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第十七章
虎穴に入らずんば虎子を得ず
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ダンジョンの中は今まで経験したダンジョンと特に変わりはなかった。
中はそこそこ明るく、10mぐらいまでは見える。
壁には魔灯がぽつぽつと設置してあるがそれ以外にもヒカリゴケのようなものが自生しているのかもしれない。
何はともあれ明かりがあるのはいいことだ。
魔物がどこから出てくるのか、罠はどこにあるのか。
それもすべて『明るさ』があってこそ視認できる。
暗ければ暗いほど視認速度は下がり、それは直接自分の命の危険につながる。
入り口は初心者も来るのでその辺は配慮してあるんだな。
入って即超高難度ダンジョンってのもあるかもしれないけど、流石に街の傍にそんなものは用意しないだろう。
一応ここも商店連合の管理ダンジョンだし。
「さーて、始めますかね!」
いよいよソロでのダンジョン攻略開始だ。
冒険者イナバシュウイチ、いきます!
武器はこの一年しっかりと使い込んだダマスカスの短剣、それとギルドで借りた高鋼のショートソード。
え、短剣を英語で言えばショートソードになるって?
若干長さが違うんですよ。
ショートソードは刃渡りが俺の肘の当たりまであるけれど、短剣は拳一つ分ぐらいそれよりも短い。
使い勝手は短剣の方がいいけれど、もしもを考えると長物もあった方がいいとの事でお借りした。
確かに一本しかないってのも不安だし、邪魔になるって重さでもない。
上半身は硬革の鎧にガンレット、下半身も同様に硬革のキュロス風とロングブーツだ。
本当は膝もカバーしたいんだけど装備に慣れず動きにくかったので今回は素早さ重視で編成している。
弁慶の泣き所。
命を考えたら守るべきなんだろうけど、慣れない装備で戦いにくくなっても困るので苦渋の決断だった。
大丈夫さ、なんとかなる。
多分。
その他薬草など消耗品と探索装備をカバンに入れて背負っているのだが、正直これがかなり重い。
俺は一泊する分しか持ち込んでいないのだが、それでもかなりの量がある。
戦闘中は荷物をおろして戦う事になるだろう。
これを背負ったまま戦えるモア君達の筋力理解できない。
中級冒険者おそるべしだ。
その大量の道具が入ったカバンをもう一度背負い直して、俺はダンジョンの奥へと歩みを進める。
ちなみにマップはすべて頭の中だ。
徹夜して詰め込んであるので迷う事はおそらくない。
もちろん紙の上と実際とでは方向感覚が狂ったりするから絶対ではないけれど、その辺は持ち前の攻略スキルを駆使して乗り切ろう。
曲がり角では目印。
壁に手をついて歩く。
この辺は基本ですよね。
まぁ、しばらくは曲がり角を無視してまっすぐ進むだけので迷う事はないけれども。
シンと静まり返ったダンジョン。
陰日なので他の冒険者は誰もいない。
いつもならそれなりにいるので第一階層は魔物に出くわすことの方が少ないそうだが、今回はそうではない。
それなりに戦うことも予想される。
モア君達が先に入っているのである程度は掃除してくれてると思うんだけど・・・。
っと、早速噂システムが発動しましたね。
耳を澄ますと俺の足音のほかに聞こえてくる音がある。
カリカリ、カリカリと何かがすれるような音。
他に冒険者がいない以上考えられるのは魔物だけ。
いや、例の連中が隠れている可能性もあるんだけどもこんなわかりやすい場所で襲ってくることは無いだろう。
多分。
短剣を抜き右手に構え、左手で地面に落ちていた小石を拾う。
音が聞こえるのはこの先の十字路。
正面には見えないのでおそらく右か左どちらかから向かってきているんだろう。
エンカウントは十字路の手前、作戦は見敵必殺(サーチ&デストロイ)。
某南方の戦争でも使われた作戦だ。
あ、あっちは索敵の方だっけ。
こっちは有名な吸血鬼のご主人様の下した命令ったか。
まぁどっちでもいいや。
やることは一つ。
先程の音が通路に反響してどちらからくるのか判別はつかないが近づいていることは確かだ。
カリカリ、カリカリ。
その音が最高潮に達した時、向かって右側の通路から白色の塊が現れた。
あれはなんだ?
