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第十八章
産まれてくる命を待って
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慌ててセレンさんの家に駆けこむと、そこにはシャルちゃんとティオ君もいた。
よかった無事だった。
ってそうじゃない。
セレンさんは・・・ってあれ?
「あ、イナバ様おかえりなさい。」
「随分と派手なご帰還だな、どうしたんだ?」
慌てて家に駆けこんできた俺達を二人が不思議そうな顔で迎えてくれた。
あの、えっと、どういう事?
「セレン殿、大丈夫なのか?」
「はい、軽く陣痛が始まっただけで今は収まっています。」
お腹を優しく撫でて微笑むセレンさん。
産気づいたにしては平気そうにしているけど、そういうもんなのか?
「なんだ、お前らも二人と一緒か。」
「二人?」
「シャルとティオだよ、セレンが産気づいたって宿のやつから聞いて飛んできたんだ。」
「だって、すぐ産まれると思って・・・。」
「そうよね、初めてだもんしらないわよね。ありがとうシャルちゃん、心配してくれて。」
なるほどそういう事か。
店がもぬけの殻だったのは慌ててセレンさんの家に行ったから。
恐らくあの感じだと俺達が店に寄るほんのちょっと前に飛び出したんだろうな。
「ともかく無事でよかった。」
「そうですね、安心しました。シャルちゃん、お店の方は鍵をかけて置いたけど裏口が開いたままになっているから、戸締りしておいで。」
「そうだ!ヤカンかけっぱなしだった!」
「火の元は片づけてある、安心しろ。」
慌てて飛び出そうとするシャルちゃんをシルビア様が優しく制す。
さっきまでは最悪の事態ばかり考えていたけど、実際はこんなもんだ。
何はともあれ何事も無くてよかったよ。
「そうだ、お医者様に連絡しないと。」
「それなら私が行こう、皆にも知らせておきたい。」
「申し訳ありませんシルビア様。」
「今は大丈夫でもこれからが大変なのだ、セレン殿は心穏やかにその時に備えてくれ。」
「私が行きましょうか?」
「いやシュウイチはこのまま父上に挨拶してきてくれ。」
まぁこの様子じゃすぐ産まれるってわけじゃないし、用事を済ませておくか。
ちなみにセレンさんが産気づいた時はエミリアからノアちゃんに連絡が入り、ノアちゃんがお医者さんに知らせに行くというシステムが構築されている。
街道も整備されているし後二刻以内には到着するだろう。
「では、お願いします。」
「私も家を片付けてきます。」
「僕も行く!」
「まったく心配性な奴らだ。」
「嘘、陣痛が来たことを伝えたら手に持っていたカップを落として飛んできたのはウェリスさんじゃありませんか。」
「おい、それを言うなって!」
やーい、暴露されてやんのー。
大慌てでセレンさんに駆け寄るウェリス姿が容易に想像出来てしまい、思わず笑ってしまった。
でも仕方ないよな、セレンさんの事を一番心配しているのはウェリスなんだし。
同じ立場なら俺も同じことをしてしまいそうだ。
一安心したので皆と一緒に家を出てそれぞれの役目を果たしに行く。
挨拶のついでにセレンさんが産気づいたことを村長にも知らせておこう。
「イナバです、ニッカ様はおられますでしょうか。」
「どうぞお入りください。」
ほぼノータイムで返事が返ってきた。
誰か別の人が来る予定だったんだろうか。
「失礼します。」
中に入るといつもの定位置に村長さん、それとドリスのオッサンがいた。
二人の手元には書類が置いてある、何か話し合っていたみたいだな。
「やっときやがったか。」
「挨拶が遅くなり申し訳ありませんでした。」
「一時の寂しさを考えればお忙しいのはうれしい悲鳴でしょう。良くお戻りになられました。」
「ご心配をおかけして申し訳ありません、お陰様で無事に戻ってきました。」
本当に嬉しそうな顔で俺を迎えてくれるニッカさん。
シュリアン商店と運命共同体であるこの村の長であると同時にシルビアの父親、つまり俺の義理の父親でもある。
いつもお世話になってます。
「王都はいかがでしたか?」
「前回と違いしっかりと堪能させていただきました。」
「久しく行っておりませんが、あの白亜の街は一度見ると忘れられるものではありませんね。」
「ニッカさんも前に?」
「若い頃に妻と、何十年経ってもあの光景は目に焼き付いております。」
ニッカさんの若い頃か。
想像出来ないなぁ。
でも二人が居なかったらシルビアは産まれなかったわけだし、ってそうだ!
