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第十八章
些細な記憶でも構わない
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ウェリスが戻ってこなかった。
冗談で言っていたはずなのにそれは現実に起きてしまい、その事実が俺達をより混乱させた。
何故。
どうして。
そんな言葉ばかりが俺達の口から漏れる。
でも何時までもそのままではいられない。
アイツがそんな事をするはずがない。
それだけは皆信じている。
「私は急ぎ騎士団に話をつけてくる。預かっている犯罪奴隷が逃走したとなっては大問題だからな。」
「宜しくお願いします。」
「あの馬鹿が一体何処で何をしているんだ。」
「何か事件に巻き込まれたという可能性もありますし、とりあえず今は待つしかありません。」
まだ陽も昇らない早朝。
まだ薄暗い村に馬の嘶きが小さく響いた。
何も情報が入ってこない現状では不安が大きくなるばかりだ。
それを解決する為には直接現地に行くしかない。
と、言う事で一番情報を集め易いシルビア様にサンサトローズへ向ってもらうことになった。
子供が生まれ幸せ一杯のウェリスだが、今の身分は犯罪奴隷だ。
本来であればシルビア様の監視下でしか自由が認められない状況で失踪したとなれば、シルビアの責任問題になってしまう。
それどころかウェリス自身には賞金がかけられ、捕縛され次第一生労働奴隷として炭鉱かどこかに送られるか最悪の場合処刑されるだろう。
幸せの絶頂から真っ逆さまに転落だ。
頭の悪い馬鹿野郎なら後先考えずに逃げるかもしれないが、俺達の知っているあの男はそうじゃない。
なによりセレンさんとセリスちゃんを置いて逃げるわけがない。
それを分かっているからこそ今のこの状況が信じられないんだ。
「セレン殿はどうしてる?」
「今は眠っています。」
「そうか、今日は出来るだけ傍にいてやってくれ。」
「ニケさんにお願いしてありますし、店が落ち着き次第ユーリにも行ってもらう予定です。」
「今日は定期便も来る、大変だろうが宜しく頼む。」
「シルビアも気をつけて。」
馬の腹を蹴ると同時にシルビアの姿が視界から消える。
日の出前にはサンサトローズに着くだろう。
もしトラブルに巻き込まれたのであれば何かしらの情報が騎士団に届いているはずだ。
騎士団長を辞してもなお絶大な力を有しているのは本来はよろしくないんだろうけど、今はそれがありがたい。
吉報期待しつつ、俺達は俺達に出来る範囲で情報収集するしかないな。
夏前のはずなのに妙に冷たい風が身体にまとわりつく。
これから次々と襲い来るであろう現実に本来の自分が惑わされぬよう両腕で強く自分の身体を抱きしめた。
「あ、シュウイチさんおかえりなさい。」
「シルビア様は向われましたか?」
「えぇ、無事に出発しました。何をするにしてもここにいては何も分かりません、ひとまずはシルビアに任せ私達は私達に出来る事をしましょう。」
「そう、ですね。」
「予定通りニケさんにはここで待機してもらって、セレンさんの手助けをしてあげてください。さすがにこの状況で一人は可愛そうです。」
「そうさせていただきます。」
「ユーリは店が空き次第こっちに来てください、エミリアには無理をかけますが二人で乗り切りましょう。」
「お任せ下さい。」
ここで出来る事は何もない。
でも、ここでは無い場所でなら出来る事がある。
そう、自分達の店だ。
幸いウチにはサンサトローズを根城にしている冒険者も多い、彼らに昨日何があった聞けば何か分かるかもしれない。
「セレンさんはまだお休みのようですね・・・、今のうちに行きましょう。」
皆で不安そうな顔をつき合わせるよりかはいないほうが幾分かましだろう。
ニケさんに後をお願いして家を出る。
そのまま店に行こうかと思ったとき、まだ薄暗い村の畑のほうからなにやら声が聞こえてくる。
普通の声じゃない、怒鳴り声に近い感じだ。
「どうしたんでしょう。」
「様子を見てくるので二人は先に戻ってください。」
三人で行く必要は無いだろう。
畑に近づくにつれこえはどんどん大きくなっていく。
それと一緒にそこに居るのが誰かも分かってきて・・・。
あれはドリスのオッサンと部下の皆さんかな?
