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第十八章

釣りには新鮮なエサが必要です

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大捕り物を前に、10人を超える騎士団員が夜のサンサトローズを静かに進む。

重厚な鎧を身に付けながらなぜ音がしないのか。

間にクッションのような布をかませているからだと教えてもらったのだが、それはそれで大変なような気がする。

魔法の世界なんだし消音魔法とかじゃダメなのかなぁ。

「そろそろ現場につきます。」

「うむ、いつ出てくるかわからない以上各自気を張り過ぎないように注意しておけ。」

「ハッ!」

後ろをついてきていた騎士団員がシルビア様の指示で散っていく。

そろそろトリシャさんの家の近くか。

逃げられないよう家をぐるりと取り囲むように団員の皆さんが持ち場につく。

蟻の隙間もないとはまさにこの事。

今回は凶悪な強盗犯が一般人の家に潜んでいる、という事になっている。

もちろんそんなことはありえないが、団員にはウェリスの正体を隠さなければならないので苦肉の策というわけなんだが・・・。

「ちょっとやり過ぎじゃないですかね。」

「そんなことはないぞ、ウェリスもそれなりの手練れだからな。」

「そうとは言え、これは怪我では済まないような気が・・・。」

「それぐらいでちょうどいいとシュウイチも賛同したではないか。」

いやまぁそうなんですけど・・・。

凶悪犯という扱いなので騎士団の皆さんがやる気満々なんですよ。

シャルちゃん印のポーションがあるとはいえ不安だなぁ。

「なに、大丈夫だ。出来るだけ穏便に捕縛するように指示は出している。」

「くれぐれもやり過ぎない様おねがいします。」

「各員配置につきました!」

「対象が出てくる前に住民が先に出てくるはずだ、素早く保護するようにな。」

「ハッ!」

静寂があたりを包む。

俺とシルビア様は離れた所で様子を見ながらその時を待ち続けた。

「む、動いたな。」

先程まで真っ暗だったトリシャさんの家に明かりが灯る。

中の様子まではうかがえないが、人影が二つ動いているのが見えた。

「待ってください!イナバ様は無理に動くなって!」

「そんなこと言っていたらあいつ等が来ちまうだろ、行くしかねぇんだよ。」

「ウェリスさん!」

先に出て行こうとしたウェリスをトリシャさんが引き留めるような恰好になっている。

あれ、さっきの話ではトリシャさんが先に出てくるはずじゃ・・・。

「いたぞ!捕まえろ!」

「観念しやがれ!」

「保護対象も一緒だ、抵抗される前に制圧しろ!」

ウェリスが一歩家から出たその瞬間に、隠れていた団員たちが飛び出していく。

突然の襲撃に一瞬でウェリスも反応するが時すでに遅し。

なんとトリシャさんが入り口を閉めて鍵をかけてしまったのだ。

締め出された格好になり、慌てて走り出そうとするもどの方向からも騎士団員が迫ってくる。

「くそ!なんでここが!まさか俺の居場所をばらしやがったな!」

「おい、何か言ってるぞ。」

「構うな、捕縛しろ!」

「離しやがれ!俺はこんな所で捕まるわけにはいかないんだよ!」

最初に行く手を遮った一人目をヒラリと躱し、次いで現れた二人目を手で制しながら路地へと走るウェリス。

だがその先の路地からも三人、四人目の団員が出てきたので慌ててターンするも背後からさらに三人迫っていた。

さすがサンサトローズ騎士団ナイスチームワークですね!

あれよあれよという間に組み敷かれ、手に紐を掛けられるウェリス。

「おい、離せ!俺が何したって言うんだよ!」

「うるさい騒ぐな!」

「強盗犯が何を偉そうに、言い訳は詰め所で聞かせてもらおうか!」

「観念しろ!」

「強盗犯!?何かの間違いだろ、おい!」

てっきり居場所が見つかり捕まったと思っていたウェリスだが、あらぬ罪で捕まったと知りさらに抵抗を強める。

無理やり羽交い絞めにする騎士団員も動きが荒くなり、このままではけが人が出そうな感じだ。

「ふむ、流石にこれ以上はまずいか。」

「シルビアお願い出来ますか?」

「うむ、シュウイチが行くよりも私が行った方が円滑に話は進むだろう。」

暴れるウェリスを見かねてシルビア様の重たい腰がやっと上がったようだ。

俺が行くとウェリスがまた変な事を考えそうなので、ここはシルビアにお任せする。

「何をしている!速やかに犯人を連行しろ!」

「申し訳ありません、すぐに!」

「ちょ、おい!なんでアンタがここにいるんだよ!」

「シルビア様に向かってなんて口の利き方だ!黙ってろ!」

「おい、助けてくれ!俺は強盗犯なんかじゃない!頼む!」

ウェリスがシルビア様にすがろうとするが興味なさそうに指示だけ出してその場を離れるシルビア様。

最後には猿轡をかまされ、叫ぶことも出来ずウェリスは連行されていった。

自分で言いだしておいてなんだけど、これでよかった・・・んだよな?