「そうだ、挨拶の前に一つお知らせが。セレンさんが産気づいたそうです。」
「本当ですか!」「マジかよ!」
同時に手をついて立ち上がる二人。
あー、うん。
ドリスももうニッカさんの息子みたいなものだな。
デカい息子だけど。
え、まってそうなったらこのオッサンが義理の兄弟になるの?
チェンジでお願いします。
「ついさっきですのでまだ大丈夫だそうです。今シルビアがお医者様に連絡するために店に戻っていますので、後二刻程で到着するでしょう。」
「ではそれまでは私たちで対処します。ドリス!」
「あぁ、女衆に声をかけておく。この村で子供が生まれるのも久々だな。」
「春の良き日に来てくださるのだ、丁重におもてなしするのだぞ。」
はて、どうしてそんな言い方をするんだろうか。
まるで神様が生まれてくるような言い方だ。
勢い良く立ち上がったドリスはそのまま家を飛び出してしまった。
残されたのは俺とニッカさんだけ。
あのー、会議はもういいんでしょうか。
「騒がしくて申し訳ありません。」
「いえ、何かの打ち合わせ中だったのではありませんか?」
「少しばかり今後について話し合っていただけです。作付けも無事に終わり今のところは順調に生育しております。」
「それはよかった。」
「若干雨が少ないように思われますが、水路もありますからよほどのことがなければ問題ないでしょう。」
畑を大きくしたこともあり、いつも以上の水を必要とする。
それもディーちゃんの泉から引いてきた水路のおかげで何とかなっているようだ。
よかったよかった。
作った甲斐があったってものだ。
「ひとつ質問なのですが、先ほどの『おもてなし』とはどういうことですか?」
「言葉通りです、生まれてくる子を盛大におもてなしするのです。」
「おもてなし、ですか。」
生まれてすぐの子供を接待する?
そんなことはないだろう。
じゃあ産んだセレンさんをか?
それもなんか違うなぁ。
「この村で子供が生まれるのは久々ですし、イナバ様がご存じないのも無理はありませんな。」
そういうとゴホンと咳払いをしてニッカさんが話し始める。
「この村にとって春に生まれる子供は特別な存在なのです。あぁ、もちろん生まれてくる子はすべて大切な存在ですが、春節に生まれてくる子は特に大切に迎えられます。」
「春節に限定されるんですね。」
「えぇ、イナバ様は春節にどういった感情を抱かれますか?」
「そうですねぇ、始まりとか希望、とかでしょうか。」
苦しい冬が終わり、新しい季節に希望を抱くそんな印象がある。
「長い冬を無事に乗り越え、新たな季節の始まりに感謝する。作付けをして実りある秋に思いを馳せるそんな時期でもあります。生まれてくる子供は皆神の御使いですからな、そんな我々の願いを聞いていただく為に丁重におもてなししよう、ということなのです。」
「なるほど。よくわかりました。」
つまり、生まれてくる子供は神様の変わりみたいなものだから、一緒に願いを聞いてもらおうということなのだろう。
春の一番願いの強い時期に来てくれたありがたい存在。
だからもてなす必要があるんだな。
「具体的には何をするんですか?」
「竣工の儀と同じですな、簡易的なやぐらを組み祈りをこめて燃やします。安らかな出産と生まれてくる子供の無事と健康、それと村の繁栄を土地神様と精霊様にお届けします。」
「と、いうことは供物も必要ですよね?」
「あれば望ましいですな。」
「そちらに関しては任されましょう。ちょうどたくさんの頂き物が来たところなんです。」
ホンクリー家やレイハーン家からお土産と証した頂き物をたくさんもらっている。
それを供物としてお供えしつつ、村のみんなにも消費してもらおうという寸法だ。
正直、あれ全部を俺達だけで消費しきるのは無理がある。
