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第十八章

気持ちを新たに

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頭がぼーっとする。

恐らくまだ夢の中なんだろう。

明晰夢というやつだろうか、これが夢だと自覚している奴だ。

目を開けているはずなのに前が見えない。

白いモヤの中にいるような感覚だけはある。

まさかまた竜の試練とやらに迷い込んだんだろうか。

勘弁していただきたい。

でもあれは周りの状況ははっきり見えたし、今のような中途半端な状態じゃなかった。

試しに身体を動かしてみるも左右に重さを感じて身動きが取れない。

でもこの重さは嫌な重さじゃない。

温かくそして柔らかい感じがする。

心なしかいい匂いもするような・・・。

ふと、トントントンと何かを叩くような音が聞こえてきた。

太鼓か?

でもそんな軽い音じゃなくて木か何かを叩く少し鈍い音のようにも聞こえたけど・・・。

そんな風に思っているともう一度トントントンと三度音が鳴った。

確認しようにも周りが見えず身動きも取れない。

まぁこれは夢だし危険はないんだろう。

「おはようございます皆様。お疲れのところ申し訳ありませんが朝食を摂って頂かなければ片付くものも片付きません。また、休息日は昨日まで。本日よりいつも通り営業なければなりません。どうかお目覚め頂けますでしょうか。」

んん!?

太鼓のような音の次に聞こえてきたのは聞きなれた声。

この声は・・・・ユーリだ!

