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第十七章
番外編~マリアンナは我が道を行く~
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あーあ、行ってしまわれた。
小さくなっていく馬車を見送り私は小さく息を吐いた。
「行ってしまいましたね。」
「はい。」
「ついていってもよかったのよ?」
「ついていったら迷惑になります。それに、私にはまだその資格がありません。」
心のどこかではそうしたい気持ちがある。
でも、今の私じゃそれは出来ないってわかっているから。
だから私はここに残るの。
「でも、マリアンナが望むのなら・・・。」
「お母様、約束通り冒険者になるのは諦めます、今は。」
「そぅ、それが貴女の答えなのね。」
「あの日、ダンジョンの奥でイナバ様に出会ってわかったんです。本当の自分の力でそこに辿り着いていない、私にはその資格が無いんだって。イナバ様はそれを見抜いてあのような課題を出したんだと思うんです。」
「マリアンナがそう言うのなら私は何も言わないわ、でも貴女があの人の血を継いでいることはよくわかった。レイハーン家は冒険者の家系、いくら女の子とはいえその血には抗えないのね。」
今までのお母様なら私が冒険者になるなんて言うととても悲しい顔をしていた。
でも、今は違う。
とても誇らしげ、その顔を見ると私も嬉しくなっちゃうな。
「それで、これからどうするの?」
「一年時間をください。」
「一年?」
「来年の春節にもう一度同じ内容でダンジョンに入ります。その時にイナバ様の本当の課題を達することが出来なかったら、私は冒険者を辞めます。でも、この家は潰させません。素晴らしい旦那様を見つけて、産まれてくる子にその夢を託します。」
「わかったわ、この一年精一杯頑張りなさい。」
「ありがとうございます、お母様。」
溢れてくる涙を隠すためにお母様の体をそっと抱きしめる。
レイハーン家は冒険者の家系。
残されたのが私達だけでも、代々受け継がれた血は絶対に潰えさせはしないわ。
私はマリアンナ=レイハーン。
勇敢だったお父様の一人娘なんですもの!
「そういう事だから、今まで以上に大変になると思うけどよろしく頼みます。」
自室に戻るとヒューイが部屋を掃除してくれていた。
さっき玄関にいたはずなのにいつの間に移動したのかしら。
「かしこまりました。」
「とりあえず鍛錬は続けようと思うの、それと弓の練習は欠かしたくないから裏庭に的を用意してほしいんだけど・・・できる?」
「もちろんですとも。お望みのままにご準備いたしましょう。」
「ネーヤ様もイナバ様もいないけど、ギルドの皆さんが色々と教えてくれるらしいから日中はそっちに行って勉強するつもり。」
「ギルドへですか?」
あら、ヒューイでもそんな不思議そうな顔をするのね。
そんな顔をするなんてちょっと意外。
そうか、いつも困った顔をしていたのは私が変な事ばかりしてきたからだったのね。
今までの自分の行いを思い出すととっても恥ずかしい。
あれが当たり前だと思っていたなんて、あの頃の私にお説教したいぐらいだわ。
「えぇ、私には冒険者としても普通の人としても足りないものが多すぎるの。だから、それを一年かけて勉強し直すつもりよ。」
「マリアンナ様は変わられましたね。」
「当たり前よ、変わらないと次に会った時にどんな顔をすればいいかわからないもの。」
そう、変わらなきゃ。
今までの自分を捨てて新しい自分になるんだから。
「これでやっと私も、旦那様の願いを叶えることが出来ますね。」
「どういうこと?」
嬉しそうな顔をしてヒューイが私を見てくる。
お父様の願いを叶える?
一体何の話かしら。
「旦那様が最後の冒険に出られる前に言付かっていたのです『マリアンナが冒険者になるのならその手伝いをしてほしい』と。アニエス様は反対されていましたので私からそれを言うことはできませんでしたが、今ならその役目を果たすことが出来そうです。」
「お父様がそんなことを・・・。でも、手伝いって何をするつもり?」
「そうでした、マリアンナ様はご存知ありませんね。」
「え?」
「今はホンクリー家の執事をしていますが実は、中級冒険者でもあるんです。」
えぇぇぇぇぇぇぇ!
どういう事!?
ヒューイが冒険者?