「だから、俺達も行かせてくれよ!」
「そうだ!あのアニキが帰ってこないなんて絶対に何かあったに決まってる!」
「アニキが姐さんを置いていくはずがねぇ!」
「俺達なら裏の奴等にも顔が利く、頼む!」
部下の皆さんがオッサンを囲んで直談判しているようだ。
パッと見カツアゲされているようにもみえるが、勿論そんなはずがない。
「だから言ってんだろ、お前達を行かせるのは無理なんだよ。」
「何でだよ!」
「ウェリスについでお前達までいなくなったらニッカさんにも迷惑がかかんだよ。」
「逃げねぇって言ってんだろうが!それにアニキも逃げてねぇ何かの間違いだ!」
「そうだそうだ!」
更にヒートアップする皆さんだがオッサンは至って冷静だ。
あそこで釣られていたら収拾がつかなくなっていたが、そこは年の功。
いや、そうじゃないな。
それだけオッサンがウェリスを信頼しているからだろう。
「俺だって、いやこの村の全員がアイツが逃げるはずないってわかってるさ。でもな、他の連中はそうじゃねぇ。村から預かっている奴隷がいなくなった、それだけで大問題なんだよ。そんな状況でお前らを外に出せるわけがないだろうが。」
「だけどよぉ!」
「だけどもへったくれもねぇ、今の俺達にはあいつを信じて待つしか出来ねぇんだ。俺以上に信じているなら今は堪えろ、わかったな。」
オッサンに諭されて部下の皆さんが口を噤む。
自分達が奴隷じゃなかったら、今すぐにでも飛んでいくのに。
そんな悔しさが全身からにじみ出ていた。
でも、そうなんだよ。
今は我慢するしかないんだ。
ウェリスが犯罪奴隷である事実は変わらない。
だけど、村のどこにもウェリスをそんな目で見る人はいない。
あいつがこの一年この村で積み上げてきた信頼はそんな事で揺らぐはずがない。
絶対に何かあったんだ。
そう皆が思っているし信じている。
でも、村の外ではそうじゃない。
いくら俺達が無実を訴えても、犯罪奴隷が逃げたという事実は変わらない。
その事実が広がればシルビアやニッカさん、勿論俺も責任を問われることだろう。
そうなれば部下の皆さんもここにいる事は出来なくなる。
この中にはウェリスのように村の人と恋仲の人もいる。
その人達を引き裂かせない為にも今は信じて待つしかできないんだ。
「皆さん、今はシルビアを、ウェリスを信じて待ちましょう。私達も出来る限りの事をします。」
「イナバ様・・・。」
「なんだ見てたのか。」
話が収まってきた所で全員に声をかける。
バツの悪そうな顔をする人もいるが、誰もそんな事気にしてないよ。
「皆さんの気持ちは痛いほどわかります。私以上にウェリスの事を信じているからこそ、彼がそんなことするはずが無いと声を大にして言いたいはずだ。でも、今それをすれば事実が外に広がってします、それだけは何としてでも避けなければなりません。」
「・・・わかりました。おいお前らも分かったよな。」
「仕方ねぇ。」
「兄貴は戻ってくる。絶対にだ。」
「そうだ、戻ってくる。だから俺達はいつものように働くだけだ。」
「くそ、何処のどいつだよ。見つけたらブチ殺してやる。」
最後に物騒なセリフが聞こえたが俺も同じ気持ちだ。
セレンさんとセリスちゃんを不安にさせやがって。
犯人を見つけたら容赦しないからな。
例え相手が誰であれボコボコにしてやる。
使えるコネを全部使って、社会的にも肉体的にもだ。
え、そこも他力本願なのかって?