ケセランパサランか?
いや、それにしてはデカい。
そんな風に一瞬迷っていると、白い塊に黒い角が生えているのが見えた。
わかった、ホーンラビットだ。
またの名を一角兎。
可愛さとは裏腹に容赦なく頭の角で魔物の体を突き刺し捕食する肉食獣。
見た目に騙されるなを地で行くような奴だ。
やつは通路まで来ると周りの匂いを嗅いで獲物がいないか探しているようだ。
ピスピス鼻を上に向けて匂いを嗅いでいるのは可愛らしいが、頭を動かすたびに大きな角も一緒に揺れる。
獲物を発見次第、猛烈な速度で対象に近づき一撃必殺のジャンプで突き刺してくる。
ホフラビットとは比べ物にならない凶暴さ。
でも、初心者向けの魔物でもある。
え、なぜかって?
まぁ見てなさい。
ミーアキャット宜しく首を高く持ち上げ辺りを見渡す奴めがけて左手に持った石を投げつける。
だが石は奴の頭上を高く超え通路の反対側に飛んで行ってしまった。
ノーコンとかいう声が聞こえたような気もするが理由があるので気にしない。
飛んで行った石は通路の向こうに落下し、カツンカツンと甲高い音がダンジョンに響いた。
その音を聞いた一角兎は慌てて身をかがめ音のした方向に首を向ける。
するとあら不思議、背中ががら空きじゃありませんか。
そのまま素早く接敵して弱点である首元に短剣を突き立てる。
近づいた足音に慌てて振り返ろうとするも時すでに遅く、長い角が邪魔をして振り返りがワンテンポ遅れこちらを振り返る前に短剣が奴の命を刈り取った。
ピクピクと痙攣しながら一角兎はその場に横たわる。
そう、こいつが初心者向けと言われる所以はこの臆病さとワンテンポ遅い動きにある。
何かしらの方法で注意を向けるとそちらに集中してしまい後ろに気が行かない。
そして気づいても頭が遅くて反応が鈍い。
いきなり正面で対峙すると厄介だが、対応方法さえわかっていればなんてことも無い魔物なのだ。
絶命したことを確認して短剣を抜き血をふき取る。
現状からするとはぎ取らずに先に進みたい所なのだが・・・。
いや、どこで見られているかわからないのでちゃんとはぎ取っておくか。
サイと違って角はしっかりと頭蓋骨に固定されているが、根元から簡単に折れる。
首を切断した後はひっくり返して血抜きをしながら腹を開いて内臓を取り出す。
後は皮をはいで肉と分離すれば処理完了だ。
荷物入れとは別のカバンにお肉を放り込み、革をさらに別の袋に入れる。
袋だらけになるんだから素材集めも楽じゃない。
無限カバンが欲しいなぁ、マジで。
残念ながらこの世界にあるという話は聞かないしなぁ。
さて、処理も終わったし周囲を確認して先に進みますかね。
えーっと、この十字路を越えたら二つ目の角を右に曲がってそれから潜んでいる可能性のある要注意スポットか。
大丈夫だとは思うけど慎重に・・・。
お、初めての罠発見。
なんとまぁ雑な事。
これに気づかない奴なんているんだろうか。
とかなんとか、他人様のダンジョンにツッコミを入れながらも進み続けること数刻。
途中休憩をはさみながら気づけば第三階層まで無事にたどり着くことが出来た。
第二階層の最後、フロアマスター的な骸骨の魔物には苦戦したが一度やり合った相手なのでよく見れば対処できた。
戦闘の基本は各個撃破。
複数は絶対に相手をしないを心掛けながら進めば何とかなるものだ。
ちなみに先ほど苦戦した理由は二体同時にいたから。
石を投げつけてつり出し、一匹を落とし罠に嵌めれば後は完勝コースだ。
まさか罠を利用するとはさすがの骸骨も思わなかっただろう。
脳みそも入ってないし、そういう思考になるかどうかもわからないけどね。
ちなみにここまで無傷・・・な訳が無く、時々魔物の攻撃を受けたりするけど防具のおかげで大きな傷にはなっていない。
初心者でここまでできるって中々じゃないですかね。
誰か褒めて、褒めて。
え、当たり前?
