アリス×ゼロ

御船ノア

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国内編

第八話 アリス×ゼロ

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ビルの屋上から爆発の現場を見届けている宮下杏里は、手にしているタブレットの画面を見つめる。
そこには巨人のイラストが数十枚に分かれて描かれており、各巨人のイラストの隣には集中線で『自爆しろ』のセリフが。
「少し派手にやりすぎたな。とはいえ、あの爆発を喰らっても生きているなんて……やっぱただものじゃないな。あのゼロってやつ」
宮下は隣で倒れているゼロに涙をこぼしながら必死に声をかけているアリスに目を向ける。
「……なーんか嫌いになれないんだよなぁ。顔と雰囲気が超似てるし」
タブレットとペンシルを収める。
「ごめんアリル。私には殺せないわ」
宮下は追い討ちをかけることはせず、この場を立ち去った。


     ★


「ん……。あれ? ここは?」
「ゼロ!」
「あ、アリス。ここは?」
「ここは病院。さっきの爆発の一件覚えているでしょ? あのあと急いで救急車を呼んで運んでもらったの」
「そうだったんだ」
確かに、いつの間にか両手や足首、そして上半身全体が包帯で巻かれている。
どうやら手当の方も済んでいるようだ。
「中傷の火傷だってさ。命の別状はなく、1ヶ月も安静にしていれば退院できるそうよ」
「なら2週間ちょっとで完治するな。悪魔神は人間と違って回復力は高いから」
さりげなく悪魔神の特性を暴露したが、今のこの状況で悪事を働かせるほどアリスの心は腐っていない。
「さっきはありがとう。おかげで助かったわ」
「どういたしまして♪」
「……ねぇ、教えて。なんで私なんかを庇ったの?」
「庇う?」
「爆発する瞬間、あんたは私に覆い被さってきた。あのとき私は何がなんなのか良く分からなくて……ただされるがままになったわけだけど……後になって気づいたの」
アリスは俯いていた視線をバッとあげ、ゼロと合わせる。
「あんたは、私を守ってくれたんだって」
「……」
「どうして? どうして私なんかを……」
「勘違いをしちゃいけないよアリス。ワタシは善意の気持ちで庇ったわけじゃない。そうした方がワタシにメリットがあっただけ。だからそうした」
これは本音を隠すための建前。
ゼロは自分でも判断を誤ったと反省しており、同時に自分自身の行動に疑問も抱いていた。
なぜアリスを庇ったのか。
自分でもその理由の問いに対してハッキリと言葉が浮かび上がらない。モヤモヤとした気持ちがずっと残っている。
本当ならあそこで守りに徹するのは得策ではない。
普段ならすぐに殺しにかかるあの状況……。
考える前にはすでに体が動いてしまっていた。
「とりあえず安心しなよ。お互い命に別状はないんだ。アリスだって戦いで疲れているだろ? もう家に帰ってゆっくり休むといい」
しかしアリスは帰ろうとしない。
しんみりとした表情で握り拳を作り、何か言いたそうに唇をわなわなと震わせていた。
「……本当に、ごめんなさい」
ようやく言葉を口にしたかと思えば謝罪。
深々と頭を下げながらアリスは続ける。
「私が、私が足手まといだったから……っ」
「それは違う。むしろよく戦ってくれた。あんな巨人を前にして逃げずに立ち向かうなんてそう簡単にできることじゃない」
ゼロはアリスの頭にポンっと優しく手を置く。
「それに約束したでしょ? アリスを守るって」
「ッ」
「さ、もう帰りな。そんなに気にすることじゃ––––––」
「気にするわよッ!」
「!」
「自分で任せてと言っておいて、何も出来てなくて……っ……!」
涙声ながらも、しゃっくりをする。
顔が見えなくても、今どんな顔をしているのかは想像がついた。
「アリス……」
「今まで積み上げてきたものが、全部否定されているようで……わたし、わたし……ッ!」
頭に置いていた手はいつの間にか引いていて。
今はむしろ触れることが逆撫でをする錯覚を覚えるさせるほどに、アリスの声質からは負の感情が濃く滲み上がっていた。
「悔しいか?」
アリスはコクリとうなずく。
そんな二人の空間には数十秒の沈黙が訪れる。
その間にもアリスにかけてやれる言葉を、ゼロは頭を捻りながら考えていた。
「アリス、君がそれだけ悔しがるってことは、それだけ真剣に打ち込んできた証なのだろう。それは実に素晴らしいことだと思う」
アリスはただ黙って耳を傾ける。
「でもどんなに真剣に打ち込んできたって、結果で示せなければ意味がない。何故ならこの世は結果で成り立っているんだからね」
弱肉強食という構造がいい例だろう。
何故世の中は弱者と強者で分断されている?
理由は単純。
『力の差』という結果がそこには示されているからだ。
綺麗事など通用しない。それは負け犬の遠吠えにしか聞こえないから。
どんなに血の滲むような努力をしても、結果で示せなければ所詮は力を身に付けることができなかった弱者でしかないのだ。
今のアリスがそうであるように。
「でも卑屈になる必要はない。今のやり方がダメなら改善すればいいだけだからね。ワタシだって生まれつき天才だったわけではない。よく一人で図書館に通いながら勉強したものだ。実戦もね。なんせあのときはアリアに命を狙われた時期だったからさ。自分の身を守るためにも必死に努力をしたものだ」
知られざるゼロの過去の一部を聞き、アリスの震えていた手が止まる。
悪魔神は人間と違って生まれつき実力の持ち主だと思っていた。
しかしそれはただの思い込みだったようで。ゼロは普通の人間と同じように独学でここまで上り詰めてきたらしい。
未だに信じられない話にすぐに消化することはできないが、アリアの一件を考えれば話の辻褄は合う。
当時能力もろくに扱えない弱者だったゼロ。
強者であるアリアに殺されないようにと必死に試行錯誤しながら凄まじい成長を施した。
そんな死に追われる地獄の毎日があったからこそ、ゼロの言葉には重みを感じられるのだろう。
種族は違えど、人間臭い一面を聞いてどこか親近感が湧くような感覚が。。
「大丈夫だ。ワタシが君を強くしてあげる」
アリスがバッと顔を上げる。
予想通り顔はくしゃくしゃに歪んでいて、頬も涙の跡でいっぱいだった。
「昨日も話したろ? 君は型と系統を無視してこれまで鍛錬に励んできた。結果実力が伴わない。でも君は自分の型と系統を知った」
自分が安定型の自強化系であること。
無知はできないより残酷なもの。
だがアリスは学んだ。
そして今のやり方がダメであるということも学んだ。
ならここからは改善していくだけ。
「いいじゃないか。実質0からのスタート。君の成長には無限の可能性を秘めているということだからね。ワタシはそれを100%まで引き出せるようサポートする」
0から積み上げてきたゼロだからこそ、アリスの気持ちにも寄り添える。
その配慮はとても喜ばしことだが、アリスには一つだけ言いづらい部分が……。
「で、でも……私は…………」
「分かっているさ。君はアリアを超える勇者になりたいんだろ? そして母の仇を取るためにワタシを殺したい」
「ッッ」
「ワタシは大歓迎だよ♪ あのアリア以上に成長できるなら喜んで付き合うさ。そしていつの日か––––––」
アリスの後頭部を掴んで顔を引き寄せる。