今も冒険者の皆さんにおすそ分けしているけれど、それでも倉庫を逼迫しているぐらいだ。
新しくこの世界に生まれてきてくれるんだ、盛大にお祝いしようじゃないか。
「それは助かります。」
「子供の無事と健やかな成長、村の繁栄。おまけでうちの繁盛もお祈りさせてもらってもいいですか?」
「もちろんですとも。」
「では急ぎ手配しますね。」
「私も準備に取り掛かりましょう、こんなとき男にできるのは体を動かすことぐらいですからな。」
アッハッハと大きな声で笑うニッカさん。
確かに俺たちにできるのは体を動かすことだけ。
あ、そっちの意味じゃないですよ?
とりあえずいつものように、今できることをやりますかね。
それからシルビア様を追いかけて家に戻り、大量の荷物を何往復もして村に届けた。
お酒に食べ物に日用品。
うちにあっても困らないけど、皆の所にあれば喜んでもらえるものばかりだ。
そんなことをしているうちに気づけば夜になっていた。
南の広場には大きな櫓が立ち、小さな祭壇の上にはたくさんのお供えがささげられている。
いたるところに松明が灯されまるでお祭り騒ぎだ。
子供たちもいつもと違う雰囲気にはしゃいでいる。
でも、いまだ産声は聞こえてこない。
女衆は忙しそうにしているものの、男衆はすることがなくなるとただ待つことしかできなかった。
「おい、まだか?」
「まだだよ。」
「大丈夫なんだろうな?」
「大丈夫だからアンタは向こうで待ってな!こんなときに旦那がシッカリしてないでどうするんだい!」
動物園の熊のように家の前をウロウロしていたウェリスが女衆の一人に追い返されて戻ってきた。
さっきは俺達のことを馬鹿にしていたくせに、いまじゃ一番落ち着いていない。
でもやっぱり気持ちはわかる。
同じ立場なら俺もこうなっているはずだ。
「おい、落ち着けって。何人も産んでるやつがあぁ言ってんだまだかかるんだろ。」
「わかってる、わかってるんだがあの声を聞くと・・・。」
時々セレンさんの叫び声が離れたここにまで聞こえてくる。
そのたびに立ち上がっては家の前まで行きさっきのように追い返されている。
その繰り返しだ。
出産についてはあまり詳しくないが、長い人は長いと聞いたことがある。
本格的に陣痛が始まって今で三刻ぐらい。
これは長丁場になりそうだな。
「そうだ、名前は決めたんだっけ?」
「あぁ、どっちが生まれてもいいように決めてある。」
「へぇ、どんな名前なんだ?」
「女ならセリス、男ならウォーレンだ。」
「いい名前じゃねぇか。で、どっちに生まれてほしいんだ?」
「この際無事ならどっちでもいいさ。」
また、叫び声が聞こえてくる。
でも今度はぐっとこらえたようだ。
だが、こぶしは強く握られ白くなっている。
ウェリスにとっても戦いの時間だな。
「俺ん所は、女の方がよかったかもな。跡取りができたと喜んだ挙句あんなことをしでかしやがって。」
「まぁまぁ、本人も随分と反省しているらしいし、いいじゃないか。」
「反省しているで済む話かよ、村を潰しかけたんだぜ?」
「でも実際はそうならなかったんだろ?」
「こいつがいてくれたおかげでな。」
あれからもう一年になるのか。
あっという間だったなぁ。
「俺もこいつがいなかったら今頃どこかの穴ん中で死んでいたかもな。」
「そう思うならもっと感謝してくれてもいいんじゃないかな?」
「うるせぇ、他の連中の前では猫かぶってるやつに感謝なんてするかよ。」
「猫かぶってるって、言い方があるだろ言い方が。」
「それ以外の言い方があるかよ。俺達の前以外は背中の痒くなる話し方しやがって。」
「うるせぇ、別にいいだろ。」
傍から見ればオッサン三人が文句を言っているように見えるだろう。
俺が素を出せる数少ない場所。
え、普段からこの話し方にすればいいのにって?