こちとらチートスキルも無ければ精霊も呼んでない中年サラリーマンですよ!
褒めてくれたっていいじゃないですか!
とかなんとか一人乗りツッコミしながら迎えた第三階層。
そこは先ほどまでと雰囲気が少し違った。
「暗いな。そして臭い。」
第二階層までは魔灯もあり視認性が抜群だったがここにきて急にダンジョンが暗くなった。
もちろん完全に真っ暗というわけではないが明らかに魔灯の数が少ない。
いや、少ないんじゃなくて壊れてる?
松明を取り出し辺りを確認しながら進むと、魔灯のいくつかが物理的に破壊された跡があった。
何だろう腐敗臭ではないけれど鼻につんとくる臭いだ。
「うーん、明らかに怪しいなぁ。」
モア君達は先に進んでいるはずなのでここを通っているはずだ。
もしかしたらこれが普通なのかもしれないけれど、注意しながら進んだ方がいいだろう。
明かりのある階段下に戻り、少し休憩をとる。
カバンから携帯食料を取り出しかじりながら水筒の水を飲む。
うん、携帯食料はうちの方がおいしいな。
あー、セレンさんのサンドイッチが食べたい。
チーズもいつものやつの方が何倍も上手い。
こういう部分では大手に負けてないよな、うちも。
出来る所からコツコツとファンを増やしていくとしよう。
一息つきながら三階層の地図を思い出す。
ここは曲り道が多い。
その分敵の潜む場所が出来るので要注意スポットももちろん増える。
特に危険なのは中盤の迷路のような場所だ。
行き止まりが多く何度も何度も同じ道を歩かされる。
この場合、行き止まりの手前で隠れおき獲物が間違った方向に進んだら後ろから近づいて追い込む、なんて手段をとれる。
この間襲われた子がこの辺で襲われたかどうかは定かではないが、可能性は十分に高いだろう。
一応ギルドの職員がくまなく捜索したらしいが犯人の手掛かりになるものは無かったらしい。
今回俺が一人で入ったのは奴らを呼び込む餌になるためだ。
ダンジョンに入ったことは間違いなく伝わっているだろうし、もし中に奴らの仲間がいるのならば間違いなく狙ってくる。
となるとここが一番怪しいんだけども・・・。
そうなると先に進んだモア君達とかち合う可能性が出てくるんだよなぁ。
はてさてどうなる事やら。
一先ず俺に出来るのは先に進む事だけか。
モア君達と違い気を抜いてダンジョンを進めるほど強くもないし、一歩一歩確実に進んでいくしかない。
って、こんな言い方するとモア君達が気を抜いているみたいだな。
気を付けよう。
松明の明かりと魔灯の明かりを頼りに先程よりもペースを落としながら先に進む。
臭いの正体はおそらく湿気だろう。
地面が少しぬかるんでいる部分があり、全体的に湿度が高い。
カビか何かの臭いかもしれない。
ものすごいぬかるんでいるわけではないので戦うのに問題は無いけれど・・・。
体感で10分ほど進んだ時だった。
ぬかるんだ地面に不自然な足跡を発見する。
今までもたくさんの足跡が続いていたが、横から延びる細い通路からより多くの足跡が続いていた。
確かこの横道は行き止まりに繋がっていたな。
そしてそこは要注意スポットでもある。
捜索のプロとかではないのでどれが新しいとか、何刻前のやつとかはわからないけど、そこだけ不自然に足跡が固まっているのだけはわかる。
靴の後から察するに通路から出てきたような感じだな。
そのまま足跡をたどって先に進むと、大量の足跡はその先の細い通路に消えて行った。
他の足音はまっすぐ進んでいるけれど、これ足跡を頼りにダンジョンを進んでいたらついつられてそっちに行く可能性もあるな。
ちなみに大量の足跡が続いている方も行き止まりだ。
そこそこ長い距離進んでから行き止まりになるのでメンタル的にきつい奴だなと思った記憶がある。
仮にこれが奴らの痕跡ならこちらに行くと間違いなくアウトだろう。
ではそこにモア君達が行く可能性は?
