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第十七章

すくすくとヒヨコは育つ

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初めての狩りを終えてからというもの、マリアンナさんの成長には目を見張るものがある。

まるで乾いた大地に水が吸い込まれていくように与えられた知識や経験を吸収し自分の物にしていく。

よく考えれば30過ぎたオッサンと違ってまだ10代だもんな、そりゃ伸びしろが違うわ。

毎日夕方まで魔物と戦い冒険者としての経験を積むだけでなく、家に帰れば鍛錬を欠かさずネーヤさんの指導の下、夜遅くまで矢を射続けている。

もちろん体力は無限ではないので、夕食は眠そうだし、浴室で寝てしまってそのまま寝室に連れて行かれたなんて事も増えて来た。

それでも翌朝ケロッとした顔で朝食に現れるものだかからアニエスさんももう何も言わなくなった。

諦めたのかと思ったのだが、それなら依頼の終了を告げてくるはずだし、好きにさせて最終試験の結果を待とうという感じなんだろう。

このままいけば最終試験は無事にクリアできそうな気もするが・・・。

それは残り三日の頑張り次第だろうか。

「イナバ様!今日は何をしますか?」

「今日は聖日ですからお休みですよ?」

「えぇ!折角張り切って準備したのに・・・、鍛錬もダメですか?」

「休める時に休むのが戦士の務めと、私の妻なら言うでしょうね。」

「でもネーヤ様達はお休みにならないんですよね?」

「いえいえ、彼らも今日は休みのはずですよ。それに、休みの日だからこそしなければならないこともたくさんありますから。」

休みだけど休みじゃないのが冒険者。

彼らに本当の休日など無いと言い切ってもいい。

不思議そうな顔をするマリアンナさん。

いやー、ほんとこの一期で別人になったなぁ。

初めて会った時とくらべたら・・・ってそれは前に聞いた?