それができれば苦労しないっての。
いつもの話し方もまた俺の素でもあるんだから、どっちがどっちとかないんだよな。
「でもまぁお前には感謝している、この俺が全うな幸せを掴めたんだからな。」
「でも、こんなもんじゃ足りないんだろ?」
「あぁ、望んじゃいけないってのにこれ以上を望んじまう。」
「別に望んでもいいじゃねぇか、この村では奴隷なんて肩書きみたいなもんだ。」
「そうはいっても、俺の手は汚れてるんだぜ?そんな手で子供を抱いていいのか・・・。」
「まだそんなこと言ってんのかよ。種つけた本人が抱かないで誰が抱くってんだ?」
いやまぁそうなんだけどさ。
言い方ってもんがあるだろオッサン。
「そんないい方したら俺なんてどうなるんだ?仕事とはいえ冒険者を何人も殺してるんだぞ?」
「別にお前が殺したわけじゃないだろ。あいつらが望んであそこに入ってんだから。」
「結果論で言えばな。」
「それなら俺だって同じさ、これまでに何人見殺してきたか。」
内容が内容だけにだんだんと言葉が小さくなる。
気づけば三人とも黙ってしまった。
「誰になんて言われようと、産まれてくる子の親はお前だ。自信もって抱いてやれ。」
「そう、だよな。」
「ついでに後二・三人仕込んでくれよ。次の世代が増えないんじゃいくら大きくなっても村としては終わりだからな。」
「それを言うならこいつに言え、何人女を囲ってると思ってんだ。」
いくらなんでもその言い方はないだろう。
別に好きで囲っているんじゃありません。
みんな大切な家族です。
「こいつん所はほっといても増えるからいいんだよ。気づけば10人単位で増えそうだ。」
「いくら何でもそれはないだろ。」
「今は嫁さん二人でもこれからどんどん増えるんじゃないか?いいねぇ、甲斐性のある男は。」
「いや、増えないって。」
「俺は増える方に賭けるぞ。」
「バカ野郎、それなら賭けになんないだろ。」
ホント好き勝手言いやがってこの二人は。
でもまぁおかげでしんみりした空気がどこかに行った。
と、その時だ。
「ウェリス、どこにいる!」
突然シルビアがセレンさんの家から飛び出してきた。
「ここだ!」
「すぐに来い、早く!」
「おい、どうした、何があった!」
慌てて立ち上がり駆けつけたシルビア様に食って掛かる。
「生まれる瞬間に立ち会ってほしいとセレン殿の頼みだ。旦那らしく覚悟を決めろ。」
ウェリスがごくりと唾をのむのが分かった。
さっきよりも聞こえてくる悲鳴が大きく、間隔が短くなっている。
もうすぐ産まれるんだろう。
「ほら、さっさと父親になってこいよ。」
「無事に産まれたら酒盛りだからな、父親の仕事も多いんだ、せいぜい頑張って来い。」
「うるせぇ!・・・行ってくる。」
「おい、早くしろ!」
オッサンと二人でウェリスの背中をバシっと叩き送り出す。
ここに戻ってくるときは泣いてるんだろうなぁ。
そして俺ももらい泣きするんだ。
最近年のせいか涙もろくて困るよ。
それから数刻。
宵闇が深くなる頃に、新たな命が産まれ落ちた。
オッサン三人が泣いたかどうかは、言うまでもない。
よかった無事だった。
ってそうじゃない。
セレンさんは・・・ってあれ?