彼らは何度過去のダンジョンに潜っているみたいだし正解の道を把握しているだろう。
そこから考えれば間違った道を進む可能性は低い。
先行部隊は10階層からの逆走になるのでまだまだ到着することは無いだろう。
モア君達が先にすすんでいることを考えると救助は望めない。
かなり危険だ。
でもなんとなくここにいるような気もするんだよなぁ。
だって初心者冒険者だよ?
いきなり5階層とか10階層って難しくないですか?
特に一人で潜るような初心者はいきなり低階層にチャレンジしないだろう。
自分に出来る範囲でダンジョンを回り、少しずつ実力をつけていく。
そうなるとダンジョンの隅々まで探索するんじゃないだろうか。
そして彼らを狙う連中もそれを考えている。
足跡の奥は真っ暗で遠くに魔灯がぽつぽつと光る程度だ。
だが、向こうから見れば松明の明かりが近づいてくるのが見える。
つまり獲物が来ていることがわかるわけだな。
なんていう好条件。
そこで襲わない手はないか。
逃げ道も無いんだから塞いでしまえばそこで終わりだ。
念の為後ろを振り返るも人の気配はない。
一度戻り最初の足跡の方に行くという方法もある。
最初の角で後詰が待機し、次の角で襲撃部隊が待機している可能性も高い。
となると両方向から襲われる可能性のある後者よりも前者の方がまだ救いがあるか?
考えろ。
この先は危険だ。
だけど、俺の目的もそっちだ。
奴らがいるのならばむしろ好都合じゃないのか?
いざとなればドリちゃん達もいるし・・・。
俯き辺りを警戒しながらも深く深く思考を巡らせる。
どれだけそうしていたかわからないけれど、一つの答えにたどり着き俺は顔を上げた。
荷物を下ろし中身を確認する。
よしよし、余分に持ってきてるな。
それと、合わせてこれを使って。
それから・・・。
カバンの中身を入れ替え不要なものをカバンから取り出し、いざという時に備える。
「よし、いくか!」
ダンジョン中に響く大きな声で気合を入れ、俺は怪しい足跡の続く行き止まりの道へと歩みを進めるのだった。
中はそこそこ明るく、10mぐらいまでは見える。
壁には魔灯がぽつぽつと設置してあるがそれ以外にもヒカリゴケのようなものが自生しているのかもしれない。
何はともあれ明かりがあるのはいいことだ。
魔物がどこから出てくるのか、罠はどこにあるのか。
それもすべて『明るさ』があってこそ視認できる。
暗ければ暗いほど視認速度は下がり、それは直接自分の命の危険につながる。
入り口は初心者も来るのでその辺は配慮してあるんだな。
入って即超高難度ダンジョンってのもあるかもしれないけど、流石に街の傍にそんなものは用意しないだろう。
一応ここも商店連合の管理ダンジョンだし。
「さーて、始めますかね!」
いよいよソロでのダンジョン攻略開始だ。
冒険者イナバシュウイチ、いきます!
武器はこの一年しっかりと使い込んだダマスカスの短剣、それとギルドで借りた高鋼のショートソード。
え、短剣を英語で言えばショートソードになるって?