いや、マジで変わったんですって。

最初はどうなる事かと思ったし、絶対に冒険者になんてなれないだろうと思ったものだけど、人ってやる気次第で変われるという事が本当によくわかった。

やる気スイッチマジ最強だわ。

「イナバ様、マリアンナ様、お客様が参られました。」

「お、早速来ましたね。」

「玄関先でお待ちですのでどうぞお急ぎください。それと・・・。」

「あ、頼んでいたやつですね。」

「予算は銀貨3枚と聞いておりますが本当によろしいのですか?」

「マリアンナ様が稼いだお金もありますからそれで十分です。」

「え?何の話ですか?」

「それは後で説明します。さぁ、行きましょうか。」

イケメン執事から小袋を手渡されると中身が小さくチャリンとなった。

今日までに自分で稼いだお金が銀貨2枚。

それを合わせると合計で銀貨5枚になる。

冒険者なら十日は宿に泊まれる大金なわけだけど・・・。

残念ながらマリアンナさんにはその価値が上手く伝わっていないようだ。

貴族だしお金はあるからそれを無理やり正す必要はないかもしれないけど、それでも大切な事だからしっかり伝えておく。

なんせ来週には俺はいなくなる予定だ。

仮に冒険者になれたとしたら、マリアンナさん一人で今後はやっていかなければならない。

そうなった時に本当にやっていけるのか。

それが最終試験の一番のポイントでもある。

今日はそれをクリアするための下地作り、というわけだな。

「おはようございます皆さん。」

「「「おはようございます!」」」

「おはようございます、ネーヤ様ジュリア様モア様。」

「おはようマリアンナ、よく休めた?」

「はい!大丈夫です!」

挨拶を済ませると真っ先にネーヤさんの所にかけていくマリアンナさん。

しっぽがあればすごいスピードで左右に揺れている事だろう。

「しかし本当にあの呼び方で大丈夫なのでしょうか。」

「本人がそれを希望しているようですから構わないと思いますよ。」

「でも貴族なんですよね?僕には無理だなぁ。」

「モア君も私の事を呼び捨てにしてみますか?ほら、冒険者としては先輩になるわけですし。」

「えぇ!イナバ様を呼び捨てに!?益々無理ですよ!」

「あはは、モアはそういう所厳しいもんね。」

「イナバ様はよくてもシルビア様に何を言われるか。つい口が滑って大変な目に合うぐらいならこのままで大丈夫です。」

別にシルビア様も怒らないと思うけどなぁ。

俺だって本当は様付けで呼びたいのに呼び捨てにしないと怒るって言われたし大丈夫だって。

今はもう呼び捨てに慣れちゃったけどさ。

「ネーヤ様、今日はどこに行くんですか?」

「え、聞いてないの?」

「すみません昨日はすぐお休みになられたようで説明が出来なかったんです。」

「だ、大丈夫ですよ!?ちょっとお風呂で寝てしまっただけですから!」

「それは大丈夫といっていいのかなぁ・・・。」

ジュリアさんの冷静なツッコミにマリアンナさんが慌てて取り繕う様子がおかしくてみんなして笑ってしまう。

おそらく同年代の友人も少なかったんだろうな。

浮いたとしても貴族同士だろうし、こうやって身分などを気にせず話せる相手がいるというのは良い事だ。

「今日は聖日ですから市場に行こうと思います。今日しか買えないものも沢山ならんでいますから、しっかり吟味して買い物をしてください。」

「買い物でしたら毎日していますよ?」

「それは消耗品ですね。もちろんそれも大切ですが装備や道具の更新は直接自分の命に繋がります。」

「そうそう、いい物を安く買って自分の命を守る!最近きつくなってきたしちょうど新しい胸当てが欲しいと思ってたのよね、良いのがあればいいんだけど。」

「なぁジュリア・・・。」

「モア、それ以上言うと血を見るよ?」

モア君の問にジュリアさんが素早くツッコミを入れる。

俺もそう思う、世の中には言わぬが花って言葉もあるんですから。

「ちょっと、二人で何話してるのよ。」

「べべ別になんでもねぇよ、買い物だろ!さっさと行こうぜ。」

慌てて出発するモア君を見てジュリアさんと二人してまた笑う。

笑顔が多いのは良い事だ。

最近色々あって大変だったけど、今日ぐらいは気を抜いても大丈夫だろう。

ドリちゃんが張り切って捕まえてくれて以降襲撃はパタッと止まっているし、さすがにあの人通りの中襲って来ることもあるまい。

一応最悪の事態を考えてこうやって三人に護衛もかねて付き合ってもらっているし。

ま、そうなったらそうなった時だ。

大慌てで先を行くモア君の背中を追いかけながら、俺達も市場へと向かう。

今日は聖日。

素晴らしい休日になりますように・・・。

そう願っていた時もありました。

「おい、どこ見て歩いてんだ、あぁん!?」

「うるせぇ、お前から突っ込んできたんだろうが!」

「小さくて見えなかったんだよ、チビ!」

「誰がチビだ!でかすぎて頭に栄養いってないんじゃないか!?」

「んだとコラァ!」

「やるかぁ!?」

市場についてみんなで楽しく買い物をしていたわけですよ。

ネーヤさんの後ろについてあれこれとレクチャーを受けるマリアンナさん。

それを見守りながら掘り出し物はないかと探す俺。

ジュリアさんはというと珍しい品があったのか最初の店に張り付いたまま動かなくなってしまった。

そして今問題を起こしているモア君はというと、まるで子供のようにちょこまかと動き回り各お店を冷かしていた所、目の前から歩いてきた冒険者にぶつかってしまったというわけだ。

ネーヤさんはちらっとその様子を確認したが、何事もなかったようにスルーして先に進んでいく。

え、いいの?

折角の聖日なんだしここは穏便にとか、そう言う流れにもっていくんじゃないの?

罵詈雑言言いあいながら睨みを聞かせるいかつい冒険者が二人。

往来のど真ん中でやりあっている物だから正直に言って非常に邪魔だ。

仕方ないここは大人の余裕でこの場を納めてあげるとするか・・・な?