そう思った瞬間一瞬にして覚醒し、白いモヤが一気に取り払われる。

両腕に乗る柔らかな重しを強引に引っぺがして俺は上半身を強引に起こした。

「おはようございますご主人様、昨夜はお楽しみでしたね。」

「そのセリフはどこで覚えてくるんですか?」

「ご主人様の記憶の中に残っておりました、間違っていましたか?」

「いえ、間違ってはいませんが・・・。」

さも当たり前といった顔をしたユーリが開かれた扉の前に立っている。

きょろきょろと周りを見渡す。

ここは俺の部屋。

そして、俺の横にいるのは・・・。

「すぐに二人を起こして下に行きます、ニケさんは?」

「もう朝食を済ませ商店に向かわれました。」

「という事はかなり寝坊したんですね?」

「これまでの最長記録ではないでしょうか。」

いやいや最長記録とかどうでもいいんですよ。

このままじゃ開店に支障が出る。

「二人とも起きてください!」

「ではお待ちしております。」

ユーリが部屋を出るのと二人を揺さぶって起こすのは同時だった。

起こすついでに自分が裸だった事に気が付いたが、昨夜何をしていたかなんてばれてるんだし今更だろう。

二人の方を揺らすと同時に、シーツに隠れた合計四つの山が左右にユラユラと揺れる。

片方の山は大きくもう片方もそれなりに大きい。

山の頂上は・・・、いかんそんなことを考えている暇はない。

「二人とも起きてください!」

もう一度強く肩をゆすると、大きな山が突然せりあがった。

シーツがはだけ山の正体があらわになる。

うーむ、今日も大きいですね。

「おはようエミリア。」

「・・・おはようございます。」

「どうやら寝坊してしまったようです、急ぎ着替えて準備をしないと。」

「え!もう朝ですか!?」

寝坊という単語を聞いた瞬間にエミリアの目がパッと見開かれる。

一気に脳に酸素が回ったんだろう。

寝起きがいいのは助かるなぁ。

と、覚醒したのはいいもののふと下を見たエミリアは顔を真っ赤にして再びシーツの中に隠れてしまった。

「あ、あの向こうを向いて下さいますか?」

昨夜の一大乱闘を思い出したのかシーツから恥ずかしそうに半分だけ顔をのぞかせる姿に俺の別の部分のテンションはうなぎのぼりだ。

出来ればこのまま大乱闘の続きをしたい所ではあるんだが、残念ながらそんなことをしている暇がない。

「先に下に降りていますね、出来ればシルビアも起こしてくださると助かります。」

「出来るだけ頑張ります。」

シーツの中でモゾモゾと何かを探っている様子のエミリアから目をそらし、芋虫のようにベッドの下へ移動してシーツの海から脱出する。

その途中に美しい白い足を玩味させてもらったのは内緒だ。

下着を身に着けズボンだけをはいて部屋を出る。

上半身は裸のままだが、井戸で少し清めてから服を着たい。

「エミリアは起きました、シルビアはまだ時間がかかるかもしれません。」

一回に降りるとユーリがスープを温めなおしているところだった。

背中を向けていて返事は無いがおそらく聞こえているだろう。

勝手口から井戸に移動し身支度を整えて戻る頃には、ホカホカのパンとスープが準備されていた。

さすがユーリです。

「お食事を先にお済ませください、最悪リア奥様だけ来てくだされば店は回りますので。」

「そうですね。シルビアから今日の予定を聞いていますか?」

「ご主人様と共に村に行くと仰っておりましたが、あの様子ですと昼を過ぎるのではないでしょうか。」

「行けるとしても昼の中休みか夕刻前になるかもしれませんね。」

一期ぶりの逢瀬という事もあってかなり盛り上がってしまった。

いくら部屋に防音魔法が施してあるからってちょっとやり過ぎてしまったというかなんというか。

ユーリは何とも思っていないが、ニケさんからしてみるとかなり迷惑だっただろう。

後で謝っておかないと。

大乱闘したことも有りかなり空腹だったので朝食はあっという間に胃の中に納まった。

いつもなら優雅に香茶を頂く所だが、そんな時間もないので後片付けを任せて商店へと向かう。

「シュウイチさん、私もすぐにいきますから!」

「ニケさんもいますしゆっくり食べて構いませんよ、じゃあ行ってきます!」

「いってらっしゃい。」「いってらっしゃいませ。」

二人に見送られて家を飛び出す。

といっても店は目と鼻の先、すぐに裏口へと辿り着き中に入った。

「おはようございます。」

「あ、おはようございますイナバ様。」

真っ先に俺に気づいたのはニケさんだった。

「すみません寝坊してしまいました。」

「大丈夫です、もう開店準備は終わりましたから。」

「それと、昨日はお騒がせしました。」

「奥様方の嬉しさを考えたら気になりません。この一期、とても頑張っておられましたから。」

「そうみたいですね。」

「しばらくはいつも以上に優しくしてあげてください。」

「そうします。」

俺がいない間ずっと留守を守ってくれたんだ。

店の売り上げも今では例の騒動が起きる前と同じ水準に回復している。

冒険者も確実に増えているようだし、残り一期これまで以上に頑張らないといけないなぁ。

「それと・・・。」

さぁやるぞ!と気合を入れた所でニケさんが話を続ける。

「奥様方の結果がわかりましたら次は私達の番ですよね?」

「え!?」

「有難い事にこの夏には私も奴隷から解放していただけます。そうしたら一人の女性として愛してくださいますか?」

「そ、それは・・・。」

突然の告白に頭がついていかない。

え、俺がいない間にそういう話になってるの?

ってか朝からする会話!?