若干長さが違うんですよ。
ショートソードは刃渡りが俺の肘の当たりまであるけれど、短剣は拳一つ分ぐらいそれよりも短い。
使い勝手は短剣の方がいいけれど、もしもを考えると長物もあった方がいいとの事でお借りした。
確かに一本しかないってのも不安だし、邪魔になるって重さでもない。
上半身は硬革の鎧にガンレット、下半身も同様に硬革のキュロス風とロングブーツだ。
本当は膝もカバーしたいんだけど装備に慣れず動きにくかったので今回は素早さ重視で編成している。
弁慶の泣き所。
命を考えたら守るべきなんだろうけど、慣れない装備で戦いにくくなっても困るので苦渋の決断だった。
大丈夫さ、なんとかなる。
多分。
その他薬草など消耗品と探索装備をカバンに入れて背負っているのだが、正直これがかなり重い。
俺は一泊する分しか持ち込んでいないのだが、それでもかなりの量がある。
戦闘中は荷物をおろして戦う事になるだろう。
これを背負ったまま戦えるモア君達の筋力理解できない。
中級冒険者おそるべしだ。
その大量の道具が入ったカバンをもう一度背負い直して、俺はダンジョンの奥へと歩みを進める。
ちなみにマップはすべて頭の中だ。
徹夜して詰め込んであるので迷う事はおそらくない。
もちろん紙の上と実際とでは方向感覚が狂ったりするから絶対ではないけれど、その辺は持ち前の攻略スキルを駆使して乗り切ろう。
曲がり角では目印。
壁に手をついて歩く。
この辺は基本ですよね。
まぁ、しばらくは曲がり角を無視してまっすぐ進むだけので迷う事はないけれども。
シンと静まり返ったダンジョン。
陰日なので他の冒険者は誰もいない。
いつもならそれなりにいるので第一階層は魔物に出くわすことの方が少ないそうだが、今回はそうではない。
それなりに戦うことも予想される。
モア君達が先に入っているのである程度は掃除してくれてると思うんだけど・・・。
っと、早速噂システムが発動しましたね。
耳を澄ますと俺の足音のほかに聞こえてくる音がある。
カリカリ、カリカリと何かがすれるような音。
他に冒険者がいない以上考えられるのは魔物だけ。
いや、例の連中が隠れている可能性もあるんだけどもこんなわかりやすい場所で襲ってくることは無いだろう。
多分。
短剣を抜き右手に構え、左手で地面に落ちていた小石を拾う。
音が聞こえるのはこの先の十字路。
正面には見えないのでおそらく右か左どちらかから向かってきているんだろう。
エンカウントは十字路の手前、作戦は見敵必殺(サーチ&デストロイ)。
某南方の戦争でも使われた作戦だ。
あ、あっちは索敵の方だっけ。
こっちは有名な吸血鬼のご主人様の下した命令ったか。
まぁどっちでもいいや。
やることは一つ。
先程の音が通路に反響してどちらからくるのか判別はつかないが近づいていることは確かだ。
カリカリ、カリカリ。
その音が最高潮に達した時、向かって右側の通路から白色の塊が現れた。
あれはなんだ?
ケセランパサランか?
いや、それにしてはデカい。
そんな風に一瞬迷っていると、白い塊に黒い角が生えているのが見えた。
わかった、ホーンラビットだ。
またの名を一角兎。
可愛さとは裏腹に容赦なく頭の角で魔物の体を突き刺し捕食する肉食獣。
見た目に騙されるなを地で行くような奴だ。
やつは通路まで来ると周りの匂いを嗅いで獲物がいないか探しているようだ。
ピスピス鼻を上に向けて匂いを嗅いでいるのは可愛らしいが、頭を動かすたびに大きな角も一緒に揺れる。
獲物を発見次第、猛烈な速度で対象に近づき一撃必殺のジャンプで突き刺してくる。
ホフラビットとは比べ物にならない凶暴さ。
でも、初心者向けの魔物でもある。
え、なぜかって?
