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第十八章

帰るべき場所

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「じゃあ僕たちはここで。」

「この間の分も含めた依頼料は申し訳ありませんがまた店まで取りに来てください。」

「だから言ったじゃないですか、今回は要りませんよ。」

「そうですよ、タダで馬車に乗せてもらって宿代も食事代も出してもらったんですから。」

「それで充分依頼料に足りますよ。」

「ダメです、依頼は依頼ですから。それらの支払いも必要経費なので気にしないでください。」

何とか無事にサンサトローズに戻ってくることが出来た。

今日は休息日最終日、昼の中休みはとうに過ぎたというのにサンサトローズは王都に負けないぐらいの人で賑わっていた。

市場がいっぱいになってしまったのか城壁の外にまで露店が出ているぐらいだ。

ここまでの活気は見たことないなぁ。

春節だからか?

「必要経費って、馬車代だけでも銀貨10枚ですよ?食費や宿代入れたら合計銀貨40枚、そこに依頼料の銀貨10枚って払いすぎですよ。」

「イナバ様、お金を稼ぎに王都に行ったんですよね?」

「それでこの支払はさすがに心苦しいと言いますか・・・。」

ここまで護衛してもらった依頼料を清算しようと思ったのだが、残念なことに手持ちが無かった。

なので店に今度取りに来てくれとお願いしているだけなんだけど・・・、なんだか話が噛み合わないぞ?

「馬車の代金はレイハーン家から出ていますから私の支払いじゃありませんよ。一人で乗るのも四人で乗るのも一台当たりの代金は同じですから。それに、依頼主が食費や宿代を支払うのは護衛依頼ではよくある事ではありませんか?」

「確かに私達も経費が出る依頼を選んでるけど・・・。」

「それでも今回は大盤振る舞いと言いますか、なんといいますか。」

「それはほら、三人には命を助けてもらっていますから。」

命の恩人をもてなすのは当然の事じゃないだろうか。

え、それならさっさと依頼料を払え?

それが出来たらこんなにも揉めていません。

「・・・わかりました。」

「ちょっとモア!」

「二回分の依頼料は今度お店に行った時に改めて頂戴します。」

「いいのかい?一番気にしていたのはモア、君だろ?」

何かを悟ったような顔をするモア君。

うんうん、わかってくれて何よりだ。

「だって俺達がいくら言ったってイナバ様は引いてくれないだろ?だから今回はありがたく貰っておこうと思って。ただ、次回は経費を含めてしっかり話し合ってから受けますからね!」

「自分から値切ってくる冒険者はいないと思いますが?」

「冒険者としてはそうかもしれませんが、知り合いとしてはそういうわけにはいきません。」

「相変わらず律儀だね、モア君は。」

「性格なので諦めてくださいと、イナバ様なら言うでしょうね。」

なるほどそう返してくるか。

せっかく受け取ってくれるんだしこの件はこれで終わりにしておこう。

「ではそういう事で。」

モア君に握手を求めるとしっかりと握り返してくれた。

これで心配事も一つ解決。

さぁ、後は家に戻るだけだ。

っと、その前に。

「イナバ様はこの後どうするんですか?」

「ププト様の所に報告に行ってから戻るつもりです。一応、この仕事はあの方の紹介なので。」

「なるほど。」

「奥様方は今日戻ることをご存じなんですか?」

「この間の聖日に手紙を出したので大丈夫かと。」

「早く元気な顔を見せてあげてくださいね。」

「あはは、ありがとうございます。」

もちろんそのつもりだ。

挨拶もほどほどにして定期便の最終便に飛び乗れば日暮れ頃には到着するだろう。

ホント街道が出来て行き来しやすくなったなぁ。

三人に別れを告げて南門からまっすぐププト様の屋敷へと向かう。

さすがに王都ほどの広さは無いものの、サンサトローズだって立派な通りが走っている。

見上げた先にあるのは崖を背にしたププト様の屋敷。

夕日に照らされたそれは白亜の城に負けない美しさがあった。

近くの丘から見る風景も好きなんだよね。

この世界に来て初めて見たサンサトローズには本当に感動したものだ。

噴水広場を抜けそのまま貴族街を進んでいく。

王都もそうだったけど、どうして貴族は少し高い所に住んでいるんだろうか。

攻め込まれた時に少しでも犠牲を少なくするため?