「イナバ様放っておきましょう、止めるほうが無駄です。」

「ジュリアさんまでスルーですか。」

「冒険者同士の喧嘩を止めるだけ無駄ですよ。聖日ですしすぐに監視員が来てしょっ引かれるのが落ちです。むしろ関わると私達も連れて行かれてしまいます。」

「なるほど、それでネーヤさんは無視したわけですか。」

「折角の買い物を邪魔されたくなかったんでしょう。マリアンナ様に懐かれてネーヤも楽しそうですし。」

「お邪魔でないのならよかったです。」

面倒見のいい姉御肌だからなぁ。

ウザがられていたらどうしようと思っていたけど、どうやらその心配は杞憂に終わったらしい。

「おい、そこで騒いでいるのは誰だ!」

と、早くも監視員がやってきたようだ。

普通ならすぐに逃げるものだが、カッとなった二人はにらみ合ったまま動こうとしない。

向こうのお仲間も面倒は御免だとどこかに行ってしまったようだ。

「さぁイナバ様行きましょう。」

「そうですね。」

さらばモア君、君の休日はここで終わりだ。

駆け付けた監視員に羽交い絞めにされるモア君を横目に俺達は楽しい休日の続きを満喫するのだった。


「今日はありがとうございました!」

「それ、最初は固いと思うけど一緒に買った油をよくなじませたら少しずつ柔らかくなるから毎日焦らず手入れしてね。」

「はい!」

「ネーヤさん今日一日ありがとうございました。」

「そんな、私も一日楽しかったです。ほら、この二人といつも一緒だと女の子と一緒に買い物なんて出来ないですからつい・・・。」

「また行きましょうね、ネーヤ様!」

なるほど確かに男2人?と一緒だと楽しめない事もあるんだろう。

うちの妻たちも女同士で固まって買い物している時は非常に楽しそうだ。

その分時間は消費するけれど、それが女という生き物なのだろう。

「モアは反省した?」

「・・・大変申し訳ありませんでした。」

「まぁまぁ、ジュリアさんもそのぐらいで。本人も反省しているみたいですし。」

「まったく、僕ならともかくイナバ様の手を煩わせちゃだめだよ。貸し1だからね。」

あの後監視塔に回収に行ったのだがまだ当事者同士がやりあっていたので俺の名前を出して場を納めたのだ。

向こうもまさか俺が知り合いだと思わなかったんだろう、急に態度が大人しくなり同じく迎えに来た仲間に引き取られていった。

王都でも俺の噂は少しずつ広がっているらしい。

今回は初心者冒険者襲撃犯を一人で捕まえたという噂に加えて、ダンジョンを燃やしたという不名誉な噂もついてきたんだけども。

あー、その件で明日ベンゼンさんに呼ばれているんだった。

絶対怒られるよなぁ。

俺だったら間違いなく怒るもん。

自分のダンジョンを燃やされて怒らない人がいるはずがない。

でもでも、その件に関しては冒険者ギルドが間に入って仲裁してくれるってことになっているし、そのおかげで冒険者襲撃犯を捕まえられたんだからむしろプラスというかなんというか・・・。

「イナバ様?」

「いえ、明日が来てしまうなぁと思い憂鬱になっただけです。」

「来週は休息日もありますからすぐにまたお休みになりますよ。」

また月曜日が来ると憂鬱になる気持ちを久々に思い出した。

この世界に来て一年、新しい週が始まる事の方がむしろ楽しみだったんだけどなぁ。

「そうなったらいよいよサンサトローズに戻るのね。」

「王都もいいけどやっぱりあの街が一番落ち着くんだよな!」

「でも本当に私達でよろしいのですか?馬車にまで乗せてもらえるなんて条件としては良すぎません?」

「むしろ皆さんに護衛してもらえる方が気が楽です。」

そう、休息日が来ればいよいよこの期も終わりだ。

休息日前日に最終試験を行い、その結果がどうであれ俺は商店に戻る事になっている。

当初の予定では最長二期とのことだったが、思った以上にマリアンナさんの成長が早かったので期限を短くすることになった。

この件に関してはアニエスさんにも了承を貰っている。

あと少しで皆に会える。

それまでにしっかり自分の仕事をやり遂げないとね。

「え・・・皆さんいなくなってしまうのですか?」

盛り上がっている俺達を見て、マリアンナさんが泣きそうな顔をしている。

それにいち早く気づいたネーヤさんが彼女の肩にそっと手を置いた。

「元々仕事は今期まででしたから、それが終われば私達はサンサトローズに戻ります。三人にはその道中の護衛をお願いしたんですよ。」

「ごめんね黙ってて、でもこれも冒険者の仕事だから。」

「一か所に留まる人もいるけれど、僕たちは自由に動き回るのが好きなんだ。」

「行ってみたい場所もまだまだあるしな。」

「と、いう事で最後の思い出作りもかねて今日は買い物に出たんです。楽しかったですか?」

現実を受け入れられない様子のマリアンナさん。

でもこれを受け入れてもらわないと話が始まらない。

最後の試験、いよいよそれを発表する時が来たようだ。

「楽しかった・・・です。」

「よかった。それにさ、まだ明日は一緒に冒険に出るんだし今日が最後じゃないんだよ?」

「そうですよ。明日はいよいよダンジョンに潜るんです、ネーヤ直伝の技期待していますね。あ、モアに当てても問題ありませんから遠慮なくどうぞ。」

「いや、遠慮なくどうぞじゃないんですけど!」

「確かにモア君なら大丈夫でしょう。」

「イナバ様まで!」

暗くなった雰囲気を少しでも明るくしようとしたけれど、残念ながらそれは空振りに終わってしまったようだ。

シュンとうなだれたままのマリアンナさん。

うーん、こうなってしまったら仕方ない。

これを乗り越えてこその一人前、出会いがあれば別れもある。

それは冒険者に限らずなんにでも言える事だからね。

「マリアンナ様、最終試験まであと三日。ここでその試験内容をお伝えしようと思います。」

俺が近づいてもまだうつむいたままだったが、ネーヤさんに促されて持ち上げたその瞳には溢れんばかりの涙が浮かんでいた。

「もしこれを超える事が出来ればアニエス様は冒険者を続けてもいいと仰ってくださいました。そうなればまたネーヤさんと冒険に出る事も出来るでしょう。ここが頑張りどころ、そうではありませんか?」

「そうだよ!冒険者を続けていればまた私と冒険に出れるんだから、だからがんばろ?」

「・・・はい。」

「では、最終試験の内容をお伝えします。『お一人で冒険者の仲間を探しダンジョンの三階層まで到達する事。』以上です。」

告げられた最終試験。

それを聞いたマリアンナさんの瞳が迷いと恐怖と決意に揺れる。

さぁ、ここから先は俺達には何もできない。

でもせめて最終試験までの二日は精一杯背中を押してあげよう。

俺達もそう、決意したのだった。
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