「あ、イナバ様おかえりなさい。」
「随分と派手なご帰還だな、どうしたんだ?」
慌てて家に駆けこんできた俺達を二人が不思議そうな顔で迎えてくれた。
あの、えっと、どういう事?
「セレン殿、大丈夫なのか?」
「はい、軽く陣痛が始まっただけで今は収まっています。」
お腹を優しく撫でて微笑むセレンさん。
産気づいたにしては平気そうにしているけど、そういうもんなのか?
「なんだ、お前らも二人と一緒か。」
「二人?」
「シャルとティオだよ、セレンが産気づいたって宿のやつから聞いて飛んできたんだ。」
「だって、すぐ産まれると思って・・・。」
「そうよね、初めてだもんしらないわよね。ありがとうシャルちゃん、心配してくれて。」
なるほどそういう事か。
店がもぬけの殻だったのは慌ててセレンさんの家に行ったから。
恐らくあの感じだと俺達が店に寄るほんのちょっと前に飛び出したんだろうな。
「ともかく無事でよかった。」
「そうですね、安心しました。シャルちゃん、お店の方は鍵をかけて置いたけど裏口が開いたままになっているから、戸締りしておいで。」
「そうだ!ヤカンかけっぱなしだった!」
「火の元は片づけてある、安心しろ。」
慌てて飛び出そうとするシャルちゃんをシルビア様が優しく制す。
さっきまでは最悪の事態ばかり考えていたけど、実際はこんなもんだ。
何はともあれ何事も無くてよかったよ。
「そうだ、お医者様に連絡しないと。」
「それなら私が行こう、皆にも知らせておきたい。」
「申し訳ありませんシルビア様。」
「今は大丈夫でもこれからが大変なのだ、セレン殿は心穏やかにその時に備えてくれ。」
「私が行きましょうか?」
「いやシュウイチはこのまま父上に挨拶してきてくれ。」
まぁこの様子じゃすぐ産まれるってわけじゃないし、用事を済ませておくか。
ちなみにセレンさんが産気づいた時はエミリアからノアちゃんに連絡が入り、ノアちゃんがお医者さんに知らせに行くというシステムが構築されている。
街道も整備されているし後二刻以内には到着するだろう。
「では、お願いします。」
「私も家を片付けてきます。」
「僕も行く!」
「まったく心配性な奴らだ。」
「嘘、陣痛が来たことを伝えたら手に持っていたカップを落として飛んできたのはウェリスさんじゃありませんか。」
「おい、それを言うなって!」
やーい、暴露されてやんのー。
大慌てでセレンさんに駆け寄るウェリス姿が容易に想像出来てしまい、思わず笑ってしまった。
でも仕方ないよな、セレンさんの事を一番心配しているのはウェリスなんだし。
同じ立場なら俺も同じことをしてしまいそうだ。
一安心したので皆と一緒に家を出てそれぞれの役目を果たしに行く。
挨拶のついでにセレンさんが産気づいたことを村長にも知らせておこう。
「イナバです、ニッカ様はおられますでしょうか。」
「どうぞお入りください。」
ほぼノータイムで返事が返ってきた。
誰か別の人が来る予定だったんだろうか。
「失礼します。」
中に入るといつもの定位置に村長さん、それとドリスのオッサンがいた。
二人の手元には書類が置いてある、何か話し合っていたみたいだな。
「やっときやがったか。」
「挨拶が遅くなり申し訳ありませんでした。」
「一時の寂しさを考えればお忙しいのはうれしい悲鳴でしょう。良くお戻りになられました。」
「ご心配をおかけして申し訳ありません、お陰様で無事に戻ってきました。」
本当に嬉しそうな顔で俺を迎えてくれるニッカさん。
シュリアン商店と運命共同体であるこの村の長であると同時にシルビアの父親、つまり俺の義理の父親でもある。
いつもお世話になってます。
「王都はいかがでしたか?」
「前回と違いしっかりと堪能させていただきました。」
「久しく行っておりませんが、あの白亜の街は一度見ると忘れられるものではありませんね。」
「ニッカさんも前に?」
「若い頃に妻と、何十年経ってもあの光景は目に焼き付いております。」
ニッカさんの若い頃か。
想像出来ないなぁ。
でも二人が居なかったらシルビアは産まれなかったわけだし、ってそうだ!