当たり前だろ、使えるもの全部使ってやるからな!
とまぁ、とりあえずはその場を収めて店へと戻った。
ウェリスの件は他言無用、だけど出来る範囲で情報収集をするようにと指示を出してある。
定期便では冒険者だけでなく労働者も来てくれるはずだ。
幅広い人に話を聞いて、昨日サンサトローズで何かなかったか些細な情報でも良いから拾っていく。
それが今の俺達に出来る全てだ。
ガンドさんとジルさんにも事情を説明して同様に情報収集をお願いしてある。
本当に些細な事でも良い、なにか引っかかってくれれば良いんだけど・・・。
「いらっしゃいませ、シュリアン商店にようこそ。」
「あ、イナバさん戻ってきたんですね!」
「おかげ様で。今日は何がご入用ですか?」
「ポーションと探索セットを三人分お願いします。」
「わかりました、少々お待ち下さい。」
予想通り沢山の冒険者が今日も来てくれた。
その一人一人に話しかけながら情報を集めていく。
ちなみに探索セットとは、携帯食料・水・燃料の必需品を一まとめにしたお得な奴だ。
単品販売が当たり前だったが皆同じ物を頼んでいくのでひとまとめにしてみた。
ちなみに代金は単品販売で銅貨50枚だったのを銅貨40枚に値下げしている。
必需品は安く、それがシュリアン商店のやり方だ。
「お待たせしました、三人分とポーションで銀貨2枚と銅貨70枚です。はい、お釣りの銅貨30枚確認をお願いします。」
「ありがとうございます。」
「あ、それと一つ聞きたいんですけど、昨日サンサトローズで何かかわったことはありませんでしたか?」
商品を渡しながら問いかけてみる。
「んー、特に何もなかったと思いますけど。」
「そうですか。どうぞ気を付けて、いってらっしゃい。」
あまり深く聞くとボロが出るのでついでぐらいの感覚で聞いていく。
何か気になることがあればポッと思い出すかもしれないが、そうでもないのであれば考えても出てこないだろう。
そして次のお客にも同じように問いかける。
朝から初めて冒険者の列がはけたのはお昼前。
かなりの人数に話を聞いたはずだが、残念ながらめぼしい情報はなかった。
「シュウイチさん、今のうちにお昼をどうぞ。」
「じゃあお先に。」
空いたタイミングで急ぎ昼食を取る。
昼前になるとダンジョンから上がってきた冒険者がまた押し寄せてくるので、それまでに片づけやら何やらしなければならない。
一人少ないだけでこの状態、俺がいない間も大変だったんだろうなぁ。
「ジルさん、お昼をお願いします。」
「お疲れ様でした。」
「なにかわかりました?」
「いや、皆口をそろえて何もなかったばかりだな。本当に何もなかったのかもしれないが、すまない。」
「ガンドさんが悪いわけじゃないですよ。こっちも収穫無しですし、本当に何もなかったのかもしれません。」
大きな騒ぎになっていれば一人ぐらいは何か知っているだろう。
でもそうじゃないという事は何もなかった。
そう考えるのが自然だ。
何もなかった。
でも、ウェリスは戻ってこなかった。
じゃあ何もなかったはずがないよな。
だから俺達は諦めない。
聞いて聞いて聞き続けて、ちょっとでもいつもと違うことがあったのなら、それを追求する。
それが今出来る唯一の事だ。
交代で昼食を取り、事務処理などを早めに終わらせる。
そして気付けば昼の中休みの頃。
冒険者がダンジョンから戻ってきた。