水害があるようにも思えないし・・・。

まぁ色々と理由があるんだろう。

そんなことを考えながら坂を上り終え、ふと後ろを振り返ると真っ赤な夕日が街を照らしていた。

王都の景色もいいけれど、やっぱり俺はこの街が好きだ。

そして村が好きだ。

皆待っているだろうなぁ。

結局三回程手紙のやり取りをしたけれど、そこにはいつも何も問題ないとだけ書いてあった。

心配するな、自分の仕事を全うして来い。

頑張ってきてください。

お土産期待してますなんてのもあったな。

もちろんお土産もたっぷり買った。

っというか、各方面から色々と貰ってしまったのでそれは別便で送ってある。

手元にあるのは宝石店で買った?いや貰った新作アクセサリーと、ププト様への手紙ぐらいだ。

明日には荷物も到着するだろう。

お土産の開封はその時という事で。

「おや、そこにおられるのはイナバ様ではありませんか?」

夕暮れの街に見とれていると後ろから声を掛けられた。

振り返ると門の前でテナンさんがお辞儀をしている。

「お久しぶりです、仕事が終わりました報告をしに参りました。」

「それはご苦労様でございました。どうぞ、中へすぐにご案内いたします。」

「有難うございます。」

逆光になっていてもそこにだれがいるかわかるとは、流石テナンさん。

御見それしました。

勝手知ったるププト様のお屋敷ではあるが、出入りしたのは数回しかない。

そういう意味ではホンクリー家やレイハーン家の方が中は詳しいかな。

前者は監禁されたからで後者は仕事でお世話になったから。

どちらも大きなお屋敷だけどやはりここには負けるなぁ。

「おぉ、良く戻ったな。」

屋敷に入ると何故かエントランスでププト様に出迎えられてしまった。

何故俺がこの時間に来るとわかったんだろうか。

まさか、見張られている!?

「無事に仕事が終わったことをご報告に参りました。」

「アニエスから手紙が届いている。あの難しい娘を良く納得させたものだ。」

「えぇと、手紙にはなんと?」

「『娘は無事に冒険者になる事を諦めた、報酬をしっかりと渡してくれ』と書いてあったぞ。」

おやおやおや?

どういうことだ?

結果が出たのは休息日前日。

それから手紙を出したとしても内容が食い違っている。

だってマリアンナさんは冒険者になるのを諦めていないし、それはアニエス様も知っている。

手紙を出した時期にもよるんだろうけど、いったいどういう事だろうか。

「その手紙は何時届いたんですか?」

「昨日だ。お前が戻ってくる前に結果を知らせるためにわざわざ早便を使って手紙を出すとは、よっぽど気に入られたのだな。どうだ、なかなかの仕事だっただろう。」

「まさかあのような内容だとは思いもしませんでした。ププト様も人が悪いですね。」

「アニエスから相談を受けた時にこれが出来るのはお前しかいないと思ったのだ。そしてその思惑通りお前は見事仕事を成し遂げた、友人の悩みを解決してくれたこと感謝する。」