「取り合えずこれで一安心だな。」

「急ぎ騎士団に戻ってウェリス・・・というか団員の誤解を解きましょうか。」

「牢に入れてしまえば問題はない、騒ごうが何しようがいつもの事だ。」

「絶対に恨まれますよね、これ。」

想定よりもかなり手荒くなってしまった。

致し方ないとはいえ当分言われるんだろうなぁ。

「あいつが私達の手を借りないと先に言ったのだ、手荒くなったのも致し方のない事。最初から素直に話を聞いていればこんなことにはならなかった、そうだろ?」

「そう・・・ですね。」

「そこまで心配ならお前は先に行き様子を見てくるが良い、私はトシリャ殿に話をしてくる。」

そうか、一番驚いているのはトリシャさんか。

最初に話していたよりもかなり過激になってしまったからショックを受けている事だろう。

そっちはシルビア様にお願いして、俺はウェリスの誤解を解いておくとしよう。

とんとんと戸をノックする音を背中で聞きながら、俺は先を行く団員の皆さんを追いかけて騎士団へと急いだ。

「やっぱりお前が犯人かよ。」

「人を犯人呼ばわりするのはやめて貰えます?」

「うるせぇ、お前のせいでボコボコにされたんだぞ?一発殴らせろ。」

「怪我はポーションで治してやったんだ、それでおあいこだろ。」

鉄格子の向こう側に胡坐を組んだウェリスが恨めしそうな顔で俺を睨んで来る。

あの後すぐに騎士団へと向かい、ウェリスに事情を説明した。

最初こそ驚いた顔をしたが、シルビア様の登場もあって大方感づいていたんだろう。

「よりによって騎士団に捕まえられるとか、全部終わりじゃねぇか。」

「そんな事ないぞ?」

「なんでだよ。これで俺が逃げたって事がばれちまった、最悪死刑よくても炭鉱送りだ。」

ったく、負のスパイラルに落ちやがって。

俺が居ながらそんなことさせるわけないだろうが。

「今、目の前にいるのは強盗犯のウェリースってチンケな男だから俺達の知っている元盗賊のウェリスじゃない。騎士団には逃走ではなく仕事で別の場所に行かせているという内容の書類を偽造・・・もとい作製して提出しているし当分は大丈夫だろ。」

「お前、それ本気で言ってるのか?」

「カムリ騎士団長も快く書類を受け取ってくれたんだ。まったく、うちの奴隷に名前が似ているから慌てて確認しに来たが、とんだ無駄足だったな。」

「・・・で、俺に何をさせるつもりだ?」

せっかく状況を説明してあげたのに俺の演技はガン無視ですか。

後で覚えとけよ。

「まずは状況確認と行かせてもらいましょう。どういう流れでこうなったのか、話してくれますよね。」

「話さなかったらどうなるんだ?」

「チンケな強盗ウェリースとして尋問されるだけ。但し、元騎士団長直々のきついやつですが。」

「最悪だな、前に捕まった時だってそこまでされなかったぞ。」

「あの時は協力的でしたからね。今回も盗賊団壊滅にご協力いただけるのであれば、それなりの対応をしてあげましょう。」

「その話し方、一年前と全く同じだな。」

そういえばそうだな。

ウェリスを最初に捕まえたのも春先だった気がする。

店が開店する前だしあっている・・・はずだ。

「今回も同じだよ。お前と一緒に盗賊団を壊滅させて、家に帰る、それだけだ。」

「二人は無事なんだよな?」

「今は騎士団員が護衛についてる、だから安心して俺達に助けられろよ。」

「ったくなんでお前らはそんなお人好しなんだよ。」

「帰ったらちゃんと二人に土下座して詫びろよ、ウェリス。」

「俺はウェリースじゃなかったのか?」

「おっと、言い間違えた。」

俺のふざけた様子にまた大きなため息をつく。

だが次に顔を上げた時には、いつものような真剣な顔に戻っていた。

「わかった。知っていることも有ると思うが全部話そう。話すと長くなるが・・・。」

「シルビアが戻ってくるまで時間はあります、たっぷり聞かせてもらいましょうか。」


時系列はこんな感じだ。

まずウェリスがサンサトローズに一人で買い物に行く。

街に到着後予定通り買い物を終え戻ろうとした時に向こうから声を掛けられる。

話に聞いていた通り、コッペンの元仲間で昨年壊滅させた盗賊団の残党らしい。

どうして捕まっていなかったかというと遠くでしのぎをしており、一網打尽というわけにはいかなかったそうだ。

盗賊団は壊滅、崇拝していたリーダー二人は死亡。

にもかかわらずウェリスを含めた裏切り者は奴隷という身分ではあるが、食うに困ることも無く平々凡々と生活している。

そのことを偶々村に出稼ぎに来ていた残党の仲間が発見し、残党のリーダーに報告。

その後は労働者に紛れて監視を続け情報収集していたようだ。

そして今回ウェリスが一人になったのを好機とみて接触してきたらしい。

「じゃあ、裏切り者は死ねとかそういう風に言われていたわけではないんだな?」

「そうだな。連中からしてみれば俺が生きていることはむかつくが、殺すのもまた面倒という感じのようだ。それよりも有効利用して金を稼ぎたかったんだろう。」

「なるほど、盗賊団にいる時はウェリスが稼ぎ頭だったからか。」

「別に俺だけの知恵じゃないんだが・・・、いまさら言っても仕方ないだろう。」

話は大体読めてきた。

つまりはだ、奴らはただ金が欲しいだけでそれ以外は特に悪さをしないという事だな。

じゃあ話は早い。

金を稼がせてやればいい。

ある程度稼いで満足したらどこかに行くだろうから、二度と手を出すなと脅してやればちょっかいをかけてこないだろう。

え、それじゃ裏取引だって?