「ワタシを殺してみろ」


憎たらしい悪魔の笑みが確かにそこにはあり、ゼロはアリスの瞳の奥をじっと見つめた。
「っ!」
言い終えるとアリスの頭から手を離す。
いきなりの距離感に、アリスの額には冷や汗が滲み出ていた。
「ワタシはこの世で最も強い自信がある。そんなワタシを殺すことができれば、アリス、君は本当の意味でアリアを超える伝説の勇者となれるだろう」
「……本当に、いいの?」
「ああもちろん。二言はない」
「……死ぬかもしれないんだよ?」
「ワタシにとってもはや死は恐怖ではない。一番恐れているのは退屈な日々を永遠と生きることだ」
悪魔神に寿命はない。
命を失うことがあるとすれば、それは戦。
この世で一番強いアリアはもういない。
代わりになる相手も見当たらない。
それなら自分で作り上げるしか方法はない。
「これからワタシはアリスの師匠になる。だが忘れるな。強くなれるかは君に掛かっている」
どんなに知識を学んでも、試す意志が続かなければ意味がない。
どんな道でも、極めるというのは膨大な時間と継続力、そして忍耐力を必要とする。
もし途中でアリスが投げ出してしまうようなことがあれば、それは終わりを意味する。
だがアリスには愚問だったようで。
「約束するわ。絶対に投げ出さない。強くなれるなら、なんだってしてやる!」
「いいね♪ やっぱアリスはそうでなくっちゃ♪」
「そしていつかあんたを、殺してみせる」
「ああ。気長に待っているよ。君が高みへ昇り詰めるまで」
最後に契約を交わすかのように、アリスとゼロは握手を交えた。
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