「ふふ、冗談ですよ。いえ、冗談ではないんですけどそんなに驚かないでください。昨夜の仕返しですから。」

「その辺りに関してはまたおいおいですね・・・。」

「わかっています。まずは奥様、そういうお約束ですもの。」

王都に行く前日。

俺は二人に証を残してから向かった。

その結果がわかるまでには後一期かかるわけなんだけど、なんだろう目に見える結果が出てくることによってどんどん外堀が埋まっていくような気がするんですが。

気のせいですかね。

「おいおい、帰ってきて早々見せつけてくれるじゃないか。」

「致し方ありません。四六時中顔を合わせている私達と違い、一期も離れ離れだったんですから。」

「たかだか一期だぞ?」

「では逆に聞きますが、貴方は一期離れても問題ないんですね?」

「それを言われるとあれだまぁ大丈夫だろう。」

「そこは大丈夫じゃないというのが筋というものです。女心がわかっていませんね。」

今のやり取りを茶化すはずが、なぜかお説教されるガンドさん。

このお二人も相変わらず元気なようだ。

「ガンドさんジルさん、留守の間は大変お世話になりました。」

「特に問題も無く平和でしたのでどうぞご安心ください。」

「客も少しずつ増えてるぞ、おかげで俺は休みなしだ。」

「貴方は話をしているだけじゃありませんか。せめてユーリ様のように食器の片づけをして下さると助かるんですけど。」

「俺がやるとすぐ割れるんだよ。」

「力を入れ過ぎなんです。どうして魔物を首の皮一枚残して戦う技術がありながらそれぐらいの調整が出来ないんですか。」

セレンさんが産休に入って今日で二期。

長い事ここで働いてもらっているような気がするが、まだたった二期しかたってないんだなぁ。

「そういえばセレンさんって・・・。」

「もうすぐ出産とだけ伺っています。ウェリス様が毎日不安そうにしているとシャルちゃんが話していましたよ。」

「あはは、目に浮かびます。」

まるで檻の中の熊のように部屋の中をうろうろしているんだろう。

本当に出産するとなったらあいつの方が先に参ってしまうんじゃないか?

「奥様方は聖日の度にお腹を触りに行っておられますよ。」

「そちらも目に浮かびます。ちょうど村に行く用事があるので後で挨拶しておきますね。」

「それでしたら一つお願いが。」

と、ジルさんが何かを思い出したかのように自室にしている旧応接室へと向かい、何かを持って戻ってきた。

「これは?」

「お願いされていた聖水です。修道女を辞めた私の者で効果がるかはわかりませんが・・・。」

「大丈夫ですよ、ジルさんのでしたら効果抜群です。」

「それとこちらも。」

聖水とは別に懐から小さな人形?が取り出された。

「これは、木像ですね。」

「神は常に私達を見守っておられます。新たに生まれてくる子にも同様に新たな加護を与えて下さるでしょう。」

「器用なもんだろ、小刀一本で掘り出すんだぜ。」

「慣れれば誰でも作れます。セレン様の憂いが少しでもとれますように。」

「どちらもしっかりとお渡ししておきますね。」

元がつくとはいえ、教会の関係者がいてくれることは村にとってもありがたい事だ。

産婆までは出来ないが癒し手が要るだけで命の危険は大幅に減少する。

出産とはまさに命を削る行為。

神でも何でもすがれる者にはすがっておきたいよね。

「遅くなりました!」

と、大きな音を立てて裏口が開きエミリアが店に飛び込んできた。

「おはようございますエミリア様。」

「ニケさん準備有難うございました。」

入ってきて早々に頭を下げるエミリア。

さっきの自分を見ているようで思わず笑ってしまった。

他人からは俺もあんな風に見えているんだろうなぁ。

「シュウイチさんも、改めておはようございます。」

「おはようエミリア。」

チョコチョコと俺の前にやって来てニコリと微笑むうちの嫁。

なんでこんなに可愛いんでしょうか。

「どうしました?」

「いえ、可愛いなと思いまして。」

「惚気るなら他所でやれ!」

「むしろ貴方もあれぐらいしてくれると私も嬉しいのですが。」

「いいから店開けるぞ!」

余りの可愛さに本音が漏れてしまった。

それを聞いたエミリアがこれまたうれしそうに笑うものだから、店なんて放置してそのまま寝室に連れて帰りたくなってしまった。

いかんいかん、流石に二日連続というか朝からはまずい。

ん?

本当にまずいのか?

夫婦なんだし別に問題ないんじゃ・・・。

「失礼します、シュリアンのイナバ様はおられますでしょうか!」

なんて馬鹿な思考に染まりそうになったその時だった。

店の正面入り口が開き、見覚えのある男性が入ってくる。

「バスタさん!」

「あ、イナバ様お久しぶりです。王都からの荷物をお届けに参りました。」

まさかこんなに早く届くとは思わなかった。

「すごい荷物ですね、また何かの催しをするんですか?」

「そういうわけではないんですけど・・・。」

「どこに置きます?」

「とりあえず店の裏にお願いします。」

「わかりました!」

いちゃつくのは後にして今は店の準備をしなければ。

お客さんを捌きつつ大量の荷物も処理していかないといけないわけで・・・。

今日も忙しくなるぞ。

「それじゃあシュリアン商店開店しましょうか!」

「「「「はい!」」」」

春節花期。

新たな期の始まりに俺は気を引き締めるのだった。
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