「そ、そんな事きいてないわよ!?」
「そうでしたか?」
「そうよ!」
「では私がなぜこの家にいるのかも実はご存じでない?」
「当たり前じゃない!気づいたときにはもう貴方はこの家で働いていたんですもの。」
物心ついたときにはもうヒューイはこの家にいてお父様の手伝いをしていた。
お父様が亡くなった後もお母様と私の為にずーっと傍にいてくれたわ。
でも、今思えばお父様の何を手伝っていたのかしら。
触れちゃいけないのかと思って今まで聞いたことなかったけど・・・。
「そういえばそうですね、アニエス様が出産したのを機に冒険者から離れましたから。」
「じゃあヒューイはお父様と一緒に冒険していたの?」
「一緒にというと語弊がありますね。そうさせて頂いたのはわずか数回、あの時の私では旦那様の力になれませんでした。」
「どうして?」
「今のマリアンナ様と同じですよ。冒険者としての実力も経験も何もかも足りず、横に並ぶことが出来なかった。そんな自分が情けなくて、強くなろうと無茶をした私を心配して旦那様は私を近くに置いて下さったんです。」
無茶をした?
そういえばまだお父様が生きておられた頃にヒューイがお医者様にかかっていたのを何度か目にしたことがあったかしら。
まさかそれが原因なの?
「私のようにならない為にも、マリアンナ様にはしっかりという事を聞いて頂きますから覚悟して下さい。これは亡き旦那様とアニエス様の願いでもあるのですから。」
「はい、よろしくお願いします。」
「・・・あのマリアンナ様が素直にお礼を言える日がくるなんて感無量です。」
「ちょっとそれはさすがに失礼じゃないかしら?」
「そんなことありません、先日まででしたら余計なお世話だと言われていたでしょう。こうやってちゃんとお話を聞けるようになっただけでもイナバ様方には感謝しなければなりません。」
まったく、失礼しちゃうわ。
でも確かにその通りなのよね。
この間の私だったらそんなことしなくてもいい!とか、それこそ余計なお世話とか言ってしまっただろう。
冒険者になるのは私なんだから余計な事をするな、なんて偉そうなことも言ってしまったかもしれない。
でも、そんな事を言うような小娘が一人で冒険者になんてなれるはずが無い。
そうなれたのは沢山の人に支えられて教えてもらったからだわ。
昔の話とはいえ中級冒険者なのだからヒューイはネーヤ様たちと同じ私の大先輩という事になるのよね。
でも、それは冒険者の話であって家の中ではどうなのかしら。
家では使用人・・・なのよね?
ダメダメ、そんなの関係ない。
使用人だとしても私にとって大先輩であることは変わりないんだから。
近くで色々と教えてもらえることを有難いと思わなくちゃね。
「これからは色々と宜しくね。」
「もちろんです。ですがお嬢様、冒険者をお辞めになるのは一度考え直されてはどうですか?」
「ダメよ、一年で成長できなければ冒険者を諦める。これはお母様との約束だもの。」
「失礼ですが冒険者はそんなに甘い物ではありません。」
「わかっているわ、だから試すの。」
今までずっと我慢し続けていたんですもの、無理だと初めから諦めるなんてそんな事出来ないわ。
でもやってみてダメならあきらめもつく。
でもその時はその時。
イナバ様も仰っていたわ、為せば成るなさねばならぬ何事もだったかしら。
イナバ様の世界の言葉らしいのだけど、今の私にピッタリだとおもうの。
何かをしようと思ったら始めなければ意味がない。
だから私は冒険者になったの。
「・・・旦那様と同じ目をされていますね。あの方も諦めるのがお嫌いでした。」
「ふふ、だってお父様の一人娘ですもの当然だわ。だけどね・・・。」
「なにか?」
言葉を止めジッとヒューイを見続ける。
私よりも先にお父様に似たのは貴方だと思うんだけど、気づいていないのね。
「なんでもない。それじゃあ的の件お願いします。」
「休息日が明けるまでにはご準備させていただきます。」
「それじゃあ私はギルドに行くから。」
「今日は休息日ですよ?」
「冒険者に休息日はないわ、依頼は受けないけど勉強はできるもの。」
「いえ、ギルドも今日はお休みですよ?」
「え?」
嘘!
だって昨日はまたいらっしゃいってメイさんが・・・。
もしかしてあれって休息日が明けたらってことだったの?