裏取引だけどそれにも裏があれば最終的には表に戻ってくるから。

終わり良ければ総て良しってやつですよ。

「コッペンの所に言った理由は?」

「この一年近く村にいてこっちの情報なんて何もなかったからな、それを知るために利用したんだ。」

「そして、コッペンが余計な事までしゃべってくれたおかげで二人が人質に取られてない事を知り逃げ出したと。」

「無事ならばわざわざ言う事を聞く必要はないからな。だが、逃げ出してからこのままじゃ帰れない事に気が付いた。」

「戻ればまた狙われると考えて一人で何とかしようとしたわけだな。」

「お前たちが探しに来ることは想像がついていたが、逃亡したとみなされる状況でさすがに騎士団に行く勇気はなかったよ。」

まぁ結局はこうやって騎士団のご厄介になっているわけだけどね!

一人で複数人と戦うのはさすがに無理があるんじゃないかなぁ。

一人身ならどうなってもいいだろうけど、今は守るべき人が増えたんだから。

それを考えたからこそ戻れなかったって気持ちはわかるけどね。

「あの時、私とすれ違いながらどうして話しかけなかったんですか?」

「追われている状況で戦えないお前なんか連れて行けるかよ!」

今思えばどう考えても足手まといですね、ありがとうございました。

「その後トリシャさんに出会ってかくまってもらい今に至ると・・・。これで話が繋がりましたよ。」

「まさかボコボコにされて騎士団に来ることになるとは思わなかったけどな。」

「いやいや、ボコボコにされたのはチンケな窃盗犯ウェリースだから。」

「で、どうするんだ?」

「それさっきも言いましたよね。」

「んなことどうでもいいんだよ、どうする、どうすればいい?」

鉄格子を両手で掴みガタガタと揺らす姿はどう見ても類人猿・・・いや、人は皆そうか。

そんな事よりもどうするかだ。

「この後コッペンを通じて貴方を探し回っているであろうお仲間さんと接触を図ります。表向きはウェリスの身柄引き渡し。利用しようとしているだけなら喜んで出て来てくれるでしょう。」

「雇い主のお前が引き渡すって、それは無理な話だろ。」

「いえいえ、貴方が勝手に逃げ出して別の場所で捕まれば私も責任を問われるから、あとは好きにしてくれて構わないとでもいえば言い訳が立ちますよ。」

「最低だな、お前。」

「だから表向きですって。」

「で、接触してどうする。」

「別の場所に呼び出して一網打尽にします。場所は懐かしい例の谷なんていかがでしょうか。」

例の谷と聞いてウェリスが目を丸くする。

「そう上手くいくのか?」

「シルビアにも同じことを言われましたよ。でもそれしか方法が思いつかないんですよね、代わりにいい案ありますか?」

「俺に聞くなよ。」

「では、そういう事で。騎士団の了承は取り付けていますので、後はまぁ何とかなりますよ。」

「お前が言うと本当にそうなるんだろうな。」

「いえいえ、間をつなぐのは私ですが最後は騎士団の皆さんにご登場願うだけです。」

今回も他力本願全開、でも途中は自力で何とかつないで見せましょう。

さっさと解決して、さっさと戻って、本業に精を出さないとね!

「シュウイチ、戻ったぞ。」

「あ、お帰りなさい。」

と、ナイスタイミングでシルビア様が戻ってきた。

鉄格子をつかんで向かい合う俺たちを見て苦笑いを浮かべている。

なんだろうその笑いは。

「一年ほど前に同じ光景を見た気がするのは気のせいか?」

「さっき同じことを話していました。」

「ウェリス、今回の件は事情が事情だけに特に咎めることはない。だがな、お前はもう一人じゃないんだ、何としてでも生きて帰る、その為には私たちに遠慮をするな。わかったな。」

「ありがとうございます。」

神妙な顔でウェリスが頭を下げる。

俺もこの間危なかったけど、最後の最後まであきらめなかったからこうやって生きていられる。

あきらめるな!と某太陽神も言っているしね。

「で、話は聞き出せたのか?」

「はい、今後の話まで伝えてあります。」

「せっかく捕まったんだ、最後の最後まで付き合ってもらうぞ。」

「もちろんだ、元はというと俺の不始末が原因だからな。」

「なに、お前はエサだ。エサはエサらしくしていればそれでいいから安心して使われていろ。」

シルビア様、その言い方はちょっと・・・。

でもまぁ本当のことだしまぁいいか。

ウェリスも無事に捕獲できたし、次はいよいよエサを使った一本釣りといきましょうかね。
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