「おかえりなさい、収穫はいかがでした?」
「それなりかな。話に聞いていたよりかは難しくなかったんで明日はもう少し奥まで行きますよ。」
「それなり?途中罠に嵌って危なかった奴がよく言うぜ。」
「うるせぇ!あそこに落とし罠があるなんて思うはずないだろ。」
「トリモチでよかったじゃねぇか槍とかだったらそこで終わりだったんだから。」
「あはは、ご無事で何よりです。ここは初めてでしたか?」
皆返り血がいたるところについているが大きな怪我などはしていないようだ。
どんな話を聞いてきたかは知らないけれど、最初はそんなもんですよ、最初はね。
「王都で話を聞いてきたんですよ。」
「それは遠い所を有難う御座います。当分はここに?それとも村に?」
「ここはちょっと手持ちが・・・。」
「お前がポーション使わなかったら泊まれたんだけどな。」
「だから煩いって!」
男三人組、まだ年齢は高く無さそうだ。
初心者って程じゃないけど中級までは足りない感じだろうか。
王都からも来てくれるようになるとは、この前頑張った甲斐があったってものだ。
「村の宿は安いですが食事の量が自慢です。買取が必要であればどうぞ奥へ、査定が上がるまで奥でゆっくりお待ち下さい。なにか聞きたいことがあればガンドさんが聞いてくださると思いますよ。」
「ガンドってあの豪腕のガンドですか!?」
「えぇ、今は引退されてウチで働いてもらっています。」
「お、俺一度会ってみたかったんだ!」
「おい、俺が先だぞ!」
我先にと中になだれ込む二人。
残された一人と顔を見合わせ思わず笑ってしまった。
そのまま買取カウンターに移りその場で査定をしながら話しを続ける。
「貴方は行かなくて良いんですか?」
「僕はあんまりご縁がなくて。ほら、こんなにひ弱な身体ですし。」
「そんな事ありませんよ。魔物と戦えるだけで十分凄いです。」
「イナバ様もダンジョンに?」
「えぇ、この間ベリリウムのダンジョンに潜っていました。」
「最速記録作ったんですよね、さすがです。」
「偶然ですよ。」
マップを丸暗記し魔物はほぼ処理済、最後は階段を転がり落ちてとは言えるはずがない。
「あの二人の感じだと当分お世話になると思います、宜しくお願いします。」
「こちらこそ是非ご贔屓に。昨日はサンサトローズに泊まったんですか?」
「はい。あそこも良い街ですね、王都みたいに活気があって楽しかったです。その割りに治安がいいのかあまり自警団や騎士団員がいないのが意外でした。」
「それはよかった。ちなみに何か変わった事はありませんでしたか?」
「変わったこと・・・ですか。」
口元に手を当てて思い出しているのだろうか。
魔術師のローブを身に纏っているだけあって絵になる感じだ。
「そういえば昨日の夜、宿の裏で怒鳴り声を聞きました。治安が良いと思ってたんですけど、彼らみたいのがいますから仕方ないですよね。」
「怒鳴り声?」
「最初は酔っ払いが喧嘩してるのかと思ったんですけど、『妻と娘に手を出すな!』って声を最後に急に静かになって・・・。」
「それです!」
話を遮るようにして大声を出してしまった。
何事かと店にいる全員がこちらを向くが気にしている場合じゃない。
「それについて詳しく教えてください、場所は、時間は、宿泊先は何処ですか!?」
まくしたてるように質問を浴びせまくる。
1日掛けてやっと見つけたヒントなんだ。
一つも無駄にできないぞ!