「休息日は基本どのギルドも休みに入ります。もちろん常駐している職員の方はおられるでしょうが、一般の方は使用できないはずです。幸い陰日と違って商店と市場は開いておりますのでむしろそちらに行かれた方がよろしいのではないでしょうか。」
「でも、お金だってないし・・・。」
「それはこちらで準備します。」
「ダメよ!他の冒険者は自分で稼いだ中からやりくりしているんだから!」
「他人は他人です、お嬢様。それに、人一倍遅れているのなら技量を道具で補助するのは当然の事。中途半端な装備で怪我をされるぐらいならばこちらでしっかりと準備させていただきます。貴女様は一人の冒険者であると同時にレイハーン家の跡取りでもあるのです、そこをお忘れにならないようお願いいたします。」
ヒューイのいう事はわかる。
私にもしもの事があったらと考えてくれているのだろう。
でも、他の冒険者と違って一人だけ装備が整っているなんて、そんなの逆に恥ずかしくて・・・。
「それに、装備が整った仲間がいることは冒険者にとって非常に助けになるんですよ。」
「どういう事?」
「道具の良し悪しは直接自分たちの命に繋がりますから。一人でも整っていればそれだけ仲間の命を助ける事になるんです。それに、稼ぎを一人分の装備に回さなくていい分仲間の装備が整うのも早くなるでしょう。」
そんな考え方があったのね。
矢代だって馬鹿にならないし、装備にお金がかからないのはむしろ良い事なのね。
「幸い弓は非常にいい物をお持ちですから、胸当て、弓掛、腰回りと足回りの装備も充実させる方が良いでしょう。今日が休息日で良かった、きっといい物が出回っていますよ。」
「でも、私どれがいい物かなんて全然わからないし・・・。」
「何のために私がついていくんですか?この私目にお任せください。」
「プッ・・!」
自信満々の顔をするヒューイを見て思わず吹き出してしまった。
「お嬢様、それは流石に失礼ではありませんか?」
「だってあのヒューイがこんな顔するなんて私全然知らなくて・・・。」
「まぁお嬢様の前ではよい執事であるようにとアニエス様と旦那様に言われていましたからね。ここに来てすぐは随分とご迷惑をかけてしまいました。」
「ヒューイにもそんな時代があったのね。」
「冒険者生活が長いとどうしても大雑把になってしまう物です。ですがお嬢様にはそうならないように厳しく指導していきますからね。レイハーン家は由緒ある貴族の一員、それをお忘れないように。」
「はいはい、わかっています。」
「まったく、少しは人の話を聞けるようになったと思ったのですが・・・、まだまだのようですね。」
口ではそんなこと言っているけど、顔はとっても嬉しそうだ。
お父様の約束が果たせる。
それがとっても嬉しいのね。
私も嬉しい。
だって兄のように慕っているヒューイと一緒に冒険に出る事が出来るかもしれないなんて・・・。
「さぁ、そうと決まれば準備をしましょう。昼食の後市場に行きますのでそれまでは鍛錬をしておいてください。」
「今から行かないの?」
「家の仕事も私の仕事です、マリアンナ様だけにかまけているわけにはいきません。昼までに仕事を終わらせますのでどうかそれまでお待ちください。」
「わかったわ、昼食後よ。」
「それではこれで、失礼致します。」
パタンと扉が閉まるまで見送り、私はそっと自分の頬に手を添えた。
そしてその手でギュッと頬をつねる。
痛みがピリピリと広がり思わず顔をしかめてしまう。
夢じゃない。
私はこれから冒険者としてやっていくんだ。
それがとても嬉しくて嬉しくて、思わずベッドに飛び込んでしまった。
「そうだマリアンナさ・・・・。」
それを再び部屋に入って来たヒューイに見られてしまう。
「な、なによ。」
「いえ、装備の試着もしますので動きやすい服装でいらしてくださいとお願いに来ただけです。」
「そ、そう。わかったわ。」
慌てて肌蹴た服を整えてベッドに座る。
あまりに子供っぽいしぐさを見られてしまい顔から火が出そう。
そもそも何でノックしないのよ。
そうよ、悪いのは私じゃないわ!
「なによ、用事が終わったのならさっさと行きなさい。」
「・・・お嬢様もまだまだお子様ですね。」
「ちょっと、それでどういう事よ!」
まだ子供だなんて失礼しちゃう!
私だってもう立派な大人よ!結婚だってできるんだから!
今に見てなさい、絶対にヒューイが認める冒険者になってやるんだから!
