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第十八章

悪い事ばかりじゃないようです

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俺達は無言のまま流れゆく景色を眺めることしかできなかった。

奥ではニケさんがお医者様と何か話をしているが内容が頭まで入って来ない。

速く。

速く速く速く速く!

そんな事を考えて馬車の速度が上がるはずないのに、ただそれだけを考え続ける。

「大丈夫だ、エミリアはそんなにやわな女ではない。」

「わかっています。」

「お前が思いつめたって治るわけじゃねぇって、俺が言えたセリフじゃねぇが・・・。」

そんな俺を見かねてシルビア様とウェリスが声をかけてくれる。

だがそんな気遣いにもこたえることが出来ず、俺はただ前を見続けることしかできなかった。

「セレンに続き嬢ちゃんもかよ。」

「ニケ殿の話によれば意識はあるらしいが・・・。この一年シュウイチと共に頑張ってきた無理が出たのかもしれん。」

シルビア様の言う通りだ。

エミリアはこの一年ずっと俺と一緒に走り続けてくれた。

ダンジョンに潜ったり、危ない目にも合ってきている。

俺が危険な目に合って一番心配してくれたのは他でもないエミリアとシルビア様だ。

正直に言ってシルビア様はこれまで数々の修羅場をくぐってきているから、無理をしてないわけではないがそれなりに耐えられるかもしれない。

でもエミリアは違う。

商店連合の職員、いわばOLという奴だ。

そんな人がこんな濃密な一年を経験して、無理が出ないはずがない。

いくら俺が大丈夫だからと言って他の人も大丈夫な訳がないよな。

にもかかわらず文句も言わず俺の為にずっと頑張ってくれて・・・。

口惜しさと情けなさで何度も唇を噛む。

何時しか唇は破れ血が口の中に流れてくるが、エミリアの辛さに比べればどうってことない。

「イナバ様、大丈夫ですよ。」

お医者様と話を終えたニケさんがシルビア様の横に戻ってきたようだ。

そっと俺の肩に手を乗せて話しかけてくれた。

でも、返事が出来ない。

何を言えばいいのかわからなくて、一瞬出かかった何かをそのまま飲み込んでしまう。

今は一刻も早くエミリアの顔がみたい。

それだけしか考えられなかった。

馬車は猛スピードで街道を進み、一刻もたたないうちに村へとたどり着いた。

俺にとっては無限にも感じる時間だったが・・・。

「俺はこのまま家に戻る、世話になった。」

「いいから早く無事な顔を見せてやれ。それと、近くにいる騎士団員に店まで来いと伝えてもらえるか?」

「わかった。」

村に到着すると馬車の停止を待たずウェリスが飛び降りた。

一秒でも早く家に戻りたい俺に気を使ってくれたんだろう。

本来であれば事の流れをちゃんと説明するべきなんだろうが・・・。

「そのまま店まで行ってくれ。」

「わかりました!」

シルビアもそれがわかっているからか何も言わずに馬車を操る団員に指示を出してくれた。

猛スピードで村を駆け抜ける馬車に驚いた顔をする村人たち。

ウェリスが戻ってきたからそれとなく察してくれるだろう。

「・・・妙だな。」

「シルビア様どうかされましたか?」

「男達はともかく女たちの姿が少ないように見えた。」

「今朝は飛び出してきてしまったので村については何も・・・ですが、昨日セレン様の所に居た時には特に変な話は聞きませんでした。」

「そうか、すまん私の気にしすぎかもしれん。」

シャルちゃんの店の前を通り過ぎ、再び馬車は街道を進む。

家まではもう少しだ。

見覚えのある景色がいつも以上に長く感じたが、見覚えのあるマナの樹が見えた瞬間に俺は立ち上がっていた。

馬車が速度を落とし店の前に停車するのを待たず俺は後方から飛び降りた。

だが慌てていたからか速度を殺しきれず、たたらを踏んだ後派手に転んでしまう。

それでもすぐに立ち上がり、店の横を通り抜けて家までの道を必死に走った。

エミリア!エミリア!エミリア!