冗談で言っていたはずなのにそれは現実に起きてしまい、その事実が俺達をより混乱させた。
何故。
どうして。
そんな言葉ばかりが俺達の口から漏れる。
でも何時までもそのままではいられない。
アイツがそんな事をするはずがない。
それだけは皆信じている。
「私は急ぎ騎士団に話をつけてくる。預かっている犯罪奴隷が逃走したとなっては大問題だからな。」
「宜しくお願いします。」
「あの馬鹿が一体何処で何をしているんだ。」
「何か事件に巻き込まれたという可能性もありますし、とりあえず今は待つしかありません。」
まだ陽も昇らない早朝。
まだ薄暗い村に馬の嘶きが小さく響いた。
何も情報が入ってこない現状では不安が大きくなるばかりだ。
それを解決する為には直接現地に行くしかない。
と、言う事で一番情報を集め易いシルビア様にサンサトローズへ向ってもらうことになった。
子供が生まれ幸せ一杯のウェリスだが、今の身分は犯罪奴隷だ。
本来であればシルビア様の監視下でしか自由が認められない状況で失踪したとなれば、シルビアの責任問題になってしまう。
それどころかウェリス自身には賞金がかけられ、捕縛され次第一生労働奴隷として炭鉱かどこかに送られるか最悪の場合処刑されるだろう。
幸せの絶頂から真っ逆さまに転落だ。
頭の悪い馬鹿野郎なら後先考えずに逃げるかもしれないが、俺達の知っているあの男はそうじゃない。
なによりセレンさんとセリスちゃんを置いて逃げるわけがない。
それを分かっているからこそ今のこの状況が信じられないんだ。
「セレン殿はどうしてる?」
「今は眠っています。」
「そうか、今日は出来るだけ傍にいてやってくれ。」
「ニケさんにお願いしてありますし、店が落ち着き次第ユーリにも行ってもらう予定です。」
「今日は定期便も来る、大変だろうが宜しく頼む。」
「シルビアも気をつけて。」
馬の腹を蹴ると同時にシルビアの姿が視界から消える。
日の出前にはサンサトローズに着くだろう。
もしトラブルに巻き込まれたのであれば何かしらの情報が騎士団に届いているはずだ。
騎士団長を辞してもなお絶大な力を有しているのは本来はよろしくないんだろうけど、今はそれがありがたい。
吉報期待しつつ、俺達は俺達に出来る範囲で情報収集するしかないな。
夏前のはずなのに妙に冷たい風が身体にまとわりつく。
これから次々と襲い来るであろう現実に本来の自分が惑わされぬよう両腕で強く自分の身体を抱きしめた。
「あ、シュウイチさんおかえりなさい。」
「シルビア様は向われましたか?」
「えぇ、無事に出発しました。何をするにしてもここにいては何も分かりません、ひとまずはシルビアに任せ私達は私達に出来る事をしましょう。」
「そう、ですね。」
「予定通りニケさんにはここで待機してもらって、セレンさんの手助けをしてあげてください。さすがにこの状況で一人は可愛そうです。」
「そうさせていただきます。」
「ユーリは店が空き次第こっちに来てください、エミリアには無理をかけますが二人で乗り切りましょう。」
「お任せ下さい。」
ここで出来る事は何もない。
でも、ここでは無い場所でなら出来る事がある。
そう、自分達の店だ。
幸いウチにはサンサトローズを根城にしている冒険者も多い、彼らに昨日何があった聞けば何か分かるかもしれない。
「セレンさんはまだお休みのようですね・・・、今のうちに行きましょう。」
皆で不安そうな顔をつき合わせるよりかはいないほうが幾分かましだろう。
ニケさんに後をお願いして家を出る。
そのまま店に行こうかと思ったとき、まだ薄暗い村の畑のほうからなにやら声が聞こえてくる。
普通の声じゃない、怒鳴り声に近い感じだ。
「どうしたんでしょう。」
「様子を見てくるので二人は先に戻ってください。」
三人で行く必要は無いだろう。
畑に近づくにつれこえはどんどん大きくなっていく。
それと一緒にそこに居るのが誰かも分かってきて・・・。
あれはドリスのオッサンと部下の皆さんかな?