アニエスさんも戻り次第すぐに俺がここに来ることはご存じのはず。

にもかかわらず正直に報告していないという事は恐らく何か事情があるんだろう。

ここは正直に言わない方がよさそうだな。

「いえ、私はただ仕事をしただけですから。」

「お前が冒険者になったと報告を受けた時は驚いたが、今回も色々とやらかしてきたようだな。」

「あはは、もう話が来ていますか。」

「冒険者襲撃事件に関してはティナギルド長から、例の元老議員に関してはガスターシャから報告を受けている。あぁ、もう元老議員ではなかったな。」

皆仕事が早いなぁ。

念話がある世界とはいえ俺のやることがすべて筒抜けっていうのは不思議なものだ。

それならばマリアンナさんの件も伝わっているような気もするんだけど・・・。

謎だ。

「本当に出国したんですか?」

「それは間違いない。だが、二つ程国を越えたあたりで消息が分からなくなってしまったそうだ。だがあれだけの騒動を起こしたのだ、当分戻ってくることは無いだろう。」

「元老議員が亡命して国家秘密などは流出しないのでしょうか。」

「多少は流出するかもしれんが戦時下ではないからな、余程の事でなければ問題ないだろう。」

いや、俺はその余程を心配しているんだけども・・・。

ま、俺には関係のない話か。

「例の団体も解散したそうですから、もうあのような事にはならないかと。」

「それについても報告を受けている。こちらもあれ以降はおとなしいものだ。」

「ということは、近隣の村々も落ち着きを取り戻したんですね。」

「あぁ、騎士団と冒険者のおかげで異常繁殖異常発生していた魔物は駆除された。」

「それは良かった。」

「おかげで作付けも問題なく終わったそうだ、何もなければ今年も豊作になる事だろう。」

何もなければという部分を強調するあたりププト様も人が悪い。

まるで俺が何かを起こしているみたいじゃないか。

全くの濡れ衣だ。

事件ばかり起こす小学生と一緒にしないで頂きたいね。

「安心して店に戻れます。」

「冒険者も戻ってきている。話によると繁盛しているそうだぞ。」

「手紙ではそう書いてありましたが、そうですか戻って来たんですね。」

「おそらくお前の店の良さを避難した先で触れ回ったんだろうな、新しい冒険者も多いそうだ。」

おぉ、それは書いてなかったな。

冒険者がいなくなったときはどうなる事かと思ったけど、そんな流れになるのは想像出来なかった。

何事も悪い事ばかりじゃないんだなぁ。

余計に早く戻りたくなってきたぞ。

「では明日からも忙しくなりそうですね。」

「そうだな。早く戻って元気な顔を見せてやれ。」

「そうします。」

今からなら定期便に十分間に合う。

正直ここに来たらププト様につかまって帰りが遅くなるかもと覚悟していたのだが、杞憂だったようだ。

「っと、そうだった。依頼料だったな。」

「別に今でなくても構いませんが?」

「いいや、こういう物は都度終わらせておく方がいい。金銭関係は特にな。」

耳が痛い。

さっきそれが出来なくてモア君達に日をずらすようにお願いしたところなのに。

「こちらになります。」

どこで話を聞いていたのかテナンさんが突如現れププト様に革袋を手渡した。

「報酬の金貨8枚だ。」

それが右から左に渡り俺の手に収まる。

チャリンと乾いた音が袋の中で響いた。

「ありがとうございます。」

「確認しないのか?」

「こういった事でせこい事をする人ではないと信じておりますので。」

「随分と信じられたものだな。」

「ではそういった事をしてあるのですか?」

「馬鹿を言え、倍額請求してきそうなやつにそんなこと出来るか。」

「失礼な、さすがの私でもそこまではしませんよ。」

一体どういう人間だと思われているんだろうか。

そこまで金にがめついつもりは無いんだけどなぁ。

その後珍しく屋敷の外まで見送りに出てきたププト様と別れ夕日に染まるサンサトローズを見ながら坂を下る。

あまり時間を掛けないつもりだったが随分と遅くなってしまった。

陽は傾き、あと少しで地平線の向こうに消えるだろう。

定期便もそろそろ出る時間だ。

急がなければ。

増えたお土産を手に急ぎ足で坂道を下る。

そのまま噴水広場を抜け騎士団前を通り何とか定期便に滑り込んだ。

危なかった。

時間があればカムリにもあいさつしたかったけど、まぁあいつは何時でもいいか。

席についてすぐに馬車が動き出す。

乗っているのは10人ほど。

暗くなってきたので良く見えないが、なんとなく村の人だという事はわかる。

おそらく向こうも俺が誰かはわかっているだろう。

このなんとも言えない安心感。

まるで地元に戻ってきた時のような感じだ。

マイホームタウン。

還暦を超えたベテラン歌手の歌声が頭の中で流れてくる。

馬車は速度を上げながら丘を上り街道を駆け抜け、あっという間に村へと到着した。

まだ完全に陽は落ち切っていない。

藍色の空が広がっている。

「お、誰かと思ったら帰って来たのか。」

「お陰様で。」

「皆首を長くして待ってるぞ、ニッカさんには俺から言っておくからまた明日挨拶に来いよ。」

「わかった。」

馬車から降りてすぐにドリスのオッサンと出くわした。

そうか、皆待っているのか。

挨拶は明日でいいって言ってくれているし急ぎ家に戻ろう。

村を抜けるまでの間に何度もお帰りなさいと言われ嬉しくなる。

西門を抜けシャルちゃんの店の前も通り過ぎ店までの街道を急ぐ。

早歩きのはずが駆け足になり、気づけば全力で走っていた。

怖いからじゃない。

待ち遠しくて走るなんて生れて初めてだ。

真っ暗な街道の向こうに小さな明かりが見える。

温かいオレンジ色の光がココだよと教えてくれているようだ。

走って走って走って!

そしてついに帰ってきた。

俺の帰るべき場所。

ふと、手前の大きなマナの樹がザワザワと揺れたような気がする。

ただいまというように手で触れてから呼吸を整え俺は扉の前に立った。

そして。

「ただいま!」

「「「「おかえりなさい!!!」」」」

温かな声に迎えられ、帰るべき場所に俺は帰ってきた。
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