「そうだ、挨拶の前に一つお知らせが。セレンさんが産気づいたそうです。」
「本当ですか!」「マジかよ!」
同時に手をついて立ち上がる二人。
あー、うん。
ドリスももうニッカさんの息子みたいなものだな。
デカい息子だけど。
え、まってそうなったらこのオッサンが義理の兄弟になるの?
チェンジでお願いします。
「ついさっきですのでまだ大丈夫だそうです。今シルビアがお医者様に連絡するために店に戻っていますので、後二刻程で到着するでしょう。」
「ではそれまでは私たちで対処します。ドリス!」
「あぁ、女衆に声をかけておく。この村で子供が生まれるのも久々だな。」
「春の良き日に来てくださるのだ、丁重におもてなしするのだぞ。」
はて、どうしてそんな言い方をするんだろうか。
まるで神様が生まれてくるような言い方だ。
勢い良く立ち上がったドリスはそのまま家を飛び出してしまった。
残されたのは俺とニッカさんだけ。
あのー、会議はもういいんでしょうか。
「騒がしくて申し訳ありません。」
「いえ、何かの打ち合わせ中だったのではありませんか?」
「少しばかり今後について話し合っていただけです。作付けも無事に終わり今のところは順調に生育しております。」
「それはよかった。」
「若干雨が少ないように思われますが、水路もありますからよほどのことがなければ問題ないでしょう。」
畑を大きくしたこともあり、いつも以上の水を必要とする。
それもディーちゃんの泉から引いてきた水路のおかげで何とかなっているようだ。
よかったよかった。
作った甲斐があったってものだ。
「ひとつ質問なのですが、先ほどの『おもてなし』とはどういうことですか?」
「言葉通りです、生まれてくる子を盛大におもてなしするのです。」
「おもてなし、ですか。」
生まれてすぐの子供を接待する?
そんなことはないだろう。
じゃあ産んだセレンさんをか?
それもなんか違うなぁ。
「この村で子供が生まれるのは久々ですし、イナバ様がご存じないのも無理はありませんな。」
そういうとゴホンと咳払いをしてニッカさんが話し始める。
「この村にとって春に生まれる子供は特別な存在なのです。あぁ、もちろん生まれてくる子はすべて大切な存在ですが、春節に生まれてくる子は特に大切に迎えられます。」
「春節に限定されるんですね。」
「えぇ、イナバ様は春節にどういった感情を抱かれますか?」
「そうですねぇ、始まりとか希望、とかでしょうか。」
苦しい冬が終わり、新しい季節に希望を抱くそんな印象がある。
「長い冬を無事に乗り越え、新たな季節の始まりに感謝する。作付けをして実りある秋に思いを馳せるそんな時期でもあります。生まれてくる子供は皆神の御使いですからな、そんな我々の願いを聞いていただく為に丁重におもてなししよう、ということなのです。」
「なるほど。よくわかりました。」
つまり、生まれてくる子供は神様の変わりみたいなものだから、一緒に願いを聞いてもらおうということなのだろう。
春の一番願いの強い時期に来てくれたありがたい存在。
だからもてなす必要があるんだな。
「具体的には何をするんですか?」
「竣工の儀と同じですな、簡易的なやぐらを組み祈りをこめて燃やします。安らかな出産と生まれてくる子供の無事と健康、それと村の繁栄を土地神様と精霊様にお届けします。」
「と、いうことは供物も必要ですよね?」
「あれば望ましいですな。」
「そちらに関しては任されましょう。ちょうどたくさんの頂き物が来たところなんです。」
ホンクリー家やレイハーン家からお土産と証した頂き物をたくさんもらっている。
それを供物としてお供えしつつ、村のみんなにも消費してもらおうという寸法だ。
正直、あれ全部を俺達だけで消費しきるのは無理がある。
今も冒険者の皆さんにおすそ分けしているけれど、それでも倉庫を逼迫しているぐらいだ。
新しくこの世界に生まれてきてくれるんだ、盛大にお祝いしようじゃないか。
「それは助かります。」
「子供の無事と健やかな成長、村の繁栄。おまけでうちの繁盛もお祈りさせてもらってもいいですか?」
「もちろんですとも。」
「では急ぎ手配しますね。」
「私も準備に取り掛かりましょう、こんなとき男にできるのは体を動かすことぐらいですからな。」
アッハッハと大きな声で笑うニッカさん。
確かに俺たちにできるのは体を動かすことだけ。
あ、そっちの意味じゃないですよ?