「だから、俺達も行かせてくれよ!」
「そうだ!あのアニキが帰ってこないなんて絶対に何かあったに決まってる!」
「アニキが姐さんを置いていくはずがねぇ!」
「俺達なら裏の奴等にも顔が利く、頼む!」
部下の皆さんがオッサンを囲んで直談判しているようだ。
パッと見カツアゲされているようにもみえるが、勿論そんなはずがない。
「だから言ってんだろ、お前達を行かせるのは無理なんだよ。」
「何でだよ!」
「ウェリスについでお前達までいなくなったらニッカさんにも迷惑がかかんだよ。」
「逃げねぇって言ってんだろうが!それにアニキも逃げてねぇ何かの間違いだ!」
「そうだそうだ!」
更にヒートアップする皆さんだがオッサンは至って冷静だ。
あそこで釣られていたら収拾がつかなくなっていたが、そこは年の功。
いや、そうじゃないな。
それだけオッサンがウェリスを信頼しているからだろう。
「俺だって、いやこの村の全員がアイツが逃げるはずないってわかってるさ。でもな、他の連中はそうじゃねぇ。村から預かっている奴隷がいなくなった、それだけで大問題なんだよ。そんな状況でお前らを外に出せるわけがないだろうが。」
「だけどよぉ!」
「だけどもへったくれもねぇ、今の俺達にはあいつを信じて待つしか出来ねぇんだ。俺以上に信じているなら今は堪えろ、わかったな。」
オッサンに諭されて部下の皆さんが口を噤む。
自分達が奴隷じゃなかったら、今すぐにでも飛んでいくのに。
そんな悔しさが全身からにじみ出ていた。
でも、そうなんだよ。
今は我慢するしかないんだ。
ウェリスが犯罪奴隷である事実は変わらない。
だけど、村のどこにもウェリスをそんな目で見る人はいない。
あいつがこの一年この村で積み上げてきた信頼はそんな事で揺らぐはずがない。
絶対に何かあったんだ。
そう皆が思っているし信じている。
でも、村の外ではそうじゃない。
いくら俺達が無実を訴えても、犯罪奴隷が逃げたという事実は変わらない。
その事実が広がればシルビアやニッカさん、勿論俺も責任を問われることだろう。
そうなれば部下の皆さんもここにいる事は出来なくなる。
この中にはウェリスのように村の人と恋仲の人もいる。
その人達を引き裂かせない為にも今は信じて待つしかできないんだ。
「皆さん、今はシルビアを、ウェリスを信じて待ちましょう。私達も出来る限りの事をします。」
「イナバ様・・・。」
「なんだ見てたのか。」
話が収まってきた所で全員に声をかける。
バツの悪そうな顔をする人もいるが、誰もそんな事気にしてないよ。
「皆さんの気持ちは痛いほどわかります。私以上にウェリスの事を信じているからこそ、彼がそんなことするはずが無いと声を大にして言いたいはずだ。でも、今それをすれば事実が外に広がってします、それだけは何としてでも避けなければなりません。」
「・・・わかりました。おいお前らも分かったよな。」
「仕方ねぇ。」
「兄貴は戻ってくる。絶対にだ。」
「そうだ、戻ってくる。だから俺達はいつものように働くだけだ。」
「くそ、何処のどいつだよ。見つけたらブチ殺してやる。」
最後に物騒なセリフが聞こえたが俺も同じ気持ちだ。
セレンさんとセリスちゃんを不安にさせやがって。
犯人を見つけたら容赦しないからな。
例え相手が誰であれボコボコにしてやる。
使えるコネを全部使って、社会的にも肉体的にもだ。
え、そこも他力本願なのかって?
当たり前だろ、使えるもの全部使ってやるからな!