その後、新たなダンジョンを制覇した冒険者の中に貴族出の女冒険者がいたという事実は後世にまで語り継がれる事となる。
その女冒険者の側には常に身の回りの世話をする凄腕の執事がいたとかいなかったとか。
誰に認めてもらうのか、その相手が変わってしまった事に彼女は最後まで気づくことはなかった。
小さくなっていく馬車を見送り私は小さく息を吐いた。
「行ってしまいましたね。」
「はい。」
「ついていってもよかったのよ?」
「ついていったら迷惑になります。それに、私にはまだその資格がありません。」
心のどこかではそうしたい気持ちがある。
でも、今の私じゃそれは出来ないってわかっているから。
だから私はここに残るの。
「でも、マリアンナが望むのなら・・・。」
「お母様、約束通り冒険者になるのは諦めます、今は。」
「そぅ、それが貴女の答えなのね。」
「あの日、ダンジョンの奥でイナバ様に出会ってわかったんです。本当の自分の力でそこに辿り着いていない、私にはその資格が無いんだって。イナバ様はそれを見抜いてあのような課題を出したんだと思うんです。」
「マリアンナがそう言うのなら私は何も言わないわ、でも貴女があの人の血を継いでいることはよくわかった。レイハーン家は冒険者の家系、いくら女の子とはいえその血には抗えないのね。」
今までのお母様なら私が冒険者になるなんて言うととても悲しい顔をしていた。
でも、今は違う。
とても誇らしげ、その顔を見ると私も嬉しくなっちゃうな。
「それで、これからどうするの?」
「一年時間をください。」
「一年?」
「来年の春節にもう一度同じ内容でダンジョンに入ります。その時にイナバ様の本当の課題を達することが出来なかったら、私は冒険者を辞めます。でも、この家は潰させません。素晴らしい旦那様を見つけて、産まれてくる子にその夢を託します。」
「わかったわ、この一年精一杯頑張りなさい。」
「ありがとうございます、お母様。」
溢れてくる涙を隠すためにお母様の体をそっと抱きしめる。
レイハーン家は冒険者の家系。
残されたのが私達だけでも、代々受け継がれた血は絶対に潰えさせはしないわ。
私はマリアンナ=レイハーン。
勇敢だったお父様の一人娘なんですもの!
「そういう事だから、今まで以上に大変になると思うけどよろしく頼みます。」
自室に戻るとヒューイが部屋を掃除してくれていた。
さっき玄関にいたはずなのにいつの間に移動したのかしら。
「かしこまりました。」
「とりあえず鍛錬は続けようと思うの、それと弓の練習は欠かしたくないから裏庭に的を用意してほしいんだけど・・・できる?」
「もちろんですとも。お望みのままにご準備いたしましょう。」
「ネーヤ様もイナバ様もいないけど、ギルドの皆さんが色々と教えてくれるらしいから日中はそっちに行って勉強するつもり。」
「ギルドへですか?」
あら、ヒューイでもそんな不思議そうな顔をするのね。
そんな顔をするなんてちょっと意外。
そうか、いつも困った顔をしていたのは私が変な事ばかりしてきたからだったのね。
今までの自分の行いを思い出すととっても恥ずかしい。
あれが当たり前だと思っていたなんて、あの頃の私にお説教したいぐらいだわ。
「えぇ、私には冒険者としても普通の人としても足りないものが多すぎるの。だから、それを一年かけて勉強し直すつもりよ。」
「マリアンナ様は変わられましたね。」
「当たり前よ、変わらないと次に会った時にどんな顔をすればいいかわからないもの。」
そう、変わらなきゃ。
今までの自分を捨てて新しい自分になるんだから。
「これでやっと私も、旦那様の願いを叶えることが出来ますね。」
「どういうこと?」
嬉しそうな顔をしてヒューイが私を見てくる。
お父様の願いを叶える?
一体何の話かしら。
「旦那様が最後の冒険に出られる前に言付かっていたのです『マリアンナが冒険者になるのならその手伝いをしてほしい』と。アニエス様は反対されていましたので私からそれを言うことはできませんでしたが、今ならその役目を果たすことが出来そうです。」
「お父様がそんなことを・・・。でも、手伝いって何をするつもり?」
「そうでした、マリアンナ様はご存知ありませんね。」
「え?」
「今はホンクリー家の執事をしていますが実は、中級冒険者でもあるんです。」
えぇぇぇぇぇぇぇ!
どういう事!?
ヒューイが冒険者?