とりあえずいつものように、今できることをやりますかね。
それからシルビア様を追いかけて家に戻り、大量の荷物を何往復もして村に届けた。
お酒に食べ物に日用品。
うちにあっても困らないけど、皆の所にあれば喜んでもらえるものばかりだ。
そんなことをしているうちに気づけば夜になっていた。
南の広場には大きな櫓が立ち、小さな祭壇の上にはたくさんのお供えがささげられている。
いたるところに松明が灯されまるでお祭り騒ぎだ。
子供たちもいつもと違う雰囲気にはしゃいでいる。
でも、いまだ産声は聞こえてこない。
女衆は忙しそうにしているものの、男衆はすることがなくなるとただ待つことしかできなかった。
「おい、まだか?」
「まだだよ。」
「大丈夫なんだろうな?」
「大丈夫だからアンタは向こうで待ってな!こんなときに旦那がシッカリしてないでどうするんだい!」
動物園の熊のように家の前をウロウロしていたウェリスが女衆の一人に追い返されて戻ってきた。
さっきは俺達のことを馬鹿にしていたくせに、いまじゃ一番落ち着いていない。
でもやっぱり気持ちはわかる。
同じ立場なら俺もこうなっているはずだ。
「おい、落ち着けって。何人も産んでるやつがあぁ言ってんだまだかかるんだろ。」
「わかってる、わかってるんだがあの声を聞くと・・・。」
時々セレンさんの叫び声が離れたここにまで聞こえてくる。
そのたびに立ち上がっては家の前まで行きさっきのように追い返されている。
その繰り返しだ。
出産についてはあまり詳しくないが、長い人は長いと聞いたことがある。
本格的に陣痛が始まって今で三刻ぐらい。
これは長丁場になりそうだな。
「そうだ、名前は決めたんだっけ?」
「あぁ、どっちが生まれてもいいように決めてある。」
「へぇ、どんな名前なんだ?」
「女ならセリス、男ならウォーレンだ。」
「いい名前じゃねぇか。で、どっちに生まれてほしいんだ?」
「この際無事ならどっちでもいいさ。」
また、叫び声が聞こえてくる。
でも今度はぐっとこらえたようだ。
だが、こぶしは強く握られ白くなっている。
ウェリスにとっても戦いの時間だな。
「俺ん所は、女の方がよかったかもな。跡取りができたと喜んだ挙句あんなことをしでかしやがって。」
「まぁまぁ、本人も随分と反省しているらしいし、いいじゃないか。」
「反省しているで済む話かよ、村を潰しかけたんだぜ?」
「でも実際はそうならなかったんだろ?」
「こいつがいてくれたおかげでな。」
あれからもう一年になるのか。
あっという間だったなぁ。
「俺もこいつがいなかったら今頃どこかの穴ん中で死んでいたかもな。」
「そう思うならもっと感謝してくれてもいいんじゃないかな?」
「うるせぇ、他の連中の前では猫かぶってるやつに感謝なんてするかよ。」
「猫かぶってるって、言い方があるだろ言い方が。」
「それ以外の言い方があるかよ。俺達の前以外は背中の痒くなる話し方しやがって。」
「うるせぇ、別にいいだろ。」
傍から見ればオッサン三人が文句を言っているように見えるだろう。
俺が素を出せる数少ない場所。
え、普段からこの話し方にすればいいのにって?