「エミリア!」

再びこけそうになりながらも最後はドアに体当たりするようにして踏みとどまり、大声でエミリアの名前を叫びながらドアを開ける。

「シュウイチさん?どうしたんですか?それにひどい傷!」

突然入ってきた俺にエミリアが驚いた顔をするも、すぐに俺が傷だらけな事に気づき慌てて駆け寄ってきた。

不安そうに手を伸ばすエミリアの手を引っ張り、力いっぱい抱きしめる。

よかった。

本当に良かった。

「大丈夫ですよ、ちょっと立ち眩みがしただけですから。」

力いっぱい抱きしめる俺の頭をエミリアが優しく撫でてくれる。

それに安心して少しずつ抱きしめる力を緩めていく。

軽く胸を押されて顔を上げると、心配そうな顔をしたエミリアがそこにいた。

まるで粗相をした子供を叱る母親のような顔をしている。

そこで急に我に返り、子供のような事をした自分に恥ずかしくなってしまった。

「す、すみませんでした。」

「もぅ、そんなに傷だらけになって。すぐに治療しますからそこに座ってください。」

「ですが・・・。」

「いいから座ってください。怒りますよ。」

「はい・・・。」

やはり母親のように見えたのは間違いないようだ。

そのまま椅子に誘導させられエミリアが救急箱を取りに行く。

よく見ると膝や肘、掌なんかもいい感じに血がにじんでいた。

派手いこけたもんなぁと今更ながら思い出す。

「エミリア無事か!?」

エミリアに治療を受けている最中に遅れてシルビア様が入ってきた。

おそらく一度店に寄ってからきたんだろう。

入ってきてすぐエミリアに治療されている俺がいたもんだから、一瞬キョトンとした顔をしてしまう。

その顔がおかしくてエミリアと二人で笑ってしまった。

「人が心配しているというのに、笑うのはどうかと思うぞ。」

「すみません、つい。」

「大丈夫なのだな?」

「ちょっと熱が出てしまっただけです。今はこの通り、ご心配をおかけしました。」

「そうか・・・だが、お医者様の診察は受けてもらうぞ。」

「わかりました。」

ヤレヤレといった感じでシルビア様が息を吐く。

「シュウイチはもう大丈夫だな?」

「取り乱しまして申し訳ありません。」

「私の時もそうやって取り乱してくれるか?」

「当たり前じゃないですか。」

「ふふ、そうやって悩まずに言ってくれるのは妻冥利に尽きるというものだ。」

治療を受ける俺を見てうれしそうに笑うシルビア様。

どうもご心配をおかけしました。

「はい、これで終わりです。」

「有難うございます。」

「それで、お二人が戻られたという事はウェリスさんは・・・。」

「お陰様で無事に戻ってきました。今頃久々の娘を見て泣いている頃ではないでしょうか。」

「あぁ、よかった。」

ホッと胸に手を当てるエミリア。


見た感じ大丈夫なように見えるけど・・・。

本当にそうだろうか。

無茶していたりしないだろうか。

それだけが心配だ。

「シルビア、お医者様は外に?」

「あぁ、待ってもらっている。」

「でしたら中に入ってもらってください。その間に店に行って様子を見てきます。」

「今日は休みにしているようだぞ。」

「そうなんですか?」

「ごめんなさい、私が倒れてしまいニケさんが呼びに行ってくれましたので・・・。」

店を開ける人間がいないんだからそりゃ休みにするしかないよね。

ガンドさん達はいるから宿の方だけ開けているんだろう。

「それは仕方ありません。今まで無理をさせてしまい申し訳ありませんでした。」

「そんな事言わないでください。無理をしたなんて思ったことありませんから。」

「ですが・・・。」

「ねぇ、シルビア様そうですよね?」

「その通りだ。私達は一度もそんなことを思ったことはないぞ。」

「・・・ありがとうございます。」

「さぁ、さっさと店に行ってこい。ここは私に任せておけ。」

まるで犬を追い払うようなジェスチャーで俺を追い出すシルビア様。

交代でお医者様が家に入ってくる。

今気づいたんだけど、セレンさんをいつも見てくれている女医さんだった。

そんなことに気づく余裕もなかったんだなぁ。

エミリアの無事を確認して安心したのか、ドッと疲れが押し寄せてくる。

倒れたと聞いてから無事を確認するまではわずか一刻程。

だがその何倍、いや何十倍もの時間が経ったように感じるよ。

その足で店に向かい裏口から中に入る。

商店の方は暗いままだが、宿の方は大勢の冒険者で賑わっていた。

「お、戻って来たな!」

「お帰りなさいイナバ様。」

「ただいま戻りました。」

「エミリア様は大丈夫ですか?」

「今お医者様にみて頂いています、とりあえずは大丈夫のようです。」

それを聞いたジルさんもまたホッと胸を撫でおろす。

ご心配をおかけしました。