「そ、そんな事きいてないわよ!?」
「そうでしたか?」
「そうよ!」
「では私がなぜこの家にいるのかも実はご存じでない?」
「当たり前じゃない!気づいたときにはもう貴方はこの家で働いていたんですもの。」
物心ついたときにはもうヒューイはこの家にいてお父様の手伝いをしていた。
お父様が亡くなった後もお母様と私の為にずーっと傍にいてくれたわ。
でも、今思えばお父様の何を手伝っていたのかしら。
触れちゃいけないのかと思って今まで聞いたことなかったけど・・・。
「そういえばそうですね、アニエス様が出産したのを機に冒険者から離れましたから。」
「じゃあヒューイはお父様と一緒に冒険していたの?」
「一緒にというと語弊がありますね。そうさせて頂いたのはわずか数回、あの時の私では旦那様の力になれませんでした。」
「どうして?」
「今のマリアンナ様と同じですよ。冒険者としての実力も経験も何もかも足りず、横に並ぶことが出来なかった。そんな自分が情けなくて、強くなろうと無茶をした私を心配して旦那様は私を近くに置いて下さったんです。」
無茶をした?
そういえばまだお父様が生きておられた頃にヒューイがお医者様にかかっていたのを何度か目にしたことがあったかしら。
まさかそれが原因なの?
「私のようにならない為にも、マリアンナ様にはしっかりという事を聞いて頂きますから覚悟して下さい。これは亡き旦那様とアニエス様の願いでもあるのですから。」
「はい、よろしくお願いします。」
「・・・あのマリアンナ様が素直にお礼を言える日がくるなんて感無量です。」
「ちょっとそれはさすがに失礼じゃないかしら?」
「そんなことありません、先日まででしたら余計なお世話だと言われていたでしょう。こうやってちゃんとお話を聞けるようになっただけでもイナバ様方には感謝しなければなりません。」
まったく、失礼しちゃうわ。
でも確かにその通りなのよね。
この間の私だったらそんなことしなくてもいい!とか、それこそ余計なお世話とか言ってしまっただろう。
冒険者になるのは私なんだから余計な事をするな、なんて偉そうなことも言ってしまったかもしれない。
でも、そんな事を言うような小娘が一人で冒険者になんてなれるはずが無い。
そうなれたのは沢山の人に支えられて教えてもらったからだわ。
昔の話とはいえ中級冒険者なのだからヒューイはネーヤ様たちと同じ私の大先輩という事になるのよね。
でも、それは冒険者の話であって家の中ではどうなのかしら。
家では使用人・・・なのよね?
ダメダメ、そんなの関係ない。
使用人だとしても私にとって大先輩であることは変わりないんだから。
近くで色々と教えてもらえることを有難いと思わなくちゃね。
「これからは色々と宜しくね。」
「もちろんです。ですがお嬢様、冒険者をお辞めになるのは一度考え直されてはどうですか?」
「ダメよ、一年で成長できなければ冒険者を諦める。これはお母様との約束だもの。」
「失礼ですが冒険者はそんなに甘い物ではありません。」
「わかっているわ、だから試すの。」
今までずっと我慢し続けていたんですもの、無理だと初めから諦めるなんてそんな事出来ないわ。
でもやってみてダメならあきらめもつく。
でもその時はその時。
イナバ様も仰っていたわ、為せば成るなさねばならぬ何事もだったかしら。
イナバ様の世界の言葉らしいのだけど、今の私にピッタリだとおもうの。
何かをしようと思ったら始めなければ意味がない。
だから私は冒険者になったの。
「・・・旦那様と同じ目をされていますね。あの方も諦めるのがお嫌いでした。」
「ふふ、だってお父様の一人娘ですもの当然だわ。だけどね・・・。」
「なにか?」
言葉を止めジッとヒューイを見続ける。
私よりも先にお父様に似たのは貴方だと思うんだけど、気づいていないのね。
「なんでもない。それじゃあ的の件お願いします。」
「休息日が明けるまでにはご準備させていただきます。」
「それじゃあ私はギルドに行くから。」
「今日は休息日ですよ?」
「冒険者に休息日はないわ、依頼は受けないけど勉強はできるもの。」
「いえ、ギルドも今日はお休みですよ?」
「え?」
嘘!
だって昨日はまたいらっしゃいってメイさんが・・・。
もしかしてあれって休息日が明けたらってことだったの?