まぁ見てなさい。
ミーアキャット宜しく首を高く持ち上げ辺りを見渡す奴めがけて左手に持った石を投げつける。
だが石は奴の頭上を高く超え通路の反対側に飛んで行ってしまった。
ノーコンとかいう声が聞こえたような気もするが理由があるので気にしない。
飛んで行った石は通路の向こうに落下し、カツンカツンと甲高い音がダンジョンに響いた。
その音を聞いた一角兎は慌てて身をかがめ音のした方向に首を向ける。
するとあら不思議、背中ががら空きじゃありませんか。
そのまま素早く接敵して弱点である首元に短剣を突き立てる。
近づいた足音に慌てて振り返ろうとするも時すでに遅く、長い角が邪魔をして振り返りがワンテンポ遅れこちらを振り返る前に短剣が奴の命を刈り取った。
ピクピクと痙攣しながら一角兎はその場に横たわる。
そう、こいつが初心者向けと言われる所以はこの臆病さとワンテンポ遅い動きにある。
何かしらの方法で注意を向けるとそちらに集中してしまい後ろに気が行かない。
そして気づいても頭が遅くて反応が鈍い。
いきなり正面で対峙すると厄介だが、対応方法さえわかっていればなんてことも無い魔物なのだ。
絶命したことを確認して短剣を抜き血をふき取る。
現状からするとはぎ取らずに先に進みたい所なのだが・・・。
いや、どこで見られているかわからないのでちゃんとはぎ取っておくか。
サイと違って角はしっかりと頭蓋骨に固定されているが、根元から簡単に折れる。
首を切断した後はひっくり返して血抜きをしながら腹を開いて内臓を取り出す。
後は皮をはいで肉と分離すれば処理完了だ。
荷物入れとは別のカバンにお肉を放り込み、革をさらに別の袋に入れる。
袋だらけになるんだから素材集めも楽じゃない。
無限カバンが欲しいなぁ、マジで。
残念ながらこの世界にあるという話は聞かないしなぁ。
さて、処理も終わったし周囲を確認して先に進みますかね。
えーっと、この十字路を越えたら二つ目の角を右に曲がってそれから潜んでいる可能性のある要注意スポットか。
大丈夫だとは思うけど慎重に・・・。
お、初めての罠発見。
なんとまぁ雑な事。
これに気づかない奴なんているんだろうか。
とかなんとか、他人様のダンジョンにツッコミを入れながらも進み続けること数刻。
途中休憩をはさみながら気づけば第三階層まで無事にたどり着くことが出来た。
第二階層の最後、フロアマスター的な骸骨の魔物には苦戦したが一度やり合った相手なのでよく見れば対処できた。
戦闘の基本は各個撃破。
複数は絶対に相手をしないを心掛けながら進めば何とかなるものだ。
ちなみに先ほど苦戦した理由は二体同時にいたから。
石を投げつけてつり出し、一匹を落とし罠に嵌めれば後は完勝コースだ。
まさか罠を利用するとはさすがの骸骨も思わなかっただろう。
脳みそも入ってないし、そういう思考になるかどうかもわからないけどね。
ちなみにここまで無傷・・・な訳が無く、時々魔物の攻撃を受けたりするけど防具のおかげで大きな傷にはなっていない。
初心者でここまでできるって中々じゃないですかね。
誰か褒めて、褒めて。
え、当たり前?
こちとらチートスキルも無ければ精霊も呼んでない中年サラリーマンですよ!
褒めてくれたっていいじゃないですか!
とかなんとか一人乗りツッコミしながら迎えた第三階層。
そこは先ほどまでと雰囲気が少し違った。
「暗いな。そして臭い。」
第二階層までは魔灯もあり視認性が抜群だったがここにきて急にダンジョンが暗くなった。
もちろん完全に真っ暗というわけではないが明らかに魔灯の数が少ない。
いや、少ないんじゃなくて壊れてる?
松明を取り出し辺りを確認しながら進むと、魔灯のいくつかが物理的に破壊された跡があった。
何だろう腐敗臭ではないけれど鼻につんとくる臭いだ。
「うーん、明らかに怪しいなぁ。」
モア君達は先に進んでいるはずなのでここを通っているはずだ。
もしかしたらこれが普通なのかもしれないけれど、注意しながら進んだ方がいいだろう。
明かりのある階段下に戻り、少し休憩をとる。
カバンから携帯食料を取り出しかじりながら水筒の水を飲む。
うん、携帯食料はうちの方がおいしいな。
あー、セレンさんのサンドイッチが食べたい。
チーズもいつものやつの方が何倍も上手い。
こういう部分では大手に負けてないよな、うちも。
出来る所からコツコツとファンを増やしていくとしよう。
一息つきながら三階層の地図を思い出す。
ここは曲り道が多い。
その分敵の潜む場所が出来るので要注意スポットももちろん増える。
特に危険なのは中盤の迷路のような場所だ。