それができれば苦労しないっての。
いつもの話し方もまた俺の素でもあるんだから、どっちがどっちとかないんだよな。
「でもまぁお前には感謝している、この俺が全うな幸せを掴めたんだからな。」
「でも、こんなもんじゃ足りないんだろ?」
「あぁ、望んじゃいけないってのにこれ以上を望んじまう。」
「別に望んでもいいじゃねぇか、この村では奴隷なんて肩書きみたいなもんだ。」
「そうはいっても、俺の手は汚れてるんだぜ?そんな手で子供を抱いていいのか・・・。」
「まだそんなこと言ってんのかよ。種つけた本人が抱かないで誰が抱くってんだ?」
いやまぁそうなんだけどさ。
言い方ってもんがあるだろオッサン。
「そんないい方したら俺なんてどうなるんだ?仕事とはいえ冒険者を何人も殺してるんだぞ?」
「別にお前が殺したわけじゃないだろ。あいつらが望んであそこに入ってんだから。」
「結果論で言えばな。」
「それなら俺だって同じさ、これまでに何人見殺してきたか。」
内容が内容だけにだんだんと言葉が小さくなる。
気づけば三人とも黙ってしまった。
「誰になんて言われようと、産まれてくる子の親はお前だ。自信もって抱いてやれ。」
「そう、だよな。」
「ついでに後二・三人仕込んでくれよ。次の世代が増えないんじゃいくら大きくなっても村としては終わりだからな。」
「それを言うならこいつに言え、何人女を囲ってると思ってんだ。」
いくらなんでもその言い方はないだろう。
別に好きで囲っているんじゃありません。
みんな大切な家族です。
「こいつん所はほっといても増えるからいいんだよ。気づけば10人単位で増えそうだ。」
「いくら何でもそれはないだろ。」
「今は嫁さん二人でもこれからどんどん増えるんじゃないか?いいねぇ、甲斐性のある男は。」
「いや、増えないって。」
「俺は増える方に賭けるぞ。」
「バカ野郎、それなら賭けになんないだろ。」
ホント好き勝手言いやがってこの二人は。
でもまぁおかげでしんみりした空気がどこかに行った。
と、その時だ。
「ウェリス、どこにいる!」
突然シルビアがセレンさんの家から飛び出してきた。
「ここだ!」
「すぐに来い、早く!」
「おい、どうした、何があった!」
慌てて立ち上がり駆けつけたシルビア様に食って掛かる。
「生まれる瞬間に立ち会ってほしいとセレン殿の頼みだ。旦那らしく覚悟を決めろ。」
ウェリスがごくりと唾をのむのが分かった。
さっきよりも聞こえてくる悲鳴が大きく、間隔が短くなっている。
もうすぐ産まれるんだろう。
「ほら、さっさと父親になってこいよ。」
「無事に産まれたら酒盛りだからな、父親の仕事も多いんだ、せいぜい頑張って来い。」
「うるせぇ!・・・行ってくる。」
「おい、早くしろ!」
オッサンと二人でウェリスの背中をバシっと叩き送り出す。
ここに戻ってくるときは泣いてるんだろうなぁ。
そして俺ももらい泣きするんだ。
最近年のせいか涙もろくて困るよ。
それから数刻。
宵闇が深くなる頃に、新たな命が産まれ落ちた。
オッサン三人が泣いたかどうかは、言うまでもない。
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