「休息日は基本どのギルドも休みに入ります。もちろん常駐している職員の方はおられるでしょうが、一般の方は使用できないはずです。幸い陰日と違って商店と市場は開いておりますのでむしろそちらに行かれた方がよろしいのではないでしょうか。」
「でも、お金だってないし・・・。」
「それはこちらで準備します。」
「ダメよ!他の冒険者は自分で稼いだ中からやりくりしているんだから!」
「他人は他人です、お嬢様。それに、人一倍遅れているのなら技量を道具で補助するのは当然の事。中途半端な装備で怪我をされるぐらいならばこちらでしっかりと準備させていただきます。貴女様は一人の冒険者であると同時にレイハーン家の跡取りでもあるのです、そこをお忘れにならないようお願いいたします。」
ヒューイのいう事はわかる。
私にもしもの事があったらと考えてくれているのだろう。
でも、他の冒険者と違って一人だけ装備が整っているなんて、そんなの逆に恥ずかしくて・・・。
「それに、装備が整った仲間がいることは冒険者にとって非常に助けになるんですよ。」
「どういう事?」
「道具の良し悪しは直接自分たちの命に繋がりますから。一人でも整っていればそれだけ仲間の命を助ける事になるんです。それに、稼ぎを一人分の装備に回さなくていい分仲間の装備が整うのも早くなるでしょう。」
そんな考え方があったのね。
矢代だって馬鹿にならないし、装備にお金がかからないのはむしろ良い事なのね。
「幸い弓は非常にいい物をお持ちですから、胸当て、弓掛、腰回りと足回りの装備も充実させる方が良いでしょう。今日が休息日で良かった、きっといい物が出回っていますよ。」
「でも、私どれがいい物かなんて全然わからないし・・・。」
「何のために私がついていくんですか?この私目にお任せください。」
「プッ・・!」
自信満々の顔をするヒューイを見て思わず吹き出してしまった。
「お嬢様、それは流石に失礼ではありませんか?」
「だってあのヒューイがこんな顔するなんて私全然知らなくて・・・。」
「まぁお嬢様の前ではよい執事であるようにとアニエス様と旦那様に言われていましたからね。ここに来てすぐは随分とご迷惑をかけてしまいました。」
「ヒューイにもそんな時代があったのね。」
「冒険者生活が長いとどうしても大雑把になってしまう物です。ですがお嬢様にはそうならないように厳しく指導していきますからね。レイハーン家は由緒ある貴族の一員、それをお忘れないように。」
「はいはい、わかっています。」
「まったく、少しは人の話を聞けるようになったと思ったのですが・・・、まだまだのようですね。」
口ではそんなこと言っているけど、顔はとっても嬉しそうだ。
お父様の約束が果たせる。
それがとっても嬉しいのね。
私も嬉しい。
だって兄のように慕っているヒューイと一緒に冒険に出る事が出来るかもしれないなんて・・・。
「さぁ、そうと決まれば準備をしましょう。昼食の後市場に行きますのでそれまでは鍛錬をしておいてください。」
「今から行かないの?」
「家の仕事も私の仕事です、マリアンナ様だけにかまけているわけにはいきません。昼までに仕事を終わらせますのでどうかそれまでお待ちください。」
「わかったわ、昼食後よ。」
「それではこれで、失礼致します。」
パタンと扉が閉まるまで見送り、私はそっと自分の頬に手を添えた。
そしてその手でギュッと頬をつねる。
痛みがピリピリと広がり思わず顔をしかめてしまう。
夢じゃない。
私はこれから冒険者としてやっていくんだ。
それがとても嬉しくて嬉しくて、思わずベッドに飛び込んでしまった。
「そうだマリアンナさ・・・・。」
それを再び部屋に入って来たヒューイに見られてしまう。
「な、なによ。」
「いえ、装備の試着もしますので動きやすい服装でいらしてくださいとお願いに来ただけです。」
「そ、そう。わかったわ。」
慌てて肌蹴た服を整えてベッドに座る。
あまりに子供っぽいしぐさを見られてしまい顔から火が出そう。
そもそも何でノックしないのよ。
そうよ、悪いのは私じゃないわ!
「なによ、用事が終わったのならさっさと行きなさい。」
「・・・お嬢様もまだまだお子様ですね。」
「ちょっと、それでどういう事よ!」
まだ子供だなんて失礼しちゃう!
私だってもう立派な大人よ!結婚だってできるんだから!
今に見てなさい、絶対にヒューイが認める冒険者になってやるんだから!
その後、新たなダンジョンを制覇した冒険者の中に貴族出の女冒険者がいたという事実は後世にまで語り継がれる事となる。
その女冒険者の側には常に身の回りの世話をする凄腕の執事がいたとかいなかったとか。
誰に認めてもらうのか、その相手が変わってしまった事に彼女は最後まで気づくことはなかった。
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