行き止まりが多く何度も何度も同じ道を歩かされる。
この場合、行き止まりの手前で隠れおき獲物が間違った方向に進んだら後ろから近づいて追い込む、なんて手段をとれる。
この間襲われた子がこの辺で襲われたかどうかは定かではないが、可能性は十分に高いだろう。
一応ギルドの職員がくまなく捜索したらしいが犯人の手掛かりになるものは無かったらしい。
今回俺が一人で入ったのは奴らを呼び込む餌になるためだ。
ダンジョンに入ったことは間違いなく伝わっているだろうし、もし中に奴らの仲間がいるのならば間違いなく狙ってくる。
となるとここが一番怪しいんだけども・・・。
そうなると先に進んだモア君達とかち合う可能性が出てくるんだよなぁ。
はてさてどうなる事やら。
一先ず俺に出来るのは先に進む事だけか。
モア君達と違い気を抜いてダンジョンを進めるほど強くもないし、一歩一歩確実に進んでいくしかない。
って、こんな言い方するとモア君達が気を抜いているみたいだな。
気を付けよう。
松明の明かりと魔灯の明かりを頼りに先程よりもペースを落としながら先に進む。
臭いの正体はおそらく湿気だろう。
地面が少しぬかるんでいる部分があり、全体的に湿度が高い。
カビか何かの臭いかもしれない。
ものすごいぬかるんでいるわけではないので戦うのに問題は無いけれど・・・。
体感で10分ほど進んだ時だった。
ぬかるんだ地面に不自然な足跡を発見する。
今までもたくさんの足跡が続いていたが、横から延びる細い通路からより多くの足跡が続いていた。
確かこの横道は行き止まりに繋がっていたな。
そしてそこは要注意スポットでもある。
捜索のプロとかではないのでどれが新しいとか、何刻前のやつとかはわからないけど、そこだけ不自然に足跡が固まっているのだけはわかる。
靴の後から察するに通路から出てきたような感じだな。
そのまま足跡をたどって先に進むと、大量の足跡はその先の細い通路に消えて行った。
他の足音はまっすぐ進んでいるけれど、これ足跡を頼りにダンジョンを進んでいたらついつられてそっちに行く可能性もあるな。
ちなみに大量の足跡が続いている方も行き止まりだ。
そこそこ長い距離進んでから行き止まりになるのでメンタル的にきつい奴だなと思った記憶がある。
仮にこれが奴らの痕跡ならこちらに行くと間違いなくアウトだろう。
ではそこにモア君達が行く可能性は?
彼らは何度過去のダンジョンに潜っているみたいだし正解の道を把握しているだろう。
そこから考えれば間違った道を進む可能性は低い。
先行部隊は10階層からの逆走になるのでまだまだ到着することは無いだろう。
モア君達が先にすすんでいることを考えると救助は望めない。
かなり危険だ。
でもなんとなくここにいるような気もするんだよなぁ。
だって初心者冒険者だよ?
いきなり5階層とか10階層って難しくないですか?
特に一人で潜るような初心者はいきなり低階層にチャレンジしないだろう。
自分に出来る範囲でダンジョンを回り、少しずつ実力をつけていく。
そうなるとダンジョンの隅々まで探索するんじゃないだろうか。
そして彼らを狙う連中もそれを考えている。
足跡の奥は真っ暗で遠くに魔灯がぽつぽつと光る程度だ。
だが、向こうから見れば松明の明かりが近づいてくるのが見える。
つまり獲物が来ていることがわかるわけだな。
なんていう好条件。
そこで襲わない手はないか。
逃げ道も無いんだから塞いでしまえばそこで終わりだ。
念の為後ろを振り返るも人の気配はない。
一度戻り最初の足跡の方に行くという方法もある。
最初の角で後詰が待機し、次の角で襲撃部隊が待機している可能性も高い。
となると両方向から襲われる可能性のある後者よりも前者の方がまだ救いがあるか?
考えろ。
この先は危険だ。
だけど、俺の目的もそっちだ。
奴らがいるのならばむしろ好都合じゃないのか?
いざとなればドリちゃん達もいるし・・・。
俯き辺りを警戒しながらも深く深く思考を巡らせる。
どれだけそうしていたかわからないけれど、一つの答えにたどり着き俺は顔を上げた。
荷物を下ろし中身を確認する。
よしよし、余分に持ってきてるな。
それと、合わせてこれを使って。
それから・・・。
カバンの中身を入れ替え不要なものをカバンから取り出し、いざという時に備える。
「よし、いくか!」
ダンジョン中に響く大きな声で気合を入れ、俺は怪しい足跡の続く行き止まりの道へと歩みを進めるのだった。
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