「あの奴隷も無事に戻って来たんだろ?子供が出来てすぐだってのに、大変だったな。」

「お陰様で。とりあえずは無事に戻りました。」

「そいつはいい話だ。でな、申し訳ないんだがこいつらの為に店を開けてくれないか?いまニケの嬢ちゃんが準備してくれているんだが・・・。」

「あ、大丈夫です!急がなくても!」

「時間はたっぷりありますから!」

ガンドさんの言葉に周りの冒険者が慌ててフォローしてくる。

まだ開店して間もない時間だというのに皆さん待ってくれているんだよな。

俺の本来の仕事はこの店を開けること、そして商売をすることだ。

今までエミリア達にばかり押し付けていたんだから、これからは俺がしっかりしないと。

もちろんエミリアだけじゃなくニケさんもそうだし、ユーリやバッチさん、ガンドさんとジルさんもそうだ。

この店の店主は俺。

この店を支えている皆の為にも俺がしっかりしていないとな。

「すぐに準備しますのでもうしばらくお待ちくださいね。」

急いで裏に入り、準備をするニケさんを手伝う。

今まではエミリア任せだった買取も今日は俺の仕事だ。

「ニケさんは大丈夫ですか?」

「大丈夫です!」

「では忙しくなりますが頑張りましょう。」

「はい!」

遅刻してしまったけどシュリアン商店の開店だ。


「どうもありがとうございました!」

最後のお客を見送り深く頭を下げる。

夕暮れの森はとても綺麗で、久々の労働に心地よい疲れを感じる。

なによりエミリアの無事を確認できた。

それが一番嬉しかった。

大事を取ってエミリアにはそのまま休んでもらっているが、お医者様の感じでは過労だろうという事だった。

今の所大きな病気ではなさそうだ。

それが分かっただけでもありがたい。

「さぁ、店じまいにしましょうか。」

「私がやりますからイナバ様は先に戻って頂いて大丈夫ですよ?」

「いえいえ、たまには自分でやらないと忘れてしまいますから。ニケさんこそゆっくりしてください。」

帳簿を取り出しレジ金があっているかを確認する。

それが終わったら在庫の確認。

売れてしまって減ったもの、補充がいるものを確認する。

補充がいる物は発注リストを作り今日中に注文すれば明日には持ってきてもらえる。

今の所大至急の品はなさそうだな。

その後買い取った品々を整理して商店連合に回収してもらう準備をする。

へたくそながらとりあえず買い取れるだけ買い取った。

エミリアに言わせれば査定が甘いかもしれないが、これも要勉強だ。

頑張ろう。

「イナバ様表の掃除終わりました。」

「あ、すみません!助かりました。」

「お手伝いすることはありますか?」

「とりあえず何とかなりそうです。先に戻ってくださって構いませんよ?」

「いえ、待ってます。」

そういうと宿側のテーブルに座りニケさんが嬉しそうに俺を見てくる。

そんなにみられると緊張するんだが・・・。

なんだろう。

「どうしました?」

「いえ、やはりイナバ様にはお店が似合うと思いまして。」

「そうですか?」

「すごい事をされるイナバ様も素敵ですが、やっぱりここでエミリア様と共に働いておられるのが一番しっくりきます。」

そう言われると嬉しいなぁ。

俺の場所はやっぱりここなんだと、自分だけじゃなく他の人に言ってもらえるとより実感できる。

「ありがとうございます。」

「エミリア様が元気になられましたら、また一緒に働けますね。」

「そうですね。」

「でも、その期間も少しだけですね。」

「え?」

どうして?

エミリアはそんなにひどくないし、またすぐに復帰できるんじゃ・・・。

「今は一番大変な時期ですから、出来ればもう少しゆっくり復帰してもらった方がいいのかもしれません。」

「えっと、それはどういう?」

「え?」

「え?」

会話が通じてないと二人で目を合わせる。

ニケさんは一体何を言っているんだ?

「お前本気で言ってるのか?」

と、話を聞いていたガンドさんが呆れた顔で俺を見ている。

え、わかってないのは俺だけなの?

奥のジルさんも呆れたような顔をしている。

え、ガンドさんにはそんな顔するけどまさか俺まで?

「えっと・・・?」

「まことに申し上げにくいのですが、今のイナバ様はこの人よりも察しが悪いですね。」

「申し訳ありません。」

呆れるどころか言葉に出して言われてしまった。

「おそらくですが、今日の体調不良は妊娠したからではないでしょうか。」

「えっ!?」

妊娠。

その言葉を聞いた瞬間に目の前が真っ白になった。

今朝は真っ黒だったけどその逆だ。

まさかエミリアが妊娠?

そんな、そんなことが・・・。

マジか!
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