具合に足が止まる。
今は部活の時間な筈なのに、帰宅部以外にも見学している人間がいるのでは無いかと思う程の混み具合だ。
これでは見るのは難しそうだと、そう思った時学年が上の先輩らしきマネージャーの一人が体育館の外へと出てきた。
「見学の人数が多いので、観覧席も解放します。一階に入った人達はいれないのでまだ入れてない人達から順番に上がって行ってください」
そう伝えられて、いつも食事へと向かうステージ場にある通路とは別の通路へと向かうように案内されて、僕は人混みに流されるように逆らう事なく体育館二階の観覧席へと向かい、柵から下を見下ろす。
ワックスがかけられた床が光沢を放っていた。
辺りを見渡すがとりあえずこの辺にいるのはあまり見た事がない生徒ばかりであり、クラスメイト達は居ないようで安堵の息を吐く。
白石や他のクラスメイト達に何を言われても構わないが、それでも会わない方が気楽ではあった。
その時「来たぞ!」との声に、周りから歓声が上がる。
藍色のユニフォームに身を包んだ、高身長の選手達が控え室らしき部屋から出てくると、興奮に沸く生徒達の熱気が上がる。
その中に、一際目立っているのは、やはりというか何というか、蜜柑色の髪を煌めかせた『7番』の番号を背負った芦家の存在に、周りの女子達が色めき立つのが伝わる。
周りも高身長だが、その中でも芦家は手足が長くて身長も周りよりも高い上に、テレビに出てきそうな程整っている為、絵になるのは事実だった。
「芦家くーん!」
「きゃーっ!やばーっ、かっこいいーっ」
「亮介くん!こっち向いてぇ!」
黄色い歓声に、周りの男子達は羨ましげに悔しがる素振りを見せていたが、選手達の方はあまり気にする事なくストレッチを行ったり、顧問の教師と話していて集中している。
その様子を見ていると、他校の選手らしき集団が、体育館の一室から出てくる。
白地に赤い文字で茜海と書かれたユニフォームに身を包んだライバル校の青藍の選手達と同じ高身長の選手達が現れ、選手達は視線を絡めて相手を意識しているようだった。
ピアノのコンクールとはまた違う緊張感であったが、体感では少し似ているなと感じて、ストレッチをしている芦家を見つめると腕を伸ばしていた芦家が、ふと此方を見て目を瞬かせる。
「………っ!」
僕を見つけて数秒固まっていた芦家が、此方に大きく手を降り満面の笑みを浮かべ事に女子生徒の黄色い歓声が上がる。
流石に大声で名前などは呼ばれなかったが、また目立つ事になるのはごめんだと、素知らぬフリをすると周りにいた女子生徒達が「こっちに手振ったよねっ?!」と興奮しているのを聞いて、どうか周りもそう思ってくれと願った。
手を振っていた芦家は、上級生の選手に呼ばれて教師とチームの元へと戻り、教師からの言葉に頷いて、選手達がコート内へと入る。
勿論、芦家もコート内へと入る。
試合がもう始まる事が、伝わってきて周りの観覧席にいる生徒達の熱が高まっていく様子はピアノのコンクールとは全く違うものだと、少し驚いた。
その時、試合開始を意味するホイッスルの音が体育館内に駆け巡る。
コートの真ん中に引かれた白い丸いラインの場所に、両チームから1番背が高い選手が前に出て頭上に高く投げられたボールを弾き合う。
弾かれたボールは、丁度芦家の元へと弾かれてそれを受けた芦家はボールをドリブルして茜海の選手達を避ける。
緩急をつけて、芦家の前に立ちはだかった選手をスルリと交わしあっという間に茜海のゴール付近まで来ると放ったボールはゴールへと吸い込まれて、一際大きな歓声が沸く。
「すっげぇ!一人で抜いたっ」
「待って待って…っ!すっごいかっこいい~っ!」
男子からも女子からも、歓声が沸く中、僕は芦家を静かに見ていた。
ルールも何も分からないけど、華があるはよく分かった。
彼がこのバスケットボールをしている姿は息を呑んで、見つめてしまうものだった。
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