とまぁ、とりあえずはその場を収めて店へと戻った。
ウェリスの件は他言無用、だけど出来る範囲で情報収集をするようにと指示を出してある。
定期便では冒険者だけでなく労働者も来てくれるはずだ。
幅広い人に話を聞いて、昨日サンサトローズで何かなかったか些細な情報でも良いから拾っていく。
それが今の俺達に出来る全てだ。
ガンドさんとジルさんにも事情を説明して同様に情報収集をお願いしてある。
本当に些細な事でも良い、なにか引っかかってくれれば良いんだけど・・・。
「いらっしゃいませ、シュリアン商店にようこそ。」
「あ、イナバさん戻ってきたんですね!」
「おかげ様で。今日は何がご入用ですか?」
「ポーションと探索セットを三人分お願いします。」
「わかりました、少々お待ち下さい。」
予想通り沢山の冒険者が今日も来てくれた。
その一人一人に話しかけながら情報を集めていく。
ちなみに探索セットとは、携帯食料・水・燃料の必需品を一まとめにしたお得な奴だ。
単品販売が当たり前だったが皆同じ物を頼んでいくのでひとまとめにしてみた。
ちなみに代金は単品販売で銅貨50枚だったのを銅貨40枚に値下げしている。
必需品は安く、それがシュリアン商店のやり方だ。
「お待たせしました、三人分とポーションで銀貨2枚と銅貨70枚です。はい、お釣りの銅貨30枚確認をお願いします。」
「ありがとうございます。」
「あ、それと一つ聞きたいんですけど、昨日サンサトローズで何かかわったことはありませんでしたか?」
商品を渡しながら問いかけてみる。
「んー、特に何もなかったと思いますけど。」
「そうですか。どうぞ気を付けて、いってらっしゃい。」
あまり深く聞くとボロが出るのでついでぐらいの感覚で聞いていく。
何か気になることがあればポッと思い出すかもしれないが、そうでもないのであれば考えても出てこないだろう。
そして次のお客にも同じように問いかける。
朝から初めて冒険者の列がはけたのはお昼前。
かなりの人数に話を聞いたはずだが、残念ながらめぼしい情報はなかった。
「シュウイチさん、今のうちにお昼をどうぞ。」
「じゃあお先に。」
空いたタイミングで急ぎ昼食を取る。
昼前になるとダンジョンから上がってきた冒険者がまた押し寄せてくるので、それまでに片づけやら何やらしなければならない。
一人少ないだけでこの状態、俺がいない間も大変だったんだろうなぁ。
「ジルさん、お昼をお願いします。」
「お疲れ様でした。」
「なにかわかりました?」
「いや、皆口をそろえて何もなかったばかりだな。本当に何もなかったのかもしれないが、すまない。」
「ガンドさんが悪いわけじゃないですよ。こっちも収穫無しですし、本当に何もなかったのかもしれません。」
大きな騒ぎになっていれば一人ぐらいは何か知っているだろう。
でもそうじゃないという事は何もなかった。
そう考えるのが自然だ。
何もなかった。
でも、ウェリスは戻ってこなかった。
じゃあ何もなかったはずがないよな。
だから俺達は諦めない。
聞いて聞いて聞き続けて、ちょっとでもいつもと違うことがあったのなら、それを追求する。
それが今出来る唯一の事だ。
交代で昼食を取り、事務処理などを早めに終わらせる。
そして気付けば昼の中休みの頃。
冒険者がダンジョンから戻ってきた。
「おかえりなさい、収穫はいかがでした?」
「それなりかな。話に聞いていたよりかは難しくなかったんで明日はもう少し奥まで行きますよ。」
「それなり?途中罠に嵌って危なかった奴がよく言うぜ。」
「うるせぇ!あそこに落とし罠があるなんて思うはずないだろ。」
「トリモチでよかったじゃねぇか槍とかだったらそこで終わりだったんだから。」
「あはは、ご無事で何よりです。ここは初めてでしたか?」
皆返り血がいたるところについているが大きな怪我などはしていないようだ。
どんな話を聞いてきたかは知らないけれど、最初はそんなもんですよ、最初はね。
「王都で話を聞いてきたんですよ。」
「それは遠い所を有難う御座います。当分はここに?それとも村に?」
「ここはちょっと手持ちが・・・。」
「お前がポーション使わなかったら泊まれたんだけどな。」
「だから煩いって!」
男三人組、まだ年齢は高く無さそうだ。
初心者って程じゃないけど中級までは足りない感じだろうか。
王都からも来てくれるようになるとは、この前頑張った甲斐があったってものだ。
「村の宿は安いですが食事の量が自慢です。買取が必要であればどうぞ奥へ、査定が上がるまで奥でゆっくりお待ち下さい。なにか聞きたいことがあればガンドさんが聞いてくださると思いますよ。」
「ガンドってあの豪腕のガンドですか!?」
「えぇ、今は引退されてウチで働いてもらっています。」
「お、俺一度会ってみたかったんだ!」
「おい、俺が先だぞ!」
我先にと中になだれ込む二人。
残された一人と顔を見合わせ思わず笑ってしまった。
そのまま買取カウンターに移りその場で査定をしながら話しを続ける。
「貴方は行かなくて良いんですか?」
「僕はあんまりご縁がなくて。ほら、こんなにひ弱な身体ですし。」
「そんな事ありませんよ。魔物と戦えるだけで十分凄いです。」
「イナバ様もダンジョンに?」
「えぇ、この間ベリリウムのダンジョンに潜っていました。」
「最速記録作ったんですよね、さすがです。」
「偶然ですよ。」
マップを丸暗記し魔物はほぼ処理済、最後は階段を転がり落ちてとは言えるはずがない。
「あの二人の感じだと当分お世話になると思います、宜しくお願いします。」
「こちらこそ是非ご贔屓に。昨日はサンサトローズに泊まったんですか?」
「はい。あそこも良い街ですね、王都みたいに活気があって楽しかったです。その割りに治安がいいのかあまり自警団や騎士団員がいないのが意外でした。」
「それはよかった。ちなみに何か変わった事はありませんでしたか?」
「変わったこと・・・ですか。」
口元に手を当てて思い出しているのだろうか。
魔術師のローブを身に纏っているだけあって絵になる感じだ。
「そういえば昨日の夜、宿の裏で怒鳴り声を聞きました。治安が良いと思ってたんですけど、彼らみたいのがいますから仕方ないですよね。」
「怒鳴り声?」
「最初は酔っ払いが喧嘩してるのかと思ったんですけど、『妻と娘に手を出すな!』って声を最後に急に静かになって・・・。」
「それです!」
話を遮るようにして大声を出してしまった。
何事かと店にいる全員がこちらを向くが気にしている場合じゃない。
「それについて詳しく教えてください、場所は、時間は、宿泊先は何処ですか!?」
まくしたてるように質問を浴びせまくる。
1日掛けてやっと見つけたヒントなんだ。
一つも無駄にできないぞ!
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転売屋(テンバイヤー)が異世界に飛ばされたらチートスキルを手にしていた!
元の世界では疎まれていても、こっちの世界なら問題なし。
相場スキルを駆使して目指せ夢のマイショップ!
ふとしたことで異世界に飛ばされた中年が、青年となってお金儲けに走ります。
お金は全てを解決する、それはどの世界においても同じ事。
金金金の主人公が、授かった相場スキルで私利私欲の為に稼ぎまくります。
凡人がおまけ召喚されてしまった件
根鳥 泰造
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。
仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。
それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。
異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。
最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。
だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。
祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。
全能で楽しく公爵家!!
山椒
ファンタジー
平凡な人生であることを自負し、それを受け入れていた二十四歳の男性が交通事故で若くして死んでしまった。
未練はあれど死を受け入れた男性は、転生できるのであれば二度目の人生も平凡でモブキャラのような人生を送りたいと思ったところ、魔神によって全能の力を与えられてしまう!
転生した先は望んだ地位とは程遠い公爵家の長男、アーサー・ランスロットとして生まれてしまった。
スローライフをしようにも公爵家でできるかどうかも怪しいが、のんびりと全能の力を発揮していく転生者の物語。
※少しだけ設定を変えているため、書き直し、設定を加えているリメイク版になっています。
※リメイク前まで投稿しているところまで書き直せたので、二章はかなりの速度で投稿していきます。
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
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お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
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注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
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欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します
ